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最近のテレビドラマで目立つのは、ガンや白血病で苦しむ人を主人公にし、それをドラマの重要なプロットにしているのが多い事である。
それらのドラマは大きく分けると2つの形に分類される。ひとつは悲劇性を強調し、悲惨さを結末まで運んで行くパターン。あとひとつは逆境の中から立ち上り、それを克服する根性を描くパターン。
●なぜ受ける「難病」ドラマ
数年ほど前までは日本のじめじめとした風土性というか民族性というか、それにつられて前者の様なドラマがよく見られた。
事故か何かで片足を切断したヒロインが持ち前の明るい性格で立ち直り、婚約者を得て幸福へ一歩という直前、交通事故で死なねばならないという、見た後で何とも気持の良くないものがあった。
こうなると、もう何の為のドラマかと言う事の意味は一つしかない。
「ああ、オレは生きている」「私には健康な体がある」という、自分より不幸な者を見て、比べた時の安心感を得る位のものである。
難病ドラマが受けるのはそういう事なのか。
●星飛雄馬「障害者」版
さすがに最近は前者の様な暗い内容の物は少なくなった。代わりに後者が幅を効かす時代が来る。
ひと頃、熱血少年の間で『巨人の星』が驚異的なブームを作った。いわゆる根性物である。
「悲劇」に代わって登場したのが「根性」である。『巨人の星』の主人公を障害者にした様なドラマがスポーツ物、ホームドラマなど、場所と内容を変えて続々とテレビに登場した。
これが何故か視聴率がいい。
その代表選手になるであろう番組が10月28日午後10時から1時間半にわたってフジテレビで放映される。単発長時間ドラマ「ザ・ネットワーク」の第3弾として登場する『雪山讃歌・ある青春〜立てた!滑れた!』がそれである。
身障者スキーに取材し、生きる事に絶望したヒロインの少女(新人・森田あけみ)が、身障の身のスキー指導員になった女性(宮本信子)とめぐり逢い、スキーを通して克服し、生きがいを得るという内容のものだ。
製作日数に10ヵ月もかけ、遠くカナダにもロケしたという「大作」で、製作関係者は「必ず視聴者の心を満足させるもの」と自信満々。
●同情するが同居する気はない
この「ザ・ネットワーク」は前回4月15日放送の第2弾でも難病を扱い、25%という高視聴率を上げている。『長島監督ごめんなさい』がそれである。白血病にかかってくじけかけた少年が、長島監督のサインに励まされ、病気を治す為にがんばろうと立ち直る姿を描いた。
ウソで固めたきれい事も巨人軍びいきのイヤらしさもなく、生きる事の尊さをある程度まで教えた佳作だったが、今ひとつという感じはまぬがれなかった。
いずれにしても、難病路線が受ける傾向を手離しで喜ぶ訳にはいかない。見る側がそこに「同居」しているなら共感もしよう。しかし、多くの視聴者はブラウン管を境にして線を引き、単に「同情」するだけであるからだ。
地域に私達障害者が住む時、隣人とある程度の仲間意識は持てても、周囲の多くは常に同情の域を出ようとはしないからだ。「同居」する気持はないからだ。
それをテレビから教えられたのは8月26日の日本テレビ「24時間テレビ・愛は地球を救う」である。
●まる一日のバカ騒ぎ
レギュラー番組をすべて取り払い、日本の未来と福祉の行末を考える特別番組を組み、その合い間合い間にくどい様に流すチャリテー募金の電話取り継ぎ風景。
「ただ今目標の2億円突破!」「このまま行けば4億円にも達しそうです」「今3億と出ました!」「大阪、いかがですか?」「大阪も東京に負けない位にガンバッテますよ」「さ、これから募金を集めに回ります」
まるで選挙の得票結果を読む様に進行する「チャリティードラマ」の成行き。放送終了直前に締切った際の受付け寄付金は約4億5000万円と言う事だ。0の数に注目して頂きたい。この数字は一般のボランティア団体が一日街頭募金を2年から3年にわたって続けた時に初めて得られる数字である。
●テレソンにも黒い霧
複雑な気持になったものだ。マスコミはこぞってこのチャリティーを評価し、「人の真心は、愛は残っていた」とも讃えたが、果して本当にそうであろうか。
巨大なマスメディアであるテレビの役割とは、単にこんなものでしかないのだろうか。もっと他にやるべき事はないのか。
他愛のないホームドラマの氾濫でお茶をにごし、やたらピストルをガチャガチャぶっ放す刑事が格好良いアクションを演じ、ワイドショー的番組では性犯罪の再現場面が目玉商品となる。それで意欲的なドキュメンタリーと言ったら週にただ一本、日曜の深夜と人の目に触れにくい時間帯だ。
テレソンが何の役割を果したか。
その後の寄付金を合計すると、現在、確かな情報では8億2000万円に達したと言う。そしてその舞台裏で、電動車イスの発注先が某医療メーカーから某大企業メーカーに化けたと言う、財界のウス汚い裏取引の噂まで上っている。
この主張なきテレビの内幕!
●「カレン…」に見る反動性
主張なきテレビが正義の主張を持った時、それを製作する側は局乃至はスポンサーによってつぶされてしまう。主張の現われる時は多くの場合反動的なものだ。
8月12日午後9時から、テレビ朝日が2時間枠で放映した「ザ・スペシャル〜カレンの裁判」は正に反動的内容を持つものだ。
番組は「安楽死」を公然と肯定し、必死に生きるカレンの“生”を“意味のない生”と決めつけている。
カレンの生命維持装置を外す事を人道的措置であると勢い込んで思い、その裁判を闘う事を唯一の正義と信じて登場する両親、兄弟、神父、弁護士の怖ろしさ。カレンの生命を守ろうとする病院や検事らの主張がまるで無責任なヤジ馬以下の如く扱われているのには驚嘆する他はない。「安楽死」が法として認められたアメリカで作られた番組だが日本に持込む事はない。
●テレビの嘘を告発する
新聞各紙は放送欄で「カレン…」を讃えていた。だがおかしい。もしここに一種の意識的なマスコミ操作があるとしたら、私にはあるひとつの推理がある。
それはここ2、3年マスコミがこぞって「安楽死」制度に反対し、カレンの例に対しては岩手医大の衝撃療法の好結果をタテに取って論陣を張った。ところが最近、これに反発する患者家族の投書が目立ち、マスコミは何も言えなくなった。今回の事はそれら批判に対する免罪符を作り上げたかの様だ。テレビ朝日は本紙の質問(8/28付)に対しまだ何ら答えていない。
テレビがそうなら、我々は今後も告発する目で対さなければならない。
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(障問1978.10.1/第29・30合併号より) |
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