引越し時にコタツも座椅子も捨てた。テレビと並べてモニタを置き、アイロン台 の上でキーボードを打つ。この高さがちょうどいい。テーブルなくてもいいかな とも思う今日この頃だ。それにしても、引越しからそろそろ1カ月になるのに、 まだ荷物が片付かない。家具類も多少は欲しいが、もうちょっと整理ができてか らじゃないと入れる気にならない。
引越し準備に時間があればもっとたくさんゴミを捨てられた。切羽詰ってくると 思考が止まり、いるものといらないものの区別がつかなくなる。その結果、大量 のゴミを梱包して、無駄な手間をかけることになった。
6畳+3畳+Kという間取りから6畳+6畳+DK(6.7畳分)へと倍くらいに 部屋は広くなった。うまくやればすぐにでも荷物は収納できる。だけど、引越し で梱包した荷物を見て、どうしてこんなにたくさんあるのか疑問を感じた。質素 な暮らしを求めている割りには物が多い。そんなになくても生きていけるだろう と思う。
荷物を運ぶとき「高価なものはないから、そんなに慎重に扱わなくていいよ」と 引越し屋にいったら、「思い出はお金には代えられませんから」というプロらし い模範解答が返ってきた。でも、自分は思い出を物に求めないし、求めたくもな い。道具は必要だが、それも消耗品だ。大事なのは知識や技術、経験など自分の 中への蓄積だ。
とはいうものの未練があって捨てられないものは多い。それでも、捨てるなら今 がチャンス。逃せば今後10年はゴミを抱え込む。とりあえず、本と石は半分に、 まったく手をつけなかった山道具も半分に、できればしたい。
きょうは引越し当日。昨夜は午前3時までかけてパッキングしたが作業は終わら なかった。標本類の梱包に4時間以上かかってしまったのが計算外。段取り悪い わ。前日に引越し屋から「13時から15時の間に行く」と連絡を受けていたので少 しゆとりがある。それでも当日になって「30分くらい早まる」と電話があって焦っ たが、昼飯を食う時間くらいは確保できた。
積み込みは12時45分から13時45分の約1時間。最後のパッキングと並行したので バタバタしたが、さすがにプロは仕事が早い。感心していたら、「荷造りがかな りしてあり、片付いていたから」ということだった。苦労したかいはあったんだ。
搬入は1時間弱。荷物の量は2トンロングで目いっぱいだった。15時前にはすべて 終わった。思ったより早くすんでほっとする。あとはADSLのための電話工事。こ れも、17時には終わり、余裕で夕飯を食えた。しかし、まだ器具がそろっていな いのでガスが開栓していない。前のアパートはプロパンガスだったし、器具も古 かったので捨ててしまった。食事ついでにガステーブルを買う。今夜は風呂抜き。 一晩ぐらいは我慢しよう。
午後7時から飯田橋でK村さんの飲み会に参加する。飲めない自分が飲み会に足 を運ぶなんてめったにないことだが、ekuさんがくるっていうので寄せてもらっ た。メンバーはほとんど顔なじみだった。Y氏と会うのは8月以来、ekuさんと話 をするのも9月以来だ。
ekuさんには雪崩講習会の話を聞きたかった。1月に東北でガイドの講習会をはし ごして、雪崩に対する考え方が大きく変わったそうだ。八幡平・源太ケ岳の雪崩 事故について「あれは従来の山岳会の対応だった。それではだめ」と、いたく納 得していた。
それで、自分の会でビーコン、ゾンデ、シャベルを持とうと提案したんだそうだ。 「そしたら会長は『分かった。でも高いから、とりあえずシャベルを持って、あ とは、雪崩ひもだ』っていうんだよ」とekuさんは憤慨していた。
よく分かります、その気持ち。10年前、自分も会で提案したけど同じ目に遭った。 どれだけ言っても「シャベルはパーティーに1本あればいい」とうちの会長は突っ ぱねた。ビーコンも必要性を認めるようなことをいいつつも買わなかった。いま だにうちの会じゃビーコンは共同装備扱いだ。計画書の装備表は恥ずかしくて人 には見せられない。
掃除をしていたら怪しい物が続々と現れる。捨てたつもりだった釣竿は10本以上出てきた。長さが90センチ以上だと粗大ごみ扱いになるため切断砥石で切りまくった。新品らしいカーボンロッドもあったけれど、ためらっていたら先に進めない。
押入れの奥から引っ張り出した段ボールは、手にするとガサガサっと不思議な音 がする。思いっきり怪しい。開けると大昔のプラスチック製兼用靴が赤い砂に埋 もれていた。初めて買った兼用靴ハンワグ・エアウェイトパワーだ。ちゃんと原 形をとどめている。それにしても周りの赤い砂は何だ。デロデロの長い靴下も埋 まっている。インナーソールもあるぞ。
あっ!! 思い出した。この砂はバイク用のプラブーツだ。それにしても、ここまで粉々に分解するものなのか。兼用靴も手にとるとバキバキと簡単に割れた。いずれも20年前に購入したもの。形が残っているほうがおかしい。捨てるにゃ都合がいいわい。ライダー→釣り師→山ヤ と変遷してきた過去をやっときょう清算できた。
てな調子で1日が終わった。せっかく近郊の山に雪がたんまりと積もったというのに、明日も1日中掃除になりそうで悲しい。
昨年、大家からアパートの契約解除を告げられた。36年たって老朽化しているこ とと、大家をやる気が失せたというのが理由。そんな貸主の一方的な理由で退去 しなけりゃならない法的根拠はない。が、やる気のない貸主の下に居座るのもい やだし、ほかにもいろいろと住環境が変わったので引っ越すことにした。
どうせ引っ越すなら山が近い飯能あたりがいいなあと思うのだが、20年もいると あれこれとしがらみがあって理想どおりにはいかない。やっぱり練馬区内でしょ うかななどと考えながら馴染みの不動産屋に寄ったらどんどんと話が進んで2月 下旬には引っ越すことになってしまった。
20年間でため込んだゴミは膨大な量だ。捨てて捨てて捨てまくらないとパッキン グもできない。今回は石の梱包もあって大変だぞ。それに比べて時間はない。と いうわけで、2月中は山もスキーもいけそうにない。たぶんいないと思うけれど、 期待していた人はごめんなさい。
部屋の温度が5度を切った。寒い。昨夜はついに最終兵器を投入した。昨冬は一 度も出番がなく、今季も毛布を導入したから大丈夫だろうと思っていたが、午前 3時ごろ耐えられなくなり、起きて湯を沸かし湯たんぽを入れた。おかげでいつ ものように明け方の寒さで目を覚ますことはなかった。今年の冬は寒い。
寒くて困るのは、胸の骨折が痛むこと。10日たってやっと寝返りをしても痛まな くなったのに、夜や明け方はズキズキする。消炎鎮痛剤ボルタレンゲルで昼間は かなり痛みを抑えることができるが、寒さまでは効果がないようだ。スキーがし たいのに、まいったなあ。2月初旬には何とかなってほしいものだ。
痛いついでにもうひとつ。次の地図読みトレの候補地を探して2万5千分の1地形 図でコースを考えた。関連資料を探していたら、この地域は1万分の1地形図が出 ていることが分かった。1万分の1図は都市周辺しか発行されていない。かつて六 甲周辺で使ったことがあったが、東京周辺で使える山があるとは知らなかった。 そこで昨日、書店で買ってきた。ところが、開いてびっくり。当てにしていた尾 根上は宅地造成が進行中だった。ガックリ。
やむを得ず、周辺のコースを探索すると、2万5千分の1図と1万分の1図では登山 道の位置がずいぶん違う。片方にだけしか載っていない道がたくさんあるのだ。 どちらを信用したらいいんだ。経験上、2万5千分の1図の登山道は信用できない。 じゃあ、1万分の1図は信頼できるのかといわれると自信はない。両方に道のない 尾根はほとんどない。どうしたものか。
年末に購入したスキーで初滑りに行った。場所はJRの駅からいけるGALA湯沢。イ ンターネットで日帰りスキー商品を購入したら往復の切符とリフト代で8300円と 格安だった。出発当日に東京駅の専用カウンターまで受け取りに行かなければな らなかったが、それでも安いことには変わりはない。朝7時20分発の電車に乗っ たら、9時にはゲレンデに立つことができた。
新しいスキーだから、うまく滑れるというものでもない...ということを思い知っ た。今回のスキーは軽量カービング板。ブラックダイヤモンドのツアー用モデル だ。当たり前だが、今までの細ウロコ板とは、めちゃくちゃ勝手が違う。まず第 一によく滑ることに驚いた。でも、これが普通なんだよね。キュルキュルと制動 がかかるウロコ板の感覚が染み付いていて、体が置いていかれた。それからエッ ジの食いつきがよすぎる。エッジが引っかかってもうまく流せないので何度もぶっ 飛ばされた。スピードを落とさずに突っ込んでいくにはいいが、腰が引けるとど うもならん。高速でも安定するので、これまでのように気合を入れなくても余裕 で下れるのはありがたい。最後は、それなりに乗れるようになったつもりだが、 板にふさわしい滑り方ができているかは、よくわからん。この日はドピーカンで 気温が高く、昼前には春のような緩んだ重い雪になってしまった。エッジがかか る感覚がつかめなかった。
メーンのバーンを高速で滑っていたら、エッジをはじかれてぶっ飛び、胸を斜面 に打ち付けた。転げながら、すぐ後ろからきたファンスキーをかわしたものの、 ダメージは残った。うーん、この感覚は記憶にある。たぶん、肋骨骨折でしょう。 1ヵ月くらいはおとなしくしていなければならんな。というわけで、後は流して 無理をせず12時半には切り上げる。飯を食って14時5分の列車に乗った。
しかし、災難はこれで終わらなかった。池袋で西武の改札を通ろうとカードを出 したらなんか変。ひびが入ってて折れ曲がってる! まあでも、ICチップの部分 さえ無事なら大丈夫さと読み取り機にかざすも反応なし。え? ICチップも逝っ ちゃってるの。ど、ど、どうしよう。スキーを持ったままおろおろする。自分が 使っているカードはVIEW Suicaに定期券を取り込んでいる。Suicaの再発行なら JRだろうと落ち着いて考え、みどりの窓口に行く。すると「これはVIEWさんです ね。うちじゃない。カード会社に電話してください」とつれない対応。カード会 社も「担当者が電話中」という。
クレジットカード、定期券、Suicaの三つがひとつのカードになってりゃ便利だ と飛びついたのだが、親亀がこけたらみんなこけるわけだ。再発行はしてくれる だろうがクレジットカードは時間がかかる。その間、定期はどうなるんだ。胸の 痛みも忘れるほど焦る。やっと、カード会社の担当者につながり、手続きを教え てもらう。手続きは次のとおり。
つまり、いったん紙の時代に先祖返りした定期券が、ふたたび磁気→ICカードと 進化を遂げていくわけだ。それにしても、こんな落とし穴があるとは思わなんだ。
夜になると部屋の気温が10℃を切るようになった。明け方に足元が冷たくて目が 覚めることが多い。今季は厳冬期が来るのが早そうだ。仕事の帰りにOZに寄り、 思い切って毛布を買った。昨シーズンまではフリース地のインナーシュラフを引っ 張り出していたが、山でのスタイルをそのまま普段の生活に持ち込むのは、文化 的な暮らしとは言いがたい。
ウール、ポリエステル、アクリル、綿と、毛布の素材もいろいろあって、散々迷っ た挙句、一番安くて薄く、洗濯し易い綿のものにした。ケチったわけではない。 あまり暖かい生活をしていると冬山のテント生活に耐えられなくなるんじゃない かという不安があるからだ。これで、かなり生活の水準が上がったと自慢できる。
午後5時20分、すでに日は沈み暗くなりかけた海岸に立つ。冷たい雨が降る中、 テトラの間にわずかに残る砂浜で石を探す。ここは新潟県糸魚川市の押上海岸。 すぐ脇に「ヒスイ海岸」の看板がそびえるが、きょうはヒスイじゃなくて姫川薬 石と呼ばれる茶色いダンダラ模様の入った流紋岩質凝灰岩がお目当てだ。
どうして姫川薬石なのか。それは、メダカ水槽の水質改善を試みるためだ。麦飯 石など多孔質の岩石なら何でもそれなりの効果がありそうなのだが、思いつくも のが薬石以外になかったからしょうがない。吸着作用はあまり期待できそうにも ないけれど、物は試しだ。
で、富山への出張のついでに糸魚川で途中下車して海岸に向かったというわけ。 ヒスイと違って現地に足を運べばいくらでも拾える。でも、暗くなってくると厳 しいから、時間との勝負だ。不純物の吸着能力は表面積に比例する。同じ重量な ら小さいのがたくさんあったほうがいい。しかし、小さいのを探すのが面倒なの で大きいのを数個集めて割る。弾力があってハンマーがはじかれる。大きさもそ ろわない。思ったより大変な作業になった。しまった。小さいのを探せばよかっ たと気が付くももう遅い。あたりは真っ暗で石から飛ぶ火花がよく見える。もう、 どれが薬石か見分けが付かない。
重くなったザックを背負って雨の中、糸魚川駅までとぼとぼと歩いた。1時間ほ ど待って各駅停車に乗り、駅弁を食いながら富山に向かった。どうせ苦労するな らヒスイ採集がいいなと、真っ暗になった海を車窓から見て思った。
取材で奈良県の大台ケ原にいったとき、四日市から豊田まで直通の新しい道路が できたという話を聞いた。名四国道のバイパスで伊勢湾岸自動車道というらしい。 話を聞いているうちに見てみたくなり、帰るときにお願いして愛知の人の車に乗 せてもらった。湾岸というだけにほとんどが橋の上を走る。巨大なハーブ橋が続 くが、時間にしてみれば四日市から大府まで、あっという間だった。「知多半島 から鈴鹿まで45分でいけますよ」という話は本当だ。
道路公害が問題になっている名四国道の交通量を減らし、こちらを本命にするつ もりらしい。片側3車線の高規格道路で完全な物流ルートだ。それでも名古屋南 部の人たちの暮らしが、多少ともよくなるのならやむをえないのかなと思う。
名古屋駅前にも東京のような大きなビルができた。もう、自分の知ってる愛知や 名古屋じゃないなと思った。東京にきてから20年経ったんだから、しかたないか。 それに、いまは山が住処だから昔のことはほとんど忘れた。
プラ靴を買った。いまのスキーは革靴にウロコ板。山を滑るには必要にして十分 だと思っている。唯一問題なのは板のサイドカーブが緩いのでカービングターン を教えられないこと。自分ができないのに人には教えられない。カービング板に 革靴はちときつい。まずプラ靴をそろえることにした。
プラ靴、昔使っていたけどヘニャッと曲がる感触がよくなくて革靴に替えた経緯 がある。あれから10年経ち、ずっとよくなった。全体がしなやかになり、曲がる 個所も曲がり方も自然になった。ごついのは気に入らないけれど。
最近はインナーがプラスフィットとかいう熱形成のものが主流になりつつあるよ うだ。軽いけれどスカスカのフィット感が、オールドスキーヤーには評判悪い。 インナーブーツとして独立して使えないというのもツアー派には不評だ。それで も主流になるのは、ゲレンデテレマーカーが圧倒的に多いということか。「小屋 泊まりならまだいい方です。ゲレンデからちょっと外れて滑って『パウダー派』 だという人多いんですよ」とカラファテのスタッフは嘆いていた。
帰りにホリミネラロジーに寄って、大蔵鉱山で採集した鉱物を堀先生に鑑定しも らう。ハウスマン鉱を切る脈に菱マンガン鉱とともに産出する無色透明の結晶だ。 自分は重晶石と見立てたが、堀先生は冷塩酸に溶けないことカッターで簡単に傷 がつくことから「炭酸塩鉱物。ドロマイトでしょう」と同定した。うーん、ドロ マイトか。気がつかなかった。聞いてみるもんだと思った。
午後1時、沖縄に引っ越した雨宮さんから突然電話が入った。用件は「メールが つながらなくなった」。これまでなら「後で見に行きます」で済んだが今回はそ うはいかない。動揺する。落ち着いて話を聞く。メールソフトをアップデートし たら「サーバーが見つかりません」というメッセージが出るようになったという。 プログラムのアップデートでアカウントの設定が変わるようなことはありえない。 原因はメールソフトじゃないかも。
ためしにブラウザでインターネットを閲覧してもらったところ、同様に「サーバー が見つかりません」と出た。ネットワークがどこかで切れてるんだ。考えられる 可能性は(1)ケーブルが外れている(2)プロバイダからうまくIPアドレスを取得で きていないかルーターのトラブル(3)OSでのネットワーク設定のトラブル−の3点。 1ならつなげばよし、2ならルーターのスイッチを入れ直せばよい。3だとちと面 倒だ。とりあえず、ケーブルの確認とルーターの再起動を試すように勧めて電話 を待つ。
返事はすぐきた。「ケーブルが外れてました。つないだら直りました」。めでた し、めでたし。電気関係でトラぶったときはまず、線を確認するのが基本のキ。 でも、あっさりと解決したことに少し拍子抜けした。緊張したけど雨宮さんの元 気な声が聞けて、うれしかった。
| (mg/l) | BOD0 | BOD5 | BOD |
| A | 6 | 5 | 1 |
| B | 4 | 3 | 1 |
| C | 8 | 0 | 8 |
| D | 6 | 3 | 3 |
昨夜、採取してから5日間たったメダカ水槽の酸素量(BOD5)を測定した。これ でBOD値(=BOD0−BOD5)が確定した。予測どおり怪しいとにらんだ水槽の値が 悪かった。数字は出たけど、それをどう評価するかも結構難しいものがある。水 道水、工業用水、水産物などで環境基準は決められているけれど、どれをどう使っ たら分かりやすいか苦労した。ま、金魚だから魚にしときましょうとなった。報 告書「メダカ水槽の水質調査結果について」として結果をまとめて飼育担当責任 者? に提出した。
評価
一般に人為的汚濁のない、きれいな河川のBODは1以下、魚の生育環境としては5以下が望ましいといわれています。10を超えると腐臭がするかなり汚れた水域とされています。ちなみにヤマメやイワナの養殖は2以下、サケやアユは3以下、コイやフナは5以下が必要だと環境基準ではなっています。 したがって、Cの水槽はメダカの生育には厳しい環境だといえます。ただ、BOD値は問題ないとしても、全体的にBOD0が低い傾向が見られます。これは酸欠気味という別の問題点をもっていると思います。所見
簡易測定キットを使って初めての調査だったので、必ずしも厳密・正確な数字が出たとは言えません。それでも、大まかな傾向はつかめたかと思います。メダカ及びメダカ愛好者のみなさんの環境改善のお役に立てていただければ幸いです。 酸素が少ない水槽もBOD値が悪い水槽も、おそらく要因は泥にあるとにらんでいます。泥中の微生物がかなりの量の酸素を消費しているのではないか。汚泥を減らすことで一定の改善が図れるのではないでしょうか。
金魚愛好家のおじさんたちは、結果を結構まじめに受け止めてくれた。「底の泥 が腐ってヘドロになっているのがまずいんだよな」とすぐに土を取り替え、日の あたる場所に水槽を移した。仕事が速い! と感心した。
午後10時、一仕事終えて水質調査に取りかかる。調べる対象は職場にある金魚鉢 の水だ。お隣の部でおじさんたちが溺愛しているメダカのすむ水が、どうも怪し いのだ。水槽は全部で四つ。そこの泥が腐っていて水が濁り気味のもある。それ でも、おじさんたちは「水草があるから大丈夫」「貝が掃除している」「元気に 泳いでいるじゃないか」とりあってくれない。そこで客観的に評価できる数字を 示してやろうとBOD(生物化学的酸素要求量)を調べることにしたのだ。
実は、簡易調査キットを購入するまでBODが何なのか、どうやって何を調べるも のなのか、まったく知らなかった。説明書を読んでようやく概略を理解した。 BODの測定は、採集直後の酸素量(BOD0)と5日後の酸素量(BOD5)とを測って、 どれだけ酸素が減ったかを比べるもの。汚れの指標となる水中の微生物が多けれ ばたくさん酸素が消費される。微生物の少ないきれいな水なら酸素の量はあまり 変わらないというわけだ。つまり調査は5日かかる。知ってたらやらなかった。 ちょっと後悔するが、もう後には引けない。
酸素量を調べるのは水の入ったビンの中に試薬の入ったアンプルを突っ込んで、 試薬の色の変化を調べるだけだ。サンプルと見比べて色の濃さからOD値(酸素量) を読み取る。作業自体は単純で簡単。でも、四つの水槽でこれを繰り返すのはか なり手間がかかる。でも、新たに分かったこともある。すべての水槽においてOD 値が低いこと、さらに一つだけ異様に少ないかったことだ。一番大きなメダカが いる水槽だけど水草はたくさんあり、水質も悪そうではない。見た目だけでは分 からないことが多そうだ。
朝、8号機のチューニング。ハードディスクのパーティションがC、Dと二つに分 割されているのが気に入らない。統合しちまえとCDからGPartedを起動。Dドライ ブを消し、その分Cを拡張した。再起動したらウィンドウズが正常に立ち上がら なくなった。セーフモードもダメ。あ〜あ、システムを飛ばしちまったか。よい 子はまねしちゃだめだよ。OSを再インストールしなきゃなんないんだが、最近の 計算機はCDじゃなくて、ハードディスクからなんだな。でも、BIOS画面にはそれ らしいコマンドがない。さて、どうやって修復したものかと途方にくれる。とり あえず、天覧山に行くか。
天覧山からアキバに直行。BOD検査キットを購入する。帰宅したら何事もなかっ たように8号機がブートするかなとわずかに期待したけど裏切られた。留守中に 計算機を直してくれるような小人さん(BSDのデーモン君みたいなの)はやっぱ りいないのか。はぁ〜、自分でやるか。
メーカーのサイトでマニュアルを調べたら隠しコマンドが出てきた。BIOS画面で Alt+F10とやると隠れているパーティションにアクセスしてOSのインストールが 始まった。これまで作り上げてきた環境はすべて吹っ飛んだけど、まずはめでた しめでたし。計算機メーカー製のソフトにバグがあり、いつまで待ってもセット アップ画面が終わらなくて参った。ハードディスクからのシステム復旧は普通、 パーティションの区切りまで初期設定に戻してしまうのだが、今回は統合した操 作が生きていた。苦労はしたけど初期の目的は果たせた。今日はゆっくりと寝ら れる。
買ったまま、ほったらかしておいた計算機を箱から出す。電源を入れるとVista が立ち上がる。なんだかよく分からないプログラムや窓がいっぱい飛び出す。見 てくれが、これまでのウィンドウズとはずいぶん違う。何しろメーンの7号機は 2000、職場じゃ98とNTだ。雨宮さんの計算機はXPだけど、古いウィンドウズスタ イルにしてある。8号機のはAMDのSempron1.8GHzにメモリ1GBが乗っている。クロッ クスピードもメモリも7号機の2倍。それにしちゃ、いつまでもハードディスクが カラカラいっている。このOS、無駄に資源を浪費してる。
テーマをクラシックにしてエアロを外す。左側にツリーが表示されるなど窓の仕 様もかなり変わった。どう料理してもシンプルにならないのは困ったものだ。OS の基本部品を変えられるとこれまでのウィンドウ操作との継続性が途絶え、使い 勝手が極めて悪い。画面描写に無駄なメモリを使わせず、地下で無駄に動いてい る小人プログラムをびしびしとつぶしていく。再起動を掛けるとデスクトップが 現れるまでの時間がかなり短縮された。
管理者権限が必要なシステムの変更を行うときに許可を求めるなど、これまでの OSより一般ユーザーと管理者との操作の違いを明らかする仕組みはUNIX並になっ てよかったと思う。これまでよりもOS本体がクラッシュしにくくなったのもあり がたい。でも、インターフェースがよくないから、スキルの乏しい人には勧めら れないOSだ。
まだ、必要な機能を提供しているプロセスが正確につかめていないから、きょう はこれくらいで勘弁しておいてやろう。しかし、普通のユーザーはここまでやら んぞ。いらん機能が多すぎる。いまや新製品はみんなVistaだ。新しいOSが出る と無条件にそれを載せるけど、ユーザー側にしてみれば迷惑な話だろう。
天覧山からアキバに直行。BOD検査キットを探す。店頭になかったのでカタログ を見て注文する。BOD(生物化学的酸素要求量)とは川の汚れの指標となるやつ だ。ハンズなどでいろんな簡易水質検査キットが手に入るけどBODは格が違うよ うだ。17000円もする! 何でそんなものがいるのかは、次の機会に説明しよう。
手ぶらで帰るのもなんだ。めぼしを付けておいた計算機を買う。半年ほど前、バッ クアップ用の6号機がビデオと電源がいかれて壊れた。メーンの7号機はまだ持ち そうだが、OSがWindows2000。新たな計算機はXPかVistaになるだろうから、使い 勝手を整えるまでに少し時間が必要だろう。購入したのは6万円の省スペース省 電力デスクトップ。これまではThinkPadをはじめとするノート派だった。でも、 いまはモニタとキーボードを外付けで使っているから安いデスクトップで十分だ。
OSがVistaってえのが少し気になった。中古屋だったから店員が「Vistaダメダメ ですよ」って親切に忠告してくれる。MSの新しいOSはいつもたいてい評判が悪い。 あえてVistaを選んだのは、そのダメダメっぷりを体感したかったから。チュー ニングで機能を外しまくったら多少はまともになるのかな。そこんとこ確かめて みたい。理由を説明したらお店の人も納得。「とにかくエアロは外した方がいい ですよ」とアドバイスしてくれた。本体は省スペースだけど、キーボードはフル サイズ。そのため箱が馬鹿でかい。矛盾を感じる。
ようやくトンネルの出口が見えた。秩父の山奥で迷ったきっかけが分かりかけて きた。人の間違いはわりと正確に分析して指摘できるのに自分のことだと難しい ものだなと、つくづく感じた。
当初は、何が間違っていたか、よくわからなかった。あれもこれも悪かったよう に思え、十数年間積み上げてきた登山の経験はなんだったのかと悩んだ。失敗を 客観的に振り返ることがなかなかできなかった。
