『聖なる木の実と料理対決』
――エピローグ――
作 : <力の二号>人形
歓声……漠然と頭の一部で考えながら、ぼんやりと手にしたフライドチキンにかじりつく。
若干の談笑と悲鳴。そして声援……それらをまとめれば、おおむね歓声だろう。そう判断しても、誰も文句は言わない。
立ち並ぶ露天にそれをねだる子供。両親は苦笑しつつも、その子供たちの望みを叶えようとその長い列の後ろに並ぶ。露天の方も今が売り時と言わんばかりに、その威勢の良い声にさらに熱がこもる。
「まるで雑草だな……」
「なにが雑草なんです?」
ぼんやりと呟いた彼の言葉に別の人間の声が重なり、一瞬彼はぴくりとした。みやると、その独り言に反応した少年がこちらを見ていた。
少年――とはいえ、年代は自分とほぼ同じくらいだ。だが、その純粋な瞳からは多分に幼さをかもしだしている。
「まぁ、俺が老けてるだけなんだろうけどな」
「は?」
またきょとんとしたリースを、ガルフはひらひらと手を振っていなした。
「いや、『人食い』なんて騒ぎがあったのに、たったの一週間延期するだけで大会を始められてしまう人間ってのは、まるで雑草みたいだなって思ってさ」
「ああ……」
リースは感慨深げにその光景を見下ろした。
あれから一週間……『カニクバ』ザンジヴァルの起こした『人食い』事件は、意外なほどに円滑に捜査は進んでいった。ザンジヴァルは拍子抜けするほどに抵抗を示さず、刑に服している。
その後の料理協会の混乱ぶりはかなりのものであった。場を提供していたレーティン・スワシルメの父ラースディン・スワシルメは同様に逮捕。それらの側近その他もまた一様に逮捕となった。
裏食のドンの逮捕とトロウ料理協会のナンバー3の失脚……その動揺は波紋のように広がったが、それを収めたのは意外なことにガーナン・ハッシャスであった。
「私達、ユンファさんよりだったから知らなかったけど、ガーナンって人望あったのねぇ〜……」
同じく、ガルフとリースの会話を盗み聞きしていたのだろう。隣りにいたメリッサがガルフが持っているバスケットからフライドチキンを一本取り出しつつ、そう言った。
「料理に対する妥協のない考え方には好感を持つ者も多いらしい。ま、その行動が少しばかりなりふり構わなくなっても、それはそれでしかたのないことかもな」
持っていかれたフライドチキンに苦笑しつつ、ガルフは二つ目のフライドチキンを取り出す。
「ま、どーであれ、あたしはユイファさんの応援だけどね。えへへ、いっただっきま〜〜」
「――っとはいえ、ユイファさんは、今回『も』辛いかもしれねぇなぁ」
「〜〜っすっ♪ って、へ? あああああああああっ!!」
瞬間、メリッサの横から伸びてきた手が、彼女の手からスルリと滑りこませるようにしてフライドチキンを奪い取る。メリッサもチキンを思いきり握り締めていたわけではないが、しっかりと掴んでいたつもりである。おそらくタイミングだろう。あっさりとその手から離れてしまった。この前の鍵開けで指先のコツを掴んだのか、スパイクのそういったところは妙に腕が上がっている。
「まぁ、『腕』は身内の甘口判断として若干ユイファに分があるとはいえ、『素材』に関しては完敗もいいところだからなぁ〜〜〜はぐっ」
言いつつ、声の主――スパイクは思いっきりフライドチキンにかじりつく。
「あああああああああああっ!?」
「……んぐ……もぐ……まぁ、『素材』をどれだけ『腕』で補えるか、それがユイファさんの勝負どころだな」
「かえしなさ〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!」
「はぐっ!? ぐ、グビをっ! グビをじめるなグビをっ!」
「だ、ま、れぇ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「は、はぐぐぐぐぅぅぅぅぅぅぅ……」
首も折れよとばかりに渾身の力を込めるメリッサ。スパイクの首が、見る間に紫へと変っていく。
その光景を少年神官は呆れたように見つめる。
