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作 マルガリテ/純子

第八章
転 回



椿 事


 雨に煙るナウエル・ウアピ湖畔――この湖を渡った向こうがアルゼンチンとの国境だった。
 標高770メートルは日本の軽井沢のようなものだった。晴れた日なら青々と澄んだ湖水も、今はあいにくの荒天で見る影もなかった。
 午後2時、小型船はペウラに向けて出発した。
 雨雲が心まで暗く覆いつくすようだった。
 首都サンチャゴを遠く離れ、チリ軍大尉マヌエル・グスマンと別れる小一時間くらい前から生じていた胸のしくしく感、棘のような小さな痛みがだんだん強く感じだした。
〈わたしだけチリを離れるなんて……〉
 沸々と込み上げる思いのなかにさまざまな人々の顔が、姿が胸をよぎった。とりわけ肌を合わせた愛しの彼女――。
 マリアやジャンヌ、その他の心ある人々にとって今のチリは生きにくいどころか命を脅かされる国だというのに、自分だけこうして逃れる後ろめたさに胸が痛むのである。
 だが、まずはここから出るしかない。
 チリを出てゼーラの実態、この国の政変後の弾圧がどんなに過酷だったかを世界に訴えることこそ、今の純子がマリアたちのためにできることではないのか、そう思いなおしもした。
〈カルロス夫妻と約束したマリアの日本留学のことだってある〉
 それを思い出したとたん、純子の心はたちどころに晴れ渡った。
〈それこそがマリアと再会する近道だ〉
 ビニール傘を広げてデッキに立った。
 彼方の山並みは雨に靄って一幅の水墨画を思わせ、近くに見えて四方八方連なる樹林も幽玄として、晴れた時とはまた違った趣と見ることもできた。
「あーっ」
 旅行者の声に釣られて、純子の目も暗い湖面に吸い寄せられた。
 魔か錯覚か、そこに見える黒い影に空想の羽は広がった。
 指差す主は「ナウエリトだ!」と叫んだ。
 それにつづけて「何だ?」という疑問の声。声に釣られてあちこちから人が寄ってきた。純子も聞き耳を立てたが、説明役の言葉が早口すぎて意味が呑み込めなかった。
 そうこうするうち、黒い影も見えなくなって人々の関心も消え失せた。
「セニョリータ……」
 と船員からいきなりパスポートの提示を求められ、ぎょっとなった。しかし、すぐにマヌエルに言われたことを思い出した。
 ――スタジアムでのこともゼーラのことも政変とは無関係、いわば伏魔殿の出来事。ジュンコはいまでも日本からの旅行者なんだよ、と。
 ただ、悪逆非道なキンバリーやゼーラの面々とツーカーの政権内部の有力者による緩衝、殺戮を含む積極的妨害にそなえてこんな密航者のような国境越えをせざるを得なかったのだ。
 おどおどとしてたらかえって不利だが、「でも、なぜ?」という疑問も禁じ得ない。
 パスポートは命の次に大事なもの。税関員でもない彼に取り上げられる不可解、ただ、周囲では他の乗客の誰もが素直に応じている。
「月曜日にはお返しします」
 しかたなく言われるままに渡した。
 その代わりといわんばかりに教えてくれた。
「さっきの話に出てきたナウエリトですがね、細長い蛇のような頸に小さな頭が付いている、ネス湖の恐竜並みの巨大生物です」
「実際見た人はいるんですか?」
「19世紀に目撃例がありまして、1920年に写真まで撮られて大々的に報じられてます」
 それだけ伝えて去る船員を、純子は呆っ気に取られた顔で見送った。
 それにしてもと思う。
〈今日は土曜。月曜と言ったらあと2日……〉
 釈然としないまま心細さだけが込み上げた。
 午後6時、ようやくペウラに着いた。30キロほど川を上るだけの航程に4時間もかかったことになる。
 船着き場からはバスでわずか5分。村に1軒しかないという宿泊施設は、ホテル・ペウラという2階建ての建物だった。
 玄関を入るとすぐ税関所があることにもびっくりした。マヌエルから元気づけられてはいたものの、厳しいチェックを恐れて内心ドキドキした。
 税関員にうながされ、着替えを詰めたリュックと小物類を入れたショルダーを開けたが、係員は一瞥しただけでオーケーを出した。
 食事して風呂に浸かり、ベッドに入るとすぐ爆睡してしまった。
 そうして目覚めたら午前10時。
 自然の営みに包まれ、森閑と音のない世界がこれほど眠りに最適なことと再確認したのも何年ぶりか。チリに来ていちばん熟睡したのではないかとさえ思える至福の朝でもあった。
 洗面を済ませて1階に降り、ホテルの大食堂で食事を摂った。
 食事の間中、昨日、船員にパスポートを取られたことに、また引っかかりだした。何か罠にかけられたようで、さりとてあれなしでは一歩も動くことができないのも事実だった。
 食事の後、“大”をもよおした。
〈なんだか行儀が悪いなあー〉
 と人知れず自嘲したものの、まともに排泄することなどもずいぶん久しかった。これも自由の恵みと感謝してトイレに走った。
 用を済ませ、部屋にもどるべく階段まで来てハッとなった。
 ゆうべ税関所が出された1階フロアに宿泊者全員が集合させられ、チリ兵2人から聴取されているのだった。
 よく見ると兵隊2人の相手は女性2人で、他はそれを遠巻きにして見物している格好だった。
 と、その顔に〈あっ〉と思い当たった。
 よくよく不幸は同じ身に降りかかるのか、どこから見てもアジアンな2人連れは、グスマンとペトロウエをめざす途中で見かけた、兵隊に袖の下をたかられていた中国人女性だった。
 今度はグスマンもいない。純子もここでは決して目立ってはいけない存在だった。
「これはおまえではないのか」
「あ、あの、わ、わたしたちは……」
 よほど正気を失くしているらしく、自分たちが中国人であることも告げられず、マリアの写真の付いた“WONTED”(手配書)を突きつけられ、若い方は怯えに怯えきった。
 もう一人の純子と同年代の連れにも同様の手配書が示されたが、こっちは雨で半分以上千切れて細かい文字部分しか残されていなかった。
 返答を待つ間、ぼそぼそと相談する兵士2人の会話が間近で聞く純子の耳にだけは届いた。
「……久しぶりに酒代が稼げるな」
「引き渡す前に少し可愛いがってやるか。年増は肉付きが今ひとつだが、若い方は俺好みだ」
「ならそっちは俺に回せ」
 下卑た謀議はさらにエスカレートして、
「このあたりなら人目を忍ぶ場所にも恵まれてるよな。どうだ、少し拷問にかけるか。うまく情報を引き出せば余計高く“売れる”ぜ」
 純子は激怒した。
 脳裡をクーデター後のチリ・スタジアムでの惨劇がめまぐるしく駆けめぐった。
〈あの子たち、言葉が通じないのよ。それをいいことにこの鬼畜共は!〉
 どうするべきか迷った。
 この子たちはマリアの身代わりで人違いにされているのだ。また、あの千切れた方が自分だとしたらもう一人は自分の身代わりということだ。証言すべきか黙っているべきか。
 良心の呵責に煩悶した。
「さあ、黙っていても分からないぞ」
「連れて行くか。別の場所でなら言う気になるかも知れない」
 哀れな生け贄たちは進退きわまった。
 遠巻きに見ている人々からは仲裁に入る者も、かばい立てする者もいない。薄情というより誰もが堂々と出国できる身ではなく、一歩踏み出すことが破滅を意味するのかも知れないのだろう。
 純子の防御本能もそこに落ち着いていた。
 が、その逡巡を自信がねじ伏せた。髪の色や形を変えて姿を違えているからには分かるはずがない、その思いこみが純子を動かした。
「あの……」
 一歩踏み出した時、それまでそこに人がいるなど思いもしなかった兵士が驚いて振り返った。
「な、なんだ、おまえは……!」
「その方たちは中国人の旅行者です。きちんと言葉を話せば分かります。アジア人でチリ人ではありません。だって、その手配書のマリアという人はチリ人なんでしょ?」
 おどおどしてたらかえって怪しまれると思い、流暢なスペイン語で一気にまくしたてたら、呆っ気にとられて聞いていたチリ兵が向き直った。
「マリアだと?」
 そう言ってギロリとにらまれた時、純子の背中を戦慄が貫いた。
「貴様は誰だ。手配書に書いてある名前はブランカだぞ。するとマリアがこいつの本名か」
 目ざとい相棒は赤髪を指でひとすくいした。
「こいつ、髪を染めているぜ」
 そう言ってニヤニヤと口元をゆがめた。
 兵士2人の標的がこの瞬間から純子一人に定まった。舌なめずりするように見つめられ、服の上からじろじろと舐め回され、純子の中で何かがガラガラと大きな音をたてて崩れた。