沢を降りちゃいけないことは分かっていた。だから、自分としては尾根を下った つもりだった。でも、最後は沢を下らざるを得なかった。なぜか? そこに失敗 の核心部があるに違いない。考えて至った結論は、現在地を特定せずに行動して しまったことが間違いの始まりだということ。
自分のいる尾根がどれで、どのあたりにいるのかが分からなければ、出たとこ勝 負にならざるを得ない。見通しをもたない行動は常に緊張を強いられる。消耗が 激しく、失敗や誤りに陥りやすくなる。
分かってしまえば単純なミスだ。大きな失敗だから、複雑で難しい原因があると いうわけでもなかった。そんな簡単なことに山の中では気づかなかったのは、心 のゆとりがなかったからだろうな。落ち着いて考えるって、難しいけど大事なこ とだと思った。これで山行記録もまとめられる。やっと、立ち直れそうだ。
山野井さんが話をするってんで雨宮さんに頼んで雲稜会の集会に顔を出す。集会 は初めてのはずだけど、知ってる顔が多い。ここでもスキーの話を振られた。山 ヤとしてのアピールが足りなかったんだと大いに反省する。
グリーンランドのビッグウオールを登った山野井さんの話は登攀そのものよりも、 壁を探すアプローチの方が興味をそそった。誰も知らない山、誰も知らない壁を どうやって探し出すのか。地味だけれど、登山を深く楽しむためには参考になる 話を聞くことができた。山野井さんの話はもちろんだけど、桃園会館にも感動し たなあ。
きょうで雨宮さんとはしばらくお別れだ。気軽に相談できる山の師匠が身近にい なくなるのはつらい。でも、いつまでも雨宮さんに頼っているわけにはいかない ことも分かっている。いろいろ教えてもらったけど、一番大きかったのは山ヤの 心意気だ。いつも登山者や山岳会がどうあるべきかの原理原則をきちんと示して くれた。
雨宮さんの話から山の世界を学んできた自分は、山ヤなら高いモラルを持つのが 当たり前だと思っていた。でも、最近そうでないのもいることが分かってきた。 よく雨宮さんは「いい道具ばかり使っていると、それがいいものだとは分かりに くいもんなんだよ」と話していた。優れた山ヤとたくさん知り合えたことに感謝 しなくちゃいけないとやっと気づいた。雨宮さんの代わりは、とてもできないけ ど学んだことはできる限り、若い世代に伝えていこうと思う。
いよいよ雨宮さんが沖縄に引っ越す日が近づいてきた。24日は市谷で「励ます会」 なるものが開かれた。えらい人がたくさんきていて、場違いなところにきてしまっ たかなと思ったけど、ごぶさたしていた山仲間に会えてうれしかった。雲稜会の 若い人たちからも声をかけてもらい、忘れられていなかったんだとありがたかっ た。でも、みんなぼくのことスキーの人だと思ってた。心外だ。すべてエクさん がいけないんだ。
「励ます会」での雨宮さんのあいさつ
本当はこんなに大勢くる予定じゃなかったので、会場にくるまで気が重かったのですが、これで区切りがついて別のことができるかなと思うようにしました。山を通じて知り合った人が、ぼくの財産です。長くやってよかったのは大勢の人と友達になったことです。
沖縄は1月までペンションをやっていたうちで、2人で住むには広すぎます。きていただいたら大歓迎です。食い物は山といっしょですが、とりあえず何か出します。沖縄のうまいものも見つけておきます。沖縄の山の人も紹介してもらいました。友達も広げていきたいと思います。
いつ帰ってくるか分かりませんが、そのときはまたよろしくお願いします。本日はありがとうございました。
山に行く準備をする。あまり情報のないルートだから、不確定な要素が多い。こ れだけ仕込みに手間をかける山は、久しぶりかな。装備を切り詰めて軽量化を図 るから、その分はかなり身を削ることになりそう。1人はつらい。相棒がほしい ところだが、ことごとく振られた。まいったなあ。せめて天気くらいはよくあっ てほしい。
『前衛』という雑誌に大日岳訴訟の記事を書いた。普段の原稿はせいぜい1500字 だが、今回は7000字もある。これはいくらでも書けると喜び勇んで関係者から話 を聞きまくった。ところが、事の成り行きを初めから説明しようとすると、すぐ に字数は埋まってしまった。何度も何度も遺族から話を聞いたのに、文章にして みたら甚だ心許なかった。思っていることの半分も表現できず、力不足を感じた。
ついに、ガスを止められた。でも、料金未納ってわけじゃない。ガスの保安点検 を先延ばしにしていたら、実力行使されてしまったのだ。昨夜、帰ってきたらガ スが出なくて慌てた。朝、電話したらすぐにガス屋の兄ちゃんが飛んできてくれ、 無事復旧した。めでたしめでたし。
点検は任意だと思っていたら、そうじゃなかった。ガス湯沸かし器で死亡事故が 問題になってから厳しくなったんだそうだ。ガス屋の兄ちゃんは「手荒な手段を 使わざるを得なくてすみません。事故が心配ですから」と恐縮していた。時代は 変わっているんだ。認識不足で申し訳なかった。
ガス器具自体は問題なかったが、湯沸かし器と風呂釜のゴムホースを金属ホース に取り替えた。つなぎめはすべてごついナットの二重締めだ。固定式器具のホー スは金属製にしないといけなくなったのだそうだ。ユーザーが勝手に拾ってきた ガス器具であっても事故が起きればガス屋の責任が問われるからだ。だから、簡 単には外せない構造の金属ホースを使うのか。もちろん交換は無料。
これを1軒1軒やるのは結構大変な作業だ。ここまでやる必要があるのかとも感じ たけど、何人も死んでいるからなあ。機器や設備の改良で誤使用を減らすことは 合理的な事故防止策だ。安全は言葉や心構えではなく、どう現実を改善するかに かかっている。人の命を守るというのは、そういう面倒な仕事の積み重ねなんだ なあと思った。
小川山で採ったキノコを昨夜食った。ヤマドリ系に間違いはないが、ヤマドリタ ケモドキか、ドクヤマドリかが紛らわしく現場では同定し切れなかった。それで、 じっくり調べようと持ち帰って図鑑とつき合わせた。ドクヤマドリは傘と柄の上 部が青く変色するらしい。ならばこのキノコはドクヤマドリではなさそうだと当 たりをつける。しかし、ヤマドリタケモドキにしては柄に網目模様がない。断定 する自信はない。
普通のキノコなら、これで納得しただろう。しかし、ヤマドリタケモドキとなる とこれだけでは収まらない。おいしいキノコは(1)香り(2)味(3)食感のどれかが 優れているものだ。ところが、三要素とも優れているキノコは意外と少ない。自 分が知る限りではヤマドリ系くらいだ。ヤマドリなら焼いても炒めてもおいしい。 だから多少の危険を冒しても最後まで見極めたいと強く思った。限りなくそれら しいキノコを目の前に、試さずにはいられなかった。
柄を薄切りにして塩を振り、ステーキにしていただいた。イグチ特有の香ばしさ とサクッとした食感、ほんのりとした甘味は間違いなくヤマドリ系だ。ただ、採 集してから2日たったためか味と香りは弱かった。一夜明けても体調に異常なし。 今朝は、オーブンで焼いて食った。これもいけたし、腹が下ることもなかった。 これで、少なくともドクヤマドリではなかったといえる。
そうはいっても、体を張ってキノコの種類を調べるのは、やはり愚かなやり方だ と思う。できれば、なるべく理性的な方法で解決したいものだ。でも、ヤマドリ の魅力に理性が飛ばないようにできるか、いまは自信がない。
大日岳訴訟の和解が26日に成立した。初めて取材したのは2003年1月だったから、 4年半かかわってきたことになる。初めのころは書くのに四苦八苦した事故の概 要が、いまは暗唱できるほどになった。素人だった裁判取材も、それなりの観点 を持って書けるようになった。
率直に言って、遺族の内藤さんと溝上さんの執念に引きずられてきた部分は大き い。でも、性根を据えて取材したことで、たくさんのこと学び鍛えられたのは事 実。感謝すべきは自分の方だと強く感じている。内藤さんと溝上さんに「いい記 事をありがとうございます」といわれるたびに身が引き締まる思いをした。
裁判という区切りはついた。けど、山記者としての出番はこれからだと思ってい る。金沢にいけなくなるのは残念だけど、もうひとがんばり、ふたがんばりしよう。
大日岳訴訟とは
2000年3月、文部省(当時)登山研修所の学生冬山リーダー研修会で起きた死亡事故の責任をめぐって遺族が国を相手に損害賠償を求めた裁判。富山県の北アルプス大日岳(2501メートル)頂上付近で、27人が講師の指示に従って雪庇の上で休憩していたところ、崩落して11人が落ちた。9人は自力で戻ったが、東京都立大学2年の内藤三恭司さん(当時22)と神戸大学2年の溝上国秀さん(当時20)の2人が死亡した。
しかし、文部科学省は「事故は予見不可能で不可抗力」とする事故調査報告書を一方的に発表すると、遺族に「国にいっさいの責任はない」として謝罪を拒否した。02年3月、2人の学生の両親は、このまま事故が風化したら同じ誤りが繰り返されると富山地裁に国家賠償を求めて提訴した。06年4月、同地裁は国の過失を認めて遺族側全面勝訴の判決を下したが、国は控訴した。控訴審の名古屋高裁金沢支部は07年3月、国側の証人申請を却下して結審。和解を勧告した。
成立した和解内容は▽国は遺族に和解金を支払う▽安全な研修登山をするための検討会をつくる▽文科省の担当責任者が遺族におわびをする−というもの。遺族の要求を全面的に受け入れた勝利和解となった。
左ひじが痛む。原因ははっきりしている。懸垂のやりすぎだ。今年は久しぶりに 本チャンをやろうとトレーニングを始めた。最初は5回がやっとだったのに、調 子が出てきたので張り切って増やしたのがいけなかった。
初めは気にもとめなかったものの、だんだん痛みが激しくなって、これはまずい と中断。1週間くらいで痛みが引くも、再開したら再発した。ひじを温かくして いれば和らぐが、冷房などで冷やすと痛みが増すことも分かった。長袖で通して 数日、いくらか痛みが和らいだので懸垂してみる。お、調子いいじゃん。と思っ たら、翌日から痛くなった。ダメじゃん。
今度は保温用サポーターをしてみる。これも効果があった。でも、今度はおとな しくしていようと固く決意する。完全に治るにはまだ時間がかかりそうだ。
ネットで調べたら、どうも軽い腱鞘炎らしい。ただ、ほかの病気ということもあ りえる。念のために医者に診てもらうのがよかろう。スポーツ医を探したら同じ 町内に吉見整形外科があった。
さっそく診てもらうが、痛みが治まってきたので、傷んだ個所がはっきりしなかっ た。「症状がはっきり出たときの方が分かりやすい」と先生はいう。無理に傷め てまで特定したくはない。結局、病名は特定できず、治療もなしとなった。でも、 診察には満足した。骨に異常がなくて安心できたし、医師のレベルや診療所の様 子が分かったからだ。クライミングをしているといったら先生はすぐに食いつい てきて、前穂の下りで落ちて死にそうになったことがあるという話をしてくれた。 うーん、信用できる先生だ。
関西方面に出張した。新大阪駅で回送車両として黄色い新幹線がホームに入って きた。「ドクターイエロー」と呼ばれる検測車T4だ。うわさには聞いていたが 見るのは初めてだ。一気に鉄分が上昇する。これは写真に収めなきゃとデジカメ の入ったザックに手をかけた。
待てよ。これくらいなら、携帯電話のカメラでもいけるんじゃないか。電車が通 過する前に撮らなくちゃと、急いでカメラならぬ携帯を構えるが、初めての携帯 撮影は操作に手間取り、なかなかカメラモードにならない。それでも通過中に1 カットだけ撮れた。さすが携帯カメラ、使えるじゃん。と思ったらT4はホーム 中ほどで停車した。
今度はじっくりとフレーミングを決めて2カット撮る。周りを見回すと同様にし て携帯を構えた男性が数人いた。お仲間がいてうれしくなる。
撮った写真の出来栄えを確かめるには計算機でのチェックが必要だ。外部メディ アがない今は、メールで転送するしかない。実は携帯メールも初送信。さすがに 高速移動中の新幹線車中からは送れなかったが、西武線ではOKだった。静止し て送れば1分もかからない。
画像解像度は最高で1600×1200ピクセルあり、画質もまあまあ。紙面で十分に使 える大きさだ。いままで数分かかっていた送信は抜群に速くなった。デジカメか ら計算機に取り込む手間もない。これなら、わざわざ計算機を使う必要はないか もしれない。今までパケット通信の設定でさんざん苦労してきたのはなんだった のか。むなしくなってしまった。
しかし、だからといって携帯写真で仕事ができるだろうか。報道という仕事を携 帯なんかでやっていいものか。他社と横並びで撮影するときに携帯で勝負できる か。はっきりいって、ちょっとまだ、そんな根性はない。せいぜいコンパクトデ ジカメまでだ。間もなく、そういう現場がやってくる。名を取るか実を取るか。 悩ましいところだ。
死亡事故を起こしたとき、リーダーは家族に対してどういう態度を取るべきかに ついて、雨宮さんから詳しい話をうかがった。
「『命を返してくれ』と家族からいわれても、謝るしかない。過ちを率直に認め、二度と同じ過ちを繰り返さないようにしますと誓う。そして、自分の登山人生をかけて一生努力するしかない。それが事故を起こしたものの努め」と雨宮さんはいう。
言うは易し、行うは難し。事実、責任逃れをする会も多く、家族とトラブルになっ たり、会が分裂したりする例がたくさんあったそうだ。死亡事故など、そうしょっ ちゅうは起きない。だからこそ、会やリーダーの資質がそこで試される。山ヤの モラルが、社会に問われるときだ。
自分自身はまだ、重大事故を起こした経験はない。だけど、引率して怪我をさせ たことはあるし、相棒をかばって自滅したこともあった。危険に対する見通しの 甘さがあった。もう少し、道具を整備していれば、無理をさせなければ...など 次に事故を起こさないために反省すべき点を必死で考えた。
ただやはり、リーダーや講師を務めるのは辛い。その後は、単独行ばかりで、引 率や教育的なものはほとんどなくなった。今考えると責任の重さに逃げていたの かなあと思う。
岩登りの手ほどきをした後輩が事故ったときは、登山学校がちゃんと面倒見ない からいけないんだと思いたかった。だけど、それで自責の念から逃れられるもの でないことも分かっていた。
どうしようか、ずっと考えていたけど、ようやく決意が固まった。仲間と切磋琢 磨する山登りをめざそうと。いまやれることは、それしかないから。
今月末までに、新携帯で計算機から送信できるようにしたいとがんばってはみた が見通しは暗い。PacketWIN用ケーブルのドライバは実行形式なのでWin98上では 「OSが対応していない」というエラーがでて終わり。そこで、Win98に対応した PacketOne用ケーブルのドライバを無理やり突っ込んでみる。散々失敗した挙句、 やっとモデムとして認識させた。ドライバは、モデムとUSBコントローラ、通信 ポートの3つが必要。デバイスの自動認識では「不明なデバイス」となってうま く組み込めないので、種類を明記して認識させるのがポイント。ここまではなん とかたどり着けた。
auのPacketサービスに対応しているプロバイダはまだ少ないが、@niftyが提供し ていて助かる。ダイアルアップの設定をして、通信を開始。しかし、返ってきた のはサーバーが応答しないというエラーだった。ガックリ。考えられるのは端末 が下位互換ではなくPacketOneに対応していないということ。WINのケーブルを Oneのデバイスでごまかそうとしたことでの不具合なら、値は張るがOneのケーブ ルを買えば解決できる。しかし、端末自身がOneに非対応だったとしたら完全に アウトだ。読みが浅かったと反省。ただ、自分にもハッカーの意地がある。もう 少し、粘ってやろうじゃないか。
携帯端末用のウェブサイトに興味がわいたので試しに作ってみた。言語はC-HTML を使ってみた。EZ-WebはXHTMLが標準らしいが、いま作っているサイトとの互換 性があまりないので敬遠した。計算機の広い画面に比べると、携帯の小さな画面 は詰め気味にした方が見栄えがする。ただ、段落を表す<p>タグでは単純 に改行されるだけ。間に空白行を入れて、段落らしさを出すためにはさらに、 <br>を追加する必要がある。構造上は美しくないやり方だ。もう少し携帯 サイトの研究してみよう。
ポータビリティー制度を使って昨日、携帯をドコモからauに乗り換えた。山で使 えそうだという見通しをつけたからだ。
山で使える携帯といえば、これまではドコモだった。かなり山奥まで基地局が整 備されていたからだ。しかし、それは消えていく運命にあるmovaの話。movaの通 話エリアが今後、増えることはない。では、いま主流のFOMAが将来、山岳地帯を カバーするかというと、それも期待できない。周波数帯が1.2GHzなので800MHzの movaより電波は飛ばないからだ。
1カ所の基地局とだけ通信を行うドコモに対してauは、3カ所を同時にとらえるこ とで弱い電波でも通信できるCDMA方式だ。周波数帯も800MHzでFOMAよりは飛ぶ。 通話エリアが整備されてきた現在では、山でもドコモ並に使えるのではないかと 考えた。事実、根子岳ではドコモよりauの方がよく通じた。地元・菅平の人は 「ドコモはダメ」といっていた。いまの通信機は5年以上使っていて、電池もだ いぶへたってきた。替えるならいまだと決意した。
目下、最大の問題は計算機とつないだau端末で写真や記事を送ることだ。購入し て初めて分かったのは、最近の機種はASYNCもFAXも対応しておらず、できるのは パケット通信のみという事実。ガーン。しかも、いま主流のPacketWINは、Win98 には対応していない。付属のUSBケーブルを使うためのドライバもWin98未対応と きた。Win98で使用できるPacketOne用のUSBケーブルCは13000円! もする。どう する。この難題を解決できるか。世の不条理に立ち向かう真のハッカーとしては、 これは何とかせねばなるまい。
実は、いままで携帯は電話およびASYNC通信端末としてしか使っていなかった。 メールもウェブも縁はなかった。今回は新たにそれらのサービスも申し込んだ。 メールアドレスも取った。でも、まだ使い方がよく分からないし、優先課題がほ かにあるので、現状ではたとえメールがきても返事を出すことはできそうもない。 そういうわけだから、しばらくは携帯メールのアドレスは秘匿します。
仕事から帰る途中、東映橋の近くでカモを見た。橋の下の白子川では、よく泳い でいるからカモ自体は珍しいわけではない。しかし、それが道路をヨタヨタと歩 いていたとしたら話は別だ。しかも夜の9時過ぎに。車が近づいたので慌てて駆 け寄り、道の端に誘導した。1メートルまで近づいて追い立てても、飛ぶことな くヨタヨタと走るだけだった。
何かの間違いで道に舞い降りてしまったのだろうと思って、しばらく観察する。 しかし、その後も悠然と道の真ん中を都営団地の方に歩いていく。この時間帯は ときどき車が通る。はねられたりしたら夢見が悪い。少し間を置いて後から付い て行く。逃げるわけでもなくフラフラ歩くさまは、どう見ても散歩だ。公園の草 むらに近づいたり、白子川の縁から川をのぞき込んだりするから、ねぐらを探し ているのかとも思ったが、すぐに道の真ん中に戻って歩き出す。
ときどき自転車などで通りがかる人がいるが、カモはまったく気にしていない。 カモに合わせてノロノロと歩くこちらの方が怪しげで、ばつが悪い。でも、車が 心配なので目を離すわけにもいかず辛い。しばらく散歩に付き合う。
次の橋までくると、やっとカモの存在を見つけてくれる人が3人ほど現れた。 カモの散歩を「珍しいわよね」「逃げないね」と注目してくれる。お目付け役を バトンタッチして家路についた。それにしてもあの場所は以前、タヌキを見た。 きょうはカモ。次は何がでるか楽しみだ。
ホリミネラロジー(旧鉱物科学研究所)にアクリルケースを買いに行った。ここ のところ身辺整理の一環で標本類の整理に力を入れている。かなりたくさんの石 を切り刻んでケースに入れたので補充が必要になった。なかなか標本を収める、 安くて良い小箱はない。たくさん買うと安くなる堀先生の店はありがたい。
てっきり日本製だと思っていたら、フィンランド製だという。製造者のフィンラ ンドのおっちゃんは冬の間にコツコツと作りためておいて夏はバカンスを楽しん でいるそうだ。「夏に注文しても『今は仕事をしないから冬まで待て』となるん ですよ。フィンランドじゃ、アリとキリギリスの話は通用しないんです」とIさ んは笑う。いまは品切れのサムネイルボックスは米国製。前の経営者が会社を売っ てしまったんで仕入れが途切れてしまったのだ。もちろん両製品とも完成度はか なり高い水準にある。質を問わなければほかにもあるらしい。それにしても、そ んなに市場が狭いものだったのかとびっくりした。どこでも売っていると思った ので意外だった。
先日、スポーツ部で歓送迎会を開いた。しかし、移動した当人が渋谷で起きた爆 発事故の取材で参加できず、歓迎会だけになってしまった。弁当だけでも渡そう と考えていたが、22時近くになっても戻ってこない。ずっと張り付きじゃ腹も減 るだろうと、現場へ届けにいった。
写真部のときは、こうしたサポート係をときどきやった。事件事故取材から離れ て久しいが、たまには現場の空気に触れるのも悪くない。幸い、ちょうど仕事が 終わるとこだったので、首尾よく届けることができた。予想通り記者会見場に缶 詰状態で、昼過ぎから何も食ってなかったという。事故取材は仕事といえども辛 いものがある。多少なりとも役に立てたことがうれしかった。
驚いたのは、こっそりと出かけたつもりだったのに、翌日にはみんなが知ってい たことだ。「美談として話題になってるよ」ともいわれた。あまり大げさにして ほしくないんだけどなあ。
「どこかで切り替えないと、いつか死ぬのかな」。久しぶりに電話で話したY氏 は、Nさんの事故に触れていった。山の仲間が死ぬのはもちろん悲しいが、それ 以上に、突きつけられた現実の厳しさにはもっと悲しいものがある。いつまでも 現役でガンガン登れやしない。そんなこと分かっちゃいるが、そう簡単に自分の 中で折り合いがつけられるものでもない。
しばらく山師に鞍替えしていたが、ときどき、命を削るような山行をしてみたく なる。血が騒ぐんだよね。やっぱり、おとなしくはしていられないみたいだ。で、 岩登りに気合を入れ始めていたところだったんで、出端をくじかれた気分。それ でも、もう後戻りはできないと、開き直って山に行く。しかし、悶々としたまま 岩場に取り付いても楽しくはない。まいっちゃった。どうしよう。とりあえず部 屋の掃除をしようか。
あれは、数年前のこと。鉱物産地を探して奥多摩は白丸ダムの上流、右岸の遊歩 道を歩いていたときのことだった。水面に何かの影が動いたと思ったら、巨大な 鳥が水面を滑るように飛び、こちらに向かって音もなく、真っ直ぐ近づいてきた。 そいつは、10メートル位まで近づくと上体を起こしてブレーキをかけた。鋭い眼 光でこちらを一瞥すると、左右2メートルはある羽を一振りし、覆い被さった茂 みの上に消えていった。
黒茶色の羽に覆われた全身、黒いくちばし、鋭く黒光りした爪、太くがっしりと した足。ワシに間違いない。その威風堂々たる姿に至近距離から接して、しばら くは身動きができなかった。我に返って考えた。東京にワシがいるなんてことは あるのかと。しかしいま、目の前で起きたことは夢でも幻でもない。それでも、 知っている猛禽といえばトンビくらいのものだから、ギャップが大きすぎる、に わかには信じられない思いだった。それほど現実離れした突然の出会いだった。
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菅平湿原
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この遭遇を思い出したのは、須坂市で開かれた「根子岳風力発電を考える市民集 会」を取材したとき。会場にイヌワシの実物大の図が掲げられたからだ。あれは イヌワシだったんだと、このとき初めて知った。これまで何度も自然保護の記事 を書いてきたが、猛禽の存在にはうとかった。鳥が何でそんなに貴重なのか、よ く理解していなかった。自然を守りたいなら、無知でいてはいけないと思った。
取材を終えて菅平湿原にいってみた。観光協会の近くにあるのだが、これまでそ の存在に気付かなかった。菅とうっそうとした木が生い茂る湿原には、真ん中に 遊歩道がある。ウグイスとカッコウがそこら中で鳴いていた。ついでに寄った菅 平自然館には、岩石とともに若干の鉱物展示もあった。なるほど、このあたりか ら出るわけだ φ(..)メモメモ。
これまで、あまり仕事のことはふれてこなかったけれど、今回は菅平が絡んでい るので特別に書く。
5月19日、根子岳風力発電計画の現地調査に参加する。峰の原の集会所前に集合 したのは地元・峰の原や須坂市、上田市の同計画を考える連絡協議会のメンバー。 ガスがかかり今にも降り出しそうな天気の中を出発した。牧場の柵に沿って進む と見覚えのある景色が現れる。奥ダボス最上部のリフト小屋だ。
冬は何度もきて見慣れた景色だが夏は初めて。柵で仕切られていることや牛がい ることなど、冬とは微妙に違う。冬はまっ平に見える雪原も、実はかなり傾斜が ある牧草地だった。それでも、なだらかな斜面に点々と見えるかん木など根子岳 の美しさに変わりはない。今冬は天気が悪くて見過ごしていた風況調査用鉄塔は 避難小屋の少し上、須坂市側にあった。50メートルはかなり高い。計画されてい る大型風車は100メートル。にわかには信じられない。コケモモやクロマメノキ の分布を確認して、この日は下山した。
