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第2章 アンケ・リュッカー



夢のつづき


 列車はゴトゴトと車体を小刻みに揺らしながら前進をつづけていた。
 30何人もが貨車一両分に荷物といっしょに詰め込まれ、人いきれや汗、そのうちには排泄物の汚臭まで加わって、ただでさえ不快な空間は、たちまち吐き気をもよおすほどだった。
 貨車が減速運転をはじめたとき、「こんどこそ停車するんだ」と信じた。周囲からは安堵のため息が洩れた。先にどんな運命が待っているにせよ、光が欲しい。外気と陽光が!
 閂(かんぬき)をこじ開ける音がしたが、それは隣り合った別の車両だった。
 女たちの悲鳴――。
 それにドイツ兵の号令や罵声――。
 その喧騒もだんだん遠のき、こちら側の貨車の扉が開けられることはついぞなかった。
 また列車が動き、こんどは落胆が洩れた。
「なんで、わたしたち降ろされないんだろか」
「行き先はほんとうに労働キャンプなの?」
 暗いなか、不安な憶測がささやかれた。
「だったらどこだというの? 即ガス室行きが待っている絶滅収容所だとでも?」
 強く反駁した女性は18歳の自分より6つ年上のはずだが、しっかりした印象からもっと上のようにも思えていた。
「みんな自分の容姿が隣に乗せられた連中よりはずっと上だって、内心自惚れてたんじゃないの。そんなあんたらを、ドイツ野郎が何に使うか想像もつかないほどおバカなのかしら?」
「なんですって!?」という反発。だが、彼女の指摘の鋭さに、それ以上食い下がる者もいなかった。
「一人だけ例外がいるわよっ」
 その一言で、皆しーんとなった。
「それとも、なにかよほどの特技があるのかしら? だったら退屈しのぎに、ここで披露しない? わたしが相手をつとめてもいいわよ」
 あざけりを込めたその言葉が自分に向けられているのを感じ、どう応じるべきか迷っているとき、貨車が急停車した。扉が開けられた。
「出ろっ」
 突然射した光のシャワーで目がつぶれるかと思ったが、お腹のなかで溜まりに溜まっているものにせき立てられ、手でまぶしさをよけながらよろよろと立ち上がり、飛び出した。
「早く歩けっ」
「窪地まで降りろっ」
 とっさに斜面のうえの、貨車の停まったあたりを見まわしたが、野原のまん中といったところで、駅もなければ建物ひとつ見当たらない。
「なんだ、こいつは!?」
 兵士のひとりが言っている。
「不具(かたわ)じゃないか」
 明らかに自分に向けた言葉とわかり、不自由な脚が金縛りにあったようにその場に貼りついた。
「俺にまかせろ」
 そう言ったあとで撃鉄を起こす音が響いた。
 戦慄が背筋を貫いた。
 撃たれる! 殺される!! そう思ったとき――

 オルガ・ペトロチェンコが目を覚ました。
「夢だった……」
 毛布をのけて、独房のベッドから丸まった身を伸ばして起き上がった。
 夢にでてきた情景は、ここ第七種特別女子収容所――別名七特に送られてくる途中出遭った実際のできごとで、このおなじ夢をなんど見ただろうか。
 現実には悪夢はずっとつづいたままだった。
 あのとき撃ち殺されたほうが幸せだったか、それともこうして生きながらえているいまは、まがりなりにもの幸せといえるのか。
(ヴェラさんは無事だろうか。それにターニャねえさん……)

 オルガが姉とも母とも慕うターニャ・ノボトワは慰安ブロックの一室で、若いSS看守長リリアン・スタイナーの監視下、男の相手をさせられていた。
 全裸のオスとメスが下と上になって肌を密着していた。ターニャは口で奉仕させられていたのだ。若い兵士の屈強な体躯にふさわしい一物は、ターニャの口にしごかれていた。
「それ、もっとリズミカルに舌も使って。ホーデンのどこがいちばん感じるか、このあいだ教えたばかりだぞ」
 目をたぎらせて煽るリリアンが、そのうちには癇性な笑いを響かせた。
「きゃっははは……こいつはいいや。この牝犬め、素質がある。きっと淫売体質だぜっ」
 そう言ってあざけった。
 そんなリリアンにも、奉仕する相手にも無視を決めこんだ。いましているおぞましい行為など意識外に置くよう努め、ターニャもまた、ここへきた日の出来事を思い出していた。
(あの屈辱の延長に、いま、この場の屈辱がある)と――。

 オルガの夢のつづきは、こうだった。
 このままではオルガが射殺されると思い、身の危険をかえりみず駆け寄り、抱きすくめたのだった。
「この子はわたしの妹です。長旅の途中あやまって足をくじいたのであって、不具(ふぐ)などではありません」
「ウソをつけ。離れないと貴様も撃つぞっ」
 兵士は銃口を突きつけたが、ひるまなかった。
 と、若い下士官が横からでてきて、なにか書類のようなものを見せて叱りつけた。
「命令書にあの少女のことは書いてある。よけいなことをすると軍法会議ものだぞっ」
 叱られた兵士は、すごすごと銃を降ろした。
「さ、わたしの肩につかまって」
 オルガをかばって振り返ったとき、若い下士官兵は「もう大丈夫」というように笑いかけたが、その顔は少年のようにも見えた。
 一瞬、ターニャは故郷の村で親しくされたドイツ兵とダブらせた。占領下ヴィリツァで、村人を家畜同然に追い立てる野蛮なドイツ兵のなかで、一人だけ人間味を感じさせた少年兵――。
 ふたたび緊張の一瞬がおとずれた。
「全員、窪地に降りたら側溝のまえに横一列に並べ。背中を線路のほうに向けてだぞ」
 斜面の下まで引率した兵士が命令して下がった。すわ銃殺かと、こんどはそこにいる全員に戦慄と動揺が走った。
(まさか!)
 ターニャもオルガも今度こそは覚悟を決めた。
 だが、囚人たちを見舞ったのは銃弾ではなく下卑たいやがらせだった。
「おまえたち小便がしたいだろ。そこでさせてやるため降ろしたんだ。さあ、尻をこちらに向け、俺たちの見ているまえでするんだ」
 ロシア語に堪能な兵士に言われて、女たちは別の動揺でざわめいた。
「ねえ、みんな。しましょうよ」
 躊躇しているみんなを、ターニャがせきたてた。ドイツ兵にイライラされ、本気でぶっ放されでもしたら大変と思ったからだ。案の定、
「さあ、こっちに尻を向けて早くしろ。恥ずかしがって反対を向こうものなら、そいつの腹にMP銃の9ミリ弾をお見舞いするからな」
 催促と脅しが飛んできた。
 それから屈辱の排せつ行為となった。
 みんな思い切ってその場にかがみ、ズロースを長旅に備えて着てきた厚手の防寒着といっしょにまくりあげ、ショーツを下げて尻をむき出しに放尿をはじめた。
 チョロチョロ、ジャージャー……
 やけに響く放尿音に、ドイツ兵の馬鹿笑いがまじった。

 オルガやターニャとは別の立場で、ヴェラ・フェドビッチもまたその日を生き抜いていた。
「ハイル・ヒトラー!」
「ハイル! 見張り、ご苦労」
 歩哨の片手挙手の敬礼にこたえ、七特所長でありSS大尉でもあるヘルガ・ミューラーが、悠然とした足どりで開かれた門扉の向こうへ歩み出た。あとに作業着姿の人影がつづく。
「どうだ、ヴェラ。おまえが女囚だなどとは、だれも気づかぬではないか」
 言われて顔を上げた。目深にかぶった作業帽の下は、薄墨で汚してはいるが、よく見れば女だ。ただ、豹のような精悍な面構えは、男と思わせるに十分な不敵さも兼ね備えていた。
 その精悍な顔に湿った風を受けながら、ヴェラ・フェドビッチはそびえる収容所のブロック塀と、監視塔以外はなにもない周囲の情景を見まわし、自分の足下に目を落とした。
 よどんだ湖と水はけの悪い砂地からなる湿地帯に建つ灰色の収容所。こことおなじだが、ただちがう点は貧弱な植生に白樺、松の群生だけが彩りを添えるという別の場所を知っていた。
(このすぐ近くにあるはずだ。
 ただ、列車で30分は遠すぎるな。待てよ。ひょっとしたら、そこを我々に知らせないための目くらましだったかも。とにかくあの停車駅で降りたのは女だけだった!)
 パルチザン情報で知り得たのは、2年前の1940年1月開設した女だけの収容所、ラーフェンスブリュック――ということは、ここはベルリンの北、80キロの地点で……。
「おまえ、リリアンにオカマを掘られたそうだな」
 ヘルガの問いかけがヴェラの思考を中断したと同時に、おぞましい記憶をよみがえらせた。
 質問には答えず、かねてよりの疑問を尋ねた。
「いつまでこんなどっちつかずの生き方をさせられるんですか」
 むっとしたヘルガの顔。持っている鞭で打たれるくらいのことは覚悟していたが、意外や仕置きはないばかりか、怒りもしなかった。
「不服なのか?」
「なんだか、他の子たちに悪くて――」
 そう言って振り向くと、けっして小柄ではないヴェラが見上げる位置から、このときだけはきつい目を向けた。
「言っとくが逃げるなよ。なにも、わたしの責任云々で言っているのではない。おまえ1人逃げることでターニャら10人が連帯処罰される。過去にそれで数十人処刑された例もあるそうだ」
「……………」
 ヴェラがヘルガの言葉を噛みしめた。
 じっと見つめるヘルガに邪心が生じた。
「もしやおまえ欲求不満でもあるのか? それならば、わたしがもてあそんでやってもよい」
 嗜虐心に瞳を輝かせて言ったが、
「どうぞ。あなたならイヤじゃない」
 予期せぬ反応に面食らった。本気で言ってるのか――。
「それとも、いまのは戯れ言ですか?」
「いや。そんなことはない」
 柄にもなくひるんだ。これはこれで十分そそられる対象だが、油断ならない殺気を秘めているところが魅力でもあり苦手でもあった。
「ただ、そう焦る必要はない。もうすぐ見習い期間が終われば、ターニャらの手前いつまでもこのままとはいかなくなる。そのときには、おまえにもイヤな役目を言いつける日がくる」
 そう約束した。
 なにも特別あつかいしているつもりはない。腕利きのスナイパーだった出自が知れれば、対ソ戦でパルチザンに手こずらされた将兵の客から、復讐心丸だしに殺されるのを恐れたからだ。
(そんなことでむざむざ消されてたまるか。ヴェラには取っておきの出番があるはずだ。それまでは生きててもらわねば。ただ、なにかでその腕を試したいものだが……)
 そう思いついたとき、赴任してあまり年数を経ないヘルガが、慣れない七特では唯一無二の腹心と頼りにする男の怪異な容貌が脳裏をかすめた。




