荘厳なミラノ中央駅 |
現地時間の午前7時ころ、イタリアはミラノのマルペンサ空港に降り立った。乗 り継ぎのフライトは翌日になるため、今夜はミラノ泊まりだ。空港で入国審査の 列に並んでいると、どこからともなく日本人の団体さんが現れた。日本が近くなっ たなと感じた。ここは8時になってもまだ暗い。きょうは1日が長い。空港でパン を食って時間をつぶす。
リムジンバスで午前10時ころ、ミラノ中央駅に着く。5階分くらいの吹き抜けが ある巨大な駅の建物に圧倒される。ホテルのチェックイン時間まで周辺を探索す る。地図で近くに市民公園があるのを確認して足を延ばす。石畳の上を走る路面 電車に広い歩道、古めかしい建物がならぶ街並みは歴史と伝統を感じさせる。寒 くて薄暗い陰鬱な天気も街に調和しているように思えてくる。きらびやかだけど 干からびたドーハの風景とは対照的だ。
家族連れでにぎわう市民公園 |
巨木と小川に囲まれた公園は、どこか日本と似ていてホッとする。ランニングす る人や犬の散歩をする人が絶えないのも馴染み深い光景だ。大型犬が多いこと、 犬は放していてもお行儀が良いことなどの違いは感じた。小さな遊園地があり、 子ども用の鉄道やポニーの馬車も走っている。ちょうど日曜日だったので家族連 れが多かった。ボート眺めているだけで心が和む。イタリアの女性がみんな美し く見えた。
公園内には博物館があった。何気なく入ったら、これが大当たりだった。いきな り見事な鉱物標本が目に飛び込んできた。実は、ここがミラノ市立自然史博物館 だったことは帰国後に知った。石綿に包まれた緑色に輝く地元ピエモンテ州産の 灰鉄ざくろ石のデマントイド。アルプスの山の中から出た紫色の巨大蛍石。アオ スタの巨大水晶の群晶...。よだれがたれるような鉱物標本が、これでもかとい うくらい展示されていた。時間つぶしのつもりが、時間が足らなくなってしまっ た。イタリア万歳! と心の中で叫ぶ。
午後はホテルで原稿を仕上げる。送り終えて、やっと仕事から解放される。真っ 直ぐ、中央駅に向かう。改札がないのでホームまで直接入れる。長い列車がずら りと並ぶさまは圧巻だ。列車はすべてここが始発となる。造りは阪急梅田駅に似 ている。ただし荘厳さは別格だ。売店は少なめだが、活気がある。ホットサンド を買って食う。ホットサンドやピザは、生の生地をその場で温めてくれるのでう まい。イタリア語は全然話せないけど、ほしいものを指差して「This One」とい えば十分通じた。駅舎の下にあったスーパーマーケットでジュースやチーズなど を買う。日常生活品の値段は1ユーロが1QRくらいの感じで、やはりカタールより はるかに高い。でも、よく考えたら日本と同じくらいか。カタールは金のかから ない国だったんだと改めて思った。
デマントイド |
アルプスの蛍石 |
アオスタの自然金 |
雨が降ってきたのでホテルのレストランで夕食を取ることにした。スパゲッティ・ カルボナーラを注文する。かしこまった食卓に高そうな水がでる。本場のカルボ ナーラはうどんのような太麺で、めちゃくちゃこしが強かった。パルメザンチー ズを後からかけて食う方法も新鮮だった。でも、くどすぎ。やはりアメリカ的で、 本場イタリアのパスタという印象は弱かった。食いすぎた。ひと寝入りする。深 夜に、久しぶりの風呂に入る。
