月ニ踊ル、人形師3

月ニ踊ル、人形師(3)

 ストーリー、作:<技の一号>そーし

原案:<力の二号>人形


 混濁した意識の底で、ロウハは短い夢を見ていた。
 それは、まだ彼の名が『ロバルティ=フロイド』だった頃の記憶……
 革命軍から逃れ、たどりついた国境に近き迷いの森に、皇国派兵士の生き残りが野営を張っていた。
 背後に軍務卿、レグース=ローランドの気配がある。
「フロイド卿、逃げる気かね?」
「……あぁ。逃げさせてもらう」
 レグースは微かに頬をひきつらせた。
「君の尽力には感謝している。おかげで無実の皇国派の人々が、何百……いや、何千と助かった」
「……あぁ」
「これからも……共に闘う気はないか?」
「俺があんたらを助けたのは、革命軍と闘うためじゃない」
「……ならば、無理強いはせん」
 レグースの声が昂ぶった。
「しかし、あの人形を置いていってもらいたい。そして、操作法も……貴重な戦力だ。あれがあれば、皇家を復興させる事も夢ではない」
「断る。あれは……俺にしか扱えない」
 レグースは腰の長剣に手をかけた。
「どうしても……置いていってもらいたい」
「……レグースさん。あんた、変わったぜ。日和見の見本みたいだったあんたが……何があった?」
「君と同じだ。家族を殺された。妻も娘も……同じ理由で、戦いを決意した仲間が大勢いる」
「……そうか」
 ロウハは視線を虚空に据えた。皇国の復興は夢だった。もはや存在意義もない王族に、民衆はついてこない。革命軍に対抗するだけの戦力は、もうこのフラウティア皇国に残されてはいなかった。
 なればこそ、レグースはあの「人形」に固執している。
「置いていって、くれるな?」
「あれは俺にしか扱えない。そういうシロモノなんだ。他の奴には指一本動かせん」
 レグースはついに剣を抜いた。ロウハは冷めた眼でそれを見つめる。老齢の文官であるレグースに、ロウハを斬るだけの技量はない。それは本人も承知しているはずだった。
「それならなおのこと、君に残って欲しい。亡き皇への忠義を忘れたわけではあるまい。家族を殺された恨みもあろう。仇を……」
「とりたいとは、思わない。もう人死にはだしたくないよ」
 前半分は嘘だった。
 しかし、これ以上、人を殺したくないのは本音である。
 革命軍は倒したい。そのうちの黒幕何人かは、本気で殺してやりたい。
 しかし、最前線に立つ、何も知らない民兵達を……もう殺したくはない。既に殺し過ぎた。いまさらその罪が消えるとは思わないが、なお殺し続けなければならない理由はない。
「俺は、昔の部下達と姫君をお助けしたかっただけだ」
「……アスティナ様か……今どこに?」
「今のあんたにゃ教えられん。大義名分用の看板にでもされかねない」
「……違いない」
 レグースは苦笑し、剣をしまった。しかし、あの文官らしかった昔の温和な笑みはない。凄惨な輝きを帯びた獣の眼が、ロウハを見据えていた。
「道が、分かれたかな」
「レグースさん、こういうのは、何処かでやめなきゃならない……死人は生き返らないぜ」
「君は奴らを許せるのかね?」
 ロウハは無言だった。
 嫌な夢は、そこで覚めた。

 

「……ハさま……ロウハ様!」
「……マナか」
 倒れた時と同じ森の中で、ロウハは目覚めた。違うのは、草の代りにマナの膝を枕にしていることである。
「……奴は?」
「大丈夫です。縛ってあります」
 マナは言い添えるべき言葉を忘れなかった。
「命には別状ありません」
「そーか……」
 女の柔腕で縛ったとて、あれほどの腕利きならばたやすく抜けられるかもしれない。ロウハはふらつく頭を左右にふって、よろりと立ち上がった。
 魔動人形の脇には、隠密が転がっている。
 ロウハはほっと息を吐いた。ピエロ・ザ・モンテカルロの一撃、手加減したとはいえ、肋骨の一本二本は折れていてもおかしくない。
「ふぅ……俺は、どのくらい倒れていた?」
「ほんの二分ほどですが……」
「二分か……いやに長い夢を見た」
 ロウハは隠密の男を縛り直し、人形の体にゆわえた。
「マナ、悪いが、もう一度……」
「はい」
 マナが再び人形の中に潜り込むや、ピエロ・ザ・モンテカルロの瞳に光が宿った。
 ロウハを背に乗せ、その意志を受けて、人形は木々の間を猿のように駆け抜けた。
 一羽の梟が、それに驚いて飛び立った。

