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第3章 ヴェラ・フェドビッチ (前篇)



同房者たち


 7人部屋となっている雑居房の薄汚れた壁を見つめて今日もぼんやりしていた。
 手を伸ばして、囚着の袖を見つめる。左胸には逆三角をした赤地に、ロシアを表す「R」が刺繍された縫い札。これがいまのターニャの身分をも如実にあらわす認識標だった。
 もう、いまでは故郷を思い出すこともめったになくなったが、ロシア人など“虫けら以下のスラヴ”としかみなさないドイツ軍占領下に残した母や、老いたうえに通風病みの父のことは気がかりだった。
「ターニャ」
 呼ばれて振り向くと、ソルボンヌ大生だったことと、誰にでもちやほやされる美貌を鼻にかけたアンヌだった。フランス人拘留者である彼女の胸の認識標は「F」だった。
「また、家族の思い出にふけってるの? いい気なもんね。所長の覚えめでたく、日がな一日そうやって時間つぶししていられるとは――」
 流暢なドイツ語の皮肉をターニャは涼しい顔で受け流した。
 ここでは好き者客を満足させる手練手管の性戯だけでなく、ドイツ語もみっちり仕込まれる。したがって見習い期間の独房生活から期間明けて雑居生活になったとき、同房者同士国籍がちがっても言葉で困ることはなかった。
「わたしもあやかりたいわよ」と言うアンヌの反発も無理からぬことだった。
 これまでパイパンと決めてきた慰安婦を、今後半数は客の多様な好みに対応して“剃らず女(め)”にするとの方針転換。すでに剃毛したロシア人拘留者の何人かに陰毛が生えそろうまで外部の客は取らせぬという特典を与え、ターニャやオルガもその面々に含めたからだった。
 だが「お黙りっ」と、歳も貫禄も上のソフィーから厳しい叱責が飛んだ。
「ターニャはあんたよりずっと姉さんなのよ。それを、なんて口の利き方なの。
 いいこと? ここでは先輩は先輩。目上の人への尊敬をわすれないようにと、いつも口を酸っぱく言ってるでしょ。どんなに身を落としたって、人生最低のルールは守りなさいよ」
 アンヌがとたんにしおらしくなった。
 いや、アンヌだけではない。ソフィーは総勢500人からいる〈七特〉こと、第七種特別女子収容所の慰安囚の誰からも尊敬されていた。
 元は高級コールガールだが、数奇な人生経験から得た知識や洞察、滋味あふれる人間性がナチ側兵士や職員の心まで惹きつけ、所長のヘルガでさえ彼女を「さん」付けで呼ぶくらい一目置かれる存在だった。
「いいかい、アンヌ。アソコが生えそろうまでったって、せいぜい4、5か月か半年。あのアンケだって所長の手前、黙ってはいるものの、そのあとはそれまでの反動でどんな無理難題押しつけるか……わたしら以上過酷な日々、陰険な仕打ちが待ってるかも知れないのよ」
 ソフィーに言われ、アンヌもそれ以上不満を口にしなくなった。反対にターニャたちはいささかでも不安に思っていたことをズバリ言われ、心に動揺のさざ波が立った。
「まあ、でも、なるようにしかならないのだから、それまでは命の洗濯よ。
 ところでターニャ、わたしたちも月に1度の“スケベ宴会”を控えてのいまは待機休暇。退屈しのぎになにか話してくれない? ねえ、みんなも聞きたいでしょ?」
 そう言ったら、まだ子どもらしさも抜けきらないオルガが目をかがやかせた。不自由な足をひきずってターニャのベッドに移ってきた。
「わたしも聞きたい」
 背中にぴったりくっついて顔をすり寄せた。
「まったくオルガときた日にはターニャにだけは甘えん坊さんなんだから。実の妹だってそうはならないわよ」
 ソフィーはいったんはそう言って笑ったものの、すぐあとにはきびしい表情になった。
「でも、外ではけっして気取られないように。
 みんなもね。ここですこしでも長く生き抜きたいと思ったら、特別〈誰かと親しい〉などとは、ぜったい思われてはダメよ」
 一人一人の目を見て、きつく言い聞かせた。
「さ、生まれ故郷の話でも聞かせてよ。オルガもさっきから聞き耳立てて待ってるわ」
「“ウサギ”みたいにね」
 アンヌの冗談が、オルガのビッコを意味する言葉だったため笑えない冗談となり、またこっぴどくソフィーに、にらまれた。ただ、気丈なオルガはまったく意に介さなかった。
「いいわよ。だって、わたしはウサギなんだもん。ねえ?
 それよりターニャねえさん、早く早く」
 しつこくせがまれ、ターニャはしかたなくその日の話し役を引き受けるしかなかった。
 広大なロシアの空と大地の話からはじまって、ターニャがだんだんその気になった。懐かしい人々の名前が飛び出すたび、表情まで活き活きしだした。
「……でね、わたしがいたヴィリツァ村は、家の窓の下にオレデッシュ川というきれいな川が流れ、岸辺の高台には白いダーチャ(別荘)が建ち並ぶ、自然豊かな環境だったのよ」
 瞳を輝かして語るのは、もっぱら子ども時代の思い出だった。
 家庭菜園や水遊び、近くの森での木イチゴ摘みや、周囲のワンパクざかりの男の子たちがする境界兵士ごっこなどの話は、みんなを子ども時代に還らせるに十分だった。
 七特にくるまでにはドイツの侵略、統治という苦い体験が他の同房者にも共通してある。その時期を避けて子ども時代にまで話をさかのぼらせたことで、みんなは一時みじめな現実もわすれ、固唾を呑んで聞き入った。
「しっ!」と、ひとりが口に指を当てた。
「どうしたの? シモーヌ」
 やはりフランス人のやせ形美少女が、自慢の耳をぴくぴくさせて「誰かくる」と、遠くの足音を感知した。
 間もなく2人分の足音が近づき、荒々しく戸が開けられた。
「それ、仲間のご帰還だっ」
 好色淫蕩な若いSS看守長リリアンにせきたてられて、ヴェラがフランソワという同房者を背負って入ってきた。
「みんな手を貸してやって!」
 ソフィーの差配で、ぐったりしたフランソワをヴェラから引き取ってベッドに横たえる者、救急箱を取ってくる者と機敏な動きを見せた。
 囚着のボタンが外され、慎重に袖を肩からはずして上半身裸にすると、ところどころ打ち身痕が見られた。ゆっくり反転させると、背中一面にはびっしりと鞭の痕が刻まれていた。
「ひどいっ!」
 シモーヌが顔をしかめて反発した。
 その顎を取って自分のほうに向けさせると、
「文句があるかっ」
 一喝して、そのあとイヤらしい目で華奢な全身を囚着の上から舐めるように見まわした。
「そういえば、おまえはまだだったなぁ? 〈痩せ〉は初めてだが、よし、こんど呼んでやる。たっぷりと可愛がってやるから覚悟しとけよ」
 コレでな、と付け足して拳で突くマネをし、それから威勢よくきびすを返した。
 見送ったソフィーがたしなめた。
「バカっ、なんであんなキチガイ女のまえで目立つ態度を……」
 だが、シモーヌはリリアンの脅しもソフィーの忠告も耳に入らず、ただフランソワへの同情いっぱいに親身な介抱に努めた。
 そしてそのときターニャは、フランソワが股間から血をしたたらせているのを目にして、ミラの死の現場を思い出していた。




検 屍


 話を半月ほど前にもどすと……
 ロシアからきた女たちは、スナイパーの腕を見込まれ別扱いされたヴェラ、所長のお気に入りとなったターニャとオルガ以外は、まだ“特訓”あるいは“見習い”と称し、看守や兵たちから“なぶられ実習”を受けている身だった。
 そのさなかに起きたおぞましき椿事(ちんじ)――まさに椿事と呼ぶにふさわしい事件だった。

「ミラが死んだって!?」
 出張から帰ったばかりの所長のヘルガが、用務主任ロブの報告を聞くなり表情を硬くした。
 執務室にはターニャもいて、ミラの後見役を言いつかった手前おろおろと弁解に苦慮した。
「おまえを責めたりはしない。第一、客も直接相手をした男も拷問などしてないのだろう? ただ、ふつうに犯したということだが……」
 いったんはそう言ったものの、表現が適切でないことに気づいた。
「そうか、ミラは18の処女だったな。海千山千の女どもとは身体がちがうし、それに相手は屈強なニグロの男――」
 偏見もまじえてその場の情況をイヤらしく、しかもグロテスクに想像した。
 だが、現場にいたターニャにとって、性器から血をまき散らして絶命するミラの苦悶や、抱きしめた手の感触、それらすべてが記憶に深く、思い出すほどにドキドキ胸は高鳴る。
「なにか“特異体質”だったのでは?」
 ロブの疑問にヘルガが癇癪を起こした。
「特異体質とはミラか!? 黒人がかっ!?」
 つるつるの坊主頭で隻眼、いかつい顔の半分はヤケド痕という怪異な容貌の元戦車隊員が、ヘルガの狼狽ぶりにターニャと顔を見合わせた。
「死体はそのままだろうな」
「あのアンケがよほどのことに、あらぬ疑いをかけられては大変と思ったか、所長が帰るまではと手をつけずそのままにしてあります」
「ふんっ! タヌキめ」
 実際、二重顎の仏頂面が、どうかするとタヌキ顔に見えることがある。
「検屍に立ち会う!」
 ターニャだけ連れて憤然と執務室をでた。