崩壊の始まり


 レコードが奏でるピアノ曲ポロネーズの旋律に、廊下を歩いてくるマブの足音が重なった。
 待ち遠しい。思うが早いか、ドアが開いて来るより先に愛しい男の逞しい肩に抱きついた。筋肉男は熱い抱擁に濃厚なキスで答えた。
「まだ来ない。チリ当局との手続きに手間どってるらしい」
 甘える眼差しのデリアに報告した。
「ちょうど良かったじゃない。よぼよぼの老いぼれが今さら花町詣ででもあるまいが鬼の居ぬ間のなんとやらよ。もう少し愉しもう」
 ふだんなら間違っても口にできぬ軽口を堂々と吐いた。もちろん、離れたところにいる哀れな囚われ人には聞こえぬ声でだが。
 ピアノのゆったりした調子が激しく転調した時、脚を広げさせられたベッドの少女が、うつろな目を開けて意識をもどしたようだ。
 デリアも嗜虐心に返ると、性器からはみ出させている棒状の責め具を持って突き動かした。
 全裸の大の字姿勢が「ひゃっ」と悲鳴をあげて身をよじった。ひとしきり引いたり押したりを繰り返し、苦悶が延長された。
 電気棒がゆっくりと性器から抜かれた。
「湯気でも出ているようだわ。どう、臭う?」
 差し出す性具にマブは下卑た視線を投げた。
 ぬらぬらと濡れ光る肉唇から陰毛にかけて、ヨーグルト状の白濁淫液でべっとりだった。
 生唾を呑む音にデリアが肘鉄をくれた。
「うっ」と呻いたリヒターが目を剥いた。
「痛いじゃないか!」
 彼が痛がるのは肘鉄だけではなく、電気棒を離れたデリアの手は血脈のたぎりを熱くする別の棒を握っていた。
「ふん、いつから宗旨替えしたのよ」
 妬っかみ半分でにらんだところに綺麗な盛り上がりを見せるビーナスの乳房と、栗色の髪もきれいなカーメラ。だがシルバーブロンドの見事さではデリアに分がある。
「教祖様の寝所に招かれたのだって?」
「あ……は、はい」
 のぼせたような顔でうなずいた。
 ここは丘をくり抜いた秘密要塞の奥深く。リヒターと“娘狩り”後の少女調教を任される身には、多少の乱暴も許されるのだ。
 デリアの狼藉心は、こいつの口から教祖の秘戯を訊きだしてやろうと考えた。
「おまえ、教祖様の奉仕はさせられなかった?」
 ドライバーに電極クリップを繋ぎながら、鉄棒で浮かされ、性器も肛門もさらしている少女の陰部を見つめながら尋問した。
 少女は一瞬の逡巡のあと弱々しく返事した。
 別のコードの先を割れ目の下に覗く菊門にねじ込んだ時、少女の口から小さな呻きが発せられた。
「奉仕の他には何をされたの?」
 逆さ吊りにしたり、うつぶせで倒れ込ませたり教祖が強要するフェラチオは、教祖の介助を任されているエルンスト、ゲットナー以外でも遠目ながら見物させられ知っている。
 それ以外の秘事が今現在の最大関心事だった。
「子ども扱いはわたしの流儀じゃないのよ」
 澄ました顔をしてドライバーを押し当てた。
「ひええーっ!」
 と悲鳴を響かせ、栗色の髪をバサバサさせて首を振った。
 デリアは両手を使って巧みに責めた。陰唇をめくり、陰核部を露出して尿道孔を小さなドライバーの尖った十字の先で微細に突ついた。少女は悲鳴と共に陰部をひくつかせて苦悶した。
「ここはとりわけ辛い部分よね。抵抗戦士も泣き叫んで音を上げる性器以上の泣きどころ……」
 デリアは顔色一つ変えず冷徹に責め立てた。
「ああっ、ひえええーっ!」
 尖った電極が小孔に挿入されるたび、耐え難い悲鳴をあげてベッドをガタガタさせた。
「教祖はどんな痴態を演じるの?」
 少女はしかたなしにぽろぽろ吐き出した。
 ゲットナーやエルンストの口づてで強要されるセルフフィスト、異物挿入による自慰拡張など、乙女心ではとても恥ずかしくて言えない行為の数々を涙ながらに告白した。
 どうせ、そんなことだろうと想像の域を出ない中味にデリアもマブも落胆した。
 言ったものかどうか迷った末のカーメラが、自身の疑問をこれ以上抱えきれず口にした。
「教祖様って、どういう“おばあさん”なんですか? わたしてっきり、おじいさんとばかり思ってましたのに……」
 話の始めを聞いて呆れたデリアとリヒターが、残り半分で息を呑む顔になった。
「いま、なんて言ったっ!?」
 と、リヒターは相手の単純な勘違いと受け取ったが、利発なデリアは違った。
「教祖が女とな」オウム返しに言ったあと、デリアが高笑いした。笑って笑って笑い転げ、リヒターは気が狂ったかと思ったほどだ。
「そうか、ジジイは女だったか。こいつはいいや!」
「いったい何の話だ!?」
 リヒターが狐につままれた顔になった。
 その耳に早口で囁きかけた。
「リヒター・リーベ(愛しい人)。今度こそゼーラからトンズラする潮時だよ。小面憎いジャップ女の料理は行きがけの駄賃だ」
 そう示し合わせた時、廊下に慌ただしい人の気配――足音はまっすぐこの部屋に迫った。
「ほら、おいでなすった」
 マブを誘って出かけた足が止まった。
「いいかい、惨たらしく殺されたくなかったら今のことは絶対口にするんじゃないよ!」
 デリアのカーメラへの厳重な忠告は、それだけ伝えるのがやっとだった。




地獄の扉


 ジーク・ホイゼは星明かりの下にあって、バンガロー風の瀟洒な3階建ては、洒落た二層の三角屋根も定かでない夜の暗さに沈んでいた。
 入口に2台の車――。
 1台は車椅子用リフトの付いたワンボックスカーだが、2台ともそのままというのは、よほど仕置きを急いている証拠だ。
〈ジュンコめ、とうとう最期のようだな〉
 デリアはぞくぞくしながら数段の階段を上った。嗜虐の蟲がこんなに騒いだことはない。
 狭い玄関を抜けてすぐが殺風景な1階だった。
 右手奥が2階へ通ずる階段、だが明かりも人声も左手奥の吹き抜けホールから聞こえる。
 2人は先を争うようにそっちに向かった。
 すでに処刑の準備はととのっていた。
 見上げる3階の高さのホールの天井にクレーンが備わり、そこから垂れたチェーンに両手を高く伸ばして純子はつながれていた。
 ただ、まだ着衣のままだった。
 立ち会いは男がB地区リーダーのゲットナーとエルンスト、女はミランダに加えてキンバリーが4日ぶりに帰っていた。
 男の一人が音もなく近づいた。
「やっこさん、ルイスとかいうチリ軍少佐にしてやられ、ジャンヌを奪取されたそうだよ」
 エルンストに耳打ちされて、デリアは「ふん」と鼻を鳴らした。日頃の高慢顔が、今はバカ面にしか見えなかった。
「で、昨日からの出張目的は?」
「軍事評議会からの呼び出しだよ。あまり派手に立ち回るなと、娘たちのこれ以上の拉致やら拷問にクギを刺された形だ。教祖は『口の軽い奴らから洩れた』とエラクご立腹だが……」
 それでジュンコの処刑は身内だけで済ますことにしたのかと、この場の情況が腑に落ちた。ゼーラの戦士たち全員が見守る中、逐一記録すると宣言した鼻息はなんだったのか。
 また肚の中で吐き捨てた時――
「皆の者!」と、凛とした声がホール中に響きわたった。
「このうす汚いメスブタを見よ!
 この女は9・11のチリ政変に巻きこまれて死ぬところを、慈悲深き我らが情により助けられた。にもかかわらず、その恩義も敬意もドブに捨てて脱走するという大罪を犯しおった。
 その不忠、不遜、不届きにふさわしい罰を、我らの掟により呉れてやらねばならぬ!」
 チリにおける国家の中の国家、コロニアル・ゼーラの帝王バルツァー・ジークベルトの宣告を、デリアもいつもと違う印象で聞いた。
 見ればジュンコの全身が震えを帯びている。

