『聖なる木の実と料理対決』
――プロローグ――

作 : がってん
編集 : <力の二号>人形


「お父さんが大変なの!」
 午後を過ぎてしばらくして、皆胃に放りこんだ食物をこなすけだるい感覚に、雑談混じりで酔いしれる…そんな時間。
 『なめし革亭』に幼い声が響いたのは、ちょうどそんな時刻だった。
 
 『なめし皮亭』は、俗に言う冒険者の店と呼ばれる形式をとっている。とは言っても、その形態は他の『協会』と呼ばれる施設に比べると多分に『惰性』という印象が強い。
 そこには決まりごとはなく、暗黙のルールのみがどっかりと腰を降ろしている。だがだからこそ、それは不動であり絶対的なものとして『他の施設』と『冒険者の店』とを明確に区切る。
 すねに傷を持つ者、やむをえずこの世界でくすぶっている者、吟遊詩人たちが浪々と伝えるサーガの伝説に憧れを抱き、自ら進んでこの世界に入り込んだもの。
 だから……であろうか、冒険者の店にたむろする人種はどこか自分本意の印象をもつ。
 他人の荒事を吟味し、そこに金の匂いを嗅ぎ取り、そこから金をせしめて生きているのだ。ある意味それは当然と言えるかもしれない。
 
 だから、であろうか。
 
 たった今『なめし革亭』に飛び込んできた12、3歳くらいの少女に対して、店にいる人間のほぼ大半は同じ感想を抱いていた。
「金の匂いがしない」
 と。
 そんな時の彼ら――もしくは彼女ら――の反応は実に現実的である。
 つまり、無視――である。
 もっとも、別に冷たいわけではない。雨に打たれて濡れて震える子犬に対して、「可愛そう」とただ頭をなでてやるなら誰でもできる。
 冒険者たちとて、不安定であるとはいえ生活を営んでいる事には変わりない。ヘタな同情は自分を貶めるだけでなく、その比護を望む対象すら、生殺しの状態にしかねない。
 