「……食べ物の恨みは恐ろしい。って言いますけどね〜」
「ユイファ自作のフライドチキンとあっちゃ、死人も出ようってもんだろ」
ガルフは笑いながら、チキンの入ったバスケットをメリッサの前に差し出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
十数分後……なんとか復活したスパイクとほぼ同じに、ファンファーレが鳴り響く。
「お、いよいよ始まったな」
「ユイファさんがんばれェ〜〜〜〜〜〜♪」
ファンファーレが鳴り終わると、十ある野外調理上に、十組の料理人が姿を表す。
ユイファの後ろには、にこにこと微笑んでいるフェンアラーと、若干緊張気味のティナが後に続く。この大会は料理のサポートをする助手が認められている。ガーナンなど、十数人の助手を連れ、まるで王族の行進のように、雄大に現れる。
「なんともまぁ、派手だねぇ」
「料理人、って感じはしませんね」
もぐもぐとチキンをかじりながらスパイクとリース。
「んぐ……ねぇスパイク。さっき言ってたけど、素材の差って、そんなにあるの?」
「ん? ん〜〜……まぁなぁ」
ボリボリと頭を掻きながら、スパイクは言いにくそうに言いよどむ。
「……やっぱり、『ユリクラウスの木の実』のせいか?」
すでにチキンを食べ終わったガルフは、ぽつりと独り言のように言う。
「……まぁな。こと素材に関しちゃ、いろいろとユイファの旦那とガーナンとじゃぁ差があるんだが……やっぱり明確なのはそれだなぁ」
「木の実以外でも差があるのか?」
「ああ。一週間延期が効いたよ。俺たちがせっかく集めた素材も、多少なりとも新鮮さをかいてる」
それを聞いてリースとメリッサは目を見合わせた。あれから一週間というもの、4人はザンジヴァル関連の事件の後始末で駆けずり回り、結局、再度の素材集めを行うことができず、一週間前に持ち寄った素材のみで、ユイファは闘う事となった。
その僅かな素材の差……それがどれだけ決定的なものか、スパイクはぐっと右拳を左手で握り締め、口元にもっていった。
「ユイファの旦那によっぽどの秘策がない限り、優勝は難しいだろうな……っと?」
ふいにスパイクがすっとんきょうな声を上げる。
「どしたの? ……あ」
彼の視線をメリッサは追うと、彼女も少々を寂しげに眉をひそめた。
「……あの子……」
ガルフも意外そうに表情を崩す。
「まさか、出場するとはな……レーティン・スワシルメ」
最後の十組目に出場してきたのは、なんと今回の事件の首謀者の一人、ラースディン・スワシルメの息子、レーティン・スワシルメであった。
見やると、やはりレーティンは憔悴しきったような表情で、ふらふらと調理場に向かう。
「帰れっ! 人食いオヤジの息子っ!」
「まさか、今度も人を調理するつもりじゃないだろうなっ!?」
「ごめんだぜぇ〜〜! ドワーフの丸焼きなんかよっ!」
様々な罵声が物と一緒に、14歳の少年へと投げつけられる。だが少年はそれを避け様ともせず、ただ受動的に歩みを進める。
「――っ」
――と、一つの食べかけの果実が少年の額に当たり、もんどり打って倒れた。
「………っ!」
「………」
思わずガルフとメリッサは立ちあがる。メリッサにいたってはすでに腰の戦斧に手を伸ばしかけていた。
「あんたたちっ! 卑怯なことはやめなさいよっ!」
と、メリッサの耳に効き慣れた少女の声が甲高く響いた。
「なによっ! 大の大人が子供にネチネチ嫌味言っちゃってっ! 恥ずかしいと思わないのっ!?」
小さな少女の、余りにも純粋でひたむきな言葉に、ちらほらと上っていた悪口も、やがてのろのろと消えていく。
そんなティナを、レーティンはぼんやりと眺めていたが、やがてなにも言わずにのろのろと立ちあがり、調理場についた。
「……可愛そうね……」
メリッサはふっと目を伏せるようにして言った。
「まあな」
その表情を眼の端で追いながら、ガルフが呟く。
「――だが、ああやって罵倒を上げている観客も非難できない気がする」
「なんで出場なんかしたんでしょう? 出てくれば、こうなることは分かってたでしょうに……」
