月ニ踊ル、人形師4

月ニ踊ル、人形師(4)

 ストーリー、作:<技の一号>そーし

原案:<力の二号>人形


 馬車が激しく揺れ始めたことで、シュティールは道が郊外に来たことを知った。
「若、酔われてませんか?」
『がっちりと』寄り添うカーシャの言葉に、シュティールは沈黙で応えた。
 今も、捕まっていた青年のことが気にかかっている。今ごろは土の中かもしれない……そう思うと、更に気は滅入った。
 小男のセイクは、馬車の御者を務めている。シュティールの隣にいるのは、ありふれた町娘の姿に着替えたカーシャだけだった。
 しかし格好が違っても、隠密としての能力までが町娘並に変化しているわけもない。
(何とか、ならないかな……)
 ニルウサーガからフラウティアまでは、早馬でも六日以上の旅になる。馬車ならば、十日前後はかかるはずだった。当然、途中でいくつもの街を越えることになる。その間に、逃げる機会があることを祈りたかったが……。
 この期に及んでも、未だにそんなことを考えている自分に気づき、シュティールは溜め息をついた。
 屋敷に戻れば、今度こそ祖母は自分を逃がしはしないという確信があった。今回の仕置きも兼ねて、脚の切断くらいはされかねない。事実、レムはそのために、シュティールの脚を折らせたことがある。今度は骨折では済まないはずだ。
 レム=フォレイツは、シュティールを後継者に据えようとしている。それも決して、孫かわいさのためではない。フォレイツ家を、革命議員の相続権を、娘婿のカーネギー=フォレイツに渡さないためだけに、である。
 カーネギーは財産目当てに、レムの娘と結婚し、いまはその家格を狙っている。自分の娘も、そしてその婿も毛嫌いしきっているレムは、彼らにだけは、フォレイツ家を渡すまいと奮闘している。シュティールは、そのための手札の一枚にすぎなかった。
 シュティールにしてみれば、カーネギーもレムも、同じ穴のムジナでしかない。
 少年は自分の中に、父と同じく、歪んだ生活を嫌う血が息づいていることを知っている。その血が、今のフォレイツ家を拒絶していた。
 昔の、ただの一商人だった頃ならまだしも、議員となってからのフォレイツ家の腐敗ぶりは、尋常ではない。後を継いだら最後、そこには暗殺者に脅え、人を踏みつけ、殺していく人生しかない。それができなければ、何者かに殺されるだけである。
 どだい、革命議会そのものが腐っている。元の成立からして、諸悪の塊じみた組織だった。
 フラウティア皇国で七年前に起きた『革命』は、起こるべくして起きたものではない。政治は安定していたし、一般民衆は確かに貧しかったが、生活に困るほどではなかった。もともとフラウティア皇国自体が、農業主体の自給自足国家だったのだから、貧しいのは無理もない。
 それが変化したのは、未開の地だった北部イスリアヌ山脈に、大規模な金脈が見つかってからである。金脈発見の報が世間に知れるや、革命軍が現れた。
 革命軍の手口は巧妙を極めた。各地で皇国派の悪評を流し、また自ら皇国の兵士を装い、小さな村を略奪もした。結果、人心は皇国から離れ、革命軍へ民兵が集うこととなる。
 元から軍隊などあってなきがごとしの小国は、あっという間に滅び去った。
 フラウティア国民の多く……おそらくは大衆の全てが勘違いしている現実だが、この「革命軍」とは、フラウティアの人間によって組織されたものではない。
 もちろん、表向きは「僻地」からあらわれた一人の「英雄」によって組織されている。しかしその首脳部と初期の兵隊達は、フラウティアの隣国、ドレス帝国の命を受けた者達だった。
 そして今、フラウティアの金脈より発掘された金は、ドレス帝国へと輸出されている。革命議会の古参議員しか知らぬ、その相場を無視した卸値を聞けば、多くの人々は眼が覚めるはずだった。
 革命軍と革命議会の手によって、フラウティアは、少しだけ……あくまで少しだけ、豊かになった。しかしそれは、本来の金鉱によって得られたはずの豊かさの、十分の一以下でしかない。
 皇国が滅亡した―皇家縁者数百人とその家臣数千、そして革命軍の民兵数千が死ななければならなかった本当の理由は、それだけのことだった。