 きこきこと車体をきしませ、白衣のミランダに押されて車椅子が近づいた。
〈始まるぞ!〉
 純子は覚悟を決めた。
 花柄の明るい感じのブラウスにベージュのスラックス――教祖は裸足の爪先まで見ていき、最後は赤く染めたショートヘアーに見入った。
「髪の色を変え、可愛いらしく着飾って……
 そんな子ども騙しでゼーラの追及をかわせると思ってか。誰だ? 誰が手を貸した」
「教祖様、吐かせましょう」
 悠然とした大股歩きで、大ぶりな鞭をだらんと下げて中央に出て来た女――
〈あっ〉と声に出すところだった。
 いつものデリアが今日に限っては別人と見違えた。ひっつめにしたシルバーブロンドを後ろで束ねた髪型が聡明さを際だたせた。
 突如として純子にとってはまだ名無しの筋肉男の隆とした腕が伸び、マヌエルに買ってもらったお気に入りのシャツもブラも無惨に引き裂かれ、ボロと化して手や肩から垂れ下がった。
「壊していいんですね」
 デリアが押し殺した声でそう言い、ぞっとするような笑いを浮かべた。
「壊す? そうではなく、殺してもいいのだ」
 教祖はあくまで冷淡に言い放った。
「ただし、できるだけ長く保たせ、できるだけ苦しませろ。最期はわしが引導を渡してやる」
 純子はがっくりと首を垂れて、それから唇を噛み締めた。
 かつてない地獄の責め苦が予想され、戦慄的な恐怖で胸が締めつけられた。
 第一撃はだしぬけにきた。
 びゅううっ、と風を起こす音――〈かまいたちに音があればこんなものだろうか〉と感じた刹那、耐えがたい痛撃を背中に受けた。
「ギャアアッ!」
 目を見開いてのけぞった。
 まるでザックリと削られたかのような激痛がまた一発――
 鞭が叩きつけられるたび、全身が電気仕掛けの人形のように跳ね上がり、伸びを打ったり背筋をくねらせたりした。
「ギャッ」
「ひいっ」
「ヒギャアアーッ!」
 爪先立ちが精一杯床を足掻き、その反応にデリアが狂喜した。
 どっと汗を吹き出させた背中がローションを塗ったようにぬらぬらと輝き、肌一面に無惨な鞭痕のミミズ腫れがびっしりと浮かび上がっていった。
 ほほほほ……と老婆のような笑い声。
「なんだ、もう音を上げるか。15歳の娘でも歯を食いしばって声を殺したのに」
 教祖はモニカを思い出して言っている。ちょこざいなこのジャップ女が、その時マジックミラーの向こうで挑発の自慰行為をしたのだった。
 それを純子は勘違いした。
「ジ、ジャンヌが!?」
 一声発して小さな友の面影を励みとしたのか、表情を凛々しくさせて口元を引き締めた。
 またデリアが不敵に笑った。
 鞭打ちが激しさを増して間断なくつづいた。
 狂ったように、憑かれたように鞭を振るった。
 ミミズ腫れにミミズ腫れが重なり、皮膚が破れて血が滲み出はじめた。そこをさらに叩かれていった。
 純子は激痛に身も心も裂かれた。
「無惨よのー」
 まるで他人事のような教祖の声を、純子はおぼろげな聴覚で聞いた。
 さらに一撃、間髪入れずなお一撃。
 今度は必死に耐えた。
〈ジャンヌが耐えたのならわたしだっても!〉
 必死に歯を食いしばった時、デリアがやや息をあげて叫んだ。
「思い知ったか、ゼーラ仕込みの電気鞭を」
 それを聞いた刹那、純子が〈ゲッ〉と唸った。
〈で、電撃鞭……!〉
 全身がバラバラに砕かれる光景を想像した。この異様な衝撃と熱をともなった痛苦は電撃だったのかと、やっと頭でも納得できた。
「背中一面ズタズタにしてやれ。顔も目も打ちすえて二目と見られない顔かたちにしろ」
 名無しの筋肉男が拳を振って煽り立てた。
「イヤアアーッ!」
 死にたくないという生存本能が込み上げた。
「さあ、何もかも言ってしまいなさい」
「助けなんかありませんっ、わたし一人で逃げたのです」
「よくよく痛いのが好きなのね」
 事務的に言った割にはキチガイのように鞭を振るい、それに当てられてキチガイのように泣き叫ぶ声を響かせて純子は激しく身をよじった。
「身体中ズタズタになってもいいの? 肉をこそげ飛ばし、骨まで砕くことになるわよ」
 眉を吊り上げて脅した顔が鬼女だった。その鬼女(おにおんな)が、またキチガイのような鞭打ち連打を浴びせまくった。
 ビシッ、バシッ、ガッ……
「ぐえっ!」「ぎひっ!」「げへえーっ!」
 デリアの脅し文句が現実のものになるのも、もう時間の問題という恐怖が純子を戦慄させた。
 背中が引き千切れて、焼け火箸でえぐられるような感じと同時に、そのえぐられた肉をそのまま弾き飛ばされているかとも思える衝撃痛。
〈マ、マリア……〉
 すがるように、祈るように愛しい面影をよみがえらせるべく努めた。
 さすがに息を上げたデリアが、身の丈に余る鞭を両手に持ち直して天井まで届けとばかり大きく振りかぶった時――
「鞭打ちはその辺でいいだろう」
 教祖が片手を挙げて中止を命じた。
 デリアの不満顔を横目に見ながら、純子はほっ、と溜め息をついた。
 ただ、それも一瞬だった。
 荒ぶる女豹をいなした教祖の「次」の指令。
 男たちが動いた。




