サンフランシスコ癒され編◆どん底に天使あらわる



2001年6月25日 福岡〜羽田〜成田〜サンフランシスコ

「きあ!ここだよ!」
「久しぶり!」

ガシッ!と抱擁し、再会を喜んだ場所は羽田。まだサンフランシスコ(以下SF)ではない。 インド編でおなじみ、ウンコたれかおちゃんとのひとときのランデブー。 今回、福岡から羽田にとび、それから成田に移動。そしてSFへという、直行便とは いえない乗り継ぎの面倒さだったのだが、かおちゃんにそれを告げると 「ほんじゃ羽田から成田まで付き合うよ」という天使の メールでこの再会は実現した。成田まで75分。バスの中であれこれ話すだけなのに 来てくれてホントウに申し訳ない。しかも、またとんでもないお願いをする。
「かおちゃん・・・自宅から空港までタクシーにのっちゃったら 日本円がなくなってしまいました。これじゃ帰りのリムジンバス代が払えません。 どうかこのか弱い仔羊に、金を貸してもらえませんか?」
今から旅立とうというのにとんでもないヤツである。貧乏暮らし(自称)である かおちゃんにありがたく5000円を恵んでいただき、無事に帰りの足は確保できた。 しかも乗り継ぎ時間が少なく、バタバタとした短い間だったが、人に見送られて旅立つのが初めてだったアタシは とっても感動したのである。ありがとう、かおちゃん。あと3日くらいは覚えておきます。

チケットを取ったのは18日。出発の1週間前のことだ。本当は翌日くらいにでも 旅立ちたかったほどに、あたしはとにかく現状のモヤモヤ状態に別れを告げたかった。 取るものもとらずという状態で、いまSFへ向かう飛行機の中。 日付変更線を超えるなんて、10年ぶりだ。

きれいになったというSFO(サンフランシスコ国際空港)に降り立つ全日空機。 すでにキャップとその夫「ダーリン」がお迎えに来てくれているはず。 アメリカ=銃社会=殺されそうなどという、アメリカ恐怖症の あたしも、今回はキャップ宅でまったりさせてもらえるとのことで、気分的にはかなり楽だ。 わたしは、手荷物を預けるという行為をいまだに信用できないのでなには ともあれ手荷物は機内持ち込み派。さっさとパスポートコントロールも税関も すり抜けて、キャップあなたの元へいくわラララ。待っててね!

アメリカは出国はあっさりしたもんだが入国は面倒。という話。 つまり「何日いるの?」「どこに泊まるの?」など、他の国ではめったに質問されない ことを聞かれると耳にしていたのでとりあえずサイトシ〜ン、ワンウィ〜クだけ いえばなんとかなるさと意気揚揚と望んだ。 しかしパスポートコントロールは意外にあっさりと抜けられ「なんだ!ぜんぜん 楽勝じゃん!アメリカなんかチョロいもんさ。わはは」 と、その時、EXITを目前にしたアタシの前に、でっかい金髪のおにいちゃんが立ちふさがった。
「エクスキューズミー。あなたひとりなの?」
「(びびって)ハ、ハイ」
「どこに泊まるの?」
「YWCAデス」
(余談ですが昔読んだ本で、知り合いの家に滞在すると書くと面倒なことになる可能性がある と書いてあり、あたしは絶対どこの国でもかならず適当な宿名をEDカードに書いている)
「予約はいれてるの?」
「・・・マダ(半泣き)」
「あなたはなにをしにアメリカに来たの?」
「カンコウデス」
「日本ではなにしてるの?」
「オフィスワーカーデス」
もうこのあたりから、どんどん英語が早口になって、あたしはわけがわからない。 なんで立ち話でこんなに詰問されるのっ。あたしがリュックひとつだから?あたしが ビーサンだからなの?リチャード!(誰だそりゃ)。質問は更に続く。
「あなたはサンフランシスコ以外はどこにいくの?」
「イカナイ。サンフランシスコ、ダケ」
「カルフォルニア州から出るつもり?」
「デナイ。・・・タブン」
「アメリカは初めて?」
「ハジメテ。グ、グアム、イッタ。グアムアイランド」
「???ワッツ?それはどこ?」
「(ああ!あたしの発音が悪いのね!グアムだよグアムぅ)ミ、ミクロネシア? 太平洋ノ島、日本ニチカイ島。」
(うろたえてこのへんたぶん通じてない)
「×××××××××?(超早口でもうサッパリ理解不能)」
「・・・(おくちポカーン)」
「×××××××××?(まくしたてるおにいちゃん)」
「・・・そーりー。あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ」

