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 ある時、男は言った。『それ』はある時は女でもあった。
 『それ』は、繰り返し、繰り返し、言った。
 『それ』は、繰り返し、繰り返し、尋ねた。

「――お前は、アームズ共和国皇太子、エルドーム・リーダムを殺せるか?」
「……可能性は低いけど、不可能じゃない」

「――お前は、ドレス帝国第十三死地専用傭兵団『愚者の団』団長、<角無しの>ズジマを殺せるか?」
「……可能性は低いけど、不可能じゃない」

「――お前は、ジェクト魔法士協会最高議会『十二の理』の一人、<>死の理(しのことわり)クラーサン・シューデン・バイルゲートを殺せるか?」
「……可能性は低いけど、不可能じゃない」

「――お前は、フラウティア共和国A級戦犯、<千人殺し>ロバルディ・フロイドを殺せるか?」
「……可能性は低いけど、不可能じゃない」



「――お前は、私を殺せるか?」



「…………」



 一つの条件反射で成立させていた問答。それに若干の間を取る。前を見ると、『それ』――今日は男だ――は何も変わらぬ様子でじっとこちらを見ている。今までの問答の間も満足も不満も見せず、ただこちらの目を見続けた。
 若干の間――それは一秒だったか、二秒だったか……とにかく『間』と認識できるほどの時間を費やし、答えた。

 ――意味がないと知りつつ。

「……殺せる」

 それを聞いて、初めて『それ』は満足気に頷いた。

「そう……それでいい。お前は何でも殺せる存在だ。あらゆる階級、あらゆる存在、あらゆる確率の外にいる存在だ。
 お前はいかなる者からも殺される可能性を持つ。だが、お前はいかなる者も殺せる可能性を持つ。
 お前は最高の存在だ。そして、お前は最低の存在だ。
 お前は『楔』になれ。あらゆるものの外から物事を見、そして楔を穿て」

「…………」

 正直……『それ』が言っている事が自分にはよく分からなかった。一生、分からないかもしれない。分かっているのに、分からないふりをしているのかもしれない。それすら自分には分からなかった。

 ただ一つ――分かることがある。分かりきったことがある。



 自分は、今から『それ』を殺さなければならないのだ。



「さあ。始めるとしよう」

 そこで初めて、『それ』は魅力的な笑みを浮かべた……。
 
 

スパイク物語

原案、作 : 人形
キャラクター原案 : スパイク


 


「ぐ……ぐぐぬぅ〜〜〜……」
「ん〜〜〜〜〜〜……」

 原始的な遊び。純粋に――あるいは単純に力を比べる遊び。駆け引きは打ちにくく、策は立てにくい。それゆえ明確に差がでる遊び。
 だが、それはめずらしく拮抗していた。
 一人は男だ。中途半端に――不精で――伸びた髪の毛を適当に後ろで束ね、鼻の先には中途半端にメガネがかかっている。その眼鏡はどうやったって瞳の直線状にはない。つまり、メガネとして機能できないポジションにある。伊達である。
 その男の立てている右腕にがっしりと組み付いているのは、一人の少女だ。小柄な体つき。年は十六歳前後だろう。幼子がもつ清楚さと、大人が持つ色気を絶妙のバランスで配している。もっとも、その愛らしい顔はギリギリと歯を食いしばり、お世辞にも色気と清楚さは感じないが……。

「どっっっっせいぃ〜〜〜〜……」
「き、きさ、ま。そ……それ……が、女、の、子、の、い……言う台詞か〜〜〜〜〜〜っ」
「あゃっっっはぁ〜〜〜〜ん〜〜〜〜〜〜♪……」
「やめいっ! こっちの力がぬけ……ぬ……ぬおおおおおお……!?」

 絶妙に拮抗していた腕が。少しずつ少女に押し切られていく。どう見たってそんな力があるように見えない細腕だが、その少女の隣に何気なく置かれてある戦斧は、ひいき目に見ても最重量級だ。
 この遊びは一度押され始めると、押し返すのは困難になる。単純すぎるほど単純な遊びのため、それを回避する手段が少なすぎるのだ。
 手段は、相手以上の腕力で押し返すことのみ。

「う……ぎ……が……ぎぎっ」
「ふっ……ふっ、ふっ、ふ〜〜〜〜っ♪」

 だが、微かに出た差が更なる差を呼び、少しずつ、少しずつ押し切られていく。少女は勝利を確信したような笑みを――多少引きつらせながら――浮かべ、更に力を込める。

「……なにをやってるんだ? あいつら」
 そこに一人の少年が帰ってきた。幼い顔立ちに似合わない落ち着きを持った少年。抜き身の長剣を、びっしょりと汗をかいた肩に無造作に引っ掛けている。