東京の風力発電会社は根子岳の須坂市側稜線2000メートル前後に16―11基の大型 風車を建てるという。現地を見れば分かるが道路も何もない山の斜面だ。風車の 重さは1基約70トン。道路を造ってそれをトレーラーで運ぶという。ここでそん なことをすれば、エコもくそもない。単なる大型開発だ。
根子岳は毎年欠かさず登っている大事なフィールドだ。そこに巨大風車を建てよ うなんて話は、自分の家に土足で踏み込まれるような気分になる。それは菅平の 人たちが感じているものと同じだろう。絶対に許せない。
9年前、山スキーが初めという友人を誘って根子岳に登った。行きは順調だった が、下りで友人が転倒し足を骨折した。雪が極端に少なく滑りにくい条件だった。 自力下山は無理だ。どうやって下ろそう。途方にくれて携帯をかけまくった。そ のとき対応してくれたのがスキーパトロールの常駐する菅平観光センターだった。 電話してから20分ほどでスノーモービルが到着。手際よく相棒をスノーボートに 乗せ診療所まで運んでくれた。
標高約1900メートルの山中での事故。山岳遭難の救助はそう簡単なものではない。 自分のミスで相棒を危険な目に遭わせてしまったのだから、万一の場合は自分が 担いででも下ろそうと悲壮な決意をしていた。明るいうちに避難小屋までたどり 着ければ一晩ビバークして翌日には下山できると計算もした。スキーパトロール はスキー場内の事故に対応する組織だ。まさか山の中まで、しかも、そんなに早 くきてくれるとは夢にも思わなかった。いつかこのお礼をしたい−。そのチャン スは、いまだと思った。
ストレートに糾弾しても芸がない。問題をどう扱ったら現地の人の役に立つだろ うか。ジャーナリストらしいやり方をいろいろ考えて、反対運動をしている人 が話を聞きにくい推進派や業者、研究者らに取材して問題を考える材料を提供 するという形で紙面に出した。推進派の人や業者は、率直に本音を話してくれ た。この人たち、そんなに悪人じゃないと思った。地方を切り捨てる政治の犠 牲者なのだと感じ、一方的に悪く書くことはできなかった。長い目で見たらこ の計画はまずいんじゃないかという論調になった。
記事を書いてから自分の周りにいる菅平に縁のある人に署名をお願いして回った。 みんなちゃんと記事を読んでいて、自分の意図をよく理解して評価してくれたこ とが一番うれしかった。地元の人たちに各地から記事がファクスで届き、「新聞 に大きく載っているよ」と話題になったそうだ。「日刊紙を読んでいる人が意外 にいるんだね」と連絡協議会の事務局長はいっていた。風車の大家である牛山先 生の言葉も励ましになったという。
個人的な思い入れから取材を始めるのはプロのジャーナリストらしくない気もす る。でも、相棒を助けてくれた菅平の人たちが困っていたら、見て見ぬ振りはで きない。山ヤの信義にかかわる。なんて気張ってみたけど、山がらみでないとな かなかスイッチが入らない方がプロらしからぬかもね。
取材で金沢にいった。帰りは寝台特急「北陸」に乗った。18時53分発の「はくた か」に乗らなければ、東京までその日のうちに帰れない。ひょっとしたら、間に 合うかとも思ったが、金沢駅に着いたら19時半を回っていた。世の中そんなに甘 くない。寝台特急でも使える北陸フリーきっぷを持っているので、B寝台のソロ を取る。駅弁屋は早々としまってしまった。コンビニでサバのすしを買う。
22時、北陸に乗り込む。6号車の2階席だ。個室のドアを開ける。中央の目立つ 位置にいすがある。正確にいうと、壁に張り付いている背もたれとひじかけが、 ベッドに座ったときはいすになるというわけだ。あけぼのソロとは違ってベッド の向きは進行方向に対して横向き。つまり、ふつうの寝台車と同じだ。
この列車にはカードキーなるものがある。巡回してきた車掌に使うかと聞かれた が、部屋を出てうろうろする予定もないので断る。外でたばこを吸われると煙 が舞い込んでくる。ふつうの寝台席のように素通しじゃないからがまんできる が、寝台車も禁煙にしてほしいものだ。個室は禁煙で通路は喫煙可というのは 納得いかない。3月18日のダイヤ改正で特急列車は全面禁煙になるというのに寝 台車はそのままだ。矛盾を感じる。
寝台車は暖房は効いているし、寝間着もスリッパもある。ビバークや夜行バスに 比べたら天国だ。見覚えのある糸魚川あたりまでは外をながめていたが、その後 はぐっすりと寝られた。上野到着は意外に早くて、あわを食って飛び起きた。
GALA湯沢へスキーに行った。スキーは2年ぶり。道具も腕も体力も、さび落とし をしないと菅平にはいけない。出遅れたため、通勤ラッシュの時間帯にスキーを 抱えて電車に乗るはめになる。滑り始めが10時15分になってしまった。
平日だけど結構入っている。でも、学生のボーダーが多いかな。雪は十分あり、 曇りで気温も低いので雪質はよかった。まずはストックなしで練習。緩斜面を何 本か滑って体を内側に倒しこむ感覚をつかむ。なかなかスキーに乗れず、エッジ ングが決まらない。超緩斜面に場所を変えて滑り込む要領をつかむ。この練習は 結構きつかったが、おかげで感覚が戻ってきた。
休憩後12時から後半戦。今度は少し傾斜のある長い斜面を滑る。呼吸がちゃんと できないと長い距離が滑れない。何度も休みながら降りる。情けない。人が少な いので超大回りをしても衝突の心配がなく、良い練習ができる。だいぶ姿勢が安 定してきたのでストックを使ってみる。やっぱり、持った方が美しく滑れた気分 になる。スピードを出せることは確かだが、ごまかしている節もある。正確な フォームを身に付けるなら持たずに練習したほうがいいと思った。
緩斜面でおさらいをして13時30分に引き揚げ、14時4分の列車に飛び乗る。滑っ ている時間は短かったが、運動量は多かった。足の付け根の筋肉が、その後2日 間痛かった。
雨宮さんちの計算機を更新した。タイプは同じIBM(古い!)の中古ノートの ThinkPadだけど、iシリーズからAタイプへぐっと新しくなった。CPUのクロック スピードは約3倍、メモリも3倍。OSもMeからXPへと昇格した。画面の解像度が XGAでやや物足りないものの、DVDの書き込みもできて6万円弱なら十分でしょう。
ドーハから帰って真っ先にいったのが秋葉原てのが悲しい。だけど、システムの 更新にはかなり時間がかかるから、この時期にしかできないんだなあ。マシンを 購入して、必要なソフトを導入して、ユーザー環境の初期設定をして。それから 古いハードディスクから必要なデータを取り出して元の計算機と同様の使い勝手 に仕上げるわけだ。今回導入したXPというOSに触るのは初めてだ。基本的なシス テム構成は2000と同じだが、新しい機能が加わってユーザーの切り替えなど便利 になっていた。
一応、段取りは考えてやるんだけど、結局うまくいかなくて何度も堂々巡りをす ることになる。今回は、メールソフト・Mozilla Thunderbirdのプロファイルの 復元でつまづき、2日がかりになってしまった。MozillaのサイトにあるFAQをちゃ んと読んでから手をつければよかったと後悔した。ウイルス対策ソフトの導入や Windows Updateによるサービスパックの導入もあって2日目もかなり時間がかかっ てしまった。おかげでおいしい年越しソバがいただけたのは幸せだった。
鉱物科学研究所のセールにいった。スロバキア産の擬孔雀石があった。一面が切 断研磨してあって断面には孔雀石そっくりの同心円状の模様があった。なるほど それで「擬孔雀石」かと納得した。
確かに断面の模様は似ているけれど、色そのものはちょっと違う気がする。鉱物 科学研究所のIさんは「孔雀石より青味が強い」という。言われてみればそうか な。「正確に調べるには条痕色を比べるといい」とIさん。「擬孔雀石をすりつ ぶした粉を取っておけば便利だよ」ということで結局買った。商売がうまいよ。 技術講習料としてなら高くはないか。
夕方、職場でS氏が唐突に「みたらしだんごが食いたい」と言い出した。そうい われるとこちらも食いたくなってきた。じゃあ買ってこようかと軽い気持ちでご 近所の高島屋地下に出かけた。しかし、売り場には高級そうな和菓子はあっても、 みたらしはない。
手ぶらで帰るのもしゃくに障ったので新宿駅南口まで足を延ばす。だんごや饅頭 くらい駅前の菓子屋にゃあるだろうと思ったが、これまた当てが外れた。ルミネ とやらにはだんごどころか菓子もないぞ。しょうがない。昔よく菓子を買い出し にいった東口のマイシティの地下にいくか。
改札を出てエスカレーターで地下に降り立つとなんだか様子が違う。食料品売り 場などどこにもなく薄暗い衣料品店ばかりが並んでいる。間取りも変わっている。 あれれ、場所を間違えたかな。しばらく歩くと見覚えのある地下鉄の駅に出た。 間違いない。マイシティはなくなってルミネなんとやらになっちまったんだ。み たらしはどこにいったんだ。
今度は西口のメトロ食堂街に行く。ここでやっと念願のみたらしを確保した。こ このだんごは1本ずつパッケージに入って168円もする。見た目は確かにみたらし だが、これはぼくらの思い描くみたらしとは似て非なるものだ。納得できないが、 背に腹は代えられない。妥協した。
みたらしはどこにいってしまったのか。
昨日、やっと赤旗まつりが終わった。4年ぶりの開催となった今回はスポーツ広 場の要員でフリークライミングのコーナーを担当した。大した仕事はしてないは ずなのに非常に疲れた。事故が起きちゃいけないとずっと緊張していたから精神 的にまいってしまった。自慢じゃないが、責任感が強かったり神経質なタイプで はまったくない。仕事はたいていユルユルなんだけど、山が絡んでくるとスイッ チが入っちゃうんだなあ。
取材の方がいい。次は勘弁してもらいたい。
旅先で買ってきた切りタラと乾燥ゼンマイで夕食を作った。いずれも戻すには一晩水に漬けなきゃならん。手間暇かかるんで忙しい人には使えない食材だ。そう考えるとなんか、すごくぜいたくな食い物のような気がしてくる。
切りタラは戻ったところで水を替え、砂糖とみりんで煮込み醤油を加えて汁気を 飛ばす。
ゼンマイは汁を替えながら3度煮て戻し、水でもみ洗い。アクはうまく抜けたが、身がボロボロになってしまった。水でじっくりと戻した方がよかった。高野豆腐と一緒に出し汁で煮ていただいた。
初めてにしては味加減もちょうどよく、上出来。量が意外に多くなってしまったのは計算違いだったけれど、すごくぜいたくな夕食になった。都市部では手に入らない食材が地方にはまだたくさんある。それは豊かなことだ。
ミズの実も買った。湯がいて食うだけでは芸がないのでパスタ、一夜漬け、醤油 漬けにしてみた。
1日早く、昨日山から帰ってきた。理由は色々あるけれど、里心がついちゃった というわけだ。でも、冷房の効いた建物の中は、まぶしい日差しやセミの声にあ ふれる昨日までとは、あまりにも落差がありすぎて妙に現実感に乏しい。地に足 がついてないような気分で、居心地が悪い。やっぱり、もったいなかったかな。
計算機の設定を頼まれていたため、雨宮さんちに寄る。今回はシリアルを打ち込 むだけの簡単な作業だったのですぐに終わる。計算機のご機嫌もよろしいような ので一安心だ。しかし、OSはサポートの切れたMeなので何とかしなきゃならん。
奥多摩での落雷事故の詳細などを聞く。事故は午前10時少し前、標高800メート ルくらいの樹林帯の尾根上で雷鳴も聞こえずいきなりやられたらしい。寒冷前線 の通過に伴う典型的な「界雷」のようだ。周囲の樹木に焦げ跡など一切なく、落 雷の痕跡は生木が縦に裂けていただけだったという。地元の山岳救助隊も、非常 にまれな事故だといっていたそうだ。山ではどんなことも起こりうるんだと実感 した。
休みだというのに1日中もの書きして過ごす。昨日までは荒川で砂金取りでもし ようと考えていた。でも、まだ暑そうだから、しばらくためていた採集記録を一 気に書く。弟子たちに「レポートは20日まで」といった手前、一応書いておかな いと格好がつかん。でも、発表するのは彼らの記録が届いてから。
ついでに近況をひとつ。最近ヨーグルトに凝っている。もう、3カ月以上欠かさ ず食っている。もともとヨーグルトは好きでよく食っていた。10個近くある鉱物 洗浄用の器はヨーグルトの入れ物を利用している。しょっちゅう買うのは面倒な ので自分で作り始めた。
種類は「カスピ海ヨーグルト」だ。種菌を売っていたので迷わず買った。実は、 3年程前も友人からもらって作っていたが、種菌をうまく保存できずに2カ月く らいでだめにしてしまった経験がある。今回は長期保存の方法も研究して長続き している。
うまく作るコツは「牛乳パックを使わない」こと。牛乳パックは手軽にできるが 雑菌が繁殖しやすく保存に向かない。自分は熱湯消毒した500ミリリットルの蓋 付き容器で培養し、少しずつ器に移して食うようにしている。これなら冷蔵庫で 1週間くらいはもつ。種菌も小さ目の同様の器に密閉して保存している。
それでも一度だけ状態の悪い種菌を使ってすべてをパーにしたことがある。この ときは実験的に冷凍保存しておいた種菌を戻して使ったら見事に復活した。これ で冬を越すめどができた。
牛乳によって出来は変わる。濃いジャージー牛乳だとドロっとした濃厚なヨーグ ルトができる。たまに作って保存用種菌にしている。乳脂肪が多いと濃くなるよ うだ。ヨーグルトは脂肪が好きなのかな。
診療所で再検査の結果を聞く。体重を3キロ落とした成果は、266から95へと劇的 に下がった中性脂肪に表れた。しかし、コレステロール値の方は253で変化なし。 摂取熱量の制限で中性脂肪は減らせるが、コレステロールは体内でも作られるか ら、食事だけでは難しい場合もあるのだそうだ。
じゃあ、薬を使ってコレステロール値を下げるかというと、「酒もタバコもやら ないし、体重も多くない。悪い因子はコレステロール値だけという状態で、直ち に薬を使うのがいいとはならない」と、A先生のお裁きは相成った。ま、灰色決 着ですな。
来年の検診までに、鍛えて3キロ分の筋肉つけとかなくちゃ。
コッヘルがベコベコになった。家で使う分には問題ないが、野飯のとき収納した ガスカートリッジを取り出すのに毎度苦労をする。買い換えようと登山専門店に いったら、すべてチタン製ばかり。お目当てのアルミやステンレスのものは全然 置いてなかった。チタンなんて調理がしにくいし、扱いも難しい。今時の登山者 はお湯ばかり沸かしてて、調理はしないのか? そんな訳で、日ごろ行かないア ウトドア・キャンプ用品を売っている店へ探しにいった。休みの日に渋谷や新宿 の街に行くのはいやだが、やむをえない。
それにしてもアウトドア量販店はどこもに繁盛している。夏山・キャンプシーズ ン直前だからだろうか。とくに靴とテント・シュラフ売り場が混雑していた。靴 に凝りたがる気持ちが分からんでもないが、肝心なのは道具ではなく使い手の技 術。登山靴、トレッキングシューズ、運動靴、地下足袋...それぞれの履物に合 わせた歩き方があるはずだが、登山靴を履いている人の歩き方は押しなべて雑な 気がする。地下足袋・運動靴の人はうまい。道具に金をかけない方が歩き方は上 達するのかな。個人的には夏山なら地下足袋とサンダルの組み合わせがベストと 思うけれど同意してくれる人は少ない。
カラファテで1万円強の高いサンダルを買う。サンダルごときに1万円?という人 もいるが、いいサンダルはいろんなことに使えるし、携行にも便利。もちろんク ライミングもできるしぬれても平気だ。夏の登山はこれ1足ですますつもり。お 店に置いてあったフリークライミング協会が出した安全BOOK『クライミングの事 故から身を守るために』(無料配布版)をもらう。昔出たものより事故事例が豊 富で内容が充実している。「ロープを結ばずグランドフォール」の例は身の毛が よだつ。死ななかった例だが、死亡事故よりリアリティーがあり、真夏なのにふ るえた。事例が充実したということは、それだけ事故が多いってこと。役に立つ 資料でありがたいが喜べない。
あれだけ一生懸命に仕込んだのに、ギャグは不発に終わった。ガックリ。「ハイ、 金一封」といってYくんに渡したまではいいが、その次の展開が読めなかった。 「何、金?本物か。どれどれ」とあちこちからおじさま方が寄ってきて見世物状 態になってしまった。みなさん目がマジで「これで、いくらになるんだ!!」と詰 め寄られては笑いを取る間もない。
「高品位鉱には1トン当たり500グラムの金が...」と説明を始めるも、「説明は いいから、いくらなんだ」とまくし立てる。つまよう枝の先っぽほどしかない金 に、そんなに色めき立つかぁ...。結局、二束三文と分かると潮が引くように散っ ていったおじさま方には、なんだか悲しくなってしまった。取り巻きの迫力に圧 倒されてかYくんは「ありがとうございます。文鎮にでもします」と恐縮してい た。たんに笑いが取りたかっただけとはいいづらくなってしまった。ちょっと手 が込みすぎたかなあ。
連荘で伊豆の金採集。金に目がくらんだのではない。ワールドカップ期間中にわ がスポーツ部に応援にきてくれているYくんに感謝の気持ちを込めて贈り物をし ようと思い立ったのだ。でも、単に金を渡すだけでは芸がない。金をネタにした 文化の薫り高い一発ギャグをかまそうじゃないかという算段だ。
思いつきはよかったんだが、現実は厳しい。肉眼ではっきり分かる大きさの金が 付いた手ごろな大きさの石など、そう簡単にありはしない。雨の中、2時間粘っ てたったの1個だけ。やや大きめで不満は残るが良しとしよう。これを祝儀袋に 押し込んで、表書きに「金」と記せば“「金」一封”の出来上がりだ。
次に、この「金」の価格を推定する。少し能書きたれてギャグに文化の薫りをま ぶす。
住友金属菱刈鉱山(鹿児島県)の場合:高品位鉱で500g/t, 金の時価は2474円/g
肉眼で金が見えただけで高品位鉱とはいえないが、同程度の金が含まれると仮定 すると、70.8gの鉱石には0.04gの金が入っていることになり、その価格は約99.0 円となる。しかし、金の価格は鉱石ではなく精錬された金のものだから、精錬に かかる経費を差し引く。また、現実には金の含有量がもっと少ないと考えられる。 よって、この鉱石に資源としての価値はほとんどないといえる。ただし、自然金 の標本としてなら産地が明らかなので100円くらいにはなると思う。
本日が初日の東京国際ミネラルフェアに行く。金曜日だというのに大した込みよ うだ。移動するのもままならない。みな酸欠気味でアップアップしている。一通 りは回ったけれど、安っぽい宝石のアクセサリー屋が繁盛していて、標本屋は隅 に追いやられている気がした。標本採集、整理用品を探したけれどほとんどなかっ た。
それでも買い物はした。益富地学会館と紀伊国屋で書籍をごっそりと買い込んだ。 あと益富地学の麦飯石も。石は研磨用のひすいとボルダーオパール。オパールは どう研磨したらいいのかよく分からん。どうせ最初は失敗するだろうから、小さ くて安いものを選ぶ。
特別展を見ていたら、濃緑色ガラス光沢でもこもこした結晶の鉱物があった。日 三市で見つけたものと質感がそっくり。ラベルには「珪孔雀石」とあった。なる ほど、そうだったのか。
西友で山ウドを買って食ってみた。なりはでかいがアクが強く、そのままではと ても食えた代物ではなかった。やっぱり、角館で買ったものの方が鮮度がよく、 風味もあった。スーパーで買ったものを本物の山菜と思ってはいけない。
再検査の結果を聞きにいったら、だめを出された。コレステロール値256、中性 脂肪266と数値はかなり高い。「運動不足と栄養の取り過ぎ」と医者はいう。ショッ クだ。最近、節制してなかったからなあ。天せいろ何度も食うぜいたくもしたし。 「薬を飲むか、頑張るか」と迫られ、「頑張ります」と答えたものの展望はない。 とりあえず減量するか。
角館で山ウドを買った。持ち帰ったらうまくはないだろうなと思いつつ、夕食時 に生でかじるってみる。葉先はかなりアクが強かったが、根元はまったく苦くな い。これなら、売っている物としてはかなり上物の部類だろう。山菜は鮮度が落 ちると苦みが増す。山ウドは特にそうだ。さっと湯通しして、一束分をすべて食っ た。うまいとはいえないけど、わずかな苦みと山ウドの香りが春らしかった。忘 れていた味を思い出す。旬の山菜食うべし。
久々にモッツァレラチーズを買った。国産チーズは安心して食べられるし、結構 おいしいのだが、残念ながら極めて種類が乏しい。そんな中で10年程前から登場 したモッツァレラががんばっているのはうれしい。みんなにたくさん食べてもら い、定着させたい。そのために、手軽においしく食べられる方法を色々研究して いる。
モッツァレラは淡白な味だから何をつけても食える便利さがある。サラダに混ぜ てドレッシングをかけて食う例がよく紹介されているが、ワンパターンでおもし ろくない。菜っ葉とチーズをいっしょに食って何が楽しい? とも思う。
そんな訳で、いつもは味噌をつけて食うのだが、今回は先日、下田で買った塩辛 があったので、これを試してみた。うまいよ。これも。ちょっと塩辛の量が多かっ たけれど。海の幸と山の幸の調和というか、同じタンパク質が発酵した食品とい う取り合わせの妙か、相性はいいと思う。
雨の採集を体験して、やっぱり長靴がほしいと思った。山登りができて耐久性のあるゴム長を探す。ちょっと高いけれど、フランスの乗馬や農作業用ゴム長の老舗で、近場で手に入る物にAIGLEが引っかかった。
さっそく品ぞろえが豊富な原宿の直営店にいく。ソールの硬さやパターンの種類がたくさんあって、どれがいいのか迷う。店員もそのへんの微妙な差は分からないようで、デザインの違いを親切に説明してくれる。知りたいのは使い勝手の違いなんだけど、実用品として買いにくる客は少ないんだろうな。登山専門店とは違うんだ、ここは。
そ―るも大事だが、靴は足型が合うかどうかが一番肝心なところ。フランス製だからあまり期待をしていなかったんだが、結構ピタッとくる。あえて難点を挙げれば、やや甲がきついかなというくらい。履き心地は非常に軽い。やっぱりゴムは違うなと実感する。足首の締まったやつをインナーと一緒に買う。
夜には雨が降った。でもしかし、とても街場ではもったいなくて履けなかった。
デジカメを買いに秋葉原にいった。ところが、お目当ての店は二つとも棚卸で休 み。ほかの店を回ったが、午前10時ではどこも開店前だった。登山用品店に靴ひ もを買いに行くと、ここも開いてない。秋葉の朝は午前11時(平日)なのか。せっ かく早起きしたのに...。
コーヒー飲んで時間をつぶし、Y氏の計算機(IBM Aptiva 2197-DM)用増設メモ リ(168pin pc133 SDRAM 128M)を探す。動作保障の付いた純正品は1枚7000円も する。怪しい中古なら1280円。迷わず中古をゲット。動かなくてもこの値段なら あきらめもつく。駅がきれいになったことに初めて気付く。秋葉じゃないみたい。
甲子園取材2日目は雨。試合開始10分くらいから本降りになり、11時を少し回っ たところで中止が決まった。急いで京都の益富地学に向かう。本日はまず図書室 に直行する。ガイドブックのたぐいはほぼ完璧にそろっている。鉱業関係の資料 や雑誌のバックナンバーもある。今回は特に目的の資料があったわけではなかっ たので、『鉱物採集の旅』シリーズにいくつか目を通す。
展示室に上がると子どもたちがにぎやかだ。北海道・東北地方の鉱物コーナーが でき、展示が少し変わっている。黄緑色の尾去沢石尾去沢石もある。本物にお目 にかかるのは初めてだ。三川鉱山で採集したものはやっぱり尾去沢石でよかった んだ。いつものように武村先生のマンガン鉱物をじっくりと観察する。ハウスマ ン鉱のサンプルは「なるほど」、カリオピライトは「微妙」、炭マンは「さっぱ り」といった印象を持った。炭マンってどこでも出るし、他の鉱物と混じってる ことが多いし、色もさまざまなんだもん。やっぱり、次の観察会は参加しようか な。
という訳で、たのんで次回の採集会をやる吉兆鉱山のサンプルを見せてもらった。 出てきたのはカリオピライトに炭マン...地味系か。好き嫌いをいっていては精 進できないし、いまさら遠慮しますともいいずらい。、「前向きに検討したいと 思います」。ああ、われながら情けない答えをしてしまった。
諸般の事情で今回は尼崎に泊まる。移動に20分かかるのは辛いが、近くに商店街 があるのはうれしい。結構いい街で気に入った。
調子が悪かった職場の計算機で、ウインドウズの怪しいプロセス「KB891711」を 停止させる。こいつはMSが出した正真正銘のセキュリティーパッチなのだが、 OS本体が落ちるという致命的な不具合があるらしい。修正プログラム自体がバ グなんていう中途半端な対応は、いかにもMSらしい。
しかし今回は、人ごとではなく、笑って済ませられない。こいつのおかげで計算 機がすぐに落ちる原因不明のトラブルに泣かされ、解明に3カ月振り回された。 どうしてくれるんだといいたい。
だいたい、毎回起動時に呼び出されて、プロセスに常駐するパッチなんてふつうあり得ないだろう。ウイルスかと思ったぜ。ま、仕事のじゃまをしまくる点はウイルス並みかも。捨ててやりたい!ウインドウズ98。
WBC帰りのKさんからもらったお土産は、メキシコのキャラメル。固まってい ないドロドロしたやつを紙に包んである見慣れない食い物を、恐る恐る口に入れ たのだが、これが結構いける。クルミが混じっていたりして想像以上にうまい。 なんとなく味噌味がして美味。
WBCの決勝は米国カリフォルニア州のサンディエゴで行われたのに、どうして メキシコ土産なのか。それは、USAにはろくな食いものがないからだ。なんせ BSE野放しの国だからね。「ビーフは食うな。ひき肉はもっと怪しい」とチキ ンばかりを食うなど苦労したらしい。そんなわけで、お土産を求めて国境を越え たんだそうだ。怖い国だぜUSA!
