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作 マルガリテ/純子

第七章
暗 雲



転 生


 夜更けには雨になった。
 その雨の中、チリ軍少尉ミゲル・ラモスは上官に呼び出され、ジープでホテル・コンチネンタルに向かわされたのである。
「人が大勢死んだのだろうな」
 煙る雨の向こうに白亜の建物が迫った。
 ジープを降りるや惨憺たる有様に唖然とした。
 装甲車が放つ探照灯の光のシャワーの中、武装警察カラビネーロスの隊員が行き交っていた。ホテル玄関はことごとく破壊され、あたり一面飛び散ったガラスでキラキラしていた。
 玄関前で現場検証に立ち会う大柄な体躯。
 ミゲルが思わず足を止めた。
 いつもの“猛禽”“冷酷の魔女”といったイメージはなく、そぼ降る雨に重なるキンバリーは、物憂げな“敗残の将”といった感じだった。
 そこへ、ぱりっと背広を着こなした、恰幅のいい白人紳士が傘を差して近づいた。探照灯の明かりの中にいかつい顔が捉えられた。
 その瞬間、魔女の顔が軽蔑をあらわにした。
「これはこれはベンジャミン・ライアン大尉。非番にかかわらずのご足労……」
「まあまあまあイングリード・キンバリー将軍。相変わらずのご健勝はなによりですが、こないだの迫撃弾攻撃といい今度のコレといい、貴女はこの国にとって災いのタネでしかありませんな。無駄な血をこれ以上流さぬためにもチリを去られた方が良いのでは?」
「そしてどなたかの罪までしょって軍法会議にかけられよとは、けっこうなアドバイスじゃの。大きなお世話。自分の身は自分で守るわさ」
 とりつく島もなくきびすを返すライアンが、「ふん」と鼻を鳴らして傍らの若造を一瞥した。
「難破船が性に合うとは、酔狂なネズミだな」
 入れ替わりにミゲルが明かりの中に入った。
「お迎えに参りましたよ将軍」
「おお、また、おまえか」と振り返るキンバリーに笑顔といつもの嗄れ声が戻った。
「素性も分からぬ山ザルが!」と吐き捨て、「だが、そいつにさえああして軽んじられるイングリードじゃ。その直属にさせられる身の不名誉とは、いったい何をしでかした?」
「また、そのような……あんなゲス男、屁でもないでしょ。さ、帰りますよ」
 傘を開いて車までエスコートした。
 カラビネーロスの制服が行き交う混乱の現場を人を避けて慎重に抜け、そのあとは夜の闇を切ってジープは疾駆した。
 バックミラーに映る猛禽の顔にまた暗い影が射していた。
「ゼーラでいいんですよね?」
「うむ」と、この時にはそのつもりだった。
 准将の気持ちを盛り立たせるべく、ミゲルが話題を振った。
「あの女の子たちはどうしたんですか?」
 バックミラーの中の顔がこちら目線になった。
 ミゲルが口の端にしたのは、私設軍団の組織化を考え、せっせと集めて本格的訓練までほどこしたギャル兵たちのことだった。
「目当ての子でもいたのか?」
 子どものような年齢差の若者と対して柄にもなく優しい顔つきになった。
「あれらは解散した。中の一人がな……」
「黒人兵で威勢のいい子がいましたのにね」
 ギャル兵であるからにはパオラではない。ミゲルが思い浮かべたのは、ライアンの話にも出てきた迫撃弾攻撃で死んだ相棒を哀しみ、被弾現場で号泣したチキータである。
「みんな子どもだった中で、彼女だけはいい兵士になると思いましたのに……」
 白人至上主義のゼーラで黒人は人間以下。そのため頼りにしていた部下まで連れて行けず、これを潮時と解散したのだった。
 車がとんでもない悪路に差しかかった。
 泥水を跳ねながら激しくバウンドし、うっかり穴ぼこにタイヤを取られて急停車した。
「だ、大丈夫ですか!」
 慌てたミゲルが車内灯を点けた。
 キンバリーの顔が強ばっていた。若者は逆鱗を覚悟した。が、そうではなかった。
「どうした、その顔は……」
 猛禽の目はむしろ若者を案じて尋ねたのだ。
「口から血を流してるのではないか?」
「え?」とミゲルがバックミラーに顔を映した。
「まったくドジだな。悪路にハンドルを取られぬよう歯を食いしばる余り唇を切ったんです」
 つくづく自らの未熟を恥じた。
「………!」
 キンバリーの口から「あっ」という驚愕。
「ど、どうしました将軍……!?」
 カッと目を見開いて一声叫んだ。
「しまった。ガスめに謀(たばか)られたわ!」
「いったい何事です」
「進路を南に――いや待て、奴ならどの道を取るか」
 猛禽がむんずと腕組みし、それからギリギリと歯ぎしりしながら考え込んだ。


 朝が始まっている。
 雨は上がり、見はるかす彼方の空に、うす紫色の黎明がきざしていた。
 街道は行き交う車もなく、無音の中に広がるパノラマ絵のようだった。
 路肩にたった一台停まったポンコツセダンの運転席から、人影がむっくりと起きて背筋を伸ばした。一眠りして鋭気を取り戻したガスパール・ルイスが、専用車のハンドルを叩いた。
〈まだしばらくは達者で走ってくれよ〉
 一人ごちて微笑した。
「うん?」と後部席の気配に気づいた。寝息のような溜息のような――。
 直接確かめるべく降りて行ってドアを開けた。
「なんだ、気が付いていたんだね」
 そう言ったらジャンヌが毛布の中から顔だけ出してこっくりとうなずいた。
 憔悴に打ちひしがれた顔に向かい、悔悟と贖罪とさまざまな思いを込めてガスが詫びた。
「ごめんな、ひどいことして!」
「いいの。おじさんがああしてくれなければ、あのままゼーラに連れて行かれ……」
 そこで少女は声を詰まらせた。
 次には大粒の涙をぼろぼろ流して毛布の全身を震わせた。それをガスは単純にキンバリーから受けた拷問の痛みによるものと解釈した。
「モニカが、モニカ……!」
「それって、君の友だちかい?」
 そういえば、と思い出した。憤怒で歯ぎしりの余り唇を噛みちぎる刹那、キンバリーがこの子に耳打ちしたのを。
「どうしたというんだ」
「モニカは拷問で危篤になって死んだんじゃないの。手術台に縛り付けられ、生きたまま切り刻まれたんだって! あの魔女がそれを教え、『おまえもゼーラに連れて行って教祖から同じ目に遭わされる』んだって……」
「なんだって!」
 さしものガスが絶句した。がしかし、さしものガスでも余りのことにすぐには信じかねた。
「お、おじさん。わたしね……」
「なんだい?」
「わたしモニカの許に行くつもりだったのよ。ゆうべ、あの時ならそれができた。それが魔女の一言でできなくなり、モニカより長く生きてしまった。わたしなんかがモニカより……」
 その悲嘆を、無念をガスが奮い立たせた。
「それでいいんだ、モニカが向こうから押し返したんだよ。だから昨日までのことは忘れ、今日から別の自分に生まれ変わって、モニカに見守られてモニカの分まで強く生きるんだ」
「………!」
 思いがけぬ人からの思いがけぬ励まし。昨日の悪夢は一転、別の夢を見ているようだった。
「よし。俺が命に代えて守ってやる。もう、誰にも手出しなんかさせないぞ」
「おじさんが、わたしを……?」
「君と一緒にな、おじさんも今日から別の人生を生まれ変わることにした。だから安心して、さあ、ゆっくりとお眠り……」
 優しく言葉をかけ、毛布をかけ直して運転席に戻った。
「昼までにパオラに行き着かないと――」
 ガスに新たな生き甲斐ができた。そしてそれは、ガスの死に甲斐にも通ずるたいせつな務めでもあった。
 水平線の向こうに、しらじらと朝の陽光が明け染めた街道を、ジャンヌを乗せたガスの車が力強いエンジン音を響かせた。


 晴れ渡った空の下に、スポーツ着に身を包んだ30人ほどの男たちが整列していた。ランニングシャツからはみ出た腕は鋼(はがね)を思わせ、隆として血管を浮き立たせている。
 その者たちの上に第一声が飛んだ。
「同志諸君! 昨夜からの雨も止んで、天も我らに味方しているようではないか」
 ついこのあいだ齢(よわい)70を迎えたばかりと思えぬ張りのあるバリトンの声が響きわたった。
 バンガロー風の瀟洒な2階建て、二層の洒落た三角屋根のジーク・ホイゼをバックに、一段高いところの車椅子から、チリにおける国家の中の国家ゼーラの最高権力者バルツァー・ジークベルトは一同を睥睨して広舌を奮った。
「勇士諸君に守られたわたしは幸せだ。
 諸君がわたしに全幅の信頼と好意を寄せていることは承知している。ここゼーラにおいての揺るぎない安寧と発展が末永く築かれるものと信じてきたが、今日、我らの世界観が一粒の悪の種によって試練にさらされようとしている」
 そこで教祖は一息ついた。
 ぐるっと一同を見回してから後を続けた。
「2か月前、この国の政変に巻き込まれて死ぬところだった一人のアジア人の女に熱い情けをかけてやった。誰もが存知おろうジュンコ、尻軽の変態のクソジャップ女だ。
 先の大戦時は我がドイツと盟邦だったジャップも、アメリカの属国にされて後は名誉白人気取りでエコノミック・アニマルの道を邁進している。その拝金亡者ぶりはユダヤと同じだ。
 そうしてジャップ女ジュンコはジャップゆえにか、忠節はおろか命を救われた感謝の念も抱かず、大恩を忘れたあげく、ここから脱走するという許し難い大罪、裏切り行為を犯した」
 凛と響く声にだんだん怒気が増していった。
「あのジャップめは、会う人ごとに、落ち行く先ごとにあの穢れた口をきわめ、ゼーラと我らの名誉を貶めるありとあらゆる悪口雑言を吐くに違いない。それが我がコロニーにとって如何に甚大なる利敵行為であることか。その罪に対して正当な報いを受けさせねばならない」
 拳を振るって口角泡を飛ばした。
「ここはチリであってチリに非ず。我々が、そしてゼーラが国家それ自身である。我々は、いついかなる時も国家の護持防衛と栄華繁栄に専念しなければならない。これを妨害するヤカラは何人たりとも裁判を受け、処刑される。
 『国家に反抗する意志を見せた者には、確実な死が待っていることを何人たりとも認識しなければならない』とは、1934年7月18日、帝国国会演説における偉大な同志、ヒトラー総統のお言葉であるぞ。
 ジュンコにはその罪にふさわしい死が与えられねばならない。しかもできるだけ残虐に、可能な限り、1分1秒でも長びかせるべく惨たらしく行使されなければならない。そしてその処刑は逐一記録されなければならない。
 ジュンコ捕獲は生存が絶対条件である。ここゼーラにおいては一寸刻み五分だめしに嬲りごろすにせよ、ここゼーラに連れもどすまではかすり傷一つ付けてはならないぞ」
 直立不動で聴き入る男たちが、処理すべき事の困難さを再確認してか緊張に顔を強ばらせ、皺を刻んだ眉間をぴくぴくと震わせた。
「第一陣30名は朝早く先発した。
 チリ警察、チリ軍共に捜索活動に着手しているが、事はゼーラの問題、我々の命運に関わる以上、我々自身の手で処理しなければならない。油断は厳に戒めつつ、災いを転じて福と成し、日頃の鍛錬の成果を見せる時でもある。
 すでに突撃部隊長のエルンストは動いてる。
 その後に続いて地区担当ゲットナーはチリ当局のタガを締め、親衛隊の指揮を執れ。いうまでもないことだが、行動は軍事でも表向きはあくまで民間人を装い通さねばならぬぞ。
 では、行け!」
 最後の一言で三日月隊形が崩れ、男たちは整然たる駆け足でその場を離れた。
「では、わたしも」
 去りかけるデリアがギロッと睨まれた。
「おまえはミランダと一緒の役目がある」
 厳しい一瞥をくれた時、ヘリコプターの爆音が近づき、教祖が上空を見上げた。
「ハエ共めが。ゼーラの飛行は禁じてるはずだぞ。ゲットナーが戻ったら市長にねじ込ませろ。確かアリカの市長はクロンボだったよな?」
「いえ、メスティソの混血かと」
「バカめ。少しでもクロが混じれば、それ即ちクロということじゃ」
 無造作に吐き捨てた。
「車椅子を押せ。朝から“肉が食いたい”」
 嗜虐にぬめった目を向けて命じた。