 そんな冒険者の常識を切に噛み締めながら、冒険者の店のマスターは自分からその少女に近づいていった。
 小さい体で、全力で走ってここまで来たのだろう。少女の息はかなり荒い。
「ここは冒険者の店だよ。それを知っててここに来たのかい?」
 ゆっくりと声をかけたマスターに、少女はようやく整い始めた呼吸を中断して、懸命に言う。
「うん。ぼうけんしゃに、お父さん、を、助けて、欲しいのっ」
 この声に何人かの冒険者が多少の反応を示したが、金にならないと踏んだのか、やはり無視を決め込む。
「そうか……とりあえずこれでも飲んで、あっちのテーブルに座ってな。誰か、話を聞いてくれる人が来るかもしれないからな。
 ……それにしても、うちの客層も悪くなったもんだ。こんな女の子の話を聞いてやろうってやつが1人もいないとはな」
 後半は半ば店の客どもに聞かせた台詞だった。
 確かに生活がかかっている。それも認める。
 この少女が大金を支払ってくれるようにも見えない。それも認めよう。
 だが、一人の少女が息を切らせ、懸命に訴えかけてきている声にこの反応はあまりではないか?
 とりあえずその少女を椅子に座らせ、そしてマスターは柑橘系の果実を絞った水を手渡してやる。
 少女は恐る恐るそれを受取ると、一口だけ口をつけ、たっぷりと残ったカップをことりとテーブルの上においた。
 反応のない客たちに『薄情者』と罵りもしない。『誰でもいいから助けて』とも嘆きもしない。それは幼くても、純然たる『依頼者』としての立場を貫いていた。
「よっ」
 そんな少女の態度にうたれたのか……それとも単なる暇つぶしなのかは知らないが、一人の男が少女に声をかけた。
 少女がその声に引っ張られるようにして顎を上げると、その男は隣の椅子に座ってにやりと笑いかけた。
「嬢ちゃん、俺が話を聞いてやるよ。と、その前に……だ」
 不意に表情を引き締め、指をピンと一本立てると、ずいっと詰め寄ってくる。少女は少々ビックリした様にのけぞったが、男はそれに構うことなくごくごく自然に良い放つ。
「まず、嬢ちゃんの目の前にあるカップを見よう。なにが入ってる?」
「え……? えっと、レモンジュースです」
「うん。じゃ、それを両手でしっかり持とう」
 言われるままに少女はそれを手に持った。
「手に持ったか? 落す心配はない? 冷たそうだよな? おいしそーだよな?」
 立て続けに質問を投げかけてくる男にこくこくと頷き続ける。
「じゃ、口をつけて……んでもってごくごくごくごくっと一気にいってみよう。あ、そ〜れっのめっ。のめっ。のめっ。のめっ」
 ごく……ごく……と言われるままに中身を飲み干していく少女。やがて、その中身は空になった。
「……ぷふぅ〜〜」
「よっ。良い飲みっぷりっ」
 ぱちぱちとややおどけた拍手をして、さらに男はずずいっと顔を近づけてきた。
「で、だっ! 嬢ちゃんっ!」
「は、はいっ!」
 やたら固い表情で少女の顔をじ……っと見ていた男は、不意にふっと表情を崩し、その鼻先にかけている眼鏡――おそらく伊達であろう――のずれをくいっと直す。
 そして、優しい――ただただ優しい声で言った。
「落ちついた?」
「え……」
 そう聞かれて、少女はきょとんと目をしばたかせた。言われて、自分を見る。動機もおさまっているし、汗も引いた。呼吸も荒くない……。
 つまり、落ちついていた。すっきりと。もちろん自分が内包している悩みや不安まで消え去るはずもないが、ここまで来る間についていた余計なものは、すっきりとなくなっていた。
「は、はい……落ちつきました」
「そっか」
 そう聞いて、男はにまっと、人懐っこい笑みを浮かべる。
「んじゃ、改めて自己紹介からいこーか。俺の名はスパイクだ。スパイク・トライアード。よろしくな、嬢ちゃんっ」
 そう言ってスパイクと名乗った男は、少女に手を差し出した。
 最初はちょっと戸惑ったようにしていた少女も、初めて自分の味方ができたことに気付いたのか、スパイクの手をそっと握り返した。
「んで、だ」
「え?」
「嬢ちゃんの名前を教えてくれると、俺は嬉しいぞ」
「あ、ティナ……ティナ・ハーランドです」
 彼女は名のってから不意にここへ来た目的を思いだし、スパイクに詰め寄った。
「お願いっ! お父さんの、お父さんのお店を助けて欲しいのっ!」
「へ? 店を助ける?」


 


