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障害者の自立を踏みにじるな
行政の画策と法人の介入を斬る

 3月1日、埼玉県わらび市郊外の一角にひとつの小さな施設ができて、その開所式が行なわれるという日であった。だがその日の午前中、新しくできた「しらゆりの家」の玄関におよそ50人の障害者をふくむ団体が押しかけ、激しい抗議集会が行なわれた。「川口に障害者の生きる場をつくる会」(代表・八木下浩一)の会員だった。
 ふり返ること4年、彼らは地元に根を張って生き、障害者の真の自立を目差して健常者と共に共同生活の場を求め、川口市当局に働きかけてきた。親に頼るのみの「在宅」にあらず、さりとて隔離収容、規則ずくめで自由のない「施設」にあらず、10人程度の、きわめて家庭的なふんい気の中での人間的な暮らしを求めていた。
 だが行政はそんな彼らの願いを理解しなかった。「もっと困っていて施設を求める人間がたくさんいる」「できるだけ多くの市民のニーズ(要求)に答えなければならない」と小規模施設に反対し続けた。
 しかし生きる場の会の地域住民を巻き込んだ激しい抵抗に会うと、今度は会の要求する公立公営を無視し、民間の法人に委託しようとした。それも会が以前よりクレームをつけて反対していたまりも会という法人で、この会の運営を握っている中心人物は障害者の施設収容化を肯定し、障害者を受け入れる社会を目差すのではなく、社会に障害者を合わせようという考えの持ち主だった。
 かくしてここに又ひとつの小さな“障害者収容所”ができたのである。

(画像は3月1日の抗議の場――。
 車イスの所長となった春山敏秀に対し、4年の長きにわたって自立の場を求めて闘って来た代表、八木下浩一らの怒りは大きい。できたのは自立の場ではなく隔離収容のための施設だったからだ)(紙面より)

社会的ニーズ

 「どうせ金をかけて作るなら」というのが市当局の最初からの腹である。障害者の自立に対する要求に対し、「社会的ニーズ」を大上段に構えて切りつけてきた。
 ねたきりなどの重度障害者を抱える家庭の悲劇は「子役し」「親子心中」という暗い結果となって現われる。その隠れた部分において家族の物心両面にわたる多大な負担がしいられているのだ。
 親が「悲劇」なら、そこに住む障害者もまた「悲劇」なのだ。
 家族は障害者の面倒に手をわずらわされて仕事もろくにできない。それが続けばメシの食い上げだからつい置き去りにしてしまう。こうして在宅重度障害者には飼い殺しのような生活のくり返しが行なわれる。
 メシだけは何とか食わせてくれても外に出ることはほとんどない。何年もフロにも入れてもらえないという人が多勢いる。
 2年前完成したある施設に入る人の中にも、30年間一度もフロに入ったことがないというねたきりの障害者がいた。座敷牢に何年も押しこめられていた知恵遅れの子供は足まで退化し、歩けなくなって発見されたと言う。
 天井とにらめっこをし、テレビを見てラジオを聞くだけの毎日。これじゃたまらんという思いを持ちながら、それでもそれが生きるすべてだから仕方がないという障害者の実態。そこに家族の心労と焦燥、行く末を案じる気持ちが作用し、「子役し」「無理心中」という不幸な出来事に発展する。

自主・自立

 だから施設を作れというのが大方の意見である。
 「子役し」事件、「親子心中」事件が新聞の社会面をにぎわすと、それから数日たって必ず「国は障害者を収容する施設を作れ」という読者の投書が載る。
 だが「施設」というものが果たして本当にいいものなのかどうか。私は否と言う。
 収容される人間が重度であればあるほど、その生活には人間らしさが奪われていく。そこには労働過重による職業病の実態が常について回っているからである。
 民営であればなおのことその現実は深い。少ない運営費ですべてをまかなうことなど到底不可能であり、被収容者は時間ワクの中に当てはめられ、それ以外の自由などは存在しなくなる。何時に起きて何時に食事をし、用便の時間までが規定される。感情ある人間の「植物人間」化である。
 そうした結果つくられる人間は、自立心をそこなわれた自主性も持たない人間なのである。施設に収容されている人すべてがそうなのだと言うのではないが、保護され管理されることに慣らされる中で人間性を持ち続けることにはよほどの確固とした信念が必要である。それが今の時代の終身施設にあっては絶望的である。
 ちなみに、その好例があるのでここに引用してみたい。