「なんでも、今日の食器洗いの当番を決める腕相撲だそうです」

 それに答えたのは、落ち着きを持った少年と同じくらいの年頃の少年だ。だがこちらは前の少年と対照的にまだ多分に――いや、多分過ぎるほどの幼さをかもしだしている。

「……二人とも当番じゃなかったか?」
「ですから、メリッサさんもスパイクさんも、相手に押し付けたいそうで」
「……あ、そう」

 メリッサ。スパイク。そう呼ばれた双方の腕相撲の勝負は、そろそろ佳境(かきょう)に入っていた。メリッサと呼ばれた少女が更に押し、スパイクと呼ばれた男は渾身の力でそれを堪える。

「……どっちが勝つと思います?ガルフさん」

 幼顔の少年は、落ち着いた顔の少年をガルフと呼んだ。少年――ガルフは鞘に長剣を収めながらつまらなそうに言う。

「あのままならどう考えたってメリッサだろうさ……ところでリース。ユーファはどこにいった?」
「さぁ?」
「……またどっかでサボってるんじゃないだろうな……?」

 剣呑(けんのん)な表情でそういったガルフを、幼顔の少年――リースは微苦笑を浮かべてみた。
 と――その隣で続いていた二人の腕相撲勝負(アームレスリング)に、ちょっとした変化が起こった。
 ギリギリと音がしそうなほど歯を食いしばっているスパイクは、左手――つまり組んでいない方の手を、ついっとメリッサの方に伸ばしはじめたのだ。メリッサはそれに気づく様子はなく、懸命に押し切ろうと目を閉じている。
 やがてその左手はメリッサの顔――ちょうど右耳の後ろ辺りにもってこられる。
 そして――

 ――ついっ

「あきゃっ!?」

 軽く――本当に軽く。それこそ触れるか触れないかギリギリに、スパイクの人差し指がメリッサの右耳を撫ぜる。
 瞬間――まぁ、当然だが――メリッサの腕から力が抜けた。スパイクはその隙を――まぁ、当然だが――見逃さず、一気に押し返す。

「ちょ――まってっ―――」

 慌ててメリッサは押し返そうとしたが、この遊びは単純だけに一度押されてしまうとそれをかわす策、もしくは技はない。
 結局――メリッサの手の甲がぺたりと地面についた。

「おっっっしゃ〜〜〜〜!!」

 スパイクはガッツポーズを取ると勝ち誇ったように言う。

「…………」
「…………」
「……スパイクさん、勝ちましたね」
「……まぁ、勝ったことになるんだろうな。あれも」
「でも……」
「哀れだな」

 リースとガルフは、同時に溜息をついた。
 その溜息の原因を作り出す目線の先の風景は。

「な、なんてことすんのよっ!? あんたはっ!?」
「うわっ!? いてっ! やめろっ! だ、だから作戦だってばっ!」
「うるさいうるさいうるさぁ〜〜〜いっ! この卑怯者っ!!」
「なんだよっ!? あれだって、立派な作戦だろうがよっ!?」
「うるさいっ! あんなの認めないわよっ!!」

 顔を真っ赤にしたメリッサが、ボコボコにスパイクを殴っている。スパイクもなにやら盛んに言い訳を繰り返しているようだが、無論意味はない。いや、むしろ有害ですらあろう。言えば言うほど、メリッサは猛る。

「このっ! このっ! 女の敵めっ!」
「なんでだよっ!?」
「うるさいっ! なんてーか……その、妙に手馴れてたじゃないのっ」
「……あ、もしかして感じた?」
「死ねぇええええええええええっ!!!」
「うっぎゃあああああああああああああああああああああ!?」

 リースとガルフは、もう一度溜息をついた。そしてガルフはそっと――だが一応メリッサに聞こえる音量でつぶやいた。

「メリッサ。マウントポジションは危険だから、適当なところでやめておけよ」
 


 
 
 西部地区終着駅国家(リスニア)から、東部地区終着駅国家(ヴァギラータ)まで、走行距離約7000テル(約14000キロメートル)。多少の不備は見られるものの、ほぼ完全に鉄道は東西を装覇している。
 <陸の>サラディン……商業都市トロウの最も非常識な商人が生み出した、もっとも非常識な鉄の道だ。

