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「これ……私……」

 殺し……た。
 殺した。
 自分が殺した。そのことを明確に理解する。迅速(じんそく)に、無駄(むだ)なく。
 べっとりと濡れた我が武器。神に仕え、そして神に奉仕するために手にした武器にして神器。
 それが、血に濡れている……。
 血塗られた神器……アルカーナの聖印が刻まれたライト・メイス。まるでその神器自体から滴り落ちるようなその姿は、凄絶なものがあった。

「? おい? どうした?」
「これ……ああ……私、これ…」

 その問いには答えず、その血に濡れた武器と手を交互に眺め続ける。ポタリ…ポタリと落ちる紅い雫――その一滴一滴のしたたりが、不気味なリズムを刻む。

「ちっ」

 それを見て男は軽く舌打ちする。だが彼女を非難するつもりはなかった。
 人の死とはそういったものだ。撲殺という通常では考えられることのない死。人間の耐えうる限界値以上の打撃力を与えた結果の終局。 しかも、それを行ったのがその本人ならなおさらだろう。 彼女はふっと視線を持ち上げた。

「あ、あ……ああ……」
「血を見てひよりやがったな……なぁ…おい……!?」

 そっと――だが少々乱暴に――声をかけようとした瞬時――右わき腹辺りに凄絶(せいぜつ)な衝撃。

「……あああああああああああっ!?」

 ライト・メイスという撲殺武器が、鋭く――そして無駄なく打ちこまれる。筋肉の鎧に包まれているはずの右わき腹の肋骨があっさりと砕かれる。
 打撃武器は外を破壊するのではなく、内を破壊する。その致死性は状況次第ではむしろ剣より上だ。

「ぐ、が……て、てめぇ……」
「これ、いったい『何』ですか?」

 気が狂うほどの激痛の中、その耳に届いた声は、あまりに静謐(せいひつ)だった。

「あなたは、いったい『何』ですか?」

――ぞぶっ――

「がああああああああああああっ!?」

 一度受けた右わき腹――そこにもう一度、寸分の狂いも無く叩き込まれる。湿った布に叩きつけるような不気味な音が響く。折れた肋骨が肺にでも突き刺さったのか、ゴボリと喉の奥から嫌な味が広がった。

「が……ぶ……」

 肺に障害を受けたのだから当然だが、その声は、声とならない。ゆっくりと膝を突く。

「あなたは、いったい何?」

――ごっ――

 膝を突いた男の後頭部に、迷い無くその手の神器を振り下ろす。そこが一番打ち込みやすい場所だったからだ。他に理由は特にない。 軽い手応え。だが、明確な何かを断ち切る感触――その後、『それ』は動かなくなった……。

  いや、ビクリ……ビクリと痙攣(けいれん)というリズムを続けている。

「…………」

 彼女は、もう一度手にした武器を振り上げ、そして素直に――欠片の迷い無く――振り下ろした。

――ぐちゃっ――

 水っぽい音が響く。飛び散った血粒が一滴、頬に付く。
 一滴――、鮮血の一雫――、命の一滴。
 彼女は、それを見てポツリとつぶやいた。

「汚らわしい……」

 

ガルフ物語

原案、作 : 人形
キャラクター原案 : 人形・がってん

 リズム。

 心臓の血液循環から発生する人間には絶対不可欠――というより、避けてはとおれない生理的現象だ。避けてはとおれないから、人間はそれを利用する。
 どのような行動であれ、そのリズムによってタイミングをつかみ、きっかけとし、そのあらゆる行動が始まる。戦闘にともなうほぼ無限ともいえる選択肢も、そのほとんどがリズムというきっかけで決定し、そしてリズムによって行動を開始する。

(逆に言えば……それを全部読み取られれば、すべての行動が読み取られる……)

 それが先読みであり、その技術を極めた者はある意味、無敵になる。

(そんな訳あるか……っ)

ガルフは剣呑な表情をさらに険しくし、手にした剣を握りなおした。
 振り続け、振り続け……それはガルフのためだけの物になるために磨耗した鉄の塊。まるでそのためだけに在るかのように、その柄は手の形に収まった。
 そしてゆっくりと体を揺する。
 縦揺れのリズム。
 このリズムを相手に読み取られ、先読みされている。それは分かってはいたが、物心ついたころから鍛えつづけた体は、命令を与えればまずこのリズムを刻み始める。
 それを見て、目の前の相手は軽く笑みを浮かべると、身構えた。右手のライト・メイスをゆっくりと下段に降ろし、力を抜いて地に付くままに任せている、そして左手のヒーターシールドを胸元に引き寄せるようにして構える。