NHKが鳴り物入りで宣伝してたドラマが昨日終わった。井上靖の小説のリメイ ク版というふれ込みだったが、同じモチーフを使った別のお話という感じ。ドラ マにリアリティーを求めてはいけないと思いつつ、現実にはありえない部分をい ろいろとほじくって楽しませてもらった。
ある人は「主人公がクライマーらしくない」と憤慨していたが、山登りのシーン が美しかったのでまあいいじゃないの。でも、多くの人から「なんですか。あの ラストは」と抗議を受けた。何でぼくにくるの?
雨宮さんちのパソコンが調子悪いというのでチェックしにいく。先日増設したば かりのメモリが粗悪品だった、という可能性も一応あるからね。
電源を入れてみると、たしかに挙動がおかしい。「winlogが起動できませんでし た」というエラーメッセージが出る。IMEツールバーが出たり引っ込んだりする。 スタートメニューからの操作は異様に時間がかかる。何もしないのにハードディ スクが常にカラカラと動く。などなど、怪しさテンコ盛りだ。
とりあえず、タスクマネジャーで実行中のプロセス確かめると、「winlog」 「anti_troj」が2つも立ち上がっている。ほかにも怪しいのがもりもりある。思 いっきりウイルスにやられてるよ。必要最低限の「Explore」「Systray」を残し て殺す。フリーのウイルス対策ソフトを入れてみるが、さっぱり効果なし。「ウ イルスバスター2006」お試し版をインストールしようとしたら、さっそくトロイ の木馬型ウイルスが見つかった。でも、駆除やファイルの削除はできなかったと ぬかす。根性なしめが。結局うまくインストールできず、ソフトによる駆除の試 みは失敗に終わる。
このままじゃ終われない。トレンドマイクロのサイトから「ウイルスバスターオ ンラインスキャン」をやってみる。ちょっと時間はかかったが検索が始まった。 ホッとしたのもつかの間、システムフォルダから次々と感染ファイルが見つかる。 種類は「WORM.BAGLE」「TROJ.BAGLE」。亜種も併せると10種類くらい。おまけに 復元ポイントにまでウイルスがとり込まれていて、感染ファイルは400個以上に なった。これじゃウイルスの巣窟だ。まっとうにお仕事ができるはずがない。
困ったことに、ほとんどが駆除ツールの使えないワーム。手動で削除するしかな い。トレンドマイクロのサイトにあるウイルス情報をもとに1種類ずつ同定。シ ステムにあった40個くらいの元凶ファイルを特定して、つぶしていく。蚤取りみ たいで消耗する作業だ。
起動時にウイルスが読み込まれないようにレジストリを直して再起動。もう一度 ウイルスチェックをして感染ファイルが残っていないことを確認する。ここまで やって、やっと素直に起動・終了するようになった。たぶん、これでウイルス駆 除はうまくいったろう。午後8時から始めた作業が終わったのは0時近くだった。 まだ、ウイルス対策プログラムの導入やスパイウエアのチェック、いらないゴミ ファイルの撤去など、やらなきゃいけないことはあるが、本日はこれで勘弁して もらう。
教訓をまとめると
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ニホンオオカミのはく製
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「ニホンオオカミ」(山犬)が上野動物園にやってきた。といっても生きてるや つじゃない。戌年にちなんで和歌山大学と東京大学に保管されているはく製を展 示しているのだ。国内で残っているのはあと国立科学博物館だけ。海外でも2カ 所だけという貴重なもの。これはぜひ見なくちゃと勇んで乗り込んだ。
平日なのに動物園はとってもにぎやか。パンダや象には目もくれず、一目散に西 園のズーポケットに直行する。建物に入るとすぐそれはあった。山犬と感動の対 面だ。三峰神社の博物館で何年か前に毛皮をみたときは、大きさに驚いた。写真 は見ているが、実物はやっぱり大きい。犬じゃない。これは狼だわと思った。毛 皮の色は白茶けた黄。色が抜けたのかもしれないが、三峰のと同じだ。丸っこい 頭などの姿形は、三峰神社の狛犬とそっくり。間違いなく山犬だと感じた。
2体の内、和歌山大学のものは非常に特徴がよく出た標本で、見ごたえがあった が、東京大学の標本はしょぼかった。なんとなく威厳がない。おそらく、復元す る技術が未熟だったのだろう。それだけに、和歌山大学の標本がきわめて貴重な ものだということが分かる。たった600円の入園料で公開するなんてもったいな い話だ。
「かつては日本にも狼がいたんですよ」。ボランティアのおじさんの説明に若い カップルは「エー。そうなんですか。知らなかった」。し、知らないのか。その うえ、「写真撮っていいですか」と携帯でパチリ。おいおい、神の使いである 「お犬さま」に対して失礼だろう。...じゃぼくも...。
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ヤギの襲撃だぁ〜
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多くの野生動物の絶滅には人間の考え方の変化が大きくかかわっている。山犬は 神の使いから害獣になってしまった。しかし、山犬は人間にとっていらないもの だったのかがいま問い直されている。問題は山犬だけではない。熊も鹿も猿もイ ノシシも害獣駆除を続ければ、いつかいなくなる日がくる。今、山犬について知 ることには大切な意味があると思う。
目的は果たした。さて、子ども動物園でヤギでも見て帰るか。奥の方のおりの中 にカモシカの子がいた。なまえは「ごはん」。体はちっちゃいのにちゃんと角が ある。時々、おりに向かって突進もする。腹出まくりで堕落したヤギどもとは風 格が違う。などとカモシカに見いって入たら、いつの間にかヤギに囲まれていた。 あっちこっちから頭をゴシゴシとこすり付けてくる。かなりの力だ。背中のザッ クはヤギの毛まみれになった。たかがヤギとなめてはいけない。今度からたわし を持ってこよう。
動物園を後にして秋葉原にいく。OSなしの中古ノートが5万円か。ハードディ スクも安くなったもんだと中古バルク・ジャンク品を物色する。いつの間にか新 品は買わない主義になってしまった。ビンボーが身についたなあ。 アキバデパートで夕食に「穴子野菜天丼」を食う。
今夜は暖かいなと思って部屋の温度を調べると8℃だった。2、3日前は昼間でも 5℃。夜は4℃まで下がったことに比べりゃ天国だ。立春も過ぎたし春は近いなと、 しみじみ思う。
ずっと前は冬になるとコタツを入れていた。本格的に山登りに取り組むようになっ てからは訓練も兼ねて真冬でも暖房器具は一切使ってない。一時、布団乾燥機で 寝る前に布団を温めていたこともあったが、布団がえらく傷んだのでやめた。さ すがに寒波が厳しい今冬は湯たんぽを導入したが、暖房器具としてはささやかな ものだ。
でも、寒さに耐えるだけの生活は、やっぱり文化的とはいえない気がする。家に 帰ると、創造的な活動はやる気が起こらない。寝ている時間も長くなる。外気と ほとんど気温が変わらないような部屋は室内といえるのかなとも思うようになっ た。年かな。そーいえば、登山家の山野井さんも40になって「寒さに弱くなった」 と嘆いていた。いままでは、「楽をすれば堕落する」と暖房器具の設置はまった く考えなかったけれど、来シーズンは検討しようかなあ。
先日、雨宮さんちの計算機の面倒をみていたら、メモリが64Mしかないことが分 かった。写真表示やワープロの起動が遅かったわけだ。192Mまでは増やせるらし いので秋葉原に行った。考えてみりゃ、秋葉もうでは久しぶりだ。まずはPCユニッ クスの老舗・ぷらっとホームを見てみようとビルの前まで行くが、看板がない。 代わりに12月で店を閉めたという張り紙が...。個性のあるお店が消えたら秋葉 の魅力半減だ。ThinkPadのパーツでお世話になった若松通商もなくなったと思っ ていたら、引っ越しただけだった。ふう、一安心。
メモリを探して怪しいパーツ屋を回る。必要なのはノート用144pinの PC100-SDRAM128Mなのだが、どこも品切れ。だいたい今時100MHzの旧式ノート用 メモリなど普通の店に置いてあるのだろうかと疑心暗鬼になる。で、中古屋に飛 び込んで尋ねると1個だけ残っていた。店員によるとPC100は非常に需要があり、 よく出るという。つまり、3世代以上古くて、メモリが256M以下のノートパソコ ンには、いまだにかなりのユーザーがいるということだ。そう、それで十分なの だよ。だけど、中古で3万円のThinkPad A22mにはちょっと心が揺れた。
♪上野発の夜行列車降りたときから青森駅は雪の中...と歌(津軽海峡・冬景色) の文句にあるとおり、青森に出張してきた。経費節減で、行きは寝台特急「あけ ぼの」。今回は仕事なのでB寝台ソロ(個室)を利用した。プライバシーは保て るが、パズルのようにベッドを組み立てなきゃならないほど狭い空間はまるで 「独居房」のようで好きになれない。そうはいっても、狭い分だけ暖房がよく効 くのは、やっぱりありがたい。寝台車に慣れたせいもあるだろうが、越後湯沢か ら余目間の3時間ほどはぐっすりと寝れた。青森到着は午前10時少し前。明るく なってから狭い個室に閉じ込められているのは辛いものがある。最近、少し鉄分 多くなったかな。
青森で印象的だったことをつれづれに。
退院はしたものの、抜糸はまだだ。それまで、顔も頭も洗うなという。顔はぬれ タオルなどでふけば何とかなるが、髪はどうにもならん。傷口が完全にふさがる まで、雑菌が入らないように水を避ける意義はわかるけれど、10日以上、放って おくわけにもいかんだろうと策を練る。水泳用ゴーグルという手も考えたが、使っ たことが無いから100%リスクを避けられる自信が無い。そこで思いついたのが 水を使わないシャンプーだ。
東急ハンズで探したら2種類あった。使い方も中身も同じようなものだったので 安いほうを買う。さっそく試してみる。髪にスプレーしてよくもみ、ぬれタオル でふき取る。ところが、いくらゴシゴシやっても泡はたたない。タオルを洗うと 水がかなり濁るので汚れは落ちているかもしれないが、なんとなくスッキリしな い。それで、3回くらい繰り返したら、トニックが効いて首筋がひりひりしてき た。どうも納得いかない。しかし、乾くとそれまでべたべただった髪の毛がパサ パサになっていた。そこで初めて効果あるんだと実感した。
秩父鉱山で採集した卒塔婆のような結晶の金属鉱物を鑑定してもらいに鉱物科学 研究所にいった。秩父鉱山産の鉱物ならすぐ分かるだろうと軽く考えて、井上さ ん見てもらったところ「うーん」とうなり、「親分にお願いしよう」となってし まった。ところが、堀先生もすぐには分からない。顕微鏡で詳しく調べてもらっ たところ、硫砒鉄鉱という結論になった。堀先生は「周囲にある(さびてない) 結晶から見て間違いないでしょう。長崎のほうにはこのような形の結晶が出るこ とがあります。秩父鉱山産では初めて見ました。珍しいですね」といってくれた。 そんなに同定に手間がかかるとは思いもよらず恐縮してしまったけれど、自分の 見立てと同じだったのでとてもうれしかった。
やってきました白内障の手術。久しぶりの手術、久しぶりの入院は緊張の連続...っ て訳でもなかった。変わったなと思ったのは代々木病院の入院生活。近代的で合 理的になった。普通の病院みたいだ。看護師は帽子かぶってないし、血圧だ脈拍 だとしょっちゅうあった巡回がなくなったし、がみがみいわれなくなったし...。 でも、病棟全体が静かで活気がなく寂しい感じがしたなあ。
手術は東京医大眼科主任教授の臼井先生が執刀した。白内障では名の通った先生 らしいが、それよりも、ぼくの病歴をよく知っていることの方がありがたい。手 術室に入ると狭いベッドに寝かされ、血圧と心電図を取られる。人差し指にはパ ルスオキシメーターが付けられ血中酸素濃度も測る。ヒマラヤ登山などで高所順 応の程度を調べる高級な機器だと思うとちょっとうれしい。注射がいやだったの で、精神安定剤は使わなかった。いよいよとなっても血圧・心拍数とも全く変化 無く「全然緊張してませんね」といわれた。
目を洗うと手術をする目の部分だけ穴があいた防水布がかぶせられる。その上か ら透明なフィルムが張られて目を強制的に開けさせられる。昔はまぶたが開きっ ぱなしになる注射をしたが、これが今風らしい。次に麻酔。これが毎回痛くて一 番いやだった。今回は不思議と痛くない。麻酔薬を注入するときは相変わらずグ リグリした感じがあるが、注射の痛みは全く無かった。
ここから手術開始。真上に照明の光源がくるので何も見えない。以前、「白内障 の手術はメスがせまってくるのが見えて怖い」という話を聞いたがあれはウソだ。 麻酔が効いているのでどこをどう切っているのかもよく分からない。布の上を流 れる水の感触と先生の指示する声とで、水晶体の削除が終わって洗浄しているな とか、いま縫っているなとか進行具合はある程度予想がつく。ぼくの場合、硝子 体が無いので、通常とは異なる「角膜切開」という方法だったから少し時間が長 めだった。それでも30―40分くらいだろう。
手術直後は糸がチクチクして気になったが、3日で慣れた。手術時に入った気泡 は2日間くらい見えていた。これも3日目には無くなった。「ガスは自然に吸収さ れます」と眼科のT先生は自信たっぷりに言った。なのに、なくなったと報告し たら、「あーよかったぁ」とたいそうな喜びぶりだった。視力は多少改善された が、性能の悪いズームレンズのようなゆがみが出る。「非球面じゃない安物のレ ンズでしょう」と聞いたら、「角膜を縫ったので、引っ張られてゆがみがでてい る。抜糸したら直ります。決して安物のレンズじゃありません」と笑って教えて くれた。
赤貧京都採集・合宿計画の第一歩である「ムーンライトながら」の指定席がめで たく確保できた。最初、インターネットで名古屋までの指定席を予約したら喫煙 席しか取れなかった。ながらは全席指定で名古屋までの指定は3両、残り6両は小 田原までの指定席となる。小田原までの指定だと、そこから先は自由席になるけ れど座っていれば問題ない。名古屋までの指定は狭き門だが、発売1カ月と1週間 前に予約したのに、もう禁煙席(2両)が埋まるとは思わなかった。慌てて代々 木駅にいくと駅員は「ながらは人気ありますからね」と小田原までの指定席で禁 煙席に変えてくれた。事情をよく知っている人で助かった。これで、最大の関門 をクリアした。
この列車、昔からあるが、「大垣夜行」と呼ばれすべて自由席だった。学生だっ た25年くらい前には、全学連の会議などにでるときよく利用した。それで「全学 連列車」とぼくらは呼んでいた。深夜に名古屋を出て明け方に東京着。そのまま 東大駒場に直行し、構内で時間をつぶした覚えがある。午前3時ごろ着く静岡駅 では真っ暗な中で駅弁を売っていた。一度食べたが味は覚えていない。今はもう ないらしい。
いまはリクライニングシートらしいが、当時は直角シートで、すごく寝づらかっ た。それでも、学生時代はぐっすり寝ていた。上京してから一度だけ、帰省する ときに乗ってみた。先頭車両に乗ったせいか、寒くて一睡もできず、「もう若く ないな」と悟ってから以降、一度も乗ることはなかった。あのころはいつもガラ ガラだったのに、いつの間にか人気が出てすべて指定席になり、車両も立派になっ たらしい。乗るのが楽しみだ。
JRの最高地点がある野辺山は長野県南牧村にある。乾燥していて晴天率が高い ことから国立天文台の観測所もある。冬は非常に寒いが雪はめったに降らないと ころだ。しかし、この日は大雪。一時は吹雪になった。スピードスケート・ショー トトラックの全日本選手権大会があって取材にきたのだが、帰るときになってみ な右往左往していた。
駅までは歩いて15分ほどだが、積雪量は約20センチで吹きだまりはラッセルになっ た。カッパも手袋もあったから実害はなかったけど、仕事のときはうれしくない。 かなり強い寒波がきているようだ。今冬は雪に恵まれるのかな。高尾でスキー計 画の準備をそろそろしておかなくてはいけない。
ひっさしぶりぃ〜の休み。衝動的に塩山方面に採集に出かける。甲斐大和の駅を 過ぎると甲府盆地の向こうに真っ白になった白峰の山が見えた。天気もよく暖か い陽気の中、鈴庫林道を登る。それらしき沢に分け入ってズリを探す。きょうは 富士山を眺めながら日当たりのいい斜面でのんびりと鉱物採集だ。と思っていた が、ズリがない。沢を2本、尾根を2本登ってみたが、鉱石の気配もない。あちゃ〜 外したか。結局、2時間ほどヤブ尾根ハイキングをして帰った。
山を降りて竹森あたりまでくると雑木林の紅葉は見事。今年はどこも紅葉は外れ だったが、ここは例外。しかも、雑木林がこれほどちゃんと紅葉している姿は近 ごろ見たことがない。ちょっと得した気分になる。バスで通り過ぎるのはもった いなかった。実のところ今回は紅葉見物にきたのだ。ということにして納得する。
手術の日取りが12月16日に決まった。で、15日から5日間入院することになる。 代々木病院の病棟にお世話になるのは十数年ぶり。「入院のしおり」なるものを もらった。開くとまず、「患者の権利章典」てのがあり、▽公平な医療を受ける ▽人格尊重▽説明を受ける▽治療方法の決定▽記録開示▽プライバシー保護―の 権利が並んでいる。それに持ち物や入院生活上の注意、費用などについて丁寧に 説明されている。昔はこんなものなかったぞ。診察してその場で「ハイ、じゃ入 院しましょう」てな感じだったと思う。時代は変わったなと思った。
いま白内障の手術は角膜の内側から超音波で水晶体を砕いて削り取ってしまうも のらしい。これはちょっと残念。濁った水晶体をこの目で拝むことができなくなっ てしまう。昔、手術を受けたおばあさんが取り出した自分の水晶体を入れたガラ ス容器をもらっているところを見たことがある。職員が「これが○○さんの水晶 体ですよ」と手渡すと、「はあ、これは1日に何回飲めばいいんですか」と答え ていた。そんな、ナイスなボケをかましたいと思っていたのに。残念。
労山の自然保護集会が愛知県瀬戸市であった。会場の労働者研修センターは中央 線の定光寺が最寄りの駅になる。駅の階段を降りてすぐの道端に石がかたまって いる場所がある。何気なく手に取ってみると、細かい水晶が付いている。線路の コンクリート土手と道路に挟まれたほんの1メートルにも満たない場所で水晶が 出る訳がないから、誰かが運んできたのだろう。それにしても不自然だ。
取材の帰りにふたたびじっくり観察したら、黄鉄鉱や閃亜鉛鉱、方解石などもあっ た。こりゃないじゃい! いろいろ物色してしていたら、小学生の女の子たちに 「何してるんですか」とつかまった。「水晶があるんだよ。ほら」と見せる。と ころが、彼女たちは水晶を見たことがなかった! 不思議そうな表情でも、興味 津々。いっしょに探すと緑色のざくろ石やオパール片などが出てきて喜ぶ。いっ たい何なんだここは。
振り返ると後ろの建物の軒先に「石と鉱物の店」という看板があった。お店は休 みだったけれど、ズリだったのかと納得。子どもたちは方解石や水晶の小さなか けらを拾っていった。大きいのはお母さんに怒られるんだそうだ。やっぱりそう なのか。
11月は10日に秩父鉱山の六助沢、15日の夜から翌日にかけて秋田の亀山盛鉱山に いっていた。そのうちに記録はまとめるけれど、両方ともかなりディープな体験 だったので、もうちょっと時間はかかると思う。六助は結局、「貯鉱所」跡まで たどり着けなかった。道はかなり厳しい。それだけに人もほとんど入ってない様 子。本格的な宝捜しになりそうでおもしろい場所。形のはっきりした閃亜鉛鉱の 結晶とバスタム石を持ち帰った。繊維状結晶のマンガン鉱物であるバスタム石の 堅さは半端じゃない。思わず泣きが入る。でも、その分だけピンクがきれいに感 じる。
亀山盛は寝台特急を利用して夜行日帰り。上野を21時45分に出て、羽後境に翌日 の7時20分着、当地を18時に出て、その日のうちに帰ってきた。秋田も近くになっ たもんだ。雪の中の採集は足が冷たかったが、結晶した色とりどりの鉛の二次鉱 物がたくさんあり、遠くまで足を運んだかいがあったというもの。あまり、記録 には出ていないが水晶がザックザクあることにも驚いた。成果はたくさんあった けれど、こりゃまた洗浄と同定が大変だわ。
亀山盛では買ったばかりのトレイルランニングシューズを試してみた。いまはや りの山岳マラソン用の靴だ。ローカットの運動靴で、底のしなりが硬く、アッパー もしっかりしているから登山にはいいかもと思った。見た目はアプローチシュー ズと同じだが、履いた感じは意外に靴底の反りが強く、紛れもないランニング シューズ。林道歩きは快適だったが、岩場での使い勝手はいまいち。慎重に体重 移動するときなどはグリップに不安があり、足裏感覚も乏しい。整備された山道 を移動するための靴、本当のアプローチ用という感じ。使ってみないと違いは分 からないものだ。
久々に「石の展示室」を更新しました。しばらく標本の写真撮影をサボっていた ので撮るのが大変。特に今回は、微細な二次鉱物が多く苦労した。撮れたと思っ ても、小さいサムネイル画像にするとゴミのようになってしまう。孔雀石、青鉛 鉱、毛鉱あたりは撮り直す必要がある。ほかにも撮影すべき標本が残っているの で、もう少し待ってほしい。
鉱物は採集してから洗浄、観察、調査、同定、整理、記録など一連の作業が続く。 必要ならさらに小割りにして、周囲の石を削って結晶を見やすくするクリーニン グもやる。もちろん、同定するためには、勉強も欠かせず、鉱業・地質関係の本 も読まなければならない。これらはすっごく手間がかかり面倒くさい。しかし、 やらないと自分の知識が蓄積されない。真の石屋は、きれいな石を集めるだけの コレクターではいけないと思う。
登山は楽でいいと思う。山を降りればそれで終わりだから。もちろん、登山でも 記録は必要だが、それを書くために勉強したり実験したりはしない。そんなめん どっちい鉱物採集をして何がよかったのか、時々考えてしまう。しいていえば、 山がさらに好きになったことかな。上っ面だけでなく、地中深くも愛着が持てる ようになった。山ヤとしてのグレードもかなり上がった...ような気がする。
久しぶりに代々木病院の眼科に行った。1カ月ほど前から急に右目が見えにくく なったからだ。診断結果は白内障。くるべきものがきたかという感じ。眼内手術 をしたときに「水晶体の近くを触ったから、白内障になりやすい。次にに手術を するときは眼内レンズを入れる」といわれていた。あれからもう十数年たったん だ。覚悟はしてたつもりだけれど、すぐには踏ん切りがつかないものだ。眼内手 術を受けている間に白内障は3人終わった。1人当たり40分弱だ。そのときは「白 内障の手術は楽でいいな」と思った。
