時計を見てビックリ。9時半になっていた。やはり疲れていたのか9時間も寝てしまった。朝食が10時までなのを思い出し、急いで顔を洗い2階まで降りた。レストランの中に客は1人しかいない。奥の厨房には片付けのためにオバさん達が待機していた。係りのオバさんに食事カードを渡すと、バイキングの料理が並んでいるところを指差した。近づいてみると、あまり種類がなくほとんど残っていなかった。かろうじて残っていたサラダ(ミックスベジタブルとニンジンのみじん切り)、パン(黒と白)、バター、チーズ、ハム、スープ(何かをすり潰した感じで、ドロドロして飲みにくい。まずかった)を取った。コーヒーは一杯も残っておらず、紅茶を飲んだ。いつの間にか他の客はいなくなり、俺1人だけになっていた。既に10時を過ぎている。厨房から出てきたオバさんたちが片付け始めたので、落ち着いて食えない。慌てて食べ終え外へ出た。
ホテル内の売店で絵葉書を2枚買った。日本に出そうか。マトリョーシカの値段を見たら、12000円〜3000円位まである、ホテルの売店だからなのか思ってたより高い。
部屋に戻ってしばらく横になる。やはり3日も列車に乗ったせいなのか、疲れが取れず、外に出る気が湧かない。12時過ぎに掃除のオバさんが入って来た。ロシア語で何か言っているが、意味が分からない。タオルの交換とゴミ捨て、ベットのシーツ交換、テーブル拭きで10分で出ていった。
やっぱり出かけるか…。じっとしていても、もったいないなと思い支度を始めるが、明日の移動のことが気になり、それを先にしておくことにする。ガイドブックによると国内線は出発40分前で搭乗手続きを締め切るようだ。飛行機の出発が8時10分だから余裕を見て6時に出ることにする。フロントで6時CHECK OUTとタクシーを予約した。タクシーは100Pとのこと。一瞬高いと思ったが430円だ。空港まで20分位らしいので、日本と比べると十分安い。しかし英語が通じるから助かる。これがロシア語しか駄目だったらこうはいかない。まあ、英語でも時間は掛かったが。
ついでにフロント横の両替所で40$程両替する。もっと両替しようかとも思ったが、物価が安いからこの位でいいだろう。ルーブルじゃあ余ってしまっても使い道がないし。5階に戻りフロア係のオバちゃんに5時に起こしてくれとお願いするが、英語があまり通じないので、会話集で同じフレーズを探しそれを見せたら分かってもらえた。英語はフロントだけか…。これから街に出るのにこれではちょっと心配だ。念のためこれから使いそうなフレーズを会話集から手帳に書き写した。午後3時にホテルを出て歩きかけたが、寒い。一旦部屋に戻り、着込んで出る。
とりあえず昨日ちょっと通ったアンガラ川沿いを歩く。ガイドブックを見ると、この先にシベリア鉄道の記念碑のオベリスクがあるので、とりあえずそこを目指す。
向こう岸のイルクの駅には、列車が止まっている。時計を見ると、昨日俺が着いた時間と同じだ。確か今日のはモスクワ行きだ。見積もりだけ取った大手代理店のツアーがこの列車だったから、たぶんこの列車は日本人が多いだろう。
空はどんよりと曇り今にも降り出しそうだ。この寒さなら雪かも知れない。今日はメーデーで休みなのかオベリスクの回りは人で賑わっていた、といってもデモも集会もやっている様子はない。写真を撮っていたら案の定、雪が降ってきた。あまりゆっくりしてはいられない。本降りになる前に1通り回ってしまわないと。イルクのメインストリートのカールマルクス通りに向かう。メイン通りといっても人は疎らだ。すれ違う人は皆背が高くすらっといている。肥満タイプは誰もいない。女性は顔も小さく美人が多い。男は皆短髪でロン毛はいない。服装は黒系統が多く地味な感じだ。街の雰囲気は活気がなく寂しい。ここはシベリアのパリとか言われているそうだけど、どこがそうなんだ?。
雪はすぐに止んだが、寒い。昨日と大違いだ。腹が減ったので、どこかに入ろうと思ったが、看板は全てロシア語、何の店かさっぱり分からない。しばらく歩くと喫茶店を示す「кафе(カフェー)」の看板を見つけたが、中が見えず恐い気がして入りづらい。仕方なく通りの小さな売店でピロシキを2個買った。暖かい飲み物を買いたかったが、聞き方が分からず断念。少し歩くと公園がありレーニン像が立っていた。公園のベンチに座ってピロシキを食っていると、遠くにいる若者3人がこちらをジロジロ見ている。さっきから何をするでもなく立ったままだ。まさか俺を襲ってくることもないだろうが、念のため、気が付かない振りをしてカメラをしまい、身構えて残りのピロシキを食った。15分位してやっと立ち去ったが、この寒いのに何なんだ?。不気味な感じがする。