 攻めに三割――受け七割。

(アルカーナの神官戦士……第三の構え、『左手の守護』……か。基本的すぎるくらい基本的な構えだな……)

 だが、どこにも無駄な力など入ってはいない。おそらく、そのまま半日そうしていろと言っても、平然とやり遂げてしまうのではないだろうか。
 そのヒーターシールドに描かれた聖印は、なにかこちらを値踏みしているような……そんな気がするのは、こちらの気のせいだ。気のせいであって欲しい。 
 そして、そのまま相手の左足がゆっくりと地面を擦った。
ガルフはそれを見てふっと思い直す。

(これからは、神官武術を馬鹿にするのはやめよう)

 そしてそれらを吐き捨てるようにふっと息をつくと、ガルフはざっと進み出した。


「えっと……大丈夫?」

 心配そうに覗き込まれる視線を、少年はむっつりと睨む。
 正直、大丈夫じゃなかった。右胸あたりに叩き込まれたメイスの打撃力は、正直シャレですむものではなかったようである。
 つまり、これが実戦なら死んでいたわけだ。

「大丈夫?」

 さらにその顔が近づいてくる。不意に気恥ずかしくなってガルフは顔をそらした。

「大……丈夫ですよ」

 そしてそのままそらし続けるようにして体を起こす。泣きそうになるほどの痛みが走ったが、気丈にもそのまま立ち上がる。

「あ、ちょっと動かないで。奇跡を使うから」

 それを聞いてガルフは顔をしかめる。正直、傷の手当てなどいいから、早くその場から立ち去りたかった。
 理由は簡単である。

 気恥ずかしいのだ。

「あっ。だから動かないでってば」

 そっと胸に当てられる彼女の手に、少年は思わず俯いてしまった。それは、ただ傷の痛みだけではないことは、まわりでニヤニヤ笑いながら眺めている『同僚』たちがよーく知っていた。

 彼女は、フティウといった……。

 彼女は今年で37歳だという。だが、その雰囲気はのぉんびり生きていたら歳をとるのを忘れてしまった――そんな雰囲気がある。肌の張りなどはやはり歳相応に衰えは見られるものの、その体からにじみ出る雰囲気は少女そのものであった。後ろに束ねられたポニーテールがしゃれにもならないほど似合っているのは、そんな理由もあるかもしれない。
 右胸あたりにそえられた彼女の手から、じんわりと温かみを感じる。
 その手をつたうようにして彼女の顔を覗き込んだ。二重のせいか、少しぼんやりとした眼差しが懸命に自分の胸元に注がれている。なぜか頬あたりが熱くなり、あわてて頬を叩く。

「? どうしたの?」

 気づくと、彼女の視線が自分を捕らえていた。

「あ……う……」
「えっと…ガルフ君?」
「いえ……なんでも……」

 そううめくようにつぶやく自分がどうにもなく情けなかった。だが、それと同時にどうしようもなくそれを楽しんでいる自分も存在する。 そんな二つの思いをもてあそびながら、ガルフはいつの間にか痛みが消えた右胸に、漠然と視線を送った。
 そして視線を上げると、彼女の隣に、彼女と同じような雰囲気を持った天使が微笑んでいた。彼女が契約を交している天使。とても彼女らしい天使だと、ガルフは思った。薄絹を纏い、二枚の翼で緩やかにフティウを守らんとする厳粛なる乙女――。

「はいおしまい。どう? まだ痛いところある?」

 そう聞かれた場合、傭兵はまず全身の苦痛というサインを正直に受信しようとする。痛みに愚鈍になればその後は死が待っている。だから傭兵は絶対に傷にたいして過小評価などはしない。 結果、彼の全身からはこれ以上の苦痛のサインは送られてきていないとガルフは判断した。

「大丈夫……です」
「そう。でも、あんまり無茶しちゃだめよ? って、その無茶をさせてる私が言っても説得力ないか」

 ペロっとしたを出したその仕種が、なぜ彼女にはこうも似合うのだろうか……。

「さてっと、どうもありがとう。おかげでいい訓練になったわ。また相手してね?」

 感謝、支持、要請……言いたいことはたくさんあった。言わねばならないとも思った。だが、その彼女の言葉に、ガルフは一言だけ言った。

「は、はいっ」

ガルフは、情けなさそうにうつむいた。



 アルカーナ神殿名誉司祭――それが彼女の肩書きだ。だが、その肩書きを取り払ったとしても、彼女の魅力は欠片も失われることはないように思える。
 その卓越した武芸と、そしてアルカーナの愛し子とまで言われるその敬虔なる信仰心。
 そして純真すぎるほどの純真さ、まるで幼子のような危うさも、彼女の魅力に一役買っている。
 つまり要約すると、