 完成まで約三十年――。

 そんな馬鹿げた短期間でこの鉄の道を<陸の>サラディンは作り上げた。だが人とは恐ろしいもので、短時間に生み出されたこのいきなりの物体をあっさりの己の生活の中に組み込んでしまった。
 なんであれ、今まで船でしか辿りつけなかった場所――はたまた船ですら辿りつけなかった場所にまで、この鉄の道は大量の富を運ぶことができる。
 言ってしまえば定期に、そして馬鹿げた速度で渡り歩くキャラバンのようなものだ。そして、そのキャラバンを狙う輩も後をたたない。
 結果――この鉄の道を渡り歩く最速のキャラバンは、最大の戦力を保有する必要があった。

 傭兵――護衛――鉄道騎士。

 それらは様々な立場と名で呼ばれることになったが、基本は変らない。外敵から内に蓄える富を守る。基本的にはそれが仕事だ。金、物資、女――それらを外敵から守る。
 また――これはめったにないのだが――壊れた鉄道の修復に対しても、専属の要員を列車は抱えておく必要がある。もっとも、その要員は若干数――つまり、実際に不備が起こった場合に対処できない人数しか乗り込まない。これは鉄道を専門に狙う盗賊たちなどは、基本的に線路を破壊して鉄道の行き道を塞いだりしないからだ。

 意外に思うかもしれないが、列車が来てこそ鉄道狙いの盗賊は自分たちを潤す事ができるわけである。これは海賊たちが海を取り除こうなどと考えないのと大差ない。
 つまり――日夜の温度差などによる金属疲労などの、自然現象の類に対してはほぼ無防備ということになる。その結果、列車は長期間そこに留まらざるをえなくなる。
 動かない鉄道――それは宝の山だろう。だからこそ、雇われた護衛隊はこの時こそ神経を尖らせる。
ガルフはそう、自覚していた。
 
 



 
「ようっ。あと一時間で交代だぜ」

 列車を背にして列車の外の風景をじっと眺めていたガルフは、不意に背中からかけられた声に意外にびっくりした。

「――スパイク。後ろから近づく時は気配を出せ」
「……慣れろよ、いいかげん」

 スパイクは苦笑を浮かべながら、両手に一つずつ持っていたマグカップのうちの一つをガルフに渡す。

「……すまん」

 ガルフはそれを受取り、一口だけ口に含むと後はしっかりと両手で握り締めた。この乾燥地帯の夜は冷える。気付いていなかったが、両手がかなりかじかんでいた。
 手に感覚が戻って来るくすぐったさをもてあそびながら、ガルフはふとスパイクを見る。

「……寝てなくていいのか?」
「ああ。変に目が覚めちまってな。今から寝直すと起きれそうにねぇんでな」
「……昼間、あれだけメリッサに殴り倒されていても大丈夫なのか?」
「……人を人類外みたいな目で見るなよ……。リースにこっそり治してもらったんだよ。じゃなきゃ、あの爆裂娘のマウントポジションで当分動けなくなってらぁ」
「違いない」

 ひとしきり笑った後に、ガルフはふと呟いた。

「……変った奴だな」
「はぁ?」
「いや、今ふっと思った。スパイク、お前は変った奴だよ」
「……人生半分傭兵オンリーのお前に言われると、なんか傷付くんだけど……」
「……そうだな。俺も、人の事は言えないか」

 くすくすと年相応の笑みをこぼしながら、ガルフは闇の夜空を見上げる。

「……なんて言うか……スパイク。お前は、なにもかもが……中途半端なんだよ」
「喧嘩売ってるか?」
「いや、そんなつもりはないって」

 笑みが苦笑に変ったが、ガルフは笑ったまま首を振る。

「今だってそうさ……俺はスパイクに後ろから声をかけられた。スパイクが敵だったら、俺は多分死んでいる」
「気にするこたぁねぇやな」
「そうだ。俺は、今、余り気にしていないんだよ」
「……へぇ?」

 スパイクは面白そうに右の眉を上げた。ガルフはそんな彼の反応を見ながら、続ける。

「メリッサだったら気にかけもしないだろうな。リースだったらただ自分が未熟なだけと思うだろう。ユーファは……なんて思うか分からないけど。スパイク、お前なら――」
「気にして根に持っていじける」

 ガルフは、弾けるように笑った。

「そうっ。その辺りが変だって言ってるんだよ。そう口に出しながら、お前は実はまったく気にしない。きっとしない」
「いっちょまえに人間観察か?」
「そうだな。それも面白いと最近お前を見て思うようになった」
「んで、出た俺の評価が中途半端か?」
「そうだな」
「あ、そぉ〜〜〜〜〜」

