5日目(4月29日 月曜)シベリア鉄道3日目

715分に目が覚めた。「Амазар(アマザル)」に停車していた。外は曇りで寒そうだ。とりあえず顔を洗って一服していると同室の母親も来た。挨拶しなければと思っていたが、しそびれてしまった。どうも挨拶のタイミングが掴みづらい。

一服後、日本から持ってきたインスタントコーヒーをすすめてみると、飲んでくれた。とりあえず持ってきて良かった。お返しに朝食をごちそうになる。食べながら、どこまで行くかと姉ちゃんに通訳してもらいながら聞いたら、イルクーツクのおばあさんに会いにいくそうだ。俺と同じ駅だ。イルクで降りたら後は1人かと、ちょっと不安が有ったが一緒なら安心だ。

食い終わった後、定刻より遅れて「Могоча(モゴチャ)」に着いたが、皆あまり降りようとしない。外を見ると風が強く、非常に寒そうだ。みんな帽子やフードをかぶっている。帽子は例のロシア風ってヤツだ。停車時間は15分だし、降りるのは止めた。しかし、時間を過ぎても停車したままだ。昨日までは、ほとんど定刻通りだったが、これではイルク到着が夜になってしまう。出来れば明るいうちに到着したいもんだ。

結局50分位遅れて出発したが、30分後また停車。40分して発車したが、ロシア人たちも理由は分からないようだった。おそらくシベリア鉄道は貨物列車の運行が優先されるので、その影響かも知れない。確かにすれ違う列車は貨物列車だけで客車は全然見なかった。

天気は曇りから雨に変わり、とうとう雪になってしまった。昨日までは雪が降るような気がしないくらい暖かかったが、さすがに内陸深くになると結構寒いようだ。外の景色はこれまでとは違い山岳路って感じだ。時々見える川は半分位凍っている。ただ、地面に雪はほとんど残っていない。一旦全部解けたところへまた降り出した感じだ。

1240分に定刻より1時間半遅れで「Ксеньевская(クセニエフスカヤ)」に着いた。いつのまにか雪は止み少し晴れ間が見え出している。ガイドブックを見ると既に2500kmも走っている。イルクまであと1500kmか…。最初は長いかと思ったが、列車の旅に慣れてくると、まだしばらくこの列車に乗って旅を続けたい気がする。

外の写真を撮っていたら、同室の子供が別の部屋の男の子を連れてきて撮れとしつこくせがむので、仕方なく撮ってやった。俺がロシア語分からないのが理解できないようで一生懸命ロシア語で話しかけてくる。それに比べて通路ですれ違うほかの大人はほとんど俺には興味を示さない。やっぱりロシア人って外人に対して閉鎖的なのか。おそらく子供は俺が外人って意識がないのだろう。まあ相手が子供でも相手にしてくれるだけまだマシかも知れない。

部屋に戻ると、母親が自分の住所を紙に書いていた。見るとキリル文字ではなくアルファベットだ。俺の持って来た会話集で調べて書いたようだ。それを指しここに送ってくれと言っている。撮りすぎたので後で消そうかと思っていたが、これで消せなくなってしまった。子供の名はニキータ。なんかロシア人ぽくない名前だ。

今日の車内のBGMはロシア民謡が多い。昨日は漫才みたいなのが有って、車両中から笑い声が聞こえたが、俺にはさっぱり分からない。外国の漫才も画像が有ればまだいいが、声だけだと全然面白くない。そう言えば昨日の車内放送で1個所だけ「ドウモアリガトウゴザイマシタ」って日本語で言ってたけど、日本の客向けに言っていたのだろうか。

日記を書いていたら、ニキータ少年がちょっかいを出してくる。しつこいので紙飛行機を折ろうかと折ってみるが、なかなか思い出せず、適当に折ってやったら、自分で折り直していた。なんだ知ってるじゃね〜の。折り紙って日本だけじゃなかったのか…。

シベリアも同じ景色だけが続くのかと思っていたが、そうではなく、平原、白樺林、松林、山岳地、川、トンネルなど様々で、それぞれの景色が続く距離が長い。今朝は山岳地だったがその後は小高い丘や草原が広がり出した。牧場らしき所も有ったが牛や馬はほとんど見かけない。木があまり無い景色が何時間も続く。空には雲一つ無く澄み切った青空が広がり、非常にゆっくりと時間が流れている感じがする。人も車もほとんどいない、こういう所でのんびり過ごしてみたい気がするが、冬は凍てつく寒さなんだろう。夏は蚊が多いって言うから、今が一番いい時期かもしれない。時々見える集落は木造の寂れた家が多い。その後はまた川沿いを何時間も走った。見掛ける車は日本車がほとんどで、ロシアの車はパトカーくらいだった。それにしてもこんなシベリアの奥地の片田舎にも日本車が走っているとは、たいしたもんだ。

午後4時過ぎに「Чернышеьск(チェルヌイシェフスク)」に着いた。今日は初めて降りるが、やはり寒い。ホットドッグ2個とビール1本で30P(130円)だった。やはり安い。買った後、車両に乗り込もうと歩いていると。みすぼらしい服を着た4,5才位の少年が近づいて来た。俺に何やら話しかけてきたが、無視して歩き続けるとしつこく付いてくる。しばらく歩くと、諦めたのかどこかに去ってしまった。列車の中の子供と近い年齢なのに、こんな若いうちから物乞いなのか…。日本じゃ考えられない。

発車して再び写真を撮っていると、またもや2人のガキに妨害される。しきりにポーズを取って撮れとアピールする。「まったく、お前らいいかげんにしろよな」落ち着いて写真も撮れない。ここまでしつこいとさすがに腹が立ってくる。さっきの物乞いよりたちが悪い。それにしてもコイツらの親は何やってるんだ?。少しは遊んでやれよ。なんでどこの馬の骨とも分からない日本人に子供の世話を任せるのか、俺に対するよそ者をあまり歓迎しない態度からすると、どうも信じられない。

