12日目(5月6日月曜)サンクトペテルブルグ滞在

9時に朝食をとりに2階まで降りた。他の客の進む方向についていくと入口があり、ホテルカードを見せるだけで入れた。中は人が多く日本人らしき人も中年夫婦や若者など何人かいた。料理の種類も豊富で味もいい。モスクワのホテルも種類が多いと思ったが、ここのホテルの方が遥かに多い。結構いいホテルだな。ガイドブックの読者欄にホテル内は快適だが観光スポットからとにかく遠いので、公共交通機関に乗れない人は注意とか出ていたが、地下鉄に乗るのは簡単だし観光スポットまでは2、3駅だからここでも十分便利ではないだろうか。

12時に30$両替してホテルを出た。今日も快晴でラッキーだ。多少肌寒いがたいしたことはない。まずはエルミタージュ美術館に向かう。地下鉄に10分ほど乗り2駅先で降りた。出口はサンクトのメイン通り(ネフスキー大通り)脇にあり、道を挟んだ向かい側にはカザン聖堂が見える。さすがにメイン通りだけあって人通りは多い。ここでも警官が結構歩いている。人口470万人だそうだが、それほど大きくは感じない。モスクワに比べると服装は皆地味な感じだ。ただ、歩く速度は皆結構速い。なんでだろう。

古い建物が数多く残された街並はモスクワとは違って趣がある。ここに街が出来て300年しか経っていないが、新しい建物が溢れてしまった日本の都市と比べると遥かに歴史を感じる。

地図を頼りに10分程歩き、突き当たりを右に曲がると宮殿広場に出た。その向こうにエルミタージュ美術館が見える。薄緑色の壁に白の柱の組み合わせはなかなかキレイだ。ここに帝政ロシアの歴代皇帝が住んでいたそうだが、優雅な雰囲気がある。

やっぱりでかい。一日では回り切れないとガイドブックや旅行記に出ていたが、これだけの規模だとそれも頷ける。部屋数1000以上で、展示室を全部歩くと22Km!!にも達するそうだ。広場の中央には対ナポレオン戦争勝利を記念して立てられた高さ48mのアレクサンドルの円柱が立っているが修復中なのか周りは足場で囲われている。広場の奥の建物には巨大な垂れ幕。スローガンらしき文の下に1941-1945と書いてある。おそらく5月9日の戦勝記念日用で、この広場でもイベントがあるのだろう。広場の端には軍の車が何台か止まっていて、準備が進められていた。

日露戦争の最中にこの広場で軍隊が市民に向けて発砲し、死傷者3000人以上という「血の日曜日事件」が起きた。これがロシア革命に繋がっていったそうだが、そんな悲惨な事件の舞台になったとはとても思えないほど今は落ち着いた雰囲気がある。

早速美術館に入ろうと広場の脇を通り広場の反対側の入口に向かうが、観光スポットのわりに周囲に人は少ない。変だなと思いながら入口まで来たら、何と「CLOSE」の張り紙。「しまった!」休館日は調べてなかった。バカだなオレって。肝心な休館日を調べてないとは…。ガイドブックをよく見ると確かに月曜は休みになっている。「なんてこった」残念だが今日は諦めるしかない。明日は昼間には出発だから、見れても1時間位だな。仕方ない明日来るか…。しばらく入口で立ち止まっていたら、同じように間違えて来たヤツが何人か来た。なんだ、外人にもオレみたいなのがいるんだなあ。仲間がいるとホッとする。

一旦宮殿広場に戻り、出店でビール(40P)を飲みながら次の予定を考えた。サンクトではこの美術館だけ見れればいいやと思っていたから他は全く考えていなかった。どこか近場で何かないかとガイドブックをパラパラめくると、「イサク聖堂」が出ていた。地図に出ている方向を見ると、金色に輝くドームが結構近くに見える。別に聖堂に興味があるわけではないが、世界で3番目に大きい聖堂だとか出ているので、とりあえず行ってみることにした。