――カラン――
 
 そのとき、店の扉が開く音がした。スパイクは昔の『仕事の癖』で、ティナは純粋に反応でそちらを見る。
 入ってきたのは、新品同然のハードレザー・アーマー、それにこれも新品であろう小盾を持ち、これだけはなぜか古ぼけたメイスを持った少年だった。おそらく、ティナよりも2つか3つ年上なくらいだろう。
 ちょっと気弱げな視線を、おどおどと辺りに振りまきながらその少年はなにかを探している。スパイクはすぐさま興味をなくすと視線を戻そうとしたが、少年の胸元で目が止まった。
 戦神アグラムの聖印――猛き炎と、そして厳密なる契約を司る戦の神。それは、その少年が神官であることを意味していた。よく見ればハードレザー・アーマーの上に羽織っているのは法衣である。間違いない。
 二人の視線にはまったく気付いてない様子の少年は、カウンターで店の主人と一言、二言交わしたあと、スパイクたちの方に目を向けた。当然、そちらをじっと注視していた二人と目があう。
 二人の期待に満ちた視線に気付いた少年は、ちょっとたじろいだ風だったが、やがて意を決したように二人のもとへやってきた。
「あ、あの……僕、リース=ルナイシアっていいます。依頼が入ったって聞いて、それで、僕にも何か手助けができないかなと思って……。 詳しいお話、聞かせてもらっていいですか?」
 リースの話が終わるか終わらないかのうちに、スパイクは彼の手をがっしと握り締めた。
 それをリースはきょとんとした眼差しで見やる。
「え……?」
「待っていた……」
「え、ええ?」
「待っていたぞ、少年っ!」
「え? は、はぁ。あの……」
「いや待て少年っ! じゃすともーめんとっ! 何も言うなっ! とりあえずここに座って、『私はこの依頼を受けます』という証明書にサインしろ」
「ちょっと!?」
 慌てた様子で彼の手を振り放した少年を見て、スパイクはカラカラと機嫌良さそうに笑った。
「少年。肩の力を抜けよっ。依頼主はこの女の子だ。俺の名前はスパイク。スパイク・トライアードだ。よろしくなっ」
「え? え?」
 再びリースの手を握り締めるとぶんぶんと上下に振るスパイクに、リースは目を白黒させている。
「あ、あの、とりあえず仕事の内容を……」
 ようやく席についたリースは、一応、依頼内容を尋ねた。スパイクの様子から見て、たとえ依頼内容があまり納得のいかないものでも受けるしかないだろう。半分、あきらめが入っている。
「それなんだけどな、俺もまだ聞いてないんだ」
「え? 話も聞いてないのに仕事を受けるんですか? えっと……」
伊達眼鏡のだんでぃスパイクだ。」
 至極当然。当たり前といった表情でいうスパイクに、リースはくすくすと笑った。
「えっと……じゃあ、スパイクさん」
「伊達眼鏡とだんでぃはどこいったんだ?
 ま、いいか。いや、ちょうど依頼内容を尋ねようと思ったところにおまえさんが来たんだ。ちょっとこの話は変則的だったからなあ……」
 そう言ってスパイクは、これまでのいきさつを説明した。
 冒険者の店の冒険者に依頼をする場合、通常は店の主人にまず話を通す。主人は、必要な技能などを考慮したところで、その以来の必要能力を持っていると思われる冒険者に依頼人を紹介するものである。この際、店側は多少の紹介料を依頼人から徴収する。
 ところが今回、当然ながら店の主人は依頼内容も聞いていない。理由は純粋に『料金を払えない』からである。リースをこのテーブルによこしたところを見ると、多少気には留めているようだが、正式に店を通した依頼とは言えないだろう。
 スパイクの話を聞いたリースは、この男が、なんだかんだ言って、その仲介を通せないティナの依頼を受けてやろうとしている『いい人』なのだとわかってほっとしていた。冒険者になってはじめての仕事である。どんな人と一緒に仕事をするのか、不安だったのだ。
 リースにひととおり話をしたところで、スパイクはティナに向き直った。
「んじゃ、あらためて詳しいことを話してくれるかな?」
 ティナは一口水を飲んで話し始めた。
「えっと……えっと……向かいの店のガーナンの店が大きくて、しかも材料とかもお父さんは買えなくって……でもね、お父さんの料理は美味しくて、でも、ガーナンのやつ、ユリクラウスを手に入れちゃって……だから、お父さんもユリクラウスがあれば……」
「は?」
「え?」
 一生懸命に話す少女の内容は、どうも要領を得ない。自分の思うところを次々とまくし立てるのだが、いかんせん話に纏まりがない。12歳という年齢は、まだまだ子供だということだろうか。それとも少女自身、そこまで理解していないのか。
 スパイクとリースは、いくつか質問を繰り返して、なんとか話を組み立てていく。
「……つまり、君のお父さんは料理人なんだね。それで、向かいにできたガーナンという人の店に嫌がらせをされている、と」
「それでね、大会があるの。大会に勝てば、ガーナンなんて目じゃないの」
「大会? そういえば、もうじき料理大会が開かれるはずだったなあ。で、そのユリなんとかってのはなんだい?」
「あのね、とってもおいしいってお父さんが言ってたの。でも、ユリクラウスが守ってるから、ユリクラウスはそれしか食べられないから、あっても絶対採っちゃダメって。 でもきっと、それがないと大会に勝てないの」
(これは、その『お父さん』からちゃんと話を聞いたほうがいいかもなぁ)
 必死で話すティナだったが、その要領を得ない話し方にスパイクは途方に暮れていた。目を移すと、リースも困った表情を浮かべている。
 二人は、我知らず天を仰いだ。


