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最終日。
ホテルを後にしする。
近くのトラムの駅からダム広場の西、王宮の裏手へ。
寂れた商店街を通り、西教会まで歩く。すぐ北側にアンネ・フランクの家。
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| ◆快適 な代替宿もほぼ寝るだけだった。 |
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◆トラムの地図。長い駅名。 |
ここは99年にK氏と入ったので、T氏だけが並んで入場。
K氏と僕は、そばの運河沿いを散策。特に入りたいカフェが見つからず、雑貨屋でコーヒーを買い、西教会の前のベンチでエアメールを書く。
小一時間でT氏が戻ってきて、30分ほど歩いて中央駅へ向かうことに。中心から外れた静かな道を運河沿いに歩く。綺麗です。 |
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列車で空港まで。パスポートのみで発券できる僕はよいが、二人は引き換えチケットが端末に入らない。そもそも形状が違う。スタッフも困っている。
4回のフライトのうち、前半2つはいつものエールフランス。後半2つはKLMオランダ航空。提携しているとはいえ、この不便さ。
僕も含めてカウンタに並ぶことに。列は全然進まず。カウンタのおばちゃんスタッフも電話でどこかと話し続けていて、処理が流れない。 |
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◆王宮の裏側。 |
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「あのおばちゃん、客の手続きための照会電話じゃなくて、同僚と『今日夕飯一緒に食べない?』とか話しているに違いない」とアフレコしながら推測。待ちくたびれて暇で仕方ない。
ずっとうちらの前に並んでるどこかの国の女性も、こちらを見て一緒に呆れ顔。彼女も「夕飯は後で決めろ」とでも思っているのだろう。
時間が迫ってきてから、やっと発券されるも、T氏だけ離れた席。 |
| ◆アンネ・フランクの家。 |
◆運河と茶色の家々。素晴らしい景観。 |
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フライトも1時間以上の遅延。「機内清掃のため」と言ってお菓子とドリンクを配布。おそらくオーヴァブッキングなのだろう。
旅行記にも書いたけど、4年前のエールフランスでの帰国便は、同様の理由で「乗れません」と宣告され、「200ユーロと宿を用意するので、明日にしてくれ」と。帰国後の予定もあり、関西行きの便は空いてないのかと詰めより、無理やり乗せてもらい、150ユーロを出させましたが、後で、K氏と「仕事休んでも居残るべきだったな、あれ」と後悔。 |
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今回は名乗り出てもよかった気がしましたが、確証が無く、ただただ待ってました。
T氏が、そこそこの金額等のそれらしいやり取りを耳にしたとのことで、それだったら...と、またちょっと後悔。
次回は、「明日で良ければ降りますが」と、積極的に名乗り出ようと。 |
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◆スキポール空港屋上。 |
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機内食がこの上なくマズイ。何かわからない紙のような野菜っぽいものも食わされ、箸(フォーク)が進まない。ほぼ残しました。
腹が減り、その後にカップ麺を食べたのだが、これもひどい不味さ。
KLM。企業カラーの水色がダサく見えてきました。
帰国後、新丸ビル散策をして解散。彼らは羽田へ。
旅が終了です。 |
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フェルメールの傑作と生まれた地、そして凱旋門賞とモンサンミシェル。目的はしっかり遂行できて、またまた忙しいけど、中身の濃い良い旅となりました。
ここのところ、パリが2年に1回と減ってきている。
行けるうちに行かないとね。旅行のペースをあげたいところです。
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◆空港内にはカジノ。 |
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