 

 さきほどの会話から十分がすぎてなお、レイカーという隠密は戻って来なかった。
 リスターナは寝たふりを装ったまま、尾行していた少年と一組の男女が、部屋を出て行く足音を聞いていた。
 枕元では、一人の娘が刺すような視線を送っている。
(参ったな……えらく嫌われたもんだ)
 彼らは追っ手ではなかったが、リスターナの素性を知っている。見逃してはくれないだろう。
 リスターナは用心しつつ薄目を明けた。目の前にいるのは、存外に若い娘だった。冷たすぎる声のせいで、もっと年嵩かと思っていたのだ。
「……ん……?」
 たった今、起きたような素振りで、リスターナは少女と視線を合わせた。
 すかさず、手足が動かないことに、驚く真似をする。芸の細かさには、少しばかりの自信があった。
「……な、なんだ、こりゃ? ちょっと、コレ、どーいう……」
「お目覚めですか、タルタロスさん」
 革命議会を欺く偽名は、リスターナ=コルトレーン。
 本名はシュナイダー=タルタロスという。元皇国騎士団の小隊長で、階級的には手配を受けるような重要人物ではないが、フロイド卿の片腕として、各地の刑務所解放に手を染めた前科がある。
 くわえてシュナイダー=タルタロスは、皇国騎士団師団長の一人、アーバイン=タルタロスの長男でもあった。かの師団長は、既に処刑されてこの世にないが、皇国復興を目指すゲリラ達にとって、その血をひく彼は、仲間に引き入れたい重要人物である。そのため、革命議会も放ってはおかない。
 若き隠密の娘は、懐からナイフを引き抜いた。
「私はラナと申します。怨んでくださって構いませんよ」
「……ひょ、ひょっとしてぇ〜、俗に言う年貢の納め時、ってヤツ?」
「はい。もう一人が帰って来ないうちに、あなたが目覚めた場合には、殺すよういいつかっております」
 小心そうに顔をひきつらせて、リスターナは苦笑した。
「……まぁ、しょうがない。俺も人を殺しながら、ここまで生き延びてきた男だ。いまさら殺されても、怨まねぇよ」
 ラナは無造作にナイフを構えた。
「待った! その前に、末期の水くらい飲ませてくれ。喉がカラカラだ」
「申し訳ありませんが、死者に手向ける水はありません。それとも毒殺がお望みですか?」
 リスターナはため息をついた。
 ラナという隠密は、間違いなくそれなり以上の教育を受けている。死を間近にした人間の「最後の欲求」は、そのまま、「生きるための最後の抵抗」へと直結している場合が多い。そうした要求を受け付けないよう、彼女は完成されていた。
「しょうがない……なぁ、ラナ」
 呼び捨てにされても眉一つ動かさない娘に、リスターナは微笑みかけた。
「死者と視線を合わせちゃいけないとは、教わらなかったかな?」
「?」
 一瞬の視線の交錯を、リスターナは逃さなかった。矢のように鋭いリスターナの視線が、ラナの脳裡を貫き、その意識を混濁せしめた。
 たちまちに娘の瞳は焦点を失い、ナイフが乾いた音をたてて床に落ちた。
「さて、縄をほどいてくれ」
 指示されるままに、ラナは夢見るようにおぼつかない手つきで、リスターナの縄をほどいた。
「ありがとう。これから俺がいうことを、よくきくんだよ」
 身を起こし、真正面からラナの瞳を見据えると、ラナはこくりと従順に肯いた。
「何者かはわからないが、大きなピエロの格好をした人影が、窓から侵入し、君を気絶させてシュナイダー=タルタロスを連れ去った……おぼえたね?」
「はい」
「仲間に俺のことをきかれたら、そう答えるんだ」
 ラナがうなずくのを見計らって、リスターナは彼女の身をベッドに横たえた。リスターナは、自分にこの能力を与えてくれた神に、人生で何度目かの心底からの感謝を捧げた。
「それじゃ……朝日が昇るまで、そうしているんだよ。日の光が君の顔を照らすとき、君は目覚めるんだ」
「はい」
 リスターナは、床に転がっていたナイフを懐にしまった。大事にしていた皇国騎士団の紋章入りナイフは、さっき出ていった二人組が持っていってしまっている。代りにしては質が落ちるが、ないよりはいい。
「そうそう、それから、俺と目を合わせたことは忘れるんだよ……って、何が起きたかなんて憶えちゃいないだろうけど」
 くすくすと笑って、リスターナは窓を開けた。
 夜の外気が頬に触れる。
 部屋は二階だった。深夜だけに、路上に人影はない。
 リスターナは月明りを頼りに雨樋を伝い、地上へと降り立った。
 飄々たる足取りで歩み去る彼を、咎める者は誰もいない。