 
 一人の少年が、『なめし革亭』に続く石畳を歩いている。
 かなり使いこまれたチェインメイルに、同様に使いこまれた長剣。その様相から彼が戦士であろうと察しがつく。ただし、その腰に差した長剣は、小柄な彼には少々大きすぎるように見える。
 だが、その見るからに重そうな鎖かたびらに、肉圧のある長剣を差しながらも、少年の歩みには若干の乱れもなく、また緊張もない。
 『武器を帯びる』その行為は意外に神経をすり減らす。決定的な致命傷を与えることができる凶器を持ち歩くと言うことに対して、慣れない者は大なり小なりそれに反応し続ける。
 だが少年にはそれがない。それはつまり、その少年の剣に対する『熟達』を示していた。
「……ここか。」
 一言つぶやくと、少年は『なめし革亭』の扉を開いた。
 店に入った少年は、そこでぴたりと立ち止まり、店内をひととおり見回し――いや、確認した。いくつかのテーブルに人がついていて、昼間から酒を飲んでいたり、カードゲームに興じたりしているのが見える。その中で少女と盗賊風の男、それに神官衣を着た彼と同い年くらいの少年がなにやらワイワイと話をしているテーブルが目に止まった。
「いらっしゃい。新顔だね」
 この店の店主だろう。カウンターでグラスを拭いていた男が少年に声をかけた。
「ああ。昨日までここの傭兵隊にいたんだが、冒険者に転向することにした。ガルフという」
ガルフは、店主に軽い食事を注文した。
「……あのテーブルは? 仕事の依頼なのか?」
 注文された食事を用意しながら、ガルフの剣や鎧をちらちらと盗み見ていた店主は、急に話し掛けられて少し動揺した。ガルフがどの程度の遣い手なのか、こっそり評価していたのだ。
「あ、ああ、そうらしいな。詳しいことはよく分からんが……」
「? 妙なこともあるもんだな。冒険者の店で、店主が知らない依頼の話をしているとは」
「あれはちょいと特殊でな。それに、あんな子から仲介料を取るわけにもいかんだろう?」
「……なるほど」
 あんな小さい子からの依頼では、たいした仕事ではないとみんな踏んでいる。だからあの2人しかテーブルについていない……そんな事情までガルフは察していた。
 それでもガルフは、席を立つとそのテーブルに向かって行った。
「話、聞いてみるのか?」
 テーブルに歩いていくガルフの背中に、店主が声をかけた。
 振り返らず、歩きながらガルフは答えた。
「ああ。料理はあのテーブルに持ってきてくれ」
 
「どうしたもんかねぇ?」
 天を仰ぎながらスパイクがつぶやいた。
 はっきりした仕事内容はわからないものの、たった二人だけで仕事をするのは少々心もとないものがある。しかし、他の連中は相変わらずこちらのテーブルには見向きもしない。
「どうしたら、いいんでしょうね?」
 リースも途方に暮れたような声を上げる。もっとも、こちらは単純にティナの話が要領を得ないことについて、であるが。
「ここ、空いてるか?」
 不意に後ろから声をかけられて、スパイクは天井を見上げた格好のまま、後ろに倒れそうになった。なんとか体制を整えて、声の主を見る。
 そこには、戦士風の少年が立っていた。年は若いようだが、着込んだチェイン・メイルと腰の長剣はかなり使い込まれている。
(……傭兵上がり…だな。それも相当の経験を積んだ)
ガルフの出自を、スパイクはひと目で見抜いた。
「……仕事の話だろう?」
 自分の言葉に反応がないのをいぶかしみながら、ガルフは重ねてたずねた。
「いや〜……」
 スパイクはゆっくりと…相手を警戒させないように、というより相手の警戒網に触れないようにして立ち上がると、いきなりガバっ! と顔を上げた。
「よ〜く来てくれたぁっ! ちょうど人手不足で困ってたんだよ。俺は、盗賊のスパイク、よろしくな!!」
 スパイクは言いながら立ち上がり、ガルフの両手を取ってぶんぶんと上下に振りまわす。
「…………」
 だが、その上下に振られる腕をみるガルフの表情はひたすらに冷めていた。年令はリースとおそらく同じくらいだろうに、受ける印象は極端に違う。
「僕はリース。戦の神の神官です。よろしくお願いします」
 こちらは握手を求めて手を差し出す。
 だがその手をちらっと見ただけで、ガルフはテーブルについた。
「仕事を受けるかどうかは、詳しい話を聞いてから決める。 俺はガルフ=ヴェインという。話を聞かせてくれないか?」
 あまりに冷めたガルフの態度に、二人は毒気を抜かれたようになった。
 それでもなんとか、仕事の内容を説明し始めた……もっとも、ティナの説明に毛が生えた程度の、どうしたらよいのか良く分からない不完全なものではあったが。
「……というわけでな、これ以上は当の本人に話を聞いてみないと分かんないんじゃないかな?」
「そうだな。その父親に会って話を聞くなり、現状がどうなってるのかを確認しなければ話は進まないだろう。ところで……」
ガルフは事情を説明してくれたスパイクから、ティナに向き直った。
「ティナ、といったな。俺たち冒険者は基本的に金で動くんだ。それなりの報酬が見込めなければ、仕事を受けないことも多い。
 この仕事で俺たちは、どれくらいの報酬がもらえるんだ?」