 

 傾くにつれ、月の色は銀から赤へと変色していった。
 あと数時間で朝日が昇る。
 月と太陽の不条理なまでに正確な営みは、シュティールにフラウティアまでの道程の近さを連想させた。
 連れ戻されれば、全てが否応なしに進む。どうにかして逃げるチャンスが欲しい。
「……シュティール様……シグルト様の形見の剣が気がかりなのですか? それなら、レイカーが後で持ってくるはずですので……」
 カーシャはシュティールの顔色の険しさを勘違いし、気遣わしげにそういった。
「今すぐ自分で取りにいって、そのまま逃げだしたいね」
 本音を隠そうともしないシュティールの厳しい口調に、カーシャは珍しく……演技ではなく、本当に顔を曇らせた。
「申し訳ありません……ですが、これが我々の仕事ですので……」
 シュティールは返事を思いつかなかった。
 本当に悪いのは、自分のことしか頭にない祖母だともわかっている。わかってはいても、やはり有能すぎる実動部隊のカーシャ達に、腹が立つのはどうしようもない。
 夜の街道を疾駆する馬車の車輪が、不意に速度を落した。
「……あ……」
 それと察してカーシャは、きゅっとシュティールの腕を握った。シュティールの座る側の扉は施錠されていたが、カーシャの側には鍵が掛かっていない。馬車の速度が落ちれば、シュティールに飛び出される恐れがあった。
 もっとも、シュティール本人にそのつもりはない。セイクやカーシャの脚力と比すれば、自分のそれとは燕とスズメほどの開きがある。逃げるチャンスがあるとすれば、隠れる場所の多い街の中しかない。
 馬車は完全に停止した。
 幌を隔てた御者席から、セイクが地上に降りる気配があった。何者かが、向かいの道からきたらしい。
 シュティールが聞き耳をたてるよりはやく、カーシャの顔が蒼白に転じた。
「カーシャ?」
 そのただならぬ雰囲気に、シュティールは再会以来、初めて彼女の名をまともに呼んだ。
「若、お静かに……これを」
 カーシャは懐から、薄く反り返った暗殺用の短剣を取り出した。
 一瞬、肝を冷やしたシュティールだが、カーシャは、
「状況が変わりました。レム様が発作で亡くなられたようです」
 そういって短剣を手渡すや、馬車の扉に手をかけた。
「逃げてください。ここは私が……」
「ちょっと待てよ、いきなりどういう……」
 問いかけの途中で、シュティールの背筋に戦慄が駆けた。
 レム=フォレイツは高齢である。いつ死んでもおかしくない。なればこそ、シュティールを血眼になって探していたのだ。
 死ぬ間際にシュティールが手元にいれば、フォレイツ家の全て……財産ばかりではない、呪詛の言葉も含まれる……を、シュティールに負わせることができる。それが果たせなかった時には、唯一にして最も憎む親戚である、娘婿のカーネギーの手にフォレイツ家が渡る。
 本国ではレムが死んだらしい。
 そして、シュティールはここにいる。
 つまりフォレイツ家は、カーネギーの手に渡った。
 全ての隠密は、「カーネギーの家臣」へと移籍した。
 となれば、フラウティアの方角から来たセイクの仲間達が、『行方不明の御曹司』に対し、どういった命を受けているかは、いまさら考えるまでもない。
 ……ただ一つだけ、わからないことが残る。
 シュティールはその答えを求めて、カーシャと視線を合わせた。
 その瞳の中に映る感情は、多彩すぎてよく伺えない。
「カーシャ……?」
 短くシュティールを見つめると、カーシャは素早く顔を寄せた。
 薬品の味を伴わない口付けの後で、カーシャは許しを請うように声を落した。
「若、申し訳ありませんでした……どうか、御無事で」
 シュティールは初めて、彼女が自分を探していた、本当の理由を知った。

 