 検屍室ではアンケが白衣になって、そばに水を張った洗面器を置き、いつでも執刀できる態勢でいた。
 解剖台では冷たい骸(むくろ)のミラが横たわっていたが、血をベットリこびりつかせている性器の凄惨さも異様なら、カッと目を見開いたままの形相も異様だった。
「ハイル!」
 ナチ式敬礼で迎えたアンケを無視して、
「目も閉じてやらなんだのか!?」
 ターニャに初めて厳しい非難の目を向けた。
 必死に抗弁しようとするのをさえぎり、アンケが引き取った。
「わたしがそのままにしておけと命じた。所長にありのまま見せるための処置です」
 小賢しいことを言いおってと、手ずから目を閉じてやった。そのときになって、そばにいるリリアンに無性にいらだちを感じた。
「おまえは下がってよしっ」
 呆気にとられてポカンと口を開けた。
「目ざわりっ。失せろっ!」
 剣幕の凄さにたじろぎ、リリアンがあたふたと退散すると、ターニャにも下がらせた。
 あとにはアンケと2人きり残った。
「どうしたというのか」
「切ってみなければ、なんとも言いかねます」
 そう答えたが、ウソだった。
 あのあとターニャを房に返し、惨劇の“火付人”鉄鋼会社社長セバスチャンと、“下手人”の黒人召使も引き取らせたあと、1人になってミラの死体を検分したのだった。
 膣に拳を突っ込んで手探りした。
 死後硬直のあとのヴァギナに拳を貫通するのは至難のワザだったが、時間をかけて奥まで届かせた。
 ぽたぽたと血をしたたらせる膣の奥底では、子宮孔が広がり、奥に向けて陥没したようになっていた。拳が、ちょっと力を加えるだけで向こうに突き抜けていったのだった。
「では、執刀します」
 正中線にメスが入れられ、ヘソをわずかに避けて切り下ろされた。裂け目から白っぽい脂肪質が見え、赤味がのぞき、肉の赤よりも濃い、どす黒い血が流れ出した。
「死体ですよ。死体だからこの色で、これだけ量もすくなく流れ方も緩慢だ」
 アンケの、ちょっと気負った説明に、ヘルガが立っていながら身を乗り出した。
 しーんと静まりかえった真夜中の手術室内に、サクサクと皮膚を裂き、肉を断ち割る音だけがやけに良く聞こえた。
 手術台に血だまりが広がっていく。
「いったいどういう状況だったのか」
「まったくなにがなんだか……。あのクロンボが調子に乗って腰を使い、とんでもない絶叫が響いたと思った瞬間、ミラの腹のあたりが異様に隆起したようにも感じとれたんですがね」
 ターニャも口吻を込めて同様の感想を述べていたが、いまのアンケの説明の調子が、それとそっくりだった。
「どうです?」
 ミラの腹部から赤毛の陰毛の茂るあたりにかけての肉が断ち割られ、血を流しながらぱっくり口を開いていた。アンケが器具をもちいず、薄いゴム手袋をした両手で「がばっ」と開いた。
「うっ」
 思わず顔をそむけそうにするヘルガへ、アンケが侮蔑の一瞥をくれ、めくった腹へ手を入れて、ぐちゃぐちゃ音を立てて血まみれの肉塊をかき分け、各器官を指で示して説明した。
「これが卵巣、これが子宮。ほれ、ここまで異様に広がってるのがわかるでしょ? 正常ならこんなことはない。なんらかの疾患で子宮を切除した者なら別だが……」
 目を閉じて眠っているようなミラの顔が、死体である証拠にはあちこち刻まれ、切り開かれ、いじくりまわされながら、ただ天井を向いているだけでぴくりともしない。
 突如としてアンケが陰毛の上に深々とメスを突き立て、ぐるっとおおきく円を描いてえぐった。
 そのあとメスを置き、陰毛を一つまみし、えぐり取られた性器部分が血をしたたらせて持ち上がった。
 それを洗面器に漬けた。満々と張られた水がたちまち真っ赤になるなか、陰毛をつまんで2、3回泳がせてすすぐと、ひょいっとまた持ち上げてヘルガのまえに差し出した。
「うっ!」
「死んじまえばただの死肉ですよ」
 ビチャッとステンレスの解剖台の一角に置いて隅の手洗い場に向かった。
「膣に触れてご覧なさい。目立った傷なんかないでしょう。クロンボのアソコは巨根というほどの大きさじゃなかった。それでいて子宮がえぐれ、陥没をきたしているということは――」
 威勢のいい水音を立てながら解説した。
 白衣から軍服になったアンケが、消毒石鹸の臭いのする素手をポキポキいわせてもどった。
「つまり興奮の絶頂時に倍の長さに勃起するということでしょうな。とんでもない特異体質ですよ。それこそ“色道における殺人ワザ”だ」
 ニタリと笑って、いかにも事務的に片手挙手の敬礼をしてきびすを返した。
 廊下へでてから、〈つと〉足が止まったのをヘルガはしっかり聞き分けた。

「ロブ、いつまでそんなところにかしこまっているつもりだ?」
 開けたままの扉の陰から、ロブがおずおずと猫背の身体をさらに小さくしてはいってきた。
「そんな寒いところに隠れてなどいず、堂々と入っていっしょに見物すれば良かったのに」
「いえ、むしろお二人の声だけで十分……」
 すらりと伸びたヘルガの背中に隠れて「ぼそっ」と言った。
「あ奴! わたしに当てつけ、見せつけようとて、いいようにミラを切り刻みおったのだぞ」
 憤懣やるかたないといった調子で唸るのを、ロブは無言で受け流した。
 ヘルガが身体だけ反転させた。
「その、ホセというニグロ、興味あるの。たとえていえばどういう男かの。顔とか、身体つきとか――」
(またか!)
 所長の色好みをほとんど〈病気〉とかんがえて辟易したが、誰も止められない〈重病〉とあっては致しかたない。ともかく適例をとかんがえ、「そういえば」と思い当たった。
「6年前のベルリンオリンピック陸上で、確か『史上初の金メダル4個』と騒がれたアメリカ選手がいたでしょう。名前は忘れましたが、顔から体格からそっくりそんな感じでしたよ」
「おう、そうだった」と、ヘルガにもかすかな記憶があった。
「よし。レニのフィルムを取り寄せろ。わたしから、たっての希望といえば、彼女ならかならず聞いてくれるはずだ」
 自信たっぷりに手配を命じた。
 レニとはレニ・リーフェンシュタール。ベルリン五輪を描いた『オリンピア』とならび、ナチス党大会の記録映画『意志の勝利』では、壮大なスケールと様式美で世界を唸らせ、32歳にして早くも巨匠と謳われた、女優としての美貌をもあわせ持つ映画監督である。
 そんな有名人を、「レニ」と親しげに呼ぶからには、かなりな間柄のようだ。ということは〈あの噂〉もホントなのかと、ロブが目を白黒させて足早に出ていった。







