TOP
HOME

 

月ニ踊ル、人形師−外伝

 キャラクター原案 :<技の一号>そーし

原案・ストーリー :<力の二号>人形



 歓声 ―― 一瞬聞いただけでは、そんな風に思ってしまう。そんな声。
 集団の声。
 集団で、心の底から張り上げている声。
 そんな声は、たいてい歓声に聞こえるものだ。

 咆哮 ――断末魔の叫び ――そして敵部隊への突撃時に張り上げる声 ――それらも一つにまとめてしまえば、だいたい歓声になる。

 そんなことを考えながら<角無し>のジズマは、その男くさい顔に苦笑を浮かべた。
 身長はそれほどでもない。身長と体重のバランスを考えれば、若干体重のほうが上回るか ――そんな体格。だが、その体から感じられるのは力に任せた愚鈍さではなく、均整のとれた敏捷性だろう。
 これだけの強力な雄度を発してはいるが、髭は生えていない。生えていてもよさそうだが、そのがっしりとした顎は生えるけはいすらない。もっとも、彼らの『種族』であれば当然であろう。
  彼 ――ズジマは人間ではない。人間を遥に凌駕する頑強さと頑健さを誇り、天性の戦上手『甲殻族(ボーンレット)』だ。彼らはめったに髭が生えることはない。

「なにか面白いことでも?」

 と、自分の苦笑を見取っていたのだろう。隣に立っていた細身の男が怪訝そうな顔でこちらを覗っている。
 当然だろう。今は戦場にいるのだ。にがみがあるとはいえ、笑みを浮かべる者は少ない。

「なぁに、ちょいとくだらないことを考えていただけだよ」
「そうですか……」

 男はそう言っただけで、また再び視線を眼窩の地獄絵図 ――戦場へと向けた。
 ズジマはその男の表情を目で追い、そして少々苦笑を浮かべる。戦場で笑みが似合わないくらいに、その男の存在もまた、この戦場には似合ってはいなかった。少なくとも自分が戦場で苦笑を浮かべているよりもはるかに似合わないだろう。
 まるで最高級の繊細な造形物を思わせる容姿に、蜘蛛糸のような細い髪。しかもその髪は黄金に輝いている。その細身ながらも均整の取れた体を、ゆったりとした白い衣服で覆っている。
 エルフ ――大地と森と水、それらと協和し、共存して生きていく種族だ。
 名はザヴィニー・ラーシールド。だからなおさらに、そのエルフ族がこの戦場にいることは誰の目から見ても似合わないことであった。
 エルフ族は極端に戦争を嫌う。が、どの種族にも異端はいるということか……。

「しかし、上の考えが少々理解しかねるのですが……」
「なにがだ?」

 ズジマがのんびりと振り向くと、ザヴィニーは微かに飽きれた表情をしたのちに表情を引き締め、眼下に広がる戦場を指し示した。

「戦場の規模としては大きいのはただ数のみ。全体的に総括してしまえば単なる敗残兵の処理です。そんな戦場に我等第十三番傭兵団『愚者の団』を使うのはどうかと思いますが」

 森の民であり、この愚者の団の第二軍師でもある彼が言うことはもっともである。
 総勢500余名からなるドレス帝国第十三番傭兵団『愚者の団』。主に『死地』と言われる勝率の薄いポジションに彼ら傭兵団は投じられるのが常であった。
 もっともそんなことに誰も文句は言わない。その条件があるからこそ、彼ら愚者は厚遇を受けているのだから。

「まぁ、確かになぁ〜〜」

 ズジマは髭のないのっぺりとした顎をさすりながら戦況を見つめつづけていた。

「だがザヴィよ。あれを見ている限り、そう簡単でもあるまい?」

 さすっていた顎をそのまましゃくるようにして、ズジマは戦場のほうを示した。
 そこには連なり、そして身を寄せ合うようにして立ち並ぶ城壁が見える。所々雑な修復が行われ、その様子を少々貧相にしているものの、その圧巻とも言える質量感は失われていない。
 だが、ザヴィニーはさらりと金の糸を風になびかせると、ふっと目を細めた。

「あれは ――意味のないものです」
「意味がない?」
「分かって言っておられますか?」

 半分飽きれたような感じでザヴィニーはズジマの顔を覗きこむ。案の定、そのボーンレットは少しばかりからかうような表情が浮かんでいた。

「―― 分かって言っておられますね……」
「ま、な」

 その子供のような瞳と笑顔 ――両方とも戦場には似つかわしくない ――いや、それこそが天性の戦上手、戦神アグラムの炎 ――と言われたボーンレット族の常なのかもしれない。
 自分は軍師だ。団長が分かっている事とは言え、口に出し、伝える義務がある。

「あの戦況 ――俗に言う城壁を利用した篭城 ――と言うことになりますが、『篭城』とは元来味方の援軍を当てにした戦いです。あの『旧家』達にはその援軍の当てなどありません」

 そこで、軍師はふっと息をついた。

「―― いえ、むしろ『旧家』がこの最後の戦線を今だ明け渡していないのがいないのが不思議なくらいです。帝国お得意の<裏騎士>の『毒』は、すでに末端にまで浸透してしまっているようですし……」
「ザヴィニー」

 そこで、ズジマは彼の名を呼んだ。ただ、ポツリと。だが、先ほどまでの子供のような活き活きとした抑揚は感じられない、静かな声。ザヴィニーは、その圧力に屈する様に押し黙る。

「その言葉は、あんまり言わん方が良い……。いくら俺しかいないとはいえな」
「……はい」
「だがまぁ、ザヴィが言うことも、シコタマごもっともだよなぁ。このまんまじゃジリ貧だってこたぁわかってるだろうに……なんなんだろうな?」

 ボーンレットの問いに、エルフは少し眉をひそめた。

「? なにが……ですか?」
「変じゃねぇか? 物量、士気、状況、環境に報奨金の貰い ――どっちにしたってもうだめだってこたぁあちらさんにも分かってるだろうに。
 ぼろぼろの状況でなんとかこの砦に立て篭もったヤッコさん方兵5000に、帝国はねんいぃりに正規兵10000まで投入して禍根を断とうとしてるんだぜ ――しかも俺等『愚者』を投じてまでな」
「それでもなお、戦う理由……ですか?」

 ズジマはこっくりと頷くと、三本の指を立てた。

「一、そこまでしても守らにゃならんもんがある。
 二、最後の死に花を咲かせようと息巻いている。
 三、実はこっちから見える兵5000は嘘で、実は砦の中に更にいっぱいの兵がいる」
「全て、却下ですね。机上の論議以前の問題です」
「んじゃ、その四だな」
 そう言うと、天性の戦上手はもう一本、指を立てた。
「その……四?」