 セイクは、前方から二頭の馬にのってやってきた二人組を、すぐに仲間だと察知した。
(フロイド卿への暗殺者にしては……はやすぎるし、人数が少ないが……)
 そんな疑念が頭をかすめたが、あえて馬車を止めるような真似はしない。目配せだけですれ違うつもりだった。
 二人組は、馬車の前方で馬の歩を緩めた。
 つまり、馬車のセイクに用があるということである。
 セイクは、いぶかりながら馬車を止めた。しかしなお、自分から声をかけようとはしない。
 二人組の一人、キエフが隠密特有の低く響かぬ声で囁いた。
「セイクだな?」
「ああ」
 声はよりひそめられ、常人には聞こえないほどになった。
「手短にいう。任務が変わった。レム様が亡くなられ、我々の主はカーネギー様へと代替わりした」
「つまり、若君は処理することになった」
 いま一人の隠密、クレインが、冷ややかにそう口にした。幹部クラスの上司である。彼の言葉による命令変更ならば、疑う余地はなかった。
 セイクは黙ってうなずき、馬車を顎で示した。キエフとクレインの顔付きが、凄惨さを帯びる。
「誰かついているのか?」
「心配ない。カーシャが見張っている」
 三人は目配せののち、大地に降り立った。
 そろりと脚を運び出すのと同時に、馬車の扉が開いた。
 カーシャが無表情に降り立つ。
「もう仕留めた。話をきいてすぐに」
 クレインは満足げにうなずいた。
「よくやった。報告のため、首はもって帰る」
「袋は?」
「私が持っている」
 無防備に寄ってきたキエフとすれ違いざま、カーシャは予備動作もなしに、彼の鳩尾へ暗殺針を打ち込んだ。針は深く心臓までを貫く。
 激痛と驚愕に、キエフの眼が大きく見開かれた。
「……お前、何を……?」
「父上? どうかなさいましたか?」
 そらっとぼけて、カーシャは実の父を抱きかかえた。
 既にキエフの息はない。
「キエフ? カーシャ?」
 二人の奇妙なやりとりに気づいたセイクは、それでもまだカーシャの裏切りには気づかず、駆け寄ろうとした。
「待て」
 クレインの指先に、懐から取り出した五本のナイフが光った。
「セイク、若君は死んでいない。カーシャが裏切った」
 看破されると同時に、カーシャはキエフの死体を盾にしたまま、セイクの胸元めがけて針を撃った。小男のセイクの体は毬のように跳ね、針から身を避ける。
「血迷ったかね?」
 クレインの問いには応えず、カーシャは続けて二本三本と針を投げ打つ。その背後から、シュティールが馬車を飛び降りた。
「若! はやく!」
 シュティールは躊躇した。
 セイクもクレインも距離が離れている。今はカーシャの針を警戒しているが、いずれ針が尽きれば、一人のカーシャに勝ち目はない。
 シュティールはカーシャの肩を掴み、強引に駆け出した。支えを失ったキエフの遺体は、大地に倒れ伏した。
「若!?」
「置いてけるか、馬鹿っ!」
 セイクが高く跳躍した。更に一つ跳ねて、シュティールの前に回り込む。
「どのみち、若を逃がしはしません」
 セイクが無表情につぶやいた。
「裏切りはいけないね、カーシャ」
 クレインの手からナイフが飛んだ。刃先はシュティールよりも先にカーシャを狙っている。
 身を捻って避けつつ、カーシャが返した針は、クレインの回りの見えない壁によって阻まれた。
「魔法士だったのか、あいつ!?」
 シュティールは舌打ちした。分の悪さが決定的になった。
