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作 マルガリテ/純子

第十章
決 壊



密 使


 首都サンチャゴを朝早くに出て5時間近く、ミゲルはシボレー・カマロでパンアメリカンハイウェイを350キロ南下し、パレルの町を過ぎるとあとは目的地へまっしぐらだった。
 目ざすはコロニアル・ゼーラ――。
 チリにあって国家の中の国家。そのゼーラの最高権力者が、教祖と呼ばれて崇め奉られているバルツァー・ブロヒヴィッツ・フォン・ジークベルトだが、その顔さえゼーラの一般住人で見た者はほとんどいないということだった。
 仰々しいその名も一度しか教えず、直属上司を越えた雲の上のガロ少佐はこうも続けた。
「余計なことは詮索するな。ゼーラそれ自体がこのチリでは“アンタッチャブル”なのだ」
 厳然と釘を差され、だからミゲルは独自のルートを使って調べあげたのである。
 まず教祖が東部戦線で負傷した軍医だったこと。一介のそんな男が、ドイツ占領下のポーランドに当時次々と造られていった絶滅強制収容所の一つに着任したという異例の転身ぶり。
 拷問、虐殺、生体実験など、鬼畜要素満載の収容所はジークベルトにとって水を得た魚だったようだ。それが禍々しい過去からも祖国ドイツからも逃れてこのチリに住み着き、広大な敷地に自らの帝国を築いた。
 だが、周囲が畏れるほどの人物だろうか。名前のジークベルトさえ、ジーク(勝利)とシュヴェルトフェーガー(剣を払う)を掛け合わせた偽名のようで、そのハッタリ性からしても大物というよりは山師に近いのかも知れない。
〈そんな男の庇護など受けずとも!〉
 ミゲルが慨嘆するほどに同情する相手は、かつて勇猛を馳せた女将軍イングリード・キンバリー准将だが、その彼女は祖国アメリカからは疎んじられ、軍からは命を狙われ、ゼーラ以外に身の置きどころがなくなったという。
〈2度目に会ったのは1か月ほど前……〉
 その時は手配中のレジスタンスをコンセプシオンのホテルに追いつめたものの、何者か勢力に横合いから奪還され、そぼ降る雨の中で現場検証を指揮し、消沈の極みにある敗軍の将そのものといった風情だった。
 対向車とてない一本道をミゲルは狂ったように走り続けた。めまぐるしい加速と減速の繰り返しでカマロのタイヤが悲鳴をあげ続けた。
 やがて川に差しかかった。すぐ横を平行して線路が走る鉄橋を一つ渡った。
 途中、軍の検問に引っかかった。
 公務以外の私服でもあり、軍隊手帳を広げて身分証を提示し、難なく通過するとすぐまたスピードを上げてゼーラへの道をひた走った。サンチャゴを出てからずっと、ほとんど時速80キロを維持し続けてきたのだった。
 周囲の景色がにわかに濃くなった。殺風景な原野から深い森へと変わった。
 その森も切れて灌木の中を突っ切る農道になり、30分ほど走るとコロニアル・ゼーラの正面ゲートが見えてきた。
 2人いる守衛の一人がカマロに見とれたがそれも一瞬で、承知している顔で近づいた。
「ラモス様ですね?」
「そう。ミゲル・ラモスです」
 ふたたび軍隊手帳を開いて身分証を提示、ゲートが開かれ、ゲートハウス脇の駐車場へと案内されたが、そこに場違いとも思える高級リムジン車が停めてあった。
「担当の者を呼びます」
 案内の守衛が建物の中に消え、残る一人の守衛が、ロボット然として無表情な顔と目を外に向けたまま突っ立っていた。
 エンジンを切り、ブリーフケースを抱えて車を降りると、まるで戦車のようなリムジン車で来た先客の素性を想像してみた。
〈ピノチェト夫人じゃないよな〉
 自分で思いついて自分で苦笑した。
 だがそれとて突飛な発想ではない。アジェンデ亡き後のチリの専制君主とゼーラの関係は深く、ここはピノチェト夫人、ルシア・イリアルトがバカンスに訪れる場所でもあったからだ。
 待つこと一時、ゲート前から続くポプラ並木の向こうからエンジン音が近づき、見慣れたジープが目の前で急停車した。
「やあ、君がミゲルか」
 幌を取っ払った運転台からいとも気安く声をかけてきたのは、隆とした肩から下をランニングシャツにぴっちりと包んだ筋肉男だった。
「地区責任者のゲットナーです」
「ミゲルです。ミゲル・ラモスです」
 ジープの上から見下ろす格好のゲットナーがハンドルを叩いた。
「この車で町を案内します。さあ、乗って」
 ゼーラの町見物などに興味はなく、こっちは早くキンバリーに会いたいのに、その思いは相手の気勢に削がれてミゲルは助手席に座った。
 日本のトヨタ社製ランドクルーザーが滑るように走り出した。
「今度の政変ではコレも大活躍だったんだろうけど、それがアジェンデ政権の置き土産だったということもずいぶん皮肉じゃないか」
 ミゲルは相手の言うにまかせていた。
 ランクルはポプラ並木の森を突っ切り、2つ目のゲートを抜け、またたく間に白い建物が近づいた。それがみるみる迫って「聖アントニウス病院」の看板文字もはっきり読めた。
 玄関にはベンツの超大型救急車が10台ほどひしめいていた。
〈1000人超のゼーラに、この数は多すぎやしないか……〉
 ミゲルは不審を胸に溜め込んだ。
 病院前を左に曲がって少し行ったところが町だった。大アンデスの内懐に抱かれ、小高い丘に囲まれたたたずまいが、まるでヨーロッパのチロルを連想させた。
 と、そののどかさとは不釣り合いな軍楽調の音楽がどこかから聞こえていた。

 雷鳴は轟音を響かせ
 剣は打ち合い 大波は立つ……

 勇ましい歌だ。軍歌に違いないと思った。
 ふと映画の記憶がよみがえった。あれは『カサブランカ』の一場面ではなかったか。
 見上げたところに、碁盤の目のように区画された町の辻々にスピーカーが備わっていた。音はそこから出ているのだった。

 ……愛する祖国よ穏やかであれ
 鉄壁の如く揺るがぬ守り、ラインの守り!

 やっと思い出した。
「『ラインの守り』ですね」
 映画の記憶も明瞭に思い出されたが、それを言うには差し障りがあるくらいドイツ人にとっては不愉快な場面に違いなかった。
 ゲットナーが誇らしげに説明する。
「ドイツがプロイセンと呼ばれていた19世紀前半、フランスとの国境紛争時に作曲された曲ですよ。プロイセン時代は国歌として歌われ、ドイツとなってからは第三帝国軍歌としても歌い継がれてきたドイツの国民的愛国歌ですな」
 道行く人の歩調も曲に合わせているかのようだった。ランクルは通行人にも見物のミゲルにも気を配ってゆるゆる走ったが、そのわずかなエンジン音にも人々は振り返った。
「コニチワ!」
「ゼーラの町にヨーコソ!」
 手を振り、微笑みを浮かべ、片言のスペイン語でミゲルを歓迎したが、女性はと見ればエプロン掛けに髪は三つ編み、男は一様にワイシャツにそろいのチョッキ姿で、30年も前にタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。
 人々を縫ってランクルはベーカリーを、車の整備工場を、ベンゼンのニオイを漂わすクリーニング屋を横目にメインストリートを突っ切って行く。
 映画館に架かっている「007」の看板に思わず口元がゆるんだが、セメント工場とトラクター工場が、病院同様小さな田舎町にはケタ外れな大きさだった。
〈あれを見るかぎり、ここで戦車や装甲車まで造っているという噂はほんとうらしいな〉
 そうこうするうち車は赤い煉瓦造りの建物に近づき、建物の前に立つクリスマスツリーの威容さと華美さにミゲルは絶句した。
 2階分もある高さはもちろん、ツリーに吊り下げられたヒトラーのミニ写真集、ハーケンクロイツや「ジーク・ハイル」のロゴ文字が打ち出されたガラス玉、ゲルマン信仰のシンボルである太陽や樫の木デザインのガラス玉など、チリ人のミゲルにとっては異様ずくめだった。
 呆然と見とれながら車を降りたところに、山高帽にフロックコートという暑苦しい身なりの紳士が出迎えに現われた。
「市長のトラウトマンです。はるばるコロニアル・ゼーラへようこそ」
「ミゲルです。ミゲル・ラモス。当分お邪魔することになりますので、どうぞよろしく」
 にこやかに握手に応じたところ――
 パン! パパ、パーン……
 爆竹ようの音に「はっ」と身がまえた。が、すぐにクラッカーだと知って安堵した。そこへ三つ編みにエプロン掛けの少女たちが「わっ」と出てきて取り囲んだ。
「わたしたちの町ゼーラへようこそ!」
「心ゆくまでおくつろぎくださーい!」
 代表2人から花束を差し出され、作り笑いと知りつつ恭しく頭を下げて受け取った。
「それじゃ市長さん、わたしたちはこれで」
 またゲットナーが勝手に仕切った。
 ふたたびランクルの人となり、今度は一気に引き返した。当然エンジン音も豪勢だったが、帰路では誰からも声はかからなかった。さっきまでの歓迎が嘘のように、芝居じみた一幕が駆け足のように過ぎていったのである。




軍事部門


 病院前に停めたランドクルーザーから降り、ゲットナーについて歩いた。
 南米チリの12月はすでに真夏である。年が明けた頃が最も暑いが、クリスマスを間近に控えた今もさほど変わらない暑さである。
 鳥たちのさえずりを聴きながら歩く森の小径は、そぞろ気分に浮き浮きもするが、時おり射す木漏れ陽にも厳しい暑さが感じられる。
 病院裏手から100メートルほど遠ざかり、いったん切れた森がふたたび迫る頃、緑の内懐に抱かれ、木の間隠れの向こうに元気な声をあげて数十人規模の一団が見えてきた。
〈教祖はどこだ〉
 ミゲルはひたすら周囲にその姿を求めた。
 若者たち一人一人は表情が分かるほどにはっきり見えてきたが、動きも画一的なら個性のない顔も身体つきも画一的だった。それが鍛えられた筋肉肉体美であれば、人というよりサイボーグか戦闘マシーンにしか見えなかった。
 ゲットナーが両手を後ろに組んで胸を張り、教官としての貫禄で彼らの許に近づいた。
「気を抜くなよ。治にいて乱を忘れるな」
 訓辞を垂れる姿をミゲルは遠くから眺めた。鋼(はがね)の肉体をトレーニングウェアからはち切れそうにした戦士たちが筋トレに励み、威勢の良いかけ声は森中に響きわたっていた。
「バーデン」
 ゲットナーが指名し、呼ばれた若者が「はい!」と返事して一歩前に出た。
「SS(ナチ親衛隊)のモットーをいってみろ」
 びしっと姿勢を正し、はきはきとして答えた。
「我らが名誉は忠誠である」
「クラウゼ」
「はい!」
「“総統に対する義務”を述べてみよ。ヴェルデマール・ヴァーゼルの格言だ」
 若者は一瞬戸惑ったように、宙に目を向けて口ごもる風をしたが、すぐに向き直って詩でも吟じるように朗々と述べたてた。
「我々はなすべきことを、常に神聖なまでの非情と、ゆるぎない決意で、ドイツ的徹底性をもって完遂しなければならない。これこそ我が民族、我が祖国、我がゼーラと、我らが敬愛する教祖ジークベルト様に対する義務である」
「よし!」
 若者のよどみない暗誦にゲットナーは満足したが、ミゲルは心の裡で失笑した。
〈ヒトラーをジークベルトに置き換えた“総統”違い。それがゼーラの常識というわけか〉
 ゲットナーをはじめとするゼーラの戦士たちの礼賛、盲従ぶりに不気味さを感じ、だが、その教祖はいずこにと、また周囲を見回した。
 ふと、草を踏んで足音が近づいた。
 ハッとして振り返ったところ、5メートルくらいのところに痩せた老人の乗る車椅子が通りかかり、ミゲルの前を通り過ぎざま車椅子を押す女が冷たい視線で一瞥した。
 氷の微笑――それがミランダを見たミゲルの第一印象だった。
 とっさに守衛所裏のリムジンを連想、その時には、足の不自由な金持ちの賓客が、若い介添人に車椅子を押させ、筋トレに励むゼーラの若者へ応援の陣中見舞いと思い込んだ。
 ミゲルも親しみをもってその方へ近づいた。
「クルト、息が上がっとるぞ」
 老人は好々爺然と微笑みつつも、発する言葉には威厳を込め、ハッパかけられた若者はとたんに電気に打たれたように表情を引き締めた。
〈まさか、あの年寄りが!?〉
 ミゲルは釘付けとなった。が、直感が正しければあまりに畏れ多いことで、すぐに目をそらして筋トレ見学に徹した。
 若者は皆、同性のミゲルですら惚れ惚れとする美青年ばかりだった。自然の中で発散される彼らの汗と体臭がフェロモン効果となり、淫靡なエロスがここまで漂ってきた。
 赤字に白丸、そこに黒く逆さ卍の鉤十字であるナチの党章ハーケンクロイツが描かれた幔幕。ゼーラの森の中心で、若者たちがいくつかの塊りになって競技に精出しているのだった。
 ストップウォッチを持った審査役が、
「用意!」
 ピーッ、と笛が吹かれるや整然たるダッシュが切られて一気にゴールまで達した。
 その他、クロスカントリー競争、走り幅跳び、重量上げや、木から吊されたロープをよじのぼったり、あちこちで競技が行なわれ、日頃の鍛錬成果をここぞとばかり全力で発揮していた。
「ルツト。その腰つきでは戦場では5分と保つまいぞ」
 また、あの老人だった。横柄な口調に若者らは口答えすることもなく、それどころか言われた者は緊張の極で表情を固くして、唇を噛み締めるくらいだった。
 時々盗み見るようにその姿を窺っていたミゲルが、今度こそ呆然となった。。
〈ジークベルトが車椅子の身だなぞ、調査報告のどこにもなかったぞ!?〉
 そう思った刹那には棒立ちになっていた。背中をある種の戦慄がつらぬいて冷や汗すら掻いていた。
「ミゲル」
 ゲットナーに指で呼ばれて、ミゲルが教祖の前で畏まった。
「ミゲルとやらか」
「教祖様。このたびはご機嫌麗しゅう……」
「良い良い。客人が気を遣うことはない。キンバリーが首を長くして待ち焦がれておるわ」
「畏れ入ります」
 この痩せさらばえた老人の何が彼らをこうまで睥睨し、彼らをして敬わせしめるオーラを発しているといるのか。
「キンバリーはよく知っておるのか?」
「2度だけです。クーデターのすこし前と、ひと月ほど前、ひょんなことから」
 「ひと月ほど前」と聞いた瞬間、教祖は目を宙に泳がていたが、
「だとすればミゲル、今のキンバリーはそちの目には別人に映るやも知れぬな」
 そう言って、次に忠実な部下に顔を向けた。
「奴めは――キンバリーはどうしてる?」
「また、スサーナとカーメラを助手にして……」
「好きだのー」
 教祖は呆れた顔で嘆息した。
 尊敬する対象を「奴」だの、呼び捨てだのされてミゲルはムッとしたが、そんなことは無視して教祖は部下に言いつけた。
「この者をジーク・ホイゼに案内せよ」
 それだけ伝えて教祖は顎をしゃくった。介添え人に命じて車椅子を反転させた。
 ミゲルが神妙に畏まっている横を、ミランダが「ふん」と鼻を鳴らして通り過ぎた。