再び通りを歩く。ウラジオもそうだったが、ここも信号が少ない。大きい交差点にあるだけで、それ以外はない。交通量が少ないからこれで十分ということだろうが、これを見ると日本は多すぎではないか。しばらく歩くと突然、戦車とミサイルが展示している場所があった。街中にこんな物が置いて有るとは…。やはり軍事国家なんだなあ。
それにしても寒い、だんだん手が冷たくなってきた。しかし、すれ違うロシア人は皆素手で歩いている。おまえら寒くないのか?。昨日まで手袋、帽子は不要だったが、たまたま暖かかったのかも知れない。やはり必需品だった。もう絶えられない。どこかで買おうと地図を頼りにデパートに向かう。しばらく歩くと3階建てのビルがあった。人の出入りが多く結構賑わっている。おそらくここだ。早速中に入ってみると、ずいぶん古い感じで、各店舗のレイアウトも開放的ではなく、多くの店が囲われていて閉鎖的な造りだ。防犯上の理由なのか品物はショーケースの中で、直接触れないようになっている。壁や床の色も暗い色で、照明も暗かった。今の日本とは大違いだ。旧共産国は皆こうなのか…。これでもソ連時代よりは物が増えたのだろうが、西側とはまだまだ大きな差がある感じがした。1階ではロシア製の車が展示してあった。くじの景品らしく、応募用の投票箱が置いてあった。しかしショボイ車だ。日本車と比べると何十年も遅れてるな〜。これじゃあロシア人が日本車買うのも分かるよ。
1階を一通り回ったが手袋は置いていなかったので、エスカレーターで2階に行く。エスカレーターは相当古いようで、ガタガタ音が大きい。2階の一店舗に1個手袋があったが、一応他も見ようと3階に上がる。何店舗か見たが手袋は見当たらず、ウロウロしていたら、ある店舗のショーケースが目にとまった。あれ!エンジンのシリンダーが置いてある。模型の部品にしては大きすぎる。何だろうと思い、近づいてみると、バイクの部品のようだ。ガスケットやピストンリングも置いてある。デパートにこんな物が置いて有るとは…。やはり違う国だ。日本じゃ考えられない。感心しながら見ていたその時!事件は起きた。
後ろからロシア語が聞こえた。何だろうと振り向くと、「!」そこには制服を着た警官が立っていた。顔は東洋系だが、肩にはロシア国旗のワッペンが付いていて、制服の色は軍人と同じアーミーグリーン。威圧感が有る。一気に緊張感が高まってきた。何をされるんだ?。ここに入ってから警官を見ていなかったが、いったいどこにいたんだ。もしかするとずっと尾行されてたのかも知れない。声を掛けられるまで全然気付かなかった。
「イポーニッツ(日本人)?」「ダー(はい)」「パスポートを見せろ」言われるままにパスポートを出すと、中を念入りにチェックしている。そのうち何か俺のパスポートに疑いが有るのか何回も見直して険しい顔で俺に何か言ってきた。どうやらホテルの滞在証明がパスポートにないのがいけないようだ。代わりにホテルのカードを出したが、「これでは駄目だ」。確かに昨日パスポートを返却してもらった時にホテルのスタンプが押してないのに気付いたが、これは入国の時だけなのかと思って特に聞かずにいた。マズイな〜、こんなことなら聞いときゃあ良かった…。後悔してもしょうがないが。これからどうなるんだろう。俺が捕まっているのを見て、付近を見回っていたロシア系の警官も1人合流してきた。「どうしたんだ」「いやコイツのパスポートに滞在証明がないんだ」「これを見ろよ」「これじゃあ駄目だな」てな感じで警官同士話をしている。いいカモが見つかって喜んでいるのか、不適な笑みを浮かべて俺の方を向いて「ついてこい!」と手招きした。