兇 姦


 チェーンが外され、支えを失ってだらりとした身をエルンストが抱きとめた。血を滲ませてボロと化したブラウスが剥ぎ取られ、腰の物も下着ごと一気にずり下ろされた。
 全裸にされた純子の前に小卓が、その上に四つんばいの格好で抱きつかせられた。
 ガイコツの手が医療用手袋を装着している。
 車椅子の軋み音が真後ろに迫り、肩と太腿に男たちの力が加わって純子は目を閉じた。
 ずぶっと挿入した指で割れ目をえぐり込まれ、「あはぁっ」と低く呻いてしまった。
 陰唇をめくられ、陰核をこすらされ、恥ずかしい部分を徹底的にほじくられる恥辱に耐えた。
「このイヤらしいヴァギを食わせ、それと引き替えの手引きか? 女というのは重宝なものよのー。おまえほどの者なら、少し歳は食っても男は尻っ尾を振っていななくのじゃからの」
 言葉嬲りにかけ、指嬲りにかけ、見ている男からも女からも嘲り笑いを起こさせた。
「チリ軍兵士に捕らえられたんだと? そいつのルーデン(ペニス)はどんなものだった? 機関銃並か、大砲ほども大きかったか」
 下卑た詰問を繰り返しながら、膣を嬲る指がひときわ乱暴に掻き回された。
「ううっ、うーう……ハァッ、ハァッ、はぅぅぅー……」
 恥辱に暴れようと藻掻くが、尻を突き出した腰はびくとも動かせるものではなかった。
「もしやブランカとかいう女とも寝たのか。ここは欲深な口じゃの。なんでも食いおる」
 教祖のその言い草がよほど可笑しく聞こえ、周囲の嘲けり笑いが嵐となって湧いた。
「今度は別の孔だぞ。さあ、警棒をよこせ」
 秘所改めの矛先が菊門に向けられ、
〈ああっ、また始まるっ〉
 と、純子は観念するしかなかった。
 アヌスを固いものがこじ開け、ぐいぐいと強引に押し入る痛さに呻いた。
「ううっ、うひいぃぃーううっ! ああっ!  痛いッ、いたいです……」
 直腸を破られる痛み。S字とかいう難所も一気に突き抜けたようで、異物が腸の中を通過していく気持ち悪さがハラワタを破壊される恐怖をともなって正常な神経を脅かした。
 奥まで入れて、またゆっくりと抜いた。
 全員が固唾を呑んで見守る中、菊皺をぱんぱんに伸ばしきって拡張された肛門が、棍棒のような警棒の出し入れを繰り返した。
 挿入しては抜かれる責め棒が、だんだんにぬめっているのが身内から感じられ、猛烈な排便の腹痛が間断なく襲う。
 抜かれる時はまるで大便を垂れ流しているような感覚が下腹部を襲い、思わず力を入れては、また突き入れられる拷問棒の痛みに苛まれる、そんなことが繰り返された。それを裏づけての嘲りが耳に反響した。
「ずぶずぶだぜ」
「後ろの穴からもヨダレ垂らしてやがる。 見ろよ! 糞がこびりついてきたぜ! やっぱり始める前に浣腸で洗わないと、こいつ、糞をタレやがるぜ」
「正真正銘の変態マゾね」
 それに教祖の独白じみたセリフが輪をかけた。
「ここは未開発のはずじゃのにのぉ…」
 やがてすうーっと異物が体内を通過しきった。
「臭いな。が、クソを付けて出てくるかと思いきや棒には付いとらん。意外やきれいなものだ」
 車椅子の動きが今度は前に。そしてガイコツの手が、年寄りとは思えぬ力で純子の後頭を鷲掴みした。
「おまえに逃げられ、このわしの癪がどんなに疼いたか。そのお陰をこうむり何人もの女が泣きを見たぞ。わしのこの胸の鬱憤の腹いせで、何人もの身代わりとなった娘が虫の息じゃ」
 勝手な理屈を並べ立てながらも癒せぬ憤懣で、なお目をギラギラとさせた。
「あれを……両脚を水平に、手袋を付けてな」
 意味不明の命令口調だが、それだけで男共は手術用手袋を付けた手になって、下半身を台外に浮かせ、真っ直ぐ開いた格好で保った。
 教祖の手に鋼鉄棒が、こんどのは長い。
 その凶器を、肛門に指で隙間を作っておいてねじ込んだ。
「うっ!」と呻いた痛みも通過してどんどん奥まで押し込み、入りきった。
「リヒター、舌を噛まないように!」
 見上げるそばの筋肉男が、純子の頭の中で初めて名前を持った。そのリヒターから元は着衣だったボロを丸めて口に詰め込まれた。
「な、何を!?」という悲鳴じみた疑問は言葉にならず、ふがふがと間抜けな音をさせるだけみじめさが倍加された。
 言葉は必要なかった。異物が凶器である所以、カチッという音と同時に全身が回路となって発狂した。
 その瞬間にも、その後にもデリアは恍惚とした笑みを浮かべて見入った。
「グモモモモーッ!!」
 腸の中に高圧電流を流し込まれ、台と台外に分かれて開かれたうつ伏せ大の字が耳をつんざく絶叫に合わせて凄まじい痙攣を生じさせているのだ。
 スイッチが切られ痙攣も止んで、ガックリと首を垂らした顔から「はあはあはあ」と激しい喘鳴音(ぜいめいおん)をさせた。
 それが次のスイッチ操作で卒倒、痙攣、絶叫をけたたましく盛り返すのだった。
「グエッ、ギャアオオオーッ!!」
「まったくしぶといのー」
 教祖は面白がってスイッチ操作を続けた。
 全身痙攣の凄さは相変わらずだが、泣き叫ぶ声の凄まじさに変化が見られた。そろそろ限界だなと感じてか、通電を止めて悲鳴も止んだ。
「どうだ、直腸奥への通電は即全身反応をきたすことがこれで良く分かったろう」
 その言葉にデリアがニヤリとした。
「それを応用していい手を考えつきましょうか」
 と進言した。考えつきましょうかどころか、すでにその方策はできていた。
 それを教祖は一蹴した。
「まだだよ、デリア。まだその時ではない」
 と、これもニヤリとした。
 阿吽の視線の交錯から、周囲は教祖とデリアが何事か示し合わせていると錯覚したが、前回カーメラのフィスト拷問でインスパイアされた双方の共通のひらめきは偶然に過ぎなかった。
 そして、その趣向は次の機会にゆずられた。
「男の名を言え。協力者の素性を吐け」
 当てずっぽうで決めつけた後、急に気色の悪い猫なで声になって、
「そうじゃ! オホホホ。忘れたんじゃのォ! ジュンコ。思い出すのを手伝ってやらないとのォ」
 女みたいな声でうながし、筋肉男2人がベルトをガチャガチャいわせて挑みかかった。
 これまでとは異質の戦慄にハッとなった。
「や、やめて……」
 キンバリー要塞でも経験しなかった予感――「あっ」と思った瞬間には抱き上げられ、うつ伏せから仰向けに反転させられ、さっき秘所改めに使われた小卓の上に寝かされた。
「リヒター!」
 デリアの嫉妬心が素っ頓狂な声を叫ばせたが、マブは耳を貸さずジュンコ拘束に専念した。
 ゲットナー、リヒターに手足を押さえさせるかたわら、エルンストはスポーツシャツの下から隆とした鋼(はがね)の胸板を誇らしげにさらした。
「どちらかと言うと若い娘の方が、より興奮も増すんですがね……」
 そううそぶくと、ベルトをがちゃがちゃいわせてたちまち全裸となった。