疑 惑


 ターニャらの悪夢のつづきに大きく貢献した七特SS関係者の一人にSS軍医長アンケ・リュッカーがいるが、脂ぎった、ちょっと肉づきのあるこの中年女には、とかくの噂があった。
 1つには、所長のヘルガをおとしいれ、自分が後釜におさまる機会を狙っているとのことだが、これは自ら否定している。
「わたしにはそんな気はないよ。なぜなら、いまの職がたいへん気に入っているからさ。
 軍医という職が好きであると同時に、医療という仕事自体がわたしには向いているんだよ。だってそうだろ。わたしのメスさばきにかなう医者、どこ探したってそうはいないはずだよ」
 子飼いの部下、若いSS看守長リリアン・スタイナーと、いっしょの酒の席などで得意な弁舌をふるった。
 自慢のメスさばきはホラではないし、患者を診るのが好きなのも事実だが、アンケにとっての医療は治療のためというより、むしろ治療以外の愉しみにおおいに用いられているようだ。
 それに関連した噂の2つ目は、アンケが密かに囚人を人体実験、いや、生体解剖さえしているのではという不気味な疑惑だった。
 ターニャら33人のロシアの女たちが到着した夜、そのなかの1人、ゾーヤという少女が脱走を図って警備兵に射殺された。それだけなら管理不行き届きの不祥事くらいですませた。
 見せしめと称し、翌朝、点呼もおこなう広場の絞首台にゾーヤの遺骸が逆さに吊るされた。奇怪というのは、吊された体の下腹部から血が流れていたのだった。
「背中を撃たれた者が、どうしてヴァギナから血を流すのだ?」
 ヘルガの疑惑に、SS用務主任であるロブこと、ロベルト・バウマンが答えた。
「だいたい、あの脱走騒ぎ自体がおかしなもんでしたぜ。ゾーヤの相手のリリアンが慰安室の戸も開け放しに中座し、その間、中庭に抜ける廊下の扉の鍵まで開けてあったてんだから、脱走しろといわんばかりでしたからね」
 そう言って黒い眼帯で隠した反対側の目をギロリと光らせた。
 アフリカ戦線で戦車隊員として戦ったが、英軍歩兵戦車マチルダとの一騎打ちで被弾、負傷し、片目・片足を失っただけでなく、顔半分ヤケドを負ったスキンヘッドの形相は、ただでさえ凄みがある。
「アンケに死体を検分させろ」と指示したヘルガが、「おっと、それじゃ泥棒に会計の紛失を質すようなものか」と言いなおして失笑した。
 ロブが思い出し顔になった。
「まさか、あの女――日ごろ『生身の体を切り刻んでみたい』が口グセだったから……!?」
「よし。わたしがじかに検分する」
 上気した顔で言って張り切ったものの、そのヘルガの意気込みは空振りとなった。
「あのブタ女なら、とっくに灰になって天国に昇っちゃいましたよ」
 こまっしゃくれの若い看守長は、いけしゃあしゃあと結果報告をした。
「その横にいてアンケの奴め、薄ら笑いさえ浮かべておったのだぞっ」
 憤懣やるかたない思いを吐露した。
「あの者ら、まちがいなくツルんでるな」
「リリアンを締めあげますか?」
「ちょっと叩けばなんでもボロボロ吐くだろうが、あんなバカ娘、たたき潰したいとは思っても、拷問する色気などは起きん。なにかほかの手で探り出すことはできないか」
 そういう経過からロブのお出ましとなった。
 ただ、調査はことのほか難渋した。
 ロブは清掃員にさえ軽んじられていた。勇猛果敢の戦車兵と謳われたのは過去のことであって、負傷で片足、片目ばかりか男のシンボルまで失ったとの噂は嘲りの格好の材料だった。
 ただ、それならそれと、所長への風評などスパイするにはバカを装うのがいちばんと、常日ごろヘラヘラして軽く見せた。それが裏目に出てほんとうのバカと思われてしまったのだ。
「あんた、なんでそんなこと訊くのよ」
 てんで相手にされず、「あんた」呼ばわりまでされてはらちがあかない。そうなっては、もう持ち前の特異性を武器にするしかない。
「やかましいっ! ガタガタぬかさず、訊かれたことに答えればいいんだっ!」
 怪異なご面相を真っ赤にしてさらに引きつらせれば、誰でも恐れおののき、ぺらぺらとなんでもしゃべり出した。

 証言1。給食係の女。32歳。
 2人分の夜食を運べとアンケに言いつけられ、収容所の医務棟を訪ねたが、外から入ってすぐの処置室前には、点々と血の痕をはっきり認めた。
「夜食を運んで処置室へは入りましたが、ついたての前にお膳を置くよういわれて、その奥のようすはいっさい見てません。
 なにか、気づいたことですか?
『うーん』と、唸るような女の声は、ずっとしてましたね。また、いつものことで、兵隊たちにイタズラされ、むごい傷を負った囚人たちの手当てくらいに思ってましたよ。
 脱走騒ぎですか? もちろん知ってます。でも、あの囚人は警備兵に撃たれて死んだんでしょ? だったら検屍室じゃないんですか? あそこは手当てする場所でしょうに」
 給食係はなんの疑いも持っていなかった。
 なお、お膳を下げに行ったとき、廊下の血の痕は拭き取られていた。そして呻き声も、そのときには聞こえていなかったという。約2時間後のことだった。

 証言2。清掃員の男。39歳。
 あとかたづけを言いつけられた処置室は、寝台にかなりの血の痕が残され、タイルの床にも血だまりが見られたということだ。
「そりゃあ大変でやした。
 膿盆には血まみれの脱脂綿やガーゼなんかが山になっているし。〈アレをやられた囚人〉は相当の傷を負ってんじゃねえかなあ。
 え? 血が見られたのは処置寝台の端か真ん中かだって? 処置寝台じゃねえですよ。内診台。ほれ、股おっぴろげて乗せる開脚寝台だわね。治療なんかじゃねえですよ、ありゃ。
 よほどのサドマゾ行為ですよ、開脚台に乗せて女のアソコを血があんなに出るほどかっぽじくるなんざ、よほどの客だ。ここじゃ、高い金取ってそんなことまでさせるんですか?
 メスとか鉗子ですか? そういった道具はいっさい残ってねかったが……えっ? じゃ、なんですか。まさか生きたまま解剖しちゃったなんてことですか!?」
 うっかりよけいなことまで教えることになったのはロブの失策だった。ただ、掃除夫の口をふさぐのに元手をかける必要はなかった。
「いまのことは黙っていろよ。でないと、おまえも生きたまま解体される羽目になるから」
 そう言って脅すだけで十分だった。
 いちばん厄介だったのは、慰安要員の女囚の口の固さだった。

 証言3。Bブロック拘留者の女性。24歳。
 このときの会話をロブは、一問一答はっきり記憶している。
 ロベルト「リリアンはなにをしているときに、それを言ったんだい?」
 女性「わたしの下半身をベッドの手すりに、こう、頭のほうにバンザイさせるかっこうで縛っておいて、窮屈な姿勢のまま性器を内視鏡で開いてイタズラしてたときにです」
 ロベルト「(興味津々の顔で)イタズラって、どんな――」
 女性「それも言うんですか?」
 ロベルト「(生つばを呑み込むのをこらえ)そこのところが意外に重要な手がかりになることもあるんだよ!」
 女性「あいつは酒も飲んでて、水割りのマドラーを内視鏡の奥に通し、子宮のなかに突っ込んでこねくり回したりしてるときでしたよ。憎々しい顔でこう言ったものです。
『ちょうど1週間まえのことになるわ。
 あの晩もこうして股裂き台にくくりつけ、そいつのココを鉤棒で掻き回し、弱々しく泣きわめく様を見ながらズタズタにしてやったんだ。たちまち血まみれさぁ。
 誰だって? そんなこたぁ口が裂けたって言えるもんか。
 だからこれだけは憶えておけ。おまえも聞き分けがないことを言うとそういう目に遭うんだ。〈わたしら〉はなんだってできるんだ、所長の威光なんざ屁でもない』、とね」

「最後のほうはアンケ丸だし、それ以外はリリアンの口調そっくりに語って聞かせて……あの子はそうとうリリアンのこと恨んでますぜ。それで言い草が頭にしみ込んでしまったんだ。
 ただ、しかし、この決め手を示して談じ込むわけにはいきませんぜ。そんなことしたら、あの囚人はまちがいなく消されますからね。それもできるだけ酷い方法で――」
 ロブの報告である。
 ヘルガもあとの半分は承知していて、女囚の証言を元に表沙汰にするつもりはなかった。ただ、前半分の内容に注目した。
「ということは、リリアンはアンケを気取っているところもあるということか」
 アンケへのリリアンの心服ぶりがここでも印象づけられた形だ。リリアンだけではあるまい。アンケ派はほかにもいそうで、ヘルガにとってはいよいよ油断ならざる事態といえた。
「あのクソ連中、いまにシッポをつかんでグーの音もでない目に遭わせてやる」
 目をらんらんとさせてつぶやいた。
「しかし、リリアンめ、なかなかおもしろい遊びをしているようだな。わたしも真似て試してみようか。なあ、ロブ?」
 そう微笑みかけられたものの、どう答えていいか面食らうばかりだった。




