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春は名のみの部屋の寒さよ。陽が当たらぬではなおのこと。布団の間から申し訳程度に手を差し伸ばし、時計を見たらば何と九時。今からじゃどう考えても九時半には間に合わない。吾がビルでは九時半になると、時々定期点検と称してエレベーターが停まることがある。運悪くそれに出逢ったら大変だ。遅刻した上に六階まで抱え上げてもらうんでは申し訳ない。それじゃもう一時間ばかり寝てるか。いや、待て待て。どうせなら昼ごろ会社に入るようにすれば良い。そうすれば外見には昼休みから帰ったところに見えるじゃないか。それがいい。うまい手だ。
こうして昼近くなってモソモソと起きる。朝メシのバナナも節約できるというもんだ。
春眠一刻値千金bbというのがあったように記憶する。春の眠りの一刻は大変な値うちがあるという意味だろう。
この時間に出かけて行くことの唯一の楽しみは、いつもは冷たいおかずで食べている定食屋で、湯気の出る食事ができることだ。
昼になるのを待つ格好で入る。古びたテーブルに向かい、新聞を広げたり、茶など呑んで暫し待っている。お世辞にもきれいとは言えないし、入口の戸などはガタが来て、一遍でも自力で開いた試しはないのだが、愛想の良いのと親切が取り柄でやめられない。
「どうぞ」と女房殿のお手盛りの碗が差し出される。湯気の出た煮魚、おでん……お袋の家にも随分寄り付かず、自炊する時間もなく温かい食卓とはとんと縁がないが、やっぱりいいもんだ。「オイ、メシ」、すると「ハイハイ」、女房がいそいそと飯を盛る。目を閉じるとそんな光景が浮かぶではないか。
大通りに沿って会社の方角に向かうと、昼休みとばかり制服のOLやホワイトカラーがどっと街にくり出している。
細長いビルの前にコピーサービスの三角看板が立っている。その横に渡されたオレンジ色の鉄板のスロープはちと急である。腹が減っていたり体調が悪かったりするとてこずる。ウンショウンショと頑張る。そんな時にいつも手助けしてくれるのは隣りのそば屋の若い衆だ。
車イスがやっと入れるスペースのエレベーターで六階へ。ドアを開ける。気が付かないように入る積もりでもスマートにすり抜けられないのが車イスの弱み。「オーッ、どうした!」と、社長の怒鳴る声を背中で聞いてタイムカードを押す。遅刻した時のタイムカードほど大きな音を立てる。
タイプのカバーを外して仕事の準備をしていると機械場の戸が開き、トイレの段差に渡された板の間のスロープを伝ってヒゲのアラさんの姿が現われる。
「何だ、ドコージ、重役出勤だなあー」
そら来た。いつもの皮肉だ。すかさず、
「春眠一刻値千金だよ」とやり返したところ、ちょいと物知りの同僚がいて、あれは「春宵(しゅんしょう=春の宵)一刻値千金」というのだと言われて恥をかいた。
そうか、春眠ではなく春宵だったのかと一時は納得したが、僕には春眠一刻で良い。
また夜になったbb
「11PM」の裸踊りを見た後レコードをかけたら、上で対抗して別の音楽がかかった。
二階の住人はどんな奴だろう。初めの内は小林旭の「昔の名前で出ています」ばかりかけ、それに撹乱されてこちらのレコードが聞こえない。仕方がないのでスイッチを切ると向こうもやめるのだ。意識しているのは分かっていた。
気が利いたもので最近は因幡章や小椋佳のLPをやる。それを聞きたくてこちらで挑発したら案の定レコードをかけて来た。すぐやめて、暫くの間小椋佳を楽しんだものだ。
だが今日は拓郎で勝負しよう。ボリュームを上げて挑戦する。ザマぁ見ろだ。これじゃ向こうも聞きにくいだろう。
「ゴホン」と、隣りで咳払いがひとつ聞こえる。いけないいけない、一番迷惑を被っているのは隣りのおじさんだ。朝早いのに気の毒だ。
こんなことをしているから遅刻する。明日は「春眠一刻」にならぬよう気を付けよう。
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