 スパイクはごろりとふて腐れるように寝転びながらそっぽを向いた。ガルフは慌てたように言う。

「いや、だから誉めているんだぞ?」
「誉め言葉に『中途半端』って使って良いのかよ?」
「悪いのか?」
「……いや、そこで訪ね返されても困るのだが……」

 スパイクはそっぽを向いたままポリポリと頬を掻きながら言う。ガルフはそんなスパイクから目を反らすと―― 一応、まだ任務中なことを思い出したのだ――少しぬるくなったマグカップの中身に口をつける。そこで不意に気付いた。マグカップの中身はコンソメスープだ。

「一応、誉め言葉だと思っててくれよ」
「へーへー。ありがとねー」

 ゴロゴロと転がりながらふてくされるスパイクを見ながらガルフはまた笑うと、続ける。

「なんて言うか……お前はなんにも出来ないような気がするんだよ」
「……それも誉め言葉か?」

 上目使いで噛みつくような表情を見せるスパイクに、ガルフは更に笑う。

「ああ、一応な。お前はなんでもかんでも平気な顔して頼るくせに、いざとなったら――たぶん誰の助けも必要ない」
「…………」
「お前はなんにも出来ない代わりに、なんでも出来る。うまく言えないが――」
「止めろ」
「――――っ」

  ガルフは、その『命令』に従った。
 理由は――恐怖。
 見やると、スパイクがこちらを見ていた。怒っても笑ってもいない曖昧な表情。それこそ、『スパイク』を表現するにもっとも適しているであろう表情――。
 中途半端な表情。
 その表情のまま、彼は当たり前のように続けた。

「それ以上言うと―――殺すぞ?」
「…………」

 なぜだろうか……?

 ガルフは今、確実にスパイクに殺されると思った。
 自分はいつでも現状最高の状態で動き出せる格好で座り、相手は今寝そべっているにも関わらず。
 自分と相手を比べた場合、その戦闘能力は確実に自分が上回っているにも関わらず。
 相手の装備と、自分の装備を比べた場合、その殺傷力は確実に自分が上であるにも関わらず。

 状況――環境――能力――武力――つまりは戦力。

 その全てが相手より上回っているはずであるにも関わらず。
 なぜだろうか? 殺す――その宣言を受けた瞬間。それが当たり前のように感じられてしまった。
 ――おそらく、ここで自分は殺される。
 なぜか、ガルフは今ここで覚悟を決めてしまった。
 相手はゆっくりと立ちあがった。その無表情ではない無表情――中途半端な表情のまま立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。
 武器も持っていない。腰に愛用の曲刀を下げているが、それに触れてもいない。だが、ガルフは自分がそれで殺されると思った。
 飛び出すでもなく擦り寄る(すりよる)でもなく、曖昧な速度で距離を縮めてくる。だがその一歩一歩に反応ができない。ガルフは、間が保てない。
 やがて、相手が作り出す制圏内に自分が入ったのを悟った。その圏内に入ってしまえば、相手は何通りもの方法で自分を殺すことができるだろう。ガルフはその距離が自分も制することができる圏内でもあることすら、忘れていた。
 自分を殺せる距離ということは、相手を殺すことが出来る距離だといいうことを忘れていた。
 そして――相手が殺す必要も殺される必然もない相手だということも忘れていた。


 だから、

「なぁ〜〜〜んてなっ♪」

 相手が言った言葉を、瞬時に理解できなかった。

「――冗談だよ。じょーだんっ♪」
「……え…あ……え?」
「? なんだよ? まさかお前ともあろう者が、本気でビビってたわけじゃないだろうな?」
「あ……いや」
「変な奴だな? ま、いいや。あと三十分くらいしたら交代だからな。そんくらいしたら、また来れると思うから」
「ああ……」

  ガルフは自己嫌悪とその他色々なものが内に篭り、ぐちゃぐちゃの感情のままぐったりとうなだれた。
 そんな少年の様子を、スパイクは気楽な表情で肩越しにしばらく眺め、やがてゆっくりと前を向いて歩き始めた。
 
 



 
 そんな二人の様子を、列車の屋根の上から面白そうに眺めていた一人の少女がいた。少女はしばし少年の方を見ていたが、ゆっくりと歩いていく男の方に視線を移した。
 早くもなく遅くもなく――ごく平均的な速度で遠ざかっていく男。
 そんな男を見ながら、少女はふと小首をかしげた。

「また……『来れると思う』……ねぇ?」

 妙な言葉使いだと思った。中途半端な表現とか、そんなものではなく。

「ふぅ……ん?」

 少女は、ゆっくりと立ちあがった。
 ぴくりと、少々尖った耳を動かしながら。
 
 



