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"美しき野獣" と呼ばれた女
イルマ・グレーゼ
〜『ハーケンクロイツの女囚たち』執筆に寄せて〜


『ハーケンクロイツの女囚たち』に登場するSS看守長リリアンには、じつはモデルがいました。それが、ここに掲載した画像の人物、イルマ・グレーゼです(写真は、KKベストセラーズ刊、柳井伸作著『拷問・処刑・虐殺全書』による、以後、記事引用に際しては「柳井氏著」と略記)。

 ナチの有名人には、後世の歴史家などにより気の利いた異名がつけられ、今日にいたっておりますが――ベルゲン・ベルゼン所長クラマー「ベルゼンの野獣」、アウシュヴィッツの医師メンゲレ「死の天使」、ブッフェンヴァルト所長の妻イルゼ・コッホ「ブッフェンヴァルトの魔女」(註1)、カール・フランク「プラハの屠殺者」(註2)などとともに、「美しき野獣」「ブロンドの天使」「金髪の悪魔」として、歴史の舞台に登場(加藤一郎、文教大学言語文化研究所紀要『言語と文化』、以後「加藤氏テキスト」と略記)してきます。

(註1)イルゼは「――魔女」のほか、「ブッフェンヴァルトの牝犬」の異名もあり、刺青をもつ囚人の皮膚でランプシェードをつくったことでも有名で、名前の類似性からB級ナチ残酷映画『ナチ女収容所 悪魔の生体実験』主人公イルザのモデルだろうと思われます。
(註2)カール・フランクの最終階級はSS上級集団指揮官。ハイドリヒとともにチェコ統治を担当しましたが、彼こそ実質統治者ともいわれています。ハイドリヒ暗殺への報復としての住民虐殺を指揮し、この異名がつけられました(註記はすべて筆者マルガリテによる)。

 看護婦出身のイルマは、はじめナチス党高官用サナトリウムに勤務していましたが、19歳の若さでビルケナウ収容所に配属、周囲の注目をあつめました。
 ビルケナウで女性囚人であり、医師だったジゼラ・ペルルの印象は、「私がこれまでに見たなかでもっとも美しい女性の一人。生き生きとして無邪気な青い目をした天使のように無垢な顔の少女」だということですが、おなじペルルがまたこうも言っています。
「イルマはこの収容所の女性看守のなかでもっとも残忍であり、これほど美しい女がこれほど残酷であるとは、とても信じがたいことであった」

[制服を着て長靴を履き、拳銃を腰に下げ、手に持った鞭を振って風を切りながら、収容所の中を闊歩する]彼女の特技は、愛用の乗馬鞭で囚人を打つ際、乳房の乳首だけを正確に叩くことができたということです。
 成熟したユダヤ人の、乳房のおおきい女性を選んでは上半身裸にして鞭打ちを愉しんだということで、傷だらけの女性が医師から治療を受ける際には立ち会い、手術に苦しむ姿に[目を輝かせ、また頬を上気させて、口に泡をにじませながら凝視していた](柳井氏著より)ともあります。

 このイルマの最後の任地先が、ベルゼンの野獣ことクラマーが所長をつとめるベルゲン・ベルゼン収容所だったのです。
 戦争捕虜の一時収容所だったここがアウシュヴィッツのような強制収容所に生まれ変わるのは1943年4月のことで、最初のころは収容者も比較的少なく、食糧事情・衛生状態とも他の収容所と比較すれば良好なようでした。そこが劣悪環境になったのは1945年に入ってからで、その危機的状況下の3月、このとき22歳になっていたイルマはSS看守として着任したのです。

 ここでもイルマは、囚人から「きちんと整髪し、エレガントな服を身に着けた中背の女性で、自分が存在しているだけで、死のような恐怖を呼び起こすことができることを喜び、まったく哀れみというものが感じられない」と厳しい見方をされていました。
「囚人への日常的な殴打・足蹴」「ゴム製の警棒や杖、革ベルトや愛用の鞭による虐待」「犬をけしかけての傷害」「気まぐれで無慈悲なガス殺選別」「そして自身による射殺」のほか、「厳禁区域に囚人を引き連れ、それによる射殺を招いた」といった行為の数々が事実なのか冤罪なのか。

 イルマのベルゼンでの日々は短かいものでした。そしてベルゼンから“死”へは、ほぼ一直線でした。
 着任翌月1945年4月に収容所を解放したイギリス軍によって逮捕され、イギリスがその年ドイツでおこなった「ベルゼン戦争犯罪裁判」で死刑が確定され、12月13日朝、他の女性被告とともに絞首台の露と消えたのでした。
 第2次大戦が終わった直後の、連合国国民から起こった復讐主義的感情の盛り上がりと、扇情的マス・メディアのセンセーショナリズム、そして生き残った証人たちによる誇張的証言による犠牲的部分はあったにせよ、勝者が敗者を裁く戦争裁判の欺まん性・疑義性を差し引いたとしても、犯したイルマの罪が消えることはありません。

 ナチス体制による“組織の罪”とともに、イルマをふくむ体制に組み込まれた“個人の罪”も無視することはできないと思います。それは現在つづいているイラク戦争と、戦後の占領による混乱の責任――ブッシュ体制による戦争犯罪は、そのブッシュの軍隊の一員としてかつてのアブグレイブや、いまもつづくファルージャでの、囚人虐待・拷問と、包囲・殲滅戦における住民虐殺の罪が、軍人個人としても免責されるわけでないことと同様です。
 舞台が舞台だけに、レイプ・乱交・拷問・虐殺・処刑なんでもござれのSM世界。あとは、わたしの筆がついていけるかどうか。読者のひんしゅくを買わぬよう渾身の力をふりしぼって創作・執筆にこれ努める所存であります。


プロローグ  第1章 スラヴ・スレイブ
第2章 アンケ・リュッカー
第3章 ヴェラ・フェドビッチ (前篇)  同 (後篇・1)  同 (後篇・2)

主な登場人物一覧   "美しき野獣" イルマ