子供の相手も疲れたので、写真は止めて日記を書いていると、知らないオバさんが幾つか服を持って入って来た。同室の姉チャンや母親に見せて何か言っている。どうやら車内販売らしい。昨日は飲み物の販売だけだったがこんな物もあるのか。その後は本の車内販売も有った。やはり長旅、退屈しないようにいろいろあるもんだ。

しかし、これだけ連続して乗っていると日付や時間の感覚がなくなってくる。特に時間は列車の運行時間がモスクワ時間で、現地時間も進むにしたがい時差が有るので1時間づつズレてくるしで非常に分かりづらい。ロシア人達は慣れた感じで時計を調整していたりしていたが。

外を見るとまだ川沿いを走っている。もう5時間は続いただろうか。それにしても長い。川には厚さ50cm位の氷が流れてきている。最初は川岸に溜まっていたのが、進むにつれて川一面を埋め尽くすようになった。結局この景色は日没になっても続いていた。

940分に「Карымская(カルィムスカヤ)」着いた。定刻より1時間遅れだ。ちょっと降りて一服する。車掌さんはホームの給水口にホースを繋いで水の補給をしている。日本より北にあるせいか日は沈んだが空はまだ明るい。風が吹いてないから、昼間の停車駅よりまだマシだが、ちょっといただけでも芯まで冷えてくる。おそらく0℃以下だろう。夜は冷え込みがきつそうだ。やはり帽子は必需品かもしれない。一服している回りのロシア人は皆タバコの火は消さずに列車の下に投げ込んでいる。これがロシア流らしい。老婆に声をかけられたが、無視していたら消えてしまった。物乞いだったのだろうか。

11時頃から、同室の姉ちゃんが帰り支度を始めたので、邪魔にならないよう通路へ出た。窓から外を見ると、星がすごくきれいだった。空気が澄んでいるのも有るだろうが、地上に明かりがほとんど無いとこんなにも星が見えるのかと思う位に、日本で見るより遥かに多くの星が見えた。月明かりに照らされて、昼間の川がまだ続いている。日没からまだ時間が経っていないので、山の輪郭もくっきり見える。写真を撮ろうとしてみたが、暗くて列車の揺れも有るからうまく撮れなかった。

あと1泊でこの列車ともお別れかと思うと名残惜しい気もするが、明日はいよいよバイカル湖だ。天気が良ければいいが、これを目に焼き付けてこの列車の旅を締めくくろうと思う。この後の心配はイルク下車後のホテルまでの交通手段だ。この旅行で初めてトランスファー無し移動になる。市電に乗る予定だが少し不安だ。やはりウラジオで乗って慣れておけば良かったかも知れない。同室の親子が一緒なので教えてもらおうか…。

一服して部屋に戻ると、支度は終わって母親と話し込んでいた。こういうとき、ロシア語が出来たらと思う。一応ここまで世話になったお礼と別れの挨拶くらいは言おうと、会話集を見て覚える。何かあげようと、日本から持ってきた千代紙を渡したら、あっさり受けとってそのまま出口に行ってしまった。慌てて「До свидания( スヴィダーニャ)(さようなら)と言ったけど聞こえたかな。隣りの部屋の兄ちゃんもここで降りた、俺に「パカー」と言って出ていった。一瞬「?」と思ったが、調べてみたら「またね」という意味だった。

11時半に「Чита(チタ)」着。乗降客が多いようで、ホームは人でいっぱいだった。1人減って何かさみしい感じがして、気を紛らわそうと今日撮った写真を見ていたら、一服した母親が戻ってきたが、さみしそうだった。ここまで2日間一緒に旅を続けていると、同じ部屋の客とはお互い仲間意識が生まれてくるのかも知れない。この狭い空間に一緒にいるのは、最初は居心地が悪かったが、会話をしたり一緒に飯を食ったりして生活を共にしていくうちにだんだんその環境に慣れてくるからだろう。なんだか不思議な気がするが、シベリア鉄道って、こういうところがいいんだろう。

とにかくあと一泊。通訳がいなくなって会話が困難になったが、この親子とももっと仲良くしておこうと思っていたら、もう次の客が来た。若いカップルが部屋に入って話し込んでいる。ロシア語だけど雰囲気ではなんだか深刻な話っぽい感じ。女の方は泣いているようだ。おそらく男が遠くに行ってしまうので名残惜しくて、発車まで中にいるのだろう。っと思っていたら発車してしまった。しかし、別に慌てた雰囲気もなくまだ話をしている。どうやら、部屋が別々になったので女の方がさみしがっているみたいだ。ロシア女ってもっと強いかと思ったけど、こんなこと位でメソメソする女もいるのか…。

なんだか居心地が悪い。せっかくここまで慣れてきた雰囲気を壊されたくない気がした。0時過ぎにトイレに行ったが空いていない。シベリア鉄道のトイレは停車中は車掌がカギを掛けてしまう。発車後開けてくれるはずだが、チタでの乗降客が多かったため車掌もその業務で忙しくそれどころではないようだ。一緒に待っていたロシア人のオバさんも困った顔して待っていたが、30分してやっと開けてくれた。

部屋に戻ったが、さっきのカップルがまだ話し込んでいた。その後、男の方は別の車両に行ったが、また戻ってきた。まったくいいかげんにしてくれよ、気が散って寝れやしない。母親の方を見ると「しょうがないわね」てな顔をして横になったので、俺も寝ることにした。ロシア語で話しているせいか、聞いているうちにだんだん眠くなり、知らぬ間に寝てしまった。

 

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