拷問医療


 冬にはまだ早い季節だが、朝晩の空気は冷え冷えとして冬のような寒さの毎日だった。
 故郷のいまごろがこうだったが、まさかこのあたりを、土地の者が地名を冠して「メクレンブルクのシベリア」と呼び慣わしているなど、囚人の身のターニャが知るはずもなかった。
 その日ターニャは、いっこうに呼ばれることがなかった。
 早い時間にとなりの独房から一人出されたが、呼びにきた看守が「アンケ様がおまえを所望だ」といったとたん、金切り声が響きわたった。
「バカっ。抵抗するなっ!」
 看守の怒声のあと、おそらく警棒でなぐられたであろう鈍い音がひびき、悲鳴は止んで足音も遠のいた。その後彼女がどうなったかは分からず、ふたたび帰ってくることもなかった。
 それからも迎えがくることはなかった。迎えとは、そう、SSの男ども、女どもの腐った股ぐらを口で奉仕させられる、“見習い”と称する汚辱と忍従の仕置場からの迎えである。
 夜――日に2度、くぐり窓から差し入れられる食事の2度目を食べたあとだからそう思っただけだが、呼びだしを受けた。
「アンケ様がお呼びだ」
 その瞬間、立ちくらみを覚えた。
 アンケにいたぶられるのはこれで2度目だが、最初の日の夜の異様さ、残酷さ、執拗さが身体に染みついているだけに、ターニャは背中が泡立つ思いだった。
 こうして窓のない独房、廊下、調教部屋を往来する時間がめぐってきて、その日はいくつ目かの廊下を曲がった突き当たり、「処置室」と名札がでた部屋のまえで止められた。
 入るとすぐ消毒臭が鼻を突き、壁も床もタイル張りで、天井に取りつけられた無影灯からも、ここが処置室というよりは手術室といった印象が強かった。
 二重顎の顔がニンマリとゆがんだ。
「これからケガ人の治療をするが、あいにくリリアンがいないため、おまえに助手を命ずる」
 いたぶりは免れたようだが、この女がどんな罠を仕掛けているか――油断は禁物だ。
 それにしても、この手術台の異様さはなんだ。
 星形というか人型というか、中央台から4方向に両手、両足、それとちょっとだけ頭を載せる台もあって、それには手足と、まん中の胴体部に拘束ベルトを備えていた。
「一瞥以来だな」
 粘っこい目で見られ、全身を毒虫が這いまわるような悪寒が襲った。
「おまえ、“剃らず女(め)囚”のことは聞いているか?」
「?」
 ぽかんとしていると、「“剃らず女”とはわたしが名づけた。いいネーミングだろう」と勝手に得意がって説明をはじめた。
「ある上得意客から、あそこがパイパンの女など気持ちが悪いとの苦情がでた。そこで所長サマの〈ご勇断〉により、これから淫売どもの半分は毛を剃らないことにしたというわけだ」
 だからどうだというのだと、反発を胸に秘めて演説を聴くだけは聞いていた。
「勇断というのは皮肉だぞ。あの所長、こともあろうに剃らず女のなかに、おまえとオルガをくわえたというわけだ。その上で『毛が生えそろうまではお客を取らせぬ』ときたもんだ」
「……!」
 ターニャは小踊りしたいくらいの気持だった。
 ヴェラの名がでなかったのは、彼女は着いた早々にリリアンとのいさかいで即、独房入りとなり、剃毛をまぬがれた“幸運”からだった。
 当然、アンケは憤懣やるかたない。
「おまえらを独り占めしたいからだろうが、いくら所長でもそんな身勝手が許されるか? 女のアソコを剃るのが3度のメシより好きなロブなど愉しみを半分奪われたようなものだろう」
 自分の鬱憤を棚に上げて他人を同情することはなかろうと、ターニャは可笑しくて吹き出すのをこらえるのにやっとだった。
「おまえの診察もしてやろう」
 アンケが出しぬけに言った。
 顔をこわばらせて拒否すると、
「わたしにルガーを使わせる気か? 背中を向けさせ、9ミリ弾を一発ぶち込む。その際には確実に命を絶つ。逃げようとしたから撃ったと説明すればそれまで。死人に口なしだからな」
 そう言ってほんとうに腰に手をかけた。
 観念するしかない。囚着に手をかけたら、アンケが音もなく背中にまわった。第一、第二ボタンまではずしたところで、背後から両手で抱きすくめ、囚着をずり下げた。
「ふん。そういうことか」
 そう言ってほくそ笑み、着衣を許した。
 意外に思ったものの、ちょうどそのときストレッチャーが運ばれてきてそれ以上の詮索は無用だった。
 ぐったりした裸の身体が、男の兵士2人に手と足を取って持ち上げられ、あっという間に人型寝台に乗せられた。手を広げさせ、足を開かせて初めて傷の状態が確認できた。
「うっ、むごいっ」
 ターニャが目をそむけた。
 毛を剃り取られた剥き身の中心に、性器と並行してバックリ裂けた傷口ができ、そこからたらたらと血をしたたらせていた。
「ごくろう、下がってよし」
 アンケが兵隊を帰らせた。
「手足にベルトをかけろ」
 拘束を命じておいて股間の傷口を確認した。
「鞭だろう。リリアンとちがって素人のひと当てだ。それがカマイタチ現象とやらでこうなったのであろうな。偶然にしてはみごとな。まるでオマンコが2つあるようではないか、なあ」
 勝手に解釈して強引に同意を求めた。
 一時思案する顔をよそおったが、やがておもむろに患者に話しかけた。
「おまえ、またやられたのか? このあいだ子宮をほじられたばかりだろう」
 ほかに目立った傷は見当たらないものの、なんにせよ困憊したやつれ顔に汗を光らせ、ぶるぶる震えながら20代の美女囚がうなずいた。
「なあ。いい考えがある。治療と称してラビアを全部ふさいでしまおう。もちろん尿道孔をのぞいた他の部分だ。そうすれば傷が完治するまで客を取らせない口実はできる。どうだ?」
 アンケが、これまで一度も見せたこともない柔和な顔で、やさしげな言葉をかけている。
 ターニャが(あっ!)と思ず叫ぶほどだった。
 罠だと直感した。
 患者がうんともすんとも言わないのをいいことに、アンケが奸策の仕上げの言葉を放った。
「こんどやられたら死ぬぞ。それより治療を受け、完治するまでの1か月くらい、医務棟のベッドで養生できるほうがいいだろう?」
 女は「はい」とうなずいた。いや、どのみち強引にでもそうしたに決まっているのだ。
 わきの医療台車上には糸を付けた太めの縫合針が20本くらいと、持針器といわれる先の短い爪切りバサミようの医道具が用意されていた。
 アンケが手術用手袋をはめた。右手に持針器を持って、その先に糸を付けた半月状の縫合針をはさみ、左手で肉のクレバスをつまんだ。いよいよというとき、
「あの」
 ターニャが恐る恐る声をかけた。
「なんだ」
 ギロリとにらまれた
「麻酔はしないんですか?」
 たちまち怒声が飛んできた。
「バカめがっ! 露助退治に我が軍兵士が異国の地で奮戦しているのをなんと思うか。そのような重大時に、貴重な麻酔や医薬を貴様らウジ虫、淫売ごときに使えると思うかっ!」
 ターニャが不満顔を隠さず、それならばとそばで励ましてでもやろうと思って近寄ったが、
「こっちにきて見ておれ!」
 また、すごすごともどるしかなかった。
「よく見ておれ」
 そう言って、肩を低くすると、持針器の先を剥き身の割れ目に向けた。きらきらと冷たい輝きを発する親指爪大の針が秘肉に刺さった。
「うっ」
 女が呻いた。ぐりぐりと乱暴に、えぐるように針を進め、わずかな黒ずみとびらんを見せる小陰唇を縫い合わせた。その間、「うーっ、痛いーっ!」と、女が身悶えた。
 名医を気取るアンケがとんでもないことだった。あえてよけいな苦痛を与えているのは歴然だった。ターニャは抗議した。
「なにをするんですか? そこは傷口では――」
「黙れっ、さっき言ったことを忘れたか!」
 目は“治療”に専念し、恫喝だけを飛ばしてきた。その間、縫い込んだ針と糸を持針器と手で器用にかがると、ぎゅっと引きしぼった。
「ぎゃああーっ!」
 絶叫を上げてのけぞるようすを尻目に、まず1か所縫い合わせてきつく縛った。
 2針、3針、悲鳴と絶叫の協奏曲に乗せて、アンケは嬉々としておなじ動作をリズミカルに、テクニカルにこなしていった。
「こ、こんな、こんなことが……」
 4針、5針、耳をつんざく叫びのなか縫い込まれ、ふさがれていく女性器の無惨をおぞましい思いで見つめながら、ターニャはいても立ってもいられなくなった。
「わたしという名医にかかり、暫しでもいたぶられることもなくなる。文句はなかろう」
 そう言って、ひときわ強く針と糸をしごいたとき、すざまじい金切り声が上がって、ベルトをかけられた上体が背骨が折れるくらい大きくしなってのけぞった。
「ぎゃああーっ! やめてえーっ!」
 四方に伸ばされた手首も足首も、べっとりと汗ばんで異様にひきつり、拘束ベルトを深く食いこませていた。
「しょ、所長に、所長に言いつけますよっ」
 ターニャの必死の抗議に、その一瞬だけ縫合の手を止めてアンケが振り返った。
「言うがいいさ。だが、そのときは貴様も覚悟しておけよ。この女の二の舞だからな」
 アンケの手袋の手は、無意味な治療――拷問医療による針刺し、糸しごきでできたあらたな傷からしたたる血で真っ赤だった。その拳を握りしめてにらんだ。
 ターニャが思わず患者の側に駆け寄った。血止めのガーゼをひっつかみ、苦悶の汗がところどころ玉になっている額を拭いてやった。
「しっかりね。もうすぐよ」
 懸命に励ました。
「バカめ、まだ半分も縫い上がっておらんわ」
 せっかくの慰めに水を差した。
「ぎゃああっ!」
 また、けたたましい叫びを上げて醜くゆがませる顔を、ターニャはこんどは間近に見ることになった。
「しっかり!」と手を伸ばし、女の縛られている片手を握ったら、すぐ握り返してきた。
「がんばってね」と励まし、相手がうなずいた、と思う瞬間には、
「ぎゃああっ、ひぎゃあううーっ!」
 さらに甲高い悲鳴が響いて、ターニャは関節がきしむほど力を込めて握られた。悲鳴、絶叫、そのたびに指が折れるほどの激痛をおぼえたが、患者の苦痛をわが思いとして必死に耐えた。
「し、死にたいっ……」
「いけないっ、がんばって――!」
「こ、ころ……ぎゃあっ!!」
「もうすぐ、もう……」
「ぎひいいーっ!!」
 どんな風に縫合すればこれほどの声が叫ばれるのかと思うほどの苦しみようだった。まさにアンケの激痛拷問医療は天才的手腕をもってして延々時間をかけてつづけられた。
 片手で手を握り締め、片手で額の汗を拭い、ただ無我夢中で泣き叫ぶ女を介抱していたが、その苦しみようがだんだんか弱くなっていくことにターニャは戸惑いをおぼえた。
「ああー……ううー……」
 絶叫や悲鳴は呻き声に変わって、身体をくねらせ、のたうちまわるようすも、まるでスローモーションを見ているようだ。
「どうしたの? だいじょうぶ?」
 握っている手を揺すって尋ねた。
「さあ、これで最後だ」
 アンケが縫合の終わりを宣言したとき、女ががっくりした。身体中の汗という汗が噴き出たように、全身びっしょりとなっていた。
「さあ、きて見てみろ」
 アンケにうながされ、哀れな犠牲者の股間をのぞきこんだターニャはふたたび絶句した。
 不要な――いや、故意に苦痛をあたえるために太い針、太い糸をつかった粗い縫い目にぴっちり閉じ合わされた女の剥き身。
「あ?」
 ターニャが不審の声を洩らした。かんじんの傷口はそのまま手つかず。そのため床には大量の血だまりが広がっていた。当然、女の衰弱もいちじるしいはずだ。
 ははあ、彼女の苦悶が弱まったのは、そのためかと素人判断をくだした。
「まだ、傷が」
 疑問を口にしたら、アンケが映画俳優でもきどるようにオーバーに両手を広げてみせた。
「うっかり針糸を全部使いきってしまったよ」
「じゃ、取ってきます。どこですか?」
 そう言って場を離れようとするのを無理に引き留めた。
「そんなものいらないよ」
「え?」
 そのときになって、さっきから足下でしている異臭を確かめようという気になった。
 床には壁のコンセントにつながれた半田ゴテが置かれ、尖った先はすでに真っ赤に灼けきっていた。
「縫合術などという気の利いた方法がなかった昔には手っ取り早い止血法があったのだ」
「――!!」
 アンケの正気をうたぐった。いや、この女に最初から正気など存在してないはずだった。
「あなたはなにをしようとしているのですか?」
 烈しい昂奮のあまり思わず詰め寄っていた。そればかりか軍服に手さえかけていた。
「貴様っ!」
 アンケの目が血走った。手は腰の拳銃には行かず大きく振り上げられた。グローブのようなゲンコと力で張り飛ばせばターニャの顎など砕くのは造作なかったが、そうはしなかった。
 代わりに抱きすくめた。
「あのオマンコを見ておまえの女が疼かないか? わたしが火をつけてやるぞ」
 そう言って囚着のすそに手を伸ばした。いつでも、どこで求められても開いて迎えられるよう下着は認められてない。おまけに剥き身だ。アンケの太い指はたちまち割れ目をほじった。
「ううっ……」
 肉の鎧戸をこじあけ、乱暴に押し入った。
 毛虫に這われるようなといったら毛虫に失礼だろう。それくらいの怖ぞ気で戒めから抜け出ようと必死になった。
 と、アンケが手を放した。その拍子にターニャは床に尻モチついた。その間隙を縫って床の半田ゴテを取り上げた。
 灼熱の先端が、さっき縫い込められた性器のすぐ横の裂け目の傷口に押し当てられた。
 ジュウウウウ……
 異臭と黒煙――。
「ぐぎゃあああーっ!!」
 血を吐くような絶叫とが逆巻き、耳をつんざく地獄絵が展開された。
 悪魔の微笑を浮かべるアンケの横顔。真っ黒い煙を立ちのぼらせてくすぶり、ただれる局部。突然、飛び出すくらいに目を見開いた女の顔がガックリして血の泡を吹いた。
 ターニャが血相変えて駆け寄った。
 口から血を流して目を見開く顔を見つめた。
 舌は噛んでない。歯を食いしばった際、あやまって唇を噛み切ったのだった。それを瞬時に確かめると、そのあたりに落ちているボロをひっつかんで口に詰め込んだ。
 その間にもジュウジュウという焼け焦げと、絶叫はまだつづいていた。そのなかで――
「ひひひひひ……」
 憑かれたように見入るアンケのそんなキチガイじみた笑い声を耳にするのもはじめてだった。
「ひっ」
 異様な一声を合図に女の悲鳴は止んだ。ガックリと首を垂れた。
 見開いたままの目からすーっと泪がながれた。
 アンケが、すぐそばにきていた。二の腕をつかんで引き寄せた。
「どうだ。おまえもこうなりたいか? それがイヤなら今夜自分の意志でわたしの閨(ねや)に来い」
 ねっとりとした目で誘惑した。
 強烈な脅しである。
 その瞬間、ターニャがアンケの奸策の本質に気づいて慄然とした。同時に自分の罪深さにも愕然とした。哀れな女はターニャを自分の掌中に取り込むための生け贄に過ぎなかったのだ。
 満身の憎しみと怒りを込めてにらんだあと、ドアに突進した。廊下に飛び出し、駆け出した。
「待てっ!」
 兵隊の誰何も、ものともしなかった。
 この地獄がいつまでつづくというのか!? それにピリオドが打たれるなら、いまこの場で背中から銃撃を浴びせられてもかまわない――そう覚悟を決めて走りつづけた。




