さまよって命拾い 上武国境稜線縦走敗退(2)


17日(6:50)大泉学園=(8:45)三峰口=(9:40)赤岩橋→(11:25)赤岩峠→(12:45)雁 掛峠→(15:10)幕営地、18日(5:50)幕営地出発→(6:30)六助のコル→(8:30)馬 道のコル→(10:20)帳付山→(14:30)滝谷山→(16:10)幕営地、19日(6:50)幕営 地出発→(7:30)ふたたび幕営地→(8:30)ムジナ沢→(11:05)中津川林道→ (12:05-14:05)中津川=(15:05)三峰口=(17:40)大泉学園

19日。待っていても雨はやみそうもない。しぶしぶ起きてパンを食う。期待した 雨水はほとんどたまらなかった。水をがまんするとパンが口の中に張り付いて飲 み込めない。わびしい食事だ。カッパを着て雨の中ヤブっぽい尾根を下る。途中 に小屋跡があったが、だんだん踏み跡が怪しくなる。コンパスを見るといつの間 にか南に向かっていた。急いでテン場まで引き返す。しかし、ここでも尾根の方 向がコースとはずれていた。どうなっているんだ。どこで間違ったのか。頭が混 乱する。気を落ち着かせるために水を飲むと、残りは500ミリリットルになった。

どこまで戻れば正しいルートに合流できるか分からない。たとえ戻れても、その 先で迷わず、本日中に三国峠まで抜けられる自信はまったくない。水が尽きたこ ともあって、縦走できる見通しもやる気も消えうせていた。もうやめたい、降り たいと思った。確実に降りられる道は馬道のコル。滝谷山から南天山の縦走路も 非常時の下山路と考えていた。だけど、そこまで戻る力はわいてこなかった。人 が通った痕跡があるからなんとかなるだろうという理由をつけて、いまいる尾根 を下ることにした。

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2日目の幕営地。すでにコースを外れていた

尾根は広く踏み跡は薄くなっていった。小ピークもあり、かなり長大だ。尾根の 伸びる方向や大きさからして1546メートルピークから派生し、ムジナ沢の南に位 置する尾根だろうと登山地図から想像した。忠実にたどれば中津川林道に直接降 りられそうだ。手持ちの地形図からはみ出してしまったため、正確に地形が読め なかったが順調な下降に、この調子なら昼までには中津川に降りられると楽観し た。

しかし、それの見通しはやはり甘かった。尾根の末端は急傾斜で沢に切れ落ちて いた。枝尾根に入ってしまったのか。でも、引き返しても尾根通しに下れるとい う確信はない。とりあえず沢に降りてみようと考えて、傾斜の緩そうなザレ場を 選んで下る。沢床まであと5メートルほどの所で垂壁になってしまった。グズグ ズの斜面にアイスハンマーのピックを突き立てて、斜面を横切って木に抱きつく。 切り立った岩溝をゆっくり下る。次の瞬間、足場が崩れて落ちる。が、両腕で体 を支えられたので数十センチで止まった。落ちて歩けなくなったらその時点でお しまいだ。全神経を集中する。地面に足が着いたときは「やった」と叫んでいた。 いつしか雨はやんでいた。

あれほど水を心配していたのに、ここにきてそれほど飲みたいとは思わない。い まは水よりも、この沢を無事に降りられるかが問題だ。しばらくは滝も両岸が切 り立った岩場のゴルジュも現れず単純な河原歩きが続いた。悪場があっても水量 が少ないので対岸に渡って簡単に越せた。さらに進むと、左岸につけられた明瞭 な踏み跡や人為的に作られた平坦な地形など、人が入った形跡がいくつも残って いた。数日前のものと思われる靴跡や渓流釣りで使う目印も落ちていた。ああ、 これで大丈夫だと気が緩んだ直後にバランスを崩した。足が滑って、沢床まで転 がり落ちた。幸い、岩溝状の細流にはまって止まったため尻と小指にダメージを 受けただけだった。知らず知らずのうちに焦っていたことを反省。慎重に歩くよ うにするが、先行きが不安になってくる。