 
 三人はそこにいた。
 いつからかは分からないが、いつの間にかそこにいた。
 整然と、無言で、そして静粛に立っていた。
 どこが――というわけではないが、恐ろしい程に似通っている。
 なにが?
 おそらく――雰囲気が。
 やがて、いずれもが口を開いた――だろう。それすら、似通い過ぎて曖昧になる。

「『目標』を確認」
「抹殺理由は?」
「『復讐』……だそうだ」
「……下らん理由だな」
「まったくだ。そのような理由で我らが動くか」
「そのような理由で、我ら三人しかいなくなった(ユニット)を動かすか」
「くさるな。感情だ」
「了解した。感情ならばいか仕方ない」
「『目標』を再確認したい」
「視覚認識は抹殺直前まで出来ないと理解しろ」
「了解した」
「して、『目標』は?」
「ガルフ・ヴェイン。リース・ルナイシア。メリッサ」
「武器は?」
(ソード)(メイス)(アックス)
「能力は?」
「いずれも高い。油断はしないことだ」
「ルナイシア……聞き覚えがある。たしかトロウ国アグラム神殿司祭の中に、その名がある」
「地位レベルB3クラスの要人だ。良いのか? そのような者の縁者を殺して」
「言っただろう。感情だ」
「理解した」
「特記次項を確認したい」
「ガルフ・ヴェイン――故、トロウ第三支部傭兵団団長ガーヴァングの義理の息子。リース・ルナイシア――高レベルの信仰能力を持つ。おそらく司祭クラス。が、『エンジェル』を視覚認識できないとの報告がある」
「『エンジェル』の助力無しに奇跡(プリーストマジック)を使用するのか?」
「子細は分からん。が、特に問題視する必要はない。高位の『エンジェル』を行使するプリーストと同等に考えればいい」
「残り一人は?」
「特にない。が、戦闘能力は我等三人の個々能力を上回る。注意せよ」
「問題無し。いつも通りで事足りる」
「あとゴブリン種が三十余名、確認されている」
「だがそれらは戦力としてはさほど問題視する必要はない」
「一人、精霊魔法を使用するゴブリン種がいる。それだけは注意せよ」
「最優先特記次項――」
「言わずとも良い」
「忘れるはずがない」
「そう……スパイク・トライアード。奴がいる」
「理由は?」
「不明だ。保護本能でも盛ったか?」
「人をドーブツみたいに言わない。ドーブツが可愛そうだろが」


「――――――っ!?」


 今まで、前方を見つめたまま、まるで独り言のように喋り続けていた三人が、弾けるように互いに距離をとる。
 その距離が、互いの武器が効果的に使用出来る圏内である。その距離を、今までの気が遠くなる程の訓練によって身につけているのだ。
 そこで……始めてその三人の性別が明らかになる。一人は女。二人が男。
 中央に男。そして右に女。左にもう一人の男。
 ただそれだけのことも、気を抜けば危うく見逃してしまいそうになる。それほどに通った雰囲気。

「よっ」

 そんな異様な三人を相手に、新たに現れた四人目――スパイクは気楽に手を上げて笑う。

「スパイク・トライアード――っ!!」
「そうだよ」

 スパイクは必要のない返事をすると、三歩ほど右へ移動する。

「まだお前らみたいな旧態依然(きゅうたいいぜん)したのが残ってんのかよ。笑うぞ」
「笑え。お前には、その権利がある」

 三人で唯一の女が、そう言う。

「お前は我ら『ユニット』から抜け出すことができた者」
「我らは、お前を(うらや)む」
「お前は自分の運命を自分で掴んだ。それは素晴らしいことだ」
「……相変わらず、自分の感情を挟まずに相手を正統に評価できる辺りが、人間外だよなぁ」

 スパイクはポリポリと頭を掻きながら続ける。

「――俺にお前ら三人を殺す能力はない……が、『なろう』と思えば、なれる……らしいぞ。俺は」
「――そうだ。お前は、そういう存在だった。そういう存在になれた存在だった」
「だった――だ。つまり」
「つまり? つまりなんだよ?」
「つまり、我ら三人は、殺せない。つまり、我ら三人は、お前を殺す」

 誇るでもなく猛るでもなく――まるで書類を読むように言う三人に、スパイクはため息混じりに続けた。

「――そうかもなぁ。ま、『これ』は持っててもヤなもんなんだよ。――リースが一番近いか? あいつが、一番『これ』に近い。たぶん、俺よりも『これ』に近づける。ま、あいつはそんな真似はしないけどな。あいつは賢い」
「―――なにが言いたい?」
「あいつに手を出すなっつってんだよ」