でも、片目はやっぱり不便。鉱物採集やキノコ狩りのときは強くそれを感じる。 歩きながらだと、足元が見にくい。クライミングにも影響するし、多少なりとも よくなるのなら、早めに眼内レンズを入れた方がいいのかなあ。と思うきょうこ のごろ。
長瀞方面に出かけてみたところ連休なのにやけに人出が少ない。雨模様で天気が 悪いからか。野上で降りて荒川で滑石を探すが蛇紋岩ばかりだ。近くを歩き回っ ても河原に降りられる場所がないので引き揚げる。長瀞まで歩いて電車に乗り、 親鼻駅で降りる。簑山の登山道を少し登る。西武秩父の仲見世通りには「秩父の 大黒」ことムレオオフウセンタケと「イッポン」=ウラベニホテイシメジが並ん でいたから期待したけれど、キノコはさっぱりだ。あったのはナラタケだけ。味 はいいキノコかもしれないが、木の根元・地面・転石のわきと場所を選ばず出る さまはえげつない。森の豊かさを感じるキノコじゃないから、採れてもそれほど うれしさはない。それでも、食ったけどね。
三峰口から乗ったタクシーの運転手から聞いた話を紹介する。
最近、南天山に登る人が増えている。あるとき11人の中高年グループが南天山に 入ったが、下りで道を間違えて途中から道がなくなった。2人は別れて引き返し、 9人はそのまま突っ込んだ。コケと泥にまみれて9人は急斜面をロープも出しなが ら下り、出合から少し小倉沢寄りの道路に出た。そのまま中双里まで歩き、民家 で電話を借りて午後10時にタクシーを呼んだ。「泊まるところありませんか」と いうので、秩父のビジネスホテルまで送った。みんな異様に明るくハイの状態で、 「もう、死ぬかと思った」とか話していた。出合付近の斜面は切り立っていて、 かぶっているところも多い。ふつうは降りられるところではない。残りの2人は どうしたと聞いたら、「連絡がないから大丈夫でしょう」といっていた。リーダー は73歳。最も若いのが40代だという。よく死ななかったものだ。
*南天山(1483メートル)は中津川集落の北西約2.5キロにある岩山。中津川から3 時間もあれば登れるらしい。出合方面への踏み跡はバリエーションルートで、一 般の下山ルートとは正反対の方向。
百名山まであと6という70代の夫婦が両神山に登りにきた。本日中に両神を登り、 翌日は雲取を登るという。しかし、三峰口でタクシーに乗ったのが、午前11時ご ろ。この時間から登ったのではとても降りてこられないと説得し、その日の登山 を断念させ、国民宿舎両神荘に泊めた。それなら、どうしても翌日に両神と雲取 を登るから出発は午前3時、弁当がないからコンビニで買って午前2時に届けてく れと頼まれた。朝食と昼食分がいるだろうからとたくさん買って持っていったが、 菓子パン2つでいいという。ザックは小さなナップサックみたいなものしかない。 とても非常食が入っているとは思えない。「本当に百名山を登ってきたんです か」。のどまででかかったが、ぐっとこらえた。
*両神山往復の標準コースタイムは最短でも6時間。三峰神社―雲取山荘間も6時 間ほどかかる。もちろん休憩時間は含まない数字。山の中で1日12時間行動(歩 行ではない)するのはとてもきつい。
鉱物観察に欠かせないのがルーペ。フィールドでは10倍くらいで、視野の広いものが使い勝手がいい。家でじっくりと観察するなら実体双眼顕微鏡が優れている。小さな結晶でも、迫力ある像が見えるのでお得な気がする。しかし、3万円以上の値段は重い。そこでルーペより倍率が高く、実体双眼顕微鏡より安い光学機器を探していた。そこで引っかかったのが「ライト付き顕微鏡」。30倍の倍率を確保し、かつ収差の少ないレンズにするためにかなり絞り込んでいる。それを補うためにライトをつけたというもの。なかなか考えている。3000円以下の製品が2種類あった。以下、使用感のリポート。
リチウムライト付顕微鏡 BF-959 (National製)
10−30倍のズーム仕様だが、コンパクトに収まっている。使用する時は鏡筒を伸ばす。視野が狭くてレンズも暗い。おまけにライトが明る過ぎて像が非常に見にくい。だんだんイライラしてくる。だいたい、この手のものにズームレンズは意味ない。レンズが暗くなり、収差も増える。デザイン優先で光学性能が犠牲になっている感じ。現場では使えないわ。却下。リチウム電池CR123A1本使用 2910円(ヨドバシ価格・電池別) ライトスコープ FF-393 (中村理科工業製)
レンズが明るく視野も広い。30倍の固定焦点なのでピントの合う範囲は狭いが、値段を考えれば十分納得。やっぱり単焦点の方が光学性能はいい。フィールドでテストはしていないが、これは使えそう。難点は簡単には手に入らないこと。インターネットの通販でも買えるが、実物で性能を確かめたかったので、御徒町のお店まで買いに出かけた。単三乾電池2本使用 2625円(電池別)
ところで、この中村理科工業のお店(「科学のおみせサイボックス」っていう) にはさまざまな理科グッズが置いてある。教材屋らしく本格的な顕微鏡や実験器 具類はもちろんだが、子ども向けの科学おもちゃも見逃せない。いっぺんのぞい て見る価値あり。
ついでに秋葉原まで足を延ばす。街の変わりように驚く。T-ZONEがドンキホーテになってる。怪しいジャンク屋もずいぶんとうたされた。きれいになったが、活気がなく面白味はなくなった。秋月やラジオデパートは昔のままでホッとする。ITバブルがはじけて昔ながらの電気屋が生き残ったという感じ。計算機は単なる道具。道具にいつまでも金を注ぎ込むのは本末転倒というもの。世間もそれにやっと気付いたのかな。CFカードリーダーを買って帰る。
せっかくの休みなのに昼までダウン。夕べ帰るときから調子が悪く、家に着いた らそのまま布団に倒れ込んだ。気分が悪く、頭も痛い。いろいろ考えたが、やっ ぱり熱中症みたいだ。昨日はほとんど外出しなかったけれど、部屋の中が異常に 暑く、そのうえ水をあまり飲まなかった。帰りがけにコンビニで280ミリリット ルの水を買って飲んだが焼け石に水だったか。
暑くても汗が出ず熱が体にこもる。前回より重症だ。夜中にフラフラと起きて冷 たい水を飲み、塩をなめる。腹の中がチャプチャプする。汗はやっぱり出ず、何 度もトイレに起きる。明け方まで苦しむ。夜から朝にかけてはそれほど暑くなく、 風もあったのが不幸中の幸い。午前中にはだいぶよくなるが、頭痛は残る。部屋 の中にいると暑いので午後2時ごろに図書館に本を返しに出かける。冷房の利い た乗り物は体調が悪くなるので辛いところだ。ときわ台の駅前でだったんソバを 食ったら頭痛も治まった。
頭が回らないので書き物はできない。他にやらねばならないこともあるのだが、 とりあえず回転式の刃物研ぎ器でタガネを10本ばかり削る。これでしばらくは楽 ができる。フラフラしながらタガネを抱えて歩いたら一番大きい平タガネを足に 落としてしまった。ざっくりと切れて血が噴き出す。いいね、この切れ味。きょ うはいい仕事をした。
鉱物科学研究所の展示即売会に新宿へ向かう途中、地震に遭った。大江戸線で都 庁前に着いたときのこと。一瞬、車体が大きく横に傾いた。はっきりと傾斜が分 かるほどの明らかに異常な揺れだった。車内が一瞬ざわめいた。こいつあ、地震 だと感じた。しかし、それっきりだった。
まもなく「地震発生のため安全確認をしています。しばらくお待ちください」と アナウンスがあった。こりゃ、しばらくは動かんなと覚悟していたけれど、10分 ほどで電車は動き出した。新宿駅につく直前、列車がガタガタと不規則に揺れた が、そのまま新宿駅まで走りつづけた。電車もすぐに動いたし、大した地震じゃ なかったという認識だった。だから、大江戸線の改札を出たところで駅員の周り に人だかりができているのが意外だった。
展示即売会の会場で初めて震度4−5だったことを知った。安全のためにビルのエ レベーターは止まっていた。「いま電話したけれど、あちこち止まったから当分 いけないといわれました」とビル管理者のおばさんはいっていた。スタッフは 「かなり長く揺れていました。ゴーっという地鳴りのような音もして怖かった」 と話していた。
1時間ほどしてもJRは動かなかった。でも、大江戸線は何事もなかったように 動いていた。ありがたいといえば、ありがたいが、本当に大丈夫なのか。1時間 たったから一回りはしただろうから、とりあえず途中で線路がなかったり、トン ネルが埋まっていたってことはないだろう。他の鉄道がすべて止まっている中で、 大江戸線だけが動いているというのはちょっと怖い。
ローラースケートで左手を骨折したKenくんのお見舞いに行く。しょげてるのか なと思ったら、意外と元気で、テーブルテニス(食卓でやる卓球)に付き合わさ れた。相変わらず、無駄にエネルギーを使っている。これなら安心だ。
2週連続して秩父鉱山に行った。採集会の下見もあるが、出合から大黒まで、河 原の様子を見たくて時間をかけた。今回はちょっと早めの5時50分に大泉を出発。 レッドアローとタクシーを使って大黒まで直接入った。こんな贅沢、石屋だから できるのであって、山ヤなら許されないだろう。と思ったら、白久から熊倉山登 山口まで(約1キロ、徒歩20分くらい)でもタクシーに乗る登山者がいると運転 手がいっていた。山ヤもえらくなったもんだ。
8時半には大黒に到着。道がよくなったこともあって、バスと徒歩に比べて50分 も早い。おかげで余裕を持って6カ所も河原を回ることができた。時間をかけた わりには先週のような掘り出し物はなかった。あえて言えば、結晶が残った黄鉄 鉱を少々といったところ。一番の収穫は、珪灰鉄鉱が同定できるようになったこ と。それと黄銅鉱はめったにないことが分かったこと。閃亜鉛鉱だと思い込んで 拾ったいくつかが磁鉄鉱だった。両方とも黒っぽいけれど断面の輝きが違う。磁 石で調べれば一発なのに。情けない。
帰りはザックがめちゃ、重かった。うらめしや磁鉄鉱。
石がゴロゴロしてきたので標本を整理する。捨てるのはもったいない。かといっ て、このまんまじゃ引き取ってくれる人もいない。とりあえず、始末に困る大物 は小割りにして、洗浄した。これ手間がかかる。しかし、鉱物についての知識が ない人でも、ありがた味が分かるような演出として必要。秘術を使って汚れを落 とすと、伊豆ケ岳の水晶も透明で結構見栄えがする。
もう1つ大事なのは器。それで石の価値が上がるわけじゃないけれど、はくがつく。 雨宮さんからもらった「世界最高峰の石」はボロボロの結 晶片岩。だけど、立派な箱に入っているから、誰もがありがたがる。雨宮さんは いう。「ヤス坊(加藤保男)に教えてもらったんだよ。『箱はいいもんに入れな きゃ、後でありがた味が薄れますよ』ってね」。なるほど、一流のクライマーは 石のこともよく分かっていると感心したものだ。
そうはいっても、箱にあまり金をかけたくない。手近な空き箱を再利用して自作 する。白の製本用テープを使うと仕上がりがきれいになる。これならどっかのバ ザーに出しても見劣りしない。200−300円くらいで売っても罰は当たらないだろ う。あとは「セットもの」や「福袋」などで処分しよう。問題はどこで誰に押し 付けるかだ。
エベレスト頂上の石
エベレストの頂上は万年雪に覆われているために石はない。ちょっと下の岩場か ら「お土産」をシェルパが持ってきてくれる。さすが、ベテランガイドはやるこ とにそつがないねえ。鉱物や化石は上部よりもベースキャンプの方がいいものが あるらしい。エベレストの標高8000メートル位にはイエローバンドと呼ばれるア ンモナイトの化石を含む石灰岩の層がある。遠征に行った友人に「イエローバン ドの化石たのむわ」といってみたが、理解してもらえなかった。
異常に暑い日だった。朝10時から午後1時頃まで、スポーツ後援会の宣伝に付き 合った。多摩川河川敷沿いの野球場やサッカー場を延々と渡り歩いた。京急・六 郷土手駅から東急・鵜の木駅まで、日を遮る物がなく、熱風が吹きつける河原の 小道は思った以上に長かった。水は十分に取ったつもりだったが、編集局に帰っ てきたらダウンしてしまった。
ところが、それだけでは終わらなかった。原稿を書いていると夕方から頭が痛く なってきた。考えれば考えるほど、がんがんずきずきと痛みが激しくなった。仕 事は無理して片付けたが、最後は立っているのも辛いほどだった。ヘタレ状態で 電車に乗って何とか帰れた。ボーっとしていると痛みは和らいだ。一晩寝たら治っ た。
これまでも同じ症状になったことはある。いずれも、釣りや鉱物採集など野外で 長時間過ごしたときだった。集中のし過ぎとずっと思い込んでいた。今回は仕事 ではあるが、それほど集中していたわけでもない。どうしてだろう。と不思議だっ たが、ニュースを見て納得。熱中症だ。これまでの例も思い当たる節がある。きょ うは、水はたくさん飲んだが、電解質はまったく取らなかった。帽子も忘れてい た。人にはいつも気をつけろっていうのに、油断した。まさか自分がなるとは思っ ていなかった。時間差で症状が出るから気が付きにくい。
この間、東京国際ミネラルフェアとミネラルマーケットに行ってきた。前者は国 内外の鉱物・化石販売業者による国内最大規模の展示即売会。後者は鉱物愛好者 自身が年に1度開く販売会だ。東京フェアはこれといった見所はなかったが、初 めてのぞいたマーケットはおもしろかった。ほとんどが国産の身近な鉱物という ことのほかにも▽標本の質がそろっている▽値段が安い▽バラエティーに富んで いる―点が気に入った。それに入場料がないところもうれしい。標本レベルの最 低価格は500円だが、小川山の水晶を200円くらいであったりする。売り手も鉱物 の種類を詳しく説明してくれる。
探していた「キミマン鉱」もちゃんとあった。これがこげ茶色の塊で、売る方も 「何がなんだか分からない地味な石ですよね」というほど一段とさえない鉱物な んだな。こりゃいままで、確実に捨ててたわ。知らないってことはもったいない もんだ。貴重なサンプル? を500円では申し訳なかったので、ずっしりと重い黒 川鉱山の「栗色炭マン」も一緒に購入した。ここにはノートにメモを取りながら 鉱物をチェックする熱心なコレクターも何人かいた。
東京フェアでは鉱物同志会でハウスマン鉱と辰砂も買ったが、おもに書籍・資料 を中心にした。益富地学会館にはお目当のマンガン鉱物がそろっていた。残念な がら目新しいものはなかった。採集対象にならない石は持っていてもしょうがな い。これまで、珍しそうな石をたんまり買い込んできたけれど、かさばるだけで なんの役にも立たなかった。加工用の原石も手間を考えると手を出しづらくなっ た。ちっとはりこうになったのう。
それにしても東京フェアの人出は年々すごいことになってきている。鉱物・化石 愛好者もメジャーになったもんだ...と喜んでばかりはいられない。場違いな感 じの若い娘の増加が気になる。宝石・アクセサリー目当てかと思ったら、正統派 鉱物店にも進出していた。「結晶がきれい」とかいっているうちは安心だが、 「この産地の特徴は」とかいいだしたら、まずい。近所のマンガン山にハンマー 持って現れる日も近い気がする。産地保護のためにクモや蛇をばらまくか。
新たな鉱物産地開拓のために埋もれたマンガン山の位置をどうやってつきとめる か。いろいろ思案した結果、古い地形図から探す方法を思いついた。国土地理院 関東地方測量部にいけば昔の地形図を見れる。さっそく、九段の第二合同庁舎9 階にある同測量部の閲覧室に行った。パソコン画面のメニューから地域、発行年 月日を選んで表示する。見方はすぐに分かった。しかし、秩父と飯能周辺の図版 を片っ端から調べても、肝心の鉱山は5万分の1図にも2万5千分の1図にも載って いなかった。山中の小規模鉱山は地図にも記録されないのか。完全に当てが外れ た。探査活動は一から出直しだ。
マンガン山を求めて芦ヶ久保方面の山に登る。略図の鉱山マークを頼りに谷を詰 め、ガレ場をはい上がる。真っ白な石英の巨大露頭はあったが、マンガン気はまっ たくなし。思いっきり空振りとなった。
芦ヶ久保駅の直下は道の駅ができていて、連休中ということもあってにぎやかだ。 電車の待ち時間を利用して食堂でもりソバを食う。それなりにうまいし、ソバ湯 も出る本格派だ。食堂の入り口に各種の観光案内チラシが置いてある。風で飛ば ないように石が乗っかっている。その一つは紛れもないマンガン鉱石だ! 山の 中にないと思ったら、こんなところまで遠征していたのか。
バラ輝石を調達しに大宮鉱山へ出撃する。ただでさえじめじめしたズリは雨上が りでいっそうじめじめする。その辺に転がっている石には目もくれず、今回はひ たすら掘る。掘り出した鉱石を割ると出るわ出るわ。バラ輝石、ヤコブス鉱、テ フロ石と、前回苦労して探し出した鉱物がいとも簡単に見つかった。
ズリを掘り崩していると、茶色い、ヌルッとした生き物が出てきた。大ミミズに しては節がなくずんぐりしている。よくみると手足があり、キョロンとした目も 付いている。見覚えのあるこの愛嬌ある顔はサンショウウオだ。ズリの中に住ん でいるとは知らなかった。鉱山の主と見た。よく観察して、丁重に埋め戻した。 後で調べたらトウキョウサンショウウオという種類らしい。
サンショウウオには恩がある。普通の生活をしていれば決して出合うことのない この両生類を初めて見たのはもう12年前のことになるのか。上信国境・魚野川源 流部で詰めを誤り、山中を迷走していたときだ。落ち葉の下をちょこちょこと動 き回るハコネサンショウウオを見た。こんな豪雪地帯の山奥によくもまあちびっ こいやつが生きているわと思った。初めてサンショウウオを見てうれしくもあり、 ちょっとした安心感も持てた。それだけで生還できたわけではないが、非常時に はささいなことが生死の分かれ目になる。だから、サンショウウオには感謝して いる。またお会いできてたいへん光栄です。てなことがあって大宮鉱山の評価は 急上昇中だ。
大枚はたいてカボション研磨機を買った。さっそく自宅でスイッチを入れる。と ころが、水を循環させるポンプが動かない。裏ぶたを外してみると管が外れ、ポ ンプを回す滑車からベルトが外れていた。自転車で運んでいるときに滑車がずれ てしまったのだろう。直したらちゃんと動き一安心。
バラ輝石やひすい、虎目石、赤玉などを削ってみる。荒削りの作業能率はグライ ンダーより格段に優れている。さすがダイヤモンドディスクの威力だ。後始末が 面倒な石の粉が飛び散らないのもいい。定規で型を取ったり、カッターで荒削り する方法など鉱物科学研究所で受けた使い方のアドバイスはとても役に立った。 気をつけないと仕上がりが荒っぽくなるが、手作業よりずっと効率よく作業がで きる。
バラ輝石は適度な硬さがありながら作業もしやすいいい素材だ。他のマンガン系 鉱物も磨けばいい線いくかも。またマンガン山に出撃するかな。
錫高野で採った鉱物やブラックライトなどを集めた「蛍石観察セット」を、3月 の初め石友カホちゃんの誕生日祝いにプレゼントした。そしたら、今度は誕生日 が重なっているママの「ユキお嬢さま」からも催促されてしまった。うー、困っ た。手元には途中で放棄したカット石がゴロゴロしている。なんとかプレゼント になりそうな石を必死で探し、ラブラドル長石を見つけた。
長石類は最も普通の造岩鉱物だが、ムーンストーンやサンストーンのように角度 によって不思議な光学現象が見えるものがある。ラブラドル長石もラブラドルエッ センスと呼ばれるチョウの羽のような光を放つ。この光が正面から見えるように カットすると結構見栄えがして宝石らしくなる。ユキさんには青い輝きが強い物 を選んで研磨した。この色は希なのでもったいない気もしたが、お世話になって いるんだから奮発しよう。でも、石にはそれぞれ好みがある。ユキさんが気に入っ てくれるかは不安ではあったが、喜んでくれたようだった。これで1カ月にわたっ た懸案事項が解決しホッとひと安心。
性懲りもなく大蔵鉱山に出撃。先週、伊豆ケ岳を下山するときに見付けた「奥の ズリ」を探索する。ここにはズリ石がいっぱいある。めぼしい石は次から次へと 割る。しかし、どれもこれも断面は茶色ばかりで意気消沈。はあ〜。ここはスカ のズリだったのか。いつものズリの末端でヤコブス鉱を拾って山を降りる。正丸 駅前の茶店でソバを食って帰る。
生ごみ処理で非常事態が発生。アンモニア臭が出てしまった。発酵を進ませるた めに温度を上げ、水分を加えすぎたのが原因と思われる。発酵自体は熱が大量に 出て60度以上になり、かき回すと湯気がモワーッと上がるほど順調だった。これ はすごいぞといい気になって鯉の餌やらヨーグルトやらを次々とぶち込んだ。こ れがいけなかった。
天覧酵母が暴走して毒ガスが大量発生。おまけに土壌酸度計でpHを計ったら、一 気に3を通り越し針が振り切れてしまう異常事態になっていた。原子炉ならメル トダウンってとこか。慌ててくん炭を放り込み、外気にさらして水気を飛ばした。 pHは5.5-6で落ち着いたが、アンモニア臭はなかなか収まらない。過ぎたるは及 ばざるが如し。
菌も暴飲暴食はよくないということ。ちょっとタンパク質と炭水化物系に偏って 栄養過多になったのかもしれない。適度に野菜も加えて、バランスの取れた餌を 与えないといけないらしい。なかなか奥が深い。
午後からの予定が急に外れた。何か目的があるわけではないが、とりあえず大蔵 鉱山に向かった。今回は大蔵川に流れたズリ石を追ってみる。馬頭観音のあたり からちょくちょく現れる。鉱石らしきものは少年の家への分岐くらいから見つか る。時間切れで枯れ沢との分岐までしか調べられなかった。多くはすでに埋もれ てしまっていて、採集の対象となるほどの量は採れないが、ハウスマン鉱やヤコ ブス鉱、菱マンガン鉱があった。でも、圧倒的に外れの方が多い。
税金の還付を受けるために税務署にいく。あてずっぽうに歩いたら保谷駅までいっ てしまったが、なんとか南大泉の練馬西税務署にたどり着く。還付請求は一度やっ たことがあるが、そのときは郵送で済ませた。だから税務署に足を踏み入れるの は生まれて初めてのことだ。何事も最初が肝心。なめられないように気合を入れ て入る。
とはいったものの何をどうしたらいいかさっぱり分からん。とりあえず確定申告 の用紙をもらって言われるままに相談コーナーに向かう。おばさま方と長蛇の列 に並んで順番を待つ。こりゃ一日仕事だと思ったら30分くらいで番が回ってきた。 ここで源泉徴収票を見ながらタッチパネルで質問に答えていくとあら不思議。還 付される税金額が計算され、印刷された確定申告書ができ上がるのだ。まだ、政 党寄付金特別控除額の計算明細書などの書類があるが、後はちょろいもの。便利 な世の中になったものだ。そうはいっても、5年分もあるとそれなりに大変だっ たが、来年以降の作業は楽にできそうだ。