 聖アントニウス病院の廊下で、出勤したばかりのタマラは婦長から呼び止められた。
「あなた、エルナンデスを知らない?」
 相手が混血メスティソのチリ人ということで、上司と部下という以上に見下した態度で訊いてきた。
「はい。ジャンヌも一昨日から見えなくて……」
「そう」
 婦長は素っ気なく頷いた。
「なにかあったのですか? 教練区の幹部さん方、会う人ごとに浮き足だったようすで……」
 教練区と呼ばれる軍事部門のエリアは一般住民には“開かずの間”の立入禁止区域だった。
「わたしの受け持ち患者であるミス・ジュンコも10日ほど姿を見せてないし、なにかゼーラ全体がこのところ変な感じがします」
 一介のチリ人看護婦が投げた素直な疑問は、ドイツ人婦長のイルマには驚きだったようでもあり、すぐに険のある顔になった。
「チリの女は何事に限らず詮索好きというけど、その若さで政治向きに口をはさむ気?」
「いえ、そのような……」
 タマラはうっかり相手の神経を逆立てたことを後悔してどぎまぎした。
 咎め立てするイルマの目が陰険な光を発した。白衣の裾からむんむんさせて伸びる脚や、着衣の胸の膨らみを舐めるように眺め回した後、
「おまえ、別のお仕置きが欲しいの?」
 そう言ってゾッとするような目で睨んだ。
「まあ、いいわ。反省に、更衣室で『女子の本分』を繰り返し唱えなさい。ヒトラー総統の1934年7月13日国会演説でのお言葉よ。百回唱えるまで出勤するにはおよばないわ」
 厳しく言いつけて足早に去る後ろ姿を見つめながら、タマラは一時棒立ちになっていた。
〈この病院、変よ。人口1500人足らずの町に比して聖アントニウス病院が大きすぎるのも変。わたしたち看護婦が立ち入れぬリハビリ棟奥でも何が行われてるか分からないし……〉
 呑気な性格のタマラでさえ、いよいよゼーラの秘密性を強く疑りだしたのだった。




セックス親衛隊


 その建物の前には一目でそれとわかる混血と白人、2人の男がライフルを持って警護についており、デリアと教祖の車椅子に気づくとハッと畏まって出迎えた。
「ここにいるのか」
「はい。すでに中には女先生様もお見えになっておられますです」
 混血の番兵はぺこぺこと小心ぶりを発揮し、過剰と思えるほどに卑屈にあいさつした。
「女房は元気か?」
 問われてびくりとした。
「は、はい。お陰様で……」
「因果は含めてあるだろうが、いよいよ“生け贄の儀式”が半月後と決まったぞ」
 そう言ったとたん実直そうな顔がみるみる驚愕した。
「心配するな。カタワまでにはならんだろう」
「分かりました。妻にはちゃんと伝え、じたばたせんようしかと言い聞かせますです」
 男は意外なほどあっさりと応じた。
「したがってそれまで夫婦間のセックスも厳禁とする。それを守れと言っても無理じゃろうから、今夜から女房はジーク・ホイゼに泊める」
「ええっ!!」
 従順に服を着せた男が、とたんに豹変した。
「そんな理不尽な! いくら貴方様でもそこまでされるいわれはねえだ。ここで働かせてもらっているから多少の無理は聞くだども……」
 青年の反抗を教祖の逆鱗が粉砕した。
「黙れ! 原住土人マポーチョのクロめが。秘密警察から匿ってやっとるのを忘れたか。本来なら貴様も貴様の女房もアジェンデ派として処刑される身だぞ」と一気にまくしたてたが、
「いや、あのアマなら楽に殺さんだろうな」
 したり顔でニタリと笑って獲物をいたぶる目になった。
 男は歯ぎしりし、銃を握る手にも力がこもったが、同時にデリアの闘争本能は腰に手を伸ばした。彼女の腕をもってすれば、指が引き金に触れる前に男をナイフを仕留めているだろう。
 建物から女親衛隊員がばらばらと飛び出した。
「何ごとですか?」
「このクロンボを検束しろ!」
 混血青年はたちまち取り押さえられた。
「女房と脱走を謀ったと思われる。玉を切り取った上でペニスを切り刻んで拷問にかけよ。ただし、殺していいのはこのクロだけだぞ」
 そうして「行け」と命じ、混血青年は引きずられるように連行されて行った。
「クロの分際で白人女を妻にしとるのじゃ。何かの役に立てばと生かしておいたが……」
「それが半月後で?」
「スナッフムービーの撮影をここでやる。拷問、虐殺を実際再現して記録する映画じゃ。知人にそれを制作、地下販売してる男がおってな」
 あとは「くくく」と笑い、「押せ」と命じて建物に向かわせた。
 扉を開けると、白衣姿のミランダが現われて中へと招じた。
 生木の匂いがツンと鼻に付く狭い廊下。今回の“娘狩り”が、狩った娘たちへの対応も含め、すべて場当たり的である証拠のにわか造作だった。
 部屋に一歩入ると号令が飛んだ。
「一同起立!」
 ここはかなり広い部屋だ。10人ほどのパリッと制服を着込んだ女親衛隊員が片手挙げナチ式敬礼のポーズをとった。
 すぐ後ろに診察台、横にずらりとバスローブの裾からぴちぴちの太腿から先を伸ばした10代の娘たち。教祖の顔は知られてはならないから、当然全員目隠しをさせられていた。
 隊員の一人が耳打ちした。
「今回は、なかなか大変だったようです」
「その筋からも言うてきてな、これ以上の“娘狩り”は無理と判断し、総勢150人の身体をもって所期の目標を達成することにした」
「では、さっそく新入りの“肌見改め”を」
「うむ」
 教祖が大きくうなずいた。
 1人目が車椅子の前に引き出されたが、胸も腰も貧弱で教祖の趣味には合わなかった。
「次」とすぐに交代させられた。
 2人目は栗色の髪の娘だった。バスローブの前が大きくめくられ、ビーナスのような乳房と引き締まった腰部、腹部までが見事だった。
「名は――名字はいい、名前だけ言え」
「カ、カーメラです」
 震える声でやっと答えた。
「よし、次」
 3人目が出てきた。
 小柄で今度は見事なブロンド、デリアのシルバーブロンドと並べたらいい勝負だった。
 膚はこれも色白で、浴着をめくると形良く盛り上がった美乳の白さは血管が透けて見えるほどの瑞々しさだった。
「名前は」
「スサーナです。お、お助けを。ひどいことはしないで」
 ぶるぶる震えて懇願したら、「余計なことは喋るな」と脇に立つ親衛隊兵士が叱った。
「幾つだ?」と訊く教祖は関心を持ったようだ。
「今年16になります」
「処女か?」
 一時押し黙ったが、それではまずいと思い直してか慌てて「はい!」と大きくうなずいた。
「後ろも見たい」
 教祖の望むままローブの肩を外され全裸にされた。肩をすくめた全身の震えが際だった。
「膝を着いて四つんばいになれ」
 女兵士が横に付いて命じた。
「お、お許しを……」
 涙の訴えは皆まで言わさず、制服隊員の小突きで「ううっ」と呻いてうずくまった。
 腰を取って膝を着かせ、陰毛の中に覗く割れ目から、そのそばの菊門の形容まで教祖はじっと眺め入った。
「ほじってみよ」
 命令された女兵士が指を入れかけた。
「うーっ」
 暴れる娘の腰を別の兵士が取り押さえた。
「うう、うーっ……」
 1本、2本と指が孔を押し広げて挿入し、少女に苦悶の呻きをあげさせながら執拗に、縦横にこねくり回し、それからゆっくり出された。
 たっぷり濡れた指を確認してうなずいた。
「スサーナとやら。我が帝国に囚われたからには、我が帝国に奉仕するのがそちの運命(さだめ)じゃ。さすれば少しは長く生きられる。それとも反逆者として処刑されるか。その際には地獄の責め苦にのたうち回らねばならぬぞ」
 泣きじゃくりながら聞き入る娘に宣告した。
「こいつを第3処置室に。罰として性器と肛門に10ボルトから15ボルトの電気責めを30分」
 ニタニタしている女兵士に命じた。
 泣きながら連行される娘を見送り、それから5人ほど肌見改めを続けたが、あとは飽いて隣り合った別部屋に向かわせた。
 一歩入った中では狂おしい身悶え声――。甘い体臭に微かな汗くささ。目隠しされた顔が悲鳴をあげてのけぞった。
 少女の身体を包み隠すバスローブは大きくはだけ、スリップ姿の半裸でむさぼり食らいつく2匹の牝獣の豊満な肉のあいだから、華奢な四肢が突き出て宙を足掻きまくっていた。
「ああっ、いやっ!」。
 激しく乳房が揉まれるたび、ベッドがぎしぎしと揺れた。グラマラスな腰で割り敷かれた少女の隠された秘所からは淫靡な水音がした。
 それまで屈んで見物していた制服隊員2人が、教祖の入来を知ってサッと畏まったが、それを鷹揚にかまえて「良い良い」と制した。
「いつもは屈強な男戦士の慰安要員でもあるセックス親衛隊のそちたちが、今日は子どものような同性相手の淫撫調教。ご苦労だの」
 車椅子のアームレストに肘をもたせたままねぎらったら、淫撫役の3人も行為を中断した。
「良いと言うに」と顔をしかめ、「それ見い、娘が最後まで逝けんで不満顔じゃ」
 女たちはふたたび飢えた牝狼と化して娘の秘所に牙を剥きかかり、一声絶叫が喚かれた。
 別のベッドはさらに濃厚だった。
 少女の両手が真っ直ぐ横に伸ばされ、脚は観音開きされ、手首、足首、太腿にベルトが架けられベッドの支柱に括られていた。
 陰部を無惨にさらされた少女の媚体。教祖に見えやすいようにと、下着姿の女親衛隊2人が少女の腰の横に位置をずらした。
 2つの身体が傾いた時、「うっ」と呻いて目隠しの顔がひくついた。
 指が淡い陰毛の陰唇をめくり、すでに十分濡れそぼつ秘貝の口は糸を引いてぱっくりと開けきって、別の指が陰核をとらえた。
 ぴったりと触れた指は微動だにしないようでいて、巧みな蠕動運動で快楽刺激を与えているのが、じくじくと止めどなく沸き立つ愛液秘液の発散と少女の反応から見てとれた。
「う、ううっ」とのけぞる愛らしい顔。
 たらたらとしたたる淫液。
 早くも甘い体臭とは異う性臭がただよう。
 括られた拳が握られ、手首にベルトが締め付いた。爪先は奇妙にひしゃげてひきつった。太腿の筋が微細な浮き立ちを見せている。
 少し指の動きが早まった。愛液のしたたる頻度が増した。激しいしたたりが音を立てるほどに感じられてシーツの染みが広がった。
 1分、2分……大の字観音開きの全裸全身の悶えようがだんだん激しさを増した。
 凌辱を見つめる教祖の目の輝きが増した。
 デリアとて同様だった。冷酷な観察者の目は寸分の隙もなく絶頂の瞬間を見守った。
「ひえっ」と笛のような悲鳴が走った。
 観音開きの四肢が突っ張り、激しい痙攣を繰り返した時、泡状の白濁液が指で開いた陰唇の間からどっと溢れた。陰核をとらえた別の指の動きがさらに早まった。
 今度は「ひいーっ」と笛が尾を引いた。
 あふれる愛液も止まらず続いた。シーツの染みに粘度のある染みが加わった。
「はあ、はあ、はあ」という少女の激しい喘ぎに絶頂を確認して、教祖が「よし」と満足した。
 見物役の親衛隊員がストップウォッチを握って報告した。
「5回目のアクメ、7分7秒です」
「よろしい。引き続き調教に精を出せ」
 部下を督励し、デリアには車椅子を押させ、そこから廊下に出た。
「第1処置室に」と命じ、「そこに、ここ一番という娘が待っておる」
 そう言ってほくそ笑んだ。妖しくぬめった瞳に、ジーク・ホイゼの前で「食いたい」と言った“肉”の当人と確信して、デリアの胸は高鳴る嗜虐への期待にドキドキした。