 不意に、スパイクは剣呑な表情を見せる。

「――あいつだけじゃない。ガルフ、メリッサ――ユーファもだ。あいつ等に、お前等がちょっかいをかけるな」
「あのハーフ・エルフは対象外だ」
「関係ねぇよ」

 ツバでも吐きかけない表情を見せた後、その表情が消えた。
 いや、その表情が『曖昧になった』――。

「さもなくば、俺はお前等を『殺せる存在』になるぞ」
「それは困る。我等が行動に支障が生じる」
「故に、我等はお前を排除し、その妨害を未然に防ぐ必要がある」
「――昔の俺も、そんなんだったのかねぇ……?」

 スパイクは溜息を付きながらもう一歩、右に動く。

「お前等『ユニット』を動かしているのは盗賊協会だろ……? んでんでもって狙ってるのがガルフ、メリッサ、リースだとすっと……盗賊協会も絡んでたのか? あのグルメ騒動に」

 スパイクはもう一度溜息をつくと、げんなりとした表情で、続ける。

「――だっせぇ」
「同感だ」

 当たり前のように肯定する三人。

「――が、命令だ」
「お前等もだっせぇぞ」
「……同感だ」

 今度は若干の間を置いて、肯定が入る。
 スパイクは耳の後ろ辺りを掻きながら、長いため息を付いた。

「ま、だせぇ俺の弟だからな。だせぇのは当然か……」

 そして、速くもなく遅くもない――中途半端な速度で間を詰め始めた。

「んじゃいくぜ……」




 スパイクと、そして三人の<ユニット>がやろうとしていることは簡単であり、単純である。
 やることは二つ。『観察』と『先読み』、この二つだけだ。
 あらゆる状況を観察し、そしてその先を読み、行動に移す。
 この老獪な技術は技術を磨けば磨くほど、経験を積めば積むほどその容量を増やしていく。
 この技術は大きな意味を持つ。
 だが、他の戦闘者と違う点が一つだけある。
 スパイクと三人の<ユニット>は、『観察』と『先読み』、この二つに全てを託す。
 彼らは全てを観察しきり、全ての先を読みきる。そして、必ずその読み通りに動くのだ。
 もしその読みが外れれば――簡単である。


 死ぬ。


 無理やり細いロープを張り、そして無理やり渡りきる――それが彼らの身に付けた能力なのだ。
 誰でも倒しきる可能性を持ち、誰からでも殺される可能性を残す。
 成功率は極端に低く、だがツボにはまると誰であろうとも殺してのける。そんな能力。
 この能力を使った伝説は数多く残っている。この能力の存在自体は表に現れることはないが、実際、この能力は数多くの奇跡を生んだ。
 世界にたった三人しかいない<竜殺し>。
 <異端国>ジェクトの最奥に進入し、そして生きて戻ってきたとある盗賊。
 数々の死地に送り込まれながらも、必ず生き残って帰って来たとある傭兵団の長。
 そんな数々の偉業に、この能力は闇から突出していた。そんな能力。

(吐き気がする能力だよ――)

 スパイクは耳を掻きながら無造作に前に進んだ。速くもなく、遅くもなく――曖昧な速度のまま、一番左の男――というより少年――に向かって進む。

(なんでもかんでも0か100かに分けて、んでもってどっちも甘んじて受ける能力なんてよ。潔すぎるにも程があるってんだ――)

 少年は無表情のまま両手を後ろに隠すようにして、そして倒れこむような勢いでスパイクに突っ込んでくる。
 スパイクはその少年に突っ込みながら、実際はその少年に視線は送っていなかった。すでにこの少年への『観察』と『予測』は終わっている。その『予測』通りに少年へは対応しながら、残り二人――もう一人の少年と、少女――への『観察』を始めなければならない。
 不意に、目の前の少年が射程距離に入って来ていた。その事に多少ビックリしながら、スパイクはすぐさま『対応』する。少年はバタフライのような動きで両手を上空から振りまわすようにしてスパイクの脳天を目指す。スパイクは瞬時に左手に狙いを定め、中指だけを尖らせた右拳で少年の手首辺りを打った。

――ゴクッ――

 ぞっとするような音が響き、あっさりと少年の左手首が折れる。それと同時に、なにか金属片のようなものが左手から飛ぶ。だがそれには意にも介さず、少年は残りの一方である右手を振り下ろす。
 だが、その瞬間にはすでにスパイクはそのポジションにいなかった。むなしく右手は空振り、少年は軽くつんのめった。
 その無防備な脇腹に、スパイクは躊躇(ちゅうちょ)なく右拳を沈みこませる。