年1度の健康診断を受けた。時間どおり診療所にいったけど受付には誰もいなかっ た。ずいぶんのんびりしているなと思ったら、胃検診に間に合わないとずいぶん せかされた。そういうときに限ってうまくいかないもの。採血で血管がなかなか 出ない。針を刺しても血が出ない。「もうちょっとです。がんばってください」っ ていわれたってなあ。こちとら検査のために朝から飯も食ってない、水も飲んで ないんだ。そのうえ血だけは出せといっても無理なものは無理。勘弁してほしい よ、ホント。
「肋骨折った?」。胸のレントゲン写真を見た青柳先生からズバリ指摘された。 黙っていたのだが、なんでもお見通しで恐れ入りやす。2本折れていたそうだが、 だいぶくっついたみたい。医者に見せずに治るのを待っていたので、ちょっと不 安があった。青柳先生の診察で順調に回復していることが分かりひと安心だ。他 人には「肋骨なんてほっといても治るよ」と豪語したが、やっぱり医者に見せて おいた方が気が楽でいいわ。
毎年恒例になった広沢寺の岩場を守る会の大清掃に参加。あれからもう4年にな るのか。今年は2日前に雪が降り、当日の天気予報も雪。とても岩登りができそ うな条件ではないが、それでも70人のクライマーが集まった。その熱意に頭が下 がる。
作業のメーンはヤブの片付け。駐車場の少し先にある道の山側の枯れた竹を落と して空き地へ運んだ。急斜面に取り付いてヤブを刈り払う作業はかなり危険を伴 うが、クライマーにはお手の物。しかも、何十人もが一度に取り掛かるので、1 時間余りで斜面は床屋にいったようにすっかりきれいになった。地元の人も感心 するほどの活躍だった。
守る会では清掃以外にも厚木市や地元公民館の主催する子ども向け岩登り教室の お手伝いもしている。広沢寺では地元の人たちと連携して地域の活性化にクライ マーも一役買っている。結構、頼りにされる存在になっているようだ。
鉱物科学研究所に注文して購入したダイヤモンドカッターを使ってみた。湿式な ので石の粉が飛ばないのがうれしい。流し台の上に乗るサイズで作業もしやすい。 それでもってパワーがあるので石英もメノウも軟玉もバラ輝石も実によく切れる。 一言でいうと「あっぱれなやつ」。これだけ切れれば、グラインダーを回して石 粉にまみれながらカットの荒削りをする必要もない。下ごしらえがずっと楽にな る。で、カボションマシンもそのうち買うんだろうな。
中部国際空港が開港した。新聞やテレビは大きく取り上げていたが、なんだか ちょっと違和感がある。実は空港のある常滑は出身地なのだ。ちょうど2日前に 実家に寄ったところだった。たしかに空港ができたおかげで広い道路はいっぱい できた。駅も新しくなった。それでも、地元は一段とさびれたなという印象の方 が強かった。
最寄の駅は特急退避のためにホームが増えた。高架の上に自動改札もできた。以 前は民家の間の路地しかなかったのに、駅前に広くて新しい道路もできた。畑の 中のくねくねした一本道は、産業道路へつながるように整備された。道がいっぱ いできたおかげで、家に帰る道順が分からなくなってしまった。
駅や道は整備されたが、利用する人は減った。隣の大野町も無人駅になってしまっ た。ぼくが住んでいたころは大野町駅前にはパン屋、本屋、パチンコ屋、喫茶店 などがあるちょっとした商店街だった。それがいまはすべてない。ただ1軒だけ 残ったケーキ屋を除けば、午後6時には真っ暗になっていた。市の北部地域には 新空港の恩恵はない。空港栄えても街はしぼんでいく。祭が終わったら大変だろ うな常滑市。それにしても、名鉄は無人駅であってもトイレくらい作れよな。
久しぶりに秩父鉱山に行く。河原でちょいちょいと様子を見ようと思っていたが、 しっかり雪に埋まっているではないか。しょうがないから川の中に入って雪が解 けている水辺を中心に何カ所か回る。ひとつだけ閃亜鉛鉱があった。山鳥ずい道 下や出合はスカだった。やっぱり大黒河原に近いほうが、鉱石が見つかる確率が 高いのかなあ。
河原はもちろん、斜面にもべったりと雪がついている。道のない場所を降りるの は一苦労だったけれど、登るのは楽。かなりの急傾斜でもハンマーがよく利くの で安心して登れる。足元が不安定なふにゃふにゃ長靴でも、ハンマーのチゼルで カッテッイングすれば大丈夫。鉱物用ハンマーってピックのないアイスハンマー とピッケルみたい。結構使える。もう1本あれば完ぺき。採集はできなかったけ れど、スリルある雪壁登りが楽しめたから満足した。
行きのバスはツララを見に行くというおばちゃんたちが宮平までたくさん乗った が、帰りは最後までぼく1人。雪で足元が湿っていたこともあり、ちょっと寒かっ た。西武秩父からは早く帰ろうと特急に乗ったのだが、ぐっすりと寝入ってしま い、池袋までいってしまった。電車を乗り過ごすなんて何年ぶりのことだろう。
スキーで折った肋骨がまだ痛む。先週、痛みが取れたのでいい気になってクラッ クハンマーを振り回したらよけい悪くなった。せっかくの連休なのにスキーもク ライミングもできないのは悲しい。鉱物採集も派手にはできそうもない。それで 大蔵鉱山をのぞいてみた。
途中の沢とズリの手前でじっくり観察。腕を振り上げるとまずいので脇を締めて 手首のスナップでハンマーを振る。もちろんハンマーも軽いやつだ。濃い茶色で ずっしりと重いハウスマン鉱や灰色がかった緑のテフロ石など、これまでここで は採集できなかった種類のマンガン鉱物が出てきた。磁石にぴったりとくっつく ヤコブス鉱もあった。1時間足らずの短い採集だったが、満足いく成果だった。
帰宅後すぐに比重を計ったら、すべて4-3.6だった。マンガン鉱物に間違いない。 上鉱(上品位鉱)だ。つらっと見たところ、バラ輝石やアレガニー石もある。鉱 物は重ければいいというものではないが、やっぱりマンガンは重くなくっちゃあ りがたみを感じない。大蔵鉱山も捨てたもんではない。
寒気がいっこうに去らず、寒い日が続いている。室内は毎夜5度まで下がり、イ ンナーシュラフに包まって布団に入る日々だ。ところが台所の一角にある段ボー ル箱は本日も45度を保っている。天覧酵母が快調だ。
実は一昨日まで10度までしか上がらなかった。それでカイロを入れ、箱を発泡ス チロールの台へ直に乗せた。そしたらいきなり45度まで上がり、見事復活。腐り 掛けて異臭が漂う釣り餌を勢いに乗ってドバッと放り込んだ。かなりくさかった が土を掛けたら消えた。釣り餌が封印してあった段ボールの中からは15年以上も 前の残り物が次々と現れた。見てはいけない物を見てしまったような気がする。 何はともあれ、天覧酵母の餌には当面不自由しなさそうだ。
正月に天覧山から持ってきた土で生ごみコンポストを始めた。はじめは器が小さ すぎてあまり醗酵が進まなかったが、大き目の段ボール箱に代えてからここのと ころ順調だ。これまで豆腐、茶ッ葉、コイの釣り餌、野菜クズなどを放り込んだ が、いずれもうまく分解されたようだ。
生ごみコンポストを始めた目的はギンナンの皮むきだった。庭先に埋めておいた のだが、いっこうに変化がなかったので、生ごみパワーで強制的に皮を分解しよ うと思い立ったのだ。これが大正解。1週間くらいで皮がドロッと簡単にむけた。 素手でやってもにおいが付かないし、かぶれもしなかった。
微生物の分解力はすごい。通常、室内は6−7度だが、段ボール内は最低でも十数 度。ときには40度近くまで上昇する。さすが天覧山の力だ。これでこの冬も暖房 器具なしで過ごせる。天覧山酵母バンザイ。もう少し量を増やせれば、この中に 入って寝ることもできる。生ごみ利用で環境に優しい暖房と、体にたまった老廃 物を寝ている間に分解してくれる洗浄効果と、一石二鳥の役割を果たす画期的な ベッドになるんじゃないかと思う。
東武東上線に乗って東秩父方面の産地を探査にいった。一応地形図では確認した が、すっごく昔の資料を参照したので産地が残っているかも分からない場所だ。 小川町で八高線に乗り換え、明覚で降りる。いやあ、八高線、いつ乗っても牧歌 的でいいねえ。ハイキングの足としては最高だよ。1時間に1本しかないけどね。 で、明覚駅から歩いて川原と露頭を回ったが、見るべき成果はナッシング。見事 空振りに終わった。
都幾川は緑色片岩や石英、方解石はいっぱいあった。しかし、他にこれといった 鉱物は見当たらない。割った石の中には小さな金属鉱物が入っていたくらいか。 露頭の方はしっかり残っていたが、こちらも結晶片岩と方解石、蛇紋岩ばかりだっ た。ま、たまにはこんなこともあるさ。でも、東上線を使えば小川町まで1時間 で着くこと、寄居方面も結構近いことなどが分かってよかった。採集活動のフィー ルドが広げられそうだ。
やっとかはくの「翡翠展」を見に行くことができた。お目当てはヒスイ原石。き れいなのがいっぱいあってうれしくなった。ろうかん質ってのを初めて拝んだ。 本当に緑の部分がよく光を通す。すごいわ。ため息が出る。これからは、安易に ろうかん質って使えなくなったな。日本各地で取れるヒスイ輝石の展示もよかっ た。「宝石にはならない」とあったが、寄居のものを除けば鉱物標本としての魅 力は十分にある。姫川のコランダムもすごかった。見てみるもんだと思った。ヒ スイ採集に行きたくなってしまった。
勾玉の展示では、各地で作られているときは形もサイズもさまざまだったものが、 時代が進むにつれて生産地が集中し、規格もそろっていくところがよく分かり面 白かった。工芸品は技巧に走っているものが多く興味をそそらなかった。特別展 のみやげ物売り場では翡翠原石館がヒスイの原石やアクセサリーを売っていたが、 買いたくなるようなものはなかった。でも、中国のお店では「新疆宝石和玉石 (新疆の宝石とヒスイ)」という本と封神演技のトランプを買った。
この日は錫高野で採集してきた石から新たな発見があった。年末に拾ってきた水 晶からトパーズが見つかったのだ。洗ってもなかなか粘土が落ちなかったので放っ てあったものを見直していて分かった。粘土が取れた跡に異様に光る部分があっ たけど、水晶の割れ口だろうと思ってそれ以上詳しく調べなかったのが失敗だっ た。ルーペで確かめれば結晶の形や条線の方向から間違えようのないトパーズだ。
粘土に埋もれていたことや産状をよく知らなかったことも見逃した原因ではある けれど、なんといってもトパーズなんか採れっこないと思い込んでいたことが最 大の失敗。現地で鉱物が同定できなくて持ち帰って調べるケースもあるが、トパー ズが分からなかったとはちょっと情けない。
昔、まだ愛知の片田舎にいたころ、東京育ちの親父に「東京はどんなところか」 と聞くと決まってイチョウ並木とギンナン拾いの話になった。東京の人は何が楽 しくてそんなに熱心にギンナンを拾うんだろうと不思議に思ったし、首都とギン ナンとの取り合わせはかなりうそくさくも聞こえた。
しかし、それは事実だった。10年程前、代々木病院に入院しているとき、スキを 見つけて神宮外苑にシイの実を拾いに行った。岡崎城公園では季節になると大勢 シイの実を拾いにくるのに神宮外苑では誰一人拾っている人はいなかった。その 代わり、おばさんたちが目の色を変えてギンナンを拾っていた。一粒たりとも残 すことはなく、こちらとは気合の入り方が違う。ああ、やっぱり東京のギンナン 拾いは半端じゃないと痛感した。
ところが最近は事情が違うようだ。職場前の明治通りの街路樹から落ちた実がい つまでたっても残っている。中央線のガード下にある木からは特にたくさん実が 落ちる。ちょうど本部の工事車両の出入り口になっているのだが、工事のおじさ んは「踏むとくさいから」と実を集めて捨てるというのだ! 「えー、そんなもっ たいない。くださいください」と20個ばかりもらう。
東京の風物詩は、いつの間に厄介ものになってしまったんだ。確かにいい香りは しないが、本物の東京の秋のにおいじゃないか。古き良き東京の伝統が消えてゆ くのは忍びないと、その後も残り物を集めて50個くらいはたまっただろうか。あ のにおいにもだいぶ慣れた。これでやっと真の都民になったかな...と思ったが、 食い方が分からん。とりあえず本日、地面に埋めてみた。でも、いつ頃掘り出し たらいいやらさっぱり分からん。真の都民への道のりはなかなか難しい。とりあ えず埋めたことを忘れないよう、記録に残しておこう。
帰宅途中、道路を横切る小動物に出くわした。時刻は夜11時過ぎ、場所は東映撮 影所の近くだ。初めは猫だと思ったが、それにしては太り過ぎで動きも緩慢だ。 目の前を横切り、少し先でこちらを振り返る。短い尻尾、ふさふさした毛並み、 平たい顔、丸いシルエットなど特徴ある姿はタヌキに間違いない。こんな街中で、 まさか? と思い直してもう一度姿形を確認するが、あんなに足が短くちょこちょ こ歩く猫なんていない。相手はしばらくこちらを見ていたが、わきの植え込みの 中に姿を隠した。そっと植え込みに向かって歩いていくと、今度は2匹現れて道 路沿いにのこのこと走り去って行った。
調べてみると大泉学園界隈は広範囲にタヌキが生息しているらしい。比丘尼橋あ たりでも見た人がいるし、大泉公園には「タヌキ注意」の道路標識もある。結構 有名な存在らしい。...知らなかった。大泉学園ってそういうとこなんだ。
N尾くんから水晶採りにいきたいという要望を受け、錫高野へ下見にいった。水 晶なんてどこでも採れるが、確実に採れる産地となると結構限られる。錫高野は 水晶産地というわけではないが、有名産地だし水晶も採れるし、このさい一度いっ てみるか...ってな感じで出かけてみる。
「スーパーひたち」に乗って、バスに乗って、やってきました錫高野のズリ。し かし、広いだけで何も出ない。次のズリも小さな水晶しかない。ここまできて手 ぶらで帰るのか? やっと小さな鉄重石の入った石英片をゲット。少し山道を登っ て小さな錫石も見つかった。肝心なのは水晶だけど、これも沢の側壁の中から頭 だけのものを掘り出せた。しかし、こんなラッキーは二度とないだろう。
沢を詰めながら少し放浪してみたが、行けども行けどもめぼしい鉱物はない。飯 も食わずに、バスの時刻も無視して、5時間も費やした成果は水晶、錫石、黄鉄 鉱、鉄重石のへき開片くらいのもの。まあ、初見では良い方かな。後で調べたら 時間を費やした場所は「不毛のズリ」と呼ばれていたことが分かった。納得した。 お宝は別の場所に埋まっているらしい。
長い林道歩きの末、錫高野山崎のバス停にたどり着いたものの、次のバスまで1 時間半ある。待つのは寒そうだったので、1時間半と踏んで他のバス路線がある 道路目指して歩き出す。山の中では使わなかった地形図が役に立つ。日が暮れて、 建物も街灯もなく真っ暗な道を一人歩くのは心細いけれど、歩いた時間と距離と から、目的地までの到達時刻の目安がもてるので安心感がある。予想に反して1 時間10分でターミナルとなる石塚車庫前に着いた。2年前、バスの時刻を間違え たために駅まで3時間歩いた千葉の山でのことを思えば大した距離ではないわな。
予定が空いてしまったので午後から大蔵鉱山に行く。水晶採集には何度も通った けれど、鉱石だったマンガン鉱物は採集したことがなかった。正確にいえば、マ ンガン鉱物についての知識がほとんどなかったので、採集できなかったというこ とだ。この間、いくつかのマンガン鉱山を回ったので、いまなら多少は分かるだ ろう。
その気になってよく見ると登山道脇の沢にはマンガン鉱石が転々としている。し かし、ズリには手ごろなサイズの石が意外と少ない。しかも、赤茶色いチャート が表面から見えるような鉱石ばかり。割ってもくすんだ赤色しか出てこない。採 集意欲がなえる。持った感じが多少重いものをとりあえずいくつかキープするが、 2時間探索してもこれだというものはなかった。結局よく分からんままに十数個 もザックに詰め込んで帰ったが、比重を計ったらほとんどがチャートだった。ト ホホ。この石どうする。
まだ、十分に鑑定できていないから正確にはいえないが、マンガン鉱物も少しは 混じっているようで、全くの無駄足ではないと思う。でもやっぱり、ありきたり でもバラ輝石か菱マンガン鉱みたいに派手な色合いの石が出ないと採集した気分 にならないのは、まだまだ素人だからか。素人にはちょっと重い産地だ。
ネットで鉱物関係の情報をあさっていたら出くわしたのがこれ。シミ抜き用の酸 素系漂白剤だ。これで鉱物を洗うとすごくきれいになるのだ。鉱物の洗浄といえ ばサビ落としの効果がある塩酸、蓚酸(しゅうさん)をよく使ってきたが、これ だと方解石などの炭酸塩鉱物は溶けてしまう。それに扱いに注意がいる劇薬とい うことも難点だった。手間なし...はこれらをクリアしてなお有り余る効果があ る。
さっそく購入して原液の中にマンガン鉱石を放り込む。いきなり白い微細な泡が ジュワワワーッと噴き出してまっ黒な酸化皮膜を覆うと容器から泡があふれてき た。す、すごい。こいつは効きそうだ。一晩漬け置いた石は薄い黒皮はむけ、汚 れもきれいさっぱりと落ちていた。薄汚れてなんとなく見栄えのしない石が、そ れらしくなるじゃない。すすぎも酸を使ったときよりずっと早くすむし、優れも のだよ。3回ほど使うと洗浄力はかなり落ちるけれど、安いからよし。
しかし、あまりにも強い洗浄力は劇薬ではなくても劇薬と同じ程度にやばくはな いか。原液を素手で触らないようにと注意書きにはあったけど、石を取り出すた めに原液の中に手を突っ込んだ。で、どうなったかというと、液のにおいがなか なかとれなかっただけだった。まあ、塩酸に手を突っ込んだってどってことない から、それだけで危険かどうかは判断できないけどね。朝起きたら手が真っ白に なってた...なんてことがないように、手袋くらいはした方がいいだろう。
良い子のための巡検の下見にホリデー快速で奥多摩にやってきた。久しぶりの奥 多摩訪問だ。山に通っていたころと駅前の雰囲気は全く変わっていないのがうれ しい。ハイカーやウオーカーの群れから離れて、一目散に奥多摩鉱山を目指す。 氷川屏風岩へ行くときは長く感じた浄水場までの急な登りもあっという間だった。
産地の沢には石を割った跡がたくさん残ってはいたけれど、まだ十分に鉱石が残っ ていて一安心。ちょっと割ればピンクのバラ輝石や茶色のハウスマン鉱が現れる。 目の色を変えて集めるほどの石はない代わりに、全く何も採れないこともない。 だからとり尽くされずにいるんだろうな。
この産地は3年程前、鉱物採集に初めて訪れた場所だった。岩登り用のハンマー で苦労しながら石を割った。出てきた鉱物が何なのかさっぱり分からず長い間放っ たらかしにした。たくさんあった石もいま手元にはひとつしか残っていない。で も、そのたった一つの標本にはピンクの菱マンガン鉱やカリオピライト、テフロ 石などめぼしい鉱物はちゃんと入っている。何も分からなかった割りにはいい感 覚をしていた思う。
昼ごろ駅前に戻るとすでに多くの食堂は満員だった。でも、本命は丸花食堂。見 た目がぼろだからすいている上に味はいい。ざる大盛りとあわび茸の煮付けをた のむ。初めて食うあわび茸は歯ごたえ、味、香りとも優れたキノコだった。次は ぜひ、あわび茸丼を食いたい。あ、キノコそばもいいな。土産物屋ではあわび茸 とシメジ(ヒラタケ)を売っていた。店によっては朝取りのシイタケも置いてあ る。これはかなり魅力的だ。
採集した鉱物の鑑定はいつも一苦労する。勘に頼った肉眼鑑定は当てにならない。 菱マンガン鉱と思っていた石はほとんどバラ輝石だった。現地では厳選したつも りでも、帰って冷静な目でみるとただの石だったりするのは毎度のこと。歩留ま りを上げたいが、欲がじゃまをする。ヤコブス鉱にはくすんだ緑マンガン鉱らし きものがこびり付いていた。もっと鮮やかだったのかもしれないけれど、よく確 認もせずに水につけてゴシゴシ洗っちゃったから酸化が進んで色があせてしまっ たかもしれない。もう一度現地で調べなくては。
久しぶりにバイクに乗ったら腰を痛めてしまった。日がたてば治るだろうと思っ ていたが、なかなか痛みが取れず、ついに整形外科のお世話になった。原因はやっ ぱりバイクの乗りすぎ。ヘルニアの可能性もあるからとMRIまで撮る羽目になっ てしまった。レントゲンを見ながら医者は、あそこが悪いここが悪い、何をやっ たと人を極悪人扱いする。身に覚えのない疑惑はきっぱりと拒絶しないと、いつ の間にか重症患者にされてしまう。けん引も初めてやった。ありがたがるほど効 果があるとは思えなかった。それでも、整形外科にとってリハビリは重要な治療 だ。1回220円と駄菓子やの商売みたいな治療費だけど貴重な診療報酬源なのだろ うから週1くらいは通ってやろう。
18日に待望のMRI検査をやった。筒ッポの中に押し込まれ、周りからコンコン たたかれた。目をつぶるとテントの中でキツツキのドラミングを聞いているよう な感じ。いつの間にか眠ってしまった。診察の結果ヘルニアではないことが分かっ た。椎間板が灰色でここが悪いあそこが悪いと相変わらず医者はいうが、どうす ればよくなるのか、肝心なことはさっぱり教えてもらえない。自分の経験からよ く歩くことと腰を暖めることが効くことが分かった。医者にそれを確認してお墨 付きをもらう。治療に期待はしていなかったけれど、山に登れれば文句はない。
職場には腰を痛めた同僚がいっぱいいてお友達ができたことを屈折した形で喜ん だ。順調に回復しているので、残念ながら長い付き合いにはなりそうもない。悔 しがる様子を見るのがまた楽しい。
天覧山でキノコが惨敗だったから午後からミネラルフェアにいく。シリコンのか たまりなど変わり種の標本を扱う「鉱物のやまもと」で人工宝石を物色する。ル ビー、サファイア、キュービックジルコニアからエメラルド、スタールビーまで そろっている。気になるお値段も目が飛び出るくらい安い! 人工と言えどもす べて本物であることに間違いはない。思わず見とれて当初の目的を忘れそうになっ てしまった。
ここでのお目当はダイアモンド。もちろん人工ダイヤだ。それでもかなり高い。 でも結晶の小さな中国製のものならかなり安い。「マンガンなどの触媒にもとに なる炭素をサンドイッチにして圧力を掛けると、結晶が層になった棒状の物がで きるんです。それを1本20万円くらいで譲ってもらったんです」と説明してくれ た。触媒に埋まった、製造過程の分かる物を7200円で購入した。
