トルコ出会い編




6月23日〜25日/6月25日〜30日/プロローグ

1998年6月26日(金)イスタンブル

フェリーからマルマラ海を望む
気分は金曜ロードショー
ふと目覚めると、バスまるごとフェリーに乗り込んでいます。 マルマラデニズ(マルマラ海)を越えたらそこはイスタンブル
とうとう、やってきました。 シルクロードの終着点であり出発点である都市へ。 キレイな朝焼けです。まるで金曜ロードショーです。

バスは空港みたいにデカイイスタンブルのオトガルへ。 席が隣同士だったUCLAの学生、トッド君も私が向かおうとしている 安宿街だったので、じゃあ一緒にいこうということになり、 ドルムシュの出発を待ちます・・・が、トルコのミニバスは、定員いっぱいに ならないと出発しません。1時間待っても一向にドライバーもこず、 いいかげんイライラしてきた私たちは、トラム(路面電車)で市街地へでることに。 これが運の尽きとは露知らず・・・・・。

「ない!」

カバンのファスナーが開いている! やられた・・・・とうとうやられた。 犯人はわかっておるのだ。 観光客を装った金髪・グラサンの男女二人組みにポロシャツの男・・・・・ だあー!生まれてはじめてじだんだを踏んだよ。 手口はこうです。

ぎゅうぎゅうの車内に、さらにぎゅうっとはいりこみ、私の首にかけてた バッグの上に女が地図をひろげ(今考えると不自然) 車内上の路線図をちらちらみます。 やはり、私も気になって、つい意識は上に。
そう、そのとき、すでに地図の下では男がバッグ内を物色。 盗ったら、第三の男(ポロシャツの野郎)に渡し、 自分達は何食わぬ顔。それはもう見事です。


なんでそこまでわかるって?だってわかるんだもん!!! 夜行バスでつかれてボケーっとしてたのは認める。くやしい・・・ いつもなら考えられん失態だ。いつもカバンはしっかりかかえているのに。 やはりウワサに名高い、トラムの治安の悪さ。DNAまで染み込んだよ!マジで!

その男女を駅にひきずりおろし、ポケットからカバンから しっかり調べたが、無理。 だって、サイフはポロシャツの男が持って走ってにげたもん。 みたもん!とにかく警察だ!と トッド君に促されるまま、ちかくのポリスへ。 被害状況を説明し、被害届をかいてもらう。 不思議とナミダはでず、興奮しっぱなしの私にかわってトッド君が説明。 トッド君がいなければ、私はなにもできなかったでしょう・・・・ありがとう…。 で、プレ被害届(?)を手に、ツーリストポリス本署へ。歩きながら、 「トッド君ごめん、こんなことに巻き込んで・・・本当なら いまごろ、あなたはホテルについていたのに・・・・」
しかしトッド君は「ノープロブレム、ゲンキだして」と。 もう、なさけないやらありがたいやら。ソーリーとサンキュー を100万回くらい言ったよ。

チャイ
ええーと。緊迫した内容ですので、チャイで一息・・・

本署でやる気のなさそうなポリスに正式な被害届をもらう。
簡単な調書もとられるがフン、私はもうタイホなんかに期待してないのだ。 日本に帰ってキッチリ保険をもらうために、 被害届がほしいだけなのだ!もう!トラムなんか一生乗らないむん!(泣)

書類を待つ間、トッド君はさりげなく50$と5,000,000TLものお金を貸してくれた。 トッド君はこれからも世界を旅するのに、こんなに貸してくれて。
「ごめんね、必ず返すからね。実家におくるから!」
と 借りる。ありがとう、ありがとう。だって一銭もないんだもん。 田舎ばかりまわって油断して、サイフに全部つっこんだばかりだったのだ。 これは自分のミス。ちなみに被害総額、約25,000円。 日本感覚じゃなんとかあきらめられるけど・・・・ああ、思い出すだけでも腹立たしい。 まあ、航空券とパスポート、なにより命が無事なんだからよしとしよう。 そう、自分に言い聞かせる。 せっかくの旅のフィナーレをいやな思い出で終わらせたくないもんね。

結局、宿についたのは正午。 アヤソフィア近くの安宿街、スルタナメット地区(スルタンアフメット) のはしっこのとあるお宿。 イスタンブルで一二を争う安い宿という噂をきいておったのですが、 こじんまりとアットホーム。 「歩き方」によると盗難やらですすめないと書いてあったが どうなんだろう、私はとにかく、この悲しい気持ちを日本語で誰かに話したかったので、迷わずこの 日本人宿にやってきたのだ。

ここで、カードやらなにやらすべてストップさせ、長居している日本の方に相談し いろいろ聞いてもらっているうちにすこし気も晴れた気がする。 シルケジ駅や旧市街のにぎわってる地区を散歩してみる。
さっきのショックで、こわくてまともに人の顔が見れない。 声をかける客引きも無視。ズンズン歩く。田舎の温かさが思いおこされ、身にしみる。

