自爆攻撃

スリランカ政府と解放のトラ


第一章「青酸カリ」より

少年兵士は、青酸カリの小瓶を首にかけていた。

小指ほどの大きさのガラス瓶には、白い粉末が詰まっていて、遠くからは白墨のように見えた。少年兵士は、紐をたぐって胸の奥から小瓶を取り出し、指先でつまんでその使い方を説明した。

「政府軍に捕まりそうになったら、すぐにこれを噛み潰すのです。ガラスの破片で口の中に傷ができて、そこから青酸カリが吸収され、五秒か六秒で死ぬことができるのです。この瓶があれば、生きたまま敵につかまることはありません」

インタビューに答える少年
青酸カリを入れた小瓶を持ちながらインタビューに答える少年

あどけなさが残る顔にはとても不似合いな、それでいてこちらが圧倒されそうな迫力で、少年は、自分が何ものをも怖れない勇敢な兵士であると強調した。そして、どうやって敵陣に突入し、部隊のなかで最も勇敢に戦ったかを誇らしげに語った。人を殺したことは「数え切れない」と言った。それは何の衒いもなく迷いも感じられない、高く短い声だった。

私がこの少年兵士に会ったのは、一九九四年の九月のことだ。インド洋に浮かぶ島国スリランカの北端にある、老人の手のような形をした小さなジャフナ半島で、少数民族タミル人の独立を求める武装組織「LTTE=タミル・イーラム・解放のトラ」が、ジャフナ半島などの独立を求めて武装闘争を続け、自殺用の青酸カリを身につけた少年少女が、民族の自決のために自爆攻撃を含む過激なゲリラ戦を展開していた。

少年兵士たちが軍事訓練を続ける解放のトラのキャンプは、椰子の茂みの奥にある、錆ついた重い鉄の扉の向こう側に広がっていた。キャンプの中では、二十人ほどのグループに分かれた若い兵士たちが規律正しく動き、解放のトラの赤い旗が風に煽られ、パタパタと音をたてていた。解放のトラの旗には、太陽の光をかたどった黄色い筋が、トラの絵を中心に、後光のように描かれている。

キャンプに自生する椰子の木には、七、八メートルの高さのちょうど椰子の実がなっている辺りに、上下に二本のワイヤーが張ってあり、兵士たちは、上のワイヤーを握ってバランスをとりながら横歩きしている。ワイヤーの張り方が弱いのか、木と木の間隔が長すぎるのか、一人がバランスを崩すと、二本のワイヤーが時々大きくよれるように傾くが、兵士たちは声も立てずに、自分が進む方向を見据えている。下から見上げると、明るい空を背景に、色黒の兵士たちの姿が強いコントラストで浮き上がって見えた。

椰子の木の根元には、直径一メートルほどの円に束ねられた有刺鉄が、バネを伸ばした形に広げられていて、兵士たちが、その有刺鉄線の中を、頭や服を引っ掛けないように、身を低くして、屈みながら通り抜けていく。中腰の姿勢を続けていると自然にそうなるのか、兵士たちは一様にこぶしを握っている。

それを終えた兵士たちは四人一組になって、膝とひじを四本の足のようにしてほふく前進をしている。ネットの下を、むかでのように腰をくねらせながら、先を争うように進んでいくと、時々、乾いた土が埃のように舞い上がる。

奥の兵舎の前では、数人の兵士が、カタカタという音をさせながら、機関銃を短時間で手際よく組み立てた。銃身を支える三本の脚の、前の二本に自分の足をかけ、ボートを漕ぐように身をのけぞらせて、銃を撃つ構えをしてみせる。機関銃の傍らには、火薬の部分が直径二〇ミリはある太い実弾の束が無造作に置かれている。兵士たちが着ている軍服は、もともとは濃い紺色だったようだが、綿の生地を洗いざらしたために、色がくすんで薄い紫色になっている。軍服の上には、弾薬や無線機を詰め込んだチョッキを身に着けている。兵士たちの履いているズボンも同じように薄紫色で、両膝の外側につけられた大きなポケットは、何が入っているのか、重そうにたゆんでいた。

兵士たちの肩には長い銃身の自動小銃が掛けられ、小さな体に緊張感を与えている。しかし、足元を見ると、ビーチサンダルのような雪駄を履いているか、裸足の兵士がほとんどだ。いずれも十五歳から二〇歳の若い兵士たちで、高い塀を這いあがったり、木の足場をよじ登ったりして体を鍛えている様子は、子供がアスレチックで遊んでいるかのように見える。しかし、この子供たちの顔に笑みが浮かぶことはない。腕や足を失った兵士たちが歩く姿が、キャンプの士気を上げている。

パルミラ椰子に囲まれた軍事キャンプには、発電機の音が規則正しく響き、兵士たちは、良く練習された演劇の舞台のように整然とした動きを続ける。それは「サイアナイド(Cyanide=青酸カリ)文化」とよばれる特異な社会だった。