「今ごろお気づきで」
 ダーツを投げるように無造作な仕種で、クレインは次々とナイフを飛ばす。カーシャは辛うじてそれを避け続けた。それと連携するように、セイクの腕から伸びた鉄の爪がシュティールを襲った。
 カーシャから受け取った短剣でしのぎつつ、シュティールはセイクに足払いを試みた。それを事もなげに避けたセイクの爪が、シュティールの頬に一筋の血の跡をつける。
 いつしか二人の距離は離れつつあった。
 カーシャはいまさらながら、最初にセイクを仕留めておけなかったことを悔やんだ。
 クレインの顔から、初めて笑みがこぼれた。
「カーシャ、君へのお仕置きは後だ。我々は『一番大事な仕事』を忘れるほど馬鹿じゃない」
 クレインの左手に暗い光が宿った。
 クレインの眼はいつしか、セイクを相手に防戦一方のシュティールを見ていた。
 ナイフ投げが、シュティールと自分を引き離すための罠だとカーシャが気づいた時には、クレインの重力子弾が完成していた。
 セイクは最初からそれと察して、シュティールがクレインに背を向けるよう、攻撃し続けている。
「若っ!」
 カーシャの悲鳴に続き、あたりに重力子弾の放たれる鈍い音が響いた。
 カーシャは即座に、シュティールをかばうために駆け出していた。
 刹那……カーシャの胸に、鈍い衝撃が突き刺さった。
「……もちろん、二つの仕事を同時にこなせれば、それに越したことはないんだがね」
 さっきまでクレインの右手に光っていた最後のナイフが、無くなっていた。
 カーシャは呆然と胸に刺さったナイフを見つめ……がくりと膝を折った。
 クレインは仕事を終えた満足感に、温和な笑顔をほころばせた。
 セイクの飛び退いた跡では、既に重力子弾の着弾による地盤崩壊が始まっていた。
 その中心でシュティールは、徐々に重さを増す重力の前に、身動きもできずにうずくまっている。数分としないうちに、全身の骨を砕くほどの重力が、彼を中心とする一帯を支配するはずだった。
「セイク、ご苦労だった。先にキエフとカーシャの死体を片づけよう」
 クレインの言葉にうなずきかけたセイクは、しかしいぶかしげに夜空を見上げた。
「何かが来る」
「ん?」
 黒く巨大な影が、中空を斜めに滑ってきた。
「――――!?」
 重力子の渦に飛び込んだそれは、シュティールを抱え上げるや、まるで重力の影響を受けずに結界から飛び出した。
「あれは……」
 セイクは我が目を疑った。影は鳥の頭に人の四肢を持ち、翼を広げていた。
「少なくとも、我々の味方ではないな」
 クレインは視線を据えて、再び中空に舞い上がった鳥人間を睨んだ。
 少し離れた地上に舞い下りたそれの足元には、厳しい目つきの中年男と若い娘が佇んでいた。
 手配書で見た顔だ。
「……フロイド卿……? とすると、あれが魔動人形というやつか?」
 クレインは、身構えるセイクの肩を掴んだ。
「形勢逆転だ。退くぞ」
「だが……」
「千人殺しの人形使いに、我々二人で勝てるかね? しかも隣の娘も魔法士だろう。ただ逃がしてくれるとも思えんが、ここで二手に別れれば、どちらかはカーネギー様に報告ができるかもしれん」
 セイクは不承不承肯いた。
「若の命は貸しにしておこう」
 クレインとセイクは、素早く馬に飛び乗り、それぞれ正反対の方向へと走り去った。
 フロイド卿は何故か、追ってくる気配はなかった。