生け贄


 ニス塗装も化粧合板もほどこさない、荒削りの生木で組んだ扉の前に男の衛兵が2人。ものものしい面つきで張り番に立っていた。
「それにしても若くて美しい白人少女ばかり、よく15人も集めたものですね」
 正直な感想を述べたら一喝された。
「バカめ。15人どころか150人全員3代まで家系をさかのぼり、混じりっ気なしの白人だ」
「えっ!?」
「その筋に調べさせてこれは間違いない」
 自信たっぷり胸を張った。
 ということは、今回の拉致は政権関係者が関係した権力犯罪ということになるではないか。そう考えて愕然としたが、それを確かめ直すために質問する勇気はなかった。
 先に立ったミランダが扉を開けて入ると、暗い中に男の兵士が2人。
 その後ろの、部屋の隅近くにあるついたてが何の用をなすのか不思議だったが、その疑問も裸電球の下の開脚台を見て吹っ飛んだ。
 デリアですらうっとり見惚れるブロンド美少女だった。
 それが座板とリクライニングの背もたれ以外はパイプという拷問用開脚台に乗せられ、頭の上で組んだ手首、大きく開いた膝下2箇所、腹、胸、腿とベルト拘束され、恥ずかしい部分をこれ以上ないくらいさらされている。
 “娘狩り”は兵士の慰安の意味は兼ねていても、残虐趣味ではなかったはずだ。だから「これは!?」とデリアが絶句した。
「思想信条もすべて知り尽くしたうえでのはずだったが、この娘だけは異端じゃった」
「アカということですか」
「アニータ・アルバレス。アジェンデ派と気脈を通じ、連絡員を務める女子学生じゃった」
 さっきの話に続けて説明し、頭から爪先まで、ねっとりとした目で舐めるように眺め回した。
 少女の全身は同性のデリアの目にもまぶしく映り、乳房の白さと、羽を広げたようにほっそりと伸びきった華奢な下肢の中心の翳りに覗く陰唇もしっとり艶やかに見えた。
「ピンクのままじゃ」
 指が性器に触れ、アニータの全身が電気に打たれたようにひくついた。陰毛を掻き上げ、ラビアをめくった。淫裂の脇に位置するホクロを見つけて皺だらけの顔がほくそ笑んだ。
 一時じゃれていた指が、いたずらの延長で差し入れられた。今度は必死で声を殺しているのか、少し乱暴な愛撫にも少女はじっと耐えた。それ以上奥まで確かめず見抜いた。
「18で処女とはな」
 残虐趣味はとっさの趣向を思いついてミランダに耳打ちした。女医がふたたび戻った時は内視鏡とゼリー液を持参した。
「アニータ、料理法が決まったぞ」
 目隠しされた顔をいっぱいに強ばらせている娘に宣告して内視鏡を手に取った。
 異端審問の時代の性器破壊具がモデルといわれるにふさわしく、その内視鏡は把手の部分が小さく、ネジ式ツマミを回しながら徐々に開いていく方式で、正に残酷医具といえよう。
「舌を噛まないよう、口にボロを詰めろ」
 衛兵に命じた。
 目の前には道具が突き出され、デリアはミランダからローション瓶を受け取って内視鏡をぬるぬるにした。
「かなり痛いぞ。覚悟しろよ」
 ガイコツの指が膣を開いた。淡紅色の肉の割れ目がぬーっと口を空け、そこへアヒル口を突き立てた。
「うっ、うーっ!」と、のけぞる苦悶顔。
 目隠しと猿ぐつわが邪魔だが、それでもいっぱいに刻まれる皺は少女の耐えがたい苦痛を現わして余りあった。
 直径3センチはあると思われるアヒル口は器具だけに付けたローション液では易々とは入らず、その難度がまた一興だった。歯を食いしばって耐える娘の苦悶を愉しみ、医具による破瓜拷問は時間をかけて残酷に進行された。
 じっと見つめるデリアが、だんだん妙な気分になった。年上であるはずのアニータという娘が、髪の色さえ違うのになぜか血のつながらない妹ジャンヌとだぶって見えた。
「おまえにやらせたいと思っていたジャンヌ処刑の一つが、この破瓜刑じゃった」
 教祖の冷酷な一言はデリアの胸を騒がせた。妹はとっくに処女ではないと思っていたのに、歪んだ関係のプレイにおいても異常に固いと思われた操の意味にやっと合点がいった。
 破瓜が完遂された。
「うむうーううっ!!」
 押し殺した悲鳴が叫ばれ、挿入された器具とぱっくり口を開けさせられた膣のあいだに鮮血が滲んだ。
「う、むひいいーっ!」
 溢れかえった血潮がぽたぽたと滴り始めた。
「破れたぞ、アニータ」
 そう言って含み笑いを洩らし、破瓜刑と称する性器破壊拷問は第二段階に進んだ。
 キリキリキリと医具が音をたてて開かれた。
「ひいっ、きゃああっ!」
 ボロが吐き出された。目隠しの顔を反らせ、背中を浮かせ、ベルトで締められた腹と胸の間のあばらを大きく浮き立てた。
「うあーっ、あ、あーっ!」
 悲鳴の合間にも出血は絶え間なく続いた。
 突然、拘束台が音をたてた。
 苦しまぎれにか後ろ頭を背もたれに打ち付けているのだ。そして、ベルト拘束された乳房をあらん限り振り立てて暴れた。
「酷いのう」
 したたる秘部の赤々とした血の筋を見ながら他人事のようにつぶやく。そのくせネジは仮借なく回され、2つに割れたアヒル口の間に血まみれの膣道が徐々にその形容を際だてた。
「やああーっ!」
「やめて欲しいか? 助けて欲しいか?」
 冷酷な笑いは悪魔の微笑だった。
「所属する組織の名を言え。仲間の名前をあらいざらい並べ立てろ」
 尋問しながら一気に引き裂いた。
「きひぃーっ!」と叫んでのたうち回った。
 パックリと空いて膣道を見せた性器の、口を開けた直径は5センチ以上はあった。
「ライト、それから鉗子とキューレット」
 部下は迅速に動き、衛兵によってスタンドライトが運ばれるそばから、ミランダは数種類の挿入医具を並べたトレイを持って立った。
「アニータ、子宮だぞ」
 性器破壊拷問の第三段階が宣告された。
 先端がスプーン状になった掻爬(そうは)鉗子が握られ、ぬめって光るピンクの肉の鍾乳洞に挿入されると、明かりに照らされる肉輪の中心の小穴に突き立て、一気に突き入れた。
「ひええーっ!」
「そら、引き回すぞー」
 教祖のガイコツの手がめまぐるしく動いた。突き動かされるたびに悲鳴が発せられた。2回、3回、4回、掻き回しては挿入運動を繰り返し、それからゆっくりと出された。
 血と体液をべっとりとさせた最初の医具に代わり、今度は先が折れ曲がったハサミの形をした止血鉗子が使われた。
「今度は太いぞ」
 昔とった杵柄で、また一気挿入した。
「ぎゃああーっ」
 今度ははっきりと悲鳴があがった。乱暴にひねった止血鉗子は、その名の用をなさず子宮孔に突っ込まれ、故意に傷口を広げて無惨な出血をぽたぽたと滴らせるだけだった。
「こうだぞ。これならどうだ」
「あひいーっ!」
 泣き喚き、首を振った。拘束台をギシギシいわせてベルトで縛られた上体を暴れさせた。
 教祖の空いた方の手がトレイに伸びた。太めの鉗子を先に挿入した鉗子に加えるつもりだ。
「ぎやああーっ!」
 新たな戦慄につらぬかれ、腹と胸のあいだのあばらがこれ以上ないほど浮き立った。
「ぎゃああーっ」
 ひときわ甲高いわめき声――。
 2本目の鉗子が深々と膣奥に挿入された。明かりに照らされた膣道の深奥部に、2本の医具が血にまみれて差し込まれていた。
「さあ、どうだ。地下組織の名を白状しろ」
 詰問を繰り返しながら、2本とも束に持って入れたり出したりを繰り返した。
「ぎゃっ、ひいいーっ!」
 耐えがたい絶叫を響き上げて身をよじった。
「よし、これくらいで良かろう」
 子宮破壊の拷問がやっと終えられた。
 血でぬらぬらと光る鉗子が2本とも抜き出され、悲鳴はおさまり激しい喘ぎに変わった。
「デリア、今度はおまえの番だぞ」
「ええっ!?」
 さしものデリアが驚愕した。
 これ以上、まだ責めるのか。殺すつもりかと思った。
「日頃冷酷を気取るおまえとは思えんな。ジュンコのみならずジュネとかいうガキにも逃げられ、ジャンヌさえどうなったかも分からぬ鬱憤が、これくらいの悪戯で収まると思うか」
 吐き捨てるように言った。
 ジャップ女とキンバリーのドジによる立腹の憂さ晴らしがこの狼藉かと、アニータという娘につくづく同情の目を向ける、今日に限っては殊勝な心根のデリアであった。
 ただ、それも一瞬。もって生まれた淫性は魔界の空気に触れて加虐心を掻き立てた。
「脚と胸のベルトを外せ」
 教祖の指図を、少女は拷問から解放されるものと勘違いした。
「腰の下に砂嚢ををあてがえ」
 がっくりした少女の、医具で開かれた血まみれの性器のそばの肛穴がさらに露出された。
「うつ伏せ姿勢の方が深く入るが、顔が見えんではつまらぬからな」
「いやあああーっ!」
 泣き叫び、あらん限りの余力をふりしぼって暴れまくった。
 すでにデリアは肩まで袖をめくって、二の腕まで塗り込めたローションで左手全体ぬるぬるに光っていた。