 ―――カッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!―――


「!!?」
「ん〜〜〜?」

 切羽詰った表情と、なんら変る事のないのんきそうな表情――二つの表情が、突如戦場の中心で起こった青白い閃光にその目を焼かれる。

「な、なんだ!?」
「―― その四、あちらさんにこの戦況を覆す。または一矢報いる切り札がある ――か?」

 ズジマは背中に担いでいる『武器』にそっと触れた。『愚骨竜』と呼ばれる亀と蛇を足し合わせたような幻獣の骨を加工して作り出した種族独特の武器 ――<シャイグ・タン>に。


―――キィィィィィィイイイイイイッッ!!!―――


 先ほどの閃光は一向になりやむ様子もない。あの閃光一つ一つがもし一兵卒が放つ矢ほどの威力があったとするなら、それはとんでもない武器 ――いや、兵器だ。
 二人はその閃光の元をたどっていく、そして ――。

「あれは……」
「っと、すまねぇ、ちょいと借りるぜ ――」

 ズジマは兵の一人から竜馬(ヴァンヴ)を奪い取り、それにまたがった。

「ザヴィ ――あのボンクラ正規兵を引かせろ。あのまんまじゃ無駄に死人が増えるだけだ。『愚者』が後曲につけ」
「団長はいかがなさるのです?」
「俺はまぁ、『あれ』のとこに行ってくるさ。 ――冴突骨(ごっとっこつ)とハーファングの部隊を先導に借りて行くぜ。」
「危険です」
「当たり前だろ?」

 心の底から不思議そうに、ズジマはザヴィニーの瞳を上から覗き込んだ。その瞳を見て、ザヴィニーは何も言えなくなった。当然である。戦場で『安全』な場所などあるはずもない。最後曲から付いて行ったとしても、安全「なようなもの」でしかない。

「ズジマ……」
「そんな目で見るなよ。気色悪りぃ」

 ズジマはニッと子供のような笑みを浮かべると、ぐいっと竜馬の手綱を引いた。

「い〜〜暇つぶしができそうだ」 

  『愚者』は歓喜の笑みを浮かべると、大きく手綱を叩きつける。
 ズジマの気性を受けたかのように、竜馬は颯爽と飛び出した。

 

◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 

 100ルクス紙幣三枚――それが、今回の遠征でし給される報奨金の額である。
 たった300ルクス……普通に生活するのなら10日ほど。場末の娼館辺りでなら三回ほど女を抱けるかどうか……つまり、その程度の金額でしかない。
しかし、彼はそれもしょうがないと思っていた。
 実際、今回の遠征は兵10000も必要とは思えないものであった。敗走に敗走を重ねた腹ペコの兵5000が、ある王女の砦に立て篭もった。ただそれだけのことである。そもそも、自分がいた後曲に付けていた正規兵5000は戦う必要すら感じられなかった。先発隊千の攻撃で降伏しなかったのが不思議なくらいである。

(300ルクスは安すぎる……)

 だが、彼はその安値の褒賞金でこの戦いに参加したことに、後悔していた。いや、例えいくらであろうとも後悔して、したりることはないだろう。
 軍は、たとえどれほど高額の報奨金を約束してくれていたとしても、死人にまで払ってくれるほど酔狂ではない。
 そして、彼はもうすぐ、その死人になろうとしていた。

(助けて……助けて……助けて……)

 彼は、左腕のみでじりじりと『そこ』から離れようと必死にもがいていた。右腕はとっくにどこかに吹き飛んでいる。焼き切きれたような傷口のため、出血が少ない。だからまだ生き延びることができていた。だが、それは新たな苦痛を生みつづけるだけかもしれない。

「お願い……助けて。助けて。助けて。助けて……」

 ずるずる……ずるずると、愚鈍なまでに遅い歩み……。その程度で逃げられるわけがない。だが、彼は少しでも『そこ』から離れたかった。

『それ』から離れたかった……。

『そこ』とは地獄。

 そして、『それ』とは天使……。

(天使――? あれが?)

 一瞬 ――彼は自分がなにかとんでもない間違いを思い描いたのではないかと目を見開いた。だが後方を見やり、そして『それ』をもう一度眼におさめ、そして思った。

(あれは ――天使だ ――死の天使……)

 累々と埋め尽される死体の山 ――そんな中に、一体の影がある。それは、大地の束縛から離れ ――いや、むしろ大地より敬愛を受けているかのように、宙に浮いていた。風には従わず、そのゆったりとした白衣をたなびかせ、少し開いた両手でバランスを取るようにして浮いている。
 その表情はむしろ幼く、清潔さと静謐、そして神聖めいたものをかもし出している。
 表情は人形のように笑みのまま固定されている。だが、その固めた顔にはなぜかほっとするような穏やかさを感じた。

 だが、次の瞬間 ――それらが全て一変する。


 ―――シャンッ―――


 軽く金属を触れ合わせるような音と同時に、幅の広い袖口からなにか細い筒のようなものが幾束も現れる。
 衣服の所々にある切り込み……そんなところからも、それら細い筒はいくつも現れる。それは黒光りする筒――それはドレスの西にある小国、フィアレンスベァクに存在する銃身にも似た……。

「ひ、ひぃっ!!」

 男はなおも無駄に這いずり続ける。まただ、また、『あれ』をやるつもりだっ!


 ―――アアアアアアァァァァァアアアアアアア―――


 天使が『謡う』。雄大に両手を広げ、前方に差し出し、それにともなって銃口が全てこちらへと振り向く。
 辺りを見やると、自分と同じように這いずり、またはある程度動ける者は走って逃げようとしていた。
 だが、この天使から逃げおおせることができるのか?

 この天使から?

 この死を与える天使から?

 あの銃口から?

 あの閃光から?