 

「……う、ぐ……げほっ!」
 苦しげに血を吐くシュティールを抱きかかえたマナは、その胸に手をかざした。
「どうだ?」
「両方の肺をつぶされてますが……まだ大丈夫です。これから治療すれば、命に別条はありません」
「間に合ったか……」
 ロウハはほっと息をついた。
 シュティールの霞みかけた眼が、二人を捉えた。
「う……あんた、ら……は……?」
「喋るなよ。痛いだろーに」
 ロウハはにやりと笑った。
「いやいや、大したもんだ。隠密四人相手に、二人まで仕留めたか……殺さないですめば、もっとよかったが……ま、一対四じゃな……」
 ロウハはブルー・ザ・バードマンを操り、穴を掘らせ始めた。死ねば骸、せめて埋めてやりたい。
『二人を仕留めた』ときくや、シュティールの気配が一変した。
 マナの腕を強引にふりほどき、ゆらりと立ち上がる。
「え?……ちょ、ちょっと!」
 シュティールは強引に走り出した。
「どうして動けるの、あの子!? 肺が……」
「おい! 死ぬぞ!」
 ロウハが慌てて止めに走る。
 追つかれるよりはやく、シュティールはカーシャの元にたどりついていた。
 ぐったりと倒れ伏したその体に、シュティールはそっと触れた。嘘のように冷たかった。
「……カーシャ……?」
 シュティールは、胸を朱に染めたカーシャの体を抱き起こした。
 眼を瞑り、眠っているような顔だった。カーシャの体は、まだ充分に柔らかかったが、既にはっきりとわかるほど冷たい。
 骸は、実際の重さ以上に重かった。
 僕は、何をしてやったっけ……?
 シュティールは自問して、答えを出せずに鳴咽を漏らした。
 レムの下卑たいいつけで、カーシャが夜伽に来たことがあった。シュティールはその晩、何もしなかったが、命令に逆らえないカーシャを哀れに思った。
 そして、あらためて他の娘を寄越されるのが嫌さに、レムに嘘をついて、カーシャを自分の監視役として傍に置いていた。
 その間、まったく楽しい事が無かったわけでもない。しかし……その時間は短すぎたし、端から見ればささやかすぎる楽しさだった。
 いまにして思えば……彼女の本当の姿は、隠密のそれとはかけ離れた所にあったのかもしれない。それを最後まで見つけられなかった自分を、殺したいほど憎らしく思った。
 カーシャの亡骸を強く抱きしめ、シュティールは声を押し殺して泣いた。
「……ちっ……」
 短い舌打ちの後、ロウハは懐からタバコを取り出した。
「結局、出遅れた……か」
 万感の思いを込めて吸い込んだ煙からは、死者を焼くような匂いがした。
 月は沈んだが、日が昇るまでには、まだ時間がありそうだった。

 

 どうにか荷造りを終えたリスターナは、手伝いの娘にコーヒーを炒れて差し出した。
「ありがとう、おかげで助かったよ。俺一人じゃ何時間かかったことか……」
「いえ。うちは荷物も少ないので」
 アリーナ=フェイムはにっこりと微笑んだ。彼女はリスターナの先輩騎士、ブレイズの妹である。共に皇国派ゲリラには与(くみ)せず、ロウハと逃亡することを選んだ仲間だった。
「リス兄い、コイツ、どうするんだ?」
 その弟、カーチス=フェイムが、相変わらず眠りこけたままのレイカーを指差していった。
「そいつはロウハが戻ってきてからだな。カー坊も一休みしろよ。コーヒーだめなんだっけ? 紅茶がいいか?」
「いーよ、俺は」
 ガランとした部屋のベッドに腰掛け、カーチスは窓の外を見渡した。夜の闇が白みがかってきていた。
「俺、先帰る。他のトコの荷造り、手伝うことがあるかもしんないから」
「そうかぁ、悪いな。俺もロウハ達が帰ってきたら、他に行けるんだけど」
「あ、それなら私も、そろそろお暇(いとま)しますね」
「姉ちゃんはゆっくりしてけよ」
 カーチスはにやりと笑った。
「そうもいかないでしょ。この忙しい時に」
 立ち上がったアリーナは、リスターナから見えないように、カーチスの腕をつねった。
(いてっ!?)
(子供が変な気をまわすんじゃないの!)
「ん? どうした?」
「いえ、何でも」
 猫撫で声の姉を、カーチスは鼻で笑い、一足先にと部屋を走り出た。
「ロウハ達が帰ってきたら、また連絡をまわすよ。なんだかんだで出立は、今日の夕方くらいになりそうだ」
「えぇ、準備しておきます」
 アリーナはカーチスが眺めていた窓の外を見つめた。
「……ここ、いい街でしたね」
「……あぁ」
 窓の下を、カーチスが駆けていった。
「あの子ったら! 待っててくれてもいいのに!」
 弟のあとを追おうとして、アリーナは、リスターナが空を見て微笑んだのに気づいた。
 視線を転ずると、夕闇の晴れつつある空に、見覚えのある鳥人間の姿があった。
「ロウハだ。あの坊やも一緒か」
「でも……」
 アリーナは心配げに呟いた。
「なんだか、浮かない顔ですね……」