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追 想

 
ピシッと張られた、200号と150号の綿キャンバスが、アトリエの壁に立てかけてある。
下塗りとしてジェッソが塗られ、裏側もキチッと紙テープで押さえてある…1997年7月、夫、
奈良達雄が逝ってから、描き手を失ったこのキャンバスは、今でも指ではじくと、ポン!と良
  い音を出して答えてくれる…この2枚は、同年秋の独立展とCAF展へ出品予定のものだった。
2度目の春がめぐってこようとしている。                            
  この1年半の間、何と多くの人に助けてもらった事か…何と多くの人に励ましてもらった事
か…そして、何と夫は多くの人に愛されていた事か、と感謝と共に、失った存在の大きさに
改めて胸が熱くなる事がある。                                   

  夫と私は中学の入学式の時に出会って、14年の交際の後結婚、2人の娘にも恵まれ、出
 会いから数えれば35年間、お互いの存在を大事に育てて来れた事を今はむしろ誇らしくさえ
思っている。                                              
福子・幸子・祥
祥・幸子・福子

  この半年、作品集の編集のために仲間が集まる事が多いが、そんな中、まるでこうした作
 品集の編集が行われることを予知した様にキチンと整理された作品ファイルとフィルム、細か
に書き込まれた制作ノートが残されている。―その反面、私達、家族だけが知っているであ
ろう夫の顔にも皆が興味を示すところがあるので、少しだけヒミツを明かす…実は夫は大の
 競馬ファンであった―何しろ土曜日の夜ともなると、それはそれは熱心に競馬新聞に赤鉛筆
で予想をし、日曜の朝は、家族が起き出さぬ前に、イソイソと府中の東京競馬場まで出かけ
て行った…それは、かなり体調が良くない時でも決行されたのだから大したものである。  
 お昼過ぎまで競馬場で過ごし、午後帰宅すると、その後はずっと5チャンネル(競馬専用チャ
ンネル)に釘ずけになっていたものだ―お目当ての馬が来ようものなら、『イケ、イケーッ!』
 とテレビに向かって、家族以外は聞いた事も無いであろう興奮した声で叫び、もしそれが見事
  当たろうものならもう大変で、座ったまま30センチはとび上がって喜んでいた。だから娘達は、
"連勝複式"などという競馬用語を幼い頃から知っていた。                   
 もう一つの趣味が将棋で、これも1日3時間はテレビのコンピューターソフトを相手に打って
 いた。その上、スゴイのは、この棋譜をキチンと記録してファイルしてある事だ。実はある時、
  アマチユア二段の認定を受けたのだが、証明書をもらうのに、費用が7万もかかるので、我家
 の大蔵省である私がシブイ顔をした為、そのままになってしまった…今にして思えばちゃんと
証明を残しておけば良かった…。                                  

天のごとく太陽のごとく
わが上に輝きゑたる
            たましい衰ふ    −四賀光子−

   この詩に、夫を失って間も無い私は涙と共に共感し、画家として生きた夫の人生、そして家
族の記録を残すべく何百枚の原稿用紙をうめていった。                   

出版「夫・画家ガンと共に12年」 
  今、涙はない。                                            
   これから娘達との生活の現実が待っているし、夫、奈良達雄の作品を世に問う仕事も今こ
うして皆さんの力を借りてスタートしたばかり…涙してはいられない。            

達雄・幸子
達雄・幸子

  『愛しているよ』としっかり目をみつめて言ってもらえた事、『これからの暮らしはあなたが要に
  なってクレ…』と、二度くり返して言われた事。それを大切な夫の遺言として私は生きてゆく。
なぜなら、私が生きている限り、私の中で夫も生きているから…。              

  どうぞ、皆様もこの作品集と共に、画家・奈良達雄の存在を胸にとどめて下さる事を深い感
謝の念と共にお願い申し上げます。                                

                                   奈良幸子

 

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