狂える女たち


 若者たちが軍事教練に汗するゼーラの森を離れて5分ほど歩いたところに、洒落た三角屋根が目を惹く2階建てバンガロー風の建物、それが教祖の根城でもあるジーク・ホイゼだった。
 ゲットナーに続いて玄関から1階へ、それから階段で2階へ、広いフロアの向こうに広がる吹き抜け部分にミゲルは驚かされた。
 1階と2階を結ぶケーブル昇降機は車椅子の教祖のためだろうが、2階部分の壁に掛かる観覧用の巨大ビデオプロジェクター2つと、賓客用に設けた桟敷席にも目をみはった。
「今、接待の者をよこすから、この部屋でくつろいでいるように」
 ぞんざいに言い置いて桟敷席とは反対側の回廊脇にならぶ部屋の一つに案内し、ミゲルを一人残してぷいと出ていった。
 そこはラブホテルと見まごうばかりの部屋であった。ダブルベッドが一つ置かれ、すぐ脇の壁には大きなカーテンが掛けられていた。
「窓などないはずだが……」
 訝しがって手に触れるが、何やら別の目的のようで開けるのは困難だった。
 人の気配に振り向いた。
「失礼します」
 どこから見ても、まだ十代の女学生のような美少女がバスローブ1枚の格好で入ってきた。教祖が“馳走”と称し、ゲットナーが“接待”と呼んだ中身がこれかとミゲルは苦笑した。
「こんにちわ」
「やあ、こんにちわ」
 まるで久しぶりに交わす級友同士のあいさつのように、なりゆきで答えたミゲルは可笑しさに吹き出すところだった。
「僕はキンバリー准将に会いに来たんで、こういう御招待は困るんだけどなあ」
 頭を掻いて困惑の体で応じた。
「そんなこと仰らないで。あなたに拒絶されると後で叱られます。わたしがお嫌いならいたしかたありませんが、そうでなければどうか一時わたしにお相手を勤めさせてください」
 少女は遮二無二すがる目で迫った。
「ところでこのカーテンは?」
 手持ちぶさたに、入った時から抱いていた疑問をぶつけた。
 少女は「あ、そうだ」と思い出した。
「地区責任者のゲットナー様からこれをお見せするようと言い遣ってました」
 そう言ってベッド脇の小卓からコントローラーを取って操作したところ、カーテンが芝居の幕のようにするすると上がった。
「……!」
 ミゲルが呆っ気にとられたが、幕が上がるとその下は壁一面のマジックミラーで、驚きを通り越して唖然とした。
 そこには全裸にされた30代の日本人女性が、両手を天井に向けて吊られた人の字に立たされており、足は床の枷につながれた状態で、ナチの制服を着た3人の女にはさまれていた。
 時おり見せる背中の鞭痕の酷さ。乳首を性器を中心とした身体の所々に付けられた無数の電流斑!
 年輩の将校服が嬉々として宣言した。
「さぁ、また始めるわョ!」
 と、ミゲルは目を疑った。
 今の人はキンバリー!? そう! たしかにキンバリーだった。
 何という軽さだ。そこには勇猛を馳せた女准将のイメージはどこにもなく、まるでナチ映画を気取ったギャグではないか。
「クククク……閣下、このオバサン、昨日の拷問はどうだったんでしょうねェ。感じてたんでしょうかねぇ? 今日も痛がりますかねェ?」
 一方、女学生のような顔立ちの2人は服装から何から親衛隊兵士を気取り、キンバリーに媚びた口調でお伺いを立てた。
 きつい感じのショートヘアーの方が、
「ホラ、答えるのよ! どうだったの? 昨日の拷問は! お乳に電気を流されて感じたの? 気持ちよかったの?」
 ジュンコはのぼせた顔で答えた。
「あはぁぁ……痛かったですゥ。それに、とっても恥ずかしかったですゥ……ああー、もうお乳への拷問はユルシテェェ」
「クククク……『お乳の拷問はゆるしてー』ですって!! ほんとは嬉しそうに聞こえますよねーッ! よォーし! 準備してあげようねぇ」
「ヒイィッ。赦してぇ。拷問はイヤー」
 すでに快楽責めを長時間受けていたのだろう、しっとと汗を滲ます熟女姿態からは年上の女の淫靡さがむんむん伝わった。
「将軍! このオバサン、ビンビンに乳首おっ勃てていますよッ! 早く拷問電極を繋いでほしいらしいですよッ!」
「いいわッ! サァ、タップリと痛がる姿を観察させてもらうわヨッ! ホラ、こうやって乳首を摘んであげると、アハッ、勃ってきた勃ってきたよォ!」
 キンバリーの軽薄さに、ミゲルは穴があったら入りたい思いだった。
「向こうにこちらの声は聞こえません」
 ヨナのその一言に安心して訊いた。
「あの2人はどういう娘さんなの?」
「わたしと同じにさらわれて来た子たちです。髪の長い子がスサーナ。短いボーイッシュタイプがカーメラ。2人ともね、キンバリー将軍から拷問の実習授業を受けているのよ。
 その実験台に使われてるのがあの女、ジュンコっていう日本人なの。少し歳はくってるけど、これまでいろんな拷問を体験してきてかなり倒錯の気があるらしく、なかなか使える被験者らしいわよ」
 ジュンコの情報はミゲルも知ってきた。ブリーフケースには、その彼女への“土産”も入れてきたくらいだ。
「で、君は? 君の名前はなんていうの?」
「ヨナ。17歳よ」
 ミゲルは頷き、ヨナと名乗った少女の顔をまじまじと見つめた。
「やはり、ユダヤ人か?」
 そう訊いたが、それには答えず黙って伏せた瞼が小刻みに震えた。
 ミラーの向こうの狂宴は続いていた。
「どうかしら? 十分に勃った?」
「ええ、キンバリー准将。準備はできています! 今日も最初は『お乳に電気注入ーーッ!』からでよろしいですね?」
 従順なスサーナに対し、カーメラは豊かな胸を張って終始得々とした態度をとっていた。
「うわー! このオバサンの乳首、勃ちすぎてて弾けそう! 性器快楽責めで乳首がお留守だった分、少しでも電気の通りがいいようローションを塗り込んでやりましたッ!」
 キンバリーが勃起したジュンコの乳首をつまんで、グイッと引っ張った。
「それじゃあ早速、身体に訊いてあげましょうネェ。うふふふ……辛いわよォ。女の身体の一番敏感な部分だものねェ。そこに電気を流されるのだからねッ! 今日はどんな痛がり方をしてくれるのか、たっぷりと観察させてもらうわヨォ!」
 もう片方の乳首をカーメラがつまんだ。
「サァ、嬉しいんだろッ? ほらァ、早く『嬉しいです』って言ってみなよッ! オバサンッ」
「もう……もうユルシテェェー……。ぁぁぁ…、う……ウレシイデスゥゥ……」
  時々感極まって日本語になったりもしたが、陶然とした表情からは被虐の喜悦が感じられた。
 2人のナチ姿が手際よく完全に勃起を強要された乳首に大振りなワニクチクリップの電極をはさみ付けていく。
 スイッチの音がして、天井に向けてまっすぐ伸ばされた熟女肢体が突然ビクンと痙攣し、のけ反った。
「ヒイイーッ。痛いですぅ、痛いですぅぅぅーッ」
「フフフ。ステキよぉ! ス・テ・キッ! 乳首から電気を通されて2つのお乳がジンジンしてるのかしらァ? 痛いのォ? 気持ちいいのォォ?」
 キンバリーの目が嗜虐に輝いた。
 ジュンコの悲痛なよがり声が一段と高まった。
「むひゃひゃひゃあー」とびっくりしたような叫び声の後、「イダイヨォォー……ウワーン。ウギイィッ……ユルジデェェ……ウギギギギギギィィーッ……ユルジデェェッ」と、およそ人間らしからぬ異様な悶え声を発した。
 ギャル兵が湧き立った。
「昨日と同じレベルの拷問電流よォ! お味はどうかしらぁ? ヒャハハハーッ。痛がってる痛がってる! このオバサン、『痛いです、赦してぇー』だってェ! ホントは嬉しいんじゃないのォ? オバサンッ!」
 カーメラのはしゃぎように、スサーナまで釣られて調子に乗った。
「あらあらァ。ずいぶん痛そうねェ。どうしたの? どこが痛いの? 何をされてこんなに痛がってるのかしら、詳しく話しなさいッ!」
 苦悶するジュンコの言葉に耳を傾ける。「ウヒイウヒイ。ウヒィィー。い、イダガリガダヲ、ジラベデ、モラッデイマズウゥゥゥーッ」
「『痛がり方を調べてもらってます』だってェ! キヒヒィ、分かってるんじゃん!」
 オシッコをこらえてバタバタしているような足下を見やって笑い転げた。と、
「きゃひーっ。なに、これ? オバサン! ワレメからラブジュース垂らしてるじゃん!」
 ミゲルも確かに見た。
 拡げられた脚の足下には、毛を剃り落とされて剥き身にされた割れ目からしたたる愛液が飛び散り落ちて、足にも床にも点々と跡を付けていた。
「悦んでますよォ! 悦んでますよォォ! もっと痛がらせてやりましょうよぉ! もっと泣きますかね? 痛がりますかねェ?」
「よし、電圧を上げて拷問電流にまで高めて!」
 とキンバリー。
 カーメラがコントローラーを操作した。
「うっひいいいいいーーーッッッ! いだいー。やめでェェェーーーーッッッ!!」
 泣き叫ぶジュンコを横目に、キンバリーは部下の所業を満足そうに見ていた。
「さぁ、正直に答えて。いま何をされてるの?」
「うぎぃぃぃ。ご、拷問に……がげられで、いまずぅぅぅーッ」
「そうなの、で、どこを拷問されてるの?」
「ああー。お、お乳でずぅ……ぢぐびでずぅ。ううああああー。いだいでずぅぅ。ゆるじでェェェ……」
「そう。お乳を拷問されてるのよネ……で、どんな拷問? なんのために拷問されてるの?」
「ぢ、ぢぐびにデンギを……ナガザレデ……イダガリガダを調べてもらっでいまズゥゥー」
「ヒャハハハーッ! 将軍! 喜んでますよーッ。喜んでますよーッ! あッ! 今またラブジュースがポタッて垂れましたよぉ! あっ! まただぁー! すごいボタボタですよぉぉ!」
 女たちの狂気がわんわんと耳にこだましてミゲルは頭がくらくらしてきた。
 顔を上げるとヨナがバスローブを脱いで全裸となっており、シミ一つない白い膚を惜しげもなくさらしてミゲルに蠱惑の微笑みを送ってきた。その手が伸びてミゲルの服にかかった。
「いや、それは……」
 拒む口に指で戸を立て、少女は微笑む顔をまっすぐ押し出した。鼻と鼻とがぶつかるくらいに接してきてささやいた。
「何も言わないで! この部屋は筒抜けです。あなたに拒まれたらわたしは処刑されます」
 真に迫った物言いにミゲルは唖然とした。とっさに盗聴装置か何か探しそうになったが、その迂闊をかろうじて踏みとどまった。
 ミゲルがふたたび吾に帰った時には背広もズボンも脱がされ、ヨナの体重に押し切られるように仰向けに倒れ込んでいた。
 隣室の秘事は今は音だけでミゲルに届いていた。
「……肛門に装着する器具のことは覚えてるわよね」
 キンバリーの声だ。
「この前、お浣腸をしてあげたときに使ったのと同じような物よ。どういうことか、説明してあげて」
「ハイッ、キンバリー将軍閣下ッ」
 馬鹿げた大根芝居に、スサーナかカーメラか分からない声が答えた。
「オバサン、よく聞くのよ! これから毎日あなたは浣腸をしてもらい、ウンチを出した後で腸の中を綺麗に水洗いしてもらえるのよ! そしてこの肛門プラグを装着してもらえるの」
 ジュンコの吊り下げ姿勢や開脚椅子などのアイテム、照明に浮かぶ剥き出しの性器と肛門が頭の中でちらちらした。
「くひひひ……お尻の穴から腸の中に埋め込んでね、この部分を回すと腸内に入った部分が開いて、肛門を裂かない限り絶対に抜けなくなるのよ!」
「ひぃぃ……い、いやぁぁ」
「あらあら、イヤだなんて。私たちは親切なのよ! あなたに毎日きちんとお浣腸をして、排泄までお手伝いしてあげるんだからァ! 拷問を受けている時も、そして寝てるときもこの肛門栓をはめてるわけだから、オモラシの心配もなくなるのよ! どう? ステキでしょ?」
「そうよそうよッ! それにこれを付けてるっていうことは、アナタが我が誇り高いキンバリー将軍の拷問実験に所有してもらってる徴なのよ! 嬉しいでしょう! キヒヒヒッ」
 こちら側ではミゲルが上着を脱がされていた。なりゆきで上体を起こしかけた目に、すっかり拡げられた股間をわずかにくねらせ、肛門栓を装着されることに僅かな恥じらいと抵抗とを示そうとしているジュンコがいた。そしてまた狂気の沙汰――。
「うひひっ! それじゃあ取り付けるわヨ。こうやって……たっぷりローションを塗って……っと! ホラ! 挿れるよッ」
 スサーナとキンバリーが呆けたような哄笑を浴びせる中、カーメラが肛門穴に液を塗り込め、黒いチューブと電気コードが繋がった拷問器具をゆっくりと左右に捻りながら腸の中へと収めていった。
「オバサン! さあ、どうだ。答えなさい!」
「ああー……は、入りましたぁぁ……」
 こちらから顔は見えないが、声の調子からはうっとりしている風だった。その間、2人のギャル兵は挿入口の装置をせわしなく操作した。
「そしてここを回すと……」
 肛門栓のリング状の部分を回転させた。 「どう? 中で拡がったの、わかる? オバサン!」
「ぁぁぁぁ……はい。わかります」
「どんな感じかしらァ?」
「あぁぁ……とっても苦しいですゥ……でも、でも、嬉しいですぅ。キンバリー将軍様の所有物になれたんですねェ。ああー、嬉しいですぅぅ」
「これでイイワッ! では、たっぷりと拷問をくれてあげましょうねェ!」
 ミゲルもまた可愛いい小悪魔に全裸にされていた。
 半身を起こしたうつ伏せ姿勢の腹の下に、ヨナの手が忍び寄ってきた。内股から這いのぼって怒張したペニスを握ってきた。もう片方の手はアヌスの谷間をまさぐっている。
「そこは……!」
「ダメですか? 殿方はみな、こうされると気持ち良がってくれるのに……」
 ヨナの指は慎重に肛穴に押し入り、微細なバイブレーションを加えながらざわざわと性感を騒がした。別の手はペニスをしごいている。
「サァこれからお浣腸よ! 肛門栓をはめたままでお腹がパンパンになるまで浣腸液を注入してあげるわッ。でも栓がしてあるから出すこともできない……ウヒヒヒ、苦しいわよォ!」
 白い手がチューブの途中にぷくっと膨れたポンプを握って、ぎゅっ、ぎゅっと勢いを込めて浣腸液をどんどん注入していった。
「うひいー、入ってきたぁぁ。入ってきましたぁぁ……ぐ、グルジイですぅぅー」
  全裸の肢体が拷問台の上で上体を不自然にのけぞらせた。
「はあっ、はあっ、はあっ……ああああー」
「ククククッ、まだまだこれからよォ!」
 スサーナが準備した膣鏡をキンバリーが受け取り、ジュンコの性器、小陰唇をベロリと左右に拡げ、剥き出しになった膣口にゆっくりと金属製の器具を挿入していった。
 奥まで入れ終わると蝶ねじを回して膣鏡をギリギリと開いていき、ジュンコの膣を目一杯まで拡げきった。さらにスサーナがその金属器具と陰核とに電極クリップを噛みつかせていく。
 一方では両乳首にカーメラの手で再びワニクチクリップがはさみ付けられていく。
「よおし、できた。準備完了ね。今度は2つのお乳だけじゃなくて性器と、そしてお尻の穴から腸の中まで電気を流す実験を受けてもらうよォ! 浣腸液を入れられた状態だから死ぬほど苦しいわよ、きっと!」
「うぁぁぁ……ゆる、して。お腹が……痛いですう。あくぅぅぅ」
 浣腸液が注入された腹部をモジモジとくねらせながらジュンコは泣きそうな声をあげた。
 パチッ、というスイッチ音がミゲルの耳にまで聞こえ、「ホラ! 強くするよ」というはしゃぎ声、そのあとに延々と苦悶の悲鳴と泣きべそとが混じり合った嗚咽が響いた。
 どれくらいの時間が経ったのか、苦しみ悶える声に混じって「タライが」「タライを用意」とあわてる言葉がとぎれとぎれに届いた。
「うわー! 出た出たーッ!」
「キタナー」
「臭ーッ」
「すごい勢いだよォ! こぼれるよォ! ちゃんと受けないと!」
 嬌声がわんわんと飛び交った。
「サァ、すっきりした? まだまだ終わりじゃないわよ! 夜になるまでたっぷりと拷問してあげるけど、とりあえず感想を聞きましょうねェ! 今の浣腸責めはどうだったぁ?」
「ああー、キンバリー様、とってもクルシクて恥ずかしかったですけどぉ、嬉しかったですぅ」
 カーメラがたまらずにはしゃいだ。
「クヒヒヒ。閣下ぁ、このオバサン、すっかり拷問を悦ぶ身体になったようですね!」
「そうねッ! これがわたしの偉大な実験なのヨッ! 拷問で悦びを感じる無敵の女スパイ養成のための高邁な生体実験よ! でも、こんなに早くに効果が出るなんてッ! さすがは日本人ネッ。ステキよ! ス・テ・キッ!」
 ミゲルはがっくりと首を垂れた。子どものようなギャル兵にレベルを合わせて嬉々とするキンバリーが信じられなかった。
「よせーっ!」
 ヨナがびっくりして飛び退いた。それをミゲルが抱きとめた。
「違う。君じゃない。君は悪くない」
 そう言って頭を撫でた。
「だが、もういいんだ」
 すっかりその気を失くした。隣室がどうの、相手がどうのという以前に、ミゲルはヨナのような年頃は苦手だった。タイプが違った。
 だが、ヨナの落胆ぶりにミゲルがフォローも忘れていない。
「君が嫌いというわけではないんだよ。だから1時間も一緒にいて帰ればいい。自分で出て行けないのなら一緒について行ってやろうか」
 穏やかに言い聞かせたつもりがヨナは哀れなほどうろたえ、また耳元にささやいた。
「相手をしてくれなければ、その後秘所改めをされて、かならずバレます。そして大切なお客様のお役に立てなかったダメ女として“処分”されるんです。哀れと思し召すならわたしを犯してっ。ふつうの行為で不満足ならどんな荒っぽいことだって……殺されるよりは!」
「いくらなんでもそのような……!?」
 ミゲルが今度は耳を疑ったが、盗撮カメラと盗聴マイクを意識して平静を装った。
 ヨナと身体を合わせたまま反転して上になった。望み通り愛するためだったが、そのミゲルの首に手を回して引き寄せ、頬ずりするようにしてまたささやいてくる。
「役立たず女がどのような運命をたどるか……男共にレイプされ、面白半分に拷問され、あげくは能面のような顔をした冷酷な女医者のメスにかかって生体解剖されるんです。腹を裂かれ、卵巣や子宮を取り出され、最後は……」
 ヨナは告白しながら、その自分の告白に気持ちを高ぶらせているかのようだった。熱に浮かされたようにまくしたて、呆っ気にとられているミゲルの身体にすがり、むしゃぶりつき、激しく求めるのだった。
 ミゲルも高ぶる心のやり場に困惑していた。“能面の女”と聞いてすぐ軍事教練の森で自分を一瞥した、教祖の車椅子を押していたあの女を想起した。そいつがメスを振るって哀れな生け贄の生白い肌を切り刻む姿を思い描いた。
 ゼーラの狂気とはこれかと直感した。自分もこんなところに長くいると、この壁の向こうのキンバリーやジュンコやギャル兵たちとおなじようになるのかとゾッとした。
 今度はミゲルがヨナにすがりついた。
 少女を組み敷き、細く延びた美脚を左右に割り開いて中心に目を凝らした。
 隣りでは「ヨオシ!」と気勢をあげる声。
「今度は乳首と小陰唇に電気を流してみるわヨッ。膣の中や子宮への拷問もいいけど、陰唇も敏感な部分よネッ! 陰唇から拷問電線をぶら下げてるアナタの姿って、ス・テ・キッ!」
 パンパンと手を2つ叩いた。
「さあ始めてッ」
「はい、准将閣下! じゃあ、お待ちかねッ。オバサン、い・く・わ・よ!」
「ああー……ああー……ギモヂイイーッ!」
 ジュンコの悶え声の後でキンバリーの含み笑いを聞いた。
「ククク…… すごくいい悶え方ねぇ。こんな実験材料は初めてよォ」
「キヒヒヒヒ……もっと強くしてやりましょうよぉ! きっともっと悶えますよ! 『もっとして下さい』って言いますかねーッ?」
「クククク。そうねッ! ヨオシ! これまであなたが味わったことのない拷問電流を流してあげるわッ! ソレッ、どうかしらァ?」
 ミゲルは少女の唇に自分の唇を近づけた。激しく吸った後、美乳に手を触れ、今度はピンクの乳首を口に含んだ。
「たすけて……ころさせないで……」
「助けるとも。君のような子を殺させるものか」
 同情は激情に昇華し、ミゲルの欲情は少女の中心をめざして突き進んだ。
 舌が陰毛をなぎ倒し、微かに尿臭さをたたえるピンクの淫裂を押し割った時、「ひっ」と叫んで細くて華奢な少女の姿態が鞭のようにしなってのけ反った。
 舌が陰核をもてあそぶ。
「あーあ……」
 薄目を開けて恍惚とした。
 少女のよがり声に隣室の秘事が音としてダブる。
「女の性器は、乳首と同じくらい効果的な拷問ができるのよォ! 陰唇、陰核、膣、子宮、そして尿道! いろいろ試してあげるわよッ!」
「あららら、こんなに濡れて……嬉しいのねえ? ヌルっと入り易いわよ」
「クヒヒッ。ワレメが拡がってきたよ。さあ、もう一回陰核にも電極はさんで……」
「ひゃああー! いやぁぁぁーッッッ!」
 隣室のジュンコの悲鳴が、森で会った女医者になぶられるヨナにダブった。そして今、ミゲルの鼻先には少女のピンクの性器が、細かな繊毛に淵どられて淫猥な艶やかさを見せていた。
 またジュンコの声――。
「ひ、ひいぃー。ゆるしてェ……ゆるして下さぁぃぃ。いつもの拷問でもっと痛がりますからァ……子宮に電気を流されるなんてェェーッ」
 2人のギャル兵のうち、どちらかの声――。
「ギャハハーッ。『いつもの拷問でもっと痛がる』って言ってるよッ。演技するつもりじゃん! このオバサンッ」
 そしてキンバリーの声が続いた。
「ダメよぉ、まだまだ序の口、ステキな拷問メニューが用意してあるんだから! これくらいで怖がっちゃダメ。この後には尿道から膀胱まで電気を流す拷問方法も予定してるのよッ。愉しみになさいッ!」
 目の前のヨナの性器が、一瞥して脳裡に焼き付けたジュンコの性器に重なった。たらたらと愛液をしたたせる剥き身の褐色がかった性器。それを思い出してミゲルの感情が高ぶった。溢れる精気に身体中の血が騒いだ。
「うぐうっ!」
 ヨナが目を剥いた時、血脈をたぎらせて精いっぱい膨張した若い猛根が少女の中心を深々と貫通した。
 ミゲルが激しく腰を使った。
 ヨナがシーツを掴んでのけ反り、歓喜の叫びをあげた。左右に開かれた脚が力んで、爪先が内向きに足掻いてシーツを引っ掻いた。
 腰がリズミカルな律動運動を開始した。少女の花芯を貫き、少女の性感を泣き叫ばせ、ミゲルは一心不乱にピストン抽送を繰り返した。まるでゼーラの狂気と対峙して、ゼーラの妖気を跳ね返さんとするかのように――。




