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−編集・発行 創形美術学校同窓会−

(VOL.10)

特集 「新校長に聞く」
今年4月より創形美術学校の第7代校長に造形科3期卒業の
藤山貴司氏が就任されましたT。21世紀に入り時代は混迷の
度合いを、一層深めています。新たな時代を創形美術学校は

どのように歩んでいくのか新校長に聞きました。       

聞き手 造形科5期 中村信夫、6期 渡辺 勇
構 成 工藤礼二郎                

インタビュー風景
左より中村信夫前会長 渡辺勇現会長 藤山貴司新校長


 *まずはじめに就任三ヶ月が過ぎ現在の率直な感想をお聞かせ下さい。

「今までとは異なる立場に突然なりましたので正直なところ戸惑いと責任の重さを痛
感しています。また校長とファインアート科の主任を兼務していますので、教育の現
場におけるビジョンと組織の円滑な活動を同時に考えていかなければなりません。肉
体的には大変ですが一方就任後三ヶ月が経ち手ごたえも感じておりますので、精神的
には充実しています。」

*卒業生から校長が誕生したことは、私達同窓会もとても喜んでおります。ところで
先生が卒業されてから約三十年が経つわけですがその間先生は創形をどのように見て
こられましたか?


「三十年という時間を一言で括るのはなかなか難しいのですが、私が学んだ当時と現
在の美術教育のあり方、美術と社会の関わりそのものが随分変化していると思います。
創形の組織自体もビジュアルデザイン科が設立されたりしながら徐々に変遷してきま
した。そのような中で創形が美術学校としての位置を日本の美術界の中で確実に占め
てきたなと実感しています。それもあるレベルを維持しながら今日に至っていること
は認知されているのではないでしょうか。絵画に限らず表現することは見ることから
思索することまでも含め、一つのビジョンを示すことだと思います。そして表現の原
点としての描く行為の歴史や可能性、また表現の発生する場といったものを意識させ
ることが創形の教育の根幹になっているからこそ現在に至っているのではないでしょ
うか。」

*それでは先生の創形におけるニューリーダーとしてのこれからの考えをお聞かせ下
さい。


「学校という組織も基本的には人間の行うことですから、様々な人がそれぞれの立場
で一番能力を発揮出来るような環境や雰囲気づくりを大切にしたいと思っています。
また私がずっと行ってきた子供の美術教育や創形を卒業してからの三十年の経験をと
おして思うことは、大人が子供達や若い人達に伝えなければならないことがいくつか
あって、そのひとつに流行り言葉じゃありませんが明日があるということの意味、ま
た一方で明日があるということの嘘の部分も含めて教えてあげなければいけないとい
うことです。」

*先ほど先生がおっしゃった先生が長く熱心に関わってこられた地域における子供の
美術教育の経験をほかにも活かしていこうという部分がありますか?


「そうですね、子供の教育は創形を卒業して助手を勤めて途中からフランスに四年留
学して帰国した後、仕事が無かったのでアルバイトの気持ちで始めて結局二十年が過
ぎてしまったわけです。始めは子供という存在も地域という場所も全く考えなかった
わけですが、毎週々々子供達が作ったり描いたりしている現場を目の当たりにしてい
ると、この想像力はなんだ、こちらが意図した事をスルリとくぐり抜けていく子供と
いう生き物はなんだろうと不思議に思い、長くつきあうと感情的な部分も見え始め、
そこから透けて見える家庭の事やそんなこんなからその先にある地域という場所の問
題も意識しはじめたわけです。そうして二十年がたち五歳だった幼児が美大生や作家
になり今や教室のアシスタントになって手伝ってくれていて、そろそろ次の私の場所
はと思っていた頃校長の話があり、今までの経験にうわのせできる事があるのではな
いかと考え引き受けたわけです。」

*現在の学生もなんらかの夢をもって創形にきていると思いますが先生が学生当時、
二十年、三十年後の自分をどのように考えていましたか?