5分ほど歩いて聖堂に着いた。近くで見るとさすがにでかい。クレムリンで見た聖堂も大きいと思ったが、ここは遥かにそれを凌ぐ。柱がまた凄い。太さ1.5m高さ30m位はあろうかという柱が何本も建っている。それも継ぎ目の無い一枚岩だ。ロシア正教の聖堂だそうだが、なぜかここは玉ねぎ屋根ではない。外のチケット売り場には課外授業らしき小学生がたくさん来ていた。ここはロシア人専用で外人用は中にあるそうだ。入口を入ると、すぐ右側がチケット売り場になっていた。料金は240P、写真は禁止だった。入る前はクレムリンで見た聖堂のイメージがあったので、あまり期待はしていなかったが、見てビックリ。外も凄いと思ったが中はもっと凄い。巨大な大理石の柱の上に広がる天井の壁画には迫力があり圧倒される。こういうものは見たこと無かったから、しばし呆然と眺めていた。キリスト教信者じゃないオレも思わず祈りたい気分になってしまった。写真禁止なのが残念だ。

1時間ほどじっくり眺めて外に出たが、ここには展望台もあるのを思い出し入口に戻ると既にCLOSE。2時までと書いてある。時計を見ると2時30分。惜しいなあ、先にこっちに回っておけば良かった。

次はデカブリスト広場でピョートル大帝像を見た。今から300年前にこの都市を作った皇帝だそうだ。そう言えば高校の世界史で習った記憶がある。授業の時は興味も無く軽く聞き流していたが、実際に現場に立ってみないと興味は湧かないもんだな。

広場の前のネヴァ川には遊覧船が通っていた。他に行く予定もないし、時間つぶしに乗ってみるかとエルミタージュ前の乗り場に行く。料金は140Pだった。ここにはなぜか大きく「SUMSUNG」の看板。こんなところにも資金を出しているのか…。恐るべき韓国企業。いったい日本企業はどうしたんだろう。こんなことでは完全に遅れをとってしまうな。

ここはモスクワとは違い発着場所が同じなので便利だ。川幅が広いからUターンが出来るからだろう。乗り込んでから20分位して出発した。時刻は3時50分。乗客は2割位でガラガラだ。モスクワと同じにビールでも飲みながらのんびりしようかと思っていたが、残念なことに船内に売店はなかった。なんで置いてないんだ?。何か原因があるはずだ。おそらく酔っ払いが暴れたとか、川に落ちたとかでそれを機に廃止ってとこだろうか。船室内は日が当たって暖かいが、外は寒かった。モスクワと違って結構風が冷たい。そう言えばガイドブックにかなり寒いと出ていたな。もう少し厚着してくれば良かった。船はデカブリスト広場前でUターンしてエルミタージュ前を通って先へ進んだ。船から見るエルミタージュは空の青さとマッチしてなかなか風情がある。遠くにはサンクト発祥の地「ペトロハヴァロフスク要塞」が見える。ピョートル大帝がスウェーデン軍に対抗するために造った要塞だそうだ。中にある聖堂は修理中らしく囲われていた。その手前にはレーニン像。ここで4ヶ所目だ。ソ連崩壊時多くは壊されたと思っていたが、映像で見たのはロシア以外の旧ソ連の国々だったのかも知れない。30分ほど進み「スモーリヌイ修道院」前でUターンして発着場所へ戻った。ちょうど1時間のクルーズだった。

船を下りて宮殿広場に行くと、結構人が集まっていた。何だろうと思い近づいてみると、軍隊が整列している。戦勝記念日のリハーサルのようだ。兵士の数はモスクワほどではないが、2000人くらいはいるだろうか。ここでも見られるとはラッキーだ。と言っても見飽きた気もする。しばらく眺めていたがまだ始まる気配がないので、もういいかと思いここを離れた。