もう一つ気になったのは「閃ウラン鉱」。最も強い放射能を持つ放射性鉱物だ。 こんな物置いていていいのか? 「なめたり、ポケットに入れていなけりゃ大丈 夫です」って言われてもなあ。米国産の閃ウラン鉱よりチェコ産のピッチブレン ド(非結晶質の閃ウラン鉱)の方がウランやらがいっぱい詰まっていて重いとい う。やばいと思いながらも手のひらの半分くらいの大きさのかけらを手にとる。 おお、さすがウラン、ずっしりとくるぜ。1センチ角の小さいピッチブレンドも 一緒に購入する。
家でさっそくガイガーカウンターで計測してびっくり。以前購入した褐れん石に 比べて明らかに放射線量が多い。さすがに濃縮ウランの原料となる鉱石だけはあ る。このずっしり感は放射線という毒がいっぱい詰まっているからに違いない。 放射性鉱物の出す放射線の線量はその体積に比例する。褐れん石の10分の1ほど でそれに勝る放射能があるということは、手に取ったでかいかけらは、やっぱり やばくないか。やまもとさんの髪の毛が薄くなっていたのはピッチブレンドの出 す強力な放射線の影響もあるのではないかと心配になった。やあ、きょうは良い 買い物をした。
KenくんとN尾くんのお供で展示会へ行く。今回は名前の通り宝石類が中心なの で子どもの買い物には向いていないかもしれないけれど、いろんな石を見て勉強 するにはいい機会だ。さすがに平日だけあってすいている。それでも、お昼ぐら いには満タンになった。今回はミャンマー政府鉱山省宝石公社がヒスイとルビー を売りにきていた。カット石にはおばさま方が群がっていたが、ルビーよりヒス イの方がずっと人だかりが多く、ヒスイの人気の高さがうかがえた。
Kenくんはミャンマーのヒスイのお店でひとかけら500円の原石を見つけると目の 色が変わってしまった。だって1キロはありそうなのも500円なんだもの。Kenく んでなくても目の色は変わるわ。Kenくんが夢中で物色している間に「まず、一 通り見てから買い物を考えたい」と冷静さを失わないN尾くんと会場内を回る。 N尾くんはインドのムーンストーン(月長石が)気に入ったようで、安いお店を 探して100グラム100円で購入。スライスしたメノウもゲットした。Kenくんは巨 大なヒスイ原石ひとつで十分に満足した様子。「おれ、緑色の石が好きなんだ」 ととってもうれしそうだ。渋い好みだ。もちろん、ムーンストーンに目をつけた N尾くんも負けず劣らず渋い。
1個500円の水晶に混じってトパーズのカケラを売っているブラジルの店があった。 トパーズは無色透明な結晶で、ちょっと見ただけでは水晶と区別がつきにくい。 2人にトパーズと水晶の見分け方をちょっと教えたらすぐに覚えて次々と見つけ 出した。黄色いインペリアルトパーズまで探し出した。ちょっと紛らわしい水晶 を、こともなげに「思いっきり水晶でしょう」と言ってのけるKenくんには恐れ 入った。しかし、N尾くんは集中のし過ぎで気分が悪くなってしまった。申し訳 ない。ちょっと休憩したら、2人とも満足したというので11時半には会場を出る。 子どもには1時間半くらいがちょうどいいのかもしれない。
出張で滋賀県の近江八幡にやってきた。石垣や石段に使われている岩石には灰長 石の斑晶(はんしょう)が入っている物もあるので、半日時間を作って石を観察 に八幡山に登った。とはいってもロープウエーで5分だけど。頂上部の石はおも に安山岩、玄武岩も少しある。登山道を下ってくると石段に灰長石の入った玄武 岩が現れる。しかし、周囲にそれらしい石はない。もろい花崗岩でがまんする。
かなり下った場所で大型のキノコ発見。黄褐色でビロード状の傘。太くはっきり した網目模様があり、根もとが膨らんだ柄。おお、これがヨーロッパで人気が高 いとうわさに聞くヤマドリタケモドキか。他のキノコに比べて柄が異様に太いの が目立つ。傘の径が15センチ程度でも柄は5センチ以上あり、かなり堅い。それ があちこちに生えている。どこにでもある雑木林だが、ここは天国かと思えてし まう。
それでも本当にヤマドリタケモドキかどうかは、食べてみないことにははっきり しない。いつもなら迷わず採って帰るところだが、出張中ではそうもいかない。 キノコは鮮度が命だから、きょう食べれる条件がなければ採る意味もない。理屈 では分かっていても、これだけたくさんあると迷いが出る。いったりきたりを繰 り返し、キノコを散々なでまわす。キノコを覚えるのは山登りを豊に楽しくする ためだったはず。食べれなくても、種類を同定できることが大事なのだ。持ちか えらなくても収穫はあったと納得してその場を去った......などと悟りを開くに はまだ10年かかりそう。ああ、もったいねえ。
きょうは都心で40度近くまで気温が上がった。山から下りてくるとよけい暑く感 じる。よせばいいのに渋谷でお買い物をしてから銀座へいった。とはいっても山 道具のお店と鉱物のお店だ。有楽町の交通会館で鉱物科学研究所がセールをやっ ているので見に行った。
おお、放射性鉱物の褐れん石があるぞ。見栄えは全然さえないが、要は中身だ。 堀先生に「これ、ガイガーカウンターをビービー鳴かせますよね」と聞く。「え え、そんなに強くはないですが、他の石よりは放射能は強いです」と教えてくれ た。先生は「褐れん石らしい標本です」とも付け加えてくれたが、ぼくの知識に は「褐れん石=放射線を出す石」しかなくちょっと恥ずかしい。放射線さえ出れ ばフェルグソン石だろうがモナズ石だろうがゼノタイムだろうが、何でもよかっ たのだ。とにかく速攻で買う。
家でさっそくガイガーカウンターをあてる。ピッピッピという反応音がピピピピ ピピピと連続して出る。ああ、やっとガイガーカウンターが火を噴いたぜ、と感 動。40秒間の計測中に80回もカウントした。約0.80μSv/hだ。おお、さすが放射 性鉱物だ。黒曜石がさびたようなみすぼらしい見てくれも、中に怪しいものがいっ ぱい詰まっているように思えて好感が持てる。
いい気になってピコピコ鳴らしつづけているうちに、だんだん「やっぱ、体に悪 いかも」と思えてきた。腐っても放射性鉱物だもんな。過ぎたるは及ばざるがご とし−ということで、適当なところでガイガーカウンターのスイッチを切る。ふ う、これで一安心だ...。ん? 何か変だぞ。
やっと休みが取れた。ふう。貴重な休みにまずすることが採集会の下見とはちょっ と悲しいかもしれない。おまけにきょうはめちゃくちゃ暑いし、これで見るべき 成果が何もなければかなり落ち込みそうだ。悲壮な決意で猿橋の駅の降り立つ。
産地はすぐわかった。徒歩20分と意外と近くて幸先いい。ただの小さな枯れ沢だ けれど、よく探すと怪しい脈の入った玄武岩がある。割るとごく小さな結晶が出 てきた。沸石だろう。この小沢だけでは持ちそうもないので、もう少し先に進む。 尾根まで上がると長石や沸石が多少は拾える。炎天下の採集になるが、時間をか けなければ大丈夫だろう。尾根をさらに進むと、風の通り道に出る。結構涼しい のでちょっと休憩する。
バス通りに下ると、ちょうどみこしが出ていた。地域のお祭りのようだが、あま りにぎやかではなかった。次は葛野川に出て水遊び場の確認。鮎師がいっぱいい るが多少はスペースがありそうだ。石もちょっと観察したが、暑くて集中できな かった。もうろうとしながら駅に戻る。標本もいくつか採集できたし、採集会の めどもついたのでホッとした。
本日、KenくんとN尾くんが2人で鉱物科学研究所に行くかもしれないと聞いた。 真面目な2人だから大丈夫だとは思うが、様子が気になってしかたがない。夕方 いそいそと出かけた。「ああ、きましたよ。礼儀正しい子たちですね」という答 えに一安心。しかし、どこかで拾ってきた石を「これ何ですか」とやってお店の 人を困らせたようだ。やっぱり。そのうえ水晶までいただいたということだった ので、丁重にお礼を申し上げてきた。
風呂に入って横っ腹をふと見たら、なにやら灰色の粒がついている。体長8ミリ ほどのマダニだ。指でつまんでも簡単には取れない。手ぬぐいにくるんで無理や り引っぺがす。血を吸って醜く膨らんでいたので、無性に腹が立ってつぶしてし まった。もったいないことをした。
マダニは森などにいて、動物に寄生して血を吸う虫だ。葉っぱなどの先端にいて 通りがかった動物につくらしい。かまれても痛くもかゆくもない。かなり深く食 い込んでいるにもかかわらず、全く気がつかなかった。たぶん天覧山で拾ってき たのだろう。5日間も飼っていたわけだ。よく見るともう一箇所食われたこん跡 がある。ちょうどへそを真ん中にバランスが取れたというものだ。
マダニの名誉のためにいっておくが、初めから醜く太っているわけではない。血 を吸う前はスマートな体型だ。しかし、3−10日もかけて血を吸うと体が100倍く らいに膨らむ。ヒルと違って伝染病などを媒介するので、できればお近づきには なりたくない。
いままでいろんな毒虫に遭遇したが、マダニは初めて。春から夏にかかるちょう どこの季節はハイシーズンらしい。全く無防備だった。熱に集まる習性があると いうから、蚊取り線香の熱が返って災いしたか。でも、「免疫」もできたし、マ ダニについての知見も深まったし、山ヤとしてのグレードが上がったのは確か。 ちょっと得した気にもなった。
日本で最大の鉱物・化石・ジェムストーンの展示即売会「東京国際ミネラルフェ ア」にいった。まずは22日の土曜日の午前中にKenくんと開場と同時に入った。 いきなりすごい人出に驚く。休日ってこんなに込むのか。K阪さんは「何を好ん でお金を払ってまで石を見に行くのか」と申されましたが、これだけの人出を見 るとぼくも同じことをいいたくなってしまう。とくに今年は若い娘が多いようだ。 従来の鉱物・化石愛好者とは違う傾向の若い人たちがずいぶん増えた気がする。
Kenくんは一通り見て回るとまずは恐竜の卵の化石(500円)を買う。これは想像 がついた。もうひとつはビスマスの人工結晶。自然界にもビスマス鉱物はあるが、 結晶が見られるほどの大きさのものはまずない。この人工結晶は幾何学模様の形 も面白いし、酸化皮膜も虹色に光っていてきれい。Kenくんなかなか渋い趣味を している。ちゃんと100円のものがあることをチェックしているのにも驚いた。
鉱物同志会のブースに寄ると、子どもたちに石をプレゼントしていた。Kenくん は鉄電気石をもらってご機嫌だ。しかし、気合の入っているところを見せようと ルーペを取り出したのはいいが、「ルーペはひもを付けて首にかけるもの」と逆 に指摘されてしまった。カホちゃん用に無理をいって電気石をもらった。他にも 見て回りたかったが、あまりの人出に身動きもままならない状態でKenくんを連 れ回すのは忍びない。これでは子どもが自由に石を見たり、さわったりして石に 親しみを感じてもらうことは無理。ヒスイを買っただけで、早々に切り上げたつ もりだったが、時計を見たら当初の予定通りだった。
で、日曜の夕方ふたたび出向く。モース硬度計の鉱物をそろえようと今回は英語 力を駆使してカナダのお店でルビーとトパーズを、フランスのお店で石膏とサファ イアを買う。とはいっても How much? , OK! , No thank you くらいだが、十分 通じる。全くしゃべれなくても買えるが、ルビー、トパーズはグラム当たり60円 で売っていたので聞かないといくらかは分からない。量り売りは結構おまけして くれるからお得だ。2000円も出せば手ごろな大きさの石が買える。外国のお店は ちゃんと産地を書いてくれるのもうれしい。それにしても、鉱物標本の店より宝 石類の店の方が多くなったような気がする。
こられなかったユキさん、カホちゃんにもお土産を買う。ユキさんは緑柱石(ア クアマリン)に目の色を変えていたけど、子どもの小遣い程度の石をそんなに喜 んでもらって申し訳ない気がした。
午前中に近畿地方南部を低気圧が通過するという予報に高野連が気を利かせて、 本日の試合をすべて午後に回した。これで午前中に時間ができたと喜んだが、雨 ではしょうがない。思案を巡らせて、京都の鉱物標本店に出かける予定を立てた。 ところが当日は朝から晴れた。甲子園駅まできたものの京都行きは気が乗らず、 2日前にきたばかりの芦屋川にきてしまった。やっぱりアウトドアでしょう。
また高座の滝にいくのも芸がないので、きょうは城山に登る。いたるところでツ ツジが満開、青空に映える。登山道周辺をよく観察しながら歩くが、キノコには まだ少し早いようだ。石探しに切り替える。所々に小さなペグマタイトはあるも のの、結晶はよくて1ミリくらいしかない。それでも雨で土が流れた直後だから、 探しやすい状態なのだろう。
少し歩いては石を拾い、また歩いては地面を掘る。ハイカーがけげんな顔をして 追い越していく。そういえばいつの間にかハイカーのようにさっそうとは歩けな くなってしまった。気がつけば地面を掘り起こしながらうろうろするイノシシの ような行動パターンになっている。ちょっと悲しいぞ。で、イノシシの掘った穴 から1センチほどの黒雲母の結晶を見付けた。頂上への足取りが速くなった。
しばらく石を削るのに忙しかった。ヒスイから軟玉、蛍石、蛇紋石など片っ端か ら研磨してみた。ヒスイ以外は比較的加工しやすかった。とりあえず全部カボショ ンカットしてみた。原石の性質を考えて大きさや形状を変えないと、ただ磨いた だけではなかなか石の特徴は出せないものだ。蛍石のような透明な結晶は別とし て、半透明のものは光を通すように工夫しないと見栄えがしない。ヒスイ海岸で 拾った軟玉なら厚さ5ミリ程度まで。原石が大きかったので喜び勇んで巨大にカッ トしたが、どよんとした色でパッとしなかった。大は小を兼ねない。
意外によかったのが蛍石。「こんな柔らかい石が宝石になるか」と思いながらも 試しに磨いたら、これがずいぶん見栄えがする。やっぱり宝石は透明度が命か。 たった100円の石から4つはカットできるお得さもうれしい。難点はへき開が強い ので形を整えるのが難しいこと、落とすとすぐにへき開面に沿って割れることく らい。
あれこれ磨いているうちにカット石がたまってしまった。石の特徴を調べるため に削ったり、割ったり、切ったり、磨いたりしているだけで、「宝石」収集をし ているわけではない。管理も面倒なので写真と記録を残してちょうどお誕生日だっ たユキさんカホちゃん親子に譲った。蛍石とヒスイをそれぞれにあげたつもりだっ たのに、両方ともカホちゃんに独占されてしまったようだ。喜んでもらえたのは うれしいが、カホちゃんから直接お礼の電話がかかってきたのには動揺してしまっ た。ユキさんが不びんだったのであとで蛇紋石のカット石をあげた。これなら地 味だから取られることはないでしょう。
鉱物科学研究所のセールに行き、またいらん買い物をしてきた。初日の夕方だっ たためか結構込んでいた。最近は石を見ているだけでは飽き足らず、割ったり、 削ったりしてしまうのだから高いものは買えない。蛍石のように安くても結晶が きれいだと「これを割れるか」と考えちゅうちょしてしまう。それで見つけたの がロシア製のキュービック・ジルコニア。ジルコニウムの合成宝石だ。蛍光灯下 と白熱灯下では色が違って見えるすぐれもの。「天然もの」ではないが、本物の 「宝石」だ。屈折率も高く、ずっしりと重みもある。しかも気楽に削れる。
そういえばジルコンは極微量のストロンチウムを含むため放射能を持つという話 を思い出す。わが家の秘密兵器・ガイガーカウンターの存在意義を示すためにも とオーストラリア産ジルコンも購入。しかし、自然線量以上の放射線は測定でき なかった。こいつは間違いなく1ヶ月以内に原型がなくなるだろうな。安かった のでアリゾナ産のペリドットを買う。ペリドットは宝石名で鉱物名は苦土かんら ん石。「これが上部マントルの主な構成物なんだよ」って講釈をたれるときに役 立つちそうだ。これも持ち運びやすくするために小さく砕かれる。石を割るため に買う、変なやつになってしまった。
鉱物科学研究所のセールでガイガーカウンターを売るというので速攻で買いに行っ た。以前は秋月電子などでキットが売られていて比較的安く購入できたが、GM 管を作っていた浜松ホトニクスが製造を中止したため、キットもなくなってしまっ た。今は最低でも4万5千円はする高嶺の花になってしまった。それが5000円とい うので飛びついた。
スイッチを入れるとピッピッピ...とそれらしく計測する。編集局でU博士に見 せたら「これはイラクで劣化ウラン弾の放射能を測定できるよ」とたいそう喜ん で、2日間ほどみんなに見せびらかしていた。U博士は度重なる原発事故の取材 で体にたいそう放射性物質をため込んでいるといわれていたが、意外にも最も放 射線が多かったのはX氏だったという。人は見かけによらないものだ。
しばらくは自然界の放射線を測り満足していた。家中の石を計ったが、どれもこ れも元気がない。ビビビビー!! と針が振り切れるほどの(実はデジタル表示) 刺激がほしい。花崗岩には放射線を出すものがあるといううわさを聞き、渋谷の 街中でビルの壁を計りまくった。しかし、そう簡単に反応はない。がっくりと肩 を落として渋谷駅に戻る。ところが、ハチ公前のある場所だけ異様に数値が高い。 通常は0.1μSv(マイクロシーベルト)位だが、何度計ってもそこだけ0.2μSv以 上あった。最初はうれしかったが、やっぱり気味が悪い。
さっそく、U博士に報告する。すると博士は「やっぱりなあ、あるんだ。そうい うこと」と原子力施設の廃材についての怖いお話を教えてくれた。世の中、見る ことも感じることもできないから、気が付かずに幸せに暮らせていることもある んだと思った。それ以降わが家の秘密兵器はめったに出動する機会が少なくなっ た。
正月は久しぶりにまとまって3日間休んだ。にもかかわらず、山にいったのはちょっ とだけ。もっぱら石を磨いていた。職場の同僚に「石を磨く」というと「暗い」 「他にやることはないのか」と冷たいまなざしで見られる。何か誤解されている ようだ。ただの石を削ったり磨いたりしながらお宝にする作業だから、「カッティ ング」といった方が聞こえがいいか。
今回の研磨対象は年末の展示会で購入したミャンマー産のヒスイ輝石。原石の茶 色い皮(酸化皮膜)をむくのだ。石灰岩や大理石ならば手作業でも何とかなるが、 ヒスイは比べものにならないくらい硬い。厚さも数ミリくらいある。試しに両頭 グラインダーで削ってみたが、全く歯が立たなかった。で、ディスクグラインダー を購入。パワーとダイヤモンド砥石(といし)の威力はすさまじい。硬い石の形 が簡単に変わるくらいガンガン削ることができ、作業がはかどる。
おお、これは調子いいぞ。気をよくして油断した瞬間、左の薬指がちょっと砥石 (といし)にさわった。「あっ!」とさけぶ間もなく、指はざっくりとえぐれ、 血しぶきが飛び散った(ぐはぁ!)。一歩間違えれば指が飛んでいた...ふう、 危ない。硬い石が簡単に磨り減っちゃうんだから、指一本なんかあっという間に だろうな。便利な工具だけれどその分、危険度も高い。もろ刃の剣のようなもの だ。テーピングテープで止血して作業を続ける。
作業したふろ場が石粉で真っ白になるのもかまわず、削って削って削りまくった。 努力のかいあって茶色の原石はきれいなヒスイらしいうす緑色になった。結晶が 粗く宝石質とはいえないが、ヒスイ輝石の鉱物標本としてはそれらしくなった。 ハンマーで割ったかけらはカボションカットにしてみた。形が整ってつやが出る と宝石らしく見えるから不思議だ。だれかだまくらかして売り付けようかな。そ うすれば、スキーの予定をつぶしてまでカットした苦労も報われるかも。
今年の課題のひとつに秩父・奥武蔵地域で新たな鉱物採集地を探すことを掲げた。 さっそく、岩井沢鉱山探索にいく。とはいっても、名前以外の資料は何もない。 とにかく北川地域の最奥部の岩井沢集落までいってみる。西吾野の駅に着いたの は14時だった。駅に向かうハイカーがずいぶん多い。ハイカーらしくないグルー プもいると思ったら、初もうでの高幡不動から下山してくる人たちだった。たっ ぷり1時間半以上かかった。かなり奥深いところだ。集落の上流から枝沢の状態 を調べ、順につぶしていく。岩井沢鉱山はマンガン鉱山だから転石のマンガン鉱 の量を調べれば目的地にたどり着けるだろうと考えた。
たしかに、転石からマンガン鉱が見つかる。鉱山がありそうな気配は濃厚だ。し かし、どこまでさかのぼってもそれが増えたり減ったりしない。鉱石が集中して いる場所もあるが、どこも小規模でズリではない。やっぱり簡単には見つからな い。1日かける覚悟で探さないと無理かも。16時を回ったので、西吾野の駅まで 転げるように駆け下る。17時5分の直通快速急行にぎりぎりセーフだった。
国際化石鉱物ショーにいった。余計な買い物はしないと心に決めていたのに、見 ているうちに「せっかく入場料を払ったのだから」と色気が出てくる。「サンプ ル程度の小さなものだったら、いいかな」と、ちょうど興味が出始めた玉髄(ぎょ くずい)、瑪瑙(めのう)、碧玉(へきぎょく)など石英系の鉱物を中心に物色 する。
鉱物標本には意外とこれが少ない。さまざまな色でキラキラと輝く結晶に比べれ ば、地味な存在だからか。インドのお店で赤い石が目にとまった。見かけはチャー トにそっくり。これはなんじゃい? としつこくながめていたら、インド人の店 主が「それはジャスパー(碧玉)だ」教えてくれた。「Oh, I see」これが、う わさに聞くインドの「レッド・ジャスパー」か。1000円は高いかなとも思ったが、 チャートとの違いをじっくり観察したい。本物を手もとに置いておくことが目利 きに欠かせない。本日いちばんのしょうもない買い物と分かってはいたが、自分 への投資だと考えれば安いかも。ついでに切断されてない苔瑪瑙(モス・アゲー ト)も400円で購入する。
標本を扱うお店より、アクセサリーや飾り物の店の方が掘り出し物がある。それ は店の隅っこや足元にこっそりと置いてある。若い娘が宝石の品定めをしている 足元で、原石のかけらをあさるのはちょっと抵抗がある。が、ここは「加工品よ り原石を見るほうがこの会場では正統派でしょう」と自分に言い聞かせて頑張る (別に頑張る必要は何もないけど)。装飾品の店で玉髄の切れ端を200円で売っ ていた。スライスしてあるので特徴が分かり、大きさも手ごろなので標本として は申し分ない。産地が分からないのが残念だが、見当はつけられそうだ。ブルー・ カルセドニー、レッド・ジャスパーなどを購入。3000円とちょっと高価だったが、 見事な苔瑪瑙板があったのでこれも買ってしまった。だんだんたがが外れていく。
ミャンマーのヒスイは散々迷った末に決意して買った。ミャンマー産ヒスイは茶 色く酸化した「皮」に覆われている。皮をむかないことには標本としてさえない が、1cm以上削らないと「実」が出てこないものもある。硬い皮を削り取る苦労 を考えると手が出ない。ちゅうちょするもう一つの理由は質。緑色が均一に入っ ているのがいいのだが、一部皮を削った「窓」からだけでは内部の様子がうかが い知れない。あからさまに樹脂が注入されたことが分かるものもある。で、切断 面ができるだけ大きく外れの少なそうな物を選ぶ。メロン色で光もよく通すから 悪くはないかなと思ったが、後でよく見ると目が粗かった。これが安かった理由 だろう。たかが2000円のヒスイに多くを期待してはいけない。