ヘルガのベッド


 ノックして看守が声かけた。
「お連れしました」
「あー、来たのね。それなら、入れ」
 けだるい調子のあと、投げやりな応答が返ってきて、看守が恐る恐る戸を開けた。
 半開きの戸の向こうにガウンを羽織る所長の姿が見えた。ベッドにはオルガが寝ている。
 背中を低くして、ベッドの下になにか押しやるしぐさをした。それを確認して看守が戸を全開し、ターニャにもうながす。
「もう、そんな時間だったか」
 すこしバツが悪そうな顔をした。濃い目のリップがぬめって見えた。
 全身を汗で光らせたオルガが、あわてて身づくろいした。が、疲れきった感じで動きは緩慢だ。ヘルガが思いあまって着衣に手を貸した。ようやくベッドから降ろすと、
「手を貸してやれ」
 看守にも言いつけた。
 看守に支えられてオルガが去ると、そこにはこんどはターニャとヘルガ2人きりになった。
「酷いことはしとらんぞ」
 弁解して、2枚重ねのバスタオルをシーツから剥ぎ取った。その一瞬、この部屋に一歩入ったときにただよっていたほのかな異臭が、より強く匂った感じがした。
(オルガの性臭……)
 そう直感した。
 休日などでまとまった時間が取れると、ヘルガはよくこうして2人つづけて味見するのを好んだ。ターニャが先だったり、今夜のようにオルガの後続だったりと決まってない。
「オルガには、なにを?」
「まあ、よいではないか。だが、ほんとに酷いことはしてないぞ。オルガとて、たっぷり感じてくれたはずだ。時間をかけたでな」
 また弁解している。
 不思議なものである。収容所の誰からも恐れられる存在のSS女大尉の所長が、ナチが「虫けら以下」とあざけるスラヴ(ロシア)人のターニャに一目置いているのである。
「さ、早よお」とうながされ、ターニャが囚着を脱ぎ去って裸になった。背中一面、数日前の処置室でアンケも認めた鞭痕が刻まれていたが、すでにカサブタも禿げた古い傷となっていた。
 ベッドに上がると、ヘルガがさっき羽織ったばかりのガウンを脱いでスリップ姿になり、背後から身体を合わせてきた。
 2匹のメスが、薄衣を隔ててもつれ合い、倒れ込んだ。
「ターニャ、ああ、ターニャ……」
 ヘルガのしなやかな指が豊かに盛り上がった乳房をまさぐった。深紅の唇がうなじを吸い、肩を這いまわった。耳たぶが口に含まれた。
「所長さま」と、早くもターニャも感じ入って熱い息を吹きかけた。
「えい、辛気くさい。ヘルガと呼べ」
 そう言って仰向けさせ、豊かな胸の谷間に顔を埋めて舌で、口でむさぼった。
「ヘルガ……あ……」
 濃厚な愛撫に反応しながら、無意識にターニャの手はヘルガの後頭をなでていた。別の手はスリップの上からヘルガの身体をまさぐり、求める。
 暖房は行き届いている。いっそたがいに全裸になればよさそうなものだが、これまでいつだって彼女がそうすることは決してなかった。
「所長も、所長も――」
 そう言って、胸元をまさぐってはだけさせようとするのを、
「よせ」
 その手をはらいのけて、一瞬だが怖い顔を見せた。ターニャはハッとした。ついのぼせて、越えてはならぬ一線を越えたようだった。
「このままでいいだろ?」
 よほどの罰を覚悟したが、おだやかな顔にもどるとかえってすまなそうにつぶやいた。そしてつぎにはさらに意外な言葉を口走った。
「予の身体には誰にも見られたくない醜いキズがあるのだよ」
「え?」
 一瞬にはぽかんとしたものの、すぐに出まかせだと思った。
 聡明で潔癖で、常に悠然としていて、向かうところ敵なしといったヘルガからは、その肉体にただ一点たりともキズやアザがあるなど、想像もつかないことだった。
 手グシで前髪を梳き上げられた。
「良い良い。おまえが悦べばそれで良い」
 そう言って身体を起こし、膝立ち姿勢をとった。そしてターニャの下半身を抱えあげて膝を曲げさせ、その両脚を観音開きにして股間をさらすと、剥き身の淫裂に目を落とした。
「おまえもオルガといっしょで“剃らず女(め)囚”だ。分かってるな?」
 そう言って、またのしかかってきた。
「客など付かせぬ。わたし一人のものだ」
 耳元で繰り返し、その耳たぶを口に含んだ。軽く歯を立てて刺激した。
 片手が乳房を揉みしだき、もう片方はすでに熱く潤って蜜をあふれ出さんばかりにしている女の部分に分け入った。
「あーあ……」
 ターニャも求めた。激しく求めて、両手はヘルガの背中にまわっていた。顔を上げて頬をすり寄せ、自分から唇を持っていった。
 二つの唇が合わさった。ヘルガが、なお身体を低くしてきた。濃密なディープキスが交わされ、舌がもつれ合い、求め合った。口のなかでたがいの唾液が混じりあい、攪拌し合った。
「む、うう……」
 2本、3本……ヘルガの手の動きが大胆になった。膣をむさぼる指の数はだんだん増えていった。熱い濃蜜を感じながら、指が微妙に形を変えて泳ぎまわった。
 ひとしきり求め合った唇がヘルガのほうから離れたとき、ターニャの口もヘルガとおなじ色になってぬめって光っていた。
「ターニャ、わたしのターニャ……」
「あーあ!」
 思わず卒倒した。ヘルガの手は手刀となってターニャをえぐっていた。鋭い刺激が、ターニャがそのとき望んでいた被虐快感とマッチして背中を電気が走る快感に貫かれた。
「痛いか?」
「いえ、もっと。もっと突いてっ!」
 倒錯感情が爆発した。ヘルガの手に激しく犯されながら、ターニャは半狂乱に叫んでいた。ヘルガのすべてをおのが体内に呑み込んでしまいたいとさえ思った。
 どれだけ経ったろう。
 床に、太さのちがう張り型が3本ならんで置いてあった。すべてべっとりと濡れている。1つ使い終えるのに30分以上はかけていた。
「?」
 なんだろうと思ってうつ伏せ姿勢のままターニャが顔を下に向けたとき、ヘルガに肩をつかまれ、反転させられた。
(電気のコードの端?)
 ちらっとだが、たしかにそれが見えた。
 ヘルガが巻きタバコに火をつけ、1本をターニャの口に差した。
 タバコは趣味ではなかったが、逆らっては角が立つと付き合ってふかしているうち、いつの間にか口になじんでしまった。
「オルガにしたこと、わたしにはしてくれないんですか?」
 わざと意地悪に訊いたが、多少は自虐心もてつだって出た言葉だった。
「オルガはオルガ、ターニャはターニャだ」
 そう言われてクサった。姉とも母とも思っていたわってきたが、色恋は、また別だ。ただ、妹のようなオルガに抱く感情がまさか嫉妬心だなど、まだ気づいてないターニャだった。
 タバコを灰皿に掻き消そうと起き上がったとき、さっきバスタオルが敷いてあった部分に、自分がつけた快楽の残滓がべっとりと残されていた。
 欲望が理性に勝って、またタダをこねた。
「いやっ。オルガとおなじでなきゃ」
 相方は相方で、嗜虐心に火をつけられた。
「では、こうしてやる」
 ヘルガがターニャをうつ伏せに引きたおした。
「手足を伸ばせ。自縛姿勢を取れ」
 そう言って鞭を取ってきた。
「いや、縛って。でないと逃げるわよ」
「聞き分けのない」
 しかたなく、こんどはベルトを取ってきて四肢を縛った。ベッドの手すりに結びつけ、ターニャをうつ伏せ大の字に拘束した。
 ビシッと打たれた瞬間、火を受けたような痛みが走った。
 ビシッ、ビシビシッ……
 痛みは、ところを変えて襲ってきた。
「オルガとおなじに――」
「えい、まだ言うか」
 さらに強い痛みが2度、3度とつづけざまに襲ってきた。
「うっ! ひっ!」
 ついには悲鳴を発した。しかし、悲鳴を発しながらも、ターニャの倒錯心は痛みを快楽と思い、鞭の一撃を受けるたびにドキドキする興奮を味わっていた。
「オルガオルガとほざきおって――そういうおまえこそはわたしに隠れ、リリアンやアンケとねんごろに、あさましくもよがり声をあげていたのではないか?」
「めっそうな! あんな連中――!」
 ターニャが本気で食ってかかった。
 たちどころに、強烈な鞭の嵐が見舞った。
「ウソを言え! さあ、吐けっ!」
 ビシッ、バチッ……
 無傷だった白磁の背中までが無惨な条痕に埋まっていき、肉を打つ音に混じって骨にぶつかる鈍い音さえひびいた。
「ひいーっ!!」
 耐えられない痛みに、悲鳴も感極まった。左右に伸ばした四肢がぶるぶる震え、手がシーツをしっかり掻きむしった。
「うぐうっ!」
 目を剥いて歯を食いしばった。
 と、条痕に条痕を重ねた部分の肉が裂けて一筋尾を引いた。すうーっと赤く流れて一箇所で止まり、真っ赤な血の滴がふくらんだと思うや、ぽとりとシーツに落ちた。滲みて広がった。
「くふうー」
 鞭打ちが止んで、一息吐いてターニャがぐったりと顔を伏せた。
 手が伸びて、さっき電気コードが見えたところに向かったと思うや、かなりの長さのある張り型をつかんで元へもどった。
 ヘルガの手が尻たぼを押さえた。肛門を剥き上げ、アヌス孔をひねりだしたと思うや、そこへいま見たばかりの器具の先端が押し込まれた。
「うーっ」
 激痛に呻いた。
 きりきりと痛む痛さは、器具に押し開かれるアヌスをはっきりと感じ取った。どんどん痛さが強まり、それからどんどん侵入を感じた。
 はた目にはターニャの小尻から、双頭ディルドの片割れが猛々しく屹立していた。
 それにヘルガがまたがった。ショーツを降ろし、褐色の潤沢な繊毛に縁取られた肉のクレバスにあてがい、ゆっくりと細腰を沈めた。
「う、うむっ……」
 一声呻くと、性具を介してヘルガとターニャが結合した。
 騎乗位の姿勢で腰が上下運動をはじめた。ヘルガが激しく腰を使うたび、性具を呑み込まされたターニャのアヌスがめりめりと音を立てるようだった。
「ああ、ひいっ!」
 苦痛が中心を貫いた。肛門を突かれ、直腸を押しまくられ、ターニャは突き上げる苦痛のなかにも快美感を味わった。ターニャの呻きに、ヘルガの甘美な声が混ざりあった。
「ターニャ、わたしのターニャ」
 ひとしきり騎乗位で攻めたヘルガが、こんどはまた上体を倒して後背位になった。
 左右に開かれたターニャの脚と脚のあいだに自分の下半身をからませ、互いに呑み合う蛇のような姿勢でピストン運動を開始した。
「ターニャ!」
「ああ、ヘルガ! もっといじめてっ!」
 求め合う2匹のメスの叫びが交錯した。
 そのとき背後に誰かいたとしたら、おそらくその者は目を剥いておどろいたろう。
 ぱっくりと性具を食わえた腰部のすぐ上、めくれたスリップからこぼれた汗で光るヘルガの背中に、ナチの徽章であるハーケン・クロイツの片鱗がくっきりと刻まれていたからだ。