今日はロシア最後の夜なので、ロシア料理だけは食って置こうと、ガイドブックに出ていたレストランに行くことにした。1人では入りづらいが、一人旅ではこれに慣れないと意味がない。しかし時刻はまだ5時過ぎだ。本屋で時間をつぶし絵葉書2枚(8P、安い!)を買ってレストランへ向かった。途中で日本料理店を見つけ「やっぱりこっちにしようか」と一瞬迷ったが、思い切って目的の店に入った。「ゲッ!」高そうな店だ。とても1人で入る雰囲気ではない。場違いな感じだ。止めようかと思ったが、既に店員が来て、いきなり英語で話しかけて来た。「なんだ、通じるのか」ロシア語会話集を出していたがそれを引っ込め、緊張しつつ「ディナーを食べたいんだが」と言うと、こちらへどうぞと奥へ案内された。入口は狭いが中は広い。100人は入れる広さだ。ただ時間が早いせいか客は2名しかいなかった。良かったこれで周りを気にせず食べられる。しばらくしてウエイターがメニューを持って来たが頼むものは決めていたので、メニューは見ずに「ボルシチ、ビーフストロガノフ、キャビア、赤ワイン、ウォッカ、アイスクリーム」を頼んだ。オーダーできればあとは食うだけだ。とりあえず一安心。ガイドブックの読者欄にはボルシチ、ビーフストロガノフ、ウォッカ、アイスクリームで25$と出ていたから、キャビアと赤ワイン分が追加になっても手持ちの金で十分足りるだろうとこの時は余裕をくれていた。

時間つぶしに今日の日記を付けながら待つこと10分。パンとキャビアが来た。「これがキャビアか…」小皿に少ししか載っていない。バターと和えてパンに付けて食う。結構イケる。これは買って帰らねば。ウォッカは小さいグラスで来たが、これは強過ぎる。腹に染みる強さだ。オレには合わないな。シベ鉄で飲ませられなくて良かった。ワインで口直しする。

しばらくしてボルシチが来た。器は思っていたより小さい。色はトマトスープって感じだ。一緒にヨーグルトみたいなものも置いてったけど、これを入れるってことなのか。ガイドブックを見てみると「サワークリーム」とかいう伝統的な調味料で、どんな料理にも添えられると書いてある。とりあえず入れずにボルシチを食うと、これでも結構旨いが、入れて食べた方がもっと旨い。あっという間に食ってしまった。ボルシチってこういうものだったのか…。量が少ないのが残念だ。これならモスクワでも食っときゃあ良かったな。

ビーフストロガノフは茶色ではなく白色だった。これは少し合わなかったが、全てたいらげて満足した気分で会計を頼んだ。しばらくしてウエイターが持って来た伝票を見てビックリ、「66$!!」と書いてある。おいおいなんだよこの数字。一瞬目が点になった。ガイドブックと違うじゃねえの。手持ちの金で足りるか不安になる。値上げしたとしても倍なんてことはあるのか?。まあ仕方ないか。頭の中が混乱しているのを悟られないよう平静を装い財布の中を確認する。$札は40$でルーブルは1000P位ある。何とか足りそうだ。レジのところへ行き$とルーブルで払いたいと言い、先に40$を渡すと係の兄ちゃんが電卓を叩いて残りの金額をルーブルで出した。金額は819P。予想よりちょっと高かったが足りて良かった。ホッとして外に出た。それにしても高いなあ。日本円で8600円だ。財布の中は小銭しか残っていない。ガイドブックを信用したオレがバカだった。時計を見るともう7時、まだ日は高いが金もないのでホテルに戻った。

7時半にホテルに着いた。6階のコンビニでビールを2本(計50P)買い、部屋で飲みながら明日の準備をする。明日は午前中から忙しい。まずはエルミタージュだ、ガイドブックを念入りに見て回る順序を検討した。開館が10時半だが、遅くとも12時には出ないと。見れて1時間半か、慌ただしいなあ。その後ホテルに戻って1時に出れば空港には2時半前には着くから4時45分の飛行機には十分間に合う。迷わなければなんとかなるな。まあ地下鉄は来た時と同じルートだし、バスさえ分かれば問題ないだろう。時間があればキャビアを買いたいが、空港で買えばいいか。問題はその先だ、チェコ情報はほとんどない。ホテルまではバスか地下鉄があるそうだが路線図もないし、どうしたもんかなあ。ホテルの住所はあるから最悪タクシーを使うしかないな。色々考えていたら12時になってしまった。風呂にゆっくり入って1時に床に就いた。

いよいよ明日でロシア出国か…。過ぎてみればあっという間だった。ちょっと名残惜しい気もするが、この位が良いのかも知れない。とにかくロシアは疲れた。思ったより気が張っていたのかも知れないが、精神的疲れが大きかったような気がする。

 

11目に戻る     13日目に進む

行程図、日程表に戻る