 ―――ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!―――


 天使の謡が最高潮を向かえる。瞬間 ――体から幾つも ――それこそ、数百 ――数千と伸びたつ銃口から閃光が放たれた。収束し、あるいは幾重にも解け、全ての兵と言う兵に放ち向けられる光の帯。


 ―――ヒィィィィィィイイイイイイイイイイイイイッ!!―――


 その光の内の一つが、まっすぐにこちらに目指してくる。避けることなどできない。そもそも、避けると言うことすら考えられない。
 考えてはいけない。
 すでに、それは定められたことなのだ。
 天使が定めた、決定事項……。

「へ……へへ、ヒッへっへっへぇ……」

 半ば自壊した笑い声を上げながら、彼はその一本の光のみのを眺めていた。
 天使が俺を殺そうとしている。天使が、死ねと俺に言っている……。
 だったら、死ななければならないだろう? 死ぬべきだろう?
 受け入れるべきだ。あれは、俺が身の内に受け入れるべきもの。

 俺の、案内人だ……。

 むしろその光に近づこうと手さえ伸ばしながら、男はそれを望んだ。
 ――刹那。

「ほらよっ!」

 閃光と同じほどの速度で、突如横から現れた白い残影……しばらくして、それがシャイグ・タンと呼ばれるボーンレット族が使う武器だということを、彼は知った。
 天使から放たれた閃光はその武器で払われると、あっさりとその向きをかえ、あさっての方へと飛んで行ってしまった。

「……迎えるんじゃねぇよ。『死』を」

 シャイグ・タン(半月曲刀)を方に担ぐと、そのボーンレットは男に向かって言った。

「『死』ってやつぁ、そんなに冷たく、悪い奴じゃねぇ。だがよ、かと言って自分から向かえいれていいもんでもねぇんだよ。
 あがらい続けてやんねぇと、死神だって拍子抜けさァ」

 その男は竜馬から飛び降りると、まるで散歩にでも行くかのようにその死地目指して歩き出した。

「ましてや、あぁんな紛いもんから与えてもらうもんでもあるめぇに――なぁ?」

 最後は、その天使に向けての言葉だった。凄絶なる殺気を混めて……。
 瞬間 ――ガラリとズジマの表情が変る。

「負け犬なら負け犬らしく、足掻くな。そんな天使もどきを出したところで、この戦局は覆らん。まして――」

 ボーンレット ――ズジマは歩みを止めることなく、シャイグ・タンを方に担いだまま ――ただ天使へと、その天使を形作られた物へと、歩みつづける。

「――まして、俺等『愚者』が来た。ドレス帝国第十三番傭兵団、『愚者の団』がな……」


 ―――アアアアアアアアアアァァァァァァァァアアアアアアアアッ―――


 突如、天使が謡う―――っ!!

「―――― へっ!!」

 瞬間、ズジマの足元が爆ぜたっ!
 否、とんでもない蹴り足が大地を蹴った結果だ。爆煙の様に砂埃を巻き上げながら、その天使へと爆発的な速度で突っ込むっ!

「だからよ。あがくなっつってんだろぉがよぉっ!! てめぇ等の負けだっ!」


 ――ヒィィィィイイイッ!!――


 残弾が残り少ないのか、それとも時間が足りなかったのか……十数本のみの閃光が、ズジマめがけて放たれる。だが、その一本一本が、兵一人一人を葬るだけの力がある。死の閃光――。

「へへぇっ!! そんなんじゃぁ死ねねぇなぁっ!!!」

 ズジマはとんでもない身のこなしでその閃光郡を回避する。ある程度の追尾機能があるらしく、屈折するように方向を変え、ボーンレットの体を貫かんと襲いかかるが、当のズジマはまるで踊る様にそれらをかわしつづける。

 無骨な姿からは想像もできない、洗練された『武』の舞――。

 やがて、ズジマは全ての閃光をかわし尽くし ――天使の前へと出現する。天使は表情こそ変えないものの、驚いた様子を見せてすぐさま宙へ登ろうとその白衣を舞わせる

「天使にしちゃぁ人臭せぇなっ! 終わりだっ!」

 決定的な距離からの、決定的な一撃――。
 『長距離砲』対『至近距離砲』の勝負は、火を見るより明らかであった。
 が――、

「――んをっ!?」

 不意に、天使のこめかみをかすめるようにして、一条の白刃が横切る ――それは狙い違わずズジマの眉間を目指していた。壮絶な質量をもった物体が一直線に襲い来る。

「へっ! いい狙いだっ!」


 ――カシィィィ――――ンッ――


 それは大剣だった……一テーセル(約二メートル)はある大技物。それが、尋常ではない速度で飛んできたのだ。
 だが、ズジマはもっととんでもない。
 それを、額で受けた―――。

「――――っ!?」
「天使ってのはそーやって驚くのかいっ!?」

 止められた大剣は威力を全て吸い取られ、ガランという音を立てて地面の上をしばらく踊った。
 そして、その滑稽な踊りが終わった瞬間 ――ズジマは狙いを定めるように眼光を細めた。

「天使の後ろにいる『やつ』っ!! てめぇが本命かっ!!!」

 宙を舞う天使の後ろに、なにかがいた……。それが、あの大剣を投げた張本人だ。
 そして、その『なにか』の後ろに、誰かが立っている。
 ズジマは己の中に染み出してくる快感に打ち震えながら、自分に着いて来ていた二部隊のほうを振り向_ことなく言った。

「冴突骨(ごっとっこつ)っ!! ハーファングっ!! このまま殿(しんがり)を勤めて退却っ! 退却後はパウの指示で動けっ!」
「了解したゾ」
「団長は? どうすんの?」

 顔面の半分ほどをうめる巨大な傷を持つドワーフは髭に埋もれるようにモゴモゴと頷き、少々軟派な雰囲気を持っている青年はポンポンと手にしている槍で肩を叩きながら言う。

「おれぁ、ちょいと『あれ』に用があるんでな」
「………あのよぉ、あんた、自分の置かれている立場っつーの、分かってる?」
「まぁ……一応、ザヴィの胃に穴が開かない程度には考えているつもりだが……」
「団長、その冗談ハ、笑えンぞ」
「やっぱり?」

 ズジマは困ったような笑みを浮かべつつ、ゆっくりと歩き出した。

「ま、死んだら死んだで俺のシャイグ・タンは何とかして叩き折ってくれよっ!」

 ボーンレット族にとって、己の武器が健在のまま死ぬことは最大の恥となる。

「おいおい、かわいー『天使』ちゃんがまだ生きてるぜ」
「だぁから、パムの指示を仰げって言ってるだろーが」
「……パムちゃんも可愛そうになぁ〜〜〜」
「了解したゾ」

 瞬間、二人は弾ける様にして戦線から離れる。

 

◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 

「我らが『愚者』が後陣を勤めるっ! だから……〜〜〜〜〜〜〜あ〜〜〜〜〜〜〜〜! 面倒くせえっ! おらおらぁっ! てめぇらさっさとケツまくれぇっ! あの大柄なかわいこちゃんにカマ掘られるぞっ!」
「急げ。我ら『愚者』が導く、そのまま導かれろ」

