根性で担いだ梓のざくろ石


7日(8:30)新宿=(12:20)信濃川上=(14:10)居倉上宿→(14:50)湯沼鉱泉 [15:00-17:00]天然水晶洞見学・採集、8日(8:30)湯沼鉱泉=(8:50)梓鉱山入り 口→(9:30)ベスブの露頭→(11:00-14:00)緑水晶のズリ→(15:05)ベスブの露頭 →(16:05)鉱山入り口→(17:00)梓湖=(18:00)湯沼鉱泉、9日(10:10)湯沼鉱泉 →(10:30)居倉上宿→(10:55)信濃川上→(15:00)新宿

ざくろ石が採りたいというN尾くんの希望と、野宿がしたい自分の希望を合わせ て梓鉱山を選んだ。前日に湯沼鉱泉に泊まり、翌日は鉱山で野宿という計画を立 てた。台風7号の接近で野宿はやめたが、それでも本格的な山登りは初めての2人 にとっては十分ハードな体験となった。

小淵沢で2人と合流して川上村に向かう。今回はKenくんも1人できてもらう。N 尾くんは各駅停車を乗り継いで、Kenくんはあずさ9号で無事到着した。混雑して いた小海線も野辺山を過ぎるとガラガラになる。2人ともちょっと大き目のザッ クなのに収まりきらず、外に荷物をくくりつけている。おまけにKenくんのは異 様に重い。石を詰め込んで大丈夫なのかと心配になるが、「手に持って降りれば いい」と気にしていない。なるほど、山をなめている。後で泣きを見るのが楽し みだ。

村営バスがくるまで信濃川上の駅で時間をつぶす。弁当を食い、地図を折っても 時間が余る。ボール遊びを始め、いつものように無駄に体力を使うKenくん。バ スに乗ると運転手がどこで降りるのか尋ねる。湯沼鉱泉に行くと告げると「じゃ 居倉上宿でいい」という。なんでそんなことを聞くのか不思議だったが、すぐに 分かった。車内アナウンスがないのだ。土地鑑がなければ、今どこを走っている かまったく分からない。居倉の位置はだいたい分かるがバス停までは覚えていな い。ちょっと動揺したが、ちゃんと止まってくれた。

さて、ここからが問題。現在地がよく分からない。地図読みの練習も兼ねて2人 に任せる。Kenくん、動物的な勘で現在地を示す。あってるような気がする。 「川が向こうにある」と正しく指摘する。半信半疑で後に付いていく。県道に出 てやっと場所が判明した。後は地図を頼りに進むだけ...のはずだが、そううま くはいかなかった。鉱泉に入る道を見送って県道を直進する。湯沼鉱泉への大き な看板を見ているにもかかわらず。地図を必死に見るのはいいが周囲が見えてい ない。それでも、50メートルくらい先でKenくんが間違いに気付く。「鉱泉への 道は坂を上がるはずなのにこの道は下っている」と鋭い指摘をする。「このがけ を登れば近道だ」というのは勘弁してほしいが、完ぺきに地図を読んでいる。

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ベスブ石の結晶を探す
ここは宝の山

引き返すと、いやでも案内看板が目に入り、見過ごしたことを反省材料にする。 でも、看板に頼らず地形図を読んで修正できたことの方がポイントは高い。広大 なキャベツ畑の中を進む。初めての場所で右往左往すると思っていたので、湯沼 鉱泉がずいぶん近くに感じた。

川上犬の出迎えを受けて鉱泉に到着。社長に「明日は梓に行きます」とあいさつ すると、いきなり「水晶洞いって採集してこい」といわれる。部屋でくつろぐま もなくハンマーを持って天然水晶洞に向かう。もともと洞くつにあった緑水晶の 双晶をはじめ、ここの裏山や梓鉱山、小川山で採れた鉱物が所狭しと並んでいる。 他にも川上村周辺で採れた鉱物もさりげなく置いてあり、何度見ても勉強になる。 にもかかわらず、2人は暗くてよく分かりもしないのに地面の隅をほじくって何 かいいものが出ないかと物色しているのは悲しい。

水晶洞を出てからが本番だ。大理石の破片にいきなり飛びつく2人。この程度の もので目の色を変えないでほしい。追い立てるようにして先に進ませる。周辺に は焼けてボロボロになったざくろ石が無造作に転がっている。2人は閃亜鉛鉱を 伴う黄鉄鉱の結晶を見つける。ざくろ石や水晶など目移りして拾いまくる。「明 日は全部担いで登るんだぞ」と注意する。日が暮れるまで石をたたいて鉱物を探 す。ニュースは台風の接近を告げている。明日の夜は激しい雨が降るという。

朝食を取りながらニュースに耳を傾ける。台風は確実に近づいている。雨はしの げても台風はしのげるか。判断に困る。いざというときは鉱泉に泊めてもらえる よう社長にお願いすると、「降りたら電話しろ」といってくれた。社長に鉱山の 入り口まで送ってもらい大いに助かる。