「おまえにはな、そのあとをくれてやるから」
 破瓜拷問で開ききった血まみれの膣をまだそのままにしておいて、高く伸ばしたガイコツの手で白衣の肩を叩いた。そうして耳打ちされたミランダが、肛門にも潤滑液を降りかけた。
「よし、やれ」
 教祖に送り出され、デリアは少女の前に片膝着いた。今かけられた潤滑液を秘肛になすりつけ、菊皺を刻んだ蕾の肛穴を器用にほぐしつつ早くも中指の1本を挿入した。
「うーっ」
 呻いてそむける顔を、制服兵士の一人が掴んで真っ直ぐ前に向けさせた。
 きつい締めつきを受けながら、菊門を押し広げて入ったデリアの中指に人差し指が加わった。
「痛い!」
「言うか? 白状するか」
 教祖の尋問がたたみかけた。
 苦痛にほころんだ目隠しの顔を、ふたたび恐怖の強ばりに変えて気丈に首を振った。
「しぶといのう」
 皺だらけの顔がほとほと舌を巻いた。
 だが、拷問する相手がしぶとければしぶといほど嗜虐心が高まるのはデリアとて同じだ。アニータが無理に向けさせられた顔を必死に耐えてぶるぶる震わせた時、3本目が入った。
「ぎゃっ」
 悲鳴と4本目が入るのは同時だった。
 デリアのアナルフィストは容赦がなかった。
「ここでは得意ワザだぞ。傷など付けるなよ」
 いいところで教祖の助言が入り、デリアが気を入れて、関節を柔らかくした。そうすることで残る親指がスルリと収まり、手首が小尻の中心に突き立った。
 アニータの苦悶が泣きじゃくりに変わった。
「どうだ、おまえの後ろの穴にデリアの手の先が全部入ったのだぞ」
 実況中継しながら、それによって乙女の羞恥心で打ちのめした。
「うう、いやだぁー……」
 声を震わせて洩らす苦悶は、不快感とあらたな未知への恐怖感が混じったものだ。
 うながされるまでもなく、デリアは少女の直腸におさめた手刀を拳に変えた。そのあとは一気に刺突貫通させた。
「うぐっ、ひいーっ!」
 悲鳴がきわだった。
 直腸深く侵攻したデリアの拳がS字で止まった。
 いつものことだ。だが、今日に限ってはロリ責めともいえる異常な状況下、興奮しつつも挿入口を手探った。ディープフィスト完遂をめざして拳が体内でいろいろ形を変えた。
「ううっ、いやあっ!」
 張り付いたように固くなっていたと思いきや、時おり上体を激しくくねらせる。その際には、発する悲鳴にもバリエーションが加わった。
「痛いか。痛いだろうな」
 教祖はねちねちと言葉でもいたぶった。
「どうだ」と、これはデリアに向けた。
 さすがに少女の操は前だけでなく後ろも固かった。今度ばかりは無理のようだった。
「一気にやれ。最終的には殺してもかまわん」
 壊せと言い放っているのだった。
 本心は虐殺したい風でもあろう。それくらいジュンコ脱走が肚に据えかねたということか。今度連れもどされたら、あのジャップ女は確実になぶり殺されだろう。
「やれやれ、大いにやれ」
 また教祖が煽り立てた。
 手首の先を没して突き立った手の肘に、添え木にした利き腕に全体重をかけて、身体を深く沈めた時、「おおっ!」という周囲の喚声に耳をつんざく絶叫が重なった。
「ぎえっ、あひいいーっ!!」
 腰の横で縛り付けられている少女の手が固く握り締められた。人の字に開かれた肢体の先が力んで丸まった。そしてあばら骨を際だたせる上体が蛇のように激しくのたくった。
 S字結腸をゆっくり拡張して拳がめり込み、片膝立ちのデリアの上体が深く沈んだ。開かれた両脚の中心に生えた手首が没し、腕が没し、そのうちには肘までが没しかけた。
「ウギャアアアーッ!」
 激しく首が振られ、美しい金髪を無惨に振り乱した。
 直腸を通過して腕がどんどん侵攻した。
「よし」と教祖が手で制す。
 その手を出したり引いたりさせて指示した。
 指図どおり、デリアはいったん貫通させた腕をゆっくり引き出した。
「げふっ。うーう、むううーっ……」
 苦悶が一時弱まり、呻き声も変化した。
 ふたたび挿入。S字を通り越す際には「ひええーっ」と耐えがたい悲鳴。入れては抜き、抜いては一気に突っ込むアナルディープフィストがしばらく続けられた。
「ミランダ、いよいよおまえの出番だ」
 アニータに聞こえぬ声で耳打ちした。
「やはり、左手……」
「なにをいう。容赦はいらん。右手で良い」
 許可され、勇躍とした。
 バカ正直に持っていたトレイを男の兵士に預け、白衣の袖をめくって女にしては大きめの手の拳を握った。それへ、もう一人の兵士がローション液を降りかけ、ぬるぬるに塗り込めた。
「アニータ。もう一つの穴も塞いでやるぞ」
 性器破壊拷問の第四段階突入への宣告である。
「いやっ、イヤアアーッ!」
 泣き叫んで拒絶する少女の性器から全開した医具がゆっくり抜き取られた。
 ぽたぽたと血を滴らせる全開の性器。
 それがゆっくりと閉じかける刹那にミランダの拳が押し当てられ、器用に先をとがらせて一気に突いた。
 悲鳴が絶叫に変わった。
 すぼみかけの淫肉の口がまた大きく押し開かれ、拳を呑み込みどんどん大きくなった。
「ぎゃああっ」
 絶叫が悲痛に、凄絶に響いた。
「やれ。アカの娘の性器など壊してしまえ」
 興奮に年甲斐もなくなった。
「うげええっ! ギャッ!」
 泣き叫ぶ少女の股間に白衣の上体が沈んだ。先にピストン抽送を繰り返すデリアの腕にミランダの腕が加わり、2本の腕が突き立ったアニータの股間は蹂躙されまくった。
「ぎええっ、ぎゃああううーっ……」
 血を滴らせる性器。直腸からも湿った挿入音が起こり、左右に伸びきった両の細脚はぴくぴくと硬直の筋を浮き立てて、爪先を足掻かせて無惨にひきつった。
 デリアがディープフィストの仕上げにかかって、片膝立ちの上体がなお深く沈んだ。
「ぐええーっ!!」
 押し殺すように響き上げる絶叫。
 引き締まった腹部が拳の形に盛り上がった。ぼこぼこと出たり引っ込んだりを繰り返した。
「ぐえっ、げほーっ!」
 悲鳴も突き上げるようだった。
 デリアの残酷度にほだされ、ミランダも上体を深く沈ませた。と、デリアの拳の形の出たり引っ込んだりを繰り返すすぐ下が、今度はミランダの拳の形に盛り上がった。
「ぎゃあっ!」
 あばらを際だてる上体がのけぞった。身をよじって、くねって、のたうち回った。少女の断末魔の苦悶を歯牙にもかけず、女2人の強烈フィストファックが嵐となって暴れ狂った。

 1時間後――
 まな板の鯉ならぬ生木の板に人の字に張り付けられたアニータ。
 腰に降ろした手首と開かれた下肢の先の足首には金属製のリングがはまっている。
 目隠しを取られた顔は、やはり美しかった。ただ、平常ならぱっちり開いているはずのつぶらな瞳も、今は恐怖心から伏し目がちだった。
 陰毛の性器から数本、コードは小尻の下の肛門からも出て床に垂れていた。
 やがてその痩せた身体は回路となろう。その時にはどんな声で泣き叫ぶのか。
 性器からのコードは膣と尿道から計4本、血のこびり付いた陰唇の2本と陰核の1本は、クリップを使ってはさみ付けられていた。
 固唾を呑んで見守るデリア、ミランダと男の兵士2人。
 少女の緊張した顔に変化が走った。
「うっ」と呻いた顔が喉を見せて小さくのけぞった。
 呻きは悲鳴に変わった。
「ひいっ、ああっ!」
 と叫ぶ全身に苦痛の兆しが見られ、あばらが浮き立ち、脚にも腕にも硬直の筋が浮き立った。
「ひええーっ!」
 突如、全身がびくついたと思うや、飛び出すくらいに目が見開かれ、
「ギャアアーッ!!」
 絶叫をあげてのたうち回った。
 暴れるたびに手首足首に金属リングが痛々しく食い込み、板が音をたてて踊った。
 電流は手首足首のリングにも流れているのだろう。悲鳴が激しさと連動して手足の指がざんばらにひきつり、手首足首を内向き外向きにめまぐるしく変化させた。
 その時、部屋の隅近くに設けられたついたては教祖の目になっていた。
〈娘よ、耐えよ。美しいぞ、娘よ〉
 嬉々としてコントローラーのスイッチ操作、変圧操作をしながら、同時にさっきまでの興奮が頭の中に走馬燈を点していた。
〈デリア……〉
 と、なぜかその名を呼んだ。
〈ジャンヌ……〉
 なぜか、その者の顔も、姿も走馬燈となってよぎった。
 蛇のように絡み合い、呑み込み合うように肛門深く、内臓深く犯し合う二体の牝はデリアとジャンヌであった。そしてそこに、別のアジア人の顔も思い浮かべた時、教祖の中に想像を絶するおぞましい趣向が思いつかれた。
 不思議なことに、この時、嬉々として電気拷問に見入るデリアもまったく同じ趣向を想定していたのである。ただし、デリアがその場面を現実に見つめる日は遂に訪れなかったが……。