胸騒ぎ


 ブラインドを上げて朝の光を入れた。
「アンケめ、医療の名に隠れてそんなことまでしておったのだ」
 ターニャとの愛欲におぼれた数日後、ヘルガは執務室にロブを呼んで、ターニャから聞いた性器縫合の話をして怒った。
「このままでは、また何人犠牲がでるかわからない。スラブであるターニャらなどは、血祭りにあげられる筆頭のはずだが……」
「しかし、またなんであの女は――。なにかスラブを目の敵といった傾向が見うけられます」
「アンケ・リュッカーという名前からはドイツ国籍としかかんがえられないが。とすれば蔑みはすればこそ多大な憎悪を持つ理由など……うーん、なにかあるはずだ」
 そう言ってさらなる調査を言いつけたとき、ターニャが看守に連れられてきた。看守を外に出したあと、
「すまぬが、おまえも……」
 そう言ってロブまで下がらせたヘルガが、ターニャと2人だけになると、いつになくそわそわした。そんな彼女を見たことがなかった。
「困ったことになった」
 手を後ろに組んで、大股歩きで1、2度行ったり来たりしたあと、面と向き合った。
「今日、これからわたしが出張の留守に客がくることになった。ここ七特にも多額の寄付をしてくれており、いわば恩義あるその紳士が“剃らず女”のうちから処女囚を所望なのだ」
「……………」
 出しぬけな話に、どう反応していいか迷った。
 ターニャが黙っているので話をつづけた。
「“剃らず女”を別に置くのは最近決めたことだからな。一昨日あらたに入ったポーランドからの50人ばかりのなかに処女はおらぬ。そんなときにこの話だからほとほと弱った」
 ヘルガが一方通行のおしゃべりに終始した。
 それが自分となんの関係があるのか。いっしょにきたロシアの仲間に処女囚は一人もいなかった。18歳の最年少者オルガとて、きた最初からすでに処女ではない身体だった。
 なんだか面倒なお鉢がまわってきそうで、ターニャの胸は騒ぎはじめていた。
 ふと、ヘルガが奥のついたてに向かって手招きした。
「こちらへ来なさい」
 呼ばれて囚着をまとった少女がおずおず、ついたての陰からでてきた。ターニャがハッと息を呑むくらい目鼻立ちもととのった、燃えるような金髪の美少女だった。
「じつは一昨日、直接現地におもむいて人選したのはわたしだ。その際、この子も50人とは別あつかいにして連れてきたのだ。名前はミラ。仮の名だが――」
「仮、とは?」
「本名で〈人種〉やなにか分かってしまう。それがゲシュタポなどに知られれば、死はまぬがれぬことになる。そういう訳ありの子なのだ」
「レジスタンスとか、パルチザンとか、そういう……」
 とっさにヴェラの出自が頭をよぎり、早合点からそう訊きかけたのだが、「人種」といったことを思い出して見当がついた。
「服を脱げ」
 ターニャが一瞬ドキッとしたが、もちろん自分が言われたのではないのはすぐに気づいた。ミラと仮名された少女が、囚着のボタンをはずし、たちまち全裸になった。
 脱衣したものを簡単にたたんで手に持ち、まえを隠したのを、
「隠すな。彼女にすべて見せるのだ」
 きつく言われて、囚着と手を腰の下へまっすぐおろして直立姿勢をとった。
 ヘルガがミラの斜めうしろに着いて、うしろから伸ばした両手におとがいを捉え、まっすぐターニャのほうに顔を向かせた。
「どうだ、美しいだろう」
 そのときターニャは絵画にでてくるビーナスや彫刻の少女裸婦像をも連想した。そして少女のピンクの淫裂には、自分は剃られてまったくない陰毛が燃え立つ赤毛で取り巻いていた。
 唐突にヘルガの好色の指が、その股間に伸びた。指の先で割れ目を剥き上げるのを、少女は唇を噛んで耐えた。
「ターニャ。どうだ? この娘の調教はおまえにまかせたいと思っている」
 言われて空想した。一糸まとわぬ世代のちがう2体のメスが合わさり、片方を片方が濃厚に責めなぶり、あたりに性臭が充満する光景を。そしてそばにはそれを見ているヘルガがいる。
 そのヘルガが思案顔で話をつづけた。
「たっぷり磨きをかけて慰安婦として十分な心づもりができたところで、これはという客のノーマルな行為で女になるよう計らうつもりだったが、今夜の客の嗜好次第でどうなることか」
 奴隷同然の身をそこまで思いやるとは相当の入れ込みようだ。
 やがてついに白羽の矢が立てられた。
「おまえ、いっしょにいて、見とどけてくれんか。『いや、まだ、ねんねだから』とかなんとか理由づけて――。おまえが同行する段取りくらいはつけておくから」
 つまり、留守の所長に代わって横で目を光らせていろとのことだった。
「ただ、無理はするなよ。おまえまでどうかなるようでは、かえって困る」
 そう付けくわえるのも忘れなかった。
 そして、つぎにはきつい顔でミラを見た。
「おまえは、そういうわけで今夜処女を喪うであろうが、その覚悟はしかとできてるな?」
 厳しい口調の確認だった。
 少女が表情を険しくしてうなずいた
(所長の話すドイツ語で即通じるということは、ドイツ国内で摘発、徴収されたユダヤ人ということだろうか……)
 列車で送られてくる途中、これもヴェラからの受け売りだが、この国でも大量のユダヤ人が人知れずどこかに送られ、消えているとの噂を思い出し、ターニャはミラの出自を思量した。
「いいですよ。あまり無体なことのないよう、できるかぎり身体を張ってみます」
 心に定めてそう答えた。
 これがターニャの美点であり欠点だったが、手折れば手折れる弱々しさを見せつつ毅然と運命に向かい立つ少女に、オルガをダブらせて一定の同情を感じたとてなんの不思議があろう。