 戦局は大きく崩れていた。元来は、戦局から見てみれば戦力にして騎馬100から200程度が不意打ちをかけてきたにすぎない。だが、それが『個』として――しかも突飛な姿で出現した場合、その影響は2倍にも三倍にもなる。しかも元々はただの敗残処理で向かわされ、油断しきっていた正規軍だ。その足並みの乱れも激しい。
 冴突骨(ごっとっこつ)とハーファングはその乱れに乱れた軍をよく立て直していた。全力で鼓舞し、指揮に従わない者、そして半ばパニックを起こし、突撃のみをがなりたてている将は容赦なく殺した。



「驚いたな……まさか『愚者』まで出てくるとは。帝国も名に似合わずずいぶん慎重だな」
「お前さんみたいな輩の出現を予想してたみたいだぜ。一応、あんなクソみてぇな所(ドレス帝国)にも、宝石がいるみたいでね」

 ズジマは己が持つボーンレット族最強の武器――シャイグ・タンを前面に構えると、ゆっくりと右足をすり足で進め、半身になる。
 ――正中線を隠す構え。古い構えだ……――
 男はそのズジマの構えを漠然と見やりながら、言う。

「あのクズの集団にも『才』はいるか……。よかったら、その宝石の名を聞かせてもらえないか?」
「ダメ」
「なぜ?」
「だってあんた、絶対復讐かなんかを企みそうだもんな」
「……フフ……復讐か……」

 目の前にいるのは、実際ズジマの目から見てもごく普通の中年男性に見えた。
 どう見ても、こんな大それたことを考えるような人物には見えない、平凡な容貌。だが、その目だけには、非凡なものを微かに感じさせる。

「……あんたのせい……かい? この後半戦の粘りは」
「一応は……な」
「だが、無駄なことだぜ……」
「構わん。当初の目的は果たした。俺はこれから逃げることにする」
「目的ねぇ……」

 ちらりとその男の後ろを見やると、一体の『巨人』がいた。いや、巨人というには少々滑稽過ぎる造形だった。
 瞳は笑いの感情を人に伝える形で固定され、ペイントを施された顔の中に収められている。華美――というより派手な衣装からは所々、武器を隠した突起が見える。俗に言う道化師(ピエロ)と呼ばれる風貌と酷似している。

「――その人形が、あんたの『武器』かい?」
「ああ」
「あの『天使』さまも?」
「そうだ」
「なるほどねぇ」

 ズジマはふっと溜息をつくと、若干歩幅を広げ、腰を落とした。

「――名を、聞いてもいいかい?」

 目の前の男は、いくぶん考えるそぶりを見せたが、次の瞬間あっさりと答えた。

「ロバルディ=フロイド」

 

◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 

「敵っ! 更に閃光を発砲っ!」
「第二騎士団団長ユーバハング様が戦死されましたっ! その他被害は甚大っ!」
「咆狼騎士団(第二騎士団)は第一、第三騎士団に指揮を仰げっ! その他は各個に咆狼騎士団の救援に向かえっ!」
「第一騎士団も被害ありっ! 救援を差し向けるにしても混乱は収まってませんっ!」
「まともに動く人間から連れていけっ! 混乱を増長させている者は斬り捨ててもかまわんっ!」

「ひ、東城門から新たに『なにか』が出現しましたっ!」
「『なにか』では分からんっ! ええいっ! 偵察隊はどうしたっ!?」
「東城門前から出現した『なにか』によって、殲滅されました」
「ありったけの兵を差し向けろっ!」
「――そんなことやるともっと兵士死んじゃいますよ?」

 混乱と騒音の真中に、まるで小さな鈴を鳴らすような小さな、そして幼い声が響いた。だがその小さな音塊は、ありとあらゆる騒乱の小さな隙間に滑りこみ、たちまちの内に辺りの騒乱が静まっていく……。

「なっ――なっ!?」

 第一先鋭騎士団<竜虎法槍騎士団>団長、グーラウ・ガーバンドはその声のしたほうを『見下げ』、口をパクパクと動かした。

「あ、鯉みたい」
「な、ななな、なんだ貴様はっ!?」

 グーラウの目の前『下』に、一人の少女がぽつんと立っていた。年齢は10を超えてまだ1、2年ほどだろうか……。一応、後ろに二人の兵士を付き従えている。

「第13傭兵団第一軍師、パム・フィア・ラルスです。ズジマさんに言われて軍の指揮補助を依頼されてきました。 ……あんたが将軍?」
「な、なんだとっ!? 貴様っ!」

 周りから見れば異様――と言うより滑稽な情景である。歴戦の騎士団長が一人の少女に掴みかからんばかりに怒り狂っている。
 ちなみに、柔らかな布地に包まれたその肢体から、二枚の薄絹のような美しい羽根が生えていた。
 彼女はフェアリーである。そしてそれは、あまりにも戦場には似つかわしくなかった。
 その格好、その種族、その年齢……そして、その性別―――。

「とりあえず話、聞いてもらえます? 時間、あんまりないですから」
「な、なんだとっ!? 貴様っ!」
「……そのセリフ、数秒前に聞きました。ボキャブラリー、少ないんですね」
「な、なんだとぉっ!?」
「……もしかして、バカ?」
「貴様っ! 死にたいのかっ!?」
「死ぬのは恐いので遠慮します……。とりあえず、話、聞いてくれます?」
「ふんっ! 貴様のような小娘から聞くことなどなにもないっ! おいっ! 誰かこの小娘を連れていけっ!」
「お待ちください。将軍」
「なんだ?」

 隣りにいた一人の騎士がすっと進み出る。

「その方の話、聞いてからでも遅くはないかと……」
「なっ!? 貴様までそのような事を言うつもりかっ!?」
「―――その方、<ホワイトウィンドゥ>です」
「な……に……? <愚者の団>の最高軍師……だと?」
「最初の自己紹介のときにそう言いましたけど?」

 その少女はたいして表情を変えることなく、ポツリと言う。
 異常とも呼べるほどの実力主義である傭兵団<愚者の団>は、雇用の際その年齢、性別、そして犯罪歴まで―― 一切を不問とする。

 その極端な例の一つが、この<ホワイトウィンドゥ>であろう。

 フェアリーの年齢は外見から判断できないというものの、その幼い容姿からは信じられないほど緻密な、そして大胆な策を用いることで有名である。

「話、続けていいですか?」
「う……ぐむ……」
「続けていいんですね? んじゃ続けます」

 パムはゆっくりと辺りを見渡すと、その鈴の音のような細い――軽やかな声で話しはじめる。

「冴突骨(ごっとっこつ)とハーファングさんの部隊が前線に出ていた正規兵を連れて戻ってきます。
 そしたら逃げて下さい」
「なっ!? なにぃぃぃぃぃいいいいいいいい!?」

