以下の神話は、グラード十二神信仰で広く語られている神話です。地域によっては別の神話が語られていることもありますし、十二神を信仰しない種族たちも、また別の神話を持っています。
まず一が在った。
虚無の空に浮かぶ荒涼たる大地。
存在をも飲み込む強大なるドラグナールはそこに一人の神を降ろした。
アルカーナは、荒涼なその大地に降り立ち「今より始まる」と囁く。
すると空に太陽が、地に大地が生まれた。
大地には草花が芽吹き、その花の中よりイーヴノレルが現れた。
イーヴノレルは大地に永劫の豊穣をもたらしたが、大地に一人残されたイーヴノレルは孤独を持った。
「アルカーナよ。私もそこに招いてはくれまいか」
「イーヴノレルよ。それほどの豊穣を持ち、他に何を望むか」
イーヴノレルの孤独は涙となり零れ落ち、川となった。
荒れる放流となり大地を巡り、海となった。
川と海から立ち上る雨雲は大地を覆い、さらなる豊穣を生み出してゆく。
そして伝う雨水と共に、ソルトが降り立った。
イーヴノレルの涙は止まらず、立ち上り続ける雨雲は雷を生み出し、嵐を作り出した。
雷は大地に降り注ぎ、嵐は大地を吹き散らした。
永劫の豊穣は燃え尽き、なぎ払われた。
その大地を見て、アルカーナもまた無力を知る。
アルカーナの無力は身を裂き、大地を切り裂いた。
すると、大地の狭間からガラ・デ・パスツェルが、燃える大地からアグラムが、吹きすさぶ嵐の中からクオンが現れた。
無力の淵に至るアルカーナに、ガラ・デ・パスツェルは言う。
「無力なるアルカーナ。永劫など腐り行く物を見続ける事と同意だよ」
「ならばどうすれば良いというのだガラ・デ・パスツェルよ」
「さぁ、それは私には解らないものだね」
ガラ・デ・パスツェルはそう言うと、ただその荒涼たる大地に横たわる。
憤慨したアルカーナはガラ・デ・パスツェルの半身を縦に引き裂き、その左半身を大地に蒔いた。
ガラ・デ・パスツェルの左半身は“人”を作り出し、大地に“人”が生まれた。
そしてガラ・デ・パスツェルの右半身から“時”が生まれ、噴出した血は天へと至り、星となった。
時の狭間よりレーティ・パルが姿を表し、謳う。
「歪んだ大地に幸あれ。死せず生き続ける運命に幸あれ」
それを聞いた星々は、大地にテウを遣わす。
「ならば私が死を与えよう。歪み無きこの大地に幸あれ」
こうして人は“生と死”と“時”を与えられた。
人は大地を耕し、雨の恵みを受け、風は種子を運び、大地は再び、豊穣な物へと戻っていった。
イーヴノレルは人と共に大地を耕し、愛を与えた。
ソルトは知恵を与え、アグラムは秩序を与え、クオンは美を与える。
人は栄え、大地は人に埋め尽くされていった。
アルカーナは空の大地より下界を見下ろす。
アルカーナの身を裂き続けた無力は消え去り、それと同じくして、寂しさと後悔を覚えた。
「何故私はガラ・デ・パスツェルの身を引き裂いたのだ。私に、この答えを与えようとしてくれたのではないのか」
アルカーナは豊穣なる大地へと降り立ち、ガラ・デ・パスツェルの右半身をイーヴノレルへと渡した。
イーヴノレルはそれを大地へと返し、埋められた右半身は芽吹き、新たなる花を生み出す。
その花の中から、ガラ・デ・パスツェルは蘇り再び大地へと降り立ち、人々は腐敗を与えられる事となった。
アルカーナの後悔は消えたが、寂しさは募る。
アルカーナは空の大地へと神々を招き、問う。
「私のこの気持ちは何だ。答えを聞かせてはくれまいか」
神々は人々を導く事に忙しく、アルカーナの問いに答えぬままその場を去っていた。
ただイーヴノレルだけがそこに残り、アルカーナに告げる。
「アルカーナよ。それは寂しさという物でしょう」
「寂しさとは何だ。この身を焼く苦しみはなんだ」
「貴方には愛が無い。それが解らぬ限り、その気持ちはわからない」