 七特こと第七種特別女子収容所は、高いブロック塀に囲われた広大な敷地に、正門からはいってSS(親衛隊)、警備兵ら職員宿舎や医務棟などのある管理ブロック、新参から順にA・B・Cに格付けされた慰安囚が寝起きする囚人ブロック、それにつづいて“城”がある。
 その城で――まさに中世の“城”然としたたたずまいの建物内で催される、月1回外から賓客を招いての“慰安パーティー”を明後日にひかえた夕刻のことであった。
 6つある女囚監房棟とは別個に、ブロック中もっとも広い建物である大食堂で、夕食を終えた拘留者が4時半ごろにはどっと吐き出され、めいめいの棟の部屋へともどる。
 この時期の5時から6時までは、各房とも1名だけ監房外を堂々と出歩ける時間帯だった。
「ナージャ、暖炉の薪、おねがいね」
「はい。取ってきまーす」
 B囚棟の、とある部屋でも、先輩拘留者に言いつけられたポニーテールの可愛いい薪運び担当が、背負子(しょいこ)をかつぎカンテラを下げて廊下から外へ駆け出した。
 まえに崖があって、1階分ほどすぐ下には、七特職員の誰もが「慰安囚とおなじか少々上程度」と見なして蔑んではばからない存在の、清掃労働者の小屋があった。薪などの燃料もそこにあり、彼らが管理していた。
 背負子をかついだ人影が小石を拾って上から落とした。下からの反応はない。
 それをたしかめ、ナージャが恐る恐る管理棟のうしろをまわって、たちの悪いSSや非番の警備兵の姿がないのも確認してから、カンテラに灯を入れて急坂を降りていった。
 下まで降りると掃除夫小屋の戸が開いて黒い影が飛び出した。明かりに照らされ、作業着姿のヴェラの煤だらけの顔が微笑んだ。
「今夜は懲罰もないから、SSも警備兵も、職員は誰一人ここには来ていないわよ」
 小屋のそばに、最初の日にヴェラが入れられたこともある、真っ暗な地下に通じる監禁倉もあって、拷問室も備えていることからたびたび懲罰目的にも用いられた。
 当番の日のヴェラは夜中まで掃除夫でいて、そのあとこっそり房に帰るが、ふつうの掃除夫業のほか、女囚たちが兵隊の気まぐれから虐待されたりしないよう目を光らせてもいた。
「ナージャ」
 ヴェラがその名を呼ぶとき、いつも皮肉な思いに胸がうずく。略して愛称としない元々のロシア名、ナジェージダの意味するところが“希望”だったからだ。
 かつて平和を意味する名の故郷の村でも、名前と裏腹な現実から悔恨と憤怒に燃えることになったが、ここでナージャを知り、ナージャを思いやることで傷心を癒してきた。
「なにもなかったね?」
 こんどはヴェラがカンテラに手をかけ、相手の顔に近づけて、りんごのような頬っぺがはっきりうなずくのを確かめた。
「なにか無体なことされたり、されようとしたらかならず教えるんだよ。所長はわたしの言うことには耳をかたむけ、きっと善処してくれるはずだから」
「ううん」
 首を振って応えたとき、ふたたび戸が開いた。
「なんだ、そんな寒いところで。遠慮せず中に入りなさい」
 年輩の男が1人、戸を広く開けてうながした。
「ちょうどお茶にしたところだから、話が終わったら混じんなさい。身体が温まるよ」
 男の親切にヴェラは丁重な会釈で返した。
 ナージャを奥の給湯室へうながした。
 屈んで向き合い、手グシで髪を梳いてやりながら慈愛の目で見た。同囚の身でなにができるわけではないが、ナージャには愛しい妹の面影を強く感じて他人と思えなかった。
 無口なナージャのまえでは、ヴェラが話し役に徹するしかない。
「今日ねえ、ミゲルおじさんと――ほら、いまお茶に招待してくれただろ。あのおじさんと仕事にまわっててねぇ……」
 SSや警備兵の差別と偏見に暴虐が加わり、あっさり命が断たれることさえある掃除人という身分でも、日々前向きに生きることでいいこともあるし微笑ましい場面にも出くわす。それを丹念に心の手帳に書き留めておいて聞かせる。
 ナージャの目が活き活きとして、わくわくした顔で聞き入る。それを見るのがヴェラの心の慰めであり、生きがいであった。
 仕事仲間が雀の涙ほどの給金からいくらか出し合い、月1回催す酒宴での馳走の自分の分を、ヴェラは残しておいてナージャに食べさせようとしたことがある。
 そのときも給湯室の物陰に屈んで、ナージャはヴェラのまえで食べた。
「ごちそうさま」
 心からのお礼のあとで、言葉少なにこうも言った。
「でも、ご馳走は今回だけにしてね」
 そのときヴェラは、つくづく自分を恥じた。
 他人を思いやるナージャなればこそ、圧倒的に多くの他の仲間がひもじくしているとき、自分だけ美味しい思いで素直に喜べるはずがなかった。もちろん要領の良さから隠れていい思いをする拘留者はいくらでもいるにせよだ。
 それから物を与えることはやめにしてきた。
 ただ、この日のヴェラはちがった。
「手だして」
「はい」と差し出した手に置かれたのは、小さな髪留めだった。キラキラした高価なものなら遠慮しただろうが、それは一度誰かが使っていたかして光沢も落ち、くすんだ褐色をしていた。
「たいしたものじゃないんだけど」
「あ、これ……」
 ナージャが思い当たった。
「そうよ。ベレスタ、白樺細工のロシアの民芸品。たいていは小箱にするんだけど、こうした髪留めもあるのよね」
「うわぁ」
 懐かしさに表情をかがやかせたものの、そのすぐあとで、
「古ぼけて見えのは、じつは妹の形見なのよ」
 そう言われて遠慮顔になった。それどころか、
「もらえません! そんな大切なもの――」
 恐れ多いというように両手に包みなおし、その手を突き返そうとした。
「ナージャに付けてて欲しいから。そのほうが、わたしも嬉しいから。お願いだから……!」
 懇願して押し返したが、その際にはきわどい説明を付けくわえる必要もあった。
「けっして変なところに入れて持ち込んだのではないのよ」
 ヴェラはずっとA囚のままの身分だ。
 客から装飾品などのプレゼントが許される身のB囚、C囚はともかく、秘所改めまでされる新入り女囚がなにか持ち込むには、アヌスの深みに忍ばせねばならないし、その出し入れにも相当の熟練を要す。そういうたぐいの持ち込みをしたのでないことを説明している。
「そんなこと――」
 ヴェラの機転と才覚なら、こんな小物を持ち込むのは苦もないだろう。
「さ、付けてあげるわね」
 いまは輪ゴムで止めてあるだけのポニーテールにヴェラが触れそうにしたとき、足音がした。
 女の悲鳴も聞こえる。
 さっきお茶に誘ってくれたミゲルがきて、
「お茶はまた、こんどだ。裏から帰んなさい。代わりの背負子に薪は積んでおいたから」
 そう言って、空の背負子と引き替えに渡し、ナージャがそれをかついでヴェラの顔とまじまじ向き合った。
「じゃあ、気をつけて帰るのよ」
「これ、ありがとう」
 はにかんで言って、ベレスタの髪留めを握りしめた。
 給湯室の奥の潜り戸を開けて冷気の外へでた。緊張に気を引き締め、足音が遠ざかったのとは反対方向へカンテラの灯を入れぬまま坂を上がっていった。




パーティーの夜


 そして月に一度定期的に催される、慰安パーティーという名の“鬼畜宴会”当日――。
 ターニャのいる7人部屋でも、掃除夫として収容所内のどこかを廻っているヴェラ以外、みんな夕方からしたくに専念した。
 半裸になって所側支給の衣裳籠に手を伸ばし、肩や背中、胸元を露出気味にした豪華なドレスを身に当てて試着の最中だった。気付けを手伝うのは剃らず女(め)待機のターニャとオルガで、微笑ましく見守り、甲斐甲斐しく手伝った。
 ソフィーはとっくに派手な孔雀模様のイブニングドレスに身をつつみ、なにくれとなく周囲に目を配り、ときおり助言を与えたりもする。
「ターニャさん、ちょっと腰のあたりがきついんだけど」
 アンヌがシックな紫のドレスを、豊かなプロポーションの身体の線ぴっちりに着込んで、苦しそうに顔をしかめた。
「じゃ、こっちのに代える?」
「イヤよ。これ気に入ってんだから」
「この子はまた!」
 いつものわがままにソフィーがにらむと、
「まあ、いいですよ。まだ十分時間ありますから、ウエストの調整しましょう」
 歯牙にもかけずロッカーに手を伸ばした。裁縫箱から針と糸は手にしたものの、刃物類の所持は許可されずハサミがないことから、アンヌの脱いだドレスを口にはさんで歯を立てた。
 月に一度のこの日は粗末な囚着から華美に変身できる。その乙女心というか、衣裳欲、化粧欲が、あとに待つおぞましい役割を忘れさせ、一時はしゃいでもいられるのだろう。
「オルガさん、こっちも頼むわよ」
「はーい」
 ターニャの気付けに見とれていたオルガがフランソワに呼ばれた。
 リリアンから受けた傷もすっかり回復し、接待要員の一員となったフランソワが、シモーヌが着付けてもらっている白サテンの極上ドレスに目を奪われ、見惚れていた。
「これ着ていた子、どんな子かしら」
「いいわね、こんな服が着られる生活って」
「あらそうかしら? 金持ちのユダ公だったら、今ごろ持ち主は天国か地獄なのよ」
 豊富な衣裳が、単に外部から集まったお古の寄付品としか思わなかったオルガは首をかしげるばかりだが、ソフィーの顔は一変した。
「いったい、なんのことよっ!?」
「だって前のパーティーでトレブリンカからきた兵隊が言ってたのよ。そこは7月に――」
「しっ!」
 口に指を当て、怖い顔になった。
「そんなこと、口が裂けたって、ここの所員のまえで言ってはダメよ。客はどうあれ、おまえなんかコレだから」
 手刀を自分の首に押し当てた。
「いい? いまのことは忘れること。すべて頭から消し去りなさいよっ!」
 きつく念押ししたとき、部屋の戸が開いてアンケが入ってきた。
 一同おどろき、ソフィーなどは、いまの会話が聞かれたと思って息が止まるほどだった。
「シモーヌに面会だ」
 外からの面会などあろうはずがない。当人はもちろん、同房者全員首をかしげた。
 ぬうっと、男の黒い影が入ってきた。
「ここではシモーヌと名乗っているのか?」
 髑髏(ドクロ)マークの軍帽をかぶったゲシュタポ大尉が、眼鏡の奥の目をぎらつかせて詰問した。
 その者が入ってきた瞬間、シモーヌの顔からは血の気が引いた。まるで幽霊でも見ているようで、足はすくみ、心臓は早鐘を打った。
「今夜のおまえに衣裳は必要ないぞ」
 革手袋の手に持った金属鞭の先で、豪華なドレスの裾を持ち上げかけて言い放った。
「脱げ」と命じられ、否も応もなくスリップ一枚の半裸にもどされた。
 寒そうに肩をすぼめたところへ手が伸び、手折れば折れるほどの細腕を取って引っ立てた。
「この娘はジャンヌ・ベルトン。パリに拠を持つ某テロ組織との関連で手配中の者だ。本来ならば本部に連れ帰って調べるところだが――」と言いかけ、くくっと口元をゆがめた。
「ここにはいろんなその道の設備や道具もあるよし、今夜は俺も客となってこの娘の身体で遊ばせてもらおう。どこか手頃な部屋は?」
 すぐうしろにひかえる所長をさしおいて、ひたすらアンケに話しかけた。
「地下倉にとっておきの部屋がありますよ」
 にたにた笑いながら答えた。
 男が引き連れて行くのへ、「待たれよ、オットー大尉」とヘルガが初めて口を開いた。
「確たる証拠もなしにお主らの流儀で責められては、あとの使い物にはならぬ。せっかく手間ヒマかけて仕込んだ性慰安婦を、カタワにされるを承知で引き渡すわけにはいかぬでな」
「貴公、同格の身で俺に命令するのか?」
 手が力をこめて金属鞭をしならせた。
「階級がおなじでも、わたしはここの所長。したがって、所で預かる者の生殺与奪の権を有するのはわたしであり、他の誰でもない」
 厳然と言い放った。
 オットーと呼ばれた男の顔が、一瞬ゲシュタポの威厳顔からにやけた男の顔になった。
「じつは、このジャンヌ、俺が見初めた女でもあってな。心配するな、傷など付けずとも痛めつける方法は、十分に心得ておる」
 フフフ……と笑って、また硬い顔になった。
「さあ、歩けっ」
 どんとジャンヌの背中を小突くと、アンケが先に立って案内した。
 ジャンヌはスリップ1枚の寒さにぶるぶる震えながら連れ出され、B囚ブロックの周囲をまわって崖下へと急坂を歩かされた。