 

 とっくに閉店した人形店に、通用口から入り込んだリスターナは、カウンターにリティ=セラフを見つけて、目を丸くした。
「何やってんだ? こんな遅くに」
「遅かったのはどっちよぉ。あんたこそ、何やってたの?」
「……いやぁ、かわいい女の子が、なかなか離してくれなくてさぁ」
 嘘はついていない。
 リティは責めるような目になった。
「ロウハが大変だったのよ。刺客の毒くらっちゃって」
「なんだって!?」
 リスターナが息を呑んだ。
 その慌てように、リティは思わず吹き出す。
「もうだいじょぶよ。もうマナが解毒したから」
「……おどかすなよ。ビビるじゃねぇか」
「で、犯人捕まえたんだけどさ、一言も口きかないのよ。あんたの十八番で何とかして」
「りょーかい。何者だい? ロウハに喧嘩売るなんて」
「ロウハは、フラウティア革命議会のお客さんじゃないかっていってたけど?」
「そか」
 危機一髪だったのは俺だけじゃないらしい……そう思って、リスターナは含み笑いを漏らした。
「ロウハは、ほんとに心配ないんだな?」
「すっかりね。ただ、マナがめちゃくちゃ心配しちゃってさ。ベッドにムリヤリ寝かされてるわ」
 店の二階へと上がるリスターナの背を追いながら、リティはぶつぶつと愚痴った。
「あんたのメモ、大嘘だったじゃない。あの坊やは怪しくないなんて。ロウハ、あの坊やに会いにいってやられたのよ? わかってる?」
「うわっちゃ……いや、悪かった。でもあの坊や自身は、やっぱり問題ないんだぜ。ちょいと、ワケ有りらしいけどな」
「何、ソレ?」
「あとでな」
 二階へと上がったリスターナは、隙間から明りの漏れている扉を、ノックもなしに開けた。
 ベッドの上にロウハ。その傍らの椅子には、マナが腰掛けている。部屋の隅には、見覚えのある男が縛られていた。リスターナの隙をつき、彼をさらった隠密だ。
「いま戻ったぜ」
「リスターナ……」
「寝てろ。話はリティからきいてる」
 身を起こしかけたロウハを声で制したのは、ロウハのためではない。マナの怒りを買わないためだった。
 リスターナは男の前に立ち、中腰になって顔を覗き込んだ。
「こんばんは、レイカーさん」
「……………………」
 隠密は、無言でリスターナを睨みつけた。
「何? 知り合いなの?」
「いや、別に」
 ……さっきまで捕まってたなんて、カッコ悪くて言えるわけがない。
 リスターナの心中を知ってか知らずか、隠密は不機嫌そうに顔をそむけた。その顎をひっつかみ、リスターナは眼を覗き込む。
 即座に、隠密の眼が焦点を失った。
「いつもながら、お見事♪」
 リティは短く口笛を吹いた。
「これだけが取り柄でございマスんで……よーし、いい子だ。あんたは誰に雇われてる?」
「……レム=フォレイツ様に」
 思わずロウハが身を起こした。革命議会の古参議員に、同じ名前の持ち主がいる。傍らのマナは、隠密の言葉よりも、ロウハの行動に顔をしかめた。
「……しつっこい話だ。俺らを探して、こんなトコまで来たのか?」
「違う」
「じゃあ何の用で、この街に来た?」
 レイカーは低い声で呟いた。
「シュティール様を、探していた」
 リスターナに代り、ロウハが口を挟んだ。
「あの坊や……何者なんだ?」
 ロウハは内心で首を傾げた。隠密は今、「様」づけであの少年を呼んだ。それがひっかかる。
 彼がシグルト=フロウの息子なら、革命軍に恨みを持っているはずだった。つまり、皇国派ゲリラにくみしていてもおかしくない。
 ロウハは三つの可能性を考えていた。
 一つは、シュティールという少年が、自分達を探しているスパイの一員である可能性。もう一つは、彼は罪を犯したゲリラで、隠密達は彼を追って来たという可能性。最後の一つは、まったくの無関係、という可能性……
 しかし、どれもハズレだったらしい。
 隠密・レイカーは、ぼそぼそと言葉をつないだ。