迷走街道


 サンチャゴから南へ1000キロ離れたチリ中部の街プエルトモンを目指し、ジェームス・リッチとパオラ・ロハスを乗せたイレーネ運転の車がひた走っていた。
 パオラは、まだジャンヌの無事を知らない。
 一行がサンチャゴを留守にするのは昨日からで、したがって彼女らがガスパール・ルイスと接触するのは不可能だったからだ。
「反ピノチェト派による、第二クーデター近しの噂はほんとかね」
 いまだチリ軍当局に知己やコネを持つパオラにリッチが訊いた。
「それがなんとも微妙な雲行きなんですよ」
 これまでなら一笑に付すレベルの与太話だったが、ここ最近はまんざらでもない信憑性を帯びてきたのだった。
 リッチにしても、別の筋からその可能性を探ってきた。
 9・11のクーデターそれ自体はともかく、その後の反対派弾圧のやり方が酷すぎるとの批判は米国内でも起きているようだ。
 噂が事実なら次の決起も米軍が関与するのか一部の暴発か、それともまったくのデマに過ぎないのか。地下組織を油断させて一網打尽にする罠じゃないかとの臆測も持たれている。
「これがゼーラへの攻撃にどう影響するかだが……」
 正にそれこそが問題だった。
「おや? 今度の車の主は軍人さんですよ。リッチさん、またお顔を見られぬよう頼みます」
 目ざといイレーネがしっかり前を見つめながら警戒信号を発した。
 パオラが体を傾け、リッチは堂々と彼女を抱き寄せた。とっさに打った芝居でリッチの顔が隠れたところに対向車ベンツが走り過ぎた。
「やった! でも、あちらも熱々のようで……」
 快哉を博しつつイレーネが遠ざかる車をミラー越しに見つめながら溜め息をついた。
「同乗者、綺麗なアジア人女性でしたよ。30代前半、いや、もっと上かな。同性がいうのも何ですが女は化粧で歳が分かりませんものね」
 リッチとパオラが「あっ」と声に出して振り返った。
「どうしたんですか? 何かまた……」
 その疑問は無視された。リッチとパオラが、今度はゆっくりと戻した顔を見合わせた。
「まさか?」
「ええ。まさかそんな……」
 彼方に、雪を頂く円錐形の曲線も優美な山が堂々たる偉容で聳えていた。人によっては懐かしく映るこの山が、パオラたちにとってはいつもの見慣れた山に過ぎないが……
 さっきすれ違った車では、ショートヘアーを赤く染めた女が助手席から身を乗り出すように眺め、その胸の感動をほとばしらせていた。
「オソルノ山って、ほんと綺麗!」
 素直な感動を日本語にした。
「わたしの国の観光ガイドでは、あの山のことを“チリ・フジ”、“チリの富士山”とまで呼んでるんですよ」
「オー、フジヤマ! ジュンコさんの、フルサトの山ですねー」
 少し舌足らずだが流暢な日本語だった。
 一昨日までのボロのような姿はドレスアップで一変。しかも昨日は理髪道具まで買ってシケ込んだホテルで時間をかけ、髪の色も形も変えた。だからリッチ、パオラと顔を合わせたとしても、2人が純子と気づいたかどうか。
 見かけで分からないといえば、このマヌエル・グスマンである。
「乗せて戴いた時はただの民間人とばかり思ってましたのに……」
 チリ軍の、しかも偉い方の階級に属する大尉と知った時は息が止まるほどの驚きだった。
 それがほんの1日で打ち解け、東京に出てきた大学時代、また郷里静岡での子ども時代にさかのぼって昔話する仲にまでなったのだ。
 彼は若い頃からの日本びいき。それで日本語も熱心に習ったのだが、
「わたし、3年前、アンサツされたシュナイダー将軍のファンでした。“グンタイハ、ソコクノ、サキモリタルベシ”とのスタンス、わたしもそう思います。だから、軍人が皆、ピノチェトみたいだと思われたくなくて……」
 難しい格言を日本語にした難解さというより、ここでは自らの意志と現実のギャップという自己矛盾に陥り言葉を失ったのだった。
「いいんですよ、グスマンさん。お気持ちはお察しします。どうぞ母国語で話してください」
 と一心になだめ、落ち着かせ、それから先の会話はスムーズに進んだ。
「しかし、ジュンコさんは強いなあー。乗せてくれといって転がり込んだ時は幽霊かと思ったけど、ちょっと爆睡しただけでもう回復、こんなに元気に見違えっちゃうんだもの」
「まだ若いかな」
「若い若い。20代といっても通りますよ」
「そら褒め過ぎだわ。そんなに見え透いておだてたって、何も出ないですよー」
 ペロリと舌を出し、いい歳した大人2人が子どものように笑いこけた。
「ところで、いい手は見つかりまして?」
「僕の用のため、プエルトモンまでの長旅に付き合わさせて悪かったけど……」
 真剣に耳を傾ける純子の横で、高飛びの方法をあれこれ開陳した。
 まず、アリカ・ルートとして……
 北端アリカからペルー国境までは砂漠を7、8キロ歩くだけで境界線に張り巡らされた鉄条網が海まで続き、引き潮を利用して腰まで浸かって身を隠す。
 夜明けと共に行動を起こせば成功率は高いという。純子はその情景を想像してわくわくした。
「それっていいですねー」
 ここからアリカはとんでもない遠さだが、好奇心も手伝って俄然乗り気となった。
「ただ、海岸には地雷が敷いてあると噂され、決行した人がいるとは聞いてません」
「なあんだ」とたちまち意気阻喪した。
 次に、アントファガスタ・ルート……
 アリカとサンチャゴの中間、アントファガスタ駅からは週1回ボリビアへ抜ける貨物車が走り、車掌室に忍び込めば税関員の心配もないそうである。
「国境を検問しているオヤジは親日家だそうで、数人の日本人が成功しているとのこと」
「その週一が近いのですか?」
「いやいや、この情報も古くてね、今でも通用するかどうか……これはやめましょう」
 結局、また否定材料でしかなかった。
 続いてサンチャゴ・アルゼンチン・ルートと称すべきかどうか、そう切り出し……
「これは僕の友だち2人が体験した方法です」
 それなら内容の具体性にも期待がもてた。
 サンチャゴから南下、バスでリマイアという所に降り立ち、男2人は国境をめざした。
 行けども行けども山ばかりの道を野宿を3回繰り返した。その間には時期が冬だったため、朝起きたら寝袋が数センチ、霜柱で持ち上がっていたなんて凄い一幕もあった。
 しかし気がついたら国道に出ており、チリ国旗を掲げた建物が見えた時には、いっしょに並んでバンザイを叫んだという。
「迷った挙げ句、最後は運良くアルゼンチン国境に抜けていたという好例でした」
「でも、なんか、しんどそうですね」
 半分横着な気分で首を振ったところ、非難するどころかうなずいた。
「わたしも勧めません。冬でなくたって十分に危険なルートです。友だちも下手をすれば国境警備兵に撃たれていたと言ってました」
 純子が調子を狂わせてよろけるところだった。
「まあ落ち着いて」と、いろいろ勿体をつけてきたが今度こそ本論のようだった。
「プエルトモンから小型の貨物船に乗り込み、波の荒い海峡を南下、その後徒歩かバスというプエルト・アイゼン・ルートがありますが」と言いかけた。結局それでもなく、
「もっと安全なのがこれから行くルートです」
 すでに決定されていたのである。
 車は一路ペトロウエという町へ、「わたしはそこまでしか見送れないが、そこの大きな湖であるナウエル・ウアピ湖を小型船でペウラへ渡ってください」と指示した。
〈その先がアルゼンチンとの国境!〉
 今度こそは自由の身となって日本に帰れる!――期待はいやが上にも高まった。
 車はアンデスを登ってペトロウエに向かう行程1時間ほどの道のりである。
 純子がフロント窓越しに見上げた。
「雲が……」
 行く手の空が怪しくなった。
 だが、その時の純子の気丈は山の端にかかる暗雲をも、ものともせず跳ねのけた。
 途中、道路を邪魔して荷馬車が立ち往生しており、停車を余儀なくされた。
 駅から伸びる石段のところだった。アジア人の女性二人連れが兵士2人に呼び止められていた。その姿に〈あっ〉と目を奪われた。
「どうしました?」とグスマンが気にした。
 2人のうち一人が自分に似た歳格好なのはともかく、連れがブランカ――否、本名マリア・ロハスに顔立ちも年格好もそっくりだったからだ。そういえばマリアは日本的な顔をしていた。
「ドンデ・バー?(どこ行くの)」
「ピューラです」
「そのあとは?」
「アルゼンチーナ」
「ハポネス?(日本人か)」
「ノ、チノ(いいえ、中国人です)」
 やりとりを聞きながら、純子はこの国に来た日のことを思い出した。記憶は国境の街アリカから一転、心と身体に刻み付けられた傷もおぞましい潜在記憶をもよみがえらせた。
 30メートルほど先がバス乗り場である。早くバスに追いつきたいのに、といった顔で難渋している女性2人に、不逞の兵士2人は「……デネロ」と、金をせがむ態度をあらわにした。
 突然、クラクションが乱暴に鳴らされ、鉄兜がびっくりして振り返った。兵士は2人ともベンツと階級が上の軍服を見て血相変えた。
「行って良し」
 女性2人は解放され、足早にバスに向かった。
 グスマンはなかなか睨みを解かず、兵士2人はすごすごとその場から退散した。
 それから車を走らせた。バス停が見え、停まっているバスの前をゆっくり横切った。
 発車を待つ人々が窓からこっちを見ている。幼い子どもを小脇に抱いたセニョーラ、釣り竿を持った老人、日焼けした農夫のような男もいれば、ネクタイに背広の青年もいた。
 一目で旅行者と分かったさっきの女性たちはこちら側の席にはいなかった。
〈みんな地元の人だろうか〉
 グスマンの義侠の爽快によっても晴れない霧のようなわだかまり、棘のような小さな痛みがしくしくと純子の胸を締め付けだしていた。
 降ったり止んだりの霧雨の中、約1時間で66キロの行程を走り抜けてペトロウエに、白い靄がかったナウエル・ウアピ湖畔に着いた。
 小船を繋留した小屋の小さな食堂らしき休憩所で、グスマンと差し向かいで魚料理を食べた。デザートを取ってお茶も喫んだが、2人は別れが近くなるほど言葉少なになった。
「これを」と、グスマンが決して軽くはない財布を差し出した。
 その厚意を純子は素直に受けた。というより脱走者の身の上、そうしなければ一歩も先へは行けない空っけつ状態だった。
「グラシアス。名刺はいただかなくともチリ軍宛で分かりますから、日本に還ったらかならず報告といっしょにお金はお返しします」
 グスマンは大仰に手を振った。
「そんなお気遣いなど……むしろ政変によって多大なご迷惑をおかけした貴女へチリ軍人の一人として、まだ遙かに足りないくらいのお詫びのお印です。ほんとに申し訳なく……!」
 半分は込み上げるグスマン個人の思い、あと半分は言葉通りチリ軍人としての厳格さに依拠した深い慚愧に貫かれての絶句だった。
 一時手を取り合って見つめ合ったが、関係はそこまでだった。
 そうして2人は、雨もよいの湖畔を背景に別れの時を迎えた。
「アディオス、ケリーダ、グスマン(ご機嫌よう、親愛なるグスマンさん)」
「サヨナラ、ジュンコさん!」
 互いに相手国の言葉を交わし合った。
 エンジン音が湿って響いた。
 音もなく、いつ止むとも知れず降り続く霧雨の中、靄に霞んだ薄闇の向こうにグスマンのベンツはあっという間に見えなくなった。