悦虐の記


 目が醒めたら、横に寝ているのはヨナだった。
 ミゲルはヨナとの交わりの後、ヨナを抱いたまま深い眠りに落ちた。夢の中でジュンコを抱いたが、激しい抱擁の中で気がついたら、いつの間にかキンバリーに入れ替わっていた。
 グラマラスな裸体に絡め取られ、ベッドの上に組み伏され、そそり立つ欲情を濃厚に愛撫されて快楽の絶頂に導かれた。豊満な谷間に顔をうずめ、キンバリーの名を叫びあげた時、夢から覚めたのだった。
 ヨナを起こさぬよう、そっとタオルケットを除けてベッドから立とうとした時、ドアが開いて大柄な人影が驚くほど滑らかにすっと入ってきた。
「あ……」
 と挨拶しかける口を指で封じ、先に小声で言葉をかけた。
「よく眠れたかい?」
 ミゲルは頷いた。たった今まで夢の中でこの女(ひと)の裸身を見て、欲情に駆られるまま貪り貪られ……思わず制服に包まれた胸元に行く目線を無理矢理引きはがした。
 今は米軍服に戻っているキンバリーに、マジックミラーを通して見た昨日のことは、夢ではなかったかと思うほどだった。
「あの東洋人の女はジュンコ……?」とミゲルも小声になって尋ねた。
「誰に聞いた?」
「ガロ少佐です」
 そう答えて、正式の挨拶もまだなら、かんじんの用件を伝えてないことにも思い当たって起き上がったが、裸であることに気づいて腰から下のタオルケットを引き寄せた。
「気にせずとも良い」
 気さくに応じられ「実は」と言いかけ、ハッとその口を閉じた。ヨナからこの部屋は筒抜けと聞いてたのを思い出したからだ。
「話は後で聞く」
 キンバリーが得心顔でウインク、背中に持っていた書類綴りを差し出した。
「ジュンコに書かせてタイプさせたものだ。読んでみよ。なかなかのモノだぞ」
 強引にミゲルの手に握らせて出て行った。
 傍らのヨナはまだ、すやすやと寝ていた。
 小卓の上から腕時計を取って見ると、起きるにはまだ早い。それなら退屈しのぎに読んでみるかと、腹這いになってページをめくった。

[その時、見上げる夜空の一角に目も眩むオレンジ色の光彩。それを見つめていたら……つぎの瞬間、わたしは強烈な目眩を感じて意識が遠のきました。そして気がついた時には超常現象によって、第2次大戦前夜のドイツへと時空を超えて飛ばされたのでした……]

 告白手記というから何かと思えば、それが安手のSF小説ではないかと、たちまち興味を失せた。
 だが、他ならぬキンバリーが“なかなかのもの”と勧めるからには、むげに閉じるわけにもいかず、我慢して続きを読んだ。

[……わけが分からずさまよって迷い込んだところ、そこはサディスト所長、イングリード・キンバリー将軍が君臨する恐怖の拷問収容所だったのです。
 スパイ容疑で捕縛されたわたし。将軍の拷問室へと連行され、全裸にされたうえで拷問生体実験の実験台にされることになったのです……]

 読みながらミゲルはニヤッとした。ゼーラがナチの収容所に置き換わっていたからだ。〈それなら〉と飛ばし見したところ、あのギャル兵2人も別名で登場しているではないか。
 ふたたび元に戻って読みなおすことにした。

[恐ろしい拷問が始まりました。
 こんな時空を超えた異境の地で、裸にされて電気を流されることになるなんて、これまで想像もしていないことでした。
 緩急をつけて止むことなく乳首から流し込まれる電流の痛さに、わたしは何度もオシッコを漏らしながら泣き叫んでしまったのです。
 でも、この日の拷問はほんの始まりに過ぎなかったのです……]

 昨日の出来事が頭の中でよみがえった。

[2日目の夜が明けました。
 悪い夢であって欲しい、というわたしの願いは打ち砕かれ、説明のつかないこのタイムスリップは現実のものとして新しい一日を迎えることになったのです。
 わたしは屈強な兵士たちに独房から引きずり出されてふたたび拷問室へと連行されました。そこに待っていたキンバリー将軍の部下の女性下士官、ダニエラとベルーサから屈辱の命令。
「サァ、あなたは今日もキンバリー将軍の拷問生体実験の実験台になるのよ! もうすぐ将軍がお見えになるわ! 早く服を脱いで裸になりなさい!」
 命令に従い、震える指先で囚衣を脱ぎ捨てたわたしは、昨日とは違う拷問ラックに縛り付けられたのです。……]

 傍らに目をくれると、ヨナが薄目を開けてこっちを見ていた。その髪をひとなでして、またジュンコの手記にもどった。

[3日目の朝になりした。
 昨日と同じように拷問室へと連れて行かれ、裸にされて両手両足を大きく拡げた格好にされて縛り付けられました。
 ダニエラとベルーサの2人にそれぞれ左右の乳首を指で摘まれ、クリクリと転がされて刺激を加えられて……ああ……乳首が勃ってしまいました。とても恥ずかしかったです。
 その乳首に電極のワニクチクリップがはさみ付けられて、パチリとスイッチの音がして、わたしの乳首が流れ込む電気を感じ始めました。今日もまたお乳への電気拷問に掛けられることになったのです。
「くくくくく」
 という含み笑いに合わせてどんどん電流が強くなりました。
 わたしの身体は痙攣を始め、のけ反っていきました。「ヒィー」という恥ずかしい声を漏らしながら苦しむわたしの姿を、美しい拷問人たちが嬉しそうに眺めています。
 でも……ああ恥ずかしい……でも……この頃からわたしは、お乳を拷問されることに悦びを感じるようになっていたのです。……]

 ふと横を向いたら、ヨナがすっかり目が覚めたようで、手記を読むミゲルを珍しい生き物でも見る目で眺めていた。
 起きたら一戦まじえるつもりだったが、今では手記の方に夢中になるミゲルだった。

[4日目になりました。
 今日は昨日までと違って、寝台型の拷問台に載せられました。両腕は頭の上で組んで縛られ、両脚は脚載せ台に、大きく股を拡げた格好で縛られました。性器と肛門とがキンバリー将軍たちに丸見えになるようにされたのです。
 いつもどおり、指で揉まれて勃てられた乳首に電極を繋がれ、そして……ああ! 恥ずかしい! 今日からは性器にも電気を流す拷問にかけられることになったのです。
 キンバリー将軍の指がわたしの陰唇をつまみ上げ、押し拡げ、ヒンヤリとした金属製の膣鏡が入れられるのを感じました。
「あらあら、こんなに濡れて……嬉しいのね? ヌルッと入り易いわよ」
 将軍の言葉に燃えるような恥ずかしさと、そして……性器を拷問してもらえる悦びを感じていたのです。
 膣鏡のネジがギリギリと回され、わたしの性器が拡がっていきました。電極クリップが金属製の膣鏡に噛まされて、そしてもう一本、今度は包皮を剥きあげられて剥き出しにされた陰核にはさみ付けられました。
 手際よく、わたしの身体に拷問の道具が取り付けられていったのです……]

 突然ペニスを握られ、ミゲルは驚いてヨナの顔を振り返った。あどけない少女の顔が、いつの間にか娼婦か魔性の女の顔に変貌していた。
「あとで……」と、その手を押し返して、ミゲルは手記読みに没頭することにした。それくらい手記の虜になっていた。

[いよいよ性器への拷問が始まったのです。
 性器への拷問は想像していた通りの辛さでした。
 休むことなく緩急をつけた拷問電流が流され続け……そしてこの日、もっと恥ずかしくて辛く苦しい拷問を受けることになったのです。
 何時間も電気拷問が続いた後、挿し込まれていた膣鏡が抜かれ、その代わりに、ゴムチューブと電極が取り付けられている肛門栓をお尻の穴に挿し込まれたのです。ローションをたっぷりと塗られた金属製の肛門栓がお尻の穴から無理矢理ねじ込まれ、直腸の中に収まってしまうと、腸の中でキノコのように傘が開いて抜けなくなったのが分かりました。
 そして、チューブから浣腸液がわたしの腸の中に注入され始めたのです。キンバリー将軍の拷問用浣腸液は腸の内側を焼くように刺激し、猛烈な腹痛を催すのでした。小腸全体まで浣腸液が行きわたったのでしょうか、わたしのお腹はパンパンに張ってしまいました。でも、開いた肛門栓のせいでちびることすら許されません。
 その状態でお乳と陰核への電気拷問が行なわれたのです。……]

 マジックミラーを通して見た昨日の情景がよみがえった。ジュンコの身体の熟女性、その熟れた大人の身体に刻まれた条痕、赤痣、それらが消しがたい残像となって貪り読む手記のタイプ文字に重なった。

[拷問は5日目を迎えました。
 この日は天井からぶら下がった鎖に両手首の枷を縛りつけられ、両脚は拡げて床の足枷に繋がれる姿勢で縛られました。
 いつもの通り、お乳への拷問の用意ができると、続いて左右の小陰唇にも電極が取り付けられたのです。
 昨日の浣腸拷問の後遺症でまだお腹が痛く、ブリブリとおならが出てしまう恥ずかしさの中、わたしの身体はもう拷問される悦びに反応してしまっていたのでした。
 ダニエラがわたしの前に屈み込んで指で陰唇をめくり上げ、電極をはさみ付けようとしましたが、悦びのおツユがたくさん溢れていてヌルヌルと滑りました。ようやくわたしの股の間からも2本の電線がぶら下がり、今日の拷問の用意ができたのです。
 電流装置のスイッチが入れられて、いつもの辛い辛い拷問電流がわたしの肉体の敏感で恥ずかしい部分に流し込まれました。
 痙攣し、のけ反り、苦しみながら、わたしの身体の女の部分の内奥から悦びのおツユが溢れてくるのが分かりました。
「くくくく……」
「きひひひ……」
 嘲るような笑い声の中で、わたしは恥ずかしげもなく拷問に身体を委ねていったのです。そしてキンバリー将軍の宣告通り、今まで味わったことのない強烈な拷問電流がわたしの敏感な部分にドッと流れ込んできたのです。
「どうかしら? すごいでしょ? この拷問電流の味はどう?」
 わたしの喉からは電流の波に合わせて、悲鳴とも悶え声ともとれない声しか出すことができませんでした。それでも、この被虐の悦びの坩堝(るつぼ)の中に留まっていたい一心で、必死に言葉を絞り出して将軍の尋問に答えようとしたのでした。……]

 告白手記は一週間目に及んだ。

[やっと独房に帰れたのは夕方でした。
 しかし、夜になってもう一度ダニエラが迎えにきたのです。
〈まさか! また拷問にかけられるの?〉
 心臓がドキドキし、いつもの拷問室へと連れて行かれたのです。そこではベルーサが待っていました。裸にされたわたしは、この瞬間からふたたび腸内洗浄を受けることになりました。
 肛門栓を抜いてもらい、いつもどおり浣腸をほどこされてダニエラたちが見ている前で排便をさせられ、その後四つんばいの姿勢でホースをお尻の中に挿し込まれて、腸の中にぬるま湯を注入されるのです。ホースが抜かれると便の混じった汚い水が勢いよくわたしのお尻から吹き出しました。それが何回か繰り返されて、それからお尻の周りを綺麗に洗ってもらいました。
 でも、その後拷問はされないで、また別の部屋へと連れて行かれたのです。そこはキンバリー将軍の部屋でした。
 ほどなくして将軍がやってきました。わけが分からないわたしに向かって、将軍はこう言い放ったのです。
「さあ、今日も拷問されるあなたはステキだったわよ! ウフフ……今夜はね、わたしと愛し合うのよ」
 驚いているわたしに将軍はたて続けてこう言いました。
「そのベッドに横になって、手足を拡げるのよ」
 命じておいて手際よく手首足首に縄を巻いていき、大の字にベッドに縛り付けられたのでした。そして……わたしの見ている前で将軍は服を脱ぎ始めました。将軍は女の私でも息を呑むような乳房を持っていました。
 ベッドに大の字に縛り付けられたわたしの身体を、将軍の指がツツーッと滑ってきます。毎日拷問を受けている乳首をつまんでもらえました。2つのお乳を巧みに愛撫してもらい、それだけでわたしの喉からはたまらずに喘ぎ声が漏れてしまいます。
 指は乳首を離れてお腹をつたい、やがて茂みの中へと侵入を始めました。割れ目の端の敏感な核が転がされ、ドッと恥ずかしいおツユが溢れ始めるのを感じました。止めようと思っても止めることのできないおツユでした。
 将軍は大きく拡げたわたしの両脚の間に顔を近づけ、そして巧みに指で小陰唇をめくりあげ、わたしの中に入ってきたのです。静まりかえった夜の部屋の中で、わたしとキンバリー様の息づかいと、そして恥ずかしい水音とがまるで響きあうように聞こえ続けていました。
「どうかしらァ? 気持ちいい? こんなにおツユが出ているワ。ほら、あたしを受け入れるのよォ……」
「ああああ……キンバリー様。愛していますゥ。愛してる愛してる愛してるよォォ……嬉しいよォ。気持ちイイですゥゥゥ」……]

 いつの間にかミゲルの一物はヨナの口に含まれ、ヨナの口の中で爆発寸前に勃起していた。
 書類綴りを置いて、ミゲルが半身を起こした。股間から口が離れたヨナを寝かせると、脚を開かせた。
 ヨナの女の部分に顔を埋めた。
 すでに一物はいつでも突撃可能な状態だったが、そのまま挿入したら壊しそうで、はやる猛根をなだめながら、すかしながら口と舌を使って前戯に努めた。
 陰唇を、陰核を口に含まれ、舌で吸われ、ヨナは激しく身をよじって喜悦の声をあげ続けた。




