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元祖 男の劇場

セックス・リハビリ

 SEX言うたら男と女がからみ合う事やが、原始以来人類を栄えさせて来たこの行為、障害者ともなるとちと荷が重い。
 もともと男が上になって女との中心を合わせ、激しくピストン運動する行為が一般的で、正上位と言う位である。
 障害者もこの場合女はええわ。寝ておりゃええんだが、男がハンディを持とうものならこの正上位、汗をかく位では追いつかぬ。
 ある施設に住んどった時や。中学出たてで年上の女を好きになり、相手の返事を聞かん内から本気で結婚の事を考えた。
 髪は長く、黒目が大きくて日本人離れをしたビーナスの様な顔をしていた女やった。
 車イスに乗ってはおったが、アーチェリーで国体に出た程の女傑やった。
 忍ぶれど、色に出にけりと言う様な恋ではなかった。当り構わずはしゃぎたて、恥も外聞もなく周りに吹聴する性分のわいやったから他の者が知らずにいる訳がない。
 「あかん、やめとけ」
 あっさり見くびられてしもうた。おまけに、
 「高嶺の花や」
 と言われたら俄然ハッスルし、益々のところファイトを燃やしてアタックを敢行した。
 その前に、
 「お前、結婚するんやったらまず体力作りをするこっちゃ」と先輩に言われ、
 「体力作り?」
 訳の分らぬ顔でキョトンとしてしもうた。
 「当り前や。結婚言うたらセックスするこっちゃで。セックス言うたら男にとっちゃ重労働や。その重労働をお前の細腕じゃ5分ともたんやろが。そやからまず体力作りや」
 とくとくと説得する先輩の話を聞き、
 「セックスと言うもんは、どうしてもせんにゃ、あかんもんですか?」
 と間えば、
 「愛してますなどとキレイ事のたもうて放っといて見いや、今日びの女のコは一遍に愛想づかしするで」
 と言われ、16にして初めて大人の施設に入ったわいこと団六平は現実の厳しさに直面し、暫し面喰ってしもうたのである。
 大人のオモチャちゅうのがある。女の恥部、陰部、湿地帯をくすぐるイボコケシとかエレキバイブレーダーなるおぞましき道具を並べておる店を一度や二度はのぞいた事があろう。
 それを借りて喜ばす手もあるが、どっこい男一匹股に一物ブラ下げたれば、突撃敢行あるものと俄かに決心一大奮起。
 そもそもにしてリハビリテーションなる行い、なまけ者のわいにあってはとんとやる気起こらず、機能訓練、歩行練習なる時間の度に近所の喫茶店にしけ込も、サボッておった。それが為に今になっても車イスが離せない有様。
 そのなまけ者が、せっせと自主独立、毎日時間をかけて訓練士が頼みもせんリハビリテーションを始めたから周りが驚いた。
 英語を覚えるならポルノの原書を読めば良い。それと同じ理屈や。SEXがかかっておりゃ、イヤなリハビリでも積極的にやろうという気にもなる。
 腕立て伏せ何十回、腹筋・背筋運動何十回と、日記に書きながら毎夜刻苦精励し、おまけにエキスパンダーまで買い込んで腕力をつけようと汗かいた。
 今から考えてみりゃアホな話しや。何も男ばかりが重労働せんならん法はあらへん。心やさしくたくましき女性なれば、尺八吹いて茶臼の格好で男を喜ばせてくれるもんや。
 尺八とは男のシンボルを口にて含み、舌先にて快楽の中心をとろけさせてくれるワザにてそうろう。
 男は足開げて寝ておりゃいい。女がシンボルしごき上げ、そこへ上からくわえ込んでくれるという訳で、女上位のこの格好を茶臼というのである。
 しかしこのころの先輩はそんな事は教えてくれず、16のわいにその様な事を知るはずもなく、ただひたすら体力作りをしていたのや。何やら壮烈でもあり哀れでもある。
 「お前、ナニしとるのや」
 ある日、面会に来た兄貴に訊ねられ、その旨かいつまんで答えると、世に二つとあらぬは親子の情、兄弟の愛と言うべきか否か、
 「そんならええ事教えたる」
 言うてな、得意げにまくしたてる、メカキチ兄貴の発案したる、ある珍妙なるシステムマシーン。
 「まずは滑車に体を縛りつけたロープを吊るし、それを目分で引くのや」
 「なるほどなあ、それでピストン運動するわなあ」
 「それさえ面倒なら回転棒の中心にコの字型のカギ棒をつけ、そこへ体を縛った縄をくくりつける。それを天井につけてモーターで回せばお前の体は一人でに上下運動するやないか」
 俺って頭いいなあと自己満足に感心する兄貴尻目に、機械と格闘しながらSEXリハビリに立ち向うおのが姿、頭に思い浮かべ、情けないやら哀しいやら。
 ああ、男と女の愛の貫徹とは、かくも凄まじく壮烈なるものなのか!

