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惜別 文芸坐

 名画座の老舗・池袋文芸坐が休館するという。映画の灯がまた消える……(註:1997年3月31日現在の記)
 俺が映画館によく通うようになったのは、16歳の頃だった。昭和43年(1968年)春、新潟の養護学校から新宿の国立身障センターに移り、そこもまた施設だった。子供の施設が大人の施設に変わっただけだが、養護学校にいた時よりは遥かに自由だった。
 センターの前に200メートルほどの結構急な坂道があるが、当時手漕ぎの車いすを使っていた俺は、障害によるマヒが手にまで来ていたため、それを上りきるのは至難の業だった。しかし、坂の頂上は様々な楽しみが待ち受ける街の入口である。モテないお陰でデートの自由こそなかったが、外食、喫茶、ゲーム、散歩、それらの自由に混じって映画を観る自由が一際燦然と輝いていた。
 のろのろ運転の俺でさえ、3、40分も頑張れば目指す繁華街へとたどり着いた。歌舞伎町界隈は今以上に映画館がひしめくときめきの街である。外にテレビが出してあり、中でやっている映画の見せ場を繰り返し流している。見れば120センチの巨大バストを誇るダイアン・ソーンが鞭を振り回すSM映画。一時の逡巡、だが誘惑には勝てず、中の館員に頭下げ長い階段ガタコンガタコン降ろしてもらって観た『女体拷問人グレタ』……。
 だが、もっぱらは場末の新宿名画座が行きつけの映画館であった。その後そこはピンク映画専門館になったが、俺が通っていた当時は文字通りの名画専門館で、寅さんや日活文芸作品の他、好きなチャンバラもよく架かっていた。
 雨にも負けず風にも負けず、合羽の裾をひるがえしてとにかく健気に通った。世界のミフネの『上意討ち』(小林正樹監督)や『侍』(岡本喜八監督)の名場面にはいたく感激し、施設に帰っては周りの大人達にその面白さを吹聴しまくり、すこぶるつきのひんしゅくを買ったものである。
 その映画で怖い思いをした。
 裕ちゃんこと石原プロが社運を賭けて製作したという『栄光への5000キロ』。レーサーと美女の恋物語とくれば『男と女』(クロード・ルルーシュ監督)の焼き直しに過ぎないが、宣伝につられて入ったら超満員。通路まで溢れる人、人、人。肝心の中身は前の客の背中越しでほとんど観る事が出来ず、やれやれという思いでエンドタイトルを迎えた途端大変な事になった。
 客の入れ替えが始まり、出る人波と入る人波の中でもみくちゃにされたのである。誰も車いすの存在など気づかず、目指す方向にどんどん進んでくる。たまらないのは間近の客で、後ろから押されながら車いすに阻まれ、行くに行けない状況で車いすの手押しだのストッパーだの、飛び出た部分に体を押し付けられ、「ぎゃあ」「ひいー」と悶絶の声をあげている。その間ぎしぎしめりめり、車いすごと押し潰されそうな恐怖の刹那……何がどうなったのか、気がついたら暗い中から明るい外の通路へと押し出されていた。怪我人が出たか死人が出たか、あとの事は勿論当方の知るところではない。
 以来、満員の映画館は御法度である。
 真ん中の通路で堂々と観るようになったのは、最近の事だ。新潟地震で怖い思いを経験したばかりに、映画館で地震に遭ったら天井が落ちて来るものと信じ込んでいた時期がある。その頃に池袋の文芸坐を知った。
 フォードの『駅馬車』、チャップリンの『街の灯』、ガブラスの『Z』など、みんな文芸坐を通して知った名作ばかりだ。ただ、好きなチャンバラなど日本映画の架かる文芸坐2は地下にあるため、地震恐怖症の俺がそこで観る事はついぞなかった。地下でなくとも、通路の真ん中で観るなんてのは特別中の大例外。映画のカミサマ・黒澤の作品かよほどの場合だ。その時ばかりは命を賭けてスクリーンを睨みつける。
 新宿時代から10年、施設もとうに出ていっぱしの社会人となった俺は、働きながらミニコミ紙を発行していた。車いすでも自由に鑑賞できる映画館を紹介するコーナーがあり、その取材で文芸坐に立ち寄った事がある。当時の支配人に会い、最前の事情など障害者の現状も含めて披瀝したところ、「解りました」と頷き、その日、「2」に架けてある時代劇2本の鑑賞を勧めてくれる。
 「え、でも…」躊躇する俺を、「今日は安心して観てって下さい」。警備員と一緒に車いすごと抱え上げ、下まで降ろしてくれた。
 映画が始まり、スクリーンを見つめる俺の心は安堵感で満たされていた。手を伸ばせば届く所に、支配人が特別に付けてくれた警備員が事あらばと見守っていてくれる。その存在を背中に力強く感じながら……。