汚 名


 インターホンを特徴的に押した。
 目の前でサッとドアが開き、開口一番マリアにガスパール・ルイスとの接触を、ジャンヌの無事を告げられ「ブラボーッ!」と小躍りした。
「あのガスが? まさか!」
 パオラが狐につままれた顔をした。
「いや、ルイスの義侠に一役買ってるのは君だ。ほら、ジュネと訪ねたパルパラの店な、店長のモラレスはルイス少佐が君を見る目を、ありゃ惚れてる目だと自信を持って断言してたぜ」
「冗談じゃないわ!」
 忌まわしいものを見る目で吐き捨てた。
「そんなことよりジャンヌはどうなの?」
「心身共に相当な痛手を受けているけど今は誰も手が出せない安全なところに匿われてるわ」
 ペトロ神父だと思った。彼の、聖職者としてのコネをもってすればピノチェトすら手が出せないルートを知っているはずだ。
「もう一つ、これは超ビッグニュースよっ!」
 言いたくて言いたくてたまらないことをこらえにこらえているマリアの表情にピンときた。
「まさか!」
「そのまさかよ。ジュンコがゼーラを脱出したの。マヌエルというチリ軍大尉の助けでアルゼンチン国境をめざしているわ。サンチャゴのカルロスおじさんのところに連絡が入ったのよ」
 パオラが悲鳴のような驚きをあげたが、リッチは「大丈夫かな」とまだ心配が消えない。その慎重居士をマリアの豪放磊落が包み込んだ。
「あとは運を天にまかせるっきゃないでしょ」
「よし、それなら心おきなく作戦にかかろう」
 そう言って盗聴装置のイヤホーンを取った時、近場でドリルの音がけたたましく響いた。
「午前中内からこれなのよ。15分から30分続けては休みといった感じで……」
 間もなくチェーンソーの音も加わって、盗聴にはさらに神経が要ることになった。
 マリアから双眼鏡を受け取った。
 向かいのホテルの見上げる2階は昼間からカーテンを閉め切っており、そのくせ窓際近くに間接照明を置いて秘密めかし、なおも目を凝らせばそこに立つ人の影も見えていた。
 ――う、うう……
 ――痛いか? これくらいの電圧でもきついか。だったらこれならどうだ
 ――ひいいっ!
 ――辛いか。だが、拷問はもっと辛いぞ……
 盗聴を聞きながら虫酸が走った。こんなのを朝から聞いてたのかと横を向いたところ、表情を強ばらせて唇を噛むマリアがいた。
 騒音が大きくなった。
 ドリルとチェーンソーのけたたましい工事音がリッチの頭のなかで錯綜した。
 カーテンの向こうの影が一つ増えた。そして、
 ――このメスティソ(混血)はベトナムの女によく似ているぜ……
 その声にハッとなった。リッチの深い詮索をよそにマリアが耳打ちした。
「食堂給仕に入り込んだロベルトも正体がつかめずイライラしてるのよ。頼まれて食事を運んだ時、ついたての陰で凄い殺気がしたって」
「迂闊には踏み込めないな」
 さしものリッチが二の足を踏んだが、
 ――うらやましいよな。戦争なら、女、子どもを拷問するなんてのも日常茶飯だろう?
 ――それももちろんだが、俺はな、あの戦争ではベトコン野郎の手や脚が吹き飛ばされるのを見たかったんだよ……
 イヤホーンを通して不気味な笑いを聞かせた。
「そんなはずはない」と頭(かぶり)を振るリッチにパオラもマリアも首をかしげた。
「どうしたの、ジェームス」と心配のあまり肩を揺すっているのにも気づけなかった。
「そんなはずはない。第一あいつは……」
 うわごとのように繰り返し、感極まって決心をつけた。
「よし、話そう。2人とも聞いてくれ。なんとなくずるずる来て、結果、誰にも聞かせず墓場まで持っていくつもりだった昔話を……」
「え!」
 肌の色の違う姉妹が思わず顔を見合わせた。
「5年前の春だった」
 暗い表情で語るリッチの頭のなかで、ドリルの音が錯綜として戦場の音と重なった。


 ベトナム戦争もたけなわの1968年。南ベトナム中部、クァンガイ省に前線基地をもうけた米軍は、北側のゲリラである解放勢力殲滅をめざし旅団規模での掃討作戦を展開していた(ちなみに、このクァンガイ省という地名は、翌年起こった“ソンミ村虐殺事件”によって無数の人々の記憶に刻まれることになる)。
 風が黄金の稲穂をなぐっていた。
 遠くでゴオーッという噴射音。ロケット弾が疎林に向けて放たれ、若い部下たちが嬉々として喚声を上げた。
「いいぞ、ガンシップで叩け!」
「ベトコンなどやっつけろ!」
 武装ヘリコプター(ガンシップ)はすぐ頭上にも1台、2台と飛来し、疎林に潜む解放戦線ゲリラを叩くべく風を巻き起こして通過する。
 突然、「VCだ!」
 若い部下の軽挙をあわてて制した。
「撃つな! この人たちはベトコンではない」
 昨日、今日配属されたばかりといった童顔の新兵が呆っ気にとられ、なかなか銃を降ろせないでいた。
 接近戦では手を休めて稲穂の海に身を潜めていた農民たちが、戦闘が米軍の一方的な追撃戦に転じるや立ち上がって稲刈りや稲こきの続きを始めたからである。
 横を轟音をたてて戦車が通過した。
 その際には重機関銃が速射され、誤射の危険もあるなかをものともせず鎌をふるい鍬を使って収穫に専念する光景は、リッチでさえ見慣れぬうちは信じられなかった。
「良く見ろ、農民だぞ。VCなんかじゃない」
 肩を叩いて落ち着かせたら、やっとライフルの構えを解いた。
 にらみ合いは2日に及び、部下の疲労を気遣い、無線で中隊長に許可を得た。
「小休止するぞ」
「この近くに村があるはずです」
 特務曹長のジミーが地図を広げて答え、別の小隊も待機している1キロ先のオン・ホア村に30人からの小隊を率いて向かった。
 草深い森を抜け、稲穂の海の中心に延びる農道を通って進んだが、行けども行けども人影ひとつ見えないのが不思議だった。
 やがて視界が開けて村の入口が見えた。
 粗末な小屋のような家が数軒周囲に建つ村の広場で、米兵に銃を突きつけられた村人が公開拷問を見せつけられていた。
 若い女が全裸で転がされ、膣からコードをはみ出させていた。「うーん、うーん」と苦悶する傍らで、兵士が無線機用発電機のハンドルを回して女の性器に電気を流し続けているのだ。
 ベトコンに協力するとこうだぞという“見せしめ”目的の哀れな生け贄の受難を見守る数多の目は同朋意識で憤怒に満ちていた。
「これはいったい何だ」
 泣きそうな顔で見ている少年に銃を突きつけている兵士にリッチが訊いた。
「ベトコン容疑者への尋問に決まってるだろ」
 数名いる部下の反対側から小隊長、ヒギンズが答え、銃で脅されながらも15、6歳くらいの男の子が果敢に「違う!」と首を振った。
 リッチがジミーに通訳を命じ、腹心の部下は少年の傍らで小腰を屈めて耳をかたむけた。
「テン、トイ、ラー、レ・ゴク・ディン」と自己紹介から始めた少年のベトナム語をジミーが通訳した。
「この子はレ・ゴク・ディン、尋問されてるのは姉のナム、他は全部空襲で死んだそうです。『家族を奪った戦争が憎い。だからベトコンも関係ないのに、ただ一人残った肉親の姉さんまでこんな目に遭わすとは何だ』と怒ってます」
 ジミーと少年のやりとりを見守り、そのあと通訳を聞きながら、リッチは自分を頼りにする少年の顔も、敵意を込めた表情で石のように見物させられる村人のようすも観察した。
 どうしたものかと思案をめぐらせた。
「おい、見ろ」
 ぐずぐずする間にヒギンズが本性を見せた。
 片方の軍靴が女の太腿を押さえ、もう片方の先が陰毛が黒々と密生した陰部を剥き上げ、コードを食わえた淫肉の赤味を露出した。
 ヒギンズの部下たちもニタニタと笑い合った。
「さあ、おまえも見るがいい。おまえの姉ちゃんはな、このドぎたない淫乱プッシーに“チビでノロマのベトコン・ゲリラ”のアレを食わえ、いきり立たせる役目の淫売女なんだぞ」
 そう言ってケタケタと嘲り笑った。
 少年が燃え上がる怒りで目を爛々とさせた。
 やがて掴みかかる、すると後ろの兵隊の銃が火を噴いて少年の頭を吹き飛ばす。その段取りを期待しての挑発、拷問でもあろうが、姉は弟を殺さないため必死に声を殺して耐えている。
「こんなことは、もうやめてもらおう」
「なんだと、ベトコンの肩を持つのか!?」とヒギンズがリッチに食ってかかった。
「にらみ合うだけのおまえらと違い、俺たちは撃ち合ってこれだけに減ったんだ。戦友を殺された部下の怨みはこんなものでは済まないぞ。ほんとうは八つ裂きにしたいくらいだぞ」
「だからといって憎しみを掻き立て、無辜(むこ)の農民をベトコンに走らせてどうする」
「無辜だと?」
 凄みを利かせて精一杯の虚勢を張ったが、そいつが意外にあっさりと折れた。
「いいだろう。公開はやめてやる」
 ヒギンズが部下をうながし、ナムは2人がかりで手足を取られて荷物のように運ばれた。
「なんのことはない。拷問の場が外から中に変わっただけじゃないか。ふざけやがって!」
「隊長、抑えてください」
「おい、中隊本部を呼び出せ」
 リッチが無線をかけさせた。やりとりの間、ナムを連れ込んだ家から、年寄り、子どもが追い立てられて出てきた。
 無線を通し中隊長の声がガンガン響く。
 ――ヒギンズにまかせろ。奴がベトコンだといえば多分そいつはベトコンだ。いいか、ヒギンズに逆らうんじゃない。
 そう言って無線は切れた。
「ヒギンズごときが何だってんだ。畜生!」
 憤懣やるかたないが、何事か知っているはずの腹心ジミーがこの段階ではまだ黙していた。
「心配するな。容疑が晴れれば無事帰れる」
 姉が連れ込まれた家を外から見つめ、おろおろするディンにそれだけ言うのがやっとだった。
 しかたなしに小屋に向かった。
 一歩入ると「むーっ!」という悲痛な呻き声。
 まず遠巻きに見物する兵が5人。
 石を積んだカマドの前の高床に、手足を大の字に縛られたナムが横たえられ、隊長を入れた男3人にさんざん嬲り者にされていた。
 指が膣をカギ裂きにしている。
 必死に声を殺して耐えるナム、それをいいことになお力を込める。
「うっうーっ!」
 男たちにのしかかられ、押さえ込まれた太腿の、それ以外の上体や四肢の先が自由を奪われながらも精一杯足掻きまくった。
「ほれ、中までギトギトだぜ」
「イヤらしい色だな」
 そう言って押し殺した悲鳴を際だたせた。
 ヒギンズがリッチの入来に気づいた。
「何か文句があるか」
「ほどほどにしておけよ」
「うるさい。かまうな」そう言って部下を煽るばかりか、自分からも手をくだした。
「こんどは容赦しないぞ」
 片手が陰唇を開き、片手が無線機から延ばしたコードの1本を大口開けさせた性器の奥深く突っ込んだ。
「ひっ」と呻いたナムが、次にはすすり泣きを洩らした。
「そうら、ほんとうは怖いのだろう?」
 残虐を裡に秘めた猫なで声が、やにわに腰からダガーナイフを抜いた。両刃の尖った先で2本目のコードの先端数センチの被覆膜を剥き、銅線部分を両刃の根本に巻いた。
 右手にナイフをかまえ、左手が性器を開いた。
「どうれ、感じさせてやろう」
 指が陰核をひねり出し、そこへナイフの切っ先が当てられた。
「う、うー……っ!」
「まだ何もしてないぞ。何を怯えている」
 そうからかいつつ、尖った先がちくちくと敏感な核を這い回っていた。
「あうー、ううああー……」
 身も世もあらぬ声を発し、兵隊に掴まれて大きく広げさせられた脚のそこここの筋をぴくぴくさせて力み返った。
 ヒギンズが目配せ、無線係がハンドルをさらに勢いよく回し、ナムの口からびっくりしたような声が発しかけた。さらに発電量が増して顔に刻まれた苦痛の皺も深くなったが、それでも必死に声を殺した。
「しぶといな、弟に声を聞かれまいとするためか?」
 ヒギンズが残虐心に憑かれて手に力を込めた。
「ああっ!」
 ナムが目を見開いた。切っ先が陰核を突いたが、微妙な力加減でまだ傷を付けるまでには至ってなかった。
 また部下に目配せした。
 発電機のハンドルを回す手にも勢いが――。
「ぎゃああ……くっううーっ!」
 悲鳴は一瞬。あとは押し殺された。代わりにきつく押さえられた太股を起点として、それ以外の上体が大きくのけぞった。蛇のようにのたうち回って足掻いた。
「ベトコンを何人食わえたプッシーだ?」
「ベ、ベトコンでは……ううーっ!」
 無線機からの電流は断続的に流され、強弱も気まぐれでナムの恐怖と緊張をいやが上にも高めた。耐え難い苦悶で汗を吹いた観音開きの全身はオイルを塗ったようにてかてか輝いた。
 ヒギンズの手が下に動いた。と、
「うげええーっ、くくっ……」
 異様な悲鳴のあとで必死に押し殺した。パックリ開いた膣から血が滴り落ちた。その傷口の上をナイフの切っ先が舐めて、横では無線係が全身の力を込めてハンドルを激しく回した。
「ひえっ、ひっ、くええーっ!」
 歯を食いしばる口から怪鳥音のような耐え難い、しかも異様な悶え声。ナムの苦痛は計り知れなかった。
「ママゴトにも飽きたな」
 そう言ってニヤッと笑った顔の暗さがいっそう不気味に映えた。
「あわあわあわ……」
 ナムも何事か直感して恐怖に目を見開いた。
「コザックダンスという拷問を教えてやる」
 やにわに戦闘ナイフの刃先をコードをはみ出した陰毛の割れ目にこじ入れた。
「う、ぐえーっ」と恐怖と苦痛の入り混じった、くぐもった呻き声。そこを一気に突き入れた。
「ぎえええーっ!」
 飛び出るほどに目を見開き、押さえつけられた太腿以外の全身を激しくのたうち回らせた。流れる鮮血がおびただしかった。
 ヒギンズは嬉々としてナイフをこじった。
 次には突いたり抜いたりのピストン運動を繰り返して出血をさらに際だたせた。
「ほんとは立たせてやるのだがな。血を流しながら痛がって飛び跳ねる様がコザックダンスのようで、その名が付いているのさ」
 手に降りかかる血をも気にせず、容赦もなく突いて抜いて、また突いては回転させてえぐり、膣の中をめちゃめちゃにするのだった。
「おい、いいかげんにしろ」と、リッチがそれ以上見ていられず立ち上がった。

