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| 執務室の机に書類をひろげ、第七種特別女子収容所の全権をにぎるSS収容所長ヘルガ・ミューラーは、総統ヒトラーの首相就任から先々月までの主な年譜を追っていた。 「所長、所長さまよぉー」 振り返ったところに、顔の半分にヤケドを負い、片目眼帯、スキンヘッドという怪異な容貌のロベルト・バウマンが、卑屈な笑いを浮かべ、背中を丸めて立っていた。 「どうしたの? ロブ」 「今日はいってくるのは何人かと思っただに」 「33人の〈はず〉だけど」 ヘルガが「はず」と答えたのは、輸送途中のアクシデントで員数が減るのをかんがえてのことだ。 「こんだぁ、どんなのがくるんですかい?」 ロベルトは警備兵以外のSS収容所職員中では、ただ一人の男だ。ただし、あくまでも「人類学上」「性別上は」と断る必要があるかも知れないが。 「皮肉屋宣伝相ゲッベルスいわくところの“畜生類の寄せ集め=スラヴ”の女たち。いちばん下が18、上が28。こんどくるのは、わたしがじかに選んだだけあって、どの子も上物よ」 「エヘヘヘェー、露助(ろすけ=ロシア人の蔑称)の女かー」 よだれでも垂らしかねない声をだした。 「これは、SSの記録だかね?」 猫背をさらに丸め、机の上に顔をすりつけるようにして書類に目を落として訊いた。 「おまえは、どう思う?」 東部戦線の勝敗である。 10月にはいり、もっぱらベルリンのSS本部からは、スターリングラードを包囲したドイツ装甲軍の勇猛果敢さを称える声しきりで、そのくせ具体的な戦果はなに一つはいってこない。 「露助も案外にしぶといだにねえー」 ヘルガも遠くを見つめる目になって、1年前のモスクワ包囲戦の失敗を思いだしていた。敵の心臓部まで攻め入りながら、いま一歩というとき、ロシアの厳寒・冬将軍がソ連を陥落から救った。ドイツにとっては悪夢だったが、現地はその悪夢の再来につながる情況なのかも知れない。 廊下の向こうから、クセのある足音がちかづいた。 「リリアンだな」 予想的中。髪をひっつめにし、額を汗でてからせた若い女SSが息をはずませ、はいってきた。愛用の乗馬鞭を垂らしたまま、右手でナチ式挙手のポーズをとって報告した。 「女たちを乗せたトラックが着きます」 「ごくろう、いま行く」 ヘルガが立った。ほっそりとしなやかな長身は、いつもうっとり見上げるほど魅力的だが、その彼女が悠然と大股歩きで出ていくのを、猫背のロベルトは懸命に追いかけた。 |
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プロローグ 第1章 スラヴ・スレイブ 第2章 アンケ・リュッカー 第3章 ヴェラ・フェドビッチ (前篇) 同 (後篇・1) 同 (後篇・2) * 主な登場人物一覧 "美しき野獣" イルマ |