 将軍はその薄くなった頭髪から顔面からを真っ赤にしながら、少女に噛み付かんばかりにつっかかる。

「なんだとぉっ!? この映えある我らが<竜虎法槍騎士団>に逃げろという策かっ!?」
「はい。策です」

 だが、少女はその年齢に似合わない落ちついた―と言うより感情の見えない―表情を欠片も崩すことなく、こっくりと頷いた。

「敵城塞から出現した『兵器』は、人型をとる人形のような形態を持てるものだと愚者の伝令 ―スズメ蜂― から伝えられています。
 その大きさと攻撃力の高さから皆さんびっくりしてしまっています。とりあえず出来るだけ離れて、あの人形たちが見えない所まで逃げて、皆さんのドキドキ静めてから反撃すればなんとかなると思うのですけど?」
「う……ぬ……」

 将軍は言葉を詰まらせる。言葉使いは幼いものの、言っている案は間違いではない。

「だが、あの人型兵器も、我らが退却を始めれば追ってくるのでは?」
「それは私たちの団が一番後ろについて止めます」
「可能なのでしょうか?」
「ええ。皆さんあまりにもすごい『個の力』を見たので、びっくりしてしまって正しい判断ができなくなっているだけです。
 落ちついて見ればどーとでもなる相手です。
 一騎当千の力を持っている相手なら、一騎で百人分働ける兵士を11人向ければ勝てます」

 余りにも机上論だった。どう考えても実戦を想定された策ではない。兵士たちの心情、死への恐怖をまったく考慮に入れていないのだ。
 11人差し向け、一人生き残って帰ってくれば勝ちという算数で策を立てている。
 だが、<愚者>たちならばその策になんの躊躇いもなく従う――。

「と、ゆーワケなので逃げてください。私たちも自由に動けないと戦いにくいですから……」
「勝てるのか?」
「さぁ?」

 将軍の言葉にポツリと呟き、そして将軍が怒鳴り声を上げる前に、まるで制する用にそっと続けた。

「でも、あちらから勝たせてくれると思いますよ?」
「な……に?」

 ポカンとした将軍の表情を見て、小妖精はくすりと、まるで花が笑うように微笑んだ。

「あちらは、できるだけすっきりと『負けよう』としているようですから……」

 

◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 

 点と線――曲と直――
 戦いとは、この繰り返しではないだろうか……。漠然と、ほとんど脳のほんの片隅を使いながら、ズジマはそう思った。

 構えが点。

 攻めと受けが線。

 線には曲(フェイント)と直(実打)があり、それらを組み合わせて相手へと攻めたてる。
 あらゆる線に交わらない部分を潜り抜ければそれは回避となり、線にまじあえばそれは肉か武器にぶつかり合う。そしてそこには筋力と言う、原始的な部分が作用してくる。
 曲に惑わされるか、筋力で競り負ければその差し引いた部分がダメージとなる。

(ま、そんな単純な算数で収まれば戦も苦労はしねぇんだがな……)

 自分の顔面を鷲掴みに出来そうな程の巨大な『手』が、抜き手としてズジマの喉元を迷いなく襲いかかる。それを微かに右にずれてその軌道から逃れる。――瞬間、その手は関節を『普通では』ありえない方向に曲げて追尾してきた。

「―――っ!」

 右足を更に半歩――軸足になってしまっていた足を筋力で無理やりずらす。右足に微かな痛みが走ったが、その代償が首の保護なら、安いものだろう。右手はズジマの皮一枚のみを奪い、戻っていく。
 瞬間、ズジマは視線を他方に散らばせた。見やると、嬉々として食らい付いてくる蛇のように――五本の大剣がズジマ目掛けて遅いかかってくるっ!

(実際こちらに向かってきているのが三本。それを若干外れて二本――)

 つまり、このまま動かなければ三本の大剣がズジマを串刺しにする。かといってその三本に集中してかわそうとすれば、逃げ道を塞いでいる残りの二本がズジマに襲いかかる。

(厄介な攻めをしてくれる―――っ!)

 全ての攻めが、愚直にこちらに向かってくれていれば回避は容易い。その空間から身を引けばいいのだ。だが、ランダムに向かってくる攻めを回避するのは意外に容易ではない。空間を制限されてしまう分、先読みの術が必要となってくる。

「ひゅっ!」

 ズジマは軽く息吹を行うと、まず先行してくる三本の軌道上から身をかわした。続いて逃げ道を塞ぐように迫っていた二本の内、一本のみにその身を躍らせる。
 瞬間――その一本を手にしているシャイグ・タンで弾き――返しきれず、そのまま吹っ飛んだ。

「っ!?」

 驚いた表情を浮かべたのは、ズジマではなくフロイドであった。ズジマの膂力ならば苦もなく大剣の一本くらい弾き飛ばせたはずだ。現に先ほどの攻撃の時、大剣をなんと額で受けきってみせている。
 その驚いた表情を浮かべているフロイドに、ズジマは手品のタネを見破った子供のような表情を浮かべた。瞬間、吹き飛ばされる寸前にズジマがあった空間に、先ほど先行した三本の大剣が、向かう時とは比べ物にならない速度で舞い戻ってきた。が、それも獲物を捕らえることが出来ず、空しく通りすぎる。おそらく剣先と柄尻辺りに極細のワイヤーかなにかで釣ってあるのだろう。一種の隠し武器の様相を見せるそれを、ズジマが見破ったのだ。

「…………」

 手元に舞い戻ってきた四本の巨大な『短剣』を、<ピエロ>はまたヒョイヒョイと宙に投げては手元に戻す――ジャグリングを繰り返しながら、首をぐるりと傾けた。

「……恐ろしい奴だな。『舞剣(ダンシング・ソード)』すら読みの内か」

 その<ピエロ>の影から、一人の男が姿を表す。もっとも、その表現は余り的確ではない。ズジマにとって、その男こそ『敵』だ。

「その<ピエロ>に剣を投げさせた後、妙に目線が緊張してたからなぁ……なにか企んでいるとは思ったよ」
「<ピエロ・ザ・モンテカルロ>の攻めを受けながら、視線をこちらに放っていたとでもいうのか?」
「師匠から教わったぜ……『何時いかなる時も、敵から目を反らすな』ってな……。
 俺にとっちゃぁその<ピエロ>は、お前さんが操るただの『武器』だ」
「……<ピエロ・ザ・モンテカルロ>をただの武器扱いか……あきれた奴だな」