「そうよ、いいかげんにして!」とマリアの激しい非難。
「ねえジェームス。なぜ、こんな話をするの?」
 ジュンコの拷問をその目で見ているパオラはよけい深刻だった。
「すまん。だが、もう少し我慢して聞いてくれ」
 2人の女が無理に納得して居ずまいを正した。
「その時、俺たちに出動命令が出たんだ。中隊本部がふたたび解放戦線に襲われたと。それでナムを助けてやれなくなった………」
 悲痛な面持ちで回顧談の続きを話した。

「よし、行こう」と自動小銃を取って立ち上がるリッチに、
「勝手に行けよ。今度はおまえらが張り切れ。こっちはこれ以上部下を失いたくないからな」
 ヒギンズはテコでも動こうとしなかった。
 無視して小屋を出たところに、姉を気づかい哀れなほど取り乱したディンがいた。
「僕が、僕があいつらを案内したばかりに……」
「なんのことだ?」とジミーが訊いた。
「あいつらは村に着くと、おまえには兄弟がいるかと訊ねた。姉さんは僕の自慢でもあったから、なにげなく姉を紹介した。米軍は解放軍だと言ってたし。それがこんなことに……。
 僕は、僕は疫病神なんだ!」
「そんなことないよ。戦争が悪いんだ、決して君のせいなんかじゃない」
「でも、父さんや母さん、妹たちが爆撃で死んだのもみんな僕のせいで……」
 リッチは2人の会話が理解できぬまま部下をうながしてその場を離れるしかなかった。とにかくその時は、中隊本部に駆けつけるのが至上命題だったからしかたなかった。
 1キロを急いで中隊と合流した。
 ところがせっかく駆けつけたものの戦闘は散発的なもので、15分も撃ち合っただけで敵勢力は潮が引くみたいに引き上げた。
「あっ!」と思った。リッチの頭のなかを電光が駆け抜けた。
「罠だ。罠ですよ」と中隊長に進言した。
 オン・ホア村の危難をどこからか察知した解放戦線が、ヒギンズ小隊の手薄を知ってリッチの隊を囮攻撃で引き離す戦法に出た、そう解釈したのだった。
「よし、すぐに戻れ。必要なら別の小隊も連れて行っていいぞ」
 中隊長はそう言ったが、その必要はないとリッチは考えた。ヒギンズ小隊の全滅はリッチも望むところだ。敵にしても残虐非道なヒギンズさえ倒せばいったんは退くだろうと考えた。
「当てがはずれたらとことん戦うまでだ」
 そう思ってオン・ホア村へ取って返す1キロは不思議なほど陽気な気分で、その途中でジミーからディンの話の中身を聞いたのだった。
 彼方の空に立ち上る黒煙はかなり遠くから見え、別の予感が戦慄めいて背中を貫いた。
 村に通ずる農道で、ホーチミンサンダルをつっかけた解放戦線兵士の死体が2体、3体と横たわり、離れたところにも散乱していた。
 突然の誰何。稲穂の海から現われたのはヒギンズ小隊の見覚えの顔だった。
「やっと死んだか」と、路上に横たわる敵兵に銃を向け、油断なく絶命を確認した。
「あの小人数で攻撃を交わせたのか?」
「こいつら、痛いだの痒いだのいう神経がないんだぜ。手足を吹き飛ばされて呻き声一つあげないのだからな。やはり下等動物なんだぜ」
 人の質問には無視しての外道な言いぐさ、リッチは反吐が出る思いで村への道を急いだ。
 虐殺はまだ終わってなかった。
 ほんの1時間か2時間前、公開拷問していた広場は家々を焼く炎と煙が逆巻き紅蓮地獄の様相だった。燃えさかる家から逃げて出た人々を兵士が射的のように撃ちまくった。
「いいぞ、投げろー」
 声に答えて黒い物が宙高く放られ、こんな場面でクレー射撃も妙だと訝った。が、弾が当たった瞬間、赤い物が飛び散って分かった。
 ジミーが血のしぶきをかぶった。その後、下に目を向けて「げっ」と呻いた。
 見れば2、3メートル先に身体が半分に千切れた赤ん坊が転がっていた。銃撃はそのあとも続き、すでに人間の形を失っていた幼子の死体は血しぶく肉片と化して飛び散った。
 ヒギンズが狂ったようにピストルを空に向けて撃ち、動くものを見ればその方を撃った。
「ベトコンめが思い知ったか、ザマを見ろ、騙し討ちは貴様らの専売特許ではないぞ」
「酔ってるのか! 狂ったか!?」
 火の粉を浴びた赤鬼の形相にリッチが慄然とした。
「ヒヒヒヒ」と気狂いのような笑い声――。
「やりましたねー、隊長。無傷のわが小隊が虎視眈々隠れて待っているとも知らず……」
「俺はな、こうしてベトコン野郎の手や脚が吹き飛ばされるのを見たかったんだよ!」
 得意の絶頂でまた高笑いを響かせた。
「キャーッ」という悲鳴。
「美人だぞーっ」と、野獣の一匹は一人目の女に襲いかかった。羽交い締めにして着ている物を剥ぎ取り、猛然とレイプに及んだ。
 別のもう一匹は果敢に抵抗され、狂ったような反撃に遭って逆ギレした。振り上げた銃床で一撃し、ぐったりした女に乗りかかると衣服を引きちぎって乳房を掴み出した。
「ギャアアーッ!!」と物凄い絶叫のあと、血が飛び散った。遠目で見るリッチでさえ目をそむけた。泣き叫ぶ女の乳房が兵士の短剣によってえぐり取られるところだったからだ。
「あの野郎、叩き殺してやる!」
 リッチの憎悪の矛先はむろん小隊長であるヒギンズだが、それをジミーが押しとどめた。
「なぜだ、なぜ止める!」
「ダメです。あのマイケル・ヒギンズという男の後ろ盾は、このクァンガイ省を根拠地とする第11機甲騎兵連隊司令官、ジョージ・パットン大佐なんです。相手が悪すぎます」
「それがどうした!」
 大物であれ誰であれ理不尽なことには黙ってられない。そうこうするうち、乳房をえぐられた女は次に胸を裂かれ、腹を裂かれて悲鳴も上げられないほどの虫の息だった。
「あ、あの女も……!」
 矢も盾もたまらず駆け寄ろうとするのをジミーはなお必死に抱き留め、必死に引き留めた。
「後ろから弾が飛んできますよ! 死んだら元も子もない。生きて還ってこの戦争の愚劣さを証言しましょう。わたしもご一緒します!」
 涙を浮かべて懸命に説得する部下をそれ以上無碍にはできず目をつぶったのだった。