「ひいーっ!」
 股間を貫いて屹立する猛根の逞しさに一瞬目を奪われ、次の瞬間畏怖の悲鳴が漏れた。恐怖と憧憬がない交ぜの倒錯的興奮で心臓は破裂しそうだった。
 脚が大きく開かれ、受け入れる格好を強要される姿勢にされた。
 嬉々としたデリアと生唾を飲んだようなミランダもふたたび押さえに加わりつつ、呆けたようにエルンストの一物に目が釘付けとなった。
 キンバリーだけは石のように突っ立っていた。
「早くして、って待ってるみたいよ」
 けしかけたのはデリアだった。
 ミランダの能面の顔がもう一度生唾を呑む大きな音をさせた。
 エルンストの逞しい腰が深く沈んだ時、局部を歪ませるようにして血脈の猛根が純子の中に侵入してきた。次の瞬間、猛烈な刺激とともに刺し貫かれた。
「うああーっ!」
 人目も憚らず、思わずのけぞった。
 純子には遙かに余る猛根が子宮を突き上げ、内臓を押し上げて衝撃と鈍痛を与えた。その悲痛にのけぞり、くぐもった呻きをあげた。
「ゼーラ一のルーデンの味はどうだ」
 と教祖が笑いかける。
「クソ女のヴァギナじゃ物足りないかもね」
 デリアは冷然とした笑いを絶やさなかった。
 周りの反応に煽られ、エルンストはますます腰の振りを激しくさせた。純子の華奢な腰はバラバラに砕けそうだった。
 膣と子宮が破壊される恐怖と、そして何より“犯されてる”という嫌悪感とが一気に襲ってきた。狂ったように首を振って暴れた。
「イヤッ、ヤメテーッ!」
「小汚いジャップ語など喋るんじゃない!」
 デリアが一喝した。傍らで純子の手を押さえるリヒターが目をぎらぎらさせていた。
〈こ、こいつも……!〉
 苦悶する純子の目が無意識にそこへ行った。
 リヒターの股間の一物は、今や純子の面前で爆発寸前だった。デリアに視線を送りながらズボンに手を出しかけた。その一瞬に両者の視線が火花を散らせたのを純子だけは認めた。
 指がファスナーを引いて、純子の目はまたびっくりさせられた。エルンストに勝るとも劣らない、びんびんに張り切った猛竜が行き場を求めてズボンの股間から飛び出した。
「うわあーっ!」
 純子は首を振って叫んだ。
 その口に猛竜の先があてがわれた。ずるっと入り込んだと思うや、間髪入れずそれまで男根を握っていたリヒターの手の指が純子の顎(おとがい)に食い込んだ。
「噛ませてなるか」
 そう言いながらグイッと腰を突き出した。巨大な亀頭が喉の奥、食道の入り口に達して、
「うげえッ! ゲロゲロロッ、ゴエエーッ……くくくっ……」
 猛根と手で猿ぐつわされた格好の純子の口から必死の呻吟。懸命に閉じようとする歯がペニスにこすれ、相手はますますいきみ立った。
「へっへへへ! たまらねえ刺激だぜ」
「………!」
 横で見ているデリアの目が爛々と異常な輝きを放ち始めた。
 それを誰もリヒターへの嫉妬心とは見抜けなかった。リヒターはリヒターでマブのデリアを純子が変則奉仕する図で挑発しているのだった。
「うぐうっ……ぐげええっ!」
 純子の苦悶がきわだった。
 エルンストの腰の動きがさらに速まった。激しいピストン連打は人間離れして相手の腰を軋ませ、局部を蹂躙し尽くした。
 テーブルが壊れるかとばかりに揺れた。
 そしてエルンストが爆射した。
 いったん圧迫が解けたが、すぐまた別の重圧を感じた。純子の歯で刺激され、これ以上ないほど張り切った凶器の猛根があてがわれた。
「うおっ」というリヒターの咆哮。
 ふたたび鋼(はがね)の一物が挿入された。
「う、ウアアアアーッ……!」
 膣襞を押し広げて突き入り、腰の動きに合わせて激しいピストン抽送が開始された。テーブルがまた激しく音たてた。
 めくるめく荒淫地獄――いつか純子はすっかり開き直って“マグロ”になった。
〈アアッ、もう! もう、好きなようにしてッ! あああ……嬉しいわ……〉
 純子は抵抗する力を抜いて受け入れた。もしかしたらこれが人生最後の「男」の経験になるかもしれないのだから……
 茫乎として天井を眺めていた。
 リヒターがふたたびエルンストに交代した。
 女2人は目を輝かせてスポーツ観戦を愉しむように見入っていた。
 そういえばキンバリーは……
 と、教祖もいない。さっきまで車椅子の上から悦に入って見物していた老人は離れたところで大柄な体躯の将校服相手に癇癪を飛ばした。
「バカ者、今がどんな時と思ってか。第二クーデターの噂しきりなのだぞ。ピノチェト対抗勢力の出方を見るためと謹慎を言いつかり、そのためこのジャップ女の処刑も大々的にできぬ有り様じゃというのに……」
 その教祖の逆鱗にもひるまず、純子の方を指差し指差し、なお果敢に詰め寄る相手はあの魔女のキンバリーだった。
「ゼーラの軍団をわたしに貸してください。必ず裏切り者共を討ち取り、ジャンヌとジュネを連れ帰りますから……」
 ジャンヌの名が出た時、デリアが反応した。純子も聞き耳を立てた。
 ふたたびエルンストが果てた時、ゲットナーに車椅子を押させた教祖がキンバリーと来て、リヒターの二度目はなかった。
「ジャ……ジャンヌは逃げおおせたのね?」
 ひさしぶりに顔を合わせての開口一番が、小さな友の無事の確認だった。キンバリーの憤懣顔を見れば返事を待つまでもない。
「良かった」
 と一言、純子がニッコリした。
 猛禽が歯ぎしりした。
「こいつですよ、逃走をそそのかしたのは」
 すでにゲットナーにでも聞いたのであろう、マリアと純子の手配書をしげしげと見つめた。
「これがブランカことマリア・ロハス……」とロハス名に直感した。
「パオラも名字はロハス。あいつら、よもや姉妹ではあるまいな!?」
 ぶつぶつと自問自答する魔女の疑問など、混血も黒人も一緒くたに“人間以下のクロ”と断ずる教祖にはまったくの関心外だった。
 それよりなにより、小生意気でしぶとい、このクソジャップ女をいかに残虐に責め、いかに長い時間をかけてなぶりごろすか、目下の教祖の最大関心事はそれ一点のみだった。
 キンバリーなど無視して、シルバーブロンドの麗々しき部下の面体をまじまじと見直した。
「しかし……」
「何か……?」
「いや、先の大戦の時代にな、わしのごく身近に“美しき野獣”“ブロンドの天使”“金髪の悪魔”と、3つまで異名を持つ女がいたが、このあいだまではその者を彷彿するおまえだったが……」
 そう言って、後の言葉を呑み込んだ。
「どうだ、またやってみるか? おまえなら未開発のジュンコの後ろだって貫通可能だろう」
「いえ」
 と、デリアが大胆にもそっけなく首を振った。今日は女共がやけに従順でないが、“ジュンコが我が手に墜ちた”という事実がよほどご満悦か、教祖はそれにも怒ることはなかった。
「ではなにが望みだ?」
「おまかせください」
 とそれだけ答え、自分の采配で3人の男共に目配せした。