「かっ―――!?」

 不気味な吐息を漏らし、少年はくの字に曲がったまま吹き飛んだ。
 そして――

「ちぇ……」

 スパイクは、そこで生き残ることを諦めた(・・・・・・・・・・)……。
 とある方向を見やると、そこには地面スレスレをはいつくばるようにして少女が、そして宙から跳躍してもう一方の少年が向かってきているのが見えた。

(生き残る方に意識を割いたら、殺される――)

 やぶ睨みになるほど目を細め、とりあえず『生への渇望』という項目を、自分の脳内から弾き出す。
 少年と少女の攻撃タイミングはまったく同じだった。若干のズレが生じるだろうと予測していたために、その点でまず負けた。
 躊躇いなく少年の刃がスパイクの肩口を捕らえ、そしてまったく同時に少女の地面スレスレに走る分銅――のようなもの――がスパイクの右足のくるぶしをえぐる。

「――――へっ!!」

 走る激痛にむしろ安堵感を得ながら、スパイクはさらに一歩踏みこんだ。
 ここで、また予測と違った。

 スパイクは、この二つの衝撃で死んでいるはずだった。

「甘ぇっ!」

 少年と少女は、あまりに無防備だった――。おそらくその初激で決められなかった場合は、死ぬと予測していたのだろう。回避するつもりもないようだ。完全に諦め切ったようで、スパイクの目から見ると、まるで急所のみをさらけ出すように見えた……。
 スパイクはギリ……と歯を食いしばる。

「――バカがっ!」

 そして、少年の脇腹に拳を叩きこみ、返す刀で少女の脇腹を蹴り上げた。
 
 




 
 気絶していた時間はおそらく一五秒――。
 つまり、自分たちは最低五回、死んでいた計算になる。

「……なぜだ?」
「なにが?」

 独り言のつもりだったが、意外にもそれに返答が返ってきた。が、だからといってそれは困惑を生むだけであったが。

「なぜ……殺さない?」
「……お前たちのことだから、ぜってーそう言うと思ったけどよ……」

 立ちあがったのだろう――スパイク・トライアードが、立ちあがったのだ。軽く土を擦る音と、衣擦れの音――飽きれるほどの音を放ちながら、スパイク・トライアードはこちらに近づいてくる。

「――実際言われると、ガクっとくるなぁ」
「……失望感……か? お前の予想通りの言葉が返ってきたことによる?」
「……その観察じみた台詞もやめろよ……」
「………」

 若干の躊躇――その後、少年はおそるおそる口を開いた。

「なんで、殺さ……ない…の?」
「なんだよ。まだ残ってるじゃんか」

 そういう彼は嬉しそうだった。顔に満面の笑みを浮かべると、まるで無造作に自分のそばにしゃがみ込む。
 射程距離内(ころせるきょり)――。
 今なら、何通りもの手段でスパイク・トライアードを殺せる。
 もっとも、その気はまったく無かったが。

「ま、お前らの年ならそうだよな。俺もそうだった。きっかけさえあれば、お前らも戻れるさ。んで、今が良いきっかけだ」
「……戻って……どうするの?」
「…………」

 少年は、戻れる事への不安はなかった。戻った後の、不安があった。
 物心ついたときから、ありとあらゆるものを奪い取られた子供。普通の子供が意識することなく両親から与えられるはずの、無条件の愛情と保護。そんなものに絶対的な価値観と憧れをもった歪んだ子供。そしてそれすら、少年たちは度重なる訓練によってその価値観を磨耗していった。
 人を形成するあらゆるしがらみ、想い、拘り――それらを一種の汚れと評するなら、少年たちは余りに純粋であった。まるで誰にも触れられた事のない氷像のように……。

「ボクたちは――もう戻れない……」

 ありとあらゆるものを捨て去り、ただ一点のみに特化した子供。人が当たり前に持つ価値観に従えず、別の価値観と異質な行動基準を持つ子供――。
 社会とはそういった存在に敏感だ。たとえその子供が日常生活を器用に演じきったとしても、周りの生活者は鋭くその違いを嗅ぎ分ける。
 異物を受け入れる事ができる人間などは希だ。なれば自らを変えていくしかない。そんな目を耐え抜き、そして多少なりともその社会の『匂い』を身につける。
 だが、それは元々の『素地』があるからこそなのだ。ごく普通の生活をおくって来た者だからこそ、他の社会生活の『匂い』を理解し、その『匂い』に自らを合わせる方法を自然と身につけている。
 その『素地』がない者には、まったく別の法則を不意打ちでつきつけられることにも似ていた。
 そんな未知への不安は、より単純に『恐怖』といった形となって心を抉る。

