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種族名

−森の賢者−エルフ

 

「うぅ……」
 クレーシアは少し前かがみになる様にして腰に手を当てている。
「どしたの?」
「うぅ……お尻が痛いぃ……」
 それを聞いて、ニーナはずり落ちかけたメガネを慌てて手で支え持つ。確かにトロウからエクアドル。そしてこの<総樹国>ミスリルへと、ずいぶんと長い間列車の中で揺らされた。
 だが……
「おばさんみたい」
「……なんですって?」
 じろりと、ニーナを下から軽く睨み付ける。だがニーナは彼女の滑稽な体勢を見てくすくす笑いながら言う。そしてそのまま、視線を周りに向けた。
 樹……樹……樹……。
 総樹国とはよく言ったものだ。どこを見渡しても樹々が広がり、その隙間から覗く様に建物が建っている。トロウのような利率整然とした雰囲気は無いものの、調和を第一に考えられたこの町並みは不思議な安らぎを覚える。
「でも、馬車に比べれば揺れだってずっと少ないし、速いし、楽できたんじゃない?」
「それはそうだけど……でも、やっぱり一週間以上ガタゴト揺らされれば腰もお尻も痛くなるわよ」
「あはははははぁ」
 ぽんぽんと、まるで老婆の様に腰を叩くクレーシアの姿は不思議にはまっている。これも年のなせる技なのだろうか……。
「でも不思議よねぇ」
 腰を叩きながら、クレーシアは不思議そうにニーナを見た。
「なにが?」
「ニーナは痛くないの? 私、列車から降りる人達を見てたけれど、だいたいの人は痛そうにしてたわよ」
「へっへっへぇ〜〜〜♪」
「……なによ? その勝ち誇った笑いは?」
「んっふっふぅ♪ じゃぁ〜〜〜んっ♪」
 そうニマニマと笑いながら、ニーナは懐からなにかを取り出した。
「? なにそれ?」
 それは、縦7テルセ(約14センチ)横4テルセ(約8センチ)、厚さは四半テルセ(約5ミリ)ほどの透明な――おそらく水晶で出来た――プレートだった。
 確か、出発の前にニーナがシルヴァナから受け取っていたのを覚えている。それを受け取った時の少女の嬉しそうな表情が記憶に残っているのだ。
「へへぇ♪ 最新の魔導変換媒体よっ♪」
「……なにそれ?」
 ごくごく平凡に尋ねてくるクレーシアに、思わずニーナの表情も素に戻る。
「……まぁ、分かりやすく言うと、できたてほやほやの魔法の杖かな?」
「……なんか、ありがた味、薄くない?」
「う……そうかも」
 ニコニコ顔を少しばかり引きつらせるニーナ。そんな彼女を見て、クレーシアはとりあえず促す。
「んで? その変換媒体とかがどうしたの?」
「んふふぅ♪ こういうことが出来るのよっ♪」
 そう言って、ニーナは滑らかな動きでプレートをなぞる。すると、なぞった場所から淡い光が漏れた。その光は束となり、一瞬踊る様に少女の周りを一回りすると、腰辺りに収束した。
「……なに? それ」
「ちょっと触ってみて」
「?」
 なんのことか解らずに、クレーシアはポンポンとニーナの腰に集まっている光の束に触る。
 ―――と、
「へ? なにこれ?」
 その光の束は、まるでマシュマロの様に柔らかくクレーシアの手をはじいた。
「大陸鉄道に乗っているあいだ、それをお尻の下に敷いてたの。おかげで楽チンだったわ」
 収束の公式と光系公式を少しずらして展開させただの、変換媒体の処理速度を故意に落せば簡単だのと、あーだこーだ……その後クレーシアにとって訳のわからない言葉が続く。だが、一点だけ、理解できることがある。
「あたしに隠れて自分だけ楽してたなぁ〜〜〜〜〜〜っ!」
「へ? あの、うわきゃっ!?」
「手打ちにしてくれるっ!」
「だってだってっ! 二人分もの公式を展開したら容量が足りなかったのよぅ〜〜」
「んじゃ一緒にお尻痛くなってればいいでしょっ!」
「あ〜〜〜んっ! そんなぁ〜〜〜〜〜〜」
 どたばたと取っ組み合いを始めた二人だが、傍目から見たら子猫が2匹、楽しそうにじゃれあってる様にしか見えない。
「きゃわきゃわっ♪ ……あれ?」
 ふと、スキップまじりに逃げていたニーナは立ち止まる。その後ろから彼女を追っていたクレーシアは当然ながらとんっとぶつかった。
「ん? どしたの?」
「ほら……あれ……」
「?」
 ニーナが指差した方を見やると、そこには木々のあいだに埋もれる様にではあるが、明らかに周りの風景とは一線をなした風景があった。