臨 戦


 悪路を兵員輸送トラックは、軽いバウンドを繰り返しながら走り続けた。
 ワインローブ少佐率いるイスラエル軍特殊部隊は、チリ軍に擬装した幌付きトラック2台に分乗してひたすら間道を選んで移動中だった。
 総勢19名の精鋭は3日前までは20名だった。この車も運転席2名、後部席8名の10名定員一杯だったが1名欠けた。その現場を思い出すワインローブの顔は苦り切っていた。
 銃声を聞いた時、誰もが「あれはナチのブタを地獄に送った一弾」と信じ切った。
 帰り支度をととのえ、荷台に装備を積み込んで、いざ出発というその時に1名足りない。デリア処刑を担当したリアットの姿が見えなかった。
 廃倉庫に戻って見て愕然となった。
「リアットが殺られている!」
 床の血だまりに突っ伏している隊員は確かにリアットだった。そして、彼に処刑されるはずの瀕死のデリアは忽然と姿を消していた。
 あわてて「探せ!」と指示したものの、すでに5分以上が経過していた。
「倉庫の裏手に台車らしき轍が!」
「轍はそばの農道にまで達してます!」
「車を停めた痕跡を認めました!」
 部下の報告は歯噛みすることばかりだった。
「ナチめが!」といきり立つドビル以下、部下たちの多くが、ゼーラの手の者による必死のデリア奪還作戦と見た。
 がしかし、とワインローブは思う。
 トラックの中では全員目出し帽を取っていた。ベンチシートに並んで座る二枚目ハメッドが真向かい席の紅一点に訊ねた。
「君はどう思う?」
 素顔のハンナもとびきりの美人だが、それは氷の美貌と呼ぶべきだろう。それが仲間の質問を無視して「隊長」、と手を挙げた。
「何だ。言ってみろ」
「わたし、デリアの自白は変だと思います。あのしぶとい鬼娘が瀕死の瀬戸際で、あとちょっと責めれば楽に死ねるという時に、掌を返したかのように告白したのがどうにも解せません」
 ハメッドが真剣な顔になって聞き入り、他の隊員も固唾を呑んでハンナを注視した。
「そもそもクリスマスの日にゼーラを訪れる賓客向けにスナッフパーティーなどという蛮行を行なうでしょうか。まして150人もの同胞の集団虐殺計画など、あまりに突飛すぎて……」
 ワインローブが皆まで言わさず「待った」と手で制した。
「君の意見は次のトイレ休憩で聞く。みんなも黙れ。今、俺は作戦について思案中だ」
 そう理由づけて、ワインローブはなぜか部下たちのゼーラに関するそれ以上の詮索を封じてしまった。
 トラックはアンデスの中腹に差しかかっていた。
「ここでトイレ休憩!」
 ワインローブが停車を命じた。
 男たちがあちこちで放尿をする中、ワインローブがハンナを呼びつけた。
 そこからは麓の町が一望できた。眼下に広がる一面のどかな感じで、政治とも陰謀とも無関係な平和な田舎町にしか見えなかった。
「あれがパレルの町だ。だが、ゼーラはまだまだ先だ。ここからは見えない」
「はあ」
 間の抜けた相づちを打つハンナに、ワインローブは底意地の悪い目を向けて訊いた。
「今度の一件をどう思う。率直な意見を言え」
 それに対しハンナは率直すぎて答えた。
「スナッフパーティーが事実としても、ユダヤ人虐殺はガセですね。何が目的かは分かりませんが、この作戦は祖国と我が軍の固い同胞意識を利用した米軍の陰謀かとわたしは考えます」
「なるほどな」
 司令官は今度は言葉だけで頷いた。そして、こう言う。
「それならそれでいいではないか」
「は?」
 意味がわからない。あまりに謎めいた言葉にハンナは鸚鵡返しに訊き返した。それを無視して「もっとそばへ」。それから司令官は風のようにささやいた。
「君は命令とあればどんなことでもできるか?」
「もちろん」
「それならば……」
 と霧になって耳打ちした。
 遠目には司令官が部下の女性中尉と親しげに世間話でもしているような。ただ、トラックの前で車座になってくつろぐ戦友の位置からハンナの表情は見えなかった。
 そのハンナが血相を変えていた。
「なんですって!? そんな!」
 常に沈着冷静、というより冷酷な意志を秘めて表情一つ変えることのなかったハンナが、その時、慄然と立ち尽くしたのだった。


 ジャンヌは、あの瞬間を忘れない。
 軍靴の足音を響かせて覆面の兵士が近づく。暗さに馴れた目に、黒覆面の中から覗く双眸だけが不気味に輝いて見えた。
 足音がデリアの前で止まった。撃鉄を引いて瀕死の頭部に銃口を向けようとした刹那――
 音もなく素早く駈け寄った影が処刑者に襲いかかり、同時に激しい銃声。抱き合うように折り重なった2つの影から、口を塞がれた覆面者の方がぐったりとして床にくずおれた。
「あとは頼むぞ」
 もう一つの影であるジェームス・リッチがささやき、倒れた男から覆面を奪って自分のものにすると、落ち着き払った足取りで外に向けて歩いた。
 その間、ジャンヌは台の上にうつ伏せで寝かされた姉、デリアの変わり果てた背中を見ていた。闇に馴れた目にダビデの焼き印がはっきり捉えられ、その酷さに息を呑んだ。
「早く! 何をしてるの」
 台車を運んできたパオラが、すすり泣くジャンヌを叱咤した。
 ジャンヌが我に返った。デリアの身体を2つに折って台車に乗せるパオラを手伝い、倉庫の裏から外へと連れ出したのである。
 その時、玄関の戸が開いた。この家の主、チリ軍大尉マヌエル・グスマンの帰宅だった。
「ここも危なくなった。もっと安全な潜伏先に移動することになった。そこには姉さんも待っているからね。さあ、急ごう」
 そうしてまた出て行くことになり、グスマンがジャンヌをうながして先に立った。


 レストランで待つことわずか、目の前に現われたのは長年大恩人として敬い、父とも兄とも慕ってきたその人である。
「カルロスおじさん!」
 名前を呼んだとたんマリアは涙がこみあげた。
 クリーニング店『アナベルの店』の女主の夫である商社員のカルロス・ルイスが、
「ブラン……」
 と、慣れ親しんできた名前をうっかり呼びかけてあわてて口をつぐんだ。自慢の口髭を指で梳かして声をひそめた。
「元気そうで安心したよ」
 数歩離れて隣り合わせた席には絶対聞き取れないくらいの小声で話しかけた。
「しかし懐かしいなあー!」
 声の調子はひっそりと、だが、溢れる喜びを満面に表し、マリアがカルロスの日焼けした二枚目顔としっかり向き合った。
「食事していくでしょ」
「うん。長旅になりそうだしね」
 そう言って手にしたメニューに目を落として、「おや?」と唸った。
「ここのにも日本語が付いてる。やはりチリにも日本人が多くなったということかなあ」
 なにげなく洩らしたつぶやきに、「あっ」と気づいてまたあわてた。
「あの人のことだ、きっと元気だよ」
 すかさず取り繕ったが、短期間とはいえ同じ屋根の下で親しく会話を交わした純子を思い出し、カルロスの目にも光るものがあった。
 注文を取りに来た。そしてウェイトレスが、また忙しそうに立ち去ると、
「このあいだまでは物価の変動に対処して値段は消してあったのに……」
 メニューを広げたまま微苦笑した。
「政権が代わって物だけは豊富になったわ」
「統制経済は廃され、新自由主義とやらに成り代わったそうだが、アメリカの機嫌が変われば、また元の黙阿弥。物不足と物価高に転落して、国民の格差は開くばかりだろうね」
 ブランカ、ではないマリアを前にした安心からか、つい政府批判を洩らすカルロスが逆にマリアに目顔でたしなめられた。
「なんだ、これじゃあべこべだね」
 そう言って2人で顔を見合わせて笑い合った。
 注文が運ばれ、カルロスが旺盛な食欲を発揮した。その頼もしい食べっぷりを、マリアは紅茶をすするだけで眺めていた。
 途中、ハッとして顔を下げた。
 軍服姿が2つ横切った。顔は見てない。とても見られたものではない。その緊張の余りもう1人の連れにも気づけなかった。マリアの心の警戒信号が早鐘を打ちはじめた。
 それとは対照的に、カルロスは落ち着き払って食事を愉しんでいる風だった。それをマリアは民間人の油断と眉をしかめた。
 カルロスが食事を終えた。口をぬぐったナプキンを2つに折った時、コーヒーだけで時間を潰していた軍服が2人とも立って近づいた。
 マリアの警戒信号の早鐘が乱打された。
 その時にもカルロスは落ち着き払い、むしろそばに来た軍人を親しげに迎えたくらいだ。
「ではマリア、行くよ」
 先に立たれ、初めてマリアは顔を上げた。
「グスマンさん!」
 もう一人がエレーナであるのも分かったが、これはかろうじて口に出すのをこらえた。そして同行者にジャンヌがいることもやっと確認できた。
 そうして5人はレストランを出た。
 カルロスの妻が経営するクリーニング店『アナベルの店』も近所という、サンチャゴ中央市場近くの通りの一角に車3台が仲良く並んでいた。
「びっくりしました。グスマンさんがいらっしゃるなんて。しかもエレーナは軍服で!? わたし聞いてないよ!」
「まあまあ。これはわたしの発案で……」
 マリアの怒りの口吻をグスマンが鎮めた。
「民間人のカルロスさんに搬送役は荷が重すぎると判断しての変更です。ジャンヌはともかく、エレーナさんは当局がマークしている要注意人物ですしね」
「でも、それじゃグスマンさんにご迷惑が……」
「いや、妻とも相談して、作戦と並行してジャンヌを連れて高飛びする道を探ってるところです」
 思いがけない話にマリアもエレーナも顔を見合わせた。
「で、カルロスさんは?」
「わたしはあちこちにコネもあるしね。チリが好きだし、この国に民政が樹ち立てられる日を待つつもりだよ」
「そうですか」
「ジュネもウチにいてくれることになった。それにタマラさんも次の看護婦の口が見つかるまでウチで働いてもらうことになったよ」
「えっ!? ジュネやタマラさんまで!?」
 ジャンヌが驚いて目を丸くした。
「妻は、また賑やかになったと大喜びだよ。あんなに嬉しそうな妻を見るのは、ずいぶん久しぶりな気がする」
 と、これは特にマリアに向けて言った。
 ジュネとタマラはどこでも人気者のようだと、ジャンヌもまずは安心した。
「さあ元気をだして。これからしばらく車で一緒する美人がそれじゃ台無しだよ」
 また慣れない場所で、一時でも窮屈な思いをするだろうジャンヌを気遣い、カルロスが精一杯の冗談で盛り上げた。
「予定変更で1台余ってしまったな」
 グスマンが車のキーを手にして誰に手渡そうか迷った。
「それならわたしが運転します。軍人は軍人同士、その方が似合ってますよ」
 そう言ってマリアは深くは考えずグスマンからキーを受け取った。
 こうしてそれぞれの運命を乗せて3台の車はサンチャゴ中央市場の雑踏を縫うようにして通り抜け、そのあとは2台と1台に別れてスピードを上げた。