そんな呟きをよそに、レーティンは調理を始めた。それに続くようにしてガーナン、ユイファと次々に自慢の包丁をとりだし、調理を始める。
「……<カニクバ(人食い)>ザンジヴァルか……」
「ん? いきなりどした? リース」
ふと、呟いた少年の言葉に、スパイクはきょとんと後ろを振り向く。
少年はその視線をまっすぐ受けとめると、続ける。
「あの人、どうなるんでしょう?」
「……まぁ、極刑は免れんだろうな。なんでか知らんが、潔すぎるくらい潔かったからな。状況証拠に物的証拠、おまけに証人もてんこもりだ」
「人を食べたりしてたんだから、当然じゃない」
メリッサが憤慨したように言う。
「人が人を食べるなんていう、おぞましいことをやってたのよ? あたし、あの人を絶対許せない」
そうやって怒りを露わにするメリッサに、スパイクはふっと静かな眼差しで見据えた。
「……? なによスパイク」
「……いや、人を食う……ってゆーやつは、そんなに罪深いのかなぁって思ってな」
「……え? 何言ってるの? 当たり前じゃないっ! 人を食べてたのよっ!?」
「だから、なんで人を食ったからって、そんなに罪なんだよ?」
「なにが言いたいんだ? スパイク」
今にも噛みつかんばかりのメリッサを掴んで止めながら、ガルフはスパイクを見る。
その視線に気まずそうにそっぽを向きながら、スパイクはカリコリと頬を掻きながらぼそりと言った。
「いや、俺にはよ。なんでかしらねーが……どーしてもあの人食い野郎が悪党に思えない部分があってなぁ」
「何言ってるのよっ!?」
「メリッサ」
タイミングだろうか……思わずかっとなって怒鳴りつけようとした声が、ガルフのほんの一言でまるでしゃっくりの様に引きつった声を上げて止まる。
「……続けてくれますか? スパイクさん」
促すリースに、スパイクはふっと上を見るとそのまま言う。
「……あいつは、あの男は……『生物的』には無罪のような気がするんだよ」
「なんでそう思うのよ?」
「なんでそう思わないんだ?」
「……え?」
剣呑な声色で呟いたメリッサの言葉に、あっさりとスパイクは反撃して軽く面食らう。そんな彼女の様子を眺めながら、スパイクはそのまま言い募る。
「あいつはただ、欲望に忠実だっただけだ。『食欲』っていう、人間の一番根本の欲望にな」
彼はガルフが持っていたバスケットの中から、最後のチキンを取り出すと軽く皆に振ってみせる。
「例えばこのチキン。フェンアラーさんはなんにも言わねぇからちょいとピンとこないんだが……この『鳥や獣の肉を食う』って行為は、エルフ族にとって犯罪に近いモラル違反なんじゃないか?」
スパイクは鳥肉にカブリ付くと、ゆっくりと租借し、飲みこむ。
「……だが、『俺ら』にとっちゃなんでもない行動だ。「モラル違反だ〜」なんて、言う奴もいない。ただ肉を食らう、それだけのこった。それをあの<人食い>は一歩そとに枠を広げただけのような気がするんだよ」
「……なるほど」
「なに納得してるのよっ!?」
思わず呟いたガルフを、信じられないような目でメリッサは睨みつけた。
「あの男は、人を食べたのよっ!?」
「それが、人間上位の考え方なんじゃないか……そうスパイクは言ってるのさ」
「にんげん……上位?」
「トラが人を食えば、『人食いトラ』なんていうレッテルが付く。だが、俺たちが牛を食ったって『牛食い人間』なんてレッテルは付かない。『命を奪い、自分の命を永える』。この行動には、変わりないのにな」
「そして、あついは自分が食われる立場になることも、しっかりと受け入れていた。その辺は見事と言ってやるべきな気がしてなぁ」
「何言ってるの……? なにを?」
パクパクと、うめく様に言うメリッサに、スパイクは更に言おうとした瞬間――
「でも、僕はあいつを許せません」
「……リース?」
静かに、だが明確な意思をもって、戦神官の少年は呟いた。
「僕も牛を食べます。野菜だって食べます。さっきだって、フライドチキン食べました。でも、僕はあのザンジヴァルは許せません」
一直線な感情。その感情に、ガルフは単純な一言で導いた。