2人の警官に連れられて奥の階段を降りていく。ヤバイことになった。だんだん不安がこみ上げてくる。シベリア鉄道では助けてくれる人がいたが、今は1人で対処しなければならない。今日帰れるんだろうか…。1階まで降りて裏口の方に向かうと、奥の突き当たりには警官詰所が有り、4人の警官が待機していた。俺を連行した警官がその4人に「おい!カモが来たぞ!」って感じで何か言うと、その4人も出てきた。詰所外の廊下で俺は6人の警官に囲まれてしまった。絶体絶命のピンチ!。もう今日帰るのは諦めた方がいいのかも知れない。そのうちの1人が持っている物をここに全部出せと。廊下に置いてある椅子を指して言った。言われたままに財布、カメラ、手帳、ガイドブック、会話集、タバコ等すべて出した。次に別の警官がボディーチェックをしてきた。しかしこの警官、東洋系で高校の同級生にそっくりだ。思わず「お前なんでこんな所に」って声を掛けたくなる程だ。
イルクはモンゴルに近いので白人だけでなくモンゴロイド系も多く、日本人にそっくりな人もいるとは聞いていたが、これほど似ているとはビックリだ。同級生に取り調べを受けているようで、なんだか変な感じがして少し緊張が緩んだが、他の警官は椅子に置いた財布を開けたり、会話集やガイドブックを見ている。カメラを取った警官は他の警官を撮ろうとしてボタンを色々いじっていた。これまで撮った画像を見られて没収されてしまわないかと内心ヒヤヒヤしながら見ていた。シベリアの景色やニキータ少年の写真が全てパーになるのは残念だが、最悪それも仕方がない。ロシアの警官が旅行者にパスポートを見せろと言われることが有るとは、ガイドブックや旅行記などでちらっと読んではいたが、まさか俺が引っかかるとは…。確かにシベリア鉄道でも警官に見せたが、すっかり忘れていた。やはりロシアは恐い所だ。
そうこうしているうちに、俺を連行した2人の警官が「スコリカ?」「スコリカ?」と何回も言ってきた。何のことだか意味が分からず、「?」って顔をしていると、東洋系の方が突然、俺の財布を持って目の前に突き出し、勝ち誇ったような顔をして中に入っている札をごっそり抜き取って自分のポケットに入れてしまった。「これで終わりだ。帰っていいぞ!早くしまえ!」って感じのジェスチャーをしてパスポートを差し出すので。慌ててそれを取り、椅子の上に出した荷物をしまうと、こっちにこいと手招きした。それに付いて売り場の中ほどまで出ると、回りを見ながら手で「行け!」と合図して去ってしまった。
「フー…。やっと開放された」しかしいくら取られたのか、正確な額は不明だが、財布の中には4$しか残っていない。ほとんど抜かれている。80$以上取られているかも知れない。「何てこった」今日ホテルで両替した後、$は置いておくつもりが間違って持ってきてしまった。こんなに入れとかなきゃ良かった…。
しばらく放心状態で街をうろついた。寒さが身にしみる。「あ〜あっ。ついてねえ」ホテルに戻るか。しかしこのまま帰るのも、もったいない気がして、少しくらいは観光名所でも見ておこうと、キーロフ広場に行った。寒さのせいか人は疎らだ。ガイドブックには噴水が美しいと出ていたが、金を取られた後だと特に何の感動も湧かない。せめて晴れてもっと暖かければ気分は違ったかも知れないが。
教会でも見ておくかと、幾つか回ったが、どこも閉っていたので、永遠の火の写真を撮ってホテルに戻ることにした。なんだか惰性で回った感じだ。途中、市電の写真でも撮ろうと、一服しながら撮る準備をしていたら、通りがかりの兄ちゃんが火をくれと言ってきた。そのすぐ後、今度は別の兄ちゃんにタバコをせがまれた。1本やるつもりで箱を向けたら2本取って行きやがった。まったく謙虚さがねえなロシア人って。タバコをやっている間に市電が行ってしまい撮るチャンスを逃してしまった。人通りの少ない通りなのに数分いただけで2人にたかられるとは…。何て所だここは。今日は取られるばっかりだ。感じ悪いよイルクーツクって。
6時半にホテルに着いた。フロントのおばさんにパスポートの滞在証明のスタンプが無いと言ったらそんなはずは無いとパスポートに止めてある入国カードの裏側を指してこれだと言われた。「ええっ!」と思い、良く見ると、小さいが確かに押してあった。「なんだ、押してあるじゃねえの!」「何てこった」俺は払わなくてもいい金を取られたのか…。まさか裏側に押してあるとは…。盲点だった。何であの時見なかったんだろう。それにしても表側が空いているのに何でわざわざ押しにくい裏側に押すんだ?その上、場所も見にくい所だ。わざとやったとしか思えない。日本人に対する嫌がらせか?まったく汚ねえなあロシア人って。もしかしてコイツら警察とグルになって俺を陥れようとしていたのか…。「あーっ、悔しい」この程度の罠に引っかかるとは…。俺もまだまだな。