「なんで彼女のような人が、こんな傭兵団の宿舎にくるんですか?」

 ということになる。
 オーガー――そんな二文字が連想できる隆々たる肉体の持ち主であるトロウ第三支部傭兵団団長のガーヴァングは、そう詰め寄ってきたガルフの頭をその巨大な手で『やんわり』と掴んだ。それだけでガルフは動けなくなる。ガーヴァングという男は、それだけで岩ぐらいなら握りつぶしてしまえる位の膂力を持っている。
 そんなふうにして動けないガルフの手に、ぽんっと2,3枚ほどの紙切れを渡した。

「? なんですか? これ」
「<腐れ根>と呼ばれるある宗教団体のお話だよ」
「しゅ、宗教団体?」
「最近精力的に活動を続けている団体でなぁ」
「はぁ……」
「成立当時は活動もおとなしいもんだったんだが、最近じゃぁ豚牛鳥のいけにえに、怪しげな踊りだ。あの様子じゃきっと麻薬三昧に集団乱交もお手のもんだな」
「……ほんとですか?」
「偏見の塊でなぁ俺は、しかも食わず嫌いなんだよ」

 にやりと笑うその表情は意外と優しい。その体格やその顔面に似合わず、ガーヴァングは知恵士との噂も高い。

「つまり、確認……ですか?」
「地域密着型の集会で終わってればそれでよし。終わらねば……まぁ、あんまり気持ちのいいことにはならんな」
「…………」
「どうした?」

 急にふさぎこんだガルフを見て、傭兵団団長兼ガルフの親代わりはその義理の息子の表情を覗き込む。そこには、様々な感情の入り組んだ結果、無表情のようにならざる得ない――そんな表情。

「どうした?」

 義理の父の、再度の問い。ガルフは、無表情――のようなものを、そのままガーヴァングに向けた。

「それには……彼女も――フティウさんも参加されるんですか?」
「当然だろ? そのためにアルカーナ神殿からお呼びがかかってるんだからな」
「…………」
「どうした?」

 尋ねながら、ガーヴァングはふっと少年の腰に吊るされた剣に目をやった。少年の体格から量ると、若干大振りの剣。だが、それはガルフを『量りきれていない』者の感想だ。真にガルフを知っているものなら、その剣は妥当のものだと判断する。振り続け、振り続け……それはすでにガルフ『自身』となっている。それはガルフの延長であり、ガルフは剣ではなく、己を昇華させる為に訓練を積む。
 見やると、ガルフも己が剣を見ていた。何かを問うように、なにかの答えをそこから導き出そうとしているかのように……。

「剣はただの道具だぜ」
「……知ってます」

 そうつぶやくガルフの表情は、なぜか暗い。ガーヴァングは、ひょいと首をかしげるようにしてその表情を覗き込む。

「どうしたんだ?」
「……彼女、純粋ですよね」
「……ああ、敬虔なアルカーナ信者らしいな」

 言いながら、ガーヴァングも気づいたようだ。
 純粋――その言葉は、こと傭兵たちにとってはあまり誉め言葉として使われることはない。不純と受け取られても、それを意とも解さないしたたかさが傭兵には望まれる。

「不安です」
「正直だな……」
「彼女は敬虔なアルカーナ信者。そして、あまりにその心は純粋すぎる。おそらく、今まで大事に……大事に育てられたようですから」
「『実戦』を知らな過ぎる……か?」
「最初の実戦に、今回の事件は少々危ないのでは?」

 ガーヴァングはそれを聞いて肩をすくめる。

「ま、そんときゃ最悪、死ぬだけさ」

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 結果……それは最悪だったらしい。

「あら、ガルフ君」

 気楽な、まるで道端でも会ったときのような声。だが、その凄絶なる死者の道と、密室の空間にこれでもかとただよう血の匂い……。

「この人たちはね、悪魔なの。だから、殺したの」
「…………」

ガルフはなにも言わなかった。だが、死者たちが握り締めた物――祭壇に供えられていただろう宝石や神器の類――を見て、だいたいのことは覚った。
 おそらく、彼女は見てしまったのだろう。傭兵たちの『報酬』を……。
 傭兵は、その『現場』からの遺留品を報酬として受け取る権利がある。彼女は、おそらくそれを見たのだろう。
 その、死体を漁る傭兵たちの争いを……。