(1978.6.15 第26号より)


チングル・ベルズ


 「俺の親もええ加減なもんや」とこれはわい。
 「なんでや?」とK子。
 「だって12月の生まれやから、ヤったんは2月やで。一番寒い時に抱き合うて、お互い湯たんぽ代わりにちちくり合うとるついでに出来たん。ええ加減やで、ほんまに」
 「その理屈で行くと、その後に生まれたのんは、春の盛りついでに出来たもんやなあ」
 「6月あたりに生まれたのが一番真心こもっとるやろな」
 「どうしてや?」
 「だって、8月のクソ暑い盛り、汗掻いて抱き合うなんて、よほどの目的意識があっての事やるが」
 「そんな事あらへんわ」
 「なんでや?」今度はわいがきく。
 「海辺で裸になってつい軽い気持ちでちゅうの、よおあるやろが」
 なるほどなあ。これはK子に一本やられた。
 してみると、ガキなんぞ大抵ええ加減な気持ちで出来とるんが多いんやな。子殺しも増える訳やと、わいは一人で納得してもうた。
 「そんなアホな事言うとらんで、早よきいや」
 K子は布団の中で、すでに裸で待っとる。
 今夜はクリスマスや。キザに言うたら聖夜や。聖夜に性夜ととはうまいシャレやなあ。
 「おお、さむ!」
 早よ入ろ。
 さて、ここぞという時に、またもムスコが言う事きかん。親父が車イスやから言うて、ムスコまで障害者ちゅうは何ともなげかわし。
 「何やっとるんや。風邪ひくわ」
 K子イライラ、ブツブツ。
 「あわてるなっちゅうに。儀式やで。壮厳なる気持ちにて始めるのや、もうちょっと待て」
 と、わいは苦しい言いわけ。時間かせぎ。
 「壮厳も黄金もあろうか。金玉いうても、あんたんは赤サビ坊主や。そんなノーガキはどうでも、入れて腰振りゃええんよ」
 「ぎょっ! そこまで言うか」
 女のクセにドギツイ事言うわ。最初はキスするにも唇震わしとったのんが。女て、時間経つとおそろしもんやなあ。
 「K子、お前固いぞ。そっちが開けゴマせんから悪いんや。その気あんのか?」
 「戸をあけるのはそっちやろ、ふにゃふにゃしとるからあかんねんよ」
 よおまあ言うわ。しかし何てったって、わいをチン底、じゃない真底驚かせたんは次の言葉やで。
 「うちが悪い訳ないやろが。この間かて、ちゃあんとうまく行ったんよ」
 青天ヘキレキ、驚天動地、おどろき桃の木サンショの木、びっくり下谷の広徳寺!
 「何やて!? うまく行ったって、誰とうまく行ったんや!?」
 「あんたの知らん人や。良かったよお」「この野郎、ヌケヌケと……」
 言うに事かいてこれほどのブジョクがあろうか。世が世なれば手打ちにして、わいも自ら腹かっさばく所存であった。
 「わい以外の誰と寝たと言うんや!?」
 「気にすんの? そんなの不公平やないか。男ばかりがセックスの自由化なんて。あんたのいつも言うてる性解放論に反しまへんか?」
 K子も髪振り乱して巻き返す。
 こりゃ旗色悪い。
 「理屈通りに行かん事もあるわ!」
 わいは怒鳴ってやにわに冷蔵庫のとびらを開けた。前の日のレバー砂めが残っていたのや。それをわしづかみにしてバクバクと食いついた。
 「何をするの?」
 K子が血相変えた。
 ムスコよ、こうまで馬鹿にされてはお前の生きる道はないのだ。奮起せよ。立ち上がれ!
 「うー、やっ、たーっ!」
 こら、『少年ジェット』が発する念力やった(古いな、古すぎる!)。
 ともあれ、わいは心を鬼と化した。
 「くそお、見ていろ!」
 わいは目を爛々と輝かせ、眉を吊り上げ、K子に股がった。
 おお、見よ。吾が股間の一物は、薄むらさきの暁に立ち昇る太陽の如く、みるみるその姿を大きくしたではないか。
 「行くぞ!」
 ぐっと、K子の腰を抱き、そこに力を入れた。
 「あ、いたっ!」
 K子が身をよじり、顔をしかめた。
 わいはかまわず、どんどん押して行った。ムスコはK子の体内に入りても、ますます活気を露わにし、張り裂けんばかりとなった。
 「ああ、お母さあーん」
 K子が泣き出しそうになった。
 「何を今さら」
 ピシッ、パシッと平手打ちを2回くれて、さらに攻め立てる。
 それでこそ吾がムスコである。願わくばもう少し早うにしっかりしてくれれば、どこの誰とも分らぬヤツに大事なK子を寝取られずに済んだものを。畜生、畜生、クソクラエだ。
 「あっ、あっ……」
 K子が歓喜の声を上げ始めた。

♪シングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
 林も 泉も 攻めつくせ…………

 変な時に変な替え歌が口をついて出たもんだ。

(1978.12.15 第32号より)
なお、本作は「男の劇場」と題した全9話分の最終回にあたる

 註:時系列連載順には「セックス・リハビリ」と「チングル・ベルズ」のあいだに三話あり、そのうち「ラスベガス無頼」「ブロージョブは殺しの合図」は、先日、訃報をお伝えした二日市安さんの代作。
 また、障問にても、このあと続編にあたる「新」「元祖」とつづき、当ホンタでも引き続き紹介します。

イラスト 宇都宮辰徳

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