Kペンション
落ち込んだ気分を癒してくれたのは同じ旅人たち

しかし、宿で仲良くなったみんなといると、実に楽しい。 スケジュールがだれとも合わないから一人旅してるだけであって、 本当は、誰かツレがいて、楽しく旅をしたいというのが私の本意。 だから、しゃべる相手がいるというのは本当に楽しいものです。 メンバーはアジアを横断してきたツワモノばかり。楽しいメンバーが揃っていて、気が休まった。 はあーイスタンブル恐怖症も、なんとか克服できそうかな。

※ちなみに、財布に保険がおり無事元はとれました。  お金には保険はつきませんが財布は「品物」だからつく!
 教訓:携行品保険は必ずかけよう!



本日の出費
●フェリーにてオレンジジュース 500,000TL(たぶんボラれた)
●メトロ(オトガル−アクサライ)90,000TL
●トラム(アクサライ−スルタナメット)忘れた
●借金 50$&5,000,000TL
●昼飯 700,000TL
●水 150,000TL
●アイスキャンデー 150,000TL
●夕飯 265,000TL(ワリカン)






1998年6月27日(土)イスタンブル

今日は、イスタンブルで観光&買い物だ。 明日、出国だもんね。最後の思い出を刻まないと。 仲良くなったMちゃんやKくんも明日出国し、 バンコクに1ヵ月ほど滞在したあと、日本へ帰国。
「今日がイスタン最後だから動こうと思ってる」
とのことなので、一緒にエジプシャンバザールへ行くことにした。
「これを見るために、俺はアジアを横断したのだ」
と、ある旅行者くんがゆってた、 アヤソフィア、ブルーモスク(スルタナメットジャミィ)は 中に入らなかった。信じられない!という人がほとんどだったけど、 きのうのこともあり、あまりそんな気になれなかったのだ。 つうか、マジで金がないっす・・・・
確かに感じたのはまた、来るからいいや。 なんでか、自然にそう思ってたから不思議だ。 たぶん本当に二度目、三度目がありそうな予感がする。 美しいドームの屋根やそびえ立つミナレット(塔)をながめつつ、 「次に来るまで待ってろよ!」とつぶやく私であった。

ブルーモスク
ブルーモスク(スルタナメットジャミィ)は芸術だ

ただ、唯一見たかったのが地下宮殿。 その昔、宮殿の貯水池だったとこらしく、中はひんやり。 ビーサンがすべってしょうがない。地下宮殿はスニーカーで行くべし。 柱の長さがまちまちなんで、高さをあわせるためにテキトーにはさんだ石がコレ、 なんとメドゥーサの首の彫像・・・・ なんと大胆な!2個あるんだけど、ひとつは横向き、 ひとつは逆さと、ほんとにどうでもよくつっこんだ昔の人々。笑える。 でも苦悶の表情してんだわ、これが。

そして多くの人で賑わうエジプシャンバザールへ。 みやげものメインですっかり観光客プライスのグランドバザール よりぐっと庶民的なバザール。 近年ワタクシのような外国人観光客も増えスレつつあるらしいです。 ここは、基本的に香辛料バザール。
ここではお目当て、チャイスマックをGETせねば! と、その前に・・・すごくおいしそうなケーキ屋を見つけ、Mちゃんと釘付け。 ショーウィンドーにべったり張り付いて「う、うまそう」 結局、そのロールケーキを1カットだけ買い、(店の兄ちゃん呆れて笑った) バザール入口の建物の階段に座って半分づつほうばる。「甘い!けどうまい!」 背後に座ってたオヤジが、無言でビスケットを食え!とばかりに差しだしてくれ、 なぜかおやつタイムで和んだひととき・・・・ああ、いいなー時間がゆっくり流れてる。

メドゥサ
地下宮殿のメドゥサ。まじ怨まれそうでコワッ

値段チェックをしながらおもしろそうなものを捜し歩く。 いいないいなこのカオスな雰囲気。 数あるスパイス屋の中から選んだ店は、バザールのほとんど一番奥あたりにある 店で、枝ぶりのいいシナモンやらエルマチャイ1kgやら どっさり買い込んで860,000TL。こ、これは嬉しい! バザールを抜け、奥の市場に入り込む・・・昨日あんなことがあったのに、ずいぶん平気になった。 最初は食べ物屋の市場、次にお菓子やお菓子器具の市場、 そして家具、金物、農具とおもしろいほど職種ゾーニングされてる。 もう観光客もいない、地元のおいちゃんばかりだ。 その代わり、観光客相手にボろうとする人や英語を使う 怪しいやつもいないのでとても楽しい。 「試食していきなさい!」
とお菓子の卸し売り屋でアメをもらい、 農機具を売るお店に並ぶ、かわいいカウベル (牛の首にぶらさがったゴロンゴロン鳴る鈴)をさわらせてもらい、 ガラガラならしまくる。コーヒーのいい香りにさそわれ、 小道に入り、奥へ行くとトルココーヒーを釜で煎ってるおじさん。ニコニコして 煎ってる豆を一粒くれた。わー香ばしい! まるで探険気分でバザールを歩く。