 多少苦笑と溜息を混じらせた声で、人形繰りは己の『手品』を見破ったボーンレットを睨みつけた。

「――さすがは『角無し』といったところか?」
「? 知っていんのか? 俺のこと」
「もう少し自分を過大評価することを覚えるんだな。そうすれば、今の立場より更に優遇された立場を得る事は、お前にとっては容易い」
「やだね。めんどくせぇや」

 ズジマは吐き捨てるように言うと、手にした種族独自の武器――シャイグ・タン(半月両刀)を構える。
 それを聞いて、人形繰りはククッと喉の奥で笑う。

「もう少し、欲の使い方を覚えてみるんだな」
「あんたも似たようなもんだろが」

 不意にピクリと、フロイドは表情を消した。それに構わず、ズジマは続ける。

「あんたも、能力に応じた対応と報酬と境遇にあるとは思えねぇぜ。どっちかってぇと貧乏クジを引くタイプだ」
「……『角無し』に人間観察の目もあったとは聞いていなかったな」
「『角無し』『角無し』そーゆーないっ。一応、俺らの種族では死より恥ずかしいことなんだからよ」
「ならば、なんで生きている?」
「角折れたくれぇで死ねるかよ」
「…………」
「ま、俺もあんたと同じ『異端』ってこったよ」
「フム……私も異端か……」
「そーゆーこった」
「ところで、だ」
「ん〜?」
「死にたいのか?」

 瞬間――ズジマの背後の地面に突き刺さっていた、残り一本の大剣が無造作にズジマの背中を狙うっ! ――が、ズジマはあっさりと右に一歩動くと、それを回避した。

「……いいや。まだ死にたかねぇなぁ」
「……だろうな」

 フロイドは溜息混じりに呟くと、ゆっくりと両足を肩幅ほどに広げ、腰を若干落とすと、両手を軽く広げる。
 それを見て、ズジマはゆっくりとシャイグ・タンを肩に担ぎ上げた。
 ざっと右前足を後方に引き、爪先立ちするようにして軽くフットワークを刻む。

「さて――っと。その道外人形の攻撃をかいくぐって、てめぇの脳天カチ割りゃあ、俺の勝ち。
 それが出来ずに、そのバカでっけぇ剣に刺しまくられりゃあ、俺の負け」
「単純だな……」
「あたりめぇだ。だいたい、おめぇら人間なんだよ……戦争をしち面倒臭えぇもんにしてんのは」

 天性の戦上手は、そう吐き捨てた。フロイドはその表情を好ましいと思った。どのような思い入れを持っているのであれ、それは、とても純粋な思いだったからだ。

「……面白い。乗ろう」
「んじゃぁ行くぜぃ……」

 トントントン――と、そのリズムが小刻みに、しかも鋭くなっていく……。
 次々と小刻みに人形繰りの手が動く――あらゆる動きに対応し、小刻みに繰り続ける……。

 『戦』と『人形繰り』……普通なら合い争うはずのない、ある世界での頂点同士がその持てる全ての技(スキル)を瞬時に編み上げる。

 ふわ…っと、ズジマが最後のワンステップを高く飛んだ……。
 ひゅ…っと、フロイドの手が静かに握り締められる……。

「『愚者』の長が、『戦神の言葉』を賭けらぁ……」

「『千人殺し』が、最高の繰りを見せよう……」

「参る……」

「こい……」

 ゆるく開いたフロイドの手に導かれるよう――いや、引き付けられるように、ズジマは爆発的な速度で一直線に突き進んだっ!
 その動きには、先ほどまでの豪快さに見える雑さはなかった。研ぎ澄まされるように洗練された歩法で、滑るようにフロイドとの距離を詰める。
 が、当然だがその間に立つ<ピエロ・ザ・モンテカルロ>は動く。
 道外の太く、長い指先がまるで舞うように動く。瞬間、飄々と舞っていた五本の『大短剣』が一瞬ずつタイミングをずらし、戦闘種族に襲いかかった。

 ズジマは軽く舌打ちすると、まず右足で地面を蹴り付けるようにしてその場に止まる。そしてそのまま右足に一気に溜まった全身の運動エネルギーを反発力に変え、爆発的な速度で右に跳ぶ。

(普通は右足が折れるぞ――)

 フロイドは飽きれたような笑みを浮かべると素早く<ピエロ>を繰る。大きく軌道を外れざる得なくなった『大短剣』はそのままに、一気に<ピエロ>を突っ込ませる。手の間合いから二倍ほど離れた場所で、そのまま抜き打ちの要領でズジマに向かって右手を放つ。が当然、その手はズジマには届かない。

(距離感が分からないばかなら、こんな苦労はしないんだが――!?)

 瞬間、<ピエロ>の右手の指全てが、爆発音とともに弾けたっ!

(飛び道具かよっ!?)

 親指を軽く首を傾げるようにしてかわし、人差し指をシャイグ・タンで弾く。その運動エネルギーをそのまま利用して次の中指の射線上から立ち退くと、そこに迫ってきた薬指を跳躍してかわした。最後の小指は空間では避け様がなく、そのまま右肩に当たるに任せた。
 ――瞬間、ズジマはその小指の膂力にあがらい切れず、キリモミする様に吹き飛んだっ!

(―――――っ!!?)

 右肩に力を込め様として――それが無駄だと分かり諦める。左手一本では扱いきれないシャイグ・タンを見て、ふわっと宙に軽く放ると、思いっきり蹴りあげたっ! シャイグ・タンはクルクルと空高く舞う。
 それを見届けずに、ズジマは素早く微かに霞む目を見開いた。そこには五本の『大短剣』が切先と柄尻に付いたワイヤーを駆使され、軌道を修正してこちらに遅いかかってきている。
 ほんの膝の丈ほどだが、いまだ宙にいるズジマにとって、その軌道上から逃れる術は、ない。

(これで終りか?)

 フロイドは少々あっけない気分を胸中でもてあそんだ。こんなものか――? ドレス帝国最強の独立部隊、<愚者の団>団長の力というのは……。
 瞬間―― 一本目の『大短剣』がズジマの腹部めがけて襲いかかる。

「―――ふっ!」

 が、ズジマは左手でぶらりと揺れる右手を引っつかみ、それを『大短剣』の射線上に引っ張りこんだっ!

「なっ!?」

 フロイドはギリギリで驚愕の言葉を飲みこんだ。当然、『大短剣は』深々と右手に食いこんだ。瞬間、深々と突き刺さったままの剣を捻るようにして、二本目、三本目を弾き飛ばす。そして四本目、五本目を――なんと足がかりにして跳躍したっ!