山に入るといきなり急登が始まる。水場で水を補給。水筒を忘れたN尾くんに自 分のを貸す。実は炊事用の水を運ぶために共同装備として持ってきたものだ。30 分もたつと2人はへばり始める。「帰りは下りだから楽」とのんきなことをいっ ている。傾斜が増し、ズリらしくなる。鉱物もちょくちょく見つかる。でも、こ んなのは序の口と先を急がせる。

ベスブの露頭に着く。足元には露頭から落ちた黒光りするベスブ石の結晶が散ら ばっている。ザックを置くのももどかしく、いそいそと拾う。きれいなのであれ もこれもほしくなるが、まだ先は長い。選ぶ基準として結晶形がよく分かるもの と頭付きというポイントを教えて厳選させる。

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緑水晶のズリを登るKenくん

ベスブのズリから少しやばい斜面を登って露頭脇の坑口前に出る。この坑口が野 宿をしようと考えていた場所だ。中から冷気が噴き出していて寒い。こんなとこ ろで泊まりたくない。とりあえず、ザックを降ろしていらない荷物をここに置い ていく。軽くなった足取りでさらに奥へ進み、本日の本命産地・緑水晶のズリに 付く。迷いやすい場所なので赤布でしっかりと目印をつけてから採集を始める。

まずは斜面を下って方解石を探す。2人ともざくろ石探しに夢中で方解石など眼 中にない。方解石は鉱物としていろいろとおもしろい性質を持っている。この産 地のものは昔、レンズに使ったくらい透明度が高く、結晶もしっかりしている。 教科書にあるような見事な劈開が見れる。目の前で割って見せるとガラスのよう に透き通ったひし形の破片ができる。「おおっ」と歓声が上がる。しばらくは、 「お土産用だ」と方解石を割りまくっていた。

目が慣れてくると自然にざくろ石やヘスティング閃石などが見つかる。1センチ 以上のざくろ石などいくらでもあるが、初めて手にする“宝石”はどれもこれも 捨てがたい。帰りのことを考えると、あまり欲を出すなといいたいが、喜々とし て「これはどうですか」といって見せにくる姿に、少しだけで辛抱しろとはいい がたい。良かれと思って見せにくる物を「しょぼい」とはいいづらい。後でどれ だけ苦労しようが、納得するだけ採ったらいいと思う。

同志会の採集会では「同じ種類の鉱物はたくさん採らない」と呼びかけている。 限られた資源をなるべく多くの人で分け合おうという趣旨だ。ざくろ石ばかり山 のように拾うのはマナー違反だと思う。ただ、この産地は少なくとも林道から約 500メートルの標高差を歩いて登ってこなければならない。場所も分かりにくい。 誰でもこれるわけではない。しかも、ぼくらは山を降りた後も家まで担がなけれ ばならない。どれだけ欲張ってもその量は知れている。許される範囲内だと思う。

道のある場所まで戻って、今度はガレを登る。落石が心配なので3人が離れない ように行動する。しかし、Kenくんはザックを下に置いてきたので取りに戻ると いう。降りるのは危険だが、いかせる。登り返しがいかに大変か分かってほしい。 戻るまで石を落とさない位置でN尾くんを待たせる。ザックは背負ってきたKen くんだったが、今度はハンマーを置いてきた。安定した場所まで登り、昼食にす る。

2人が近くに坑口を見つけた。真っ暗で冷たい風が吹いてくる。懐中電灯を持っ て入ってみる。壁は方解石で地面には氷のように冷たい破片が落ちている。「探 検だ」と喜んでいるが、深入りは危険だ。適当なところで引き返す。このあたり は水晶が多い。緑泥石に覆われ、あまり美しくないが、中には緑水晶や日本式双 晶がある。両方がとがった両錘も多い。細長い結晶が天地無用で勝手な方向に伸 びているのが特徴だ。

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ざくろ石を探すN尾くん

たんまりと採集したため、ザックに詰め込むのにかなり時間がかかる。下りは踏 み跡をたどって元の道に戻る。Kenくんはハンマーを取りにふたたびガレを登る。 すぐに見つかるが降りる途中に浮き石に乗ってしまった。50センチくらいの平た い石がぐらっと揺れたと思うと、いきなり滑り出した。20メートル下にはぼくと Kenくんのザックがある。その両脇の高い位置にぼくとN尾くんがいた。ほんの 数秒で落石は枯れ沢の中央にあったKenくんのザックを直撃。もんどりうって落 ちたザックは落石とともに、さらに50メートルほど転がっていった。