少しずつゴルジュが現れだす。覚悟してはいたが、心細くなる。それでもまだ、 巻き道は簡単に見つかった。大釜を持つナメ滝を左岸から大きく高巻くと岩盤が むき出しになった沢床に降り立った。直下にはさらに大きな釜を持つ滝があった。 水線通しには突破できそうもない。右岸はヤブっぽい垂壁だ。戻って左岸の高巻 きを検討するも、傾斜が急で逆層の岩場はとても登れそうもない。万事窮したか。

行動食を食いながら落ち着いて対策を考える。ここまではっきりと人が入った形 跡のある沢なら、必ず安全な道があるはずだ。そう信じて、周囲をよく探すと右 岸に垂れ下がったトラロープが目に入った。対岸から見ると急ながけも取り付い たら巨大な倒木が良い足場になって登りやすかった。上部にははっきりとした踏 み跡がついていた。滝を越し、沢に戻ろうとしたが道がない。よく見ると踏み跡 はそのまま斜面を横切っている。これは、もしかしたら...。

予測は当たった。道は沢には戻らず、そのまま斜面を巻いていた。下山路に間違 いない。ここでやっと帰れる確信が持てた。沢と離れていくことで少し心許なさ は感じたけれど、道はしっかりしているしロープも張ってある、「中津川町猟友 会」の木札もぶら下がっていた。この道を信じていいと思った。大きめの枝尾根 を越えると沢の音はまったく聞こえなくなった。さらに斜面を横切って、ジグを 切って杉林を下ると、その先に広場が見えた。林道も見える。「やった! 生き て帰れた」。大声で叫んだら、カモシカが驚いて林の中に逃げていった。

道なりに下るとすぐに中津川林道に出た。うれしさと同時に、道に迷って沢を下っ た自分の愚かさ、ふがいなさが情けなくなってきた。泥と汗にまみれた体を中津 川の温泉で清める。三峰口の駅前でソバを注文したら、店のおばちゃんは何もい わないのにご飯を付けてくれた。よほど情けない顔をしていたのだろう。

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13年前、上信国境・魚野川源流部へ岩魚を釣りに行って道を外れ、丸一日迷走し た。このまま誰にも知られず朽ち果てるのかと思った。幻聴が聞こえ、味覚まで 麻痺した。こんな思いは二度としたくないと鍛えてきたつもりだった。それなの に今回、迷走はしなかったものの半日も現在地が分からないままでいた。これま での努力は何だったのか。自分のすべてが否定されたようで山ヤのプライドはず たずたになった。1日おいて未練がましく山のふもとまで行ったけど登ることは できなかった。キノコ狩りなどして予備日までのあまった時間をつぶすしかなかっ た。痛めた右手小指以上に精神的に受けた打撃は大きかった。

失敗した一番の原因は、現在地を特定せずに下ったことにある。地形を把握せず に前進するのは、目隠しして歩くようなもの。運に頼った行動は無謀というほか ない。少なくとも、幕営地からいったんピークに戻って、地形図で枝尾根を確認 してから下るという選択はできたはずだ。空身で戻れば10分もかからない位置に あった。道に迷ったら、位置が分かる地点まで戻るのが常識だ。

にもかかわらず、そういう選択肢が浮かばなかったのは、ひょっとしたら正しい ルートではないかという思いが心の片隅に残っていて、すでに迷っている現実を 認めたくなかったからだろう。敗退したくないと思うあまり、事実を正面から受 け入れられなかった自分の弱さが、現在地をあいまいにしたまま行動を続けさせ た。

1、2日の山行だったら、こんなへまはやらない。それくらいの期間ならがんばっ て行動できる自信がある。けど、長く山に入ると別の重さがのしかかってくる。 5日くらいの山行はこれまで何度かやったが、1人でずっと山に入りっぱなしとい うのは経験してなかった。長く山に入ることの重圧を想定できず、見通しがもて なかったのも敗因の一つだ。

今回はかなりへこんだ。でも、山に行くならいつまでも後ろを向いていてもしょ うがない。山での実力は、実績に裏付けられた見通しの確かさによって決まって くるものだと思い知らされた。課題を定めて地道に精進するしかないと思った。 前回はY氏など山の仲間に助けてもらって立ち直ることができた。不十分とはい え今度は1人でけじめをつけられそうだ。13年前よりも、少しは変わったと思い たい。