警察に捕まり金を取られたと言ったら、「それはお気の毒に、運が悪かったわね」てな感じの態度。せめて「ゴメンなさいね。スタンプの場所説明しなくて」とか言ってほしいぜ。文句の一つでも言おうかと思ったが、単語が浮かばず断念。部屋に入り早速今日の被害額を計算する。額を見てビックリ!。何と17500円!!だった。ショックだ。外務省の渡航情報を取り出し読んでみると、滞在登録不備での罰金は銀行払いになっておりその場で現金を要求することはないのが原則で、所持品検査をする時は身分証を提示しなければならないとのこと。やはり悪徳警官だった。
最近は悪徳警官が日本人旅行者に対して現金を不当に要求する被害が続出していて、日本大使館に連絡を取って助かったケースも出ていた。取られる時に警官に言われた「スコリカ」って何だと思い、会話集で調べてみると、「スコーリカ ストーイト?」で「いくらですか?」という意味だった。おそらく俺に「いくら出す?」と言って、俺が分からないフリをしたので、しびれを切らしてゴッソリ抜き取ったのか…。まったく何てヤツらだ。先に出しておけば良かったかも知れない。といっても6人に取り囲まれた、あの状況では、とにかく早くそこから抜け出したくて、じっとしている他はなく、たとえ知っていたとしてもそこまでの勇気は俺には無かっただろう。ガイドブックには、断固拒否して助かった人や日本語でまくしたてて逃れた例も出ていたが、それが普通なんだろうか?。みんなすごいわ勇気が有るよ。俺って小心者なのかな〜。俺が被害にあったことで、後から来る日本人も同じ目に合うかも知れない。もしそうなったら、俺のせいだ、すまんが許してくれ。被害者が増えると、益々ヤツらが頭に乗る。日本人の被害者が出ないことを祈るしかない。
それにしても警官がカツアゲをするとは、いったいどうなっているんだこの国は。まったくひどすぎる。これがかつてアメリカと並ぶ大国だったとはとても思えない。その時の誇りはどこへ行っちまったんだ。ここまで堕落した国だとはガッカリだ。
渡航情報の被害例に出ている被害金額はどれも数千円位だった。もしかすると俺の被害額は日本人最高かも知れない。そう思うとまた落ち込んだ。これじゃあ恥ずかしくて届け出できないよ。届け出れば、おそらく「2002年5月1日午後4時頃、日本人男性旅行者がイルクーツクのデパートで警察官に旅券の提示を求められた。旅券を提示したところ、滞在登録に問題が有ると、デパート内の人気の無いところに連れていかれ、現金80$と1600Pを抜き取られた。その後、この旅行者がホテルに滞在登録について問い合わせたところ、登録を示すスタンプは既に押してあり、現金を支払う必要が無いことが確認された。この旅行者が滞在登録の確認をしなかったことが被害原因」なんて書かれるんだろうな。今更後悔してもしょうがないが、やっぱ手袋を日本から持ってくれば良かった。持って来ればこんな目にはあわなかったのに…。
グッタリして横になった。しばらくして、ふと窓に目を向けると雪が降っている。本降りのようだ。立ち上がって窓に近づくと、外は一面の銀世界。昼間とは全然違う風景がそこには有った。こんな時期でも雪が降るとは、やはり寒いところだ。明日のタクシー頼んでおいて良かった。
腹が減ったので午後9時にホテルのレストラン「北京」に行く。「北京」といっても内装だけで、中華専門ではないようだ。遅い時間のせいか客は欧米人グループが一組いるだけだ。
メニューはロシア語と英語だが、なんだかよく分からない。ウエイトレスの姉ちゃんにオームリは有るかと聞いたが、無いようだ。適当にビール、ペリメニ、サラダ、スープを頼んだ。メニューに書いてあった数字を足すと合計で740Pだった。高いなあと思ったが、会計は216P(940円)。ホッとしたが、メニューの数字は何だったのだろう。
今日は散々な一日だった。高い授業料だったな〜。まだ悔しさが収まらない。ロシアに対する期待感は急激に薄らいでいた。俺、何でこんなところに来たんだ?。リフレッシュしに来たのに、これじゃあ全然リフレッシュにならないよ。やっぱり別の所に行けば良かったかな。これからまだ6日もロシアに滞在しなければならないとは…。早く出たいよこんな国は。しかし、後悔していてもしょうがない。明日は5時起きだし、そろそろ寝るかと11時半に床に就いた。