権利の解釈

 東京都の施設では恵まれた例にされている世田谷の用賀技能開発学院で、4年前に一部職員による入所生へのプライバシー侵害事件が起こった。入所生が禁止されている飲酒を隠れて行なっていることがバレて同じ入所生が「うるさくて困る」と福祉係の職員に告げ口したことから居室の一斉点検が発動され、入所生のロッカーを女子寮を含む全居室のすべて残らずかき回して調べたというのだ。
 ここには施設特有の矛盾が含まれている。
 まず同じ仲間である入所生の一人が仲間と話し合いもせず「告げ口」した幼稚さ、そしてそれを受けた職員が迷わず入所者の留守をねらって一斉捜索した無神経さ、さらにそれを指揮した係長に「施設に収容される者にプライバシーはない」と言い切らせる横暴さである。
 民主的、革新的をうたってはばからぬ都職労民生局支部がこれをもみ消しにかかり、「美濃部体制に傷がつく」「自民党への逆宣伝になる」と、怒った入所生をなだめにかかったというオマケまでついているから、施設というものは恐ろしい常識をつちかう所である。
 だが同じことはその逆の場合も言えるのではないか。自由と権利の意味をとり違え、毎夜2時、3時まで酒をあおって乱痴気騒ぎをくり返し、職員もそれを黙って見ていたという施設がある。同じ東京都の施設で一昨年オープンした清瀬療養園での話である。

原点にかえれ

 「しらゆりの家」に入所する障害者は現在7人。
 軽度者を含めてと言う八木下浩一ら会の要求は市当局に否定され、男6、女1の内訳はオール重度。それを世話する職員はと言うと、女7(内1名障害者)、男5(内2名は50代)、他に看護婦、栄養士、車イスの施設長となっている。
 このような職員分布で入所者の十分な世話ができるはずがない。やがては職業病の問題が起き、入所者は用便の制限まで受けるようになるだろう。
 そのような結果を招いた時の直接責任者は川口市当局であり、それに至る無理な労働状況を作り出したのは市の委託を受けて途中から割って入った社会福祉法人「まりも会」である。
 生きる場を作ろうとする人々の真の願いに耳をかたむけ、「せっかく金をかけて作ったのだから」と言うのなら、それこそ要求の原点に立ち返って正しく運営されなければならない。そうであるなら、まりも会は「しらゆりの家」から即刻手を引き、川口市は新たな労働配置のもとに公営化の道をとるべきである。
 前記に述べたように、現状ろくな人間をつくり出そうとしない施設という名の巨大なポリバケツを、役所という所はせっせと作りたがる。臭いものはひとまとめにしてフタをしようという考え方だろうか。
 それを「社会的ニーズ」という美しい言葉によって実行されたのではたまったものじゃない。だが役所の頭の切りかえ時はまだ先のようである。八木下らの運動もさらに大きな輪をもってしなければ将来は暗いだろう。

生きる場とは…

 メシを食ってクソ小便をし、決まった時間寝ていれば息だけは長らえることができよう。しかしそれでは狭いオリの中に飼われたニワトリのようなものだ。
 否、ニワトリなら卵を生ませる手がある。卵を生まなくなったらつぶしてしまえば肉になる。障害者ではつぶしがきかないから一生飼い殺しだ。それで感情ある人間が生きていると感じられるのだろうか。
 豊かな人間性、生きることの幸福というものはオリの中から生まれるのではない。人と人とのつながりの中から、知恵ある者と力ある者の助け合いの中からやさしさと秩序が生まれ、将来を共に誓う愛情も生まれるのである。
 それを奪うのがオリであり、壁であり、柵である。八木下らが目差したのはオリではない。柵のない「生きる場」を拠点として、さらに多くの仲間の権利が保障される社会への第一歩だったのだ。

(月刊障害者問題1978.4.15/第24号)

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