選ばれし者


 小高い丘の急斜面に、その入口はあった。
 案内の若者が造花で擬装されたであろう、ある部分に手を触れると、微かなモーター音がして草の斜面の一部が割れて暗い空洞となっていった。
「おおっ!」
 初老と中年の男女客、4人連れてきたボディーガードも皆、驚きの声をあげた。それに対して若い案内人が頭を下げて丁重に詫びた。
「アジェンデ政権時は絶対秘密事項で、ご昵懇のレーヴェ様にも今まで隠しておりました」
 幅約1メートル、高さ1メートル半ほどになった入口から地区責任者が出迎えた。そして入口の向こう側でゼーラの盟主、車椅子のバルツァー・ジークベルトが待っていた。
「ジーク・ホイゼの寝心地はどうだったかね」
「わたしはぐっすり。マダムはどうでした?」
 レオナルト・レーヴェ男爵がマルガ・ローエンシュタイン女史に感想を求めた。
 涼しげなサマージャケットを羽織り、ワンピーススリットの短めの裾から肉感的な太腿を覗かせた銀髪の貴婦人は生憎のねぼけ眼だった。
「ミゲル坊やとユダヤ娘のエッチが頭でちらちらして何度寝返りを打ちましたことか……」
 正直そのとおりだったのだ。
 ナチ服のアメ公女と小娘2人がジャップ女をいたぶり、その様を盗み見る若いチリ兵とユダヤ娘――こっちはその両者を隠しカメラで見てプロレス観戦よろしくはしゃいでいたのである 。
「しかし、母屋をわたしらに明け渡して、君はこんな幽霊屋敷で一夜を過ごしたのかね」
 レーヴェが呆れてきつい冗談口を叩く。
「パーティーを前に、まだいろいろと準備があるんじゃよ。しかたないじゃろうが」
 疲れた声で答えて、教祖が中へと案内した。
 隧道ようの通路は低い天井から裸電球がぶら下がるだけの暗さの上、苔むした地面は湿って滑りやすく慎重に足を運ばねば危なっかしい。
 黙々と歩くことわずか一時、床がリノリウム張りに変わって綺麗に内装された壁と天井になる。壁の所々にハーケンクロイツの紋章、一瞬、時代が逆転したかに錯覚する。
 先を歩くマルガの心臓の鼓動が速まった。
 廊下の左右に部屋が続くが、最初は倉庫とおぼしき部屋が、やがて扉に小さな覗き窓を付けた怪しげな雰囲気となると、それ以前から微かにただよっていた消毒臭が強くなった。
 中世の牢獄を思わす鉄扉が重々しく開かれ、中からけたたましい悲鳴が飛び出した。
 ここは拷問部屋、いや実験部屋というべきだろう。全裸の若い男が骨組みだけのベッドに寝かされ、そばに白衣の女がいた。
「ミランダは“特別な女医”でね」
 勝手知ったるレーヴェが、ゼーラの盟主を差し置いて妙な言い回しで紹介した。
 “特別”の説明はこの際不要だろう。女医は醒めた顔で手足をベルトで縛られ、身体中にコードを付けた男に電気を流していたぶっている。傍ら書類綴りに数値を書き込んだりもした。
 奇妙なことに、このような情況下にかかわらず実験動物の性器がわずかでも勃起しているのは、通電の合間に能面女のミランダが手術用手袋の手でせっせとしごいた結果だった。
 そしてまた実験体が「ぎゃっ!」と呻いた。
 その瞬間には飛び上がったかに見え、短い断末魔は「ぎゃああ……」と尾を引いて最大級の絶叫となって続き、電線を付けた乳首や男性器、それ以外の全身にも痙攣が走った。
 けたたましい悲鳴を後に、その部屋を出た。
「あれは何の実験かね」
「CIA長官アレン・ダレスも褒めたカナダ人医学者キャメロン博士の持論“非パターン化”のゼーラ的実証じゃよ。高頻度かつ大量の電気ショックをモルモットに与えて意志を確実にコントロールする、つまりは“洗脳”実験じゃ」
 モルモットとはむろん人間だ。教祖の説明中マルガの脳髄は想像を逞しくし、今見た男の姿に別の姿を差し替えて興奮に胸は高鳴った。
 隣りの大部屋では若い乙女らの甘酸っぱい汗の匂いと体臭に頭がくらくらしそうだった。
 ぴちぴち姿態の少女たちが立って胸囲を測られたり、椅子に座って血圧を診られたり、一見して小学校の身体検査のような光景が展開されていた。ざっと見わたしても14、5人はいた。
「この子たち全員がパーティーで……?」
「コンパニオンだったり出演者だったり……」
 教祖はそこで一段と声を低くした。
「出演者とはもちろん残虐ショーの生け贄ということじゃ。そのため、選ばれた者らは今夜から連日連夜耐久訓練を受けることになる」
 そう言って方々見回し、身体検査には加わっていない囚着の中から一人見つけた。
「おい、ゾーヤ」
 呼ばれて弾かれたように飛んできた。それはすらりとした長身で、色白な肌の、碧眼金髪の典型的スラブ娘だった。
「脱げ」と命じられて脱いで見せた肢体のシミ一つないまぶしさ。
「腸洗浄は済ませておるな」
 うつ伏せ姿勢を命じて床に膝を着かせた。肘と頭を低くして小尻が突き出、車椅子から見下ろす位置にアヌスと性器の股間がさらされた。
 掌を上にして指が割れ目に挿入された。ゾーヤが首をのけ反らせる。ルージュの唇が悩ましげに開いて喘ぎを洩らした。
 早くもそこはぴちゃぴちゃと音をたてていた。
 指なぶりがせわしなくなった。
「あ、ああ……うう……」
 喘ぎ声におびただしい水音が混じり合った。
 指が抜かれたが、その指がそばの肛門を突いた。凌辱の愛液の滑りに助けられて中指が、次いで人差し指が入れられ、3本目の薬指でゾーヤから「ううっ」と苦痛の呻きが発せられた。
「固いな。少しほぐしてやろう」
 そう言って指をうごめかせ、たっぷり愛撫し、ぬちゃぬちゃいわせるまでにした。
「あれを」
 教祖がもう片方の手を差し出し、太さ5、6センチもある上に、金属製のビスを突起させたかなりな長さの棒器具を受け取った。
 その先端を凌辱のぬめりを光らせる菊皺の肛穴にあてがう、と、少女が恐怖に目を見開いた。
「せいぜい頑張って悲鳴を耐えよ。少しでも叫んだら罰として電気ショックをくれるからな」
 恐ろしい脅しをくれ、酷たらしい忍耐を課して教祖が責め具を握る手に力を込めた。
 眉間に皺を寄せた少女の口から、ひときわ大きな苦痛が発せられた。のけぞり、身悶え、酷い太さの兇具を容赦もなく食わえさせた。
「ひ、くううーっ!」
 のけ反る顔が苦痛のあまり醜くゆがんだ。
 棒器具はアヌス穴を全開させたままどんどん挿入を続けた。途中つかえて「げっ」と異様な呻き。叫びになる前に必死にこらえた。
 S字結腸にぶつかったんだ!
 歯ぎしりしてひきつる顔に脂汗がにじんだ。
「くっ、くひいーっ……!」
 突っ伏した顔が横を向いて耐えに耐えた。肘を着いた手の先が力一杯握られた。
 S字が開いたようだ。いったん挿入を止めた棒器具がずずっ、ずずずっと断続的に挿入運動を再開した。その際に悲鳴にならない悲鳴が、しかし悲痛きわまりない響きで発せられた。
「ひい、ひい、ひい……ひひひぃーっ!」
 ぶるぶるっとゾーヤが髪を振り乱した。
 肛門に突き立った兇具がずぼっと一気に突き抜け、角度を付け、微妙にひねりを利かせたことでまた深く押し入った。最後は堰を切ったかのように容易に入っていき、50センチほどもあった棒器具のあらかた体内に没入された。
「さあ、歯を食いしばれ。舌を噛むなよ」
 そう言ったかと思うとスイッチ――
「ぎゃっ、ギャアアッ!!」
 白目を剥いて飛び上がった。
 棒の先で盛り上がった腹部に痙攣が走った。膝を着いて開かれた両脚がガクガクッと凄まじい不随意痙攣を招じた。太腿が筋を浮かべてぶるぶる震え、爪先が床を蹴った。電気仕掛けの玩具のような蹴っ飛ばし運動が繰り返された。
「うわわわぁーっ!! ウギャアアアーッ!!」
 泣き叫ぶ目が飛び出るかのようだった。上体が突っ伏した姿勢のまま激しくのたうち、尻から棒の先を生やしながらついには逃げ回った。
「おさえろ! つかまえろっ!」
 教祖が激怒して部下に命令した。ナチ服が2人3人と少女に掴みかかり、痙攣を繰り返す身体を床に押さえ込んだ。
「止めろ。スイッチを切れ。バカ者!」
 教祖の逆鱗に触れて誰もが青くなった。
 介助を失った教祖が自分で車椅子を漕いで少女に迫った。ぜいぜい、はあはあ、喘鳴音をあげながら喘ぐゾーヤの後ろ髪を掴んだ。2、3発頬を張り、自分の方に向かせた。
「貴様、逃げたな。わしを愚弄したなっ!」
 激しい恫喝をくれて睨め付ける教祖に、ゾーヤは悪びれるどころか敵意に爛々と燃える目で逆に教祖を睨み返していたのだった。
「小面憎いロスケ娘め! こいつに罰を……尿道と陰核に20ボルト内外の電気責めを断続的に2時間、ただしその前に、子宮と直腸に50ボルト以上100ボルト未満の電気ショックを断続的に1時間から1時間半。容赦するなっ!」
 そう言いつけてその部屋を後にした。
 マルガもレーヴェも、出ていく背中でゾーヤの血を吐くような悲鳴を聞いた。
「お陰でいらぬ時間を食ったわ」
 教祖はいまだ憤懣やるかたないようすだがマルガは十分満足していた。全身痙攣しながら逃げ回るゾーヤの悲惨な姿が、くっきりと鮮明に頭に刻みつけられ、その興奮が持続していた。
 3つ目の部屋も凄かった。
 そこでは女が骨組みベッドに寝かされ、全身にコードを繋がれ、ナチ服を着たゼーラのコマンドから電気拷問を受けているところだった。
 ただ、そこでは変圧器の扇形に表示された目盛りの数値を見てびっくりした。
「ひゃ、100ボルト!」
「鍛えられればそれくらいも平気ということだ」
 教祖は歯牙にもかけず言い切った。
「あううーっ……!」
 その100ボルトを、女は泣き叫ぶことなく悲痛に顔をゆがめるだけで歯を食いしばった。必死にこらえる傍らに12インチ小型テレビ。
「アナ、また亭主に声を聞かせてやれ」
 教祖が目くばせ、エルンストが即座にスイッチをひねった。と、モニター画面にアップされた顔は混血のチリ人男だった。精悍な二枚目顔は、画面では痛々しいほどに憔悴していた。
 アナと呼ばれた女が呼びかける。
「あなた、わたしよ、聞こえる? アナよ」
 憔悴した顔に、一瞬精気がよみがえった。
「アナか。聞こえるよ。元気そうだな。俺もこの通り大丈夫だから安心してくれ」
「わたしも大丈夫だからね。また会えるからね。元気を出して……」
 そこまで言ったところで無情にもスイッチが切られ、画面から愛しい男の顔も消えた。
「じゃあな。マブとの再会のためにも精進せよ」
 おためごかしの猫なで声をかけて、教祖はその部屋も後にした。
 廊下に出てからレーヴェが疑問を口にした。
「これまで見てきた女たちだが……」
 そう訊いたら教祖がまたひそひそ声になった。
「ああしてアナに耐久実験を繰り返しているのも、できるだけ長く生きてもらうためさ。ジャップ女同様パーティーで拷問し、解剖し、ずたずたに切り刻んで惨殺するためなんじゃよ」
 表情一つ変えず言い切った教祖の冷酷さにレーヴェもマルガも返す言葉をなくした。
 実はスナッフ・パーティーなど半信半疑どころか冗談と思っていた。先んじて訪ねたのも、いきなり驚かされるより前もって知りたい欲求に他ならなかった。だがしかし……。
 こうなれば毒食らわば皿の心境だった。
 そうして4つ目の部屋にたどり着いた時、
「ここから先は君たちの遊興部屋だ。中の馳走は煮て食おうが焼いて食おうがかまわん。
 まずはマルガさん……」
 そう言った所へ扉が開いて白衣が覗くが、驚いたことにさっき男の囚人を酷く電撃実験にかけていた能面ミランダだった。そして教祖は、
「さあレーヴェ。君は姦りたいんだろ? テントを立てて爆発しそうなのは解っとるぞ」
 ほほほと女みたく笑い、レーヴェとそのボディーガード2人を引き連れてその場を離れた。
「じゃ、お前たちもここで……」
 残る2人も廊下で待たせて、中へ入った。
 壁も天井も白一色。病院の診察室のような部屋だった。中央のベッドにシーツが掛けてあり、下に人が寝ていることが分かる膨らみだった。
 そのシーツをミランダが剥ぎ取った。
 雪のように白い肌の痩せ形美少女が仰向け人の字に寝かされていた。腰の横に伸ばされた手首と開かれた足首をベルトで、骨組みだけのベッドの格子部分にしっかりと結ばれていた。
 そばまで近づき、その顔を取った。
「歳はいくつ?」
「じゅ、16です」
 緊張の面持ちで答える少女は、童顔のゆえにかそれより下に見えた。そう思いつつ、手はミランダから渡されたドクターハンドを装着していた。
「まず、電気を使うわ」
 お馴染みの装置を部屋の隅にあるロッカーから運ばせ、小首を傾げるミランダに拳を作った右手で突くふりをした。
「すぐじゃ無理でしょ。だから電気で痺れさせて痛覚を鈍らせる。麻酔効果というわけよ」
 ひそひそ声の説明に相手はニッコリ頷いた。
 ピンクの陰唇に金属製のクリップをはさみ付けた。
 少女はと見れば目を見開き、必死に許しを乞うている。四肢の先を懸命に足掻かせている。腰の横に伸ばされた手、左右に伸ばされた脚の先が戒めに抗して可能な限りもがいていた。
 スイッチを入れた。
「うっ、くっ」と喉が、顔が反り返った。
 変圧ダイヤルを回す。扇形メーターの針が下からゆっくりぶれていく。
「うー……ああ、ああ、あー……」
 昇圧につれて、人の字の背中が弓なりに反っていった。爪先が、拳が苦しまぎれに内向き加減になるが、それ以上は無理だ。なおも閉じようとすればベルトが酷く食い込むだけだった。
 20……25……30……
 そうして悲鳴は絶叫に転化した。
「ぎゃあああーっ! ウギャアアアーッ!!」
 マルガが腕時計を見た。5秒……10秒……秒針を数えながら、通電をやめなかった。頭の中で、今まで手にかけた女たちが、少女たちが、彼女たちの苦悶がよみがえった。
 横を見たらミランダが薄笑いを浮かべていた。
 わたしも笑っているだろうか。
 悲鳴は聞こえてはいなかった。ただ、全身に硬直の筋を浮かべて少女が苦しみにのたうち回っていた。顔を醜くしかめ、額を脂汗で光らせ、大口開けて泣き叫んでいる。マルガにその声は聞こえないほど嗜虐に取り憑かれていた。
 気がついたら15分以上も経過していた。
 少女の泣き叫ぶ声が掠れるまでになっていた。
 スイッチを切った。てんでの方向を向いて足掻いていた手足の先が、のたうち回る全身がどっと崩れ、全身ガックリと力を失った。
 喘鳴音をあげて喘ぐ汗まみれの全身。倒錯的残虐美に彩られたおぞましさの極致、その凄惨を冷ややかに見下ろすマルガとミランダ。
 電極が外された。1個、2個と外しながら、肉の淫裂を濡らしている露を見逃さなかった。もちろん愛液は快楽の所為ではない。長時間の通電刺激で身体が勝手に反応したのだ。
「頑張ったわね。ほら、ご褒美よ」
 そう言ってたっぷりと電気を流したその部分の残虐の露を一すくいし、後遺痙攣に震えながら茫乎としている顔になすりつけてやった。
 それから少女をいったん自由にした。2人がかりで足を取って引きずり、股間がベッドの端すれすれにきたところで膝を一杯に折り曲げて観音開きにした。
「この子、性器美人でもあるわね」
 そう言って局部に目を落とした。
 楚々として淡い茂みから、細かな陰毛に淵どられたラビアがくっきり浮き立ち、まるでピンクの薔薇か何かの花びらを思わせ、匂い立つようだった。
 ミランダがローション液の広口瓶を傾けた。水で薄めた水溶液が割れ目にも、マルガの手袋の手にもぽたぽたと降りかかった。
 それまで呆けたように、なすがままにされていた少女が、再び恐怖に取り憑かれた。激しく首を振っていやいやを繰り返した。
 哀れさに容赦はない。かえって興奮するだけだ。泣け、叫べ。その思いに憑かれ、液を器用にからめて指3本までを割れ目に押し込んだ。
「ぐえっ」と異様な叫び。
 少女の上体が蛇のようにうねった。かまわず突っ込んだら痛々しい悲鳴をあげた。
「電気責めの効果がないようね」
「あ、あはは……はうっうっ!」
 それでも少女は気丈に耐えた。その気丈さが悲鳴に妙な抑揚を付けさせたが、身体は正直で無理な挿入に抗するあまり力んで硬直した。
「ううーっ!」
 苦痛が高まった。割れ目に押し込むマルガの指が3本から4本に増えようとしていた。挿入の無理さ加減は手に感じる圧迫でも分かった。
「ふん。それならそれでかえっていいわ」
 無理矢理挿入することが拷問フィストの醍醐味であることを、今さらながら思い出した。
「むああーっ!」
 と、観音開きの下半身を揺すって上体が大暴れした。
 太腿というのもはばかれるほどの細足に硬直の筋。それが苦痛に反応してぴくぴくする。少女の苦痛の叫びに嗜虐の炎を煽られ、手刀は4本指に、親指も入れてとうとう5本にした。
「うううーっ!」
 呻きを強くしてのけ反った。
 手刀が蜜壷の中で掻き回された。回転し、爪を立てたりひねったり、少女の苦悶など歯牙にもかけず、2、3回出し入れしていた手刀を、一気に引き抜いた。
 一方、ミランダは少女の頭の方に回って、汗で光る美乳を両手の中で揉みしだいていた。指が器用に乳首をはさみ、両手が円弧を描きながらの巧みなマッサージ刺激で愛撫していた。
 マルガはいよいよ手の先を拳にした。その拳を割れ目にあてがった。ゆっくりと押しつけ、尖らせ加減の拳で割れ目を押し開き、口を開けさせながら挿し込んだ。
「ううっ、ひっ、いやっ……」
 少女がしゃくり上げるような激しい嗚咽を洩らした。
「気を楽にして。深呼吸するように……」
 ミランダが耳元でアドバイスした。しかし、少女は恐れるばかりだった。
「力を抜かないと裂けるわよ。少しでも酷い目を見たくなかったら、ゆっくり息を吐いて、吸って、それを繰り返すのね」
 マルガは脅しを込めて助言した。あとは知るものか。一気貫通あるのみだった。可愛いい性器が切れて血を吹き出せばそれも面白い。
「はっ、はっ、ふっ、ふっ……」
 少女も観念した。というより血を見るのも痛みがこれ以上酷くなるのも厭だった。まるで産婦のように声に出しての深呼吸を繰り返した。
 右手の拳に力を込めた。左手を添え木にして体重をかけるように、全身を少女の膣道方向に傾けた。酷い圧迫と悲鳴。ずるっと拳がめり込みピンクの陰唇がこれ以上ないほど開ききった。
 絶叫が密室に反響した。
 耳をつんざいて叫ばれた時、ずぶっとマルガの拳がすっぽ抜けた。血を滲ませてぐちょぐちょに濡れそぼつ少女の性器が、すっかり拳を呑み込んだ後から手首を生えさせていた。
 それからゆっくりと前後させた。
 初めゆっくりのピストン運動がだんだん速さを増してきた。
 やがて、マルガの拳は不思議な締め付けを感じていた。膣全体が違う生き物のように、呑み込まれたり、押し返されたり、拳が膣の中で遊ばれている感じだった。
 少女の中に妖しい魔性を感じとった時、
「ううああーっ……ああ、ああうっ……」
 恍惚として背中を反らせた。美乳が妖しく揺れて、浮き立つあばらが淫猥さを際だてた。
 ピンクの陰唇をぱくぱくさせて出し入れされる拳が、愛液ともローション溶液とも違うものを付け始めた。乳液状に白濁した液が出し入れされるごとに粘度を増してヨーグルトのように濃く変わっていった。
 あたりに性臭がたちこめた。
「あ、ああーっ!」
 一声叫んでのけ反る上体。
 絶頂に達した瞬間だった。
 と、その時、拳のいちばん太い部分を食わえて開ききった陰唇から、じゅくじゅくと泡状の白濁液が勢いを込めてあふれた。
〈この娘も数日後には……〉
 そう思った時、マルガの心に少しだけ憐れみの感情が込み上げた。


 レーヴェはジーク・ホイゼにいた。
 2階以上の高さを有した吹き抜け部分を見上げて、レーヴェは息を呑んでいた。
 そこに至る過程がある。
 マルガがせっせと少女を30ボルトの電気責めで酷く責めているその時、レーヴェはジーク・ホイゼの一室で娘を相手に励み、その膣内に欲望のたぎりをぶちまけてすっきりとした。
 その後で教祖から誘われた。
 下から見上げる吹き抜けに、目隠しされた少女が縄で縛られた両手を下に、脚を開かれた姿勢で逆さ吊りにされていた。
「この者はアニータ。左翼の活動家だったが、ある目的のためにこのように生かしてある」
 2階部分から教祖の声が聞こえた。
 アニータに掛けられた布の形態が妙だった。脚は丸出しににょきっと突き出ていたが、それ以外は股間を隠し、それの延長がワンピースのように左右に分かれ、腿から下の逆さ吊りされた顔の手前まで垂れ下がっているのだった。
「こっちへ来いレーヴェ。背中の方へ回れ」
 2階部分からまた声がかかって、逆さにされた娘の下を通って背中の側へ回った。
 その時モーター音がして、カーメラ、スサーナというナチ服の少女を乗せたクレーンが降りてきた。股間を見下ろす位置で止まった。
「まだ完成前で、お披露目というには早い段階だが、特別にご開帳してやる」
 もったいを付けて言った。
「いいぞ。ほどけ」
 教祖の一声で、股間で留めてあったホックか何かが音を立てた。腰の横でもパチンと弾け、もう片方の腰も同様外していった。
「よーし、いよいよご開帳と行け」
 ゴーサインが出た。何が始まるのか。
 レーヴェから見てアニータの背中を覆っていた布がはらりと解けて、ふわっと舞った。縄目の戒め以外は一糸もまとわない少女の背中に――
「ああっ!!」
 レーヴェが息を呑んだ最初がそれだった。
 若い柔肌の背中にくっきりハーケンクロイツの紋章。そして、逆さ卍に絡みついた2匹の蛇――1匹は鎌首を持ち上げて牙を剥き、一匹は下に垂れ下がって、腰の途中からカーブを描いて前に回りこんでいる。
「こ、これは……!?」
「タトゥー(刺青)じゃよ。ニホンの彫師に彫らしたんじゃが、仕事が遅くて今日の間には合わんかった……」
 あとは独り言に繰り言をつぶやいた。
 確かにそれは未完で、前に回り込んだ蛇も途中でちょん切れ、逆さ卍にしても2匹の蛇にしても全体地味で、まだ十分な色が入ってないとも取れる。
 だが、レーヴェが仰天したのはその後だ。その驚愕に向けて、今、酷たらしい凌辱地獄が目の前で繰り広げられていた。
 天井にほっそりとした脚を突き出した開脚姿勢はそのままだったが、アニータは下に降ろされ背中は床に乗せられていた。曲げた腰の後ろにカーメラ、スサーナのナチ服2人がへぱり付いていた。
 嬉々として両者が利き腕をアニータの陰毛を剃られた剥き身の性器と肛門に突き立て、激しくピストン運動を連打させていた。
「うああーあ、あうあー……ああぁぁ……」
 目隠しの顔から恍惚の喘ぎが洩らされた。
 傍ら、教祖が満足の笑みを浮かべている。
「さらった150人のうちから選ぶつもりだった。間違えて拉致したレジスタンス戦士のこの者に、まさかそのような魔性があるとはな」
「魔性、とは……?」
 教祖は黙ってその部分を見つめていた。すぐ脇に小さなホクロを見せる、拳と手首を交互にさせる淫らな陰唇が、何か別の生き物の口を思わせた。
 そういえば、ここには蛇の頭が彫り込まれるのではないのか。とすると、性器は口になるのか。目はどこだ、そんなことを考えている間に、アニータの恍惚、喜悦は高まりを見せた。
 喘ぎ、叫び、汗と涙と涎でぐちょぐちょの顔を振り振り、投げ出した両手の先で床を掻きむしりながらのけぞり、のたうち回った。
 恐怖のダブルフィスト姦が激しさを増した。
 ずぶずぶと音をたてる性器と肛門。
 狂喜の喘ぎと叫び声が吹き抜けいっぱいに響き上げた時――
 拳を食わえていっぱいに開かれた剥き身の陰唇の上に2つの赤い点が、それが滲んで濃くなり、少しずつ大きくなっているのだった。
「透かし彫りじゃよ。隠し彫りした部分が風呂などで上気したりするとほんのりと赤くなる。だが、この娘はエクスタシーによってそれが出る」
 拳を呑んだ性器が蛇の口なら、くっきりと浮き出た2つの赤い点は蛇の目――正に未完の蛇の、そこだけ完成された赤目だった。
 だがレーヴェが心底仰天、驚愕したのは下腹部から片方の乳房にかけて滲み出たピンクの帯で、帯と見えたそれが、やがてくっきり、真っ赤な一行の文字となって燦然と描かれた。