(誰?)
 ヴェラが、ハッとした。
 ただならぬ気配に気づき、小屋の窓から坂を下りてくる3人の影を認め、敏捷な身のこなしで後を追った。
 一瞬にはナージャかと思ったが、
(シモーヌ!)
 ガチャガチャと地下倉の鍵穴をこじるアンケのそばですくみ上がっている娘の顔をしかと認め、それはそれでおおいに気になった。
 3人の姿が消えたあと、半開きになっている鉄扉の陰から階段下に目を凝らした。だが、それ以上は近づけなかった。なかの1人に、怖ろしく危険なニオイを嗅ぎ取ったからだ。
 すこし経って、突然暗い底から――
「ぎゃああっ!」
 短い絶叫が起こり、そのあと鋭い呻きが悲痛な余韻をともなって長くつづいた。




たくらみ


 とっぷりと日も落ち、墨で塗りつぶしたような闇がたちこめるころ、城郭から見下ろす裏門に向かって車のライトが遠くからゆっくりとちかづいた。やがて1台、2台と、この夜に限っては警備兵が大勢詰めて立哨する裏ゲートをくぐって城のまえにつぎつぎ駐車する。
「これはこれは……」
「おお! どなたかと思えば――!!」
「お久しぶりですわ」
 深紅の艶やかなイブニングドレスに着替えた所長のヘルガが、まるで別人となって一人一人への丁重なあいさつに〈そつ〉がなかった。
 客は盛装した軍人だったり金持ちの事業家だったり、タキシードを着た男性陣に対し、華やかな夜会服に身を包んだ女性陣は男の妻だったり、同性と連れだった者だったりとさまざまだが、いずれ劣らぬその道の好き者である点では変わりなかった。
「遠路はるばる――。ごくろうさまです」
「やあー、今夜の所長はまた!」
 誰もが、その変身ぶりには絶句した。
 ベルリンから80キロ。半端な距離ではない。それを“特別な快楽”が目当てにせよ、途中の悪路をもモノともせず車を飛ばして来て、なにがしかの大金も落としてくれる。これぐらい着飾らねばバチが当たるというものである。
 が、しかし――。
「ロブ」
 目ざとく、かなり遠くからそれと認めた顔。「イヤな奴」と思って背後に尋ねた。
「なんといったかな、あの男。また、来てるぞ、あの顔ではなかったか?」
「ああ、そうですなあ、セバスチャン様」
 ヘルガに影のように付き従う用務主任ロベルトの目も、半月ほどまえ特別に来訪してヘルガお気に入りの少女囚を所望し、無残な死にいたらしめた張本人の顔をしかと認めていた。
 多額な寄付金でも“名士”といえる鉄鋼会社社長が、今夜は別の意味でまた目立った。
「なんだ? あの面妖な衣裳は」
 セバスチャンに手を引かれて車から降りたった女は、大判のスカーフで髪を隠したうえ、鼻から下の足元までをすっぽり覆いつくす衣裳で、外から見えるのは目と手の先、足の先だけという、まるでオバケのようなかっこうだった。
「中近東の民族衣裳のブルカと、ヒジャブを着けているものと思われます」
 ロブが説明しているあいだに、セバスチャン・ブリューゲが、ほかには色の濃いサングラスをかけた男の連れを1人ともない、ヘルガのまえにあいさつした。
「これはこれはセバスチャン様、いつも“派手なお供”を連れて……今夜のこの方は?」
「妻だ」
 さっそくの皮肉に憮然として応えた。
「え、リーザ夫人? このような衣裳にせっかくの美貌をお隠しになるとは。サウジやリヤドじゃあるまいし、メクレンブルクがいくら片田舎でも、砂漠でもなければ砂嵐も吹きませんよ」
 可愛いいミラを殺されたことが腹に据えかね、どこまでも毒づかねば気がすまなかった。
 セバスチャンがあたりをはばかる顔になった。
「まあ、そう言うな。今夜の客のなかに、家内が見られて困る顔が混じっておるのだ」
 それだけでは相手は納得しないと思ってか、
「わしは家内を置いてすぐ帰る。それなら文句はなかろう。家内に過剰なサド癖がないのは、例の、ほら、足の悪いオルガとかいう娘から聞いて知っておろうがの」
 わざわざそんな弁解までする。
 どうもおかしい。そう思ったものの、それ以上足止めするわけもいかなかった。
 3人が見えなくなったのを確かめて、またロブのほうに顔をかたむけた。
「衣裳の下の顔は、ほんとにリーザ夫人かな」
「あのかっこうではなんとも……」
「そうだよなぁー」
 どうにも訝(いぶか)しいことではあった。

 広間では早くも宴たけなわといった感じで、客から指名された女を舞台に上げての品調べがはじまっていた。
 手間ヒマかけて着付けた華美な衣裳もどこ吹く風で、スリップ1枚に剥かれた少女が身体のあちこち撫でまわされ、泣きそうな顔でいいように辱められる光景が展開されていた。
 片手を挙げた客に対し、別の客が両手を挙げ、少女の身体は完全に落とされた。
 拍手に送られて客と、客に手を引かれた女が、今夜に限ってはバリッと黒のスーツを着こなし、立派なホスト役を演じているSSに案内されて廊下の奥に消えていった。
「つぎっ、ナージャ・デュボアっ」
 SS看守長リリアンもかっこうだけは見ちがえてるが、粗暴な性格はそのままで呼びつけた。愉しみにしていたジャンヌをゲシュタポなどに横から掻っさらわれ、虫の居どころが悪い。
「そら、さっさと脱げっ」
 愛用の鞭は持ってないものの、相手がリリアンとあっては反射的に防御姿勢になり、それでよけいに動作がもたついているのだった。
 それを小気味良さそうに、セバスチャンもリーザと呼ばれた女も伴もながめていた。
 そこへアンケが姿を見せた。軍服からやっとといった体でスーツに着替えていた。
「ずいぶんおそかったじゃないか」と、セバスチャン。
 サングラスの伴が目ざとく指摘した。
「その手の爪は、血ではないのか?」
 口調が上官のようだ。態度もヘルガのまえのときとはうって変わっていた。
 アンケは、まず「ちっ」と舌打ちして自分の右手に目をやった。オットーにうながされ、はやる心でフィストにおよんだが、やはり手袋を使うべきだったと悔やんだ。そのあとで、
「あなたは?」と、男が放つ不気味なオーラに臆し、つい、へりくだっていた。
「わけがあってこんなかっこうをしているが、SSでの階級はあなたよりずっと上だ」
「はあ」
と頭を下げつつアンケは、「こいつ、相当酷い殺しを経験しているな」と、その男の体内を流れる血に自分と共通したものを感じ取っていた。
 セバスチャンがさっそく用件を切りだした。
「二十歳前後の上玉で、少々いたぶっても音をあげないしぶとい子はいないかね」
「そいつは最後にはどうなるんで?」
「かわいそうだが死んでもらう」
 アンケがにんまり笑って、ささやき返した。
「だったら、あとの処置はわたしにおまかせ願えますか?」
 セバスチャンは無言で、しかしはっきりとおおきく首を縦に振ってうなずいた。
「イルゼ・ローテ女史だ。彼女が相手する」
 大仰な衣裳の女が芝居のカーテンコールのように会釈した。
「おっと、彼女は今夜はわたしの妻、リーザということになっている。そのつもりで――」
 言いなおされ、怪訝に感じたものの、生け贄の“料理”をまかされた機嫌から詮索などは無用と決め、リリアンを探して首を挙げたとき当の女囚をそこに見つけた。
「ああ、あの子ですよ」
「わかった、わしが落とす」
 そう言ってセバスチャンが高々と手を挙げた。

 こうして一人の少女の凄惨な運命への伏線として、2人の人間の異なる思惑のもとでの残虐行為が不気味に進行しはじめたのである。





火 花


 掃除夫小屋の先にある懲罰倉は、入口のくぐり戸を抜けた向こうが狭くて暗い階段となって地下までつづいていた。
 階段を降りてすぐのところに、ヴェラも最初の日に入れられた拘束放置の“暗黒房”が連なり、それが切れた突き当たりを曲がったところから拷問目的の“仕置房”となる。