「フティウ……さん」
「なあに?」

 彼女の表情と声色は、最初に会ったときと……訓練を受けたときとまったく変わらなかった。
 それが、ガルフにはひどく不気味だった。死肉が倒れふす空間で、天使のような笑みを浮かべる彼女……その余りの不似合いは、凄絶なものがある。

「なあに?ガルフ君、なにかようがあるんでしょ? なあに?」
「…………」

 その笑顔を眺め、ガルフはその真実を、粛々と受け止めた。

(彼女は壊れた……)

ガルフは、ゆっくりと腰に下がった剣を引き抜いた。
 ずっしりと重量のある鋼の剣。それを見て、彼女は寂しそうに微笑んだ。その微笑みは、心底からの哀れみが含まれていた。

「そう……あなたも、あなたも悪魔だったのね。アルカーナの御心を理解できない人なのね」

 徹底的な温室育ち。そのあまりにも過保護に育てられた彼女。その不幸なまでの才能が、その現状を維持させたままで十分、その実力と賞賛を集めることができたために、彼女は実戦を知らずに育った。
 そして、彼女は人間として不適格なまでに、純粋に育ちすぎた。
 真っ白な布は、あまりに染まりやすかった……。

 37年間。その天使を育てるがごとくの奇跡は、結局、最悪の形を迎えていた……。

ガルフは、ゆっくりと剣の切っ先を下げ、下段の構えを見せる。
 一方、彼女は今までの訓練の構えを、そのまま忠実に再現させた。
 左に構えたヒーターシールドを胸元に、右手のライト・メイスを重量の導くまま、下へと落とす。
 アルカーナ神官武術第三の構え『左手の守護』―― およそ個対個の戦いにおいて、これ以上ないとも言える『受け』の型。この型を極めた相手に対し、攻撃を加えるのはほぼ不可能ともいわれる。
 無論、弱点もある。この構えは多数からの攻撃に対して非常に弱い。もっとも、今回にいたってはまったく意味の無い事ではあるが……。
 現在の彼女との距離――間合いは歩数にして約5歩。少年は、そこから躊躇うように動かない。むろん、彼女も動かない。今までの彼女との対戦成績は13戦13敗。だが一度足りとて、彼女の方から攻撃を仕掛けたことはなかった。
ガルフはゆっくりと間合いを詰める。

(彼女と戦うのなら、一つの覚悟がいる……)

 もっとも、ここに立ち、彼女と戦うという意思を持つのでさえ、何度覚悟したか分からないが……。
 ふと、彼女の足元を見やると、見慣れた巨漢が倒れ付していた……。

「……ガーヴァング……団長……」

 頭部に致命的な陥没が見られる。おそらく、何度も……何度も、彼女の持つ神器で叩きつけられたのだろう。

「何で……こんなことを……フティウさん」
「なんで? 魔を退治することに、理由なんていらないわ」
「………」
「どうしたの?」
「……たぶん、なにを言っても無駄なんだろうな……」
「? どういうこと?」

ガルフはそれには答えず、一歩、間合いを詰めた。
 それを見て彼女はすっと目を細める。
ガルフは、細く息を吐いた……。



「およそ、歴史の中に出てきた『武器』ってのは、なんなんだろうな?」
「? 質問の意図がつかめないんですが」

 訓練中、よくこのようなわけのわからない質問をしてくる。そういう男だった。ガーヴァングという男は。

「お前が今持っている訓練用の剣。それも訓練用ではあるが、『武器』には違いないわな。だが、たとえば包丁なんかは武器とは言わない。 なんでだろうな?」
「……分かりません」

 ガーヴァングはひょいと手にした剣を振ってみせる。模造剣――刃を潰した訓練用の剣だ。

「武器ってのは、人を殺すためのもんだ。どんなもんであれ、一撃で相手の命を奪うもんを『武器』という」

 そして、それを軽く振り上げ、そして躊躇い無くガルフの右肩へと振り下ろしたっ!