「なにぃっ!?」

 今度こそ、フロイドは驚愕の悲鳴を上げた。慌てて手を伸ばす<ピエロ>の手すら踏台にして、ズジマは空中から人形繰りを睨みつけた。

「取ったっ!!」

 ズジマは高々と宣言した。そして大きく左手を上に上げる。
 瞬間、その手に先ほど空中へ蹴り上げたシャイグ・タンが、見事に収まる。

「計算していたと言うのかっ!? 武器の軌道までっ!?」

 驚愕しながらも、その洗練された身体は愚直に主の命令を受け入れようと――筋肉という束になった繰り糸はうごめき、その脳髄からの繰りを指先まで伝える。

「ああああああああああああっ!」

 フロイドは吠えた。吠えてただ、右手をズジマに向かって伸ばした。
 <ピエロ・ザ・モンテカルロ>――その命令が実行に移され、背後からズジマの腹部を貫く前に、こちらの脳天が割られるだろう。
 シャイグ・タン――ボーンレット族最強の武器にして最高の神器は、鈍い輝きを放ったまま、ズジマの左手に掲げられ、ズジマの頭上にある。

(悪くない……っ!)

 フロイドは、暗く笑った。

(『最強』との闘いで死ぬ――悪くないっ!)

 もう一瞬で、あの神器はこちらの脳髄へ達する。

「十二の人形とその繰り……たったそれだけの能力のため、私は望む望まぬの選択すらさせてもらえぬ人生だったっ! それもよかろうっ! 一つの望みと、一つの復讐は果たしたっ! いいだろうっ! 残りをすべてここで帳消しにしてやるっ!
 『角無し』っ! 俺を――俺をっ!!」

「――――っ」

 フロイドの視線と、
 ズジマの視線とが一直線に紡がれる。


 そして――

 

◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 


「『天使』……沈黙いたしました……」

 ごくり――と、唾を飲みこみながら、伝令は半ば信じられないといった風に状況を報告した。
 災害もかくや……いや、災害の方がずっとましである。あの知性――殺欲とでも言うべきか――を持つ災害は、あの後<愚者の団>少数精鋭による決死のしんがりにより、被害は最小限に食い止められた。

 その数約千……だが、『天使』は今も変らずそこにある。

 だが、天使によくあるあまり実用的ではない衣服――風もなくゆらりとたゆたっていた衣服の優麗な舞はなく、まるで死んだように動きを止めている。
 もっとも、類々と倒れ、崩れ落ちた死者の中に立つそれは――吐き気を覚えるほどの恐怖を辺りに振りまいていた。シミ一つ……欠片の血痕すらその身に触れさせることなかった天使。まるで奇跡のような純白――。
 もっとも、相手は天使だ。それくらいの奇跡は軽く起こすのかもしれないが……。

「なにを……した?」

 第一先鋭騎士団<竜虎法槍騎士団>団長、グーラウ・ガーバンドは、血走った視線を恐る恐るといった風に、下方に向けた。そこには、一人の男が立っている。小柄な体型ながら、その内に秘める<もの>にとんでもない存在感を放つ男……。

 <愚者の団>団長、ズジマ―――。

 そのボーンレットは何気なく包帯でくるみ、吊った右腕をポンポンと叩きながら、苦笑をもらす。

「なぁに、ちょいとあの<天使もどき>を動かしていた繰り師を、潰しただけだよ」
「繰り師……だと?」
「ああ、こいつ」

 そういって、団長は軽く視線を横にほおると、そこから進み出てきた一人の部下が何気ない動作で一つの塊をほおった。

「――――っ!?」

 まるでゴミでも捨てる様にほおられたそれは、一つの首級だった。
 血と涎と涙――見るに耐えないその首からは、『無念』……そんな雰囲気を否応無しに放ちつづける。

「こ、これは……?」
「首切った後に蹴り入れて、シャイグ・タンで小刻みにつつきまくった後しょんべんぶっかけて火ぃつけた」
「ひでー……」

 最後にぼそりとつぶやいたのはハーファングだった。げんなりとした、彼独特の苦笑を浮かべる。

「……ちなみに、体の部分は軍馬でまんべんなく踏み潰した後、ザヴィの魔法で丹念に焼いて、そのあと馬糞と一緒にうめましたけど……」
「こえー……」

 ちなみに、今ぼそぼそと呟いたのは愚者の団第一軍師のパム。同じくツッコミを入れたのはハーファングだ。

「そ、そんなことを言っているのではないっ! こ、こいつは……」
「ロバルディ・フロイド」
「やはり……あの人形使いかっ! でかしたっ! ズジマっ!」
「そりゃぁどーも」

 ズジマは気のない生返事でその賛美を受け流す。正直、興味はなかった。そんな首などに。

「第一級戦犯のロバルディ・フロイドか……ふははははははっ! よしっ! 残党の処理はズジマ、お前に任せるっ!
 ……愚者の団ならば、たかが5000の兵など、造作もあるまい?」

 最後の一言には、ある意味『侮蔑』が含まれていた。戦闘――その一点にのみ特化された集団。そのため他の倫理性、理性、感受性……そういった『人らしさ』といったものが稀薄、または大きくずれている集団。
 だから……というべきか、ズジマたち『愚者の団』はその華々しい戦績に対して、正当な評価と地位は受けとっていない。

「……あいよ」

 だが、ズジマはそれすら気にした様子もなく、むしろどうでもいいといったふうにうなずいた。

「よしっ! 帰るっ! 一刻も早く、あの犯罪人が死んだことを報告せねばっ!」

 高笑いを上げながら、ガーバンドは立ち去っていった。ガーバンドの後ろに仕えていた従者が、ガーバンドに見えないようにして深々とお辞儀をしたのが、一つの救いか……。

「救いにもなりゃしねぇ……」
「なにを救うんでしょ……?」

 自分でも聞こえないほど小さな声で呟いたつもりだったが、パムには聞こえたらしい、鋭敏なその五感をごまかすかのように、とろんと瞳をまぶたで半分隠したそのいつもの視線で、ズジマを見る。

「……なんでもありませんよ。パム・フィア・ラルス」
「その割には意味ありげな言葉だったんですけど?」
「申し訳ない」

 ズジマは彼女の方を見ることはしなかったが、普段のズジマを知っていれば目を剥いて驚くかもしれない。ドレス帝国帝王――ワーズミックラン・ドレス・ルナスタージックの前でさえ、敬語を使うことをしない男が、その小さな妖精の前では、しおらしくなっている。