(イクス)の磔台


 激しい責め苦の連続で憔悴しきって、やっと立っているような情況下。茫乎とした視線の先に開脚寝台があった。
 デリアの意を汲んでそこへ向かった男3人に、寝台を指差し解説をほどこすキンバリーがいた。
 なぜ猛禽が――?
 開脚寝台といってもお馴染みの婦人科用寝台とは違う。その違いが足乗せ、手乗せ部分にあることに気づいた時、デリアの平手打ちをしこたま食らい、純子は「あっ」と悲鳴をあげた。
「男を手玉に取る変態売女(ばいた)めが!」
 今日、ここへ初めて姿を見せた時の冷静さはどこへやら、デリアの嗜虐心が沸点に達していることは、その口吻からも一目瞭然だった。
 その実態は〈レーベ(愛しい男)のルーデンを食わえさせて!〉という女の嫉妬心が招いた打擲。おなじ女の身である純子にも良く分かるが、言いがかりもいいとこだ。
「ふん」
 と、そっぽを向いたところに猛禽が――こんどはその声がこちらの耳にまで届いた。
「やっとここへの運搬に漕ぎつけて……」
 やれやれと、肩の荷を下ろした調子のキンバリーにゲットナーが訊ねた。
「あっちでは一度も?」
「上の部分をオプションとして使うのに天井の低いあそこでは無理。そのための増築工事がやっと終わるかという時に例の迫撃弾攻撃で……」
 説明を聞きながら純子は思い当たった。
 拷問される耳元でうるさく聞こえていたドリルやチェーンソーの騒音――それを脳裡によみがえらせた時、デリアから命令が下された。
「手脚を拡げて。X(イクス)の形に」
 言ってる意味が分からずポカンとした。
 それをエルンストとリヒターが手づから教えた。やがてゲットナーが磔柱を重そうに運んできて、背中面のXと柱のXを付け合わせた。
 手首、足首に拘束ベルトが巻きつけられた。乳房の下と臍のあたり、胸部、腹部にもしっかりと締め付けられて固定された。
 ウイーン……
 クレーンが音を立てて起動を始めた。天井から垂れ下がった何本もの鎖が降りてきて、磔台への縛り付け作業がてきぱきと進められた。
「良い良い。この環境でなら“イクス”も本領発揮というわけだな」
 教祖がさっきのキンバリーの説明に続けた。
 機械が音を響かせ、台の片側部分が持ち上がり、純子の全身が大きく傾いた。手首、足首、腰や腹部にベルトが食い込み、「うう」と激しい呻きを漏らした。
 下を向いた純子の眼に、床が、その周りの物から何からゆっくりと遠ざかって行った。
 デリアら女たちが、エルンストら男たちが、老人の車椅子も遠くなり、今は邪気のない子供のように輝く皺だらけの悪鬼の顔も小さくなっていった。
 ガチャン、カチカチ……
 リヒターのスイッチ操作で、いったん床を離れた磔柱が、また床に近づけられた。
 まるで遊んでいるようだった。
 初めてで試運転してるのかと思った。まさか柱ごと床に叩きつけられるのではと、まな板の鯉ならぬ磔柱の純子は気が気でなかった。
 手足の拘束だけなら胴体の重みでベルトが手首足首に酷く食い込み、とても耐えられなかったはず。しかし胸と腹のベルトのお陰で、吊られている苦しみはさほどでもなかった。
〈フン、やけに親切じゃない。でも、こんな格好で今日はいったい何されるのかしら?〉
 精一杯の気丈で自分を奮い立たせる一方、次には未知なる責めへの不安が頭をもたげた。
「さあ、始めるわよ」
 ちょうどいい高さに来て、デリアが近づいた。
 小振りなビーカーくらいの金属製カップが2つ、革ベルトで連結されて運ばれた。可愛いいブラジャーのようにも見えるし、カップの底の細いノズルが乳首のようにさえ映った。
 2つのカップを純子の乳房に宛がい、デリアは革ベルトを背中に回してフックで固定した。
〈本当にブラジャーだわ! 何これ? 何をされるの?〉
 純子が畏れた眼でデリアの顔色を伺う。
 そんなことにはお構いなく、デリアはそれぞれのカップがきちんと純子の乳首をすっぽり覆っているか、乳房を掴みながら位置調整した。
 すっかり確認をすませると、ワゴン上の装置から伸ばされた2本の細い金属編みのチューブを、カップ底のノズルに順番に繋いでいった。
〈まるで家庭のガスホースを繋ぐみたい〉
 そんな感想を抱きつつ準備作業を見つめるしかない純子だった。
 両乳房へのカップの装着が終わった。
 一仕事終わってやれやれ、という風情のデリアが嬉しそうに顔を輝かせた。
「あなた、乳汁、出ないでしょ?」
「え? 何のこと?」
「出産していないんだから、出るはずないわよね、普通は。でも、強制的に搾ったらどうなるか……」
 教祖が「ほほほ」と、また女みたく笑った。
「牛の乳搾りじゃないぞ」と茶々を入れた。
「ええ、分かってますって。でも真空で強制的に吸引したらもしかしたらと……ね、いいですよね教祖様」
 デリアが甘えかける眼でお伺いをたてた。
 良い良いと、皺だらけの顔が鷹揚に頷いた。
「なるほどのぉ。母乳の栄養成分とは理想的じゃあ。特に最初に分泌される乳汁には、さまざまな病気に対する免疫がタップリと含まれとるはずじゃからの。
 まさに神秘だ!
 かのヒトラー総統も母性の美徳を説いておられた。我々にとって母性の神秘を究めることも重要な研究テーマ――壊される前に、おまえは名誉ある実験台になれるというわけだ」
 したり顔でまくしたてた。
〈お乳を搾られるだなんて!? そんな!〉
 電気鞭の無惨な洗礼では飽きたらず、こんどは女性のシンボルをも壊そうというのか。
 私だって平凡な結婚をして子供を産みたいと思った時期があった。自分で編んだ毛糸のおくるみに抱いた赤ちゃんに乳房を含ませ、横では優しい夫が微笑んでいる……そんな暮らしを夢見た時があったのは事実。
 しかし婚期を逃がし、そんな夢を振り払ってシングルを選び、そうして冒険心に満ちてこの国にやってきた私。それがこんな事態に巻き込まれた挙げ句の果てに今から乳搾りをされるなんて、と。
 これまで受けてきたどんな屈辱的な拷問よりも、性器嬲りよりも、耐え難い屈辱だった。
 屈辱の乳搾りが始まった。
 デリアが装置のスイッチを入れ、ブウン、という唸りとともに真空ポンプが動き始めた。両乳房に装着されたカップの中で乳首が吸い上げられていく奇妙な圧迫感。
「ウギィ、ひっ、ひっ」
 次第に強くなる痛さに腰をくねらせる純子。
 ポンプの真空もさらに強められていく。
 機械の唸りが大きくなっていく。
〈ああ、乳首が膨らんできた……吸われて大きくなってる! やめて、やめて!〉
 何とかして搾乳カップを振り落とそうと必死に身体を揺すってみたが、かえってデリアたちを面白がらせるだけだった。
 デリアがもう一段階ダイヤルを回した。
〈内側から弾けてしまう!>
 そんな恐怖が純子の脳髄を、全身を貫いた。
「うひぃぃ。ああー、ち、乳首が、千切れる!」
 純子は半泣きで訴えた。
「ぎひぃぃー!」
 宙づりの肉体がブルブル痙攣し、赤く染めた髪の先々までが震えているようにさえ思えた。
「や、やめてー。乳首が! 私の……乳首がっ!」
 内出血が始まった。
 教祖が車椅子から身を乗り出すようにした。
「乳汁の分泌は始まったかの? 最初に採った乳はぜひ、わしがいただきたいのぉ」
「まだです。もっと時間をかけないと……」
 純子は未知なる責めとの遭遇に苦しみ、泣き叫んだ。
 まったくこれまでの拷問とは違う。電気を流されてもその時の痛ささえ我慢すれば済むことだったが、これだと乳房が壊されてしまう!
 両乳首を責め立てる痛みがひときわ閃くように強くなり、「あひっ」と精一杯のけぞった。
 乳首から点々と血が滲み出し、やがて皮膚が破れて肉が内側から弾け、そこに集まる乳腺が 吸引器の中にズルズルと引きずり出される……そんな光景が純子の脳裏に浮かんだ。
「さあ、言う気にはならんか。逃亡に協力した者の名を。どこの民間人じゃあ? まさか軍人ではあるまいな」
 教祖がふたたび尋問に回った。
 泣きじゃくり、弱気の虫に取り憑かれかけた時、デリアが実験効果のなさに苛ついた。
「チッ」と舌打ちして手が延びた。
 カップが取り外された乳房は乳輪より一回り大きな範囲で赤紫色に腫れ上がり、乳首は内側から無数の細かいヒビ割れができて肉のピンク色が覗き、血が滲み出している。
「無惨じゃのおー」
 教祖はこんども他人事のようにつぶやいたが、デリアは腹立ちまぎれに乳首を摘み、力任せに捻り上げた。
「この役立たずのクソ乳房め!」
「ギャウ!」
 純子が涙でくしゃくしゃの顔をさらに歪め、一声大きな悲鳴を上げた。
 デリアの目配せで、リヒターが極太の鉤針を持って迫った。それは純子をぎょっとさせたが、畳針かそれ以上の太さの針を、デリアは容赦なく酷く傷んだ乳首に貫通させた。
「ううっうーっ!」
 両方の乳首に鉤針が貫通されると、リヒターから重量感に溢れた分銅を渡された。分銅には鋼製の細いチェーンがぶらさがってキラリと照明を反射した。
 すでにピアノ線での経験から、なんとか悲鳴は耐えた。が、そこにチェーン付きの分銅までぶら下げられるに及んでは、分銅の重さで乳首がグッと引き伸ばされ、痛みは際だち、見る間に傷口から血が滴った。
「こうすればもっと痛いわよ」
「いだああーっ!」
 デリアは垂れ下がった分銅を手で叩いたり押したりし、その痛さで身体を揺すればよけいに乳首の錘が振れたり跳ねたりする。そんな悪循環の繰り返しで痛さは増すばかりだった。
「ひぎぃ、ひぎぃ、いだーっ!」
 苦悶を眺めるデリアの眼が、悪魔的な妖しい輝きを発した。
「リヒター、今度はヤキトリをお願いね」
 懐かしい日本の屋台か居酒屋でのお馴染みメニューの名が出て〈まさか!〉と思った。
 リヒターが嬉々として手にしているのは竹串ほどの長さの、しかしそれより太い鋼鉄の、先の尖った串の束だった。
「これは面白いぞ」
「女の力で突き通らねば手伝うぞ」
 ゲットナー、エルンストが助勢を買って出たが、せっかくの愉しみを取られてなるかという仏頂面でデリアは激しく首を振った。
「いやああっ!」
 乳房を壊されるという悲愴な純子の思いなど歯牙にもかけず、ブツリと1本目を突き立てた。
「ううーうっ!」
「くふふ……泣きなさい、もっといい声で」
 呻き声を愉しみ愉しみグッと力を入れ、グリグリと捻りながら片方の乳房を串刺しにしていった。その間、
「ぐえ、うぐぐ、グギャアアーッ!」
 と純子の地獄――苦痛にも悲鳴にもバリエーションをつけて叫ばれた。今度ばかりは冷酷の波長が合って、猛禽の目も皿になった。
「なんだい、もう息が上がってるじゃないか」
 キンバリーがたまりかねて加勢に加わった。よけいなことをと思ったが、デリアはこんどは不満そうでもなく応じた。
 女2人による乳房串刺しの刑の競演が嬉々として執行された。
「うぎゃああー」
 泣き叫ぶ全身を奇妙にひきつれさせた。
 ビリビリと引き裂く激痛。乳房の内部、乳腺を引き裂きながら串が通っていく感覚は、キンバリー要塞でピアノ線を通されたときとはまったく違ったレベルの苦痛となって責め苛んだ。
「ウギー、ヒェェーッ、ヒェェーッ!」
 狂い泣く純子の乳房に、何本もの鉄串が刺し込まれていった。
 突き通され、無惨にひしゃげた双球からは幾筋も血が流れ、乳首の鉤針から分銅まで伝ってぽたぽたと滴り、床に点々と真っ赤な痕を印していった。
「ギャアアアー、ギエエエーッ!」
 純子は栓が抜けたように泣き喚いていた。涙と一緒に鼻水がずるずると糸を引いた。
 それを笑い飛ばす男共。
 女共は女としての無様さを嘲笑った。
 すでに両方の乳房に4、5本ずつ鉄串が貫通し、追加がなくなるやデリア、キンバリーは差し貫いた串に手を触れ、力を込めにかかった。
「それ、これならどうだ」
「さまざまに形を変えて面白いわよ」
 そう言って突いてみたり、角度を変えたり、そのたびに傷口を広げ、痛みを倍加させた。
「ヒギャアアウウウーッ、いだいいだいいだい、やめでぇぇぇーっ!」
 逃れようと身を捩ればそのたびに乳首の分銅が上下に揺すられ、こんどは乳首を貫く鉤針を通して鋭い痛みが際だつ地獄――。
 泣き叫ぶそばから下卑た笑いが起きた。鼻水の時とはまた別の嘲り笑いが渦を巻いた。
 純子は失禁していたのだ。生温かいものが体内を通過する感じ、我慢に我慢していた小便が尿道からほとばしり、びしゃびしゃと床を叩いているのだった。




密命下る!