 かくして運命の時を迎えることになった。




慰安囚心得


 1941年6月22日、ヒトラーは電撃作戦をもってソ連に侵攻した。
 そしてドイツの占領下となった各地から、ターニャら33人が途中までは労働徴用として、途中からは性慰安囚として選別され、ここ七特に送られてきてから半月が経った。
 その間、最初の日の夜に脱走者とみなされ惨殺された少女と、ある事情から別扱いされることになったヴェラ以外の全員、独房に隔離され顔を合わせることはなかった。
――あらゆる客の趣味嗜好を満足させる“特殊”の名に値する性慰安囚になるまでは、雑念を払って精進しなければいけない。
 これが所側の表向きの理由だった。
 しかし本当の理由は、
・それまで一般社会にいた者同士、反抗心のあるうちに連帯するきっかけや時間を与えず個別隔離し、
・その間、囚人一人一人の誇りや尊厳を徹底的に削ぎ落として慰安奴隷としての自覚を深く植えつけ、
・トレーニング終了と同時に派生した優劣が、共同生活に戻って反目や対立の元となるよう仕向ける。
 つまりは「管理しやすく、御しやすく」という、ナチ側収容マニュアルにもとづく女性囚人=慰安奴隷の分断化、差別化政策の一環だった。
 そんなことともツユ知らず31人の新入り女囚たちは、来る日も来る日も“見習い”と称してナチ兵士や看守の凌辱・拷問特訓を受け、心身をすり減らしているのだった。
 慰安囚は新参・中級・上級の3ランクをAからCに分け、宿舎もその別に割り当てられていた。したがってターニャらはAブロック拘留のA囚という言い方がされることになった。
 外からの賓客を招いての慰安パーティーは特別に日を定めて行われ、これには熟練をきわめたC囚があたる。しかし、まれに飛び入り客が入ることもある。

 夜、ターニャはいつものように独居房でSS看守の迎えを受けた。
 その夜は「見習い」のためでない。この時点での名目は、その日予約を入れてきた“飛び入り”のため、所長オルガにいわれて接待役の慰安囚をあくまで補佐するためだった。
 収容棟から外に出てすこし歩かされると、行く手の闇空に薄ぼんやり浮かぶ“城”の輪郭がだんだんはっきりしてきた。そこはまさに中世の城をひとまわり小さくした感じの建物だった。
 歩哨の立つ城門をくぐって中へ入る。
 なるほど城と呼び慣わすだけあり、各界の賓客を迎える特別エリアは外観も内装も、格段に華やいだ豪華さがあった。おなじ収容所敷地内で、そこだけ御殿のような別世界だった。
 大広間を抜けて、とうぜん賓客用の慰安ルームに連れていかれるものと思ったが、先に立って歩く看守の足は奥まった方へ、奥まった方へと向かった。
 廊下の突き当たりの暗がりに、地下室への階段があった。そこを降りながら、ふと看守が振り返った。
「アンケ様が待っておられる」
「え!?」
 話がちがう。ミラといっしょに呼ばれると思ったのに、こともあろうに、その席にアンケがいるという。ヘルガの留守を狙って、今夜こそはあの女の好きにいたぶられるのか。
「所長様から、なにか聞いてはいませんか?」
「わたしは知らない。じかに訊け」
 1階分下まで降りて、廊下をまた歩かされた。薄暗いじめじめとした空気のなかを通って、ある部屋のまえで看守の足が止まった。
「ここだ」
 重々しい音を立てて鉄扉が開かれた。
 そこはコンクリートの壁と床と天井の、拷問室と呼ぶにふさわしい部屋だった。
 アンケと見慣れぬ中年男、それに離れたところに若い黒人の姿があった。
 洗いざらしの粗末な白い野良着を着て、それこそ『アンクル・トムズ・ケビン』の世界から抜け出てきたような、それでいてちょっと二枚目で筋骨たくましい青年だった。
 ただ、つぎにはマットを取り去り、骨組みだけになった拷問ベッドに猿ぐつわを噛まされ、手足を広げて拘束されている全裸少女に目を奪われて駆け寄った。
「ミラ!」
 哀れな生け贄は、白磁の全身を鳥肌だたせてぶるぶる震えていた。
「この娘が〈そそう〉をしたのじゃ。したがって仕置きせねばならん」
 男がナイトガウンから鶴のように細い首を伸ばし、耳慣れない名称で宣告したが、ミラは「ちがう」という風にしきりと首を振った。
 アンケが踵を打ち鳴らして姿勢をただした。
「慰安囚心得を申してみよっ」
 ターニャが直立不動姿勢で「はいっ」と応え、一言一句まちがえないようにと暗誦した。
「一つ。慰安囚たる者なにごとにも服従し、たとえ身命を棄てることがあっても、それは総統閣下と大ドイツ帝国国民の御為と思い、無上の幸せに感じます」
「よし」
 アンケがそこで打ち切って、あとはいつもの口上を滔々とまくしたてた。
「貴様らウジ虫など、いかように殺されようが文句のいえる身ではないはずだ。それをこれまで生かしてきたのは、せめて性欲処理要員として使い捨ててやろうとの慈悲心からだ」
 それだけ言うと壁のまえに具わった変圧装置からコードを数本引っぱって、ミラの赤毛の陰毛に淵どられた膣や肛門に挿入していった。
「この者を“膣電流刑”に処する」
 あまりにあっさりした言い方に一瞬にはぽかんとしたが、すぐに気づいて大あわてした。
「で、〈電流膣〉とは!?」
 ターニャが思わずどもったくらいだ。
「電流膣ではない。バカ者!」
 アンケは一喝してたしなめ、正しく説明した。
「膣電流刑だ。七特独自の処刑法で、局部に流す電圧を徐々に徐々に上げていき最後には死に至らしめるが、罪が重いほど死への時間がかけられる。いわばなぶり殺し性器刑の代表格だ」
「そんな!?」
 ターニャの驚愕に、「ヒエーッ」というミラのくぐもった悲鳴がかぶさった。
 紳士が立ち上がった。
「まあまあ。しかし、それでは可愛いそうだ。第一“メイデン”なんだろ? この娘は――」
「あの、あなた様は……」
 恐る恐る問いかけ、その間にも頭のなかでは、なんとか助命の口実を探しあぐねた。
「わたしはセバスチャン。8000人からの従業員を擁する鉄鋼会社を経営しておる」
 ターニャが床に額をこすりつけて嘆願した。
「この者はまだ17。お願いですから、あなた様のお情けをもって、どうかこの子の命をなにとぞ――なにとぞお慈悲と思ってお助け下さいまし! お頼みしますっ! お願いしますっ!」
 なんどもなんども土下座した。
「良い良い」
 セバスチャンは穏やかな笑みをたたえ、ゆっくりそばまで近づくと手を差し伸べた。
「おまえのやさしい心根に免じて許してやろう」
「あ、ありがとうございます」
 あらためて向き合うと、「いくつだな」と訊いた。
「28でございます」
 セバスチャンが細い目を、さらに細くした。糸のようなその目の奥に、ぞっとするような光が宿ったのをターニャは確かに認めた。

 オルガは、すぐ上の慰安ルームで待たされていた。
(今夜わたしの相手となるのは……)
 ドキドキしながら、想像は悪いほうにかたむく。いや、生きる智恵から悪く悪く考えるようにしてきた。それですこしでも予想より人間らしくあつかわれたら目っけものなのだ。
 七特の慰安囚にとって、その夜の客の善し悪しが命の分かれ道になる。死ぬにしても楽に死ねるか時間をかけてなぶり殺されるか。それにくわえてオルガは“ウサギ”なのだ。
 障害の身が〈からかい〉の対象になるばかりか、この時代のドイツでは命としても軽く見られていた。一般庶民の思いはどうあれ、総統ヒトラーの優生思想はその傾向に向かわせていた。
 ドアが開いた。
 オルガはその音におどろいた。考えごとで近づく足音に気づかなかったのだ。客といっしょに入ってきたのがリリアンと知って肝が冷えた。
「ひさしぶりだな、ウサギ」
 開口一番侮蔑の目と言葉を射かけた。
「おまえのお相手をしていただくリーザ夫人だが――」と紹介しかけたものの、そのだいじなお客もそっちのけて、
「所長のご寵愛に隠れて今日まで生きながらえてきたが、“鬼の居ぬ間”のなんとやらだ。今夜はリーザ夫人といっしょに、たっぷりと可愛がってやるからな。覚悟するんだぞ」
 愛用の乗馬鞭をしならせてほくそ笑んだ。
 が、その勝手を狂わされた。
「ちょっとちょっと、誰もあなたをいっしょさせるとは言ってないわよ」
「は? でも、セバスチャン氏は――」
「彼は彼。わたしはわたしよ。
 誰か別の代わりを見つけるのね。さあ、邪魔だからあんたはとっとと消えてっ」
 邪見に手で追い払われ、いまいましそうな目でオルガに一瞥くれたきり、足音を荒げて部屋を出て行った。
 リーザ夫人は、それでも暗い顔のオルガに、
「どうしたの? わたしが怖いの?」
「いえ、そうではないんです」
「ははあ。リリアンの腹いせの相手をさせられる子のことを心配してるのね」
 言い当てて、間近に寄ってきた。
「甘いわね。他人を思いやるような立場じゃないというのに」
 早くも好色なまなざしで見つめるリーザ夫人は、ふくよかな体型をしたぽっちゃり系の美人だった。歳のころは三十代後半、男好きするタイプだろう。
 両手が伸びてオルガのドレスのすそをたくしあげ、服の下からあらわれた太さのちがう2本の脚をゆっくりと眺めわたした。
「〈ふつう〉の子には、もう飽きたもんでね。〈変わった〉子がいないかと訊いたら、あのリリアンがおまえを紹介した。なるほど、たしかに脚を見れば〈ウサギ〉にはちがいない」
「ご満足がいきましたか?」
 ついつい、捨て鉢に言ってしまった。
 しかしリーザは怒らなかった。
 また手が服に伸びて、腿まで上げた裾を、さらに高くたくし上げ、股間からヘソにかけて見える状態にして、ベッドに横たえた。
 両膝を抱え上げた。足をベッドに着かせ、腰から下を観音開きした。剥き玉子の股間もアヌスも丸見えにされ、オルガが「むっ」と呻いた。
「まるで幼女のような……。バカな趣味だこと、こんなになるまで剃り上げるなんて」
 そうは言ったものの、ピンクの柔肉の淫裂には満足してうなずいた。
 両手の先をハサミのようにして近づけた。
「すこし痛いわよ。でも、動いてはダメっ!」
 うって変わって厳しい一喝だった。
 股間に激痛を感じた。ハサミにした4本の指が剥き身の割れ目を広げ、口を開けさせられた。
「むうっ!」
「可愛いいわ、悲鳴をあげていいわよ」
 オルガは歯を食いしばり、シーツを握りしめた。
「もうすこし。さあ、動かないのよ」
 めりっと、音がした気がした。
「ぎゃあっ!」
 オルガの口から悲鳴が叫ばれ、観音開きの利き足がいっぱいに力み返った。
 ぱっくりと口を開けた奥に目を凝らし、リーザ夫人が子宮と子宮孔の位置をしっかりと確認し、頭の奥に刻み込んだ。
 と、夫人の全身から力が抜かれ、肩と背中が沈みこんだ。オルガの中心をのぞきこみ、手がかんじんな部分をとらえてうごめいているのが、横に見える肘の動きでそれと感じられる。
「あ……あー、あ、ぁ……」
 ベッドに伸びた裸の上体が弱々しくくねり、半目を開けたオルガが甘美な声を洩らした。
 夫人の背中は微動だにせず、ただ、肩から肘にかけての部分がリズミカルに、しかもおそろしくデリケートな動きをくりかえしていた。
「うう……あ、あ……」
「ああ、いいわよいいわよ。アソコがぱっくり開いてきた。いやらしい形……」
「あ、うーん」
 オルガが眉間に苦悩のしわを刻んで、感じているような拒んでいるような、あいまいな反応の声を洩らした。
 ぬちゃぬちゃと、密かな水音もたてていた。