 ジェームス・リッチの長い回顧談が終わった。
 向かいのホテルの盗聴、監視は続いていた。
「そんなことがあったんですか」とパオラが嘆息して虚脱した。
「で、あの子も、当然その姉さんも……?」
「家は全部焼かれたからね、その火のなかでナムはとても。また、虐殺を生き残った者も数人いたが、そのなかにディンはいなかった……」
 数えられる死体なら判別もできようが、焼かれたり銃撃や手榴弾で粉々にされた村民も多くいたのである。
「でも、問題にならなかったの?」
 その質問にはリッチが脱力した。
「翌る年におなじクァンガイ省で起こったソンミ事件の方が有名になりすぎてね」
 女2人が顔を見合わせた。
「あのソンミですら発覚まで18ヶ月かかったんだ。しかも、事件首謀者がうやむやになるなかでは、とても告発までには至らなかった」
「うやむやって?」
「皮肉にもナムは解放戦線のメンバーだったんだ。それでオン・ホア虐殺への報復作戦として米兵のホテルが自爆攻撃される事件が起きた。解放戦線が声明を出したんだから間違いない」
 固唾を呑んで聞き入る姉妹――。
「この時には特攻隊の狙撃兵が外から乱射して米兵をホテル内に閉じこめ、そこへ40ポンド爆薬2つを積んだトラックが突っ込み、26人の米兵が即死。なんと、その中にヒギンズと、彼の隊の部下もいたんだ。不思議なことに……」
 そう言いかけた時、異変が生じた。感極まった呻き声にリッチもマリアも耳をそばだてた。幸い工事音は中断して盗聴音声は明瞭だった。
 ――“ライアン”、押さえてくれ
 ――よし、縫いつけるのだな、待ってろ……
 リッチが双眼鏡を使って2階を見上げる間、パオラはぶつぶつつぶやいた。「ライアンと言ったわよね、確かにライアンと」と。
 ライアンを知らぬリッチに、悲鳴から情況が切迫したことを察知したこの情況下、パオラの独白は耳障りな雑音でしかなかった。
 窓際の影が2つになって、「今だ」と気が急いたが、あいにく工事は中断したままである。
「パオラ、少しうるさいぞ」
「いえね、あの男……」
「俺もあのライアンという男が気になるんだ」
 2人が互いにおなじ男に疑問を抱いていると知った時、ドリルの音が再開された。
「よし、行くぞ!」
 パオラに監視を引き継ぎ、リッチが拳銃の安全装置を外してマリアと飛び出した。





宿 怨


 ――ひええーっ!
 というイヤホーンから聞こえる悲鳴が際だった。
 ――念の入った細工だろう
 ――俺も相当のワルだが、あんたの鬼畜ぶりも筋金が入っていると見える
 その間にも女の呻き声と悲鳴が交互に響きわたった。
 ――静かにしろと言ってるだろう。野中の一軒家じゃないんだぞ。猿ぐつわを噛まして100ボルト電流をお見舞いされたいか……
 今の声を聞いてパオラが確信した。
「あのライアンだわ。間違いない!」
 窓際の人影は2つとも動かず、何かおぞましい行為の共同正犯にいそしんでいた。後ろを振り返りながらホテルに駆けていくリッチに×を描いて中止を指示する必要はなさそうだ。
 リッチとマリアが非常階段を上がり始めた。
 2階まで駆け上がって、踊り場から非常口を開けて建物の中に消えた。
 2分……3分……
 非常口横の部屋――つまり厨房の窓が開いて、ホテルの制服を着て従業員になりすましたリッチと妹マリアの顔が覗いた。
 おぞましい会話は続き、窓際の影もそのままだ。パオラが両手で○を作って大きくうなずいた時、窓が閉まって妹とリッチの顔も消えた。

 その2階の厨房ではリッチが仲間に指示した。
「あとは俺たちでやる。気を付けて帰れ」
 引き込み役の男に退散をうながした。
 足下に猿ぐつわを噛まされた本物のホテル従業員の男女が仲良く転がされていた。
 配膳車を押してまずマリアが、遅れてリッチが廊下に出た。問題の部屋は2部屋先だった。
 ドアがノックされた。少し開いて用心棒が顔を覗かせた。
「食事は頼んでない」
 背広の内ポケットに手を入れかけて殺気だった。それへマリアはにこやかな笑顔を返した。
「ホテルオーナーから特別なメニューです」
 リッチは壁に張り付き、息を殺して相手の油断を見すました。
〈今だ!〉
 飛び込んだリッチの当て身が瞬時に勝負を決した。
 ボディーガードは床に転がり、リッチのサイレンサー付コルトは奥の2人に向けられた。
 茫然たる面持ちでホールドアップするガウン姿の男2人。マリアはベッドに血を流して縛り付けられている女の戒めを解きにかかった。
「やはりおまえか、生きていたとはな」
 さすがに驚きを隠しきれないリッチが積年の恨みを込めて嘲った。
「ごたいそうにライアンだと? それで名字はなんというんだ、え? 無抵抗な農民や、女・子どもしか相手にできぬ腰抜けヒギンズが!」
 マリアが茫然として目を見開いた。それへ向けて続けた。
「こいつのお陰で俺は汚名を着せられたんだ。米兵ホテルへの解放戦線の自爆攻撃でオン・ホア事件の首謀者が死んだとなるや、生き残ったこいつの部下が俺に濡れ衣を着せやがった」
「そんな、ひどい! で、抗議したんでしょ!?」
「そうだ、シラを切ればすむことだろう」
 ヒギンズがぬけぬけとうそぶいた。
「米軍は翌年のソンミ事件によりオン・ホアの調査は打ち切った。シラを切れば済むと言ってオン・ホアの人々の犠牲を闇に葬れるか。こうなったら自らの不名誉をテコに、いつか事件を蒸し返すべく敢えて一時の沈黙を守ったのだ」
「バカめが」とヒギンズは嘲笑った。
「おまえ、いつまでそんな青臭いことを……」
「貴様には死んでも分かるまい。さあ行くぞ」
 ヒギンズの嘲りなどは無視してマリアをうながした。
 すでに女は配膳車に乗せてきたコートを羽織って裸からは介抱されていた。ただ、拷問で憔悴しきっており、マリアが肩を貸してやらねば歩けないほどだった。
「待て、その女は……」
と手を延べる鬼畜男をリッチが殴り倒した。サイレンサー付コルトが2発無造作にぶっ放され、声をあげる前に銃で気絶させた。倒れた男のガウンの両膝からゆっくりと血が流れた。
「ソンミ事件は氷山の一角で、ベトナムのあちこちで2、300のソンミがあるといわれてきた。俺はそれを信じなかった。だが、おまえを知って考えが変わった。俺の身近ですらあんなことがあったのだからな。許さん!」
 そう言ってまなじりを結したら、ヒギンズの顔に初めて戦慄が走った。
「こ、殺すのか?」
「俺は鬼畜をひと思いに殺すほど優しくはないんだ。ただ、よーく憶えておけ。貴様をとことん追いつめて、あの村での極悪非道の洗いざらいを白日のもとに吐き出させてやる。闇に潜もうが地に隠れようが必ずこの手で捕まえてな」
 そう言うやいなや、これも拳銃で殴り倒した。
 非常階段でマリアらに追いつき、その後はリッチも手伝って下まで降りた。
 パオラが車のドアを開けて3人を招き入れた。
「驚いたわ」と、盗聴を通じて全てを知ったパオラが車を走らせてすぐ嘆息を洩らした。
 その時、「分かったぞ」と、リッチがもう一つ腑に落ちて膝を打った。
「なにが分かったの?」
「米兵のホテルが破壊された事件では、攻撃した側の文献でも不可解さが指摘されていた。外からの爆弾攻撃にしては効果が大きすぎると」
「それじゃまさか!?」
「なにしろ鉄筋4階建てのホテルが根こそぎ崩壊されたのだが、80ポンドの爆薬では“中に仕掛けない限り”上手くは破壊できないそうだ」
 自分の悪行の隠蔽、あるいは別の目的による虐殺証言の口封じに解放戦線の攻撃が利用されたのかも知れない。マイケル・ヒギンズはそんなことをやる才覚も力もある男のようだ。
 ベンジャミン・ライアンは女たちの頭の中でもマイケル・ヒギンズとしてそれまで以上の極悪イメージを強烈にした。そしてリッチは――
「あの野郎、絶対に許さない!」
 いつか来るヒギンズとの対決の日を確信して爛々たる闘志を掻き立てるのだった。

第8章「転 回」へ



以下『文献』「映像」[サイト]を参照とした

『戒厳令下チリ潜入記――ある映画監督の冒険』(G. ガルシア=マルケス著、後藤政子訳、岩波書店)
[「黒い九月」と「モサド」の報復合戦](ヘブライの館2)
『サンチャゴに降る雨』(大石直紀著、光文社文庫)
「失踪・チリ政治犯 20年目の追跡調査」(1993年イギリスBBC制作、NHK-BS「世界のドキュメンタリー」)
『戦場の村』(本多勝一著、朝日文庫)
[ソンミを振り返る]
[チリ軍事クーデター前後の旅日記](街角の旅日記)
[チリ年表 チリ軍事クーデター以降3カ月間の年表]
『長いナイフの夜』(ハンス・キルスト著、金森誠也訳)
『20世紀最後の真実』(落合信彦著、集英社)
[『パラダイス・ナウ』と『ミュンヘン』――映画に見るイスラエル−パレスチナ](ナブルス通信)
「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」(1999年スイス・ドイツ・イギリス作品、ケヴィン・マクドナルド監督、スカパー/シネフィル・イマジカ放映より)
『ベトナム戦記』(開高健著、朝日文庫)
『私は全裸にされ、体中に電気を通された!』(週刊女性自身1976年2月12日号、光文社)(以上50音順)

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