 酒場は濛々たる紫煙が充満し、酒臭い息をさせた客たちの間を縫ってウェイトレスやウェイターが注文の盆を持って行き来している。そんな中を、プレヤーが掻き鳴らす軽快なルンバの調べが酒場の喧噪に輪をかけた。
 ジュネはパオラの帰りを待って、目立たない席からヨッパライたちを観察していたが、なにが愉しくて大人たちがあんなにも陽気に騒げるのか、いくら見ていても分からなかった。
〈ジャンヌがいたら良かったのに〉
 無性にいつかの姉さんに会いたくなった。
 と、酒場を外れた奥の一角がけんのんな雰囲気になったのを、子どもは子どもの目で敏感に感じ取った。そこにはひどく深刻な顔をしたモラレス、イレーネの姿があった。
 パオラが飛んできた。
「帰るわよ、遅れないで!」
 怖いような顔をして、まるで人が変わったようだった。
 もう一度見つめた時、ボスのモラレスが店員の何人かに目配せしていた。エレーナ姉さんはすでに店のユニフォームから私服に着替えているところだった。
「早く!」
 引きずられるようにしてジュネもその奥に導かれ、モラレス、エレーナの前を素通りして店の裏手の通用口の外に停めてある車に向かった。
 車はポンコツベンツで、運転席にジェームス・リッチが、後部席にパオラの妹マリアが心配そうに待ちかまえていた。
「出して」
 マリアの横に座ったパオラが息せき切って指示した。
「どうした」
 車を発進させながらリッチが表情を強ばらせた。
「モラレスの店が摘発されたわ。もうすぐ警察が入る。それと……」
 言いかけたパオラが妹を気づかって、後の言葉を探しあぐねた。
「ジュンコに何かあったのね!?」
 さすがに直感で言い当てた。
 ジュネもとたんに緊張した。知らない人ではなかった。キンバリー要塞で掃除夫の仕事をさせられた時、無惨な有様で横たわっていたニホン人の姉さんだった。
「捕まったのよ。それもまったく思いがけない経緯でね。なんでまた、神様は……」
 パオラが、また絶句した。憤懣やるかたない思いで膝を叩いた。
 裏道をじぐざぐに走っていく途中でパトカーのサイレンが聞こえた。向かっているのはモラレスの店の方角だった。
「もう、手が……!」
 パオラが思わず身を乗り出して振り返った。
「心配ない。モラレスならぬかりない。また彼女たちなら5分もあれば退散できる。今ごろはモラレスの店では客以外はもぬけの空だろう」
 そう言って腕時計を見てうなずき、パオラにも、マリアやジュネにも笑いかけた。
 大丈夫じゃないのがマリアだった。
 パオラの報告を聞いた瞬間からおろおろと落ち着かなくなった。
 その手をジュネが握り締めた。
「ど、どうしよう」
 マリアの手の震えがジュネの小さな手に伝わった。
「落ち着け。君があわててどうなるものでもない」
「でも、今度こそ殺されるわ」
「あとは彼女の運に賭けるしかない。殺される運命ならとっくに死んでる。それが死ななかったのは彼女の強運の為せるワザだ。彼女の中に君が生きていれば、今度もきっと彼女はしぶとく生き抜くだろう。それを信じるしかない」
 リッチはそう言ってマリアを励ました


 おなじ夜、おなじチリのどこかで――
 カチッとスイッチが押され、テープが起こされた。車の走行音がかすかにノイズとして聞こえ、その中で会話が交わされた。

「いよいよ命令がくだった」
「ゼーラを叩くんですね」
「同朋が、さらに150人も虐殺されるとなると祖国イスラエルの威信は地に墜ちる。世界は『ホロコーストを学習してない』と非難するし、なにより恐れるのは打倒すべき内の敵、民族のアイデンティティを失って世界に散らばる同化主義者どもの増長だ」
「ゼーラで虐殺が実行されるとなると、またぞろ『国家主義を掲げるシオニスト共が先のホロコーストよろしく殺戮を黙認した』と口汚く罵られますね」
「そんなことは許されない。われらに今すぐ攻撃をお申し付けください」
「君はなんでもできるか?」
「僕に否やはありません。拷問も平気です。相手はどんな男ですか。女でもかまいません。命令とあらば何だってやりますよ」
「まあ待て。リッチたちの情報がガセであることも考えられる」
「なぜそのような」
「分からないが、世界にはユダヤ人の理知と商才をうらやんで虎視眈々、その失敗を望む勢力も多い。どんな罠をかけられるか慎重を期さねばならない。ミュンヘン事件での報復作戦の一環でのトチりはもう許されない」
「でも、情報が事実なら危機は間近です。いや、すでに手遅れかも……」
「それが、最近ゼーラを出た者がいるんだ。仲間割れかどうか知れぬが、ゼーラを出るということはよほどのことで、人間の良心を考えた場合に、その呵責に耐え切れぬ者の脱走とも考えられる」
「では、なおさら……」
「まあ、待て。そういう者なら穏やかに話して確かめる可能性もあったが、エルナンデスというゼーラでは愚鈍といわれている正直者はこのほど失踪してしまった。ゼーラを出ていなくなったということだ」
「では、ゼーラの手の者に!」
「だとしたら由々しきことだ。すでに殺害されているかも知れない。であるなら虐殺情報を裏づけているともいえる。といってことは国家の中の国家ともいわれている自治区に攻撃をかけることだ。一般住民も多く住むので慎重の上にも慎重を期さねばならぬ」
「だったら、誰かをかっさらいましょう。まさか1年中、ゼーラの人間がゼーラだけに籠もりっきりということはないでしょう。年寄りはともかく、若者なら華やいだ町にも出たいし外の世界で恋もしたいでしょう」
「いいところに目を付けた。実は1か月ほど前から、ゼーラにも秘密にして付き合っているとおぼしき男女をマークした。女は先頃脱走に失敗してキンバリーの手で惨殺された……」
「ちょっと待ってください。これは……」

 テープはそのあと、ザアザアという雑音だけになった。
 そこでスイッチが切られた。
「聞き分けたか」
 暗闇で男の声がささやかれた。それに対して野太い声が答えた。
「最初が司令官のワインローブ。2人目の質問者がドビル。もう一度司令官の説明があって、そのあとハメッド、リアットと続くんだろ」
「各人の性格説明だけで名前を判別、全部の声を間違いなく聞き分けたようだが……さすがだよライアン君――ではなかった、ほんとうの名前はマイケル・ヒギンズ大尉だったね」
 3日前、ジェームス・リッチに煮え湯を飲まされたばかりのライアンことヒギンズは、皮肉にしか聞こえぬそのセリフを胸に呑み込んだ。
 本題に集中した。
「途中で切れているのは?」
 そう訊いたら苦笑した。
「最期までひっかかってくれなかったんだよ」
 さしものヒギンズも感心した。
「さすが、モサドですね」
「いや、モサドは今回、表だっては動いてはいない。ミュンヘン事件の轍を恐れて、ゼーラ攻撃には特別仕込みの特攻隊を編成したようだ」
「では、米軍もそれにならって極秘裏の隠密特攻というわけですね。9・11の沈黙作戦を上回る極秘度の作戦行動になるわけですね」
 口吻を込めてまくし立てたものの、その後は極々声を潜めて続けた。
「で、どのように取り計らうんですか?」
「ハメッドとドビルは好対照で、奸智をもってすれば時宜に応じていかようにも使える。が、しかし、リアットは教条主義的で折り目正しく、一見食えない堅物だ」
「それを逆手に取るのですね?」
「君には、なんでも手に取るように分かるみたいだね。その通り。こいつが落としどころだ」
「分かりました」
 それにしても、と言いかけたヒギンズの声が風になった。カサともしないような密やかな声で上官に訊いた。
「いったい今度の指令はどこから出ているんですか? ニクソン政権ではないですよね。だとするとニクソンの後釜を狙う勢力。すでにその勢力によってニクソン追い落としの下工作は、水面下で着々進んでいるのでは……?」
 風に風が答えた。
「ヒギンズ。少し詮索が過ぎるぞ」
「イスラエルとアメリカの2つの特攻部隊の共同作戦の副次目的には、キンバリー抹殺も含まれるのですね? そしてキンバリーに関わる者全ての抹殺をも目的としているんでしょう?」
「……………」
 もう一つの風が沈黙した。
 しばらくは完全な静寂がその場を支配し、しかたなしにヒギンズが一人ごちた。
「こんな時、あの男がいてベトナム以来の働きをしてくれたらなあ……」
 そう言ったものの、あとには自嘲した。
「まあ、無理か。今じゃすっかり牙をなくした、貧乏人相手のただの酒場の親父じゃあな」
 おだてたり、けなしたりをまくしたて、それが部屋から出て行った。それを追いかけ、ゆったりとした足音が2つ、どこへともなく遠ざかって消えた。