 裸電球ひとつの薄暗い拷問室――。
 電球の真下に骨組みだけのベッドが置かれ、スリップ1枚で半裸のジャンヌが、後ろ手に縛られ寝かされていた。
 暖炉の火を赤々と燃え立たせたそばで、ラクダのシャツ姿になったゲシュタポ大尉オットー・ペーターゼンが、ブランデーグラスをかたむけながらしみじみと見やった。
「なるほどなあ。女が女を責めるところも、なかなか見応えのある趣向ではある」
 開いた下半身の足首と太腿を、革紐で縫い込めるようにベッドの骨組みに縛りつけ、ジャンヌが緊張に全身をこわばらせていた。
「ゲシュタポの拷問がどういうものか、おまえはよく知っているはずだ。それに耐えきれず、一度は仲間を裏切って俺のスパイを務めたくらいだからな」
 痛いところを衝かれて唇を噛んだ。
「黒人のマリオン、知ってるな」
 その名前には敏感に反応した。はじめてオットーのほうへまっすぐ顔を向けた。その顔が深い悔恨にひきつれきっていた。
「心配するな。あの学生が捕まったのはおまえの密告からではない。別の一件で警察が踏み込んだ組織の会合に、どういうわけかマリオンも参加していて偶然網にかかったんだが……」
 ジャンヌの顔の苦悩が、すこしは和らいだ。
 オットーがグラスに満たした酒をゆっくり飲み干し、ボソリとつぶやいた。
「俺が拷問した」
 そのあとで「ふふふ」と含み笑いを洩らした。
「素っ裸にして逆さ吊りし、1時間かけ“クヌート”で打ちすえた」
 ジャンヌが、また顔をひきつらせた。「クヌート」とはよじり合わせた細鞭と1本の鉄線を組にした鞭で、一撃で皮が剥がれ、肉を裂くという恐るべき拷問具だった。
「クロンボが全身血まみれのアカンボだ。ところがしぶといことに、それでも頑として口を割らぬ。しかたない。で、どうしたと思う?」
 言葉の調子からも、この男の性格からも、おぞましい結末が想像されて心が騒いだ。
「あそこに灯油を注いだ。そして火をつけた。けたたましい叫び声をあげて、たちまちクロンボのあそこも真っ黒焦げのクロンボになった。そういうわけだ。くふふふ。あっははは……」
 こんどははっきり聞こえるよう笑った。
 ジャンヌが、ガックリ首を垂れた。
 そのあと、手柄話にかこつけて惨たらしい責め折檻の数々を自慢たらたら開陳したあと、酒臭い息を振りまいてそばにきた。
 痩せた肩からスリップの紐をはずし、胸をはだけさせ、後ろ手に縛った手のあたりまでずり下ろした。
 うっすらと血管を浮かした白い美乳の膨らみが、弾力を感じさせて目の前にある。
「クロンボもいい身体をしてたが、俺はこの痩せた身体にこそ惹かれるんだ。こんなか弱そうな身体で5日ものあいだ、よく耐えたよなあ」
 また、しみじみとして言った。
 オットーが、いったんベッドを離れた。
 四角い装置と小物類を入れた箱が持ってこられた。装置は壁のコンセントにつながって、移動するあとからコードがつづいた。
 ジャンヌが血相変えた。
 上着といっしょに脱いだ手袋を、また両手にはめた。
「“焼き網”にかける」
 コードが1本引っぱられてワニ口がベッドの骨組みに噛まされ、もう1本のワニ口は床に転がしてあった愛用の金属鞭を拾って、グリップの後ろのフックに結んだ。
 ジャンヌを載せたベッドの鉄骨面が格子状である点では、たしかに「焼き網」だ。これが鉄板状ならフライパンとでも呼ぶのだろうか。
 発電装置の電圧つまみが、かなりおおきくひねられた。
「あ……ああ、あっあっ……」
 ジャンヌが唖(おし)のようにうろたえ、全身防御モードになって上体を起こした。腰から下も精一杯力んだ。それにより背中と、腰でまとまったスリップで尻は電撃をまぬがれようが、どんなに中間の脚を浮かせようとて踵はぴったりベッドの鉄骨に密着したままだ。
 その下半身に向けて金属の棒鞭が振られた。スリップのすそをめくった先が、その下からあらわれた太腿を小突いた。
「ひっ」
 太腿を突いた鞭の先端はすぐ上げられ、電撃はほんの一瞬では、まだ苦痛といえるものではなかった。
 それが何回かくり返された。
「うっ……はっ……」
 その間も上体を上げつつ、下半身をも力み、緊張と体力消耗はつづいたままだ。
 所長のまえで「傷は付けぬ」と言い、「今夜は客だ」とも言った。だったら拷問はないかもという一瞬の気の弱みから力を抜いた。
 それを狙って鞭の先がゆっくり降ろされた。
「ぐうっ!」
 くぐもった呻きとともに、太腿から踵にかけての細脚が烈しく痙攣した。ぶるぶるっと震えた直後に、ぴぃーんと突っ張った筋もビクビクッ、と震えを見せた。
「うむぅーっ!!」とうめいて、華奢な上体が斜めに伸びあがった。
 ほんの瞬間だったが、背中一面に受けた苦痛は電気特有の衝撃のほか、熱さをともなう痛さもあった。まさに焼き網を押しつけられる痛撃だった。
 そのあと下半身のあちこちに触れたり離したりをくり返され、その瞬間瞬間に電撃から逃れて伸び上がろうとする上半身が苦悶にのたうちまわった。
「それ。ここは、どうだ。こっちは……」
「ううっ、ぐうっ!」
 電気はベッド面に着いた踵と鞭の先が触れられる部分を両極として電撃を招じさせるが、皮膚が厚い踵は感じ方も鈍いが、そうでない一方への痛撃はすざまじく、苦痛の度合いが痙攣とひきつれの烈しさとして歴然あらわれた。
「ひっ!」
「くうーっ!」
「うっ、むううっ!」
 烈しい呻きの合間に洩らす別の低い唸り声は、上体や下肢を精一杯浮かそうとする力みからだが、苦悶に耐えてにじみ出る脂汗は、全身を凄惨なかがやきに変えていった。
 それでもぎりぎりと歯を食いしばり、必死に悲鳴をこらえるそばから汗が吹き出す。
「むっ、くふぅーっ!」
「素直になれっ。おとなしく言うことを聞けば、拷問だけは許してやるのだぞ」
「い、いぃーっ!」
 口をへの字に結んだまま拒否の姿勢をつらぬいた。それは一度でも屈服したことを後悔し、今度こそはとひたすら意地になっているとしか思えない頑張りようだった。
「惚れなおしたよ」
 出しぬけに言って顎をつかむと、瞳を敵意にたぎらせたジャンヌの顔を自分に向けさせた。
「おまえをいつまでも俺のそばに置きたいが、職掌柄そうもいかん。1か月逢えぬあいだ、おまえはここの兵隊か、どこの誰とも分からぬ客のオモチャにされる。そうさせないためにはどうするのがいいか」
 一時、残忍な思考をめぐらせていたが、やにわにベッドに乗り上がった。電球の下になった自分の大きな影法師を踏んで見下ろした。
「こんどは胸だぞ」
 そう言いつつ、すぐには身体に当てず、鞭の先が離れた位置からベッドの骨組みを叩き、暗いなかにバチバチッとショートの火花を散らした。びっくりしているところへ鞭が向かい火花も近づく。
「きゃっ!」
 はじめて悲鳴らしい悲鳴が発せられたとき、金属鞭の先は裸の上体に触れて、ジャンヌの体内を火花の電流が駆け抜けていた。
 カチャッ、バチッ、ビシッ、パチッ……
 鞭が鉄骨に触れる音、火花を発する音、それに悲鳴までかぶさる異常なアンサンブル――拷問密室は陰惨なムードの修羅場と化していた。
 反復動作のくり返しのなかで、悲鳴がだんだんおおきくなり、ジャンヌの苦悶の足掻きもいちじるしくなった。
「あ、うーっ!」
「ひっ、ひぎゃっ!」
 身体に触れる鞭の先の2回に1回は敏感な乳首の上を通り、そのときだけは悲鳴がけたたましく叫ばれるのだ。
 そろそろ体力の限界だった。
 腹筋に力つきたものの、まだあきらめて背中を着くことはしなかった。
 髪がバリアーになる! そう思い当たると反射的に後頭部を着き、無意識に背筋をつかっていた。背中を浮かせ、弓なりにブリッジを描く上体があばらをおおきく浮き立たせた。
「こいつ、まだ頑張るかっ」
 業を煮やしたオットーは、鞭を鞭本来の役割に代えて、苦悶のブリッジのすそ野に浮き立つあばら骨に振りおろし、ボコボコと骨を打つ音が響いた。
「げっ、ひっ! ぐっ、ううーっ!」
 火花の恐怖はなくなった代わり、ひたすら鞭が振りおろされ、骨を打つ音とくぐもった呻きが絶え間なくつづいた。汗ばむ白い肌に、真っ赤な条痕が刻まれていった。
 がっくりと背中を落としたとき、ここぞとばかり乳房を狙って鞭の先端を押しつけられた。
「ぎゃあああーっ!!」
 耳をつんざく絶叫――その瞬間、身体のなかを火柱が貫通した。




残酷な“止まり木”