「愛とは何だ。教えてはくれまいか、イーヴノレルよ」
「私は全てを愛し、慈しむ事はできるが、貴方だけを愛することはできない」
「ならば、誰であればそれができる」
「アルカーナよ。貴方に愛を与えることができるのは、恐らく、人」
「人だと?人如きが私に物を与えられるだと?」
「人だからこそアルカーナ、貴方に愛を与えられる」
イーヴノレルは去り際に赤い実をアルカーナへと渡す。
「愛を教えてくれるであろう“人”が現れたなら、それを与えなさい」と言い残し、イーヴノレルは下界へと戻っていった。
アルカーナはありえぬ事と思いながら下界を観察し始める。
下界は争いの渦に合った。
人は増え、余りあり限り在る豊穣を独占しようと、ただ醜い争いを続けていた。
神々がそれを治めようと尽力し続ける姿は滑稽にしか見えず、アルカーナはただこの世界に虚しさを見出した。
アルカーナはその虚しさから目を背け、神々の治める地より遠方、最果ての地を見る。
そこには神々の加護も無く、争いの絶えぬその地よりもさらに醜き場所であった。
秩序無きその地はただ無だけが支配し、人の心もまた荒廃し続けている。
その無為たる地にアルカーナは、ある“人”の影を見出した。
その“人”は、荒廃した地を耕そうともがいていた。
産出す事の出来ぬ荒れた地は無慈悲にその思いを砕き、それでもその“人”は尚耕す。
長い月日、アルカーナはその所業をただ見続け、“人”は老い、死の淵に立った。
死を待つだけになったその“人”にアルカーナは問う。
「何故そうまでしてこの地を耕す。無駄な事だとは思わぬのか」
「神様。私がしていたことが無駄だとは思いません。例えそれが叶わぬ物であれど」
「だが無駄だ。叶わぬ思いに何の意味がある」
「意味などありません。ただこれが私の求めたこと。それだけの事です」
「誰のために行う。この不毛な行為を、何故求める」
「全ては私のために。私が求めた世界のために」
「だが願いは叶わず、死を待つのみだ。お前はそれで満足なのか」
「叶うものなら叶えたい。この荒廃した地が野花に埋まる世界を見たい」
アルカーナはその“人”に赤い実を授け、食べさせた。
その実は“人”を若返らせ、永遠の命を授ける。
人は名をヴァルンツェといい、授かった命を使い、荒廃したその地を人の生きられる地へと作り変える。
アルカーナはヴァルンツェを妻として迎え、空の大地にて共に暮らす事とした。
アルカーナが荒廃とした地に目を向けていた頃、豊穣な大地は戦乱の最中にあった。
戦乱を沈めようとした神々は人々を導こうと、より多くの物を与えていく。
ソルトはより多くの知識を与えた。
「知恵とは奪う事では得る事は出来ぬ。多くの物を知り、水の流れと同じくして、手元に残る知のみを吟味せよ」
“人”はよく従った。
より多くの知を求め、数多くの良質な知を手元に残そうと争った。
クオンはより多くの表現を与えた。
「争いとは表現を知らぬ物の所業。芸術を広めよ。心に余裕が生まれれば、戦などせずとも良いものだ」
“人”はよく従った。
詩を、絵画を、彫刻を人々は作り出し、自らよりも上質な芸術を打ち壊すために争った。
イーヴノレルはより多くの愛を与えた。
「他者を慈しむ心を持たねばならない。他者を愛し、大地を愛すること。恵みとは、人の繋がりにこそ生まれ出でる物」
“人”はよく従った。
家族のため、隣人のため、村のため、国のため、愛のために争った。
神々は争いを止める術を持たず、無意味な教導を続ける。
争いは止まらず、血は大地を濡らし続ける。
溜り、濁る血は大地に沈み、そこからカニクヴァが生まれ出でた。
カニクヴァは全ての争いを力でねじ伏せ、全ての物を打ち砕いてゆく。
「下らぬ。知恵や芸術や愛などというものが、腐敗した“人”の心に染み入るものか」