一方、期待していたミャンマーのコスモクロアは買うのをやめた。見た目はそれ らしいが、軽すぎる。輝石グループの鉱物ならもっと比重があってしかるべき。 本ものではないおそれがある。それにしても気がついたら7000円も散財してしまっ た。深く反省して帰途につく。
「出陣学徒壮行の地」という記念碑があることを知った。1943年10月21日に学徒 出陣の壮行会が明治神宮外苑の陸上競技場で行われたことは有名だ。しかし、そ れが現在の国立競技場のある場所だったということは、今回初めて確認した。し たがって表題の記念碑も国立競技場内にある。ぜひ、オリンピック関係の原稿に 使おうと写真を撮りに行くことになった。ところが、スポーツ部の記者は誰一人 その存在を知らず、場所も分からいという。スポーツ部の記者なら誰だって国立 競技場なら何回も通っているのに。きっと分かりにくいところにあるのだろう。 あそこじゃないか、いやここだろうとせんさくしたが全く見当がつかない。とに かくいってみることにする。
しかし、それは最も目立つところにあった。高さ4メートル、幅1メートルほどの 立派な記念碑だ。千駄ケ谷門の左にあるマラソンゲートを入ってすぐのところに、 堂々と立っていた。マラソンゲートには立派な案内板まで付いている。どうして いままで気が付かなかったんだ。記念碑の足元には同地で行われた壮行会の規模 や様子、当時の時代背景とともに、この史実を後世に伝えるために1993年に記念 碑を建てたことが記されていた。60年前に学生を戦争に駆り出したのはこの場所 だったのか。今まで知らずにスポーツ記者として仕事をしてきたことが少し恥ず かしかった。
篆刻(てんこく)なるものをやってみた。簡単にいえば「ハンコ作り」だ。採集 した標本のラベルに、画や書に押す落款(らっかん)のようなものがあったら、 見栄えがするんじゃないかなどという単なる思い付きからだ。さっそく印材と彫 刻刀、バイス、サンドペーパーなどが入った「篆刻セット」なるものを買う。印 材は石だが、これがトーフのように柔らかい。彫刻刀でコリコリやると、すぐに 溝ができてしまう。木材より掘りやすい。デザインもそこそこに掘り始めてしまっ たので、出来栄えはいまいちだ。それでも朱肉の付いた印影はそれなりのものに 見えるから不思議だ。いろいろ作ったら結構遊べるかもしれない。
雲稜会の新人の岩登り訓練で広沢寺にいったが、雨で中止になった。いつもの広 沢寺なら雨の予報で中止するところだが、新人教育ならそうはいかない。雨でも 山行は中止しない−それが教育的配慮なのだ。理由はふたつ。(1)東京が雨でも 山が雨とは限らない。(2)たとえ山に登らなくても現地に行くことで得られる知 識もある。理論的にはそうだが、なかなか実践できるものではない。石神井山の 会で「雨でも行きます」とやったらひんしゅくを買うだろう。
28日夜は吉祥寺のナイキショップでプロボーダーの高久さんのトークショーを聞 いてからだったので、23時をまわってから出発。海老名で食事をして、広沢寺の 駐車場着は1時をまわった。こちらは地面はぬれているが、雨は降っていない。 しかし、今回は車のなかで寝る。1kgのダウンシュラフで快眠、9時半過ぎに目が さめる。やっぱり雨だ。雨宮さんがN沢さんの疑問に答えていると、いつの間に かお昼を回ってしまったので引き揚げる。どうせひまだからいいか。
前回、ぼくが野宿をしていたのをえらく感心して見ていたN沢さんだったが、な んと家のベランダで野宿の練習をしたという。真面目なのか物好きなのか、ちょっ とびっくり。「家族の人が変に思いませんでしたか」と聞いたら、「夫は珍しがっ て、いろいろ応援してくれましたよ」とこともなげにいうのを聞いて二度びっく り。そ、そういう人もいるんだ。ぼくの周りでは「青山はホームレスのまねごと をしている」とからかう人がたまにいるが、きっとこれはごく一部の特殊な人た ちだろう。N沢さんちのような反応がごく自然で普通だよな。うんうん。
夜はK阪さんちを訪問する。Kenくんのコレクションがまた一段と増えていること にびっくり。方解石のついた石や先日採集した水晶がごろごろしている。このまま ではコレクションが破たんしそうだ。責任を感じるので何とかしなければと思う のだが、何ともなりそうもない。はぁー。
Nahoちゃんに「エー、携帯メールもカラオケもやらないし、テレビも見ない、お 酒も飲まないの」って驚かれてしまった。すみません。「や、山ヤはいろいろと忙 しいんです」となぜか言い訳してしまう。しかし、別にやましいことをしている わけじゃないよな。中学生の追及に一瞬でもたじろいだ自分が情けない。
千葉の清澄山で26日に30人のパーティーが遭難し、翌朝無事救助された。道迷い で下山できなくなったために、一晩露営したという。大した事故でもないが、大 きく報道されたのは300メートルほどの低山にもかかわらず、30人もの大量遭難 が起きたことにある。典型的な中高年グループであることも注目される要因になっ たのだろう。
この報道で「千葉にも山があるんだ」と知った人も多いはず。「何を好き好んで 千葉まで山登りに行くのか」と思った人もいるでしょう。ところが房総半島の最 深部である七里川上流部は、奥多摩や奥武蔵よりずっと多くの自然林があるのだ。 ちょうど今ごろ紅葉がきれいな時期だ。情報量が少ない分だけ、通好みの「穴場」 といえる。
遭難のきっかけはよくある「道迷い」のようだ。この辺りは同じような標高の山 が続くから迷ったら厳しい。体力に自信があれば「強行突破」もできるけど、中 高年グループじゃ難しいかも。なのにどうして迷ったのか。低山だからとなめて たんだろうなあ。確かにこの程度の山ならよっぽどへまをしなければ、死ぬこと はないでしょう。しかし、道迷いは最も悲惨な結果をもたらす遭難 であることをリーダーは理解していたのだろうか。丸1日道迷いで山中をさまよっ た経験がある者としては、 もう二度とあんな思いはしたくない。
たぶん、多くの登山者は「自分は迷わない」「遭難なんて関係ない」と思ってい るでしょう。何十年登っていてもツェルトを使ったことがないベテランもいる。 今回の事故は世の中そういう幸せな人ばかりじゃないってことを教えてくれてい る。リーダーであろうがなかろうが、辛い思いをしたくないのなら、事故を他人 事と思わないことだ。そして、自分だったらどうしていたか、事故を防ぐために 何ができるか、よーく考えてほしい。次はあなたの番かもしれないから。
10月に展示会で宝石屋からヒスイを買ったとき、「オーストラリアのヒスイ」だ と薄い緑色の石をおまけでもらった。しかし、オーストラリアでヒスイが採れる という話は聞いたことがなかったのでちょっと引っかかっていた。ヒスイにして は透明度が高すぎるので軟玉かなと思っていたが、やっと正体が分かった。
俗に「オーストラリアヒスイ」と呼ばれるもので、実体は緑玉髄(りょくぎょく ずい)だ。「クリソプレーズ」という宝石名もある。「日高ヒスイ」「秩父ヒス イ」など、よく「○○ヒスイ」と呼ばれている石があるが、それらは鉱物の種類 としてのヒスイ輝石とは別物のことが多い。「オーストラリアヒスイ」もその例 えが当てはまるわけだ。宝石屋にその区別まで求めるのは無理かもしれない。鉱 物専門店でないところで石を買うときは気をつけるべきだろう。ちなみに、「メ ノウ」としてもらったものも、紅玉髄(カーネリアン)くさい。
しかし、だからといって「○○ヒスイ」の価値が下がるわけではない。実際、オー ストラリアヒスイはきれいで本物であっても質のよくないヒスイ輝石よりずっと 宝石としての存在感はある。鉱物科学研究所の堀先生も長崎産のヒスイ輝石より、 「長崎ヒスイ」と呼ばれる石のほうが「よっぽどヒスイらしい」といっている。 手元にある高知市円行寺産のヒスイ輝石などはちょっと見はほとんど「ただの石」 だ。例え目の前に転がっていても誰も拾いはしない。石の違いを見分けられるこ とに価値はあると思うが、石自体に「値打ち」を付けることにはあまり意味を感 じない。
山の会の仲間が三ツ峠で落ち、骨折した。入院先の河口湖の病院に見舞いにいっ た。13時30分発のかいじに乗ったら、途中で「大雨のため、鳥沢―猿橋間で運転 を見合わせています」との車内放送があった。相模湖駅で臨時停車し、1時間半 待たされた。おかげですっかり寝不足が解消できた。ベッドに横たわったままだっ たがKさんは元気そうだった。草溝ルートをリードしていて3本目を取る前に墜 落。取り付きの地面まで落ちるグランドフォールになり右足かかとを砕いたそう だ。本人は「反省すべき点はいろいろあります。油断していた」と話してくれた。
三ツ峠で落ちたクライマーはこの病院に運ばれるらしい。だから医者はいろんな 事故を知っていて、グランドフォールで両足開放骨折した話など事例をたくさん を聞いたそうだ。何ともうらやましい限りだ。墜落の場合まず、脊椎(せきつい) や頭部を集中的に検査するという。この手の事故は手なれたもののようだ。幸い Kさん、頭のほうは大丈夫だった。
山に登る限り、事故は避けられない場合はある。ただ、努力次第で被害を最小限 に食い止めることもできる。リードでの墜落による事故を減らすためには、登は ん力の向上が求められる。登はんに余力があれば、いざというときの選択肢が確 実に増えるからだ。この点はKさんも実感していた。
グランドフォールの原因は本人の過失が最も大きいと思うが、確保が墜落に耐え られるものだったかどうかもある。Kさんは「初心者だから過失は問えない」と いう。それはそうだ。でも、登山学校でバットレスを登っているのに満足な確保 ができないとすれば、ちょっと悲しい。リードの墜落を止めるのはかなり難しい 技術であることは確かだ。登山学校のような機会にこそみっちりと練習してほし いと思うのだが、いかがだろうか。
Kさんは「とにかく山歩きできるようにしてほしいと医者に頼んでいるんです」 と前向きなところがいい。なにかの本に「1年くらいのブランクはクライミング に影響しない」と書いてあった。その間に知見を広めてもらい、またいっしょに 登ろう。吉尾さんは多少障害が残っても登っていたし、しろうまの会では障害を 持つ人がいっぱい登っている。だから大丈夫と安請け合いをしておこう。
労山の自然保護集会の取材で京都にやってきた。集会後、オプション企画で大文 字山に登った。落ち葉の積もる急登を登りきるとあちこちに炉があるところに出 る。ここにすべて火をつけると「大」の文字が浮かび上がるのだそうだ。なるほ ど、上から見るとそれらしい。眼下には市内が一望でき、なかなかよい場所だ。 実はここが大文字山の頂上ではない。もう20分くらい登った先に三角点があるの だそうだ。でも、頂上に興味があるわけでもないので、ここから下る。
登りではさっぱり見なかったキノコが下りの本コースではいくつか顔出している。 図鑑を持っていないので同定が難しい。写真だけ撮って進む。道から5mくらい下 の倒木にヒラタケだけは判別できた。しかし、周囲の登山者の目もあるし、荷物 も多かったので写真だけで我慢した。登りの斜面では火山岩系の岩石が多かった が、こちら側では花崗岩系の岩盤だ。地質は単純ではない。
林道に下りたところで、小さな黄鉄鉱がついた石を見つけた。同行の登山者に 「金だよ。金があったよ」とかましてみた。珍しそうに見いっても「へえー」と 一言いうとさっさといってしまう。見もしないで「雲母だろう」と決め付ける人 もいた。鉱物に対する興味関心が低いとは分かっていたものの、これほど反応が 鈍いとは思わなかった。やっぱり鉱物や地質に対する基本的な知識を持っていな いと難しい突っ込みだったかもしれない。
下山するとそこは観光客でごった返す銀閣寺の入り口だった。京都駅行きのバス に乗って、京都会館前で降りる。みやこめっせで開催中の「石ふしぎ展」によっ ていく。関東の展示会と違って入場無料なのがいい。まず、当初の目的のひとつ、 益富地学会館で標本用ラベルを購入。ついでに「カラー自然ガイド 鉱物」と但 馬・大屋産のヒスイ発見の記録をまとめた「白いヒスイ谷への招待」も買ってし まった。ほしかったロシア製のルーペ(1800円)、実験用の安い蛍石(100円) も手に入った。翠宝堂さんで現地鑑定用のごく小さな青海産のヒスイも1200円で 買ってしまった。次のヒスイ採集では必ず強い見方になってくれるに違いない。
あまり時間がなかったが、ほぼ必要なものはそろったので満足。京都駅までは渋 滞で1時間かかったが、それも苦にならなかった。帰りの電車のなかではしっか りと大屋のヒスイの本が読めた。ヒスイ発見に至る過程の話はなかなか面白かっ た。
新宿で開かれている「国際ミネラルアート&ジェム展」なるものにいった。 カット石(宝石)には興味ないが、もしかしたら掘り出し物があるかと多少の期 待があった。削った石に混じって原石もいくらかあって一安心。加熱実験用にミャ ンマー産のサファイア原石を500円で購入。宝石店で糸魚川産のヒスイを購入し た。5000円はちょっと高かったけれど、最新の産地情報を教えてもらい、おまけ にメノウとオーストラリア産のヒスイをもらったから納得。標本自体はあちこち のお店で手に入るが、気軽にあぶったり、砕いたり、削ったりできる値段の石は なかなか手に入らない。展示即売会は貴重な機会だ。それにしても日曜の午前中 だというのにひとは少ない。若いお姉さんはいるが、子どもが少ないのが寂しい。
甲子園取材期間中に台風がやってきた。中心部は明け方に西宮を通過した。きょ
うの試合は午後2時からなので、午前中は台風一過の六甲山。あまり時間がない
ので、山芦屋近辺の城山でキノコ観察をする。小雨がぱらつくが傘がいるほどで
はない。登山道に入るとさっそく大型のキノコ発見。崩れかけているので正体不
明だが、幸先いいぞ。しかし、後が続かない。やっぱり、花崗岩が風化した真砂
(まさ)の土壌はキノコと相性が悪いのだろうか。真夏は厳しいのだろうか...。
中腹にさしかかると小型のキノコが姿を見せる。それにしてもイグチが多い。ア ワタケ、コガネヤマドリ、キクバナイグチと種類も多い。キニガイグチは10本く らいまとまって生えていた。ホテル暮らしじゃ持ち帰ることもできず、涙を飲む。 傘の径が10cm以上あるのはキニガイグチくらいで、あとはほとんど小型のものが 多かった。老菌もいくつかあったので、雨が降らなくてもこの時期はキノコが生 えているようだ。味わうことはできなかったが、結果に満足。いつの間にかシャ ツが泥だらけになり、阪急に乗るのがちょっと恥ずかしかった。
甲子園取材の前日、芦屋のロックガーデンにいってみる。今回は山登りはしない で、じっくり御影石を観察する。高座の滝辺りはうるさいほどのクマゼミだ。夏 だなあ、暑いなあ。ロックガーデンを登りきり、えん堤付近で石を物色。御影石 はピンクのカリ長石を含む花崗岩だ。御影石は花崗岩の代名詞みたいなものだが、 本来は御影で取れた石のこと。六甲は御影石の産地だから、このへんにおちてい る石はどれもこれも御影石だ。とはいっても「これぞ御影石」っていうのは、な かなかない。
しつこく物色すると結構ペグマタイトっぽい石も拾える。おお、水晶もあるでは
ないか...などと夢中になっていると、クマゼミがいつの間にかヒグラシになっ
てしまった。やあ、涼しくて気持ちいい。よどんだ流れで石を拾い上げるとちっ
ちゃなヒルやヘビトンボがついている。初めはビビったが、なれればかわいいも
のだ。Ken君にお土産もできたので、暗くなる前に引き揚げる。
茶屋から下る途中、ガレ場を下りてくるイノシシと久しぶりに合った。芦屋市が イノシシ対策を始めて以降、姿を見なかったが、元気そうでなによりだ。体長 70cmほどの子イノシシだった。こちらをちらちら見ながらよってきたが、黙って つっ立っていたら山へ帰っていった。ずいぶん行儀よくなったものだ。人間とイ ノシシとのあるべき関係が、作られつつあるのかな。
石友のKenくんのお供で、「池袋鉱物・化石市場」なるものに出張る。会場のサ ンシャイン文化会館の場所が分かりにくく、ちょっとうろうろ。小さな会場だが、 結構にぎやかなんだ。Kenくん化石ばかり漁るのかなと思ったら、鉱物もしっか り観察して、「これは黄鉄鉱だね」「トルマリンだ」とずいぶん詳しい。いつの 間に勉強したんだ。でも、メノウは知っていても、それが小さな水晶の集合体だ ということは知らなかったようだ。ちょっと安心した。しかし、油断はできない。 母岩付のスピネルを指して「白い部分は何ですか」と突っ込んだ質問をしてくる。 思わず「石英じゃないかなあ」と適当な答えをしておいたが、実は大理石だった。 ごめん、まだまだ勉強が足りません。
Kenくん一番のお気に入りはやっぱり化石。正体不明なので1個500円、3個で1000 円と激安。お店の人がいうには産地不明なので本当はもっと高いものなのだが、 こうして投げ売りするしかないのだそうだ。なにやら草食動物の臼歯のようだが、 化石に詳しくないぼくにはまったく見当がつかない。Kenくん目の色を変えて物 色していたが、散々迷って二つに絞り、両方で500円にまけてもらった。なかな かいい買い物をするじゃないか。ぼくも20個1000円の標本ケースを購入する。
次にKenくんが目をつけたのが1個300円のグリーン蛍石。結晶形はないけれど、 その分でかい。蛍石の蛍光も知っているようで熱心に物色して、透明度が高くて 緑色の濃い良品を探し当てて購入した。ミャンマー産のヒスイにも興味を示して いたが、ちょっと高くて手が届かない。ヒスイに興味あるとはなかなか渋い。聞 けばヒスイや水晶など、すでにいろいろと持っているという。機会があったら新 潟のヒスイ海岸に採集に行きたいものだ。
K阪さんとお姉さんへのお土産と紫外線LED を買って引き揚げる。LEDは蛍石の 蛍光を見るためのものだが、帰るまで我慢できずに、サンシャインビルの通路の 陰で2人して石を広げてライトを当ててみる。しかし、青白くなるけれど蛍光な のかはよくわからん。こんなところじゃわかりっこないよな。よく考えれば怪し い行為だ。しかし、それでも試さずにはいられない。これが石屋のロマンなのだ。
Kenくんの家族には、石への理解と興味関心を少しでも深めてもらう必要がある。 そのご機嫌をとるためのお土産には人工ジルコンを選んだ。屈折率が異様に高く てダイヤモンドのように輝く。昔はダイヤモンドの代用品に使われたほどだから だてではない。これを標本ケースにいれて箔をつければ、どこから見ても「ダイ ヤモンド」。Kenくんに「青山さんが『ダイヤモンドが安かったからお土産にど うぞ』ってくれた」といって渡すように頼む。くれぐれも1個100円なんてことは いわないようにと念を押す。でも、すぐばれたのはなぜだろう。
東京国際ミネラルフェアに行った。以前から催し自体は知っていたが、参加する のは初めて。考えている以上に、いっぱい人がいてびっくりした。色とりどりの 鉱物や化石、名石が並んでいたが、それらにはあまり興味がわかなかい。国産の 鉱物標本をいくつか物色したが、外国産の色鮮やかな標本に比べるとはっきりいっ て地味。ただの石にしか見えない。勉強不足を痛感する。ただ、糸魚川の翡翠 (ひすい)は素人目にも見事だった。5000円と少々値が張ったが鑑定の勉強用に 山取りだというかけらを購入した。大きな収穫は「鉱物同志会」とコンタクトが 取れたこと。活動内容と入会方法を聞けて満足。勢いで機関誌『水晶』を2冊購 入したら持ち合わせがなくなってしまった(涙)。
山梨の石屋さんで木化石といっしょに赤い石を売っていた。赤玉石かなと思って 手に取ったが、どう見てもチャート。店員に確認しても要領を得ない。するとと なりにいたおじさんが「これはチャートですよ。赤いのは鉄分が多いから」と親 切に教えてくれた。しかし、その後でマンガン鉱床がどうたら、プレートテクト ニクスがほげほげとうんちくが始まったのでこっそりと逃げた。
日本産の鉱物として和田峠の黒曜石がいくつか売られていた。真っ黒で何の変哲 もない黒曜石なのに、商売になるのか。その隣に十勝産で赤まだらの黒曜石の切 れ端が売られていた。こんなかけらが1000円とな! もらい物の黒曜石のかたま りがまた捨てられなくなってしまった。
展示物を見るだけでも楽しいが、それを物色しているひとを観察するのも面白い。 おじさんばかりかと思ったら、子どもや若い女性が多かったのは意外だった。高 級な宝石を扱う店がある一方で、ひとつ数百円程度の月長石(ムーンストーン) やジルコンなどのジェムを売る駄菓子屋のような店もある。「玉石混合」の混と んとした雰囲気がいいね。買うほうも見てくれだけを気にする人、いちいち標本 を持ち上げてラベルで産地を確認する人など、石に対する考え方、見方がそれぞ れで面白い。翠宝堂で「翡翠の価値はどこで決まるんですか、色ですか」と聞い ている人がいた。色だけでなく、ち密さなど質もかかわっているので価値を決め るのはなかなか難しいということだった。
翡翠は日本を代表する宝石で、世界中でも日本とミャンマーでしか産出しないも のなのだそうだ。結晶がち密で硬度はそれほどないが、堅く割れにくい石だとい う。そこまでいわれると断面の結晶の輝きが、石英とはちょっと違うかなと思え てくる。でも、1日たったら、やっぱりただの石かなって。
ある種の鉱物には紫外線を当てると発光する「蛍光」という性質がある。という ことは知っていた。螢石などが有名だが、そんな石はきっと素人には手の届かな いところにあると思っていた。
赤く蛍光するマンガン方解石も、見ただけでは普通の方解石との違いは分からな い。だから、こんなにたくさんはいらないと、砕いて石捨て袋に放り込んでしまっ た。ミネラライトを買ったのも蛍光鉱物を拾ってきたという認識があったわけで はなく、方解石の中には蛍光するものがあるそうだから試してみようかなという 軽い気持ちからだった。
持っている標本に次々と紫外線を当てるがまったく変化なし。煮詰まって物は試 しと捨てた袋の中を照らしてみると、ボーと赤く光るではないか。これはびっく り! 蛍光鉱物ってそんなに簡単に拾えるもだったのか。そういえばじゃまっけ だからと、琉球石灰岩をこなごなに砕いて植木鉢に捨てたことを思い出す。鉢の 中のかけらはミネラライトの光りに黄色く浮かび上がった。ああ、石を見掛けだ けで判断してはいけない。ちょっと勉強になった。