(野田半三への手紙)
|
(野田半三が奈良の高畑に住んでいた頃・・・)
「君の外国行きの噂をきき、奈良での盛んなご勉強を伝えききながら、
何時も陰ながら君の幸運を祝福していた。君からの御書面を手にした
時には、まるで初春の喜びと希望そのものに接したような嬉しさで胸
が一杯だった」
「もしも僕の心に病と貧困と無力とを讃美したあのキリストの福音を思う
心がなく、苦悩と病と飢餓との中に充実した生を送り得たミレーやレンブ
ラントを思う心がなかったら、僕はとうに自棄して世を呪いつくして死んで
しまったに違いない。しかし幸か不幸か、僕には何だかこの吾々の切な
る願いと祈りが、神にききとどけられる日があるような気がしてならない。
許され与えられただけでも、充分に感謝して心をつくして、それを完全に
充たすように感ずるならば、この僅少な一時、僅かな精力、僅かな絵具
に特別な神の加護が宿って、吾々の願いに満足を与えて下さるに違い
ないというような気がしてならない。神は罪人の死ぬ一瞬前の懺悔にす
ら永劫と救いとを与えてくださるという。それに比べれば吾々は実に未だ
未だ多くの富と時間とを恵まれていると考えなくてはならない。僥倖や、
買いかぶられや、その他の運命によって『いい目』を見ている人達の事
を気にするひまに、せめて与えられただけでも完全に自分のものとして
生かす様に心を向けたいと思う」
(この手紙を受け取った野田半三は、後に・・・)
「中村彜は、聖書はよく読んでいて、基督の人格、生涯、その言葉がどん
なに君を慰め、励まし、力つ゛けたことか、そして君に与えられた苦しいトゲ
は神の恩寵であり、神の栄えとなり、身体は日に日に衰弱して行くにもか
かかわらず、霊に生きた君の尊い経験だった」
・・・と、語っている。)