ガラ・デ・パスツェルはその言葉を聞き、最果ての地へと向かう。
不毛の大地に伏しながら、ただ消えうせる事が出来るよう願い続けた。
全てを破壊しつくしたカニクヴァはガラ・デ・パスツェルに歩みよる。
ガラ・デ・パスツェルは無力を心に秘めたまま、カニクヴァに対し言った。
「やはり私はこの世界に不必要な物だね。消えてなくなろうか」
「馬鹿を言うなガラ・デ・パスツェル。この世に腐らぬ物など無い。もし腐り、使いようが無くなれば、私はそれを打ち砕こう」
「だが私がいなくなれば、人の心は腐らないよ」
「腐らぬという事は、停滞も無いということだ。停滞とは腐り淀む過程。休息の心すら、お前は消し去ろうというのか」
「でも私は、もう疲れたのさ」
「何にせよ、お前が消えることは許さぬ。打ち砕き続ける私の癒しは、停滞なくしてありえぬからだ」
カニクヴァはガラ・デ・パスツェルを神々のいる豊穣なる大地へと連れ戻した。
豊穣なる大地は荒れ果て、人々は再び大地を耕し始める。
神々もまた人々を教導していったのだが、アルカーナとヴァルンツェは空の大地より出でる事が無い。
多忙を極める大地の復興に、何時までも目を背けるアルカーナに業を煮やしたアグラムは、空の大地に赴き問う。
「アルカーナよ。お前は何故“人”を導かぬ」
「人を導く事が愚かであるからだ、アグラム。人は自ら動く者。我ら神々が手を出して良いものではない」
「導かずして愚かな“人”が平定たる繁栄を享受できると思うてか」
「“人”は弱い者ではない。我らは見守り、人の手で為し得ぬ物が起こりし時に手を出すのみでよい」
「ただ情欲に溺れ、戯言を並べているだけだろう」
「情欲では無い。私は悟った。これが、イーヴノレルの言っていた愛という物だと」
「愛とはなんだ。それは愛という物なのか。ただの情欲を愛だと呼ぶのか」
アルカーナはそれに対して「ただ情欲があるわけではない」と言う。
ヴァルンツェは「情欲があるからこそ愛です」と言う。
「愛だからこそ、私は全てを投げ出せる。情欲だけでそれだけの事はできぬ」
「その身を裂き、ヴァルンツェのための捧げることができるか。もしその愛が偽りでないのならば、これに血判をし、ヴァルンツェへと捧げよ」
「誓約のみでよいのか」
「私はお前に怒りを感じるが、信頼してはいる。誓約のみで構わん」
アグラムの差し出す誓約書にアルカーナは自らの小指を引き裂き、それを判とした。
引き裂いた小指は大地へと落とされ、小指はト・テルタを生み出す。
ト・テルタは世界に幸運を与え、その誓約が真実であることを示した。
だが長き月日の流れの中で人の心は再び淀み、腐り行く。
広まる幸運すらもそれを押しとどめることはできず、神々は集い、話し合った。
答えは出ぬまま幾度もカニクヴァに打ち壊される世界。
疲弊した神々に向かい、口を閉ざしたままでいたレーティ・パルが口を開いた。
「あぁ、歪んだ世界に幸あれ。終わり無き世界に幸あれ」
それを聞いたテウは地上の“人”を示しながら言う。
「この世界に始まりはあれど終わりは無い。生は始まりではなく、死は終わりではない。終わり無きこの世界は、歪な物なのかも知れぬ」
神々は口々に終わりについて話しあった。
「ならばどうする。腐敗では終われぬよ」
「知恵の探求に終わりなど無い」
「愛に終わりがあってはならない」
「風とは流れ続け、繁栄とは終わらぬからこそ価値がある」
「打ち砕きても消せぬものはある」
「炎を持て尚焼き尽くせぬ」
アルカーナとヴァルンツェは生まれたばかりの二人の子を空へと差出し、夜の闇に光が灯った。
「終わりはここにあります。神々よ、この世界を一度終わらせましょう」
こうして世界は夜に閉ざされ、朝を迎え入れるために月が生み出される。
始まりより出でし終わりの子の名はウェンターナと名づけられ、こうしてグラードが作られた。