 Siegreich SEELE, magst ruhig sein

 ドイツ語のSEELEは、大文字であるからには「魂」ではなく「ゼーラ」そのものと読むべきであろう。そう解釈して和訳すれば、

 揺るぎなきゼーラよ 安らかであれ

 それが鮮明に少女の柔肌に、消しがたい悪魔の紋章として刻み付けられたのである。
「この娘を野(や)に放つ。それによって千年王国ゼーラの存在を世界中に知らしめることになるじゃろう」
 狂気に取り憑かれた教祖ジークベルトの高らかな宣言が、ジーク・ホイゼの吹き抜けに朗々と響きあげた。




クロスファイア


 サンチャゴを出てどのくらいになるのだろう。パンアメリカンハイウエイ沿いに、どこかの街の中心を走っていた。
 運転するグスマンが腕時計に目をくれた。
「まだまだ先は遠そうだね」
 そう言って助手席に座る、自分とおなじ軍服姿のエレーナに微笑みかけた。
 そのエレーナが、さっきから後続の車の異変を感じ取った。マリアのようすがおかしい。目顔でさかんに何か訴えかけている。
「尾行されているようだね」
 グスマンもバックミラー越しに確認した。
 9・11クーデターを強力に後押ししたアメリカ。アジェンデ政権転覆直後、戒厳令下で行なわれた過酷な粛正と弾圧の嵐の中、ひときわ残虐な行為が米軍特殊顧問の大尉――ライアンことマイケル・ヒギンズによって行なわれ、それらの事情を知るキンバリー准将がいた。
 キンバリーは米軍上層部に圧力をかけ、自らの優遇を求める挙に出た。米軍はあっさりとこれを拒否し、キンバリーは国家と軍に反目したままドイツ人居住区コロニアル・ゼーラに逃げ込んだ。そこではユダヤ人虐待を含む数々の残虐行為の噂がささやかれていた。
 キンバリー抹殺とゼーラ殲滅を目的とするアメリカ軍は、ベトナム戦争で殊勲を立てたジェームス・リッチを味方に付けた。リッチは元チリ軍の腕利き戦士ガスパール・ルイスを引き入れ、リッチ自身が今はチリのピノチェト体制に牙を剥くレジスタンス戦士である。
 ゼーラ殲滅の成否は、屈強な実戦型戦士リッチ、ルイスの肩にかかっていると言っても過言でないほど2人は貴重な戦力だった。であるならば、その味方であるレジスタンスの同士にも迂闊には手が出せないはずだ。少なくとも作戦終了までは泳がせておくはずである。
「でも、表だってはできないので、警察も軍も下部組織までは十分伝わってないんでしょうね」
「相手が米軍でも政権当局でもないとしたら?」
「では、ゼーラの手の者が!?」
 最悪の想定にエレーナは色を失った。
 後ろでクラクションが一つ鳴った。マリアが追い越しを仕掛けている。
「囮になるつもりかしら?」
「いや、尾行が本物か試すつもりだろう。
 よし、それならこちらも敵がどういう奴か見極めてやろう」
 グスマンがハンドルを握る手に力を込め、クラクションを一つ叩き返した。
 それを合図にマリアがダッシュをかけた。ぐんぐんスピードを上げて、エンジンが焼き切れるかと思うくらいアクセルを吹かし、廃棄煙を撒き散らしながら横を通り過ぎた。
 すぐ後からトヨタのクーペ。それが並んで助手席のサングラスをかけたやくざ風の男の横顔――片手を背広の胸ポケットに入れ、そこに明らかに拳銃と分かる物が光って見えた。
「マリアが危ない!」
 だが2人にマリアを心配するゆとりはなかった。すぐ後に続いたセダンが横並びした時、助手席から身を乗り出した男が手帳を提示した。
「警察です。止まって!」
 グスマンもエレーナも愕然とした。だが、警察手帳を見せられたからには素直に応じるしかない。
 路肩に寄せてスピードをゆるめながら、目は気になる前方を追っていた。
 タイヤに悲鳴をあげさせながらマリアは十字路を右折した。トヨタクーペのエンジン音もそれを急追した。と突然――
 パーン、パパーン……
 マリアが向かった先から銃声が響き、グスマンの頭の中で火花が散った。エレーナは撃たれて突っ伏すマリアを連想した。急ブレーキを響かせ、エンジン音も絶えた。
〈やられた!〉
 グスマンもエレーナも呆然とした。
 はっと我に返ると、開け放たれたサイドウインドウ越しに覗き込む刑事の顔。
 要請に応じて車から降りるしかなかった。
 刑事も降りてきてグスマンに職質をかけた。
「階級と姓名を名乗ってもらえますか」
「首都防衛連隊マヌエル・グスマン大尉だが」
 マヌエルの肩越しに助手席の方を見て、
「そちらは反体制派活動家、全国指名手配のエレーナ・デュポンではありませんか? お尋ね書きの写真とよく似ているが」
 そう訊いてきた。
 何もかも知って自信たっぷりの口ぶりだった。その裏をかいた。
「エレーナとイレーネ、なるほど。だからよく間違えられるそうだよ。彼女はれっきとしたチリ軍軍人だが、アメリカ軍軍事顧問、イングリード・キンバリー准将付兵曹だよ」
 そう言ってイレーネの写真部分を擬装した軍隊手帳を提示した。
 刑事2人は、とたんにニヤニヤしだした。何か言おうとする機先を制して、かねて用意のハッタリをかました。
「そう。キンバリーは不行跡で軍籍を剥奪され、彼女の私兵であるこの女も今では指名手配の身だ。だからわたしが逮捕し、これから隊に連行して厳しく取り調べるつもりだったんだよ」
 グスマンの口からの出まかせに、真面目に聞いていた刑事は呆っ気にとられた。
「そういうことですか、分かりました。では、お気を付けて……」
 納得して戻りかけた刑事を引き止めた。
「さっき前方でしてた銃撃は……?」
 振り向いた顔が一瞬訝しがって訊き返した。
「お知り合いですか? 連れですか?」
「あの騒ぎだ。銃声まですれば誰だって気になるだろう」
 刑事が「なるほど」と頷いたところへ、もう一人の刑事が降りてきた。警察無線での確認を報告しようとして、グスマンの耳を気にしたが、
「いいから言ってみろ」
「さっきの銃撃は軍でも警察でもありません。すでに現場は襲撃された車を残し、人っ子一人見あたらないそうです」
 同僚の報告にグスマンの相手をした刑事が首をひねった。
「手慣れたもんだな」と感心し、「過激派同士の内ゲバ争いだろうな」と結論づけた。
 刑事2人のやりとりに、グスマンもエレーナも顔を見合わせた。




落とし穴


 マリアは意識を取り戻した。だが目隠しで目は見えず、手は背中で縛られ後ろ手拘束に、足首も一つに結ばれ蓑虫のように転がされた不自由な状態だった。
 衣服は脱がされてなかった。
 ここはどこだろうと考え、直感したのがDINA(国家情報局)だった。
 9・11クーデター翌日には早くも創設されたDINAは、アジェンデ派生き残りや左翼を弾圧する中継拠点として、チリ全土に秘密警察の秘密アジトを張り巡らせてきた。
 が、それにしては妙だ。さっきからしているチェーンソーの回転音である。あたりは埃っぽく、すぐ外で解体工事でもしているのだろう、工事の連中が呼び交わす声まで聞こえていた。
 耳が敏感に反応して何かを聞き分けた。
〈階段を誰か上ってくる!〉
 マリアの心臓を早鐘が打った。鍵をこじる音、ドアが開く音がして足音が入ってきた。
「誰なの? なぜこんなことをするの?」
 恐怖心からそう訊かずにはいられなかった。
 答えはない。
 ドアを閉める音がして、きついオーデコロンの匂いと一緒に足音が近づいた。
 足音がぴたりと止まって、侵入者は無言のままだった。じっと見ているような、そうして何か思案しているような静寂が一時続いた。
 それから意を決したように、いきなり脇の下を掴んで引っ立てられた。
「あっ」と声をあげた一瞬には抱き上げられ、ぽーんとベッドに投げ出された。
 相手がのしかかってきた。ブラウスがちぎられ、ボタンがはじけた。ブラジャーが引き裂かれ、無防備にされた胸の乳房を鷲掴みされた。
 むんずと指が食い込んで揉みしだかれ、思わず大声を出しそうになった。
 レイプ犯であれ何であれ、思い切り叫べば工事の人に聞こえそうな場所に監禁し、猿ぐつわもせずなぜ大胆に振る舞えるのか。まるでこちらの弱みを見透かしているようだ。
 そう、助けは呼べないのだ。善意の民間人の助けだけで済めばよいが、そこに警察が関われば事情を訊かれ、マリアが「反政府活動をするテロ分子」であることがバレてしまう。
〈やはりこいつは秘密警察だろう〉
 そう覚った直後にしこたま当て身をくらった。
 ふたたび目覚めた時は全裸にされ、ベッドに大の字姿勢で縛り付けられていた。
 チェーンソーの音は止んでいた。
 その静寂の中で性器を割られ、指で愛撫されていた。指なぶりは驚くほど洗練されたものだったが、歯を食いしばって声をこらえた。
 ぴちゃぴちゃと水音をさせて指なぶりは続いた。淫靡な音以外は何も聞こえず、マリアは目でも凌辱されていることを感じた。
 ひとしきり指なぶりに興じた相手は、指先に付いた凌辱のぬめりを頬になすり付けてくる。そうして「ふっ」と鼻を鳴らしたりもした。
 突然何かがこすれ合う音、パチッ、パチパチッと火花がはじけるような音もした。
〈今のは何?〉
 一瞬には首をかしげたが、〈もしや〉という思いにハッとなった。
 背中を冷たいものが流れた。
 チェーンソーの音が再開された。今度はドリルの音まで聞こえて、ぐっと乳房を掴まれた。乳首に何か挟み付けられる痛み。もう片方にも付けられ、性器にも2箇所噛まされた。
〈いや、電気はやめて……!〉
 いつかこうなるのではという怖れを心に秘め続けてきた。
 レジスタンス仲間の間でも囁かれていた。これまでは不幸にして当局の手に墜ちた仲間の他人事だったが、今度こそは自分だ。
 第一撃は乳首と性器に伝わるちりちりとした痛みだった。それが……チェーンソーとドリルの音がうるさく鳴り響く中で変化した。
「ひえぇーっ」
 後先考えず絶叫をあげていた。
 キィーン、という癇に障る音がだんだん大きくなった気がした。
 苦痛は線香花火のような刺激から、ビリビリビリという独特の電気刺激に高まり、拷問電圧に向かって乳首と陰唇を叩き続けていった。
「うーっ。あ、ああーっ!」
 びりびり、ばちばちという刺激が乳首と性器を貫通し、両極間の筋肉を刺激しておびただしい不随意痙攣を繰り返していた。
 気がついたら中の悲鳴と外の騒音がいっしょくたになっていた。激しく回転するチェーンソーの音が悲鳴を掻き消しているのだった。
 局部を刺す苦痛が質的に変化した。
 電圧中心のショック刺激が刺すような、焼き付き、貼り付くような激痛刺激に変化した。苦し紛れに手足を握り締め、大の字拘束の上体が背中を大きく浮かせて身悶えた。
 股間から胸にかけて電気の嵐が襲っていた。不随意痙攣は上体に及んだ。額や首はじとじとに汗ばみ、手にも足にも全身にも汗を噴いた。
「うううーっ、あ……ああっ。くくっ!」
 のけぞり、のたうち回りながら必死に声をこらえた。
 ほんとうは助けを叫びたい。この場に誰か飛び込んでもらって、この何者か分からない奴を逮捕してもらって――だが、その先のことを考えると絶望的になってしまうしかない。
 すると今度は我が身の運命を呪った。なぜジュンコ救出を控えた今、なぜわたしなんだと。
 こいつはやはり秘密警察だ。少なくともレイプ犯などというケチな手合いではないだろう。
 彼らの権力をもってすれば白昼公然と公衆の面前で拷問したとして、誰に非難されるわけではない。アムネスティが見ているわけじゃない。国際赤十字に通報されるわけでもない。
〈た、耐えられない!〉
 拷問電圧が忍耐の限界を超えた。自暴っぱちに、苦し紛れに絶叫をあげようとした時、マリアの限界を覚ったかのように電圧がすーっと落ちていった。
 ちょうどその時チェーンソーの音も止んで電気刺激もピタリと止んだ。〈何かが来る!〉と思った瞬間、指がぬるりと性器に入ってきた。
 その入りように満足し、男の口から勝利の笑いが洩れた。そうしてさらに執拗に、陰湿に、しかも巧みにまた膣粘膜をなぶり始めた。相変わらず巧緻に長けた指なぶりだった。
「いやぁぁー……」
 とマリアは今度は別の意味から声を耐えねばならなくなった。こんな男のために、しかもこんな場面で感じなければならないとは、と、我が身の女を、性感を呪った。
 指は抜き挿しされるたび滑りを良くした。指なぶりは速さを増すことで指ファックに転化し、ぴちゃぴちゃという水音がじゅぽじゅぽという粘度を増した水音に変わり、マリアの羞恥心を打ちのめした。
「いやぁぁぁ……」
 5分、7分……執拗な指責めに泣き狂った。
 またチェーンソーが音を響かせ、その中でマリアは昇りつめた。背中を貫く快感の電流に全身を震わせ、何かを激しく発散した。耳元に男の勝ち誇った笑い声を聞きながら、膣なぶりが第3段階を迎えることになった。
 いったん脚の戒めが解かれ、そのまま男の手の中で膝を折り曲げ、観音開きにして縛りなおした。両脚とも同様にした時、カエルの解剖ポーズが完成された。
 男の含み笑いが嘲り笑いとなって耳にこびり付いた。
 これ以上ないくらい恥ずかしいさらされ方をした股間を凝視する男の目線――それを身体中に感じた。そのうえに何をされるのかという恐怖にマリアは怯え、うろたえた。
 乳首からクリップが2つとも外された。陰唇の2つも外され、1つは陰核に付け替えたが、あと片方はどこに繋ぐつもりだろうか。この地獄が永遠に続くのだろうか。
 チェーンソーの音が再開される中、突然襲った痛みにマリアは「ううーっ!」と卒倒した。
 痛みは尿道孔からきており、同時にクリトリスをもびりびり痛撃していた。陰核への苦痛は固定していたが、尿道孔へは鋭い拷問刺激が掻きむしっているという感じだった。
「ひいっ。ひええーっ!」
 最も敏感な中心に集中する電気責めの苦痛の酷さに、観音開きの脚を苦しまぎれに閉じようとして縄が太腿やふくらはぎに痛く食い込んだ。
 マリアが発する悲鳴が今度ばかりはチェーンソーの音に負けてなかった。だが、男はそれでも電圧をゆるめなかった。そればかりか尿道責めを面白がって電極を強く押しつけた。
「ぎええーっ! ぎゃひいーっ!!」
 惨たらしく泣き叫んだ。強く押し当てるたびに電撃が尿道を貫通して膀胱にまで達した。
 超感部分をバリバリと掻きむしる痛みは、3回、4回、5回と繰り返し、その間に1回は尿道の中にまで押し入って、その際の鋭い痛みは頂点をきわめて破壊的とさえいえた。
 全身が火のように熱く火照った。
 歯を食いしばるあまりに力の限り拳を握り締め、四肢の筋肉を突っ張らせて耐えに耐え抜いた。拷問電流は止むことなく、一定の強さを保って耐えがたい刺激で流れ続けていた。
 これは拷問なのか? ただ、なぶり殺しにかけているのではないのか?
 マリアはわけが分からなくなった。何を訊くでもなく、何をなじるでもなく、ただ、黙々と責めるだけ。電気を流すだけ。それ以外は時折り不気味に笑うだけに徹し続けている。
 この男の狙いは何なのか。ただ、マリアを責めることのみを愉しんでいるかのようだった。
〈わたしを知っている誰かなの?〉
 初めてそのことに疑問を持った。
 そして、なぜ今なのか。自分なのか。そのことをもっと突き詰めて考える必要がありそうだ。
「ギャアアアーッ!」
 激しい電撃に思考は吹っ飛んだ。男の電圧調整はまるでマリアの心を読んでいるかのようだった。また、こいつは誰なんだと思った。
「やめてっ、やめてよーっ。いったいどうしたいの!? 何が訊きたいのよーっ!」
 自暴自棄に問い返した。と、外の工事音が中断して電気拷問もストップされた。
 はあはあはあと、マリアは肩で息をした。
 クリトリスに噛まされた電極クリップが取り除かれた。だが、それでホッとするわけにはいかなかった。〈さあ、次はどこに来るの?〉と開き直って身がまえるしかなかった。
 まず、片脚ずつ親指の根本にクリップが繋がれた。
 腰が浮かされ、下に枕ようのものが押し込まれて、お尻を高くされた。それから肛門に何か無理矢理突っ込まれ、「うっ」と呻いた。
 節くれ立った男の指だった。排便以外の未通領域に無理矢理押し入り、痛さのあまりに顔をしかめて歯ぎしりするほどだった。
 次に、性器の割れ目に硬い異物が押し当てられた。その先が陰唇を開いてどんどん挿入されてくる。太さから性具――張り型を思わせた。
 異物は深奥部まで押し込まれ、そして抜きにかかる。抜いては挿入、入れては引いてピストン運動を開始した。
 張り型レイプが開始された。
 ずぶっ、ずぶっと、異物レイプは繰り返されるごとに速さと強さを増していった。
「うっ、ひっ、ああっ、ひえーっ……」
 棒状の器具は最後は確実に子宮に打ち当てられ、ピストン抽送を繰り返すごとに強さと頻度と激しさを増して、2回に1回は子宮を酷く小突き上げて内臓を攪乱した。
「ぎゃっ、ひげっ、ぎゃひいーっ!」
 子宮を押し上げ、ハラワタを突き潰すかと思う猛烈な拷問異物レイプ。その苦痛と恐怖にマリアはおののき、泣き狂った。
 そして……
 カチッと音がして電流が通じた。
「ギャアアアーッ!」と泣き叫んだ時、轟音が響きわたった。レコードが奏でる激しいロックのボーカルとリズムが、マリアの絶叫を掻き消す勢いで鳴り響いたのである。
 その間、内臓を電気ショックが叩きつけていた。そればかりか、観音開きの下半身に不随意痙攣が走り回った。太腿やふくらはぎの筋が浮き立ち、電極を結ばれた親指周辺が奇妙にひきつれた。
 電気棒がゆっくり抜かれた。半分ほど膣から抜かれた時、それまでの暴虐の嵐が嘘のように身体から電気が引いた。
 またマリアが肩で息をした。激しく喘いで背中が弓なりに反り返った。
 膣にこすれる感覚。背中を戦慄が貫き、激しいショックに見舞われて下半身が引きつった。指がてんでの方に向いて突っ張り、子宮から肛門にかけて激しい拷問電流の嵐が吹き荒れた。
 抜いた。電撃が止まった。
 どうっと崩れる全身。はあはあ、ぜいぜいという喘鳴音。肩で息をし、身体中で呼吸し、さらには全身汗みずくとなっていた。
 どれぐらい繰り返し責められただろう。
 いつか身体から電撃の嵐も遠のき、工事の騒音もレコードも止み、また束の間の休息が与えられることになった。
 後遺痙攣を繰り返す手足の縄が解かれ、ぐったりとした全身がうつ伏せにされると、性器と肛門と足の先から電極が外された。
 腰が浮かされ、両膝を着かされた。突き出された尻の中心に男の指がねじ込まれた。長時間の電気責めで感覚が麻痺したのか、苦痛は最初ほどではなく、それでなくとも抵抗する気力も体力も尽き果てていた。
 指が1本から2本に増やされ、堅い菊門がたっぷり時間をかけてほぐされた。ちゅるちゅると音をさせて、男が唾と涎をローション代わり降りかけて肛穴をぬるぬるにした。
 マリアの腰に男の腰が貼り付き、処女肛門に勃起した一物があてがわれた。それが肛穴を押し割り、無残に貫通してきた。激痛がだんだん大きく強くなり、血脈の猛根が挿入された。
「うっくっ!」
 下にした拳を握り締め、歯を食いしばって肛門破瓜の激痛に耐えた。肛穴を全開して男の兇根がピストン抽送を開始した。腰を激しく打ちつけ、アナルファックの嵐に見舞われた。
〈ジュンコ……ジュンコ……〉
 愛しいその名を呼びながら、マリアは冷静に頭を働かせた。考えることで、このおぞましい現実から逃れようとするかのように。
 一見あり得べからざることだから考えつかなかったが、猜疑心を突き詰めてあり得ることとして考えれば別の見方もできた。
 またむっとするオーデコロンの匂い。その匂いの主を思い出そうと神経を集中した時もあったが、それは無意味だ。なぜなら特徴がありすぎるその匂いは、むしろ敵の目くらましであることを永年のレジスタンス魂で感じ取った。
〈それじゃまさか……!?〉
 自分を後ろから犯している男の顔をおぼろげながら思い浮かべた。それがだんだんはっきりとした確信を持って迫り、気がついたら全身が憎悪で凝り固まっていた。