絶望の時の中で…


 コロニアル・ゼーラの吹き抜けホールでは、いまだ狂宴の真っ最中だった。
 笑い声がどよめき、その笑いの渦の中からデリアが凄い剣幕で歩み寄った。
「このクソ女っ、粗相しやがって!」
 思い切りざま平手打ちをお見舞いした。
 その憤懣のはけ口は、さっきまで装置を抱えて思案顔していたミランダと示し合わせた。
〈ああ、やっぱり。恐れていた通りに……> 
 ミランダとデリアは、すでに嬉々として準備に余念がなかった。
「コードがこれだけ。全部に繋げないわ」
「片方にどれくらい使える? えーと、8本あるから、片方の乳房に4本ずつか」
 内容のおぞましさに拘わらず、まるでピクニック気分ののんびり調にしびれを切らし、さっきから出番をなくしていたキンバリーが、ここぞとばかりにしゃしゃり出てきた。
「そのうち1本は乳首にしなさい。性器以外に鋭敏な部分といったら、そこくらいしかないだろうからね」
 ニンマリとした猛禽の顔から、しゃがれ声から、いつかのキンバリー要塞でのピアノ線の悪夢がよみがえった。
「いやー! や、やめてくださぁぁーい。それだけはやめて……もう逃げたりはしませんからー、あああーん、ゆるじでぇぇぇー」
 なりふりかまわず泣き喚く純子の頬を、こんどはキンバリーが平手で張った。
「うるさいっ、ピーピー泣き喚くな!」
 USAアーミーの女将軍の面子を取り戻すのはここぞとばかり貫禄を発揮した。その出しゃばりを、教祖は今は微笑ましく見ているだけだった。
 床で湯気さえあげている失禁だまり――それをを踏まないよう女たちは慎重に作業し、乳房からは8本のコードがぶら下がった。
「どれ、ちゃんと付いてるか?」
 キンバリーが乳房の鉄串を1本1本確認するようにぐいぐいと力を込め、そのたびに甲高い悲鳴をあげさせた。
「ヒッ、ヒッ。ひいいいッ!」
 鉄串を押したりひねったりされる激痛に、純子は激しく身をよじって泣き叫んだ。
 それにほだされ教祖が車椅子から身を乗り出した。
「さて、電気を入れたらどうなるかの?」
 女が女をいたぶる所業に喜悦の笑みを浮かべて見入った。
 デリアのウインク。それと同時にミランダの指先でカチッと音がした。と思うや「ドン」という重々しい痛みが両乳房全体を覆い包んだ。
「ウギィッ!」
 一瞬の悲鳴の後、全身がガクガクと痙攣した。振動に合わせて乳房からぶら下がるコードがクネクネと踊りだした。
 乳首にぶら下がった錘もワンテンポ遅れて跳ね上がった。「ズン」とばかりに落下しようとして鉤針を引っ張り、そこへ容赦なく流し込まれる電流――。
「いだあああーーーい! いだいよォォォーー! ゆるじでええーー……もう、もう、もうゆるじでええーーッッッ!」
 狂ったように泣き叫んだ。
「言うか? 白状するか?」
「白状することなんかありません。ワタシ、ヒトリダケデ、ヒトリデ……ぎゃああっ!」
 激痛の余りに途中からは日本語になった。
「バカ! クソジャップ語など喋るな!」
 デリアが手を振り、ミランダが変圧ダイヤルを回して悲鳴が高まった。
 乳首を刺し貫く鉤針の痛み、それに加えて跳ね回る錘の重さ――乳首が裂けて引きちぎられるという恐怖の痛苦が純子を苛み続けた。
 血が……!
〈ああ、わたしのオッパイが……!〉
 ポタポタポタポタと鉤針から錘を伝い、床へ赤色の点々が作られていく。それがどんどんピッチを速め、まるで夕立の降り始めのようになっていった。
 キンバリーが小躍りして囃し立てた。
「オホッ、乳房が茹であがらんかのー? ダメにしてしまっては楽しみがなくなるぞ」
 無意識に教祖言葉になっていた。
「大丈夫ですわ、これは低周波ですから。与える苦痛は大きくても、後に残るダメージはないんです。医学と拷問による相乗効果です……」
 能面のミランダがいつになく饒舌だ。
 デリアは相変わらずのバカ笑いを続けている。
 男たちは、そして猛禽のキンバリーは……
 それら周りの光景が癇性な喧噪と共に遠のき、拷問の痛みもいつしか薄れて、純子は混濁の意識の闇に吸い込まれていくのだった。
 だが……
 眠りはなぜこうも一瞬なのだろうか。できればこのまま目覚めがなくとも良かった。
 皺だらけの顔が猛禽と向かい合っていた。
「そちも煮え湯を飲まされた口なら、このジャップ女、どう料理する?」
 教祖が魔女の嗜虐心を募った。どうせ殺す身だ、この際趣向は残虐なほどいい。その口振りからも、表情からも本心はありありとしていた。
 ニヤッと笑った猛禽の魔女が、手術用の薄いゴム手袋をちらつかせた。
「いや、やめて……」
 ムダと知りつつ、涙目で弱々しく首を振りながら哀願していた。
 小卓に乗せられた全裸の身体は、4人がかりで手足を取られて人の字にされた。
 化粧の匂いが汗の臭いに混じって鼻に付いた。手は女2人が仲良く受け持ち、頭の上で結び合わせて、残る片方の手で傷を負った乳房をやわやわと揉みしだいた。
「相当痛いわね」
 ミランダが淡々とした口調でつぶやけば、デリアはうっとりした顔で笑いかけた。
「できるだけ気を楽に持つことよ。全身の力を抜いて。そうすれば、辛いのは一時だけよ」
 妙に分かったように柄にもなく優しげに口にする。こんな時でもなければ笑い飛ばしたいところだが、全身の震えはなかなか止まらない。
 処刑直前の心境となった。
 確実に壊されると覚悟した。それでも、あきらめきれなかった。
「オー、ノー、ヘルプ、ミー……」
 安手のポルノ映画のようなセリフを何度も何度も感情を込めて繰り返した。
 リヒターとゲットナーに掴まれて開かれた脚が膝を折らされて高く掲げられ、それによって腰が突き出される格好となった。
 けけけけけ、とエルンストがキチガイのような笑い声を癇性に響かせた。
「ひ、いぃっ!」
 手足の自由を奪われながらも精一杯首を振った。
 キンバリーは自分で自分の利き腕にローションを潤沢に降りかけ、エルンストが隙間を作った淫肉と淫肉のあいだにねじ込んだ。
「ううっ」という呻きは、すぐに「いだだ、いだあーぃ」と言う悲鳴に変わり、それからそれが長く尾を引いた。
 激痛が性器を引き裂いた。
「可愛い子ぶる歳でもないだろうぜ」
 若い男の声がそう言った。エルンストかリヒターかゲットナーか聞き分けられないほど冷静でなくなっていた。
「いや、いやあーっ」
 脚がさらに大きく観音開きにされた。
「上品ぶるんじゃねえ、クソジャップ女が!」
 さっきの猫なで声がウソのように、デリアが後ろ頭を持って前を向かせ、顔をそむけることを許さなかった。
 激痛に泣き叫んだ。
「ギャアッ、ウウーッ!」
 手が拷問マシーンのように押し入った。
 またカメラに撮られている。
 誰が撮っているのか、そんなことはどうでも、パックリ口を開けた無毛の剥き身の淫肉のあいだから、ザーメンまみれにギトギトとなった膣道が淫靡な映像として展開されていた。
「いつかおまえをこうしたかったんだよ」
 猛禽の魔女のしゃがれ声がそううそぶいた時、股間を耐えがたい激痛が貫き、性器が食わえているのは手首に変わった。
 それがふたたび口を開けて、拳のいちばん太いところが出かかり、また手首だけに、今度は膣道深くもぐり込んだ拳が子宮を突き上げ、内臓をひねり込んだ。
「うぎゃっ、ひっ。ひぎゃあーーっ!」
 膣道をえぐり、子宮を打ち負かし、性器を全開させて陰唇を蹂躙する拷問フィストが、サディスト共の嘲笑の中で延々と繰り返された。
 もはや純子の自由は死以外には考えられなかった。

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参照リスト
(以下文献・映像・サイトを参照とした)

[「黒い九月」と「モサド」の報復合戦](ヘブライの館2)
『サンチャゴに降る雨』(大石直紀著、光文社文庫)
「失踪・チリ政治犯 20年目の追跡調査」(1993年イギリスBBC制作、NHK-BS「世界のドキュメンタリー」)
[チリ軍事クーデター前後の旅日記](街角の旅日記)
[チリ年表 チリ軍事クーデター以降3カ月間の年表]
[『パラダイス・ナウ』と『ミュンヘン』――映画に見るイスラエル−パレスチナ](ナブルス通信)
「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」(1999年スイス・ドイツ・イギリス作品、ケヴィン・マクドナルド監督、スカパー/シネフィル・イマジカ放映より)

*なお、ブラウザによっては壁が固定せず、スクロール移動してしまいます。
 その場合、インターネット・エクスプローラーなどにブラウザ変更してお試しくださるようおすすめします。


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●マルガリテ/純子__嵐のなかで…●

カット写真 純 子
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