「うわっ!?」

 当然というべきか、右肩辺りへ、シャレにならない衝撃。

「んで、今これは『武器』じゃない。うっかり死ぬことはあってもな。どういうことであれ、一撃で殺す意思を注ぐことができない道具を『武器』とは呼ばない」

ガルフは答えなかった。とにかく、右肩が痛かった。



 ゆっくりと、ガルフは体を揺すり始める。縦揺れの、いつものリズム……。それを見て、フティウは何かを確かめる様に微笑む。だがガルフはそれに構わず、静かに、だがそのリズムは徐々に小刻みなものへとなっていく。
 ふっ―――と、二人を柔らかな風が撫でる。その微かな、微かなきっかけ……。
 だが、引き絞る弓のごとくギリギリまで緊張した二人の間には、そのきっかけで十分だった。

「ああああああああああっ!」

ガルフは吼えた。訓練時であれ、実戦時であれ……声一つ出さない少年は絞り上げるように雄叫びを上げる。

 それを見てフティウのとった行動は左手の守護をとったまま、微かに腰を落としただけだった。瞬時、ガルフは弾き飛ぶように突っ込んでくるっ!
 まず四歩の間を消す。そして下段からの構えからそのまま上段へと振り上げ、そして振り下ろす。完全なる我流の動き。だがその円を描くような流麗な動き、そして欠片の躊躇いもなし。
 が、タイミングを完璧に掴まれているらしく、その斬激はあっさりとフティウのヒーターシールドに受け止められる。
 しかも、受け止めると同時に、ライトメイスが盾と交差させるようにして下段へ引き絞られる。今まで13戦――そのうち8戦はこれでやられている。
 が、どうしようもない。このリズムとタイミング。これを彼女に完全に掴まれている。すでに彼女は視線はこちらにはない。ただ約束組み手をするかのように分かりきった手筋なのだろう。
 そして、いつも通りというか……凄絶な衝撃が右わき腹に走った。


 だが……ガルフは『その痛みを無視した 』。


「っ!?」

 フティウは、視線をこちらに向け、そして見開いた。

「試合なら……ここで終わりなんだろうけどね……」

ガルフはシールドに叩きつけられたままの剣を再度振り上げ、そして静かに振り下ろした……。
 むしろ緩やかともいえる剣速――だが、それは違えることなく彼女の首筋を擦った。

「あ……」

 一度だけ、まるで笑い話の様に血が溢れ出る。彼女のそのポツリとしたつぶやきが、ゆっくりと崩れ落ちる。

「ど……して……? 私、あなたに負けたこと…無かったのに……」
「試合……じゃないんだ……一撃を…受けたからって、それで…相手…が、倒れるとは、限らないよ……」

 ぜいぜいと、荒い呼吸をつきながらガルフは片膝をついた。右わき腹の陥没は、正直シャレではすまない。呼吸が、思うようにできない。

「く……アルカーナよ……」

 フティウは傷を癒さんと、アルカーナに祈り始める。

「…………」

ガルフは素早く切っ先を彼女の喉元へ突きつける。だが、そこまでだった。切っ先を突きつけたのみ、それ以上、押し込むことができない。
 彼女はそれを見て勝ち誇る様に微笑むと、祈りを続ける。
 だが……

「……アルカーナ? どうしました? アルカーナッ!?」

 彼女は叫び続けると、やがて、その視線を目の前にいる少年へと向けた。苦痛に顔をゆがめ、それでもこちらを気遣うような瞳を向けている。純粋な……14歳の瞳……。

「ああ……そうか……そうなのですね…アルカーナ……」

 彼女は寂しげに微笑んだ。

「私は……間違えたのですね……」

 そっと手を伸ばし、少年の頬をなぜた。

「……ごめんねぇ……」

 たった一言。たったそれだけ。
 だが、それ以上の言葉が、彼女からは発せられることは無かった。
 永遠に……。

――ぐふっ――

ガルフは軽く咳き込んだ。すさまじい激痛とともに、少量の吐血。だが、それをまるで勢いにするようにして、少年は立ち上がった。
 静かに、眠るように目を閉じられる彼女。もっとも、彼女の白い神官着を染め上げる血――。その赤黒さが、生と死。その境を決定的なものにしている。
 辺りの死体を見ると、ガーヴァング以外はなにかとてつもない力で吹き飛ばされたふしがある。

聖波動(フォース・イクスプローション)……」

 そして、おそらくそれが彼女最後のアルカーナの加護……。

「なにが、アルカーナの御心に背いたんでしょうね……フティウさん」

 ガーヴァングを含め――いや、ガルフでさえ含めたこの傭兵団は、善か悪かと問われれば、確実に悪だろう。

「フティウ……さん……」

 最後に、少年は彼女の名前を呼んだ……。そして同時に、その名は一生涯、口にしないと誓った。

「さよなら……」



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