作戦会議


 南米大陸を背骨のように走る世界最大のアンデス山脈は、背骨の東側がアルゼンチン、西側がチリである。そのため、チリはどこにいてもその威容が望める、正に“アンデスの内懐に抱かれた国”といっても過言ではない。
 先のアジェンデ政権樹立が、武力によらない“蜂蜜とワインの革命”といわれたように、チリはまたワインの国でもある。
 サンチャゴから250キロ南下。標高90メートルほどの低地にあるタルカは、ワイン王国の玄関口ともいえた。ここから北にクリコ、コルチャグア、レンゴーと有名なワイン産地が続き、道の両側に現われたブドウ畑が一面の広がりになるとサンペドロのワイナリーが見られる。
 このタルカでさえも、開け放した車窓から肥料やリンゴや、出来たばかりのワインの香りがつんと鼻を衝くようだ。その中で、雲も山もその下の畑さえ夕焼けのワインレッドに映えて染まる頃、めざす建物が見えた。
「あれですね」
 エレーナが地図を見て見当を付けた。
 広大なブドウ畑のただ中にぽつんと一つ、しゃれた赤い屋根の2階建てビルが近づいた。広いロータリーの車止めに、見慣れたポンコツベンツを始め、車が数台停まっていた。
 運転するグスマンが目ざとく建物の入口に立つ黒人女性のパオラを見つけた。はやる心を押さえきれずに、エンジンを切る間も待ちきれずにエレーナが我れ先にと降りたった。
「パオラさん大変。マリアが拉致された!」
「え?」
 続いてグスマンが来る途中の出来事を要領よく報告した。そして建物に向かった。
 場所柄ワイナリーの一つかと思ったが、見上げる看板は「ヘブライ協会」とある。
 さすがのパオラは実の妹の受難に一瞬には茫然自失したが、気丈に持ち直した。
「今回の作戦に、協力を申し出たイスラエル人篤志家の建物です。商取引にも通じているようで、一部はワイナリー倉庫とのことです」
 正面玄関を横目に通り過ぎ、建物の側面に当たる通用口を通って中に、入るとすぐ廊下の脇に倉庫のような部屋が続いた。
 パオラが一転、小声になった。
「共同作戦は早くも暗礁に。強硬派の彼らには突撃敢行あるのみ、奇襲の際、巻き添えに遭う大半の市民のことなど考えてないようです。市民に犠牲が出ないようにとのわたしたちの後方支援の提案にも、ただただ嘲笑う始末で……」
 グスマンが訊いた。
「米軍の参謀なり司令官は誰ですか?」
「それがなんと、あのライアンなんですよ」
 顔をしかめて話すパオラに向かって、グスマンの足が止まった。
「やはりこのまま帰るとしよう」
「え?」
「まだわたしは表に出ない方がいいだろう。後の切り札として後ろに控えていることにする」
 そう言ってきびすを返した。
 遠ざかるエンジン音を聞きながら、パオラはエレーナを連れて会議の席にもどった。
 中ではテーブルをはさんでイスラエル側がワインローブ、ハンナ、ハメッド、ドビル。米軍側がライアン、ルイス、モラレス、リッチ、パオラと、新たに加わったエレーナである。
 壁にタルカからゼーラまでの地図が貼られ、地図にはところどころピンが刺してあった。
 司令官ワインローブは、たった今のエンジン音にも眉をひそめていたが、エレーナの軍服姿には特に気分を害した。今日の集合は隠密裡にという条件で全員、私服が原則だったからだ。
 イスラエル側4名の射るような視線の中で、エレーナはさもバツが悪そうに釈明した。
「わたしはレジスタンスとして手配中の身で、この服装は当局の追究を交わすために……」
「米軍の関与は何のためかね」
 ワインローブは一言で米軍側を牽制したが、ライアンはだんまりを決め込んだ。代わりにパオラが答えた。
「この際、米軍云々は関係ないかと。
 ゼーラの一般市民を無事脱出させることは、攻撃の正当性のためにも必須条件ではありませんか。そのためにも、わたしたちの後方支援も作戦に組み込んでもらいたいんですよ」
「それが邪魔なんだよ」
 二枚目ハメッドが言下にクギを差した。
「あんた、今からゲリラ訓練でもする気か?」
 リッチがやんわりと反論した。
「君は罪もない一般市民の犠牲を無視するのか」
 その反論をドビルが吐き捨てた。
「ゼーラにいる奴など骨の髄までナチだぜ。そんなブタ野郎のために、なぜ俺たちが危ない目に遭う必要があるんだ。ベトナム戦争英雄だか何だか知らないが、ロートルは引っ込んでなって。これ以上の足手まといはやめて欲しいな」
 モラレスとパオラが怒りを通り越して呆れ顔を見合わせた。
 朝からの話の流れで、イスラエル側はあくまで単独で奇襲をかけ勝敗を決したい風で、挑発はその意味もあるようだ。
 ルイスが若さに任せて何か喚きかけるのをリッチがさえぎった。
「強硬策だけでは何も実は結ばないと思うがね」
「何が言いたいのかね」とワインローブ。
「去年の5月、ミュンヘン五輪テロへの報復作戦を言ってるんだよ。あれでリストアップされた標的の多くは、テロ事件とはまったく無関係のパレスチナ人じゃないか。殺戮のための殺戮に世界の世論が賛意を表すると思うかね」
 リッチの反論はしかし火に油を注ぐ結果となり、ドビルが激しくテーブルを叩き、ハメッドは鼻を鳴らしてせせら笑った。
 ワインローブが薄笑いで応えた。
「リッチ君。君はそれで溜飲を下げたつもりかね? ホロコーストがどうの、一国中心主義がどうのなどという理屈はこの際持ち出さない。それよりなにより、いまだナチを重用するアメリカの国家政策を君はどう思ってるのかね」
「なんだと?」
「ナチの残党とCIAの関係だよ。ラインハルト・ゲーレンがアレン・ダレスに請われ、戦後『ゲーレン機関』を作って不正の数々に手を染めた事実だよ。アメリカの裏面史にナチス戦犯が暗躍しているのは今や世界の常識じゃないか」
 そう言ってこき下ろすワインローブに、リッチも負けてはいなかった。
「それなら君たちだって同じだろうが。同胞ユダヤ人の中の『同化主義』と『シオニズム』の対立にナチスを利用して来たんじゃないか」
「とんでもない事実誤認だ!」
「何を言ってる。あのユダヤ人虐殺の頭目の如きアドルフ・アイヒマンが、実はシオニズムに心酔し、シオニスト組織『ハガナ』の司令官ベングリオンに接近、結果パレスチナにおけるユダヤ国家建設に貢献していた事実は何だね」
「こじつけだ!」
「歴史の歪曲だ!」
「アイヒマンはドイツを去るユダヤ人に、パレスチナにのみ移住するよう圧力をかけてたじゃないか。それによりパレスチナのユダヤ人口を数倍に膨れあがらせたのも事実だ。ナチスのユダヤ人政策に、シオニズムを信奉するユダヤ人自身が自己の利益のため共感していたんだよ」
「アイヒマンは我々が処刑したんだぞ」
「それが問題だというのさ。彼は敗戦と共に南米へ逃亡したが、モサドによって不法に拉致され、イスラエルで初めての死刑判決を受けて処刑されたことになっているが、口封じから殺すしかなかったというのが事実だろう」
 リッチの果敢な応酬にハメッドもドビルも、ついには椅子を蹴って立ち上がった。
「許し難い誹謗中傷だっ!」
「祖国と同胞に対する冒涜だ!」
 こうして作戦会議は双方を罵りあう中傷合戦の場になり果てた。
 たまりかねてモラレスが発言しかけたが、軍服のエレーナを真っ直ぐ睨みつけ、イスラエル軍の紅一点、ハンナが先んじて手を挙げた。
「強情を張ればおまえもゼーラに送るぞ」
「なんですって!?」
「今のは秘密警察DINAが逮捕したレジスタンスに脅し文句として使うセリフだよ。あんたも一度送られてみるがいいんだ。ゼーラのナチが舌舐めずりしそうないい身体してるからさ」
 そう言ってバカにしたような笑いを見せた。
 リッチが柄にもなく切れそうになった。すでに“マリア受難”は後から到着したエレーナから会議中耳打ちされていた。だから〈まさかこいつらが!?〉と早合点したくらいだ。
 考えにくい話だが、まったくあり得ない話でもない。
 マリアを拉致し、何者かを介してゼーラに送り届ける。そしてマリアを人質に米軍に手を引かせ、自分たちだけでゼーラ奇襲をやり遂げる。これまでの会議の進め方を見て、彼らが独力で作戦を完遂したい意志は十分見て取れた。
 それこそ何のために?――それを思えば、このゼーラ奇襲作戦そのものが重大な何かを秘めたとてつもない陰謀ではないかとさえ思えてくる。
 モラレスにやっと発言の機会がめぐった。
「こんな議論が何になるんだね。敵であるゼーラを利するだけじゃないか。
 ジェームスも落ち着け、大人げないぞ」
 と、まずはリッチに矛を収めさせてからイスラエル側に提案した。
「どうかね司令官。我々後方部隊――仮にそう名乗らせてもらうが、それによる後方支援を認めて欲しい。その上でお約束しよう。後方部隊がゼーラの一般市民を一所に集めて逃がす。その際攻撃部隊とは遭遇しないよう取り計らう」
 やけに自信たっぷりに太鼓判を押した。
「そんな大見得を切って大丈夫かね」
 それにはパオラが、きっぱりと断言した。
「策はあります。絶対の自信があります」
 裏付けはゼーラをよく知るジャンヌ、タマラに、デリアまで得たことであるが、もちろんそんなことは口が裂けたって言えっこない。
「いいだろう。そこまで自信を持って言いきるならこれ以上こちらも意地を張る必要はない」
 ワインローブが納得したことにより、その日の作戦会議は終了した。
 この間、米軍の参謀兼司令官であるライアンは一言も発言せず、さながらリッチが全権を担わされたような形に見えた。
 外出禁止時間はとっくに過ぎている。民間人で来ている全員が外に出ることなどできない。
「今夜はここにゴロ寝ですね」
 と、妹が心配でいても立ってもいられないはずのパオラが気丈に後の手配りをした。
「エレーナ、毛布を借りてきて」
「はい、じゃあマリアのことは」
 ささやき声になってリッチの指示を仰いだ。
「うむ。捜索は明日にするしかないな」
 重苦しい一夜がこうして静かに更けていった。