 一方、こちらは“城”だが、廊下の突き当たりにあって秘密めかした一室――。
 机と椅子が1脚ずつあるだけの、がらんとした床の真ん中に奇妙な装置が置かれていた。
 一段高い台座から伸びた2本の鉄柱にはさまって、子どもの背丈ほどの位置にアルミ棒と鉄棒を交互に四角に組んだ枠があり、枠の一辺からはベルトの付いた棒も突っ立っていた。
 スリップ姿のナージャの目が、それを見た瞬間にはきょとんとしたものだった。
「“天使の止まり木”というのよ」
 答えたイルゼが、そのときにはボディラインきっちりに着込んだレオタードに、ごく踵の高いハイヒールというボンデージルックだった。彫りの深い美人顔をつんと澄まし、グラマラスなプロポーションの豊かな胸を揺らして歩いた。
 つと装置のまえに屈んで、下にあるレバーをひねった。ストッパーが解除されて止まり木部分が降りていき、床から30センチくらいのところで、またレバーをひねって固定しなおした。
「服を脱いで」
 緊張顔でスリップの紐を肩からはずし、ナージャが全裸になった。
 まだ、大人になりきれてない裸身。美乳の膨らみも腰のくびれも少女然として幼く、剥き玉子のように剃られた部分の花びらも、幼女のような淡いピンク色をとどめていた。
「そこへ入って」
 淡々と命じられ、淡々としたがう。
 台座に上がって四角のなかに、ミノムシのように両脚を抱えて尻をついた。そうしなければ収まらない狭さだからだ。
 イルゼが机の引き出しから拘束用ベルトをひっつかみ、ナージャの横に屈みこんだ。
「止まり木に〈止めて〉あげる」
 ねっとりとした眼で微笑みかけ、両脚は開きかげんに前に、両肘は曲げて一段高くなった後ろ部分に、そうして足から太腿、胸から背中、二の腕とまわしていってベルトで拘束した。
 四角い棒枠にしっかり拘束した姿は、ちょうど陸上の走り幅跳び選手がダッシュしてきて着地したときのかっこうに似ていた。
 仕上げは後ろから突きでた棒に頭を押しつけ、付属のベルトで締めつけて固定した。
「止まり木の、前部分と後ろ部分が鉄製なのは電気を通すためなのよ」
「えっ!」
「でも、安心おし。今夜の趣向はおまえを電気拷問にかけることではないから」
 ぽんと肩を叩いて立ち上がると、レバーとセットのペダルを踏んで、油圧手動でナージャをくくり付けた止まり木が元の位置まで上がった。
 イルゼがうしろに立って、横のレバーをひねった。ナージャの背中を押しやることで、止まり木がくるっと回転した。
「あーっ!」
 悲鳴をあげて頭が下になったところで、レバーを元にもどして固定した。イルゼから見ていちばんいい位置に、前、後ろの割れ目とアヌスがこれ以上ないくらいよく見下ろせた。
「うーっ」
 羞恥と恐怖に顔を動かしかけたが、ベルトがきつく締まった頭部は頑として動かせない。
 最初の苦痛が割れ目を襲った。前戯もなにもなく両手の人差し指と中指を、まるで外科の開口具かなにかのように入れてきて拡張を試みたが、当然容易には入らなかった。
「い、痛いっ」
 苦痛を訴えるしかめっ面を、局部越しに見下ろしながらいじりまわし、ひねりまわし、割れ目がさまざまに形を変えて蹂躙された。
「ふん。18にもなって〈うぶ〉だこと。とっくに濡れてると思ったのに」
 しかたなく、手法を変えた。
 片手の指でピンクのラビアをめくってクリットを突出させ、別の指先がつまんだ。
 びっくり顔のナージャが、指でクリットを転がされているうちには、「う、ううん」「あ、ああ……」と甘美な声をあげはじめた。
「あはっ」
 こめかみを震わせて声を荒げたとき、はやくもクリットが淫汁でしっとり潤み、指で広げられたピンクの柔肉の割れ目からもじんわり滲み出すものが見られた。
「あっ、ひっ……」
 ちいさな悲鳴が痙攣のように繰り返して発せられ、敏感な核はなお勃起していく。慎重に揉みしだく指のなかで固さを増していった。
 ふたたびイルゼがその場を離れたが、ちらっと見た彼女の足運びはじつに軽やかで、リズミカルで、一見して踊っているようにもとれた。
(この人、踊り子?)
 そう直感したくらいだ。
 プーンと異臭がただよった。
 もどったイルゼの手には炎を揺らめかせて燭台が握られていた。
 空いてる手の指が性器をぬうーっと開いた。
 巧みな愛撫で濡らされた膣孔から膣内部にかけて淫靡にうねる様が、熟し切って朽ちかけた果肉にも見えた。
 イルゼがなにを思ってか、
「ところで、わたしの名前をいってなかったわね。わたしは従業員5000人を擁する鉄鋼会社アルブレヒト鋼業社長、セバスチャン・ブリューゲの妻リーザよ。よく憶えておきなさい」
 自慢げに言ったものの、なぜリーザ夫人などと偽るのか。もちろん、なにも知らないナージャは黙ってうなずくしかなかった。
「わたしはリーザ様。おまえはわたしの可愛いい性奴隷ナージャ」と、頭にたたき込むよう重ねて言いきかせた。
「奴隷のナージャに訊きたいことがある」
「え?」
「ヴェラという女を知ってるわね」
「あ、はい」と、しかたなく返事した。親しいなどと答えるつもりはなかったが、相手はそんなことは百も承知で訊いてるのである。
「ひどく親しげなヴェラのことを、洗いざらい白状しなさい」
「知ってるのは名前だけで――」
 シラを切ったところへ燭台をかたむけ、ロウソクの熱いしずくが割れ目へ、クリットへ、ぽたぽたと垂らされた。
「ぎゃああーっ!」
 身動きできない顔を苦痛いっぱいゆがませた。
「そんなウソが通用すると思うの」
 こんどはぼたぼたと勢いよくしたたらせた。
「うあ、あーっ!」
 目を見開き、口を大きく開けて叫んだ。
 イルゼが事前にアンケからそそのかされたことはこうだ。
「拷問理由としては、ヴェラという女のことを訊きなさい。そいつ、鼻っ柱の強い反逆者タイプで、ナージャには妹みたいな感情を持っているから、きっと秘密を打ち明けているはず」
 なにもかも知っていてそう言うのは、もちろん所長ヘルガの仕返しを怖れてのことだ。
 パルチザンでスナイパーだったという出自がわかれば、ヴェラはロシア戦線で命からがら還った将兵の復いせから、なぶり殺しされるだろう。それを見るのも一興だが、底知れぬヘルガの逆襲に代えるほどのものではない。
 とりあえずは、からめ手でヴェラを苦しめたほうがおもしろい。その生け贄がナージャだ。むろん、ヴェラを大切に思うナージャが口を割らないことを見越したうえでの企てだった。
「さあ、言え」
「ひーっ!」
 遮二無二訊き出すつもりのイルゼはひたすらロウソク責めに精出す。ぱっくり口を開けていた膣はたちまちふさがれた。
 床に燭台が置かれた。
 渇いてかさかさになったロウを指で掻き取りにかかった。
 ゴシゴシ指を押しつけ、はじき飛ばしたり掻き出したりするうち、膣やラビアが感じさせられ、なぶられた部分が愛汁で潤みだした。
「やっぱり好き者の淫売だったんだ。もう、ぐしょぐしょの洪水寸前!」
 からかい、あざけり、ケタケタ嗤った。
「あらーっ! 2つ3つ欠片(かけら)がマン汁に流され、下まで落ちちゃったわよぉー」
 素っ頓狂に驚いても見せた。4本全部の指を手刀に、ナージャの苦悶を歯牙にもかけず、ぐりぐりっと回転させて一気に入れ込んだ。
「きゃあーっ」と悲鳴。だが、すうっと呑み込まされて膣には手首だけ突き立った。
「けっこう鍛えられてるじゃない」
 くくくと笑って、ひねる。荒っぽく掻き回す。
「うああーっ!」
 動かせない顔をぶるぶる震わせて叫んだ。
 ぐいぐいっと、押してひねって、ゆっくりと抜き出されようとした。
「いいっ、痛いーっ!」
 止まり木にくくられ、逆さに突き出た両脚の筋がぴーんと浮き立った。爪先が突っ張り、突っ張った指の先もぴくぴく震えた。
 手首を食わえた性器がむくむくっと広がり、入れたとき手刀だった部分が拳になっており、それがでてくる過程で膣孔の円がだんだんおおきくなって拳の太い部分も通過した。
 ビシュッ、と白濁した愛液を散らして拳が抜かれた。膣がゆっくり口をすぼめた。
 濡れそぼった握り拳を開いて見せた。
「ほら、ちゃんと3つあるだろ」
 逆さになった顔になすりつけ、ひとしきり笑い転げた。
 ふたたび燭台を持った。
「ヴェラはどんな女? このリーザ様に、なにもかも、あらいざらい白状しなさいっ!」
 詰問して燭台の火を局部に向けた。
「ああーっ、熱いーっ!」
 近づけたり遠ざけたりの火責めをくりかえし、それにも飽きると、またロウ責めに切り替えた。
「や、やめてください! ほんとになにも、なにも知らないんですっ!」
 涙をぼろぼろこぼしながら許しを乞うた。
 燭台が置かれ、またロウを取り除く番だ。
 親指をのぞく4本が一気に入れられた。
「ひえーっ!」
 こんどは手刀が肉のヘラとなってヴァギナのなかで暴れた。角度を変え、形を変え、大量のロウをつかみながら掻き回される膣がぐちゃぐちゃと音をたてはじめた。
「お許しをーっ」
「だったらヴェラのことを――」
 飽くことなく詰問を繰り返した。
「ヴェラさんとは顔を合わせただけで――」
「まだシラを切るの? それならば――」
「あひいーっ!」
 悲痛な悲鳴が起こった。
 イルゼの手が暴れながら拳に変わっていた。拳になって、上から突き降ろしては引き上げ、引き上げては突き降ろし、ピストン攻撃をひとしきり繰り返した。
「このきつさが溜まらないわ……」
 そんなことをつぶやいては、おもしろそうにまた、くくくっと嗤う。
「うぐっ、ぐふうーっ!」
 拳がズコズコ打ち下ろされ、子宮孔にめり込むたび、逆さになったナージャの口からくぐもった呻きが絶え間なく発せられる。
 ひとしきり責めつづけ、ズルズルッと引き出されたとき、愛汁と体液が飛び散った。
 そしてまたロウソク責め。
「ぎゃああーっ!」
 ロウをすべてきれいにこそげ取った陰部に、三たびロウソク責めが見舞った。ぽたぽた、ぼたぼた熱いロウが垂らされ、割れ目を、ラビアをロウで塗りこめていった。
 こうした責めを繰り返す真の目的はヴァギナをほぐすことにあった。だからこそ、この際アヌスは避け、ひたすら膣を責めたのだった。
 そして、もう十分というとき――
 イルゼが広口瓶を持ってもどった。片手でヴァギナを開き、片手で容器を傾げた。ローション液が流し込まれ、ぬるぬる、冷んやりとした悪寒に膣が満たされた。
「はっ!」と不安がよぎったものの、“フィスト・ファック以上”の行為は思い浮かばなかった。
 イルゼがレバーをゆるめて、止まり木を半固定状態にした。
 ちらっとこちらを見た表情の不気味な翳に、ナージャの不安がどす黒い恐怖となっていった。
 イルゼがハイヒールを片方ずつ足からはずし、裸足になり、止まり木の台座に寝転がった。寝転がったイルゼの顔と、逆さに上から見下ろすナージャの顔が向き合った。
 柔軟体操をするように身体を二つ折りにしたイルゼがまっすぐ脚を伸ばした。爪先の片方が止まり木の一辺を押して半回転させ、別の爪先が他辺をたぐり寄せてもう半回転させ、ナージャは逆さ吊りからは解放された。が、しかし――
(まさか!?)
 恐怖は嵐のまえの黒雲となってみるみる膨らんだ。
「いやあああーっ!!」
 絶叫するナージャを見上げる目には、剥き身の割れ目からゆっくりゲル状液があふれ出し、したたり落ちるところだった。
 片足の先が止まり木を指で押さえ、もう片足が――踵から先を精一杯尖らせ、股間を蹴ったと見えたとき、爪先が剥き玉子の中心にズブリと突き立った。
「いやっ!」
 イルゼの目には、最初ぐいぐい突き上げる自分の脚越しに、ナージャのあわてふためく顔が見えたが、
「ぎゃああーっ!」
 目を見開いて絶叫をあげた。
 踵をはみ出させたまま「くわっ」と開いたヴァギナから、ローション液があふれ、流れ、ぬるぬるとイルゼの足からふくらはぎを伝い、太腿へと向かって一部は糸を引いて垂れてきた。
「ひっ、ひいーっ!」
 ベルトを締めつけられて動かせない頬と顎が恐怖の悲鳴をあげながらブルブル震えた。
 恐るべきレッグ・ファックは、しかし、まだ足の先の甲の部分で止まったままだった。
「ぎゃうーっ!」
 レオタードを密着させた脚が力んで筋張ったとき、苦悶と悲鳴もきわだった。
 イルゼの恐るべき脚力は、爪先を精一杯丸めて踵から先を思いっきり突っ張らせたから、その分また足が入って、踵はあとわずか残すのみとなった。
「さ、裂けるっ!」
 驚愕と恐怖と激痛に瞳を下に向け、ナージャが見開いた目のほとんどを白目にしていた。
「さあ、精一杯お腹の力を抜きなさい」
「いやあーっ!」
 イルゼが、なお力を込め、一気にフィニッシュをかけた。
「うっ、い、痛いっ!」
 脚がひねられた。
「やあっ!」
 割れ目にぶち込んだ足にツイストをかませて、耳をつんざく絶叫が叫ばれた。糸を引いて粘液を垂らしながら口を開けた性器に、ゆっくりと踵が呑み込まれていった。
「うぎゃああああーっ!!」
 最後にメリメリッ――と膣がきしんだ。秘貝からは体液にまじったローション液がおびただしくあふれた。
「痛いーっ!!」
 挿入されたイルゼの足が、容赦なく上下運動を開始するところだった。
 ヴァギナに呑み込ませた足首がすこしずつ、すこしずつ速さを増した。
「裂けるっ!」
 止まり木を押さえて静止した片足に対して、ファックを仕掛ける利き足が、自転車のペダルを漕ぐようにリズミカルに動きはじめた。
「ぎゃあああーっ!!」
 絶叫を歯牙にもかけず、いやむしろ口元に嗜虐の笑みさえ浮かべて烈しく足をつかった。
 止まり木ごとナージャの身体をミシミシいわせ、強烈なイルゼのレッグ・ファックが容赦なく浴びせられた。