「――噂には聞いていたが、半ば信じてなかったよ」
「まぁ、信じる信じないは人の勝手だがよ」

 後ろに控えているフードを目深に被った男が、若干呆れたように呟く。それをズジマはあっさりと一蹴した。
 フードの中でくぐもった苦笑をもらすと、ゆっくりとそれを外す。

 ロバルディ・フロイド――。

 先ほど、ガーバンドがさも自分が上げたかのように高々と誇っていた首級。その張本人――。
 最強ではない、最高でもない。ただの人形師であり、中途半端な戦士――だが、世界でもっとも人を殺すのことが優れているだろう男――。

「質問をしていいかな?」
「なんでもどぉぞ」

 彼はズジマの右腕――己が貫いた傷を見ながら、自分の頭に巻かれた包帯をつついた。包帯は、赤黒い染みを作ってはいるものの、痛みはすでにない。

「なぜ、あのとき剣を迷わせた」
「さぁな……自分でもわからねぇ……だから、『迷い』なんだろ」

 ひょいと肩をすくめる様にして、ズジマは呟く。その真偽を見抜こうと、フロイドの眼光が鋭くなる。
 だが、それも一瞬のことであった。すぐにその視線を和らげる。
 見抜くまでもない。この団長は始めから偽りを一つも吐いていない。

「まったく、訳の分からない男だな」
「……嬉しくねぇが、よく言われるよ」
「だろうな……それと、だ」

 まるで日常的な会話を続ける二人。その周りには、精鋭中の精鋭――戦闘力のみを特化された500の戦士が取り囲んでいる空間で、フロイドはまるで明日の天気を聞くかのように続ける。

「――なぜ、俺を生かす?」
「…………」

 それはある意味『きっかけ』であった。その一言を欠片でも不遜と感じれば、容赦なく切り殺されるだろう。たとえズジマがそう思っていなくても、周りの戦士一人でもその考えを欠片でも覗かせれば、結果は同じだ。
 だが、フロイドは聞かずにはおれなかった。どうしても、知りたかった。

「別にぃ……ただ、なぁんとなくな……」

 そしてズジマは、人形師の予想通りの言葉を吐き出した。
 感受的で、無利己で――
 そして、心地よい言葉――。

「そうか……」

 フロイドはそれを噛み締めるように一言だけ、呟くとくるりと後ろを見せた。無防備に――そして、ゆっくりと歩き出す。

「目的は果たしたのかい?」
「ああ……俺の第一の目的は果たした。俺はこの戦から身を引く」
「あの大仰なカラクリ人形は?」
「<ピエロ・ザ・モンテカルロ>も<エンジェル・ザ・ガンボット>も、勝手に俺の手元に戻ってくる。 問題はないよ」
「そうか……んじゃ、最後にもう一つ」
「なんだ?」
「次は、いつ戦れる?」

 一瞬――ほんの一瞬だが、フロイドの歩みが止まる――いや、固まる。それを悟らせたくないのか自分でもよく分からなかったが、次瞬に大げさに、溜息混じりに立ち止まり、そして振り向いた。

「まったく……恐い奴だな。お前は」
「それも不本意だが、よく言われるなぁ」
「はっきり言わせてもらっていいか?」
「もちろん」
「俺は、二度とごめんだよ」

 ――瞬間、ズジマが見せた表情を見て、世界最強の人形師は、まるで心臓を氷の手で掴まれたような寒気を覚えた。
 ズジマは、まるで二度と会えない友達を見る幼子のような……そんな表情で自分を見ていた。しばらく、その視線を眺め……いや、圧倒されていたがやがて振り解くようにその視線から逃れる。

(まったく……二度とごめんだ)

 胸中でもう一度だけ呟くと、ロバルディ・フロイドはゆっくりと『愚者の団』から去っていった。そっと、どこからともなく現れた一人の少女を付き従えて……。



「いいの?」
「ええ、構いませんよ。パム・フィア・ラルス」

 ちょこんと馬の背に座った小妖精(フェアリー)は、ズジマが下した判断に異を唱えることも肯定することもせず、ただその背にある柔らかな二対の羽根を静かに揺り動かす。

「それで? いかがなされます? あのような後始末のような役を引き受けまして」
「ま、いいやなっ」

 すっと進み出てきたザヴィニーを、ズジマは苦笑混じりに眺めた。その瞳には、明らかな非難が見られる。
 それを誤魔化す様にニヤニヤと笑いながら、ズジマはザヴィニーの肩をぽんぽんと叩いた。

「それにな――元々この役目はあの剥げオヤジに言われんでも、引き受けるつもりだったんだよ」
「? どういうことです?」
「――パム」

 瞬時、ズジマの口調が変る。光々とした――ある種のカリスマじみた圧力を、その身から全軍へと走らせる。
 瞬時――たとえ戦場のど真ん中であってさえ、ある意味弛緩していた戦士たちの神経が、見る間に引き締められる。
 仕えるべきはこの姿――と言わんばかりにパムは優雅に馬から舞い降り、そして肩膝を付いた。

「常任議員――『玉』からの報告を、パム」
「了解団長……。全軍、これより残存兵力の総討にはいる。――『首塚』を築け――」

 ほんの一瞬――全軍に動揺が走る。
 首塚――それは『戦闘』という形式を文字通り形だけ取り繕っただけの、公開処刑と同義だった。
 「降る」と言う兵を斬り、「死にたくない」と叫ぶ兵の臓腑を抉り、「殺せ」と叫ぶ兵はなにをいわんや。

「……この辺で、一応の一区切りを付けておきたいらしい。残存兵力5000弱――一兵たりとも逃がすな。全員首を跳ね、塚を築く」

 この言葉を、フロイドが聞けばなんと思っただろうか……。
 ズジマは背負ったボーンレット族神器――シャイグ・タンを放り捨てると、代わりにそこいらの死体から槍を握りしめた。

「……なんで武器を折らずに捨てるの……?」

 傍らに立つ小妖精に、ズジマは笑うのではなく、淡い微笑を浮かべた――。

「さぁ……なんででしょうねぇ……?」

 そして――
 満足な戦い方も知らない、だが今まで必死に『生』に食らいついてきた保守派軍5000は、世界最強で最凶の500を相手に無残な最後を遂げる。



 ――二年後の後、愚者の団団長――ズジマは、ある小規模な掃討の任務中に、不明の集団の襲撃を受け、命を落すことになる。
 その時、たった一人だけ帰ってきた部下の報告は以下の通りであった。



 鬼のような形相をした一人の男が従えるのは、過美な装飾を施されたピエロと、どこまでも白い衣装に身を包んだ天使だった――と。

END



TOP
HOME