 そのとき、隣室にはロブがいた。ただ、見ている彼の耳元には淫水のざわめきもとどかず、オルガが顔をゆがめて反応すればするほど、リーザ夫人の背中が邪魔に思えていらいらした。
 そこには鏡が置かれているはずだ。
 客が鏡の間を所望すれば、目的はおのずと決まっている。オルガの身を案ずるヘルガに手配され、隣室から監視の“のぞき”をするロブには確かな仮定とする光景があった。
「さあ、ぱっくりと開いておツユを垂らしている自分のアソコを見るがいい」
 そう言ってオルガを鏡の方に向かせて、しつっこく凌辱する夫人の変態行為を――。それが変態でもなければ、かんじんの部分をこっちに向けるでもない。
(くそ、ただのレズ行為かよ!)
 いまいましい思いでほざいたものの、腹のなかのセリフにすぎなかった。ところが、それが実際耳に届いたかのように、夫人がこっちを向いて婉然として微笑みかけたのには仰天した。
「わかってんならサービスしろよっ」
 開きなおり、こんどはハッキリと口にした。
 だが、ほんとうに監視すべきはここではなく、ターニャとミラが連れ込まれた部屋だったのだ。




血の海


「ところで――」
 ことにおよぶまえに、アンケがさっきから気になることを尋ねた。
「なんです? あいつは。セバスチャン様ともあろうお方が、あんなクロンボなんぞを引き連れていらっしゃるとは」
 置き忘れられデク人形のように、ただ隅にポツンとひかえている黒人に侮蔑のまなざしを向けて無遠慮に訊いた。
「あれはあれで〈役に立つ〉んだ」
「あ、なるほどね」
 勝手に解釈してうなずいた。
 だが、その黒人従者がこのあとどんな〈役に立つ〉ことになるのか――ただ、とりあえずはターニャであった。
 アンケの手が変圧器のスイッチを入れた。
「ひえーっ!」
 ミラが猿ぐつわの口から悲鳴を発した。目を大きく見開き、電線を這わされた下半身をぶるぶる震わせた。
「そんな、この子にはなにもしないと――」
「おまえを素直にさせるためだ。まだ微弱な電圧に過ぎん。だが、おまえが過剰に泣き叫んだりしたら、この娘の膣を電流で焼きつぶす」
 アンケがダイヤルに手をかけて凄むのを、セバスチャンはにんまりと見やった。
「それも良いな。全身を痙攣させて泣きわめき、ブスブスとあそこから黒煙を立ちのぼらせる様を見てみたい気もする」
 そう言いつつ、ほんとうの関心はねんねとはちがう大人の色香のターニャに向けられ、さっきまでの紳士然とした装いなどかなぐり捨て、一匹のオスの目になっていた。
 不意に男の手が伸び、ボタンを一つ一つはずした。ずるっとドレスの前をはだけさせ、まぶしい白さの乳房をぽろっと剥き出させた。
「ほー、シミひとつない。わが寝室の置物に飾っときたいくらいだ」
 アンケが顔をしかめた。見せるが早いとばかり、囚着の残りボタンを自分ではずし、間髪入れず剥ぎ取って全裸にした。
「おおっ!」
 背中一面刻まれた真新しい鞭痕にセバスチャンが舌なめずりした。ミミズ腫れを1本1本なでて悦にいった。
「こんな傷物の年長者ですが、それゆえどのような酷い方法を使ってもかまいません。最終的には、殺したってかまいませんよ」
 ニタリと口元をゆがめた。
 この女の狙いはこれだったのだ。所長の手前、自分では存分にできないターニャを客にすすめ、「傷物で」「年長で」と、さんざ理屈をこねて残虐な行為へと駆り立てるまさに知恵者だ。
「この者も、たしかメイデンだったよな」
 この客は、処女のことを、ことさらメイデン(少女)と呼びたいようだ。拳を突き出し、あごをしゃくった。ターニャは、まだフィストを完全にはこなせない身だった。
「おぬし、貫通させてみぬか?」
「はあ?」
「わしは見ておる」
「わたしがさせてもらえるとは……」
 意外やアンケにとっては願ったりかなったりの申し出、展開だった。
「さるパーティーで女同士のプレイを見て病みつきになった。女が女を責める。その際には大柄、年上の女が、小柄で年下の女を時間をかけて責めさいなむ。その醍醐味がたまらん」
 そう言って、ターニャの小尻とアンケの拳を見くらべ、
「おぬしのグローブのような拳が、メリメリと音を立ててその細腰の中心に突き立つかと思うと、ぞくぞくするのお」
 ターニャが2人のサディストの顔をまじまじと見くらべた。首を振って叫んだ。
「いやああーっ!」
 逃げようとするのを看守が取り押さえた。
 そのときになって、隅のほうにもう1脚、開脚寝台があったのを、自分が載せられる段になってターニャは初めて知った。
 寝台の正面をミラからよく見える位置に向けてストッパーがかけられ、そこへターニャが寝かされ、脚を大きく開いて拘束された。
「目をそらすなっ!」
 ミラに、セバスチャンの厳しい一喝――。
「わずかでも目をそらしたら、貴様のメイデンを高圧電流で灼きつぶす。いいな?」
 ミラがおののき、何度も何度もうなずいた。
 スイッチをそのままにして、アンケがコントローラーから離れた。ターニャの中心を凝視する位置に椅子を置いて座りこんだ。
「ふふふふ……いいオマンコだ」
 まず、素手のままなぶった。
「うっ」と呻いた。
 手の甲をこすりつけ、反転させると5本の指をつづら折れにして、別々の指を触れさせたり、弾いてみたり、気まぐれに挿入したりした。
「ううー……」
 蛇蝎(だかつ)のような女の陰湿な手の動きのおぞましさに顔をいっぱいにしかめた。頭の上で組まされ、ベルトで縛られた手首を空しく力ませた。
 セバスチャンがターニャの股間を見つめたまま、ゆっくりとミラの方へ移動した。
「道具を使ってはどうかな」
 アンケの足下を指して言った。
 そこには棒状の器具がさまざまならべられてある。ゴム製棒状の部分と空気圧を加える握り部分がセットになった拡張ポンプ、それに大型の内視鏡もあった。
 まず警棒が用いられた。洗面盥(だらい)に浸したローション液に警棒の先が漬けられ、まんべんなく先っぽをぬるぬるにして、一気に突き入れた。
「きゃあーうっ!」
 素っ頓狂な声を上げてのけぞった。
 先がこんもりと盛り上がり、挿入責めを目的とした〈いかにも〉な形の棒器具の先端が、ターニャの割れ目をこじ開け、ひねりまわし、ぐりぐりと押し入れられた。
「きゃああっ!」
 嗜虐にとり憑かれたアンケは容赦もない。
 セバスチャンもまたそれなり愉しんでいた。
「おお、ビリビリと感じるなあ」と言って白磁の乳房に両手をかけながら、間もなくやわやわと揉みしだきはじめた。
「どうだ? あられもない姉さんの姿と、オモチャにされるアソコの眺めはどうだ?」
「う、くくっ」
 さるぐつわで口をふさがれ、おぞましい光景を見つめることを強制され、電気を流されたまま、サディストの凌辱にさえ遭おうとしていた。
「それ。そーれっ」
「ひいっ!」
 ターニャも悲鳴を上げた。警棒はえぐりながら奥まで達し、そのあとさらに力を込められた。
「ぐえーっ!」
 子宮が小突きあげられた。もの凄い圧迫と鈍い痛みに卒倒した。と、一気に引き戻し、また一気に突っ込む。烈しいピストン運動がはじまった。
「あっ、うっ、ひいーっ!」
 突かれるたびに卒倒した。叫んだ。
 ひとしきり愉しんで、アンケがぐっしょりと濡れた警棒を床に置いて、せっかちに早くも拳挿入を試みたが、今回は素手である。
「直かに中の感触を愉しみたいでな」
 そう言って、親指をのぞく4本を手刀にして突き入れた。
「ううっ、きゃああっ!」
 回転させながら抜いたり引いたりをしばらく繰り返した。
「むうーっ!」
 左右に開かれた下半身をぶるぶる震わせながら、ターニャは耐えがたい痛みに耐えた。
「むごいな。まだ無理だろう」
 セバスチャンがちゃちゃを入れた。
 しかたなくあきらめ、ポンプの先を挿入した。これが膨らます前の状態でもけっこうな太さがあり、だからそれなり手こずった。
「あうーっ……いやああー……」
 アンケが、手をローションでベトベトにしながらポンプを入れきった。つぎには送気部を握ってシュポシュポと空気圧を加えた。
「あ、あっ、あっ……」
 ただの棒だったポンプ部分がヴァギナのなかでどんどん膨らみ、ターニャの入り口はどんどん広がった。複雑にうねった肉襞がだんだん張って行き、ただの真円になっていった。
「いやああーっ、ぎゃああっ!」
「ほぉ、どんどん大きくなるなる。どうだ? 露助の淫売ブタが、なんとか言ってみろ」
 すでにふつうの女の拳大ほどに広がっている穴を見ておもしろがった。
「どれ、こちらも愉しませてもらうか」
 そう言ってセバスチャンが、ミラの胸を離れて腰に向かった。
 コードを挿入された赤毛の中心に指をかけて開いた。ぬうーっと開いたなかに、じゅくじゅくと愛液をたたえる果肉がのぞいた
「おお? 濡れとる!」
 思わず感嘆の声を上げた。
「う、うう……」
「目をそらすなっ!」
 涙声になって凌辱される自分の股間につい目を向けたミラに、はげしい叱責が飛んだ。びくっと首を震わせて、またターニャに目を向けた。
「ふふふ、いいながめだ」
 片手で性器を開き、もう片手の指を入れてぬちゃぬちゃ、ずぶずぶと掻き回したが、凌辱の矛先を入り口付近にとどめておいて、けっして深みに達することはなかった。
「うひいーっ!」
 ターニャが素っ頓狂な悲鳴をあげたとき、いっぱいに膨らんだポンプ棒がズボッと抜かれ、ぴしゃっと愛液が飛び散った。
 つぎに内視鏡が入れられた。すっかりポンプ攻めでゆるゆるにされた膣に、すぼまったアヒル口が入るのに造作はなかった。
 どんどん広げながら客を呼んでいた。
「セバスチャン様、いよいよやりますよ」
「おお、そうか」
 ちょっと名残り惜しそうに、ミラのまえを離れた。
 その間、内視鏡が目いっぱい開かれた。ネジを締めて全開状態のまま固定した。
「ずいぶん広がってるな」
 すっかり中までのぞけて、愛液でぐっしょりした奥に子宮と子宮口が確認された。が、子宮をイタズラすることが今回目的ではなかった。
「さあ、抜くわよ」
 アンケが内視鏡を引きにかかった。
「あうっ!」
 また、苦痛を感じたターニャが声をあげた。
 当然アンケは歯牙にもかけず、どんどん抜いていき、中で開ききった医具が抜かれることで、ヴァギナがどんどん口を大きくした。
「いやあっ、痛いっ!」
 悲鳴に笑いがかぶさった。男の笑い。女の笑い。
 秘肉の真円がものすごい大口となったとき、悲鳴も頂点となった。ブチッと音までがはじけ、全開した内視鏡を吐き出した性器が愛液の飛沫をぶちまけた。
 いよいよ、フィストファックである。
 アンケの男のようなというより、グローブのような指が1本、2本、3本までねじ込まれようとした。
「痛いっ、イヤッ!」
 引き裂かれる激痛に、ターニャがメチャメチャに首を振った。
「アアっ!」
 激痛に身をよじり、のけぞった。その苦しみようを見ながらアンケは、ますます凶暴の本性をむき出しに4本目も強引にねじ込んだ。
「いっ、痛いーっ!」
 アンケが、無理矢理食わえこませた4本指に、残り1本の親指の侵入をこころみた。指と膣のすき間をこじ開けながら、いちばん太い指がすこしずつ没していく。
「ギャアアアッ!」
「くふふふふぅー……」
 びっくりしたような悲鳴に、薄気味悪い笑いが混じったとき、ずるっと5本目が入り、手の甲がすべて隠れた。そのあとで、アンケの手刀がターニャの体内で形を変えようとした。
「ウギャアァッ!!」
 耐えがたい悲鳴が部屋中に響きわたった。
「大声で叫ぶなと……まあ良いわ。その代わり、アンケ、思いっきり小突いてやれ」
「ううっ!」
 ターニャが全身をこわばらせて目を剥いた。
 すでにターニャのなかでアンケの手は拳に変えられていた。
 そのままファックを開始した。
「うっうーっ!」
 ずぼっ、ずぼっと、突いては引き、引いては突き、それが最初ゆっくり、つぎに速く、だんだん強さと烈しさを持って凄い勢いのピストン連打となった。
「いやあっ、ギャアアアアアーっ!!」
 内診台がガタガタと音を立てて響きわたり、揺れまくった。