「なぜだ?」
「あいつはティナとフェンアラーを食い殺そうとした。『僕の大切な人を殺そうとした』。だから、許せない。アグラムも、そのことに異議は唱えられないでしょう」
「ふむ……なるほどな」
スパイクは妙にこざっぱりとした表情で呟いた。思わず泣き出しそうになっていたメリッサも、懸命に言う少年を愛しげに救われた様な笑みを浮かべる。
動物・植物・人間・幻獣・魔獣……本来、全ての生き物に差などないのだ。
知力・体力。果ては身長・名前・種族・肌の色ですら順位をつけ、差をつけるものもいる。が、そんなものに価値など存在しない。全てが同等、そして全てが食い、食われる運命にあるのだ。どんな生き物であれ生きる権利は存在し、死は、必ずどんなものにでも訪れる。それは、例え神であっても……。
だからこそ、それは初々しいまでに単純な意思にこそ、従うべきなのかもしれない。
親しい者。
愛しい者。
か弱き者。
ただ自分を望む者。自分の加護を、愛情を必要としているものに、ただ、手を伸ばす。
人は万能ではないのだ。自分達にまで、公平な裁きなど降せはしない。
世に公平は存在しない。
ただ、それらが生きていくために製作されたルールでしかない。
それが本能から導き出されたものであろうとも、積み重なる分化から発生したものでも、それを受け入れるしかないのだ。
――自分の思いを信じる――
簡単な様で、この世の中で一番、難しいこと。
スパイクはそれで惑い、メリッサは純に従い、リースはその思いを信じた。
ガルフは、そんな三人を見て心強く思った。そして自分の『思い』が、考えることなく、感じて導き出せるようになれば良いと、ふと思った。
――おおおおお……――
不意に、辺りからどよめきの声が起こった。ガルフは顔を上げる。
「やっこさん、ついに切り札を出しやがったな」
スパイクの声に見やると、調理場では仰々しいまでに頑丈で高級そうな木箱の中から、ガーナンがユリクラウスの木の実を取り出したところだった。
「やっぱ噂だけじゃなかったか」
「ううぅ。ユイファさん頑張れ〜〜〜〜!!」
「無理だって。ユリクラウスの素材の存在感はちょっとやそっとの腕の差程度じゃ……お?」
半分諦め顔で眺めていたスパイクが、不意に体伸ばす。
「? どうしたんですか?」
「あれ……」
彼が示したほうを見やる。ちょうどユイファ達の調理場の手前辺りを示している。だがこれといってなにか特別変ったことがあるわけでもない。
「なによ? どうしたって……あ」
きょとんとした表情で辺りを見渡していたメリッサは、一つの、小さな発見をした。
「これは……」
「なるほど、あんがい粋な種族なのかもしれなんな……」
「『あれ』って、『あれ』だよね?」
「ああ、間違いなく、『あれ』だ」
四人が四人とも、今から起こる大イベントにワクワクする様に、そのユイファがいる調理場のほんのそばで起こり始めた、ほんの小さな変化に見やる。
それは、小さな、ほんの小さな木の芽であった。
「歴史上、初かも知れんな」
「へへへへへへへ。ガーナンの驚く表情が楽しみだぜ」
その小さなは芽は、徐々にその姿を確かなものへとしていく。じりじりと、その丈をもがく様にして伸ばした次の瞬間、それは爆発的に始まった。
「こいっ!」
「こいっ! ユリクラウスっ!!!」
調理場で走りまわっていたティナがそれに気付き、フェンアラーも満面の笑みを浮かべて主人を見た。その光景と最愛の二人の表情を見て、ユイファはふんだんに驚きをまぶした笑みを浮かべる。
その独自の転移術を用いり、ユリクラウスが姿を現した。
その足元に、子供のユリクラウスを連れて……。
そして、その背後に雄大なユリクラウスの木を捧げて……。
次の日の朝刊の一面トップには、このような題名で記事が載った。
『聖なる木の実を運ぶ、聖なる獣。妖精の小さな料理人を全面的にバックアップッ!!』
第三十四回、トロウ国料理大会優勝者であるユイファ・ハーランドはこう言い残している。
「この優勝は、私の愛する妻と娘。そして、四人の冒険者のおかげです」
完
|