 砂地。
 直径5テーセル(約10メートル)ほどであろうか……ほぼ円を描く様に、ぽっかりとそこだけに砂地が出来ている。他の国でならば大して気にもとめなかっただろうが、風と水、そして緑の豊富なこのエルフ族の地にあっては、それはあまりにも異質だった。
「なんだろう……?」
「さあ……?」
 二人とも足を止めてその空間に魅入っている。なぜか分からないが、それが重要なものに思えた。
 ゆっくり……ゆっくりと、二人はその砂の円に向かって歩を進めた。
――すみませんが、そこに踏み込むのはやめてもらえますか――
 まさに砂地に踏み込もうとした瞬間――どこからとも言えない、方向性のあやふやな声が響く。
「だれっ!?」
 クレーシアは素早くニーナをかばうと、右腰に釣ってあるホルスターからハンド・クロスボウを抜き放つ。そして抜いてから、その行動に意味が無いと悟る。
 そう、意味がない――ニーナをかばったことも、クロスボウを抜き放ったことも。
 そもそも、相手がどこにいるのかも分からないのに、庇うもなにもない。もしかしたらかばったその位置に敵がいるのかもしれないのだ。
 ……いや、そもそも敵ですらあるのか?
「……だれ?」
 もう一度、今度は落ちついた声でクレーシアはたずねた。ふと気づいたように、右手に握り締めてあったハンド・クロスボウはホルスターへ落す。
 すると、ちょうど砂の円の中心辺りの空間に、まるで染み出てくるかの様に、ゆったりとした衣服に身を纏った男が現れた。男はそのまま縫いとめられる様にその空間に滞在している。つまり浮いていた。
「エルフ……」
 鋭く尖った耳……ニーナはクレーシアの肩越しにそれを眺めながら、慌ててずれたメガネを直す。
 絹糸……そう表現するしかないほどの細く、しなやかな髪は、流れるようにごく自然に背中まで流されている。
 クレーシアと同じエルフ……だが、その身がもつ雰囲気――内在するものがまるで違う。
「ハイ・エルフ……」
 クレーシアは、半ば呆然とそう呟いた。
「はい。そうですよ」
 と、返ってきた言葉はしごく能天気なものだった。先ほどの幻想的な雰囲気があっさりと消え去り、代わりにこれでもかと言わんばかりの人の良さが滲み出る。
「一応、これでも畑のつもりですので、踏み込みが困るんですよ」
「……畑?」
 クレーシアは今一度目の前に広がる円形の砂地を見やり、そしてその視線をそのままハイ・エルフの方へと放る。
「これが?」
「ええ。一応……ね」
 男は苦笑交じりに呟くと、そ――っと降り立った。いや、よくよく見れば、ほんの指先分だけ、地面から浮いている。
「昔の過ちから、私はここをこのような姿にしてしまいました。それを償うため、私はここを耕し、癒しています。ようやく、ここまでの姿になりました」
「ここまで? って、まだ砂地ですよ?」
 純朴に聞いてくるニーナに、ハイ・エルフの男はその苦笑を、少しだけ誇らしいものにした。
「以前はなにも育たなかった砂地なんですがね……ほら、見てください」
 指差した方を二人が見やると、ほんの小さな――それこそ指し示されなければ分からないほどの小さな――木の芽が顔を出していた。
「あ、カワイイ」
「へぇ、砂地を蘇らせるか……」
 感心したように呟く二人に、ハイ・エルフの男はどこまでも誇らしげだった。
「このままじっくりと時間をかければ、ここは昔の様な森になれるでしょう」
「じっくりって、どのくらいですか?」
「そうですね……」
 男はこともなげに言った。
「あと、50年ほどですかね?」

説明
 

 学術的には『エルフ』とはこのハイ・エルフのことを示すらしいのですが、実際エルフとハイ・エルフには外見的、肉体的(生理的にも)な違いはまったくありません。ハイ・エルフにも跳ねれない(転移能力を使えない)者はいくらでもいますし、実際、自分がハイ・エルフだということを知らないエルフもいます。
 ただ、森の中にいるときのハイ・エルフはその雰囲気がエルフとはまったく違うと、森林レンジャー隊などのメンバーは口々に言います。実際、己をハイ・エルフだと理解しているエルフは、山奥に引きこもったり、人を避けたりと、仙人の様に振舞うことも多々あります。そして、実際にハイ・エルフは森の仙人と言って過言ではないでしょう。


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