牙剥く夜の牝


 エレーナは寝つかれなかった。
 男たちはとっくに寝息を立てていたが、向こうを向いたパオラからは何も聞こえてこなかった。妹マリアの身を案じて眠れないのだろう。
 それより反対隣りのハンナの沈黙が不気味だ。会議での挑発的言辞が耳から離れない。あれは挑発どころか言葉なぶりだ。物言いといい目の光といい、あの女はサディストに違いない。
 そいつが反転したことを気配で感じてエレーナはゾッとなった。手が背中に触れた。ぴったりと身を寄せ、体重をかけてきた。
「静かにして、誰も起こしたくないから」
「何のつもり?」
「ふん、レズでも期待してたのかよ?」
 そう言いながらも手は胸をまさぐっている。正真正銘のサディストだと思った。
「いいものを見せてあげるわ。トイレに立つふりをして先に廊下に出てちょうだい」
「言いなりになると思ってるの?」
「黙って従うしかないんだよ。さあ!」
 いきなり男言葉で、有無をいわさず背中を押した。
 廊下ではハメッドが、いつの間にか軍服に着替えて待っていた。〈来い〉と指で指図して月明かりの外に引き連れた。
 後部座席で待つこと数分、凛々しい軍服姿に見違えたハンナがエレーナの横に乗り込んだ。
 車は夜の闇を突いて走り出した。
 ハンナが耳元でささやいた。
「いつか姦らせろよな」
 指は我慢ならないというように股間をまさぐっていた。
「見せたいと言ったのは貴女の変態ぶり?」
 ぴしゃんとその手を撥ねつけた。
 ハンナが再び鼻を鳴らして前に向き直った。
 運転するハメッドが、ミラー越しに盗み見ているのも知っていたが、その両方を気にする間もなく車は目的地に着いた。
 何かの倉庫群だろうか。窓とてない殺風景な建物が夜の闇に沈んで建ち並んでいた。その一つの前にトラック2台が停まっていた。
〈他の兵士の駐屯地がここだったのか〉
 車から降りるエレーナが緊張感に包まれた。
 中はがらんとした倉庫だ。そこに協会に来ていた以外のイスラエル兵15人雁首並べていた。
 間近まで近づき息を呑んだ。
 全裸の若い男女が椅子とベッドに縛り付けられ、拷問されていたのだ。2人とも乳首や性器に電線を繋がれていた。
 椅子に後ろ手に縛られた男の方は、拷問以外にも何かひどくダメージを受けている風だった。
〈ははーん〉
 と、エレーナにも合点がいった。ハンナが、床に落ちている凌辱の名残りをつまみ上げたからだ。
「やったのか?」
 ぐしょぐしょに濡れそぼつ薄いゴム製ドクターハンド――手術用手袋をぶらぶらさせた。異物は血の赤と、別の色でも汚しており、それが微かな悪臭を放っていた。
 ハンナがベッドで縛られている女の方に近づいた。「ほれ、見ろ」と、金髪の後ろ髪を掴んでエレーナの方に向かせた。
「この人を知ってるな?」
 女はハンナの冷酷を直感して怯えたが、一目見ただけでは誰と分からず首をかしげた。
「軍服は擬装だ。Gパン、Tシャツくらいに置き換えてみろ」
 そう言われて「あっ」と叫んだ。が、今度は別のことに怯えて言い淀み、ハンナに後ろ頭をどづかれる結果となった。
「言え。殺されたいか」
「エ、エ、エレーナ・デュポン、さんです」
 しどろもどろ、しかも妙な言い回しで答えた。
「こいつがどういう事情であんたの名前を知ってるか分かるか?」
 エレーナの反応を待たずに続けた。
「そう。この女はチリ人だ。そのクセ、ゼーラのナチ野郎におべっかを使い、同胞であるチリ人レジスタンスに拷問をくわえ、嬉々として虐殺にまで荷担してたんだ。おい、そうだろ!?」
 女もすでに喋らされており、この上の過酷な拷問にすくみ上がってベソを掻いた。
 ハンナが女の横に来た。隠すものとてない大の字の中心に手を触れ、指の先が褐色の陰毛を梳いた。コードの繋がった割れ目を開いた。
「あの男がこの人の仲間をどう責めた?」
 椅子に縛られた男と軍服のエレーナに交互に目をやり、その間にも指が性器を刺激した。
「うう、ああ……」
「拷問されるよりずっといいだろう? 何もかも喋ればもっといい気持ちにさせてやるぞ」
 猫撫で声で訊いた。そうして一時耳を傾け、女の告白をいちいち頷きながら聞いていたハンナが、やおら立ち上がった。
 愛液をたっぷり付けた指を軍服の襟になすり付けて拭き取り、仲間からアーミーナイフを受け取った。軍靴の足音を響かせて哀れな男の方に近づいた。ナイフが一閃して、
「ひえっ」
 後ろ手拘束の上体がのけ反った瞬間、片方の乳首から血がしたたった。2回。3回。男の貧相な胸の片方の乳首に十字傷が走り、もう片方も切れて血が流れた。
 また女の方に移動した。
「女の名は?」
 さっきと同様に繰り返し、
「分かった。ロレーナ・エスコーダだな」
 そのハンナの言葉の後で「ロレーンが!?」と、エレーヌが鸚鵡返しに驚いた。
 ハンナが、また男の許に戻った。椅子に縛られ、ぴったりと閉じ合わせた脚の中心で萎れきっている一物を摘みあげた。
「やめろ、やめてくれー」
「おまえも見てたようだな、そのようすじゃ」
 そう言ってナイフの刃先を近づけた。
「ギャアアアアーッ」
 男の口から断末魔の叫びが発せられ、エレーナが目をそむけた。
 顔をそむける刹那の瞳の中で男のペニスがザックリと縦に切り上げられた。耳をつんざく叫びと共に床に降りかかる血の雨の音を聞いた。
「女のアソコを1回、2回……」
 男の泣き叫び、それを見物する兵士たちのどよめきにハンナの言葉がかぶさった
「……3回までこうして切り上げ、切り裂いていったそうだよ」
 ナイフを放り投げ、ガックリと首を垂れた男の横面を張り飛ばした。
 ふたたび女の方に戻った。
「約束だ。可愛いがってやる」
 そう言って女の足の縄をハンナ自らが解いた。追従笑いを浮かべる女を冷たく見下し、仲間に目くばせした。
 その手に性具が持たれた。
 それは警棒にバラ線――鉄条網を巻いてトゲ棒にしたもので、前回デリアの膣をズタズタにしたのと同じ、恐るべき兇具だった。
 たちまち女の追従笑いは消えた。
「ひ。ひえーーっ!」
 と目を見開いて金切り声を発した。
 女の脚を取って、兵士が2人がかりで観音開きにした。
 虫の息の男はとうに見捨てられ、兵士15人は全部が全部、女の捕虜のあつかいに耳目を集中した。
「面白い」
「やれやれ」
 と拳を振りかざして囃し立てた。
 ローションを手渡された。
「少しでも入りやすいようにな」
 と真新しいドクターハンドに手を通した。
「何事にも前戯とやらが必要だ」
 などと戯れ言までをつぶやいて瓶を傾け、女の性器に垂らした。手袋の手にもまんべんなく垂らし、手刀にしたその手が、容赦なくずぼっと割れ目を押し割った。
「いやあっ、いやだあーっ……!」
 女は目に涙をいっぱい溜めて首を振った。
 手の縄が解かれた。もちろん自由にするためではない。兵士が寄ってたかってむしゃぶりつくのに拘束姿勢は邪魔だったからだ。
 女に群がる兵士が乳首といわず胸といわず、肩といわず手といわず、頬にも喉にも耳朶にも吸い付き、噛み付き、舐め尽くしていった。
「ひぎゃああ……痛いよー」
 さながら獲物を食らう捕食獣の群を思わせた。
 腰から上も軍服の獣に食いつかれていたが、いちばん美味しいところを独占しているのはハンナだった。
 手を入れられた性器が掻き回され、さまざまに形を変えている。拡張レイプは手刀になったりゲンコツになったり、それをひねったり回転させたりして出し入れを繰り返した。
 残虐なぶりの末に拳を引き抜いた時、びしゃっと愛液、体液が飛び散った。
「やめてっ。お願いですぅっ!」
「そうやって許しを乞うた女たちを嘲笑い、時には虐殺、拷問にも加わって……」
 怒りとも愉悦とも取れる異様な表情を浮かべてハンナがエレーナを見た。
「代わってやってもいいわよ」
 そう言いながら、エレーナの反応など待たず膝立ち姿勢になった。
 と、それまで女を貪っていた男たちが貪りをやめた。一丸となったハンナの助勢のみに集中した。
 女が両手を背中に回された。顔が掴まれた。その間、膝が曲げられ、2つに折られた両脚が抱えられて、恥ずかしいお産ポーズをとらされた。
 ハンナが女の股間と向き合った。
 そこに酷たらしいトゲを見せる張り型――
「いやああーっ!」
 目を見開き、髪を振り乱して必死に許し乞いする女。それを冷酷に見下し、禍々しいささくれの兇具の狙いを定めた。潤滑液でぬらぬらと光る相手の性器にあてがった。
 悲鳴が発せられた。
 左右に割り開かれた脚の、膝から下がバタバタと宙を掻いた。爪先が力んで引きつったり丸まったり、汗で光るふくらはぎにも硬直の筋を浮き立てた。
 それからハンナが腰を深く沈めた。
 悲鳴が絶叫に変わった。
 泣き叫ぶ女の、汗と涙でぐしゃぐしゃの顔が醜くゆがんで引きつった。
 ハンナが腰を動かせ、絶叫がきわだった。ゆっくりとした腰の動きがリズミカルなピストン運動に――。
 絶叫が耳をつんざいて響きわたった。
 兇具で貫き、刺し通された腰の中心のシーツの赤いシミがみるみる広がった。
 目を爛々と輝かせ、嬉々として腰を振るうハンナ。その律動運動をだんだん早く、激しくして、絶叫が激しさを極めた。
 激痛地獄に泣き叫び、のたうちまわる哀れな生け贄。汗に光る乳房を躍らせ、その下にあばらをさらして無残さを強調した。
「うぎゃっ、うぎゃぎゃっ、ひぎゃああーっ!」
 女が狂ったように髪を振り乱した。
 シーツを真っ赤に染める血のシミがおびただしい広がりを見せた。が、そのうちには叫びも悲鳴も女の薄れ行く意識と共に小さくなっていくのだった。




再 会


 ドアが開いて、純子の目は釘付けとなった。
 チリにきて半年近くになるが、その間に出逢ったどの男性とも違う印象を、たった今入ってきた若い軍人から感じたからである。
「オハヨゴザマース」
 あいさつは片言の日本語だった。
「ブエノス・ディアス」
 純子はチリ言語のスペイン語で応えた。
 若者は人馴つっこい笑顔になり、万年床のベッドでくつろぐ純子の間近まで近づいた。
「ミゲル・ラモスです。キンバリー准将付き少尉として、昨日ゼーラに着いたばかりです。あなたのことは准将からも聞いて知ってました」
 そう言って握手の手を差しのべ、純子は相手への好感度も手伝って快く握り返した。ただ、魔女キンバリーの使いとあっては引っかかる。
「わたしに何用かしら」
 つっけんどんに応じたら、ミゲルはそれまで小脇に抱えていたものをサッと差し出した。
「は?」
 ぽかんと一時見とれた。それはA4サイズを一回り大きくしたくらいで、ハードカバーで、厚さ5ミリほどで、表紙に『Mount Fuji』と印刷された写真集だった。
 自分が静岡出身だと知るチリ人はただ一人。だからミゲルが、ゼーラ脱出を助けてアルゼンチン国境近くまで送ってくれた、あのマヌエル・グスマンの親戚かと早合点したくらいだ。
「ジュンコさんのことは准将から聞いてました」
〈ほら、やっぱり〉
「あなたがニホンの人と知って会いたくなりました」
〈ほんとかしら!〉
「これは手配中の左翼活動家の押収物件からくすねたものです。規則ではいけないんですがね。オソルノ山がニホンでは“チリ=フジ”と称せられていることに不思議な縁を感じ、それであなたにも興味を持ったのかも知れません」
〈そういうことか〉
 と今度は妙に納得してミゲルへの警戒心を解いた。
「少し早いクリスマス・プレゼントです」
 そう言われて、手は早くも写真集のページをめくっていた。
 勇壮、華麗な富士も、見る場所、見る季節や時間によってもさまざまに姿を変え、朝日に映える赤富士、湖面に写す逆さ富士といった富士そのものの外観のほか、凍てつく冬の湖面から見上げた富士や、春満開の桜の背景としての富士にも独特の趣と美観を有して誇らしい。
 それら写真の数々は純子の郷愁を掻き立て、ゼーラの異常な日々の中で忘れかけていた祖国日本への懐かしさをも呼び覚ました。
 1ページ1ページ丹念にめくっていた手が、ある写真の前でぴたりと止まった。それは全景の富士と、その裾野に広がる市街を一望する俯瞰写真で、そこまでの作品構成とは明らかに異なる、「My city」と題した撮影者本人のプライベートな趣のある写真だった。
「わたしの街でもあるのよ」
 ふっとつぶやいた。民家の一つ一つがほとんど点でしかない写真に目を凝らした。
 ミゲルがスペルを口ずさんだ。
「fujinomiya city……へー、フジヤマの名前の付いた街なんていいですね」
 贈った相手に喜ばれ、ミゲルも気を好くした。
 純子はそれと見当つけた部分を指差し、
「これがわたしが通った小学校。これは県立高校。ここで母は英語教師をしてたのよ」
 説明する口調が懐かしさに明るく弾んだ。
「へえー、お母さん、先生だったの! お父さんもお母さんも、やはり、この写真のように富士山の見えるどこかに住んでるんですか?」
 そう訊いたとたん純子の顔に影が射した。
 ミゲルがヘマをやらかした悪戯小僧のように唇を噛み、純子がぼそりとつぶやいた。
「父は……父は中堅地方銀行の支店長にまでなった人よ。一人っ子だったわたしは何不自由なく我が儘放題に育ち、中学は地元で有名な女子校、高校までエスカレーター。大学は東京に出て専攻が文化人類学。それもお笑いでしょ?」
 何かが堰を切ったかのように、その時の純子は憑かれたように喋りまくった。くすくす笑ったかと思うと、急にセンチになったり、大学時代の思い出話を饒舌に一方的に語り続けた。
「3回生の時だったわ。池袋のコンパでお酒を呑んで、昔のクラスメートと男性関係のことでやり合ってコテンパンになじり倒したのよ、その子の外見的な欠点を攻撃材料にしてね。
 電話があったのは、その夜遅くだった……」
 純子が、一転声の調子を落とした。話に聞き入るミゲルが、すでに話の内容を予感してこちこちになっていた。
「両親だとすぐに解った。父の運転で上京していて、明日は親子3人水入らずで横浜中華街で食事と決めてたから。ところが……」
 今でもその電話の声を憶えている。それを思い起こす純子の心は氷のように冷たくなった。
「横浜の刑事でした。両親の乗る車が運転を誤って海に転落、警察が駆けつけ、クレーンで引き上げられた中から2人が遺体で発見されたとの電話でした。霊安室で遺体と対面。話を聞いて愕然としました。両親が海で溺れている時が、ちょうどわたしがコンパで飲み潰れている時で……」
 絶句し、嗚咽し、むせび泣くようにして話を続けた。
「お葬式を済ませ、失意のまま東京に帰ったわたしを、別の知らせが……あの夜、一緒に呑んだ別のクラスメートからで、わたしに顔の傷をなじられ、深く傷ついた友だちが、よ、酔った勢いで手首を切って、じ、自殺を図ったと……」
「えっ!?」
「幸い命に別状はなかったけど……」
 純子がベッドの上で突っ伏した。そして拳でベッドを叩いて感極まった。
「バチが当たったんだわ。両親が死んだのも、わたしがチリに来てこんな目に遭ってるのも、あの子を傷つけたこと、それだけでなくわたしの自分勝手が招いた諸々の罪の報いだと……!」
 まるで熱に浮かされたようにとりとめもない贖罪の言葉が次々と堰を切ったように溢れ出た。
 ミゲルが純子の肩を抱き留めた。
「そんなに自分を責めないで。それよりこんなゼーラなど……」
 情に駆られ、ミゲルはうっかり口を突いて出かけた言葉をあわてて呑み込んだ。
 そこへ出し抜けにあの声が聞こえた。
「おおーっ! ジュンコやぁー」
 ドアが開けられ、教祖バルツァー・ジークベルトが入ってきた。車椅子を押すのは、あの能面女ミランダだった。
「今日はおまえに会わせたい人間がおってな」
 そう言って振り仰いだ所に、あのカーメラとスサーナという2人の娘。先日はナチの制服だったが、今はタンクトップにミニというラフな夏服になっていた。
 もちろん、その2人ではない。彼女たちは後ろを向いて、そこにいる誰かを促しているのだった。
「早くしなさい」
「会いたい人だったんでしょ?」
 後の方のスサーナの言葉には多分に揶揄、嘲りが含まれていた。
〈まさか!〉と思った。
 直感はすぐに事実となった。
 遠慮がちに、というより多分に怖れを込めて、しかし会いたい一心をおくびにも出してはならないという自戒の中に、その人は2歩、3歩、心許ない足取りで純子の目の中に入ってきた。
〈マリア!〉
 ずっと会いたかったその人がそこにいる。だが、しかし……
 純子は思いがけぬことで真っ直ぐその顔を見ていたが、マリアは警戒の目で知ってるとも知らないともつかぬ複雑な表情を続けた。
 ほほほ……という女のような笑いが、呵呵とした大笑に変わった。
「おまえたち、何をしておる。遠慮はいらないのだぞ。こいつを届けてくれた者からしっかりと聞いておる。
 そういう仲とは知らなんだわ!」
 最後の一言は侮蔑を込めて吐き捨てた。
 マリアが教祖の言葉で歯ぎしりした。教祖が今言ったことで、自分を陥れた者が誰であるかはっきりと解った。と同時に、ライアンという男の妄念やらゼーラ奇襲作戦の裏に蠢く巨大な魔手を感じ取って背筋が寒くなった。
「ジュンコ!」
 今度ははっきり前を見た。
「マリア……」
 と純子もその名前を口にした。
 気がついたらベッドを降りて行き、2人は手を取り合っていた。
 純子の死にかけた心が精気を吹き返した。愛しいその人を抱き締め、頬ずりしていた。マリアの肩に純子の涙が優しい雨となって降りかかった。
 しかし……
 大変なことになった! 純子一人の地獄から愛する者も道連れにした無間地獄へ――純子とマリア、2体の生け贄が、もうすぐコロニアル・ゼーラの祭壇の血祭りに上げられようとしている。
 地獄の肉祭が間もなく始まる。



「第十一章 秘めたる連帯」へ



以下『文献』「映像」[サイト]を参照とした

『戒厳令下チリ潜入記――ある映画監督の冒険』(G. ガルシア=マルケス著、後藤政子訳、岩波書店)
『革命商人』上・下(深田祐介著、文春文庫)
[「黒い九月」と「モサド」の報復合戦](ヘブライの館2)
『サンチャゴに降る雨』(大石直紀著、光文社文庫)
[白バラの心 No.17](若林ひとみ__白バラが紅く散るとき)
「失踪・チリ政治犯 20年目の追跡調査」(1993年イギリスBBC制作、NHK-BS「世界のドキュメンタリー」)
[1000kmの旅](写真家・野村哲也が贈る“地球の息吹”/20090405)
[チリ軍事クーデター前後の旅日記](街角の旅日記)
[チリ年表 チリ軍事クーデター以降3カ月間の年表](ラテンアメリカの政治)
『長いナイフの夜』(ハンス・キルスト著、金森誠也訳)
[ナチスとバチカン](ヘブライの館2)
[南米チリに築かれた“ドイツ人帝国”の実態](ヘブライの館2)
『20世紀最後の真実』(落合信彦著、集英社)
[『パラダイス・ナウ』と『ミュンヘン』――映画に見るイスラエル−パレスチナ](ナブルス通信)
[ビリャ・グリマルディ](ラテンアメリカの政治)
[冨士百景(菊池武夫のホームページ・窮窮自適)]
「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」(1999年スイス・ドイツ・イギリス作品、ケヴィン・マクドナルド監督、スカパー/シネフィル・イマジカ放映より)
[ユダヤ難民に冷淡だった欧米諸国](ヘブライの館2)
[Die Wacht am Rhein__ラインの守り](船上楽隊)
『私は全裸にされ、体中に電気を通された!』(週刊女性自身1976年2月12日号、光文社)(以上50音順)

*なお、ブラウザによっては壁が固定せず、スクロール移動してしまいます。
 その場合、インターネット・エクスプローラーなどにブラウザ変更してお試しくださるようおすすめします。


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●マルガリテ/純子__嵐のなかで…●

カット写真 純 子
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