忘れられぬ顔


 オットーのいる地下拷問室では、ジャンヌが変わり果てた姿となっていた。
 鉄骨だけのベッドにうつ伏せにされた裸の背中から尻、それに足までふくめ血だるまの血まみれに濡れ、裸電球の明かりの下でぬらぬらと照りかがやいていた。
「死んだか……」
 ただのガラス玉でしかない伊達メガネなどとうにはずし、どろんとした酔いの目で見下ろした。斜めに提げた愛用の金属鞭が血脂でぎとぎとしていた。
 血は、床にも壁にも飛んでいた。
 寄り添って口に手をかざす。かすかに息はあるが、もはや虫の息としかいえなかった。
「なにか言い残すことはないか?」
 耳元でささやいたら、目を閉じた顔が微笑んで、オットーがぎょっとなった。
「こ、こんどは……が、がんばれた……」
 弱々しくつぶやいたジャンヌが、たしかに安らいだ顔をして笑みすら浮かべていたのだった。
「なにっ!?」
 信じられない思いで、やつれきったジャンヌの顔をオットーはまじまじと見つめた。
 たしかにそうなのだ。ときおりには悲鳴や叫びはあげたものの、どんなに責めても叩いても泣き言など洩らさず、けっして許しは乞わなかった。
「貴様っ!」
 オットーが、酔いに染まった顔を赤鬼のように怒らせた。
 むんずと肩をつかみ、華奢な身体を軽々と反転させたら、微乳の胸から腹、それに膝からすねから、前も一面、鞭の痕と血で真っ赤だった。
 まともな肌色は女の部分の周囲だけだった。そこに目を留め、オットーがニタリとした。
「いちばん美味いところを残していたではないか」
 やにわに下半身を観音開きにした。
「まだ死ぬなよ」
 かたわらに脱ぎ捨ててあるスリップで鞭の血をきれいにぬぐい落とすと、道具箱からテープを取った。
 まず、鞭の尖端数センチを残したところから、ぐるぐると粘着テープを巻きつけた。
「アソコの深さは変わっておるまいの」
 そんな戯れ言を吐いてうっとりと目を細め、テープを巻いた絶縁部分の、巻きはじめから10センチちょっとのところにコードにつながったワニ口の一方を噛ませた。
 変圧器のスイッチをひねって電圧をセットする、装置から1本コードを引く、そのコードの先のワニ口を鞭の取っ手の後ろにもはさみ付ける――そこまでをジャンヌは夢でも見ている目でながめた。
 オットーが立ち上がった。
 コードの垂れ下がった鞭の先端を、褐色の陰毛の繁みが淡くなったなかからのぞくヴァギナの割れ目に当てた。
「!」
 それだけでは、まだ、電気は流れていなかった。
 鞭がゆっくり挿入される。数センチ残した金属部分が入っていき、それからテープが巻かれた部分が入っていった。
「う……」
 異物を局部に挿入されるおぞましさに、やつれた顔の眉間にシワが刻まれた。だが、まだ電気は感じていない。
「お愉しみはこれからだよ」と言いつつ、さらに鞭を中に進めなければならない。
 ひねったりえぐったり、2、3度軽く小突いたりするうち、蜜壺の深奥部に別の入口を見つけた。ふたたび鞭が挿入を開始する。
「う、うーう……」
 眉間の苦悶がさらに深まった。
 目見当で鞭の尖端、金属部分がすっぽり子宮内に収まったと思われるころ、テープ部分に噛まされたワニ口がちょうど割れ目に触れ、電撃が生じた。
「うぐっ!」
 ジャンヌの目がおおきく見開かれ、脚を観音開きされた下半身がぐらっと揺れた。
「あ、ううーううー……」
 ジャンヌが悲痛な呻き声を発した。
 犠牲者の苦悶に満足しきれず、オットーの手がさらに変圧ダイヤルをひねった。
 悲鳴が甲高く変わって、血まみれの足と、後ろ手に縛られた血だるまの上半身が烈しくくねった。
「ああっ! あ、あああーっ!!」
 絶え絶えの息を吹き返したかのように、血塗られた真っ赤な全身が勢いを取りもどしてのたうちまわった。悲鳴も叫びも強くなった。
 子宮の底で止まった鞭を、こんどは引きにかかった。ゆっくり引いて、割れ目からワニ口がすっかり飛び出すと苦悶も弱くなり、悲鳴は止んだ。
 するとまた突っ込む。
「あーっ!」という悲鳴と烈しい苦悶の再開。
 引いては突き、突いては引いて、傷と血に染まった華奢な女体が悲鳴と悶絶をめまぐるしくくり返した。
「おお、まだまだ死なぬようだな。いいぞ、その調子で愉しませてくれ」
 おもしろくてたまらん、といった顔で電流鞭の子宮ファックをくり返した。
 5分、10分……ジャンヌの苦しみようが、また弱々しくなった。
 変圧ダイヤルをひねって電圧が高められた。
「うぎゃあああーっ!!」
 息も絶え絶えのなかからふりしぼる血の叫びが発せられた。真っ赤に濡れた観音開きの両脚がガクガクと痙攣し、鉄骨のベッドを踏む爪先がまるまってブルブルと震えた。
「ぎゃっ、ぎゃあああーっ!!」
 飛び出るほど目を見開いて、地獄の叫びが長く尾を引いた。