 どれだけ経ったのか。
 ガバガバにされた膣から、白濁状の液さえ混じらせてぐっしより濡れたアンケのグローブの手が抜かれたとき、ターニャは放心したようになってのびていた。
 会話だけが聞こえた。
「さあ、こんどはおまえだ」
「いよいよ、セバスチャン様が――」
「なに、あいつがやるのさ」
「え?」
「だから言ったろう。わしは見るのが好きだと。まあ、見ていろ。おもしろいものを見せてやる。ああ、紹介を忘れていた。名前はホセという。
 ホセ、来いよ。いよいよおまえの出番だ」
 ターニャは焦った。
(そうだ、わたしはミラの後見人できたのだった。しっかり目を開けて見とどけなければならないのは自分だったのだ)
 そうして覚醒したのであったが、まさかとんでもないものを見ることになろうとは……。

 ホセがミラを軽々と抱き上げ、開脚寝台に横たえた。そのあとからアンケがうきうきした顔つきで少女の手足にベルトを架けていく。
 ターニャが横に付き添った。
「心配ないわよ。女なら大人になるため誰でも経験すること。ただ、あたりまえの人生でなら、こんな形じゃないんだけど……」
 自分の言った言葉でアンケがどう出るかと思ったが、関心はひたすらホセにあるようだ。
 野良着のようなスーツを上から順に脱いだ。筋骨隆々たる上半身にターニャも目をみはるが、下着ごとズボンも脱ぎ去ってたちまち全裸になると、アンケが舌なめずりした。
「おっほほぉー」
 素っ頓狂な声で感嘆した。ただ、その目は処女囚を貫く凶器として見ている目であり、侮蔑さるべきケダモノに猛々しさがくわわれば、それはもう凶器としての価値は十二分であった。
 一方、ターニャの目にホセの褐色のたくましい肉体は彫刻のヘラクレス像をも思わせた。彫像とのちがいは股間に屹立する一物の立派さで、これを凶器と思う点ではアンケと一致した。
「ターニャさん、怖い!」
「だいじょうぶよ」
 黒光りする猛根を凝視する目をさえぎって、抱きしめた。
「よけいなことをするなっ」
 アンケがターニャの肩をどづいた。
「心配するな。長時間電気を当てられ、アソコの感覚は麻痺しているはずだ。いわば麻酔をかけてやっているようなものだ」
 ニタニタ笑ってうそぶいた。
 ただ、このときホセの一物が異常に太かったわけではない。処女姦に用いるから凶器にはちがいないが、黒人と聞いて過剰評価していたアンケにしてみればすこしガッカリしたほどだ。
 だが――
 ひとしごきし、ローションでぬるぬるにした猛根の先を、ホセはみんなに見えるよう、まっすぐ赤毛の中心の割れ目にあてがった。そうしてゆっくりと腰を押した。
「ううっ」
 ミラが顔をゆがめた。
 黒くてたくましい腰が、開脚拘束された白磁の下肢の中心と合わさる。
「ぬああーっ、あっ!」と悲鳴がだんだん大きくなり、2つの中心が合体したとき、
「いやああーっ! 痛いーっ!」
 少女の顔のひきつれが頂点に達し、めちゃめちゃに首を振って甲高い悲鳴をあげた。
「いやっ、いやだあーっ!」
 のけぞり、身をよじらせた。
「おおっげさな。ふん、それとも、まだ利いてなかったか。もっと強い電流を使えば良かったかな」
 アンケがつぶやくそばで、ターニャは身も世もない思いだった。
 ホセが腰を張り切らせた。突いては引き、引いては突く。
 サービス精神旺盛に、身体を倒さず攻めるからやりにくそうだが、処女膜を引き裂かれながら泣きわめくミラの凄惨なありさまに、アンケもセバスチャンも十分昂奮していた。
 ぽたぽたぽた……
 合体した中心の下の床に点々と血のしずくが広がった。
「痛いいーっ! 助けてっ、やめてっ!」
 ベルトを巻かれた腰から上が、烈しくのたうちまわった。
 ターニャが我を忘れてミラに駆け寄り、取りすがった。涙を散らして泣きわめく顔を両手に包み込んだ。
「しっかり! すぐよ、すぐ終わるわっ!」
 そんなことしかいえず、ただなぐさめ、励ましつづけるしかなかった。
 憑かれたように見つめるセバスチャンの、糸のような瞳が妖しく光った。半狂乱に泣き叫ぶミラはもちろん、アンケもターニャもそれには気がつかなかった。ただ一人――
 ホセの腰づかいが烈しくなった。
「ぎゃあっ、ぎゃっ、いやああっ!」
 上体を倒し、開脚寝台に貼り付けのミラの腰を押さえつけて突いて突いて突きまくった。
 ピストン運動する褐色のたくましい腰が一瞬動きを止めた。見れば、ホセがうっとりとして恍惚の表情になっている。
 悲鳴が悲鳴を通り越し、絶叫をもはるかに越えた血の叫び声を響かせた。

 ぎゃあぁぁぁぁー……っ!!!!!

「耳をつんざく」「壁がふるえる」「その場の空気が張り裂ける」――その他どんな形容でもいいあらわせないほど凄惨な叫声を上げた。
 そのとき、アンケもターニャも信じられないものを見た――「と思った」とあとで2人が付け足したくらい、それは信じがたい“現象”だったのだ。
 絶叫を上げるミラの腹部が、ゴボッと隆起したように感じたのだ。その瞬間、ブチッとなにか切れる音を聞いた気もした。
 ホセもまた、別の意味で果てていた。「はあ、はあ、はあ」と、天井をあおぎみて荒い息をしていた。その喘ぎに血の音がプラスされた。
 ポタポタという音が間もなくボトボト烈しさを増し、入るときの太さを維持したまま猛根が抜かれたとき、堰を切って鮮血があふれて床に飛び散り、またたく間に血の海を広げた。
「ミラっ! ミラぁーッ!!」
 半狂乱になって呼びつづけたが、すでにミラはこと切れていた。ターニャの手のなかで、目を見開いたまま冷たくなっていった。

 参考資料:『心の日記―十四歳のナチス収容所』(タニヤ=タチアーナ・ワシリエワ著、高野享子訳)/『ナチ強制・絶滅収容所―18施設内の生と死』(マルセル・リュビー著、菅野賢治訳)/『ナチズムと強制売春』(クリスタ・パウル著、イエミン恵子・池永記代美ほか共訳)/『ヒトラー暗殺計画と抵抗運動』(山下公子著)/医者の小道具・大道具122―医道具事典(朝日新聞科学部編)


――このつづきは「第3章/ヴェラ・フェドビッチ」前篇――


プロローグ  第1章 スラヴ・スレイブ
第2章 アンケ・リュッカー
第3章 ヴェラ・フェドビッチ (前篇)  同 (後篇・1)  同 (後篇・2)

主な登場人物一覧   "美しき野獣" イルマ