「えっと……それは……。」
 とても子供が相手とは思えないガルフの視線を受けて、ティナはしどろもどろになった。
ガルフの言うことはおそらく正しいのだが、相手はまだ子供だ。金の話は、それこそ彼女の父親にでもすればいい。
 その辺が分かってないということは、傭兵から冒険者になりたて、か。自分のことを棚に上げて、スパイクはそんな風に思っていたが、ガルフに詰め寄られたティナが泣きそうになっているのを見て、そろそろ止めに入ろうとした。
 ティナにとっての助け舟は、別の方向からやってきた。
「こらこら、こんな小さい子を泣かしちゃダメでしょう?」
 いつの間に来ていたのか、ハードレザー・アーマーに身を包んだ女戦士がスパイクの後ろに立っていた。背中にバトルアックスを背負っていることから戦士であることはわかるものの、これがなければとても戦士には見えない華奢な体つきをしている。ハードレザー・アーマーはまだ新品で、戦士の前に『駆け出し』がつくことは間違いないだろう。
 だが……。
 スパイクは、彼女が自分に気づかれることなく背後に立っていたことに、驚きとくやしさを感じていた。冒険者としては駆け出しとはいえ、街中ではそれなりに『仕事』をしていたこともあるスパイクである。いくらティナに気をとられていたといっても、自分の背後に立たれ、それに気づかなかったのは盗賊として致命傷である。
(立場ねーなあ。)
 もっとも、彼女が空気のごとく自然にスパイクの後ろに立ち、絶妙の間合いで会話に参加してきたことも確かである。
 スパイクが、というより、彼女が一枚上手だったと言うべきだろう。
 彼女はスパイクの後ろからスッとティナの隣の席へと移動した。
「お姉ちゃんに任せて。このお兄ちゃんみたいに『報酬が』なんて言わないわ。」
 そう言って軽くにらむ視線に、ガルフはばつが悪そうに肩をすくめた。
「あたしの名前はメリッサ。みんな、よろしくお願いするわね。」
 メリッサの挨拶を皮切りに、全員が自己紹介をしていく。ついでに、後から来た彼女に仕事の内容を軽く説明する。
「それじゃあ、ティナちゃんのお父さんに会いにいきましょうか。」
 ひとしきり話が終わったところで、リースがそう提案した。方針が決まれば行動は早い。冒険者とはそういうものだ。全員席を立ち、店の出口へと向かう。と、ティナがガルフのマントのすそをつんつんと引っ張った。
「? なんだ?」
「……ぼうけんしゃってお金払って雇うんだよね……。
 お仕事終わったら、あたしの貯金箱、全部あげるねっ!」
(ずっと気にしてたんだな……。)
 子供の貯金箱の中身などたかがしれているだろう。だが、そういう問題ではない。
 傭兵と違い、冒険者は『金』だけで動くわけではなかったはずだ。だからこそ、冒険者になったはずなのに。なによりこんな子供に気を遣わせてしまった。ガルフにはそれが、ひどく恥ずかしかった。
 そんな思いを込めてただ一言、「……ありがとう。」ガルフにはこれしか言うことが思いつかなかった。
 それでもティナは、その不器用な言葉ににっこりと笑ってくれた。そして、そんな様子を見ていたほかの3人にも自然と笑みが浮かんでいた。
「さあ、行きましょう。」
 明るいメリッサの言葉とともに、一同は『なめし革亭』の扉を開いた。


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