(あの声は――!)
 ヘルガが初めて緊張に身を固くした。
 同時に背後の気配にも気づいた。
「誰だ!?」
 闇のなかから作業着姿のヴェラが現われた。
「シモーヌはだいじょうぶですか?」
「あの者はジャンヌという名のレジスタンスだそうだ。ゲシュタポ大尉のオットーという男が突然現われ、連行してしまった」
 半開きの鉄扉の向こう、いまは闇のなかの懲罰倉の階段を見下ろしながら言った。
「では、あの男が――」
「おまえも連れられるところを見たか」
「所長はいつから?」
「さっきからようすをうかがっているが、悲鳴らしい悲鳴が聞こえたのは、たったいまだけのこと。ふん、“昔の女”とも言っていたから、よろしくやっているのではないか」
 悲鳴が聞こえぬから悲惨でない証拠とは限らぬと、ヘルガの単純な発想にヴェラは反発した。といってジャンヌには気の毒だが、いまはなにより目に入れても痛くないナージャの安否が気がかりだった。
「あの子はリーザ夫人が相手しているはず。リーザなら心配ないと思うが……」
 顔を隠しているのが気になるが、別人だとすればなぜ名を偽る必要があるのか。ここはやはり、「他の客の手前」という当事者の言い分を信ずるべきだろうと、それ以上深い詮索を避けたのだった。
「誰かきます!」
 ヴェラがいち早く気づき、2人は物陰に身を隠した。
 2つの影は、アンケとサングラスをかけたセバスチャンの伴の男だったが、もちろんヴェラにとっては今夜ここで初めて見る顔だ――と、暗くて目も慣れないこともあり、そのときにはそう思った。
 2人は半開きの鉄扉を大きく開け、カンテラの灯をかざして階段を降りていった。
 ヘルガとヴェラはそのまま隠れていた。
 すこしして、足音が3人になって上がってくると、息を殺して身をひそめた。
 制服もメガネも元のゲシュタポ大尉にもどったオットーが、2人を従え姿を見せたが、彼を危険な男とする直感はヘルガにも強くあった。
「あの分じゃ、もう……」とアンケ。
「いや、意外にしぶといでな」とオットー。
「まだ、おつづけになるので?」
「セバスチャンを見送ってから、またつづきを愉しませてもらう」
 不気味な笑い声を洩らしながら急坂を上がっていった。
(ちっ、あいつらツルんでたのか)
 いまいましい思いを胸に、ヴェラとともに後を追った。
 管理棟の裏をまわり、囚人ブロックのなかも抜けて“城”へと入った。
 すでに方々の慰安ルームでプレイの最中で、廊下は灯をほとんど落とした暗いなかにあり、よほど間抜けた尾行でもしないかぎり、気づかれることはない。
 廊下の奥のさらに奥まったところに、オットーもアンケもセバスチャンの伴も向かっていた。

 プレイルームでは、ふたたび“止まり木”を逆さにして、イルゼが両手の指を開口器具のようにして、ナージャの剥き身の膣をぱっくりと開いていた。
「むううっ、痛いっ」
 手と頭の戒めは解かれ、下にだらんと垂れた上半身が苦悶に烈しく揺れてうごめいた。
 熟れくずれた水蜜桃のように淫靡にぬめぬめした膣壺を見下ろし、それまで口のなかに貯めておいた唾やよだれをボトボトと垂らした。
 垂らした体液をローション代わりに、片手を手形にして一気に突っ込んだ。
「いやああーっ!」
 逆さ吊りの上半身がのたうちまわった。
 手刀はすぐになかで拳になり、ずこずこと上下にピストン運動を開始した。水音を立ててファックがくり返された。
 ひとしきり小突いて、小休止し、
「いいかい。ヴェラに今夜のことを話すんじゃないよ。おまえを心配するヴェラが、こんなザマを知ったら怒り狂ってどう出るか……」
「えーっ!」
「だが、どんなに怒ろうが抗議しようが、ここでは無駄な抵抗、無駄な足掻き。捕まるだけ。そして反逆者がどうなるかわかるだろう」
「そんな!」
「だから、黙っているのがいちばん」
 しつこく言いきかせて、また烈しいフィスト・ファックを浴びせたとき、ノックがした。
 ずるっとビショビショの拳が抜かれ、洗面所で手を洗うと、チェーンロックをはずして、なかから戸を開けた。

 ヴェラもヘルガも、廊下の向こうのやりとりを離れたところの暗がりから見ていた。
 ルームの戸が開いて、明かりが差した。
 なかから女の顔はのぞかなかったが、サングラスをかけた男とオットー、アンケの顔は見えた。
「あの男……」
 はじめてヴェラの顔に動揺がきざした。
 明かりの洩れた部屋とは別間の戸が開き、セバスチャンが姿を見せてサングラスの男と合流した。その際の2人のやりとりが、ヘルガが見たときとは一変していた。
 アンケが上官でも相手にするようにへいこらしている。
「なんだ、あのザマは……?」
 ヘルガも不思議な光景を見る目になった。
 そのとき、玄関から渇いた靴音が近づき、ヘルガもヴェラも身体を低くして息を殺した。
 影が2人に気づかず前を過ぎた。
 明かりに近づいたのはゲシュタポの制服を着たオットーの部下で、車をどうするかと打ち合わせていた。
「セバスチャン氏と伴を駅まで送ってさしあげろ。俺はもうすこし残り、リーザ夫人といっしょに引き上げる」
 部下がうなずき、軍靴を鳴らした。
 片手挙手の敬礼を返したオットーの部下。なにげなく眼鏡の曇りをぬぐうためサングラスをはずしたセバスチャンの伴。その際に見せた素顔とゲシュタポの制服がセットになったとき、ヴェラの脳裏を閃光が駆け抜けた。
 暗さに慣れたヘルガの目は、かつて見せたことのないすざまじい形相のヴェラを見た。
「シュテファンっ、妹の仇っ!!」
「なにっ!?」
 怒りに我を忘れ飛び出さんとする身体をヘルガが躍起となって止めた。ヴェラが口にした名はヘルガにも聞きおぼえがあった。
「そこにいるのは誰だっ!」
 オットーの誰何が飛んできた。が、
「引っ込んどれーっ!」
 ほぼ同時にヘルガの雷のような怒声がヴェラを突き飛ばした。
「なんだと?」
 アンケもセバスチャンも、その場の誰もが仰天した。
 暗闇から凛とした怒声が響き、そのあと深紅の艶やかなイブニングドレスが、しずしずと明かりのなかに近づいてきた。
「失礼。掃除夫ふぜいが出過ぎたことを申したので叱ったところです」
 そう言って、うって変わった女らしさで登場して見せたが、その際、呆気にとられてサングラスを手にしたままの男を一瞥した。
「おや、どなたかと思えば、シュテファン・ブルックナー少佐。いや、そんなはずはないですよね。あの方はこの春のロシア戦線で“名誉の戦死”を遂げられたはず。それともどなたか、よく似た身内の方であらせられますの?」
 堂々とハッタリと毒舌をかました。
「なにかのまちがいだろう」
 相手はおどおどし、あわててサングラスをかけた。落ち着かないのはアンケ以外、上官を迎えにきた部下も入れた3人も同様だった。
「わたしたちはこれで」
「じゃ、俺は2人を車まで送るとしよう」
 セバスチャンもオットーも、サングラスの男を従えるようにして、あたふたとその場を離れて歩きだした。
 それまで床に突っ伏していたヴェラがゆっくりと顔を上げた。遠ざかる男たちの後ろ姿を凝視するヴェラの心のなかでは、復讐心が劫火となって烈しく燃えさかっていた。


 参考文献:『ナチズムと強制売春』(クリスタ・パウル著、イエミン恵子・池永記代美ほか共訳)/『心の日記―十四歳のナチス収容所』(タニヤ=タチアーナ・ワシリエワ著、高野享子訳)/『ナチ強制・絶滅収容所―18施設内の生と死』(マルセル・リュビー著、菅野賢治訳)/『ヒトラー暗殺計画と抵抗運動』(山下公子著)/医者の小道具・大道具122―医道具事典(朝日新聞科学部編)
 ほかに映像資料として:『民族の祭典』(レニ・リーフェンシュタール監督、IVC)を参考としました。


――このつづきは「第3章/ヴェラ・フェドビッチ」後篇・その1――


プロローグ  第1章 スラヴ・スレイブ
第2章 アンケ・リュッカー
第3章 ヴェラ・フェドビッチ (前篇)  同 (後篇・1)  同 (後篇・2)

主な登場人物一覧   "美しき野獣" イルマ