 が―――

「戻れるって。んな難しいことじゃねぇよ」

 スパイク・トライアードは、事も無げに言った。顔に満面の――今まで誰も周りの者がしたことがなかった表情――笑みを浮かべて。

「世界中歩き回れば、一人くらいいるって。お前らを理解して受け入れてくれる奴なんて」
「……見つけるためには、世界中を歩かなくちゃならないの?」

 くすりと笑みを浮かべて、少年は起こしかけていた身を地面に横たえた。正直、自分が受けたダメージは手加減――それも過分に――されていたとはいえ、すぐに動けるものではない。

「――それはちょっとヤダなぁ……」
「贅沢言うなって。俺だって結構歩きまくったんだぜ?」
「そっか……あなたも時間がかかったんだ…」

 スパイクの言葉は慰めではなく、事実だった。彼が組織を抜け、組織から逃げ切り、そして人という社会の中に自分の居場所を見つけ、居座るまでに彼は六年の時間を費やした。
 皮肉気ではあるが『笑み』というものをなんとか身につけ、人体に悪影響を与えるか否かでしか価値観を持っていなかった『食』というものに、拘りを持たせる事にも彼は途方もない訓練を積んだ。
 全てはこの世界で生きていくために。

「笑えるぜ。俺が最後に知り合った奴等はな、金にもなりそうにねぇガキの頼みに、進んで顔を突っ込みやがった」

 スパイクは後ろに寄りかかるように手を付き、まるで無防備な体制から、まるで無防備な笑みを浮かべていた。
 少年には、それが最奥の秘儀を身につけた仙人のように見えた……。
 そして少年も、そっとその表情を真似ようと、顔の筋肉を強張らせた。
 それは少し(いびつ)ではあったが、紛れもない『笑み』であったと、スパイクは思った。




「うがげぎょほびゃぁあ!?」
「んぐお〜〜〜〜〜〜……」

 二つの異常な音声が、昼食停車を行っている蒸気鉄道に不気味に響き渡った。簡単な基礎訓練を終えて帰ってきた少年は、その声に眉を潜める。
 幼い顔立ちをしているが、それを感じさせない落ちついた――というよりひねた容貌。あらゆる出来事を多面に見つめすぎ、それになれてしまった表情。もっとも、今その表情には多分に呆れが含まれていたが。

「……なにやってるんだ? あいつら」
「見たまんま以外に、なにがあるってのよ?」

 少年――ガルフの独り言のような問いに答えたのは、一人のハーフエルフの娘だった。少々斜に構えたような雰囲気があるが、総じてその表情は魅力的である。
 そのハーフエルフの少女――ユーファは、苦笑を浮かべたままその光景を眺めている。
 とりあえず、ガルフは見たままの光景を口にする。

「……メリッサがスパイクにヘッドロックかまして地面に引きずり倒し、なおかつ渾身の力で締め上げてるように見えるんだが?」
「だから、それ以外にどう見えるってのよ?」
「…………」

 ガルフには珍しいことだが、その表情はポカンと――つくづく年相応だった。視線をその異常な光景から、ごく普通に苦笑を浮かべてる少年――こちらは見たままの、年相応の少年――に向けた。

「……リース?」
「えっと……スパイクさんが、メリッサさんが最後の楽しみに残しておいたチキンスープの鶏肉を取ったそうです」
「ううううううううっ!!」

 その唸るような声にガルフがげんなりと見やると、メリッサはだばだばと滝のような涙を浮かべている。それに比例するかのように、その腕には更に力が込められているようだ。

「……知らんわ」

 ガルフはがっくりうなだれ、勝手にしろと言わんばかりに歩いていこうとする。
「え? あのままでいいの?」

 その背にユーファの不思議そうな声がかけられる。

「……なにが?」
「メリッサ、無刀の体術なんて習ってないけど、今回きっちり『入ってる』わよ?」
「―――――!?」

 ぎょっとして見やると、言葉の通りスパイクの身体はぴくりとも動いていない。

「おいメリッサ!?」
「わー! メリッサさんそれ以上はやめてくださいスパイクさん死んじゃいますー!」
「ううううううう!!」
「『ううううう』じゃないだろがっ! 本当にスパイク死ぬぞ!!」
「わー! スパイクさんの顔が不気味な紫色にー!?」

 そんないつも通りの光景を眺めながら、ユーファはのんびりと背にしていた切りかぶに寄りかかった。

「……平和ねー」

 そういえば、先ほど鉄道騎士が新しく護衛を雇ったと聞いた。それも若い子たちらしい。見学がてら見にいってみるのも悪くないだろう。そんなことを考えながら、ユーファは気だるげに目を閉じた。



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