とまあ、このあたりでオニイサンは苦笑して、ハバナイスデーといってあたしを 開放してくれた。このあたり、あたしは日本兵なみに眉毛が八の字になっていたに 違いない。お、覚えてろアメリカめ!と半分泣きながら、駆け足で到着ロビーへ向かうきあであった(負け犬)。 さすが不法滞在大国アメリカ。おそるべし。

三麿
コントグループ「坂東英二」結成。麿Tシャツをきて微笑む

「きあ!ここだよ!」
「久しぶり!」

ガシッ!とようやく、キャップとの再会。まあまあオクサン、お元気そうで! しかもアンタ、ノーブラね?アメリカ風味ね(親指を突き立てグーッて感じ)。 着いた着いたよSF。青い空、爽やかな風・・・ん? なんか空よどんでないスか?
「なんか珍しく曇ってるのよ。きあ、雨雲つれてきたでしょう」
と、いわれつつ、ダーリンとの初顔合わせもつつがなく終える。まあ!想像以上に優しげな お方。ポッ。これならキャップを預けても大丈夫、とまるで親戚のオバチャンのような 気持ちで硬く握手。
「ないすとぅーみーちゅー!みすたーすいーとだーりん! まいねーむいず××!ばっと、ぷりーずこーるみーきあ!OK?」
と飛行機の中で膝を抱えながらぶつぶつ練習した、ステキなご挨拶でつかみはオッケイ! ふたりの愛の巣、SF郊外のとある町へ車は走るのだ。

キャップのプライベートを守るため、詳しい地名や駅名や所要時間はあえてふせさせて いただくが、SFOにそれほど遠くなく、しかもカルトレインという SFの街中とサンノゼをつなぐ列車のとある駅のすぐ近くにふたりのアパートメントはあり、 これはひとりでもSFの町へ遊びにいけそう!。とりあえず、着いてすぐにおみやげや たのまれていたものなどの授与式を済ませ、アッという間にお昼寝タイム。お昼寝といいつつ 熟睡して6時間ほどたっぷり寝てしまう失礼なきあ。目覚めればもう20時過ぎてやんの。 すいませんねキャップ。それからはいろんな話をしたり、明日からなにをしようかの 相談を練る。夜中にセーフウェイ(24時間オープンのマーケット)へ買物にいったりと 今日からようやくのんびり違う世界を楽しめるのだな〜という気持ちがむんむんムラムラ。
外は、この時期のSFにしては珍しい雨。超軽量スタイルで来たアタシ。ちょっとこりゃ 寒いわなあ〜と思いつつ、久々の再会の夜はふけゆくのであった。

セクシーおくさん
アメリカサイズの広々台所。おくさん、背中がセクシーです


本日の出費
※■で表現したものは自分自身で使ったお金。◆のぶんは、 キャップとフタリ分のお金です

■タクシー(自宅〜空港) 3000円
■リムジンバス(羽田〜成田) 3000円
■成田空港にて軽食代(2人分) 1200円




2001年6月26日 サンフランシスコ

最初に書いておきますが、本当にオンナっていったいそんなに何しゃべることあるの? と、思われるほどいろんな話をツラツラツラツラと延々としていたアタシタチ。 そうエキサイティングな出来事などないということを肝に銘じていただきたい。

ハッと気がつくと朝8時。いいかんじ。時差ぼけもなくちゃんと眠れたなあと キャップとダーの愛の寝室から起き上がる。そう、今回、あたしの滞在のために ふたりの寝室(12畳くらいのでかさ)を提供していただいているのだ。ふたりは どこに寝てるかというと、居間。ごっ、ごめん(平謝り)。
ダーの出勤を見送り(ふたりのイッテキマスチューを見守り)、キャップと ふたりで今日はSFの街をみてまわろ〜うということになる。

ふたりで麿Tシャツを着込み、11時半にキャップ宅を出発し、カルトレインに乗り込む。カルトレインはいわゆる Wデッカーというんでしょうか?二階建てで、幅は広いわ、縦にでかいわ、 まさにアメリカンな雰囲気をかもしだしている。ホームの自販機で買った切符を車掌さんにみせるだけ。 駅にはどうも改札口というのはないようだ。
ダイナミックな地下工事(丸見え)や、風船がついたフォードがならぶ中古車ショップ など、イメージどおりのアメリカの車窓を楽しみながら、電車はしずしずと終着駅に到着した。