朝、6時ころ起き出して窓から真っ暗な街を見る。雨で人通りはまだ少ない。も う一度風呂に入ってウオーミングアップ。ドーハのメモをまとめる。朝食をとり に食堂に行く。「Breakfast Please」。スタッフに声をかけると返ってきた答 えは「お一人ですか」だった。日本人従業員がいたんだ。そういえば客にも日本 人を見かけた。駅や街ではまったく見なかったのに。パンとシリアルと紅茶をも らう。紅茶は「English Tea」という。エスプレッソを飲んでみたが、日本で飲 むのと違いはない。イタリア娘のグループの威勢のいい食いっぷりに、しばし見 とれる。部屋に戻って昨日スーパーで買ったモツェラルチーズを食う。あっさり した味は日本で食うのと変わらないが、香りが格段によい。一番安物を買ったけ ど、十分にうまかった。やはり、鮮度が違うのだろう。
ホテルを出てふたたび中央駅に向かう。電車の写真を撮って11時40分、空港行き のバスに乗る。フライトは午後3時の便。この時間なら余裕だと思っていたら、 高速の入り口が通行止めになり大渋滞。1時間たっても高速に乗れず、冷や汗を かく。それでも、出発2時間前には空港に無事到着した。前の席に乗っていた金 髪のイタリア娘に付いてバスを降りる。建物に入ったがどうも様子が違う。よく 見るとエアポート2とある。ふたつあるのかエアポート。聞いてないぞ。昨日降 りた建物はここじゃない。てことはエアポート1が正しいのか。確信はなかった が、引き返して乗客が3分の1ほど残っているバスにふたたび乗った。5分くらい でエアポート1に到着。出発ロビーで自分が乗る便名を確認してホッと胸をなで おろす。
駅にも裸のお姉さんの写真が |
ミラノ中央駅のホーム |
ミラノは、博物館の鉱物標本がすばらしかったので全体的に好印象が残った。ピ ザもパスタもチーズもうまかった。街並みや公園とともに女性も美しかった。地 下鉄、バス、路面電車、トロリーバスと多種多様な公共交通機関が網の目のよう に張り巡らされていたことにも驚いた。都市としての完成度、文化水準の高さを 実感した。ただ、街角に下着姿のお姉さんの巨大なポスターがあちこちに掲げら れていたのはいただけなかった。だって、いまは冬だよ。この寒空の下、裸はか わいそうじゃん。イタリア人の季節感は、ずれてると思った。
搭乗手続きも、出国審査も順調で、なんとか帰れるめどがついた。ミラノでは見 えなかった山が、マルペンサでは見えた。北西方向にある雪を被った大きな山は アルプスだろうか。地図を買って調べる。モンテローザだった。ここはアルプス のふもとなのかな。山の向こうはツェルマットなんだ。アルプスを目にして急に 気分がよくなった。やっぱり、山はいい。出発までの間、飽きもせず、ずっと山 を眺めていた。
機内に入ると日本人だらけ。乗務員にも日本人がいる。だいぶ日本が近づいた。 免税店で購入したClimbing誌を読む。英語だけど半分くらいは分かる。「5.14を 登った女性たち」という特集がおもしろかった。11人が登場して、スロベニア人 が3人、ポーランド人が2人と東欧の女性が多いのに驚いた。長いフライトだった けど不思議に眠くならなかった。
日付が変わった11時10分、無事に日本の大地を踏む。長い旅が終わった。空港で は日本語が通じるし、車窓から眺める景色はたしかに日本だ。でも、まだ帰って きたという実感がない。編集局でKさんからチクチクいわれて少し魂が戻ってき た。
後で考えると、山に行きたいと思えなかったのは、疲れていたせいもあるだろう が、緊張状態を維持していたことの影響が大きいと思える。安全圏に入るまでは 絶対にビレイを解かず、気を緩めない登山の習慣が、こんなところまで貫かれて いたんだと驚く。ドーハの取材はクライミングと同じ精神状態だったんだ。そん な状態じゃあ次の山行予定なんて考えられるゆとりなどあるわけないし、疲れる はずだわ。とりあえず心の病気ではなかったことが分かり、安心した。でも、職 場には心が病むほど疲れたことにしておこう。
おわり