「シュティール様は、フォレイツ家の若君様だ」
 リスターナは、ロウハに笑いかけた。
「だそうだ。要するに、こいつらは家出少年の捜索隊だよ。俺らを見つけちまったのは偶然てヤツさ」
「……そんな馬鹿な。あの子供は、シグルトの息子じゃ……?」
「あん? シグルト? 誰だ、そりゃ?」
「俺の部下だった、民兵出身の近衛騎士だ。革命戦争の最中に、マナをかばって戦死している」
「その少年の似顔絵は、シグルト様に瓜二つでしたから」
 いいながら、マナは起き上がったロウハを心配げに見詰め、再び寝かしつけようと手を伸ばした。
「いや、いい。もう大丈夫だから……レイカー、シグルトって名に心あたりは?」
「……シグルト様は、レム様の御長男だ」
「……なに? どゆこと?」
 一人蚊帳の外からリティが発した問いを、リスターナが遮った。
「レイカー、つまりシュティールは、レム=フォレイツの孫なんだな?」
「ああ……」
「シグルトってのは、どうした?」
「戦死された」
「そうじゃなくて……実家から勘当されたってことか?」
「ああ……」
 ロウハとマナは顔を見合わせた。議員となる前のフォレイツ家は、民間の豪商である。最下級の一騎士にすぎないシグルト=フロウが、そこの長男とは、初耳以前に信じがたかった。それだけの財力があれば、もっと上位の職につけてもおかしくない。
 リスターナは質問を続けた
「シュティールは、その実家が嫌で逃げだしたんだな?」
「そうだ」
「何が嫌だったんだ?」
「…………」
「わからないか」
「ああ」
「リスターナ、もういい。こっちはだいたいの所はわかった」
 ロウハはベッドを降りて立ち上がった。
「ロウハ、こいつはどうする?」
「逃がしてやるさ。だがその前に、シュティールって坊やの居場所を聞いてくれ」
 リスターナは苦笑まじりに頬を掻いた。
「義理堅いこった!」
「シグルトには恩がある。その息子なら、見過ごすわけにもいかないだろう」
「OK、レイカー、シュティールはどこにいるんだ?」
「…………」
「ん? 質問が悪かったか?」
 リスターナは催眠術が解けていないことを確認し、再び問いを重ねた。
「シュティールは、今ごろどうしている?」
「……予定では、もう本国に向けて出発している」
 舌打ちひとつ、ロウハはマナを振り返った。
 無言でうなずいたマナは、はやくも窓際に立っている。
「ブルーなら追いつける! リスターナは、他の連中に連絡を取ってくれ。明日中に、この街を引き払わなきゃならない」
「わかった。まかせときな」
 街にはロウハ達以外にも、数十人の元皇国家臣が潜伏している。隠密達に知られた以上は、革命議会からの調査隊が来る前に、逃げるしかない。
「リティ、今度は一緒に来てくれ」
「はいはーい! そろそろ出番だと思ってたのよね♪」
「いきなりですまないがね」
 いいながら窓を開け放ち、ロウハは懐から、手の平にのるほど小さな宝石箱を取り出した。
 蓋を開けると、大小様々の球体に加工された宝石達が、月光に反射して鋭く光った。
 その中の一つ、アクアマリンを手にとる。
 中空に放り投げたそれが、屋根に落ちるよりはやく、石は一瞬で巨大な鳥人間へと変貌していた。
 唐突に現れたブルー・ザ・バードマンの名を冠する魔動人形は、搭乗者を待つかのように背を大きく開いている。
「リティ、頼むぞ」
「まかしといてっ☆ そいじゃマナ、お先に♪」
 リティが中へと飛び込むや、背はしゅるしゅると、華がしぼむように閉じていった。
「では、ロウハ様」
「あぁ、夜が明ける前にすませる」
 ブルー・ザ・バードマンは、両脇にロウハとマナを抱え、月光に満ちた夜空へ飛び立った。
 その勇姿を見送りつつ、リスターナはポツリと呟いた。
「連絡は別にいいけどさぁ……ひょっとして、店の荷造りも俺一人でやるわけ?」
 溜め息まじりに見上げた空では、月が西に傾いていた。