(紙版「HONMA TIMES」1997.3.31)


__________収録作品__________

藍色夏恋
AIKI
愛する
アイリス
OUT
赤い橋の下のぬるい水
赤目四十八瀧心中未遂
明日、陽はふたたび
アナトミー
あの子を探して
アマデウス
 ディレクターズ・カット版
阿弥陀堂だより
アメリ
アモーレス・ペロス
アリ
ある日、突然。
アレクセイと泉
アンブレイカブル
イースト・ウエスト/遥かなる祖国
活きる
インファナル・アフェア
ウインドトーカーズ
ウォーターボーイズ
海は見ていた
裏切り者
A.I.
エド・ゲイン
オアシス
オーシャンズ11
鬼が来た!



快盗ブラック・タイガー
カレンダー・ガールズ
キス・オブ・ザ・ドラゴン
ギャング・オブ・ニューヨーク
今日から始まる
凶気の桜
きれいなおかあさん
クジラの島の少女
グリーン・デスティニー
クリムゾン・リバー
KT
K−19
GO
光州5・18
New
国姓爺合戦
こころの湯
ゴジラ・モスラ・キングギドラ/怪獣総攻撃



13デイズ
殺人の追憶
たけしの座頭市
ザ・トレンチ 塹壕
さらば、わが愛 覇王別姫
猿の惑星
JSA
ジェヴォーダンの獣
死に花
至福のとき
ジャニスのOL日記
少年義勇兵
少林サッカー
ショコラ
ジョゼと虎と魚たち
シルミド
真珠の耳飾りの少女
SWEET SIXTEEN
スズメバチ
スターリングラード
ステイト・オブ・ドッグス
SPY_N
スパイダー
11'09"01 セプテンバー11
戦場のピアニスト
宣戦布告
千と千尋の神隠し
ソウル



ダーク・ブルー
ダスト
たそがれ清兵衛
誰も知らない
ダンス・オブ・ダスト
ダンボールハウスガール
小さな中国のお針子
チェ・ゲバラ 人々のために
蝶の舌
チョコレート
沈黙のテロリスト
テイラー・オブ・パナマ
トーク・トゥ・ハー
トータル・フィアーズ
Dolls〈ドールズ〉
突入せよ!あさま山荘事件
友へ チング
トラフィック
トンネル



ナージャの村
ナショナル7
二重スパイ
日本の黒い夏 冤罪
ネイムレス
ノー・マンズ・ランド



バイオハザード
ハイ・クライムズ
初恋のきた道
バニラ・スカイ
春の日は過ぎゆく
犯則王
ハンニバル
光の雨
ピストルオペラ
ヴィドック
HERO
ピンポン
フェリックスとローラ
ブラックホーク・ダウン
プルーフ・オブ・ライフ
プレッジ
ブレッド&ローズ
フロム・ヘル
ホセ・リサール
ボウリング・フォー・コロンパイン



マーサの幸せレシピ
マイノリティ・リポート
魔王
マッリの種
マリー・アントワネットの首飾り
マレーナ
みすゞ
ミッションブルー
耳に残るは君の歌声
ミュンヘン
MUSA
メトロポリス
もういちど
模倣犯
モンスターズ・インク



山の郵便配達
誘拐犯
ユリョン
酔っぱらった馬の時間
夜を賭けて



楽園をください
ラッシュアワー2
Returner/リターナー
リベラ・メ
ル・ブレ
ルムンバの叫び
レイン
六月の蛇
ロード・オブ・ザ・リング
ロード・トゥ・パーディション
ロンドン・ドッグス



WASABI
忘れられぬ人々
わたしのグランパ
WATARIDORI
ワンス・アンド・フォーエバー