コーヒー工場
トルココーヒ屋。おやじがガキデカに似ているのが気になった

「メェラバー(こんにちは)」
「ブネ?(これなぁに?)」
「チョクギュゼル!(うまい!・すごくよい!)」
「ネカダル?(いくら?)」
「チョクパハール(高いよぉ!)」
「タマーム!(OK!)」
「テシェクルエデリム(ありがとうございます)」
「アラースマラドゥク(じゃあね!)」
ほら、この言葉があれば買い物ができちゃう。 トルコの人は、外国人がトルコ語をしゃべるとすごいウレシイみたいで、 これをいってる限り、けっこう安心して買い物できた。 無口なオヤジの食器の店でチャイグラスセットを買うと、 小さなチャイグラス6個とソーサー6個で480,000TL。まあお買い得ね。オクサマ気分。

結構な時間、ふたりでブラついたんじゃなかろうか。 夕方は、ハジメちゃんやKくん、Mちゃんの友人・・・ というかインドや旅先で会った人たちもこの街に入ってるとのことで、 合流してみんなで夕食を食べにいく。その数8名という大人数でこれまた笑える。 「最後の晩餐だぜ!リッチにいこうぜ!」
とかいいながら、結局、地元民の集う安ロカンタへ向かう。
ああ、みんなで食べるご飯はおいしいなあ。 そして、このご飯が食べられるのも今日で最後なんだねえ〜〜〜。 ちょっぴり感慨にむせる。 その後みんなで果物を買い込み、せまーいドミでトランプしたり、 情報交換をしたり、住所交換をしたり・・・・。 今朝コーディナルホテルから移動してきたハジメちゃんは、
「せっかく移ってきたのに、みんな行くのかよー寂しいなー」
としきりにボヤいている。彼はこれから続行させるユーラシア横断のため日本からの送金待ちなのだ。

安くてうまいロカンタ
もりもり食べて約350円

明日は、なんか偶然Kペンションからみんなが去る日のようだ。 こうやって、旅人は流れていくのだな。いつか、みんなと会えるのかな。 また会えたらいいなと心から思う。

旅にでていつも気づくことがある。
「水を大切につかうこと」
「ご飯を残さずたべること」
「お金の無駄遣いをしないこと」
「あいさつが大切だということ」
「いかにありがとうという言葉を日本で使わないかということ」
「親を大切にしようということ」

そして
「世界はほんとうに広いということ」

いいこと、いやなこと半分づつあったトルコで見る夢も今日が最後。 たのしい夢だといいなあ。

地味派手
合成着色料っぽいのは、きにしな〜いきにしな〜い(一休モード)



本日の出費
●地下宮殿入場料 忘れた
●ケーキ 175,000TL(マドカちゃんと半分)
●スパイスいろいろ 860,000TL
●ジュース 125,000TL
●チャイグラスセット 480,000TL
●昼飯(ピデ) 150,000TL(マドカちゃんと半分)
●水 75,000TL
●タバコ 120,000TL
●夕飯 500,000TL(ワリカン)
●宿代(2泊分) 10$
●明日の宿−空港送迎バス代 1,000,000TL






1998年6月28日(日)イスタンブル

8:00に起きてシャワー。 こゆー旅はだいたい、夜はその日の格好のまま寝て、 次の日シャワーをあび、着替える。というスタイルに。 だってドミトリーだと、着替えられないもんね。男女一緒だから。 朝ご飯をハジメちゃんにおすそわけしてもらい、 パッキングを終え、みんなとお別れのあいさつ。 入れ違いにまた、4人の旅人が到着。 こうやって宿と旅人の歴史が刻まれてく。 空港でKくん、Mちゃんと別れ、帰路へ。 憧れの国トルコ。本当にこれてよかった。絶対また会おうねトルコの人々。 アラースマラドゥク!トゥルク!



1998年6月29日(月)シンガポール

朝7:00に到着。離陸はなんと明日の深夜1:05! しかしあと20$しかない私は、空港外にでて遊ぶことはできません・・・ シンガポール物価高いもん。あーあー。 ラッフルズホテルでハイティーしたり、 ナイトサファリで遊ぶ時間はたっぷりあるのに、 金がない。とゆうわけで、死ぬほどのヒマをもてあますこと18時間。 みごと空港ですごしたのです。チャンギ空港はバカ広く、設備もいいので すくわれた・・・なけなしの小銭でインターネットも楽しんだし。トホホ。



1998年6月30日(火)福岡

早朝8:00福岡空港到着。家に帰るための日本円がないので、 いちど事務所により、金をとって帰路へ。時差ぼけでくるしむ。 はー、やっと帰ってきた・・・・ただいま。

レディたち
おげんきですか?





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