「うーん、その当時になにを考えたかはハッキリ思い出せませんね。多分何も考えて
いなかったのでしょう(笑)。ただ私のなかでは現在もかわっていませんが、美術の
問題というか表現するということが特別なことといった意識はありませんでしたね。
ある意味生きていることといいますか自分の興味の向く先に表現というものが派生す
るのだと思っています。ですからどこかで美術教育というものを疑っているところも
あるのかもしれません。まあそういう気持ちをもっているものが校長をやろうという
のですから大変なんですね(笑)。入学してきた学生はまず十年ぐらいは好きか嫌い
かを大切に自分を信じて生きていけばいいと思います。そしてその後の十年ぐらいは
その好きか嫌いかを疑ってほしい。それは自分を疑う事になるわけですからなかなか
きつい事になり精神的にも肉体的にも大変になる。その用意として今は自分を鍛えて
欲しいし学校という制度を利用して欲しいと思います。

*先生のなかでなにか新しいカリキュラムといったものは考ておられますか?

「我々の頃とくらべ学生の気質が随分と変わってきたなあと感じています。精神的に
タフじゃない子が増えてきてると思います。これは創形に限ったことではないでしょ
うがそれだけ社会が切迫しているといった信号なのかも知れません。そうしたなかで
学生達に願うことは、表現するということを大切にしてほしいということです。それ
は生きていく上でひとつの武器にもなりえると思うのです。比較的創形の学生はおと
なしい子が多いようです。もうすこしディスカッションを含め表現に対してアクティ
ブに関わらせたいと考えています。具体的なカリキュラムがどうこうといったことで
はないのですが、色々な方面から刺激をさせたい。そういう機会をつくるのも学校の
使命だと思います。」

*池袋に移って二年程経ちましたがこのポジションや空間を使って地域社会に働きか
けてゆくプランはお持ちですか?


「私はこれから創形美術学校においてやっていかなければならないことが二つあると
考えています。一つは当然作家、クリエイターを育てることですね。もう一つは、じゃ
あ卒業していく人が全員作家になれるかというとそれはなかなか厳しい現実がありま
す。しかしたとえ作家になれなくても創形で美術や芸術を学んだことがその人の人生
のなかで誇りになるような教育をしてゆきたいのです。現在私のなかで構想している
ことですが、これは昨年から創形のギャラリーで地元の小学生の展覧会を木村前校長
が行ったことの延長線にもあるのですが三年生か研究科の学生に地元の小学校で美術
の授業を行っもらうということです。自分の学んだことを今度自分より若い世代に伝
えることで、初めて学んだことの価値を知るだろうし、また足らないところにも気づ
くことでしょう。その他、学校を地域の人達に社会人教育も含め開放することなども
当然考えられることでしょう」

*なかなか藤山先生らしいお考えで興味深いと思います。    
     

「それと今、時代はリサイクル、循環型の時代に入ったといわれます。創形の学生も
毎年約百名が卒業していく訳ですが後はそのまま放っておくということでいいのだろ
うかと思うのです。学校で磨いた原石をもう一度学校という場を使ってより輝きを増
すことは出来ないでしょうか。そうした考えから今年から研修制度を発足させました。
学校が単なる通過する場ではなく繰り返し戻って来れる場といいますか、そういった
ものが本当の母校なんじゃないかと思います。」

*最後に先生は学校長でありながら同窓会の一員でもあるわけですが、これからの同
窓会になにか求めることがありますか?


「同窓会というもののあり方から考えると三十年のいう時間は決して長いとは思いま
せん。まだまだ最初の卒業生が五十代ということもありますし、また作家という経済
的には脆弱な地盤に立った人が多いわけですから、同窓会の運営もなかなか大変だと
思います。再来年創形は創立三十五年を迎えるわけですが、これを大きな区切りにな
にか学校と同窓会の共同企画を考えたいですね。それによりさらに創形美術学校の存
在を社会にアピールできればと思っています。また卒業生の方々には大いに学校と関
わっていただきたいと思います。近くにこられた場合は気軽にぜひ立ち寄っていただ
いて、後輩たちに声を掛けてやって下さい。それは作家として育てていくということ
もありますが、出会いや人脈が人間として生きていく上での一つの方法でもあると思
うからです。」

*本日は大変意義深いお話しをお聞きすることが出来ました。同窓会も今後も学校と
協力しながら学校や同窓生のますますの発展に寄与したいと思います。校長先生には
お忙しいなか本当にありがとうございました。        

                                      
                                (2002年6月28日収録)






シリーズ「あの時の卒業生は今」は、
今回は、お休みとさせて頂きました。
また、会報vol.10内の別の記事は、
今回、HPには掲載しておりません。


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