降りてきたKenくんは真顔で「落石が怖いってこと、マジで分かりました」といっ た。ザックを取りにいったKenくんはぼくらの倍は上り下りするはめになった。2 人の顔色から潮時とみる。引き返す途中、柱石の露頭で氷長石を採集する。方解 石と紛らわしいが、比較的結晶形がよく残っているし、双晶などで見分けはつく。 Kenくんはハンマーでこすって傷が付かないことで判断していた。これも判定方 法のひとつだ。道が荒れていて分かりづらい。帰りは慎重になる。赤布を残した ので気分的には楽だった。Kenくんが「足首が疲れた」と盛んにいう。

ベスブの露頭で荷物を回収。ここで、今夜は山を下りて湯沼鉱泉に泊まることを 最終的に決断する。2人とも賛成してくれた。まだ雨は降りそうもないが、台風 は確実に近づいている。雨はしのげても台風による強風は怖い。不確定要素の強 い気象現象だから、野外活動には避けるのが原則。ましてや初めての野宿が台風 では、いい印象は残らない。野宿の魅力が伝わらないなら、やらないほうがいい。

そうと決まれば急いで山を下りたい。でも、荷物がザックに納まらない2人。しょ うがないから手を貸してパッキングの奥義を尽くす。するとあら不思議、全部すっ きりと入っても余裕がある。しかし、重さは半端じゃない。N尾くんが10キロ、 Kenくんは15キロはあろうか。冬山登山並みの重量だ。

最初は慎重を期して後ろ向きで下らせた。しかし、その後も怖がって腰が引けた まま。足元が滑ってうまく降りれない状態が続く。後ろ向きになってもズルズル、 前を向いてもズルズル。悩んで止まっている時間の方が長い。傾斜がゆるくなっ ても、踏み跡を外れて斜めに横切らせても状態は変わらず、尻もちをつきまくる。 登るより遅い。一時はビバークも覚悟したが、斜面に対して体を真っ直ぐ保つこ となど、ちょっとコツを教えたら、直ちに効果が出た。まもなく別人のようにしっ かりと歩けるようになり驚いた。助かった。これで帰れる。

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湯沼鉱泉の川上犬。
こいつは毛がふさふさで甘えん坊

道路に出て一安心。2人とも急ににぎやかになる。山の中ではかなり緊張してい たんだ。しかし、ここからの道のりも長い。30分もすると2人とも無口になる。 でも、あの重いザックを文句もいわずによく背負ってる。その根性に免じて圏内 になったところで湯沼鉱泉に救助を求め、社長に迎えにきてもらう。

鉱泉に着いたらバーベキュー場で夕食。キノコがまったく採れなかったので豚汁 に五目ご飯だ。貧しい飯も腹が減ってりゃうまいもの。食後は社長に成果を披露 する。しかし、社長の鑑定は辛い。しょぼい標本には「こんなもんか? もっと いいのがあるだろう」と容赦ない。かなりこんなもんか攻撃を食らっていたが、 中には「おお、これは大したもんだ」とうならせるものが入っていた。下手な鉄 砲も数打ちゃ当たるものだ。でも、社長のお墨付きがあれば大したもの。根性見 せたかいがあるというものだ。

湯沼鉱泉には犬が11匹いる。いずれも、この村が原産地である川上犬だ。ヤマイ ヌ(ニホンオオカミ)の血を引くといわれる種の日本犬だ。かわいい顔をしてい るが非常に強い脚力がある。おまけに後ろ足にはジェラシックパークで有名になっ た肉食恐竜・ベロキラプトルそっくりのカギ爪があり、ただ者ではないと分かる。 放し飼いは3匹だけだった。以前はもっとたくさんいたと思い聞いてみると、た くさん放している徒党を組み飼い主でも怖いそうだ。毎日交代で3匹ずつ放され ているらしい。1、2匹ならかわいいが、3匹もじゃれ付かれたら確かにたまらん。 ちなみに鉱泉にはイノシシもいるが、拳をかじられそうになった。こいつは1匹 でもかなわない。

9日は朝から雨。台風は東にそれ、大雨もなかった。雨も出発時には小降りになっ た。送ってくれるという社長に礼をいってバス停まで歩く。駅前の店で川上銘菓 「そば羊羹」なるものを買う。何度もきているが銘菓があるとは知らなかった。 Kenくんはうまいと絶賛するが、だれもが首を傾げる味だった。小淵沢でソバを 食い、N尾くんと分かれる。Kenくんとは大江戸線で練馬まで付き合う。

2人の行動を見張っていたこともあって自分自身の採集には身が入らなかった。 それでも、初めて珪灰石が採集できたし、社長から3センチもある巨大なざくろ 石結晶ももらい満足している。これ以上のぜいたくをいったら罰が当たる。一番 の収穫は2人が本格的な山に慣れたこと。もちろんこれ以上に厳しい産地もある が、そんなに多くはない。山中で安全に行動できる術を身に付けてくれれば、一 緒に出かけられる範囲も広がる。