びる
アメリカっぽいペインティング。やっぱり曇り空。

カルトレインの終着駅は、サンフランシスコジャイアンツのスタジアムが目の前だ。 もう、期待を裏切らないアメリカン風景にごきげんなアタシ。 キャップのあとについて、ローカルバスにのり、無事SFの大通りであるマーケットストリート に出ることができた。わあい。
さて、とりあえず、観光客としてインフォーメーションには寄っておかねばならない。 パウエル駅にある大きなiにて、MUNIパスポートというバスやケーブルカーなど乗り放題の チケットを購入し、さっそくケーブルカー乗り場へ。

とにかく観光客だらけだ。乗り場もわっさわさと、全米・全世界からきたであろう観光客で 長蛇の列。もう、わっしょいわっしょい!て感じである。 ケーブルカーのいい位置を陣どろうと、どわわっと乗り込む白い巨体の群れ。 ブルブル。キャップ、私たち勝てるかしら?この勝負に? SFがこんなに大観光地とはまったくもって知らなかった。しかも町ゆく人の人種がものすごい。 ♪白・黒・黄色〜と、無邪気に歌いたくなるほど多種多様。シンガポールもかなり「ガイコクジン」が 目立たない国だと思ってたけど、SFってその100倍は人種がごちゃまぜ状態。 誰を見ても、地元人にみえるし、反対にすべてのひとが観光客に見えてくる。
30分ほど並び、無事乗れたケーブルカーは、観光客をギュウギュウと乗せて坂道をあがる。 チリンチリンとかわいい音をならしつつ、もんのすごい坂をあがりつづける。 チャイナタウンで降りたはいいが、お目当ての店は閉まっていたので、結局またケーブルカーに のり、フィッシャーマンズワーフまで行くことにした。 福岡の人だけにわかるようにいえばでっかいベイサイドプレイスである。

ケーブルカー
人力で方向転換するケーブルカー

フィッシャーマンズワーフのきれいな芝生に座り込んで、寒いほどの風をうけながら キャップとまったりした昼下がりをすごす。後ろでは、これまたアメリカのイメージどおりに、 ゴキゲンな小学生(中学生かも?)たちが、父母たちの前でダンスを踊っている。 なにかの発表会なのか、大所帯である。ダンスナンバーは、フットルース。
♪デンデデンデデンデデンデデン(チャーラッ)という、あのシャクに触る爽やかなイントロを バックに、ガキンチョたちはお揃いの服で踊ってます踊ってます。くるくると。
「ジョンベネちゃんのようだ」
と、キャップがつぶやいた一言に爆笑しながら、あたしたちはフィッシャーマンズワーフ名物 蟹サンドイッチやクラムチャウダーを屋台で購入。桟橋付近に寝そべるアシカと向かい合いながら精神を高めた。
そうやってくるくるSFの街の観光地を散策しているうちに、セントラルあたりにもどってきたは いいが、ちょっと!店しまるのはやすぎ。キャップいわく「オフィス街とかだから 早いんじゃないかしら〜」とのこと。残業をしないアメリカ人、さすがである。

結局20時ごろ、ダーリンに車で迎えにきてもらい、無事キャップ宅へ。いわゆる、SFのいかにも 観光名所!を最初の日にきっちり教えてもらった形で、大満足。バスののり方、カルトレインの のり方、街の東西南北や地図の距離感など、ほぼ理解できたぞー。キャップ作のおいしいゴハンを ごちそうになり、やっぱり今日も夜更けまでベラベラしゃべっていた。一宿一飯のお礼にと、 あたしは皿洗いを担当。この日から、きあはステキなじいやとなり、 朝のコーヒー煎れと、お皿洗いで、ゴキゲンとりに励むのであった。せっせせっせ。(でも、 りっぱな皿洗い機があるんだよ。無駄なゴキゲンとりじゃん・・・)

麿とリゾット
キャップママ、娘さんの作るメシはうまかったですよ!



本日の出費
※■で表現したものは自分自身で使ったお金。◆のぶんは、 キャップとフタリ分のお金です

■カルトレイン(オフピーク値段) 2.5$
■バス(SF駅〜マーケット) 1$
■MUNI IDAYPASSPORT 6$
■スムージー 3.75$
■クラムチャウダー 2$
■蟹サンドイッチ 5$
■絵葉書(5枚) 1.5$
■カフェラッテ 2.5$

みなさんの励